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2008/07/26 [Sat] 23:59:42 » E d i t
和歌山毒物カレー事件が発生してから、今年の7月25日で丸10年になりました。


1.中国新聞平成20年7月25日付「社説」

毒物カレー事件10年 真相知りたい思い募る '08/7/25

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 地域の住民にとって楽しいはずの夏祭りの会場をパニックに陥れた和歌山市の毒物カレー事件が発生して、きょうで丸十年になった。カレーに猛毒のヒ素を混ぜ、子どもたちまで犠牲にした、犯罪史上まれに見る無差別殺人事件である。だが、多くの謎が残されたままだ。

 事件が起きたのは一九九八年七月二十五日夜。和歌山市園部の夏祭りで、カレー鍋にヒ素が混入された。食べた住民六十七人が急性ヒ素中毒を発症し、うち四人が亡くなった。

 この年の十二月、林真須美被告(47)が殺人罪などで起訴された。被告は全面否認したが、一、二審で死刑判決を受けた。最高裁に上告している。

 年月が経過したとはいえ、今なお後遺症やストレス障害に苦しんでいる被害者も少なくないという。身内を失った遺族や被害者にすれば、判決が確定しない限り、やりきれない思いが募るのも当然といえる。

 真相解明を困難にしている背景には、自白や犯行そのものの目撃証言といった容疑者に直接結びつく証拠がないことがあるようだ。林被告は捜査段階から一審まで黙秘を続けた。二審では一転して無罪の主張を語り始めた。それなら、なぜ最初から潔白を訴えなかったのか、釈然としない。

 最大のポイントであった犯行の動機や目的については、どこまで明らかにされたのだろうか。控訴審判決は「他の主婦から疎外されたことへの腹立ち紛れの犯行と見るのが最も自然」との見方を示しながらも、「被告が真実を語ろうとせず、断定は困難」と述べている。裁判所が動機の解明をあきらめたようにも受け取れる。

 ヒ素混入の機会については、住民証言を基に「犯行時間帯に被告が一人でいた時間があった」とした。一方、「一緒にいた」などとする次女の供述は「被告をかばう虚偽の可能性が高い」と退けた。

 直接的な証拠がない中、被告宅にあったヒ素とカレー鍋のヒ素が同じかどうかも、焦点となった。科学鑑定の結果、同一性があると認定。入手が難しいヒ素を被告が一連の殺人未遂事件でも使っていたことと合わせ、「被告が犯人であることは疑いを入れる余地がない程度まで立証されている」と結論づけている。

 客観的な状況証拠を積み重ねた判断といえるだろう。近年、こうして立証する事件が増えているが、間接的な証拠をどう評価するか判断が分かれるケースも多い。

 八一年の「ロス銃撃事件」のように、一審の無期懲役が二審で逆転無罪となって確定した例もある。上告審では、裁判所としてさらに真実を突き止める努力が必要ではないか。

 事件では、報道のあり方をめぐって批判が相次いだ。被告宅周辺に大勢の報道陣が張り付いて、外出の時も追いかけた。取材攻勢で近隣住民の平穏な生活を脅かしたことも否めない。節度ある取材をあらためて肝に銘じたい。」



この中国新聞の社説は、報道機関の和歌山毒物カレー事件に対する一般的な評価だと思います。そして、刑事裁判に対する評価についても。

「真相解明を困難にしている背景には、自白や犯行そのものの目撃証言といった容疑者に直接結びつく証拠がないことがあるようだ。林被告は捜査段階から一審まで黙秘を続けた。二審では一転して無罪の主張を語り始めた。それなら、なぜ最初から潔白を訴えなかったのか、釈然としない。」


この記述を見ると、「最初から潔白を訴えなかった」ことを疑問視しています。つまり、黙秘していたこと自体を怪しみ、非難しているのです。

被疑者は、拷問によって供述を強要されないというにとどまらず、供述するか供述しないかの自由な自己決定権を有しています。供述しないことも供述することも自由です。ただ、黙っている権利を保障しただけでなく、こうした自由な供述を保障しているのが黙秘権であり、人間の尊厳に由来しているのです(刑事訴訟法198条2項、憲法38条1項。田口守一『刑事訴訟法(第4版補正版)』(弘文堂、平成18年)132頁)。

中国新聞の社説は、黙秘していたこと自体を怪しみ、非難しているのですから、自白を強要するのと何も変わらず、黙秘権の保障の意義を見失ったものです。結局は、黙秘権を軽視し、自白の強要を行いがちな捜査機関に同調してしまっているわけです。冤罪事件のたびに、「自白の強要を防止すべき」と述べるのが報道機関の一般的傾向ですが、こうして馬脚を露わしてしまい、理解の薄さを露呈してしまうのです。


東京新聞「こちら特報部」では、和歌山毒物カレー事件が発生してから、今年の7月25日で丸10年ということで記事にしていましたので、紹介したいと思います。



2.東京新聞平成20年7月25日付朝刊24・25面【こちら特報部】

和歌山毒物カレー事件10年 「罪の立証100%とは…」 「間接事実で判断」
2008年7月25日

 和歌山毒物カレー事件から、25日で丸10年。自白のないまま一、二審で死刑判決を受けた林真須美被告(47)は、無罪を求めて最高裁へ上告中だ。今なお事件の影が色濃く残る現場の住民。「真犯人は名乗り出てほしい」と語る被告、弁護団。それぞれの“今”を追った。 (京都支局・芦原千晶)

■住民「やっと振り返れるように」

 和歌山市園部地区。林被告宅跡は地元自治会所有の公園となり、花壇にはキョウチクトウやマリーゴールドの花も咲く。川村憲三自治会長(57)は「10年をきっかけに、風通しのいい昔の園部に戻したい」。憩いの場になればとテーブルも置き、26日の慰霊祭を前に住民で草むしりもした。

 しかし、まだ足を踏み入れられない人も。地元小学校の給食にカレーは出ないままだ。住民を見守ってきた丸山勝・有功(いさお)交番所長は「全体的に穏やかになったとは思う。ただ、梅雨どきに(ヒ素の後遺症で)手がしびれる人も。遺族も10年のことしは特にきつそう」と思いやる。

 裁判を傍聴し続けた被害者の主婦(53)は「二審判決でいったん終わったこと。あの人がクロ。10年といっても何も変わらない。ただ、ヒ素を入れるところを見た人はいなくて100パーセント罪が立証されたとは思えない。新しい科学鑑定が確立され、有罪の新証拠が出てきてくれたら」。

 「やっと10年を振り返れるようになった」と話すのは、あの日、カレー調理に携わった主婦(51)。最高裁にも行くつもりだ。

 一、二審判決は林被告宅とカレー鍋から発見された亜ヒ酸が同一なこと、被告がカレー鍋を一人で見張る機会があったことなど、状況証拠で有罪認定を行った。渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)は「一審判決は今でも状況証拠による有罪認定のモデルだ」と評価する。「動機解明の証拠はなくても、混入された亜ヒ酸の量が強い殺意を物語ることは一審も控訴審も認めた。被告は控訴審で娘と一緒にいたことなど当日の行動を弁解したが、一審の証拠評価を崩せなかった」

 「有罪にするには穴だらけの立証」と話すのは、上告審を担当する安田好弘主任弁護人だ。「『林真須美があやしい』と並べ立てて間接事実で判断しているだけ」

 2005年秋、林被告と交流のあったロス銃撃事件の三浦和義元会社社長に請われ、弁護団に。新旧5人の弁護士で、06年秋には上告趣意書を提出。その後も精力的に園部に足を運ぶ。「厳しい戦い」と険しい表情を見せつつも「(就任時より)無罪への思いは強くなった。『今だからこそ話せる』と当時のことを語る人もいる」。林被告以外に亜ヒ酸の混入機会がある人はいなかったか、住民証言などを補充書として提出するという。

■亜ヒ酸の同一性 目撃証言信用性 弁護団、主張は変えず

 争点は大きく2つ。まず、被告宅内の亜ヒ酸が付着していたプラスティック容器の押収が家宅捜索4日目と不自然なことや、亜ヒ酸の製造工場や製造時期が特定されていないことから、同一性の鑑定に疑問を投げかける。

 さらに、林被告が亜ヒ酸を混入したとされる一人でカレー鍋を見張った時間帯については「次女と一緒にいた」と主張。住民によってTシャツの色や髪の長さなどの証言が異なるほか、同じ住民でも内容に変遷が見られることから、目撃証言の信用性も争う。

 ただ、主張は一、二審弁護団とほぼ同じ。新証拠を出す予定はまだない。

 7月20日、和歌山市内で開かれた林被告を支援する会の集会。安田主任弁護人は、林被告と夫自ら、ヒ素を使って保険金詐欺をしていたことに触れ、語り掛けた。

 「お金にならないことは何一つやらないのが林さん。この事件は誰かがいたずらや嫌がらせのために、ヒ素を入れた食中毒偽装事件ではないか。真犯人は名乗り出てほしい」

 はたして、最高裁の判断は? 「今の最高裁なら、判決を覆すのは難しいでしょうね」と話すのは福島至・龍谷大法科大学院教授(刑事法)。「ただ、被告宅の亜ヒ酸と鍋の亜ヒ酸が同じ成分とする鑑定はあるが、被告が亜ヒ酸を鍋に入れたという中心的な証拠がない。被告以外に犯行の可能性がないという大前提が新証言などで崩れれば、合理的疑いが生じる可能性もある」

 もし、今回の事件が裁判員裁判で裁かれるとすれば―。カレー調理に携わった先の主婦は「あの場にいたからこそ、林さんが犯人で間違いないと思う。でも、第三者の裁判員だったら、あの立証だけでは死刑が出されへんかも」。

 福島教授も言う。「裁判員が有罪と判断しても、死刑の言い渡しには躊躇(ちゅうちょ)も生まれ、精神的に相当な負担がかかる。カレー事件は犯人視報道が過熱していた。理性で判断すべき事実認定が、特に感情でゆがめられた可能性もあったでしょう」

 一方、先の渡辺教授は「この事件で、被疑者取り調べの録音録画が実現していれば、黙秘の不自然さが有罪証拠に加わり、裁判員は自白がなくとも有罪の確かな手応えを得た可能性がある」。

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■「真犯人は自首を」 上告中の林真須美被告に聞く

 18日朝、大阪拘置所の薄暗い面会室。水色Tシャツ姿の林被告がにこやかに入ってきた。「今日はありがとうございます」。体調も良く、この2ヶ月ほぼ毎日、誰かが面会に来る。「事件から10年。事件に関心を持ってくれているのかな」

 「私は犯人じゃない」

 「(真犯人は)生きているなら自首すべき」。最高裁に望むことは? 「無罪判決、即釈放」

 遺族や被害者からの厳しい声には「もし(死んだのが)自分の夫や子どもだったら許せないと思うよ」。一方で「死刑になりたくないから逃げてるんじゃない」「子どものためにも勝ち取らんと」。

 十数分の面会時間中、時に感情を高ぶらせながらも、こちらの目を見ながら次々に語る様子は、どこにでもいる愛想のいい関西の中年女性という風。面会終了を告げられても透明な板越しにメモを見せ、最後に「冷たいコーヒー差し入れてもらわれへんやろか」。笑顔で手を合わせ、振り返り振り返り、出て行った。

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【和歌山毒物カレー事件】 1998年7月25日、和歌山市園部地区で開かれた夏祭りのカレー鍋にヒ素が混入され、カレーを食べた4人が死亡、63人が急性ヒ素中毒となった。捜査過程で林真須美被告と夫の保険金詐欺疑惑が浮かび、和歌山県警は同年10月、2人を逮捕。12月にカレー事件の殺人、殺人未遂容疑で林被告を再逮捕した。

 一審・和歌山地裁は2002年12月、死刑を言い渡し、林被告が黙秘を撤回して無罪を訴えた二審も、大阪高裁が05年6月に控訴棄却。林被告は上告している。

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<デスクメモ>

 安田弁護士の名を見て気が重くなった。またぞろ「犯人に味方するけしからん弁護士」と叫ぶメディアが出てくるだろう。刑事訴訟法で、懲役・禁錮3年以上の罪に関する裁判は被告に弁護人をつけないと開廷できない(必要的弁護)。知ってか知らずか弁護士をたたくメディア。それでもプロか。 (隆)」


 
(1) 幾つかの点に触れておきます。1点目。

「一、二審判決は林被告宅とカレー鍋から発見された亜ヒ酸が同一なこと、被告がカレー鍋を一人で見張る機会があったことなど、状況証拠で有罪認定を行った。渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)は「一審判決は今でも状況証拠による有罪認定のモデルだ」と評価する。「動機解明の証拠はなくても、混入された亜ヒ酸の量が強い殺意を物語ることは一審も控訴審も認めた。被告は控訴審で娘と一緒にいたことなど当日の行動を弁解したが、一審の証拠評価を崩せなかった」 」


この記事では、情況証拠に対する一般的な評価が欠落していますので、触れておきます。

 「情況証拠については、供述証拠に依存しない科学的、客観的事実認定に資するものであるなどといった期待、積極的評価がある一方で、情況証拠による事実認定には推認過程が不可欠であって、その推認を的確に行うには様々な困難があるなどといった危惧、消極的評価があるなど、論者によって位置付けが一致しておらず、情況証拠は、刑事手続において、いまだ安定した好意的地位を得ているとまでは見られない。」(植村立郎「情況証拠」・『刑事訴訟法の争点(第3版)』(有斐閣、2002年)156頁)


こうした好意的な評価がなされていない情況証拠のみで、有罪にすることに対しては、冤罪の危険性が高くなるとして危惧感が強いというのが、一般的な評価だといえます。

上告審を担当する安田好弘主任弁護人は、「有罪にするには穴だらけの立証」であり、「『林真須美があやしい』と並べ立てて間接事実で判断しているだけ」と述べています。これは、情況証拠のみで有罪とすることの危険性とともに、間接事実自体の不確かさ(亜ヒ酸の同一性への疑問、間接証拠としての目撃証言の信用性への疑問)を指摘しているのです。

 「争点は大きく2つ。まず、被告宅内の亜ヒ酸が付着していたプラスティック容器の押収が家宅捜索4日目と不自然なことや、亜ヒ酸の製造工場や製造時期が特定されていないことから、同一性の鑑定に疑問を投げかける。
 さらに、林被告が亜ヒ酸を混入したとされる一人でカレー鍋を見張った時間帯については「次女と一緒にいた」と主張。住民によってTシャツの色や髪の長さなどの証言が異なるほか、同じ住民でも内容に変遷が見られることから、目撃証言の信用性も争う。」



このように、和歌山毒物カレー事件の裁判は、特に慎重さが要求される死刑相当事件であるにも関わらず直接証拠がなく、しかも林真須美氏は無実を主張しているのに、本当に有罪認定ができ、しかも死刑判決を下していいのでしょうか。本当に他に真犯人がいないと言い切れるのでしょうか。あまりにも危うさを伴っている裁判なのです。



(2) 2点目。

「先の渡辺教授は「この事件で、被疑者取り調べの録音録画が実現していれば、黙秘の不自然さが有罪証拠に加わり、裁判員は自白がなくとも有罪の確かな手応えを得た可能性がある」。」


渡辺教授は、「黙秘の不自然さが有罪証拠に加わり、裁判員は自白がなくとも有罪の確かな手応えを得た」としていますが、これでは、明らかに、黙秘の事実が不自然であるとして、その黙秘の事実を有罪の証拠にしています。この考えは、黙秘権の保障上、問題のあるものであり、黙秘権(供述拒否権・自己負罪拒否特権)の効果と関わる問題です。

特権の効果

 供述拒否権の保障に本質があるので、第一の効果は、不利益な事実に関する供述義務を課すことの禁止にある。したがって、供述を強要するために刑罰・過料その他の制裁を設けることはできない。第二は、違反の処理について、違法に有罪証拠を獲得した場合に証拠として利用を許したのでは意味がないので、これを認めないという証拠の禁止の効果である。第三効果は、不利益推認の禁止である(もっとも、治安の悪化に脅威を感じるイギリスでは、1994年の立法で、場合により不利益推認を認めた。)。せっかく拒否権があるとされても、黙秘するのはうしろめたいことがあるからだろうと推測されたのでは、結局供述せざるをえないはめに追いこまれることにもなり、それでは制度の趣旨が没却されるに等しいであろう。したがって、黙秘の事実を論告で有罪方向で指摘してはならず、ましてこれを判決に証拠として挙示することは許されない(もっとも、公判における被告人の態度が検証の効果をもつ以上、裁判官の心証に作用すべきことはどうすることもできないが、裁判官としては不利益推認とならぬよう自戒すべきであろう)。」(田宮裕『刑事訴訟法(新版)』(有斐閣、1996年)341頁) 


現行法は、犯罪事実に関する強要を禁止し、一切の供述を拒否することができるという「黙秘権」を保障しています。それなのに、被告人が黙秘していたという事実があるからといって、「黙秘するのはうしろめたいことがあるからだろうと推測されたのでは、結局供述せざるをえないはめに追いこまれることにもなり、それでは制度の趣旨が没却されるに等しい」のです。この見解に異論はありません。

「黙秘の不自然さが有罪証拠に加わり、裁判員は自白がなくとも有罪の確かな手応えを得た」として、黙秘の事実を有罪の証拠にしてしまうことは、明らかに「不利益推認の禁止」の効果に反するので、妥当性を欠いていることは明白です。刑事訴訟法の学者である、渡辺修・甲南大法科大学院教授が、正面から「不利益推認の禁止の効果に反する」主張をしてしまうようでは、刑事訴訟法の学者として失格です。あの渡辺修・甲南大法科大学院教授が本当にこんな主張をしているのかと、信じられない気持ちさえします。


こうした妄言は捨て置くとして、市民の側は、黙秘権保障の効果をどれほど理解しているのでしょうか。裁判員制度下における裁判では、裁判官が市民の裁判員に対して「不利益推認の禁止」について説明するのでしょうか。裁判員制度における裁判では、刑事裁判の基本的なルールを理解したうえで、裁判を行って欲しいと切に願っています。

テーマ:政治・時事問題 - ジャンル:政治・経済

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コメント
この記事へのコメント
彼女は無罪
和歌山毒物カレー事件の林真須美容疑者ですが、私は、彼女はやっていない、真犯人ではない、よって無罪だと思います。
布川事件もそうですし、日本は、本当に冤罪が多い国だと思います。
また、冤罪であっても冤罪であったことが判明するケース、あるいは冤罪の可能性があると疑問を持たれるケースはごく少数。多くの場合は冤罪のまま泣かされるケースが大半ではないかと思います。
このことは、「疑わしきは被告人の利益に」という鉄則が守られていない、日本の刑事裁判の非民主的な体質を象徴しているように思います。
2008/07/27 Sun 22:38:46
URL | いい #-[ 編集 ]
気になる裁判ですね
 私はこの事件は有罪にするには難しいと思いますね。 直接証拠の無い状態でもし死刑の判決だったら、逆に刑事事件に恐怖すら感じるかも。

 亜ヒ酸の鑑定も同一性に疑問があるし、そもそも亜ヒ酸なんて腐るほど作られる訳で、指紋の様に極めて単一の物でないから、被告以外の犯行の可能性は捨てきれないですからね。

 判決には結構注目してます。
2008/07/28 Mon 15:34:53
URL | 迷い猫 #z2xLwfM.[ 編集 ]
彼女が犯人かどうかは私にはわかりませんが有罪にするのは無理がありますね。あまりにも証拠が少なく動機もないですから。
被告の夫が<彼女は金にならない事は一切やらない>と述べてます。これ私には結構説得力ある言葉ですけどね。
仮に真犯人が別にいるとしても自首でもしなければ
事件の真相解明は出来ないでしょう。
反省しているのなら名乗り出て来てほしいですね。
まあ無理でしょうけど。
こんな証拠のない裁判一審段階で無罪が当たり前ですけど、だんまり戦術が逆効果だったのかな?

2008/07/29 Tue 15:31:19
URL | 考える人 #-[ 編集 ]
>いいさん:2008/07/27 Sun 22:38:46
コメントありがとうございます。


>和歌山毒物カレー事件の林真須美容疑者ですが、私は、彼女はやっていない、真犯人ではない、よって無罪だと思います

この裁判は、林眞須美さん(「真」ではなく、「眞」が正しいそうです)が犯人であることは確実なような報道ばかりでした。しかし、裁判になると、直接証拠がないし、住民の目撃証言も、「毒物が入っていない鍋を開けた林さんを見た」というものですから、有罪認定するのはあまりにも困難です。

林さんと一緒にいたという次女の言葉を、裁判所は虚偽だと決め付けたようですが、子供(次女)にとってどんなに酷だろうかと思います。

今の乏しい証拠のままで、林さんを犯人として有罪にすることは、あまりにも恐ろしいと感じます。


>冤罪であっても冤罪であったことが判明するケース、あるいは冤罪の可能性があると疑問を持たれるケースはごく少数。多くの場合は冤罪のまま泣かされるケースが大半ではないかと思います

有罪率99.9%ですからね。軽微な事件だと特に、無罪主張を最初から諦めたケースもかなりあると思います。真実を争っても殆ど無罪にならず悪質だとして懲役、本当はウソななのに自白すれば罰金のみ(又は執行猶予付きだったり、起訴猶予)ならば、自白した方がトクですから。

「冤罪File」(http://enzaifile.com/)という雑誌を見ていたら、裁判官、検察官、弁護人全員が、法廷で起訴事実と異なる主張を始めた被告人の言葉を無視して結審した様子が出ていました。こうした無茶苦茶な裁判は、ほとんどないと神様にお願いしたいところです……。
2008/07/30 Wed 00:09:32
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>迷い猫さん:2008/07/28 Mon 15:34:53
コメントありがとうございます。


>私はこの事件は有罪にするには難しいと思いますね。 直接証拠の無い状態でもし死刑の判決だったら、逆に刑事事件に恐怖すら感じるかも

同感です。死刑判決を下すのであれば、直接証拠がある場合に限ってほしいです。特に、この事件では、次女が「一緒にいた」と証言しているのに、裁判所はそれを排除しているのです。

かつて、モンテスキューは、「裁判権」を「人間の間でかくもおそるべきもの」と述べています(『法の精神』)。つまり、裁判権力は、個人の自由にとって最も危険なものだ、というわけです。この事件について、最高裁が、今の証拠のままで有罪・死刑にするのであれば、「かくもおそるべきもの」と感じてしまいます。

インド最高裁は、死刑は極端に例外的な事件にのみ適用すべきだとしているようですが(朝日新聞平成20年6月20日付14面「私の視点」)、日本の最高裁も、そうした姿勢に習って欲しいように思います。


>判決には結構注目してます

最高裁はもちろんのこと、この事件の裁判報道について、特に注目しています。情況証拠のみで判断することへの危惧感を明確に示しているか否か、過剰だった事件報道の反省を示しているか否かで、その報道機関の法的資質を図ることができるからです。
2008/07/30 Wed 00:38:28
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>考える人さん:2008/07/29 Tue 15:31:19
コメントありがとうございます。お返事が遅くなりすみません。


>こんな証拠のない裁判一審段階で無罪が当たり前ですけど

う~ん。「当たり前」であるといいのですけど。林さんが有罪であるとの世論・マスコミへの影響からすれば、無罪判決は出しにくかったはずです。案の定、有罪判決でした。


>だんまり戦術が逆効果だったのかな?

第一審判決の判決文を読んでいないので、なんともいえません。一般論としては、「だんまり戦術」、すなわち黙秘権の保障の見地から、黙秘したことを被告人に不利益に認定することは許されないといえます。エントリーで述べたとおりです。
2008/08/04 Mon 00:13:37
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
驚きの上告棄却の死刑確定
 最近出た痴漢の逆転無罪判決で最高裁の良識を確認出来たと思ったのですが、今日の毒カレー事件見て少し揺らいでます。(^^;;

 判決文は読んでないのでニュースでの印象ですが、一審の黙秘を不利に扱われるってのは法の番人である最高裁として正しいのでしょうか?
 黙秘権の行使が被告の不利になると言うのは憲法的に問題だと思うのですが・・

 状況証拠の積み上げだけで、冤罪で取り返しの付かなくなる死刑を確定させたってのはアリなのかも疑問です。 無期懲役とするか、高裁への差し戻しでないかとおもってました。
2009/04/21 Tue 17:02:50
URL | 迷い猫 #-[ 編集 ]
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2012/02/28 Tue 09:29:41
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抜粋;主任弁護人の話と質疑応答
2008/07/28(月) 10:13:26 | 来栖宥子★午後のアダージォ
一ヶ月以上前になりますが、別の場所で書いた記事をこちらにも持ってくることにしました。 かなり時期を逸しているのですが保存用なのでご容...
2008/08/12(火) 21:50:45 | Afternoon Cafe
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