1.報道記事を幾つか。
(1) 朝日新聞平成20年7月23日付朝刊34面(13版)
「「布川事件」高裁再審決定 東京高検が特別抗告
2008年7月22日21時57分
67年に茨城県で起きた強盗殺人事件「布川(ふかわ)事件」で無期懲役が確定し、服役した桜井昌司さん(61)と杉山卓男さん(61)の再審請求を認めた今月14日の東京高裁の決定に対し、検察側は22日、最高裁に特別抗告した。再審を開始するかの審理が最高裁でも続くことになる。
東京高検は特別抗告にあたって、東京高裁の即時抗告審で弁護側から提出された証拠が「事実認定を揺るがすだけの新たな証拠には当たらない」などと主張しているが、弁護団によると、死刑や無期懲役判決が確定した重大事件で、一審、二審の両方で再審開始を認められながら特別抗告に至った例はないという。
14日の高裁決定は、再審請求後に検察側が初めて開示した証拠などについて検討。殺害の状況が自白の内容と一致せずに変遷したことなどに触れ、「新証拠が確定判決までに提出されていれば、有罪を認定するには疑いがあった」と判断した。さらに「取調官の誘導があったことをうかがわせる」とも指摘し、「自白には重大な疑問がある」と認めていた。
この日、東京・霞が関の弁護士会館で記者会見した桜井さんは「警察や検察が強引につくりあげた事件であることは、もはや言い逃れできないはずで、(特別抗告は)無駄な抵抗で信じがたい」と語った。また、2人の弁護団は「いたずらに審理を長引かせるものでしかなく、検察側は決定を謙虚に受け止めるべきだ」と批判。来年5月から始まる裁判員制度を前に、「部分的な証拠開示では判断を間違うということをこの事件が示した」と訴えた。」
(*見出しは、紙面のものに変更しました。)
(2) 東京新聞平成20年7月23日付朝刊1面
「布川事件で特別抗告 検察側 再審開始重ねて異議
2008年7月23日 朝刊
茨城県利根町で一九六七年、男性が殺害され現金が奪われた「布川(ふかわ)事件」で、第二次再審請求抗告審で元被告二人の再審開始を認めた東京高裁決定について東京高検は二十二日、「判例違反があり、重大な事実誤認がある」として最高裁に特別抗告した。裁判をやり直すかどうかは最高裁の審理に委ねられることになった。
再審請求が二度認められながら、検察側が二度とも抗告するのは極めて異例。
特別抗告は憲法違反や判例違反に限られるが、再審決定の決め手となった新証拠について、東京高検は「最高裁で確定した判決を覆すだけの明白な証拠はない。判決を揺るがす力のある新規かつ明白な証拠があるとは思えない」と指摘した。
再審請求しているのは、無期懲役刑が確定し、現在は仮釈放中の桜井昌司さん(61)と杉山卓男さん(61)。
十四日の東京高裁決定は、最大の争点だった自白内容について「手で首を絞めたとされる殺害行為など重要部分で客観的事実に合致せず、犯行に至る経緯、殺害状況などに著しい変遷がある」として虚偽の自白を誘導されたとする弁護側の主張を認めた。」
(3) YOMIURI ONLNE:地域・茨城(2008年7月23日)
「布川事件特別抗告
異例の展開怒りと落胆 請求人「あきれている」
「布川事件」の再審請求は22日、検察側の特別抗告で新たな局面を迎えた。弁護団によると、過去の重要事件の再審請求で、検察側の特別抗告が認められたケースはなく、再審開始は濃厚と見られていた。異例とも言える検察の対応に、請求人や弁護団からは怒りと落胆の声が上がった。
請求人の桜井昌司さん(61)と杉山卓男さん(61)は22日夕、東京都千代田区の弁護士会館で記者会見し、検察側の姿勢を批判した。桜井さんは「正直あきれている。検察は自分たちの組織のことしか考えていない」と話し、杉山さんも「検察は恥知らずだ」と強い口調で批判。弁護団は「特別抗告は公平な裁判を求める国民世論に背き、検察の威信を損なうものである」などとする声明を発表した。
検察が正式に態度を表明したのは同日午後6時過ぎ。桜井さんと杉山さんは同4時ごろ、弁護士会館前で街頭演説に立ち、「検察が特別抗告しても再審無罪まで頑張る」などと声を張り上げた。その後、検察庁を訪れ、抗告断念を申し入れたが、かなわなかった。桜井さんは「99%(抗告)できないと思っていた」と驚きを隠せない様子だった。
特別抗告について、かつて弁護団の一員として証拠集めなどに奔走した故山川豊弁護士(2003年10月に死去)の妻清子さん(55)は「『まだやるの?』という感じ。信じられない」と驚き、県内の支援者らでつくる「布川事件茨城の会」の畑沢信善事務局長(70)(那珂市)は「無罪判決まで2人を支えていく」と決意を新たにした。
(2008年7月23日 読売新聞)」
東京高検は、次のように述べています。
「再審決定の決め手となった新証拠について、東京高検は「最高裁で確定した判決を覆すだけの明白な証拠はない。判決を揺るがす力のある新規かつ明白な証拠があるとは思えない」と指摘した。」(東京新聞)
東京高裁決定は、「確定判決の根拠(証拠構造)は(1)犯行に接着した時間帯と場所で2人が目撃されていること(2)2人が捜査段階で自白し、その自白が信用できること−の2点である」とし、「主な新証拠は近隣女性の捜査段階の供述調書など5点で、いずれも新規性があり、確定判決の証拠構造に動揺を与える」と判断していました。
新たな証拠として出されたのは、<1>桜井さんらと容姿が異なる2人の男を見たという近隣女性の供述調書、<2>第三者の存在を示唆する茨城県警による毛髪鑑定書、<3>編集・中断された、桜井さんの自白を録音したテープなどで、いずれも「確定判決の根拠」を揺るがす、決定的といえる証拠であり、この3点はすべて検察側が隠していた証拠なのです。他にも、自白と異なる「絞殺」と書かれた死体検案書までもありました。
ここまで有罪認定を覆す決定的な証拠が出ているのですから、東京高裁決定が、「新証拠には新規性、明白性が認められ、無罪を言い渡すべき明らかな証拠をあらたに発見した場合に当たる」とし、「新証拠が確定審における審理中に提出されていれば有罪認定には合理的疑いが生じていたというべきである」と判断したことは、極めて合理性があります。
東京高検は、「最高裁で確定した判決を覆すだけの明白な証拠はない」とか、「判決を揺るがす力のある新規かつ明白な証拠があるとは思えない」と述べていますが、そう言えるだけの根拠はまるでありません。正気で言っているのか、疑いたくなるほどです。このように、特別抗告が認められる可能性はほとんどないのですから、東京高検は、無理に特別抗告をしたといえそうです。
(1) YOMIURI ONLNE:地域・茨城(2008年7月23日)「解説」
「■疑問だらけ 検察の対応
検察は特別抗告に踏み切ったが、最高裁で何を争うのか。疑問だらけの特別抗告で、再審開始の決定の是非は最高裁の審理に持ち込まれることになった。
東京高裁での抗告審で検察側が提出した新証拠は、わずか2点。特別抗告するなら、そもそも高裁で徹底抗戦するべきだったのではないか。
自白と異なる「絞殺」と書かれた死体検案書、第三者の存在を示唆する毛髪鑑定書、編集された供述テープ……。再審請求審ではそれまで「見当たらない」などとされた検察側の証拠が、弁護団の請求によって次々と開示された。2年10か月の歳月を要した抗告審。一般国民から選ばれた裁判員が、検察、弁護人双方から出された証拠を吟味し、「死刑」などと言い渡す裁判員制度の開始を来年5月に控え、「検察側の証拠隠しがあったら、公平な判断ができなくなるのでは」という不安材料も残した。
高裁決定は、代用監獄を利用し、虚偽の自白を引き出した捜査手法にも言及し、「問題があった」と非難した。検察は決定を真摯(しんし)に受け止めるべきだった。(中山拓郎)
(2008年7月23日 読売新聞)」
(2) 東京新聞平成20年7月23日付朝刊27面「解説」
「『再審』覆す立証困難か
布川事件の再審請求をめぐり東京高検が特別抗告に踏み切ったことで、逮捕から約四十年を経て元被告が待ち望んできた結論は再び先送りとなった。
再審決定は「自白頼み」の捜査の危うさを突きつけたが、検察側は「最高裁まで厳密に調べて出した判決を覆せる明白な証拠と言えるのか」(幹部)と弁護側提出の新証拠の真価について判断を最高裁に委ねる構えだ。
しかし、検察側は東京高裁の抗告審で新証拠への具体的な反証はできなかった。特別抗告審でも二度の再審決定を覆すだけの立証は困難とみられる。
再審決定は、自白の録音テープに中断の跡があることなどから自白が誘導された可能性を指摘し、冤罪(えんざい)を生みやすい捜査手法だったことを示唆した。
検察側は「中断があれば誘導と推認されるのか。論理に飛躍がある」と再審決定に異議を唱えるが、具体的な反証がなかったことを考えれば説得力はない。
裁判員制度の世論調査で、裁判員に選ばれた際の不安で最も多かったのは「判決で被告人の運命が決まるため責任を重く感じる」との答えだった。仮に検察側が自らの立場を守るために特別抗告したのだとすれば、国民の司法への信頼は大きく損なわれることになる。 (寺岡秀樹)」
(3) なぜ検察側が無理に特別抗告をしたのかについては、幾つか理由があると思われます。
イ:1つは、解説でも触れているように、裁判員制度での裁判を考慮に入れたためです。
「弁護団によると、死刑または無期懲役判決の再審開始決定が最高裁で覆ったケースは「過去にないのではないか」という。にもかかわらず、検察庁が異議を申し立てた点について、弁護団の柴田五郎団長は来年から始まる「裁判員裁判」を理由の一つに挙げる。
東京高裁決定は、取調官の自白誘導や検察の「証拠隠し」を指摘した。柴田団長は「(裁判員裁判で)検察庁は証拠開示をできるだけ狭め、取り調べの可視化も限定したいと考えている。それでは裁判を間違うと(布川事件は)証明してしまった」。このため検察庁は異議を唱える必要があったという分析だ。」(毎日新聞 2008年7月23日 地方版(茨城))
検察側は、死刑か無期懲役かが争われる重大事件であっても、無罪を決定付ける証拠の「証拠隠し」を行っていると、再審によって認定されてしまうと、国民は「すべての事件で『証拠隠し』を行っているのではないか、裁判員裁判でも『証拠隠し』を行って国民を騙すのではないか」と、検察側を全く信用しなくなってしまうことを恐れたからだと、推測できます。
また、検察による「証拠隠し」を避けるためには、全面的な証拠開示をするしかありません。もし、全面的な証拠開示が認められてしまうと、無罪を推測させる証拠が多く出てくるため、職業裁判官はまだしも、特に市民の裁判員であれば有罪認定に躊躇するはずです。今まで隠していた無罪を推測する証拠が出てしまうとなれば、高裁以降も無罪が増加し、今までのような有罪率99.9%はまず無理になってきます。
こうした点を考慮して、特別抗告を行ったと思われます。
ロ:もう1つは、取り調べの全面可視化・代用監獄制度廃止を避けるためです(「布川事件:東京高裁も再審開始を支持し、検察の即時抗告棄却」(2008/07/15 [Tue] 23:59:22)参照)。
「◆木谷明・法政大教授(刑事法)の話
「物証が1つもなく、確定審の判断があまりにもお粗末だったのに、(再審開始に)これほどエネルギーと時間を費やさなくてはいけないのかと思う。取り調べを録音したテープがあり、確定審の段階で裁判官の心証に影響したと思うが、部分的に録音しただけでは、逆に冤罪を生む決定打になりかねない。東京高裁の決定は重く、今後、再審が認められるハードルが低くなるのではないか」(読売新聞平成20年7月14日付夕刊22面)
「再審「冬の時代」変化 全面可視化に追い風
また、今回の決定は、取り調べの可視化をめぐる議論への影響という点でも注目される。
裁判員制度を前に、検察は取り調べの一部録音・録画を導入。自白事件に限り、調書を読み聞かせながら、自白の経緯や動機などを確認する場面だけを録音・録画しているが、日弁連は「都合のいい部分だけの録音・録画では冤罪(えんざい)は防げない」と批判してきた。
布川事件では、唯一の直接証拠である自白調書の任意性が争われた。自白を録音したテープの改ざんの可能性を指摘した意味は大きく、全面可視化を求める日弁連には追い風になりそうだ。」(東京新聞平成20年7月14日付夕刊10面「解説」)
東京高裁決定では、自白を録音したテープの編集跡があったことを指摘しましたが、これは取り調べの可視化問題に大きな影響を与えます。
検察・警察当局は、取り調べの全過程の録画・録音に消極的ですが、改ざんの余地があり、都合の言い分だけを使う“部分可視化”では、布川事件と同じ結果になりかねません。木谷明・法政大教授が述べるように、「部分的に録音しただけでは、逆に冤罪を生む決定打になりかねない」のです。布川事件再審が認められてしまうと、布川事件と同じ結果を繰り返さないためには、取り調べの全面可視化が必要になります。
また、布川事件では、代用監獄を利用した自白の強要も問題視され、東京高裁決定は、「拘置支所から再び警察署に身柄を移すなど虚偽自白を誘発しやすい環境に置いたのは問題だ」と指摘しています。布川事件と同じ結果を繰り返さないためには、代用監獄制度の廃止も必要になってきます。
こうした点を考慮して、特別抗告を行ったと思われます。
(4) しかし、こうした特別抗告は、冤罪事件で最高検が表明した反省と矛盾します。
「冤罪反省した報告書偽りか
昨年8月、最高検は氷見事件と志布志事件の捜査・公判活動を巡り、反省と再発防止策を上げた報告書を公表している。
防止策の主な点は、第一に「証拠の慎重な吟味」で、被告人に有利な証拠の検討も含め多面的な評価に留意すべきだとしている。布川事件ではこの点が問われている。
第二は「警察捜査との関わり」で、警察の被疑者の取り調べに問題があれば直ちに是正する、という。布川事件は警察の留置場(代用監獄)で自白が強要され、拘置所に身柄が移った時点で検察官が否認調書を作成したと聞いている。検察による「是正」のチャンスがあったケースなのだ。
報告書は事件の真相解明のため、自白に頼るのは慎むべきだと力説している。こうした反省と特別抗告は相いれないはずだ。報告書が世論の批判をかわすための偽りというなら、話は別だが。」(朝日新聞平成20年7月23日付「声」欄より、一部引用)
どの事件であっても、無実の者を起訴してしまうというミスはありうるのです。それをいかにして減らし、仮に判決が確定した後も再審と言う形で救済が認められなければなりません。しかし、布川事件について特別抗告を行った検察当局の態度からすると、自白の強要を反省し、冤罪防止に努める気がないようです。
どうやら、国民は、「検察当局は、犯人と目を付けた者を有罪とするためには、無罪を決定付ける証拠を隠し、有罪証拠の捏造を行い、いかなる手段を使っても自白の強要を行う」と、肝に銘じておくしかなさそうです。
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