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主に社会問題について法律的に考えてみる。など。
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2008/07/22 [Tue] 07:28:04 » E d i t
「重厚長大」産業への長期融資を通じて、戦後の高度成長を支えた日本長期信用銀行(現新生銀行)の破綻から10年。元頭取の大野木克信氏(72)らが逮捕、起訴された粉飾決算事件の公判は7月18日、最高裁の逆転無罪判決で幕を閉じました。いわゆる「国策捜査」に対して、最高裁が歯止めをかけた形になったのです(東京新聞平成20年7月19日付朝刊3面【核心】)。この判例について触れてみたいと思います。



1.まず、報道記事を。

(1) 朝日新聞平成20年7月19日付朝刊1面(13版)

元長銀頭取ら逆転無罪 最高裁 決算「違法でない」 
2008年7月19日3時3分

 98年に経営破綻(はたん)した旧日本長期信用銀行(現・新生銀行)の粉飾決算事件で、最高裁第二小法廷(中川了滋裁判長)は18日、証券取引法違反と商法違反の罪に問われた元頭取・大野木克信被告(72)ら旧経営陣3人について執行猶予付きの有罪とした一、二審判決を破棄し、いずれも無罪とする判決を言い渡した。

 この決算をめぐって第二小法廷はまた、整理回収機構が旧経営陣7人に損害賠償を求めた民事訴訟についても18日、賠償責任を否定した一、二審判決を支持し、機構の上告を棄却する決定をした。これにより、長銀の旧経営陣は刑事、民事とも「責任なし」という形で決着した。

 無罪判決を受けたのは、大野木元頭取のほかに元副頭取の須田正己(68)と鈴木克治(71)の両被告。3人は破綻直前の98年3月期決算で(1)関連ノンバンクなどへの不良債権を処理せず、損失を約3130億円も少なく記載した有価証券報告書を提出した(2)株主に配当できる利益がなかったのに約72億円を違法に配当した、として東京地検特捜部に逮捕・起訴された。

 裁判では、当時の会計慣行に照らして、決算が適正だったかどうかが争点となった。

 02年9月の一審・東京地裁判決、05年6月の二審・東京高裁判決はともに、旧大蔵省が97年3月に出した通達に従って関連ノンバンクなどへの融資を厳しく査定するべきだったと認定した。

 これに対して第二小法廷はこの通達が「大枠の指針」にとどまり、関連ノンバンクなどへの融資の査定に適用するには明確でなかったと指摘。同じ時期に大手18行中14行も長銀同様の会計処理をしていたことを挙げ、「従来の会計基準で査定しても違法とはいえない」と結論づけた。

 最高検の井内顕策刑事部長は「有罪を確信していたところであり、誠に遺憾である」とのコメントを出した。

 長銀と同じ98年に破綻した旧日本債券信用銀行(現・あおぞら銀行)の粉飾決算事件も第二小法廷に係属中。争点が重なっており、旧経営陣3人を有罪とした一、二審判決が見直される可能性が出てきた。(岩田清隆)」



<キーワード>旧長銀の破綻と責任追及

 戦後の産業金融を支えた長銀は、バブル期の過剰融資などで多額の不良債権を抱え、98年10月に金融再生法の適用第1号として一時国有化された。

 資産24兆円の大規模銀行の破綻は世界でも例がなく、巨額の公的資金が投入された。金融再生法は、国有化された銀行の旧経営陣について刑事、民事での責任追及を求めており、長銀の旧経営陣も両面から責任が問われた。」



(2) 日経新聞平成20年7月19日付朝刊1面

旧長銀粉飾、元頭取ら逆転無罪 最高裁判決 会計処理、違法といえず

 経営破綻した旧日本長期信用銀行(現新生銀行)の粉飾決算事件で、証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)と商法違反(違法配当)の罪に問われた元頭取、大野木克信被告(72)ら旧経営陣3人の上告審判決で、最高裁第二小法廷(中川了滋裁判長)は18日、3人を有罪とした一、二審判決を破棄し、逆転無罪を言い渡した。全員の無罪が確定する。

 ほかに無罪とされたのは元副頭取、鈴木克治被告(71)と同、須田正己被告(68)。

 同小法廷は(津野修裁判長)は同日、旧長銀の債権を引き継いだ整理回収機構(RCC)が違法配当を巡り、大野木被告ら7人に計10億円の損害賠償を求めた民事訴訟でRCC側の上告を棄却を決定。同被告らの勝訴とした一、二審判決が確定した。一時国有化され、7兆円超の公的資金が投入された旧長銀の破綻は、刑事・民事両面で旧経営陣の責任は問えないという結論に終わった。

 公判では、旧長銀が1998年3月期決算で、旧大蔵省が前年に出した新基準に従って関連ノンバンク向け不良債権を厳格に処理せず、旧基準に従って査定したことの適否が争われた。

 同小法廷は「関連ノンバンクに新基準を適用するかが明確だったとはいえず、過渡的な状況にあった」と指摘。旧基準を適用したことが「『公正な会計慣行』に反して直ちに違法だったとはいえない」と判断した。

 一、二審判決は検察側主張に沿って、新基準が「唯一の公正な会計慣行だった」として、3被告は不良債権を約3130億円少なく計上し、原資がないのに約71億円を違法配当したと認定。大野木被告を懲役3年、執行猶予4年(求刑懲役3年)、ほかの2被告を懲役2年、執行猶予3年(求刑懲役2年)の有罪としていた。

 弁護団の話 客観的な証拠に基づいた冷静な判断で、法の番人にふさわしい判決だ。

 井内顕策・最高検刑事部長の話 検察庁は有罪を確信しており、誠に遺憾だ。」



  イ:経営破綻した旧日本長期信用銀行(現新生銀行)の粉飾決算事件で、証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)と商法違反(違法配当)の罪に問われた元頭取、大野木克信氏(72)ら旧経営陣3人の上告審判決で、最高裁第二小法廷(中川了滋裁判長)は7月18日、3人を有罪とした一、二審判決を破棄し、逆転無罪を言い渡しました(破棄自判)。

また、同第二小法廷は(津野修裁判長)は同日、旧長銀の債権を引き継いだ整理回収機構(RCC)が違法配当を巡り、大野木氏ら7人に計10億円の損害賠償を求めた民事訴訟において、賠償責任を否定した一、二審判決を支持し、RCC側の上告を棄却を決定したのです。

要するに、刑事・民事ともに旧経営陣の「責任なし」という結論に終わったのです。長銀事件全体からみると、下級審の段階から「(賠償)責任なし」という判断を行っていた民事裁判の結果の方に、刑事裁判の結果もそろえたわけです。刑法の謙抑性の見地からすれば、同じ事件・争点であるのに、民事賠償を否定しておいて刑事責任を問うのは不当なので、民事賠償が問えないのであれば、刑事責任も否定する結論を採用することには合理性があります。


  ロ:今回の最高裁判決は、他の類似事件にも影響する点でも重要です。

「長銀と同じ98年に破綻した旧日本債券信用銀行(現・あおぞら銀行)の粉飾決算事件も第二小法廷に係属中。争点が重なっており、旧経営陣3人を有罪とした一、二審判決が見直される可能性が出てきた。」(朝日新聞)


今回の長銀に関する粉飾決算事件と、旧日本債券信用銀行(現・あおぞら銀行)の粉飾決算事件とは、同じ98年に破綻した銀行に関する事件であって、争点が重なっているのです。ですから、「旧経営陣3人を有罪とした一、二審判決が見直される可能性が出てきた」のであり、無罪となる可能性が高くなったといえるわけです。

  ハ:なお、長銀を巡る裁判は他にもあり、その民事裁判も終結しています。

民事訴訟もすべて終結

 旧日本長期信用銀行を巡る民事訴訟では、旧長銀の債権を引き継いだ整理回収機構(RCC)が、18日に確定した違法配当を巡る訴訟とは別に、旧経営陣にずさん融資の損害賠償を求める4件の訴訟を起こした。

 このうちリゾート開発会社「イ・アイ・イ―インターナショナル」への融資を巡る訴訟にでは、最高裁でRCC側の敗訴が確定。イ社向けの別の融資や関連ノンバンク向け融資を巡る3件も和解成立などで終結した。全訴訟でのRCCの請求額は計94億円。和解で回収したのは計約3億7000万円となっている。」(日経新聞平成20年7月19日付34面)




2.刑事・民事両方の裁判の結果と、今後の裁判への影響は分かったとして、今回の最高裁判例の論理をどのように理解すべきか、説明をしておきます。

(1) まず、裁判の争点についてです。

株式会社の会計については、「公正ナル会計慣行」(平成17年改正前商法32条2項)での処理が義務付けられていました。現在は、法改正がなされたため、「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」(会社法431条。商法19条1項参照)という文言になっています(意味はあまり変わりません)。

大蔵省は、1997年3月、金融機関の不良債権の実態を正確に反映し、不良債権処理を加速させるため、不良債権を厳格に査定する決算基準(「資産査定通達」)を示しました。そこで、このように新たな会計基準が導入された場合に、それが何時から商法上、「公正ナル会計慣行」(会社法上、「一般に公正妥当と認められる企業会計」(会社法431条))として強制力をもつのか否かが、裁判で争われたのです(江頭憲治郎「株式会社法(第2版)」(有斐閣、2008年)567頁参照)。

刑事裁判での1、2審判決は、長銀が新通達などを受け策定した自己査定基準に基づき実施した98年3月期決算について「従前の決算経理基準ならば違法といえないが、唯一の『公正な会計慣行』である新通達や事務連絡の方向性からは逸脱しており違法」と判断しています。要するに、新基準と異なり、旧基準は、緩やかな不良債権処理を事実上容認する方式だったわけです。

この認定を前提とするならば、旧基準では適法であるのに対して、新基準では違法であることから、98年3月期決算当時、新基準により決算処理を行うべきだったのか(=唯一の「公正ナル会計慣行」といえるのは新基準のみだったのか)、それとも、旧基準・新基準どちらも採用できるものだったのか、が問題となったのです。

刑事・民事どちらの裁判も争点は同じであり、この商法の解釈問題でした。ですので、この争点の結果次第で、刑事・民事裁判すべてが決せられたわけで、民事裁判での商法解釈判断に反する刑事裁判はあり得ず、刑事・民事で不統一となる結果はありえなかったわけです。



(2) 解説記事と判例要旨を。(これらを読めば、このブログを読むまでもないほどよく分かります)。

  イ:日経新聞平成20年7月19日付朝刊3面

厳格な会計へ「過渡期」  旧長銀 元頭取ら逆転無罪

 旧日本長期信用銀行の粉飾決算事件で元頭取、大野木克信被告ら3人を逆転無罪とした18日の最高裁判決は、当時の大蔵省通達などを細かく検証し、「会計処理は直ちに違法だったとはいえない」と結論付けた。当時は、厳格な資産査定へと向かった金融行政の転換期で、「会計基準も過渡的な状況にあった」との判断を示した。旧日本証券信用銀行(現あおぞら銀行)の旧経営陣も同様の構図で争い、一、二審で有罪判決を受け上告中。この事件の行方にも影響を与えそうだ。

不良債権処理 新基準明確でなく 最高裁判決 旧日債銀事件に影響も

 事件で問題になった1998年3月期は、不良債権の多い銀行は軒並み預金が流出し、市場からの調達も難しかった時期だ。97年秋に、三洋証券、北海道拓殖銀行、山一証券が相次ぎ破綻し、金融不安が高まっていた。不良債権の抜本処理で自己資本率が大幅に下がれば、市場の信認を得られない状況だった。



 旧大蔵省は97年3月、金融機関の不良債権の実態を正確に反映するため、貸出金の償却・引き当てを厳格にする新たな決算基準を「資産査定通達」で示した。当時は拓銀破綻前。金融自由化を進めるなか、不良債権処理を加速させ強い銀行を育てる狙いがあった。

 この新決算基準が「唯一の公正な会計基準」かどうかが、裁判の最大の争点になった。検察側は「新基準を逸脱する資産査定はもはや許されず、旧基準によって不良債権を過少に装った決算は違法」と主張。弁護側は「新基準はガイドライン的性格で、具体性に乏しかった」と反論した。

 一、二審判決は、検察側の主張に沿って「新基準は貸出金の償却・引き当ての合理的な基準で内容も明確」と認めたが、最高裁は「新基準は大枠の指針を示すもので、具体的適用も必ずしも明確ではなかった」と弁護側主張に軍配を上げた。

 従来の基準は、緩やかな不良債権処理を事実上容認する方式だった。新基準、従来基準どちらでも採用できるとの解釈から、98年3月期は、大手18行中、14行が従来基準で不良債権を処理したという。

 大蔵省はなぜ新基準、従来基準双方を使えるような行政をしたのか。98年3月期当時は公的資金注入の枠組みや税制措置を含め不良債権処理を加速させる環境が整っていないためだ。このため裁量を働かせる護送船団行政で、乗り切ろうとしていた。



 最高裁は、裁判で問われた関連ノンバンク向け融資については、新基準通達にも従来の査定方法を前提とするような表現が含まれていたとし、「新基準をあてはめるべきかどうか不明確だった」とした。

 厳格査定を求めた通達だったが、ノンバンク向け融資の扱いはあいまいだった。従来基準では出資母体の銀行が支援を明確にすれば、ノンバンクの経営がどんなに悪化しても倒産しないとの考えから、不良債権と見なさなくてもよかった。

 さらに最高裁は、厳格査定をした場合の決算処理に必要な「税効果会計」が98年3月期当時は導入されていなかったとも指摘した。新基準移行への環境整備が完了していなかったことを裏付ける事情と判断した。

 この日の判決は4裁判官の全員一致の無罪。しかし古田祐紀裁判官(検察官出身)は補足意見で「違法でないとしても企業の財務状態の透明性を確保する会計開示制度の観点から見れば、大きな問題があった」と指摘した。


<日本長期信用銀行>

 戦後復興期の1952年、長期資金の安定供給を目的に設立された。旧日本興業、旧日本債券信用とともに「長信銀」の一角を占めた。バブル経済の崩壊による不良債権の拡大で経営が悪化した。

 98年6月に住友信託銀行と合併交渉の開始で合意したが、結局白紙になり、98年10月に破綻し一時国有化された。

 2000年3月に米投資ファンド、リップルウッド・ホールディングスに譲渡され、6月に新生銀行に行名を変更した。

 長銀の破綻処理には、不良債権処理や資本注入などで約8兆円の公的資金が投じられ、現時点で4兆8000億円が、戻らない資金として国民負担になっている。」



判決こう読む 

◆結論ありきの捜査反省を

 郷原信郎・桐蔭横浜大法科大学院教授 破綻当時は金融危機で会計慣行が大きく揺れ動く時期だった。銀行経営者ですら対応が困難で検察が経営陣の個人責任を問うのには違和感があった。「公的資金を投入した責任を誰かに負わせないといけない」という結論ありきの捜査で、最高裁が無罪判決を出したことは高く評価できる。

 検察はもちろん、捜査をうのみにした有罪判決を出した地裁、高裁も重く受け止めるべきだ。変化が激しい経済社会の中で、「結果責任」を問う検察の捜査のあり方や、それを追認する裁判所で良いのかを真剣に考える必要がある。

◆遅い不良債権処理にも課題

 箭内昇・りそなホールディングス社外取締役(元長銀執行役員) 経営陣には長銀を破綻させた重い経営責任がある。時代の変わり目での「一罰百戒」的な制裁はある意味で仕方ない面もある。だが、そもそも刑事訴追には無理があった。当時、不良債権の引き当て処理をどうするかは大蔵省のさじ加減一つで決まっていたからだ。長銀が破綻しても不良債権処理が加速しなかったことは銀行界にとって大きな反省点。結果的に一罰百戒にならなかった。

◆裁量少ない金融行政めざせ

 塩沢修平・慶大教授 決着までに時間が掛かり過ぎた。(不良債権処理や行政処分の)基準を明確にして裁量の入り込む余地を少なくするということが、今回の裁判から引き出せる一つの教訓だろう。まだ金融界の現実に法律やルールが追いついていないのが実態だ。長銀破綻から10年が経過したが、明確なルール作りはなお大きな課題だ。」



  ロ:日経新聞平成20年7月19日付朝刊34面

無謀融資追及に時効の壁 旧長銀粉飾 「国策捜査」の限界示す

 旧日本長期信用銀行(長銀)の粉飾決算事件で、元頭取ら3人を逆転無罪とした18日の最高裁判決は、金融機関の破綻で旧経営陣の責任を追及する難しさを浮き彫りにした。今回の事件では、バブル期のずさん融資は時効で立件されず、無罪の3人は事後処理に当たった経営者。公的資金投入に対する世論の批判を背景に「国策」として進められた捜査の限界を示した形となった。

 バブル経済崩壊後の1990年代後半に相次いだ金融機関や旧住宅金融専門会社(住専)の破綻処理を巡っては、多額の公的資金が投入され、世論の強い反発を招いた。こうした中で98年10月に成立した金融再生法が初適用され、長銀は一時国有化された。

 同法50条は国有化銀行の役員らの義務として「犯罪があると思量するときは告発しなければならない」などと規定。旧経営陣に対する民事、刑事両面での責任追及は文字通り「国策」となった。同月には当時の検事総長が「破たん金融機関の経営陣の刑事責任を追及せよという声が上がっていることは承知している」と発言。東京地検特捜部と警視庁の異例の合同捜査が始まった。

 捜査当局が適用の可能性を探ったのは旧経営陣が行ったずさんな融資に対する特別背任罪。北海道拓殖銀行の元頭取らがリゾート開発会社への約86億円の融資を巡り同罪で起訴(一審無罪、二審逆転有罪で上告中)された形での立件だ。

 しかし長銀の場合は、バブル期の無謀な融資と捜査との時間的隔たりが大きく、特別背任罪の公訴時効(当時5年)が壁として立ちはだかった。不良債権を少なく見せかける受け皿会社を使った「飛ばし」も見つかったが、旧経営陣が自ら利益を企図したという立証ができなかった。

 この結果、捜査は、最後の決算となった98年3月期について、旧経営陣が不良債権の処理を先送りするため実態とかけ離れた決算を公表した有価証券報告書の虚偽記載と違法配当へ方向転換。しかしこの日の最高裁判決は「当時は適法だった」との結論を下し、無罪とした。

 当時の状況に詳しい検察OBは「特別背任罪に問える不正融資が見つからなかったとき、刑事責任追及を踏みとどまるべきだった」と振り返るとともに「『刑事訴追できません』では、当時は世論が収まらなかっただろう」とも語った。」



   ハ:朝日新聞平成20年7月19日付朝刊34面「解説」

金融行政の時代背景重視

 問題となった98年3月期の決算で、長銀が従うべき「金融慣行」とは何だったのか。検察側が起訴のよりどころとした「97年3月の旧大蔵省通達」は唯一の慣行にはなっておらず、これに従わなくても違法ではないと最高裁は結論づけた。金融行政の「過渡期」という時代背景を重くみた判断だ。

 当時の商法は、不良債権となり、回収できなくなった融資を損失処理する際の計算は「公正なる会計慣行による」と定めていた。1、2審判決はともに、検察側の主張を認めて、不良債権をより厳しく査定することを求めた旧大蔵省通達こそが当時、唯一の「公正なる会計慣行」だったと認定していた。

 これに対して弁護側は、この通達はまだ銀行業界で浸透していなかったと訴えた。当時の大蔵省幹部も公判証言や陳述書で、「有罪とするには違和感がある。通達は銀行に直接的な拘束力をもつとはいえない」と援護していた。

 刑事と並行して進んだ民事事件では、1、2審判決でこの弁護側の主張が認められた。一方、立証のハードルが本来より高いはずの刑事事件で1、2審判決は旧経営陣の責任を認めた。こうした「ねじれ現象」に対し、最高裁は民事でも刑事でも「責任なし」という結論に統一した。

 ただ、最高裁判決で、4人の裁判官のうち検察官出身の古田佑紀裁判官が述べた補足意見は重要な視点を投げかけている。「長銀の決算は、抱えている不良債権の実態と大きく離れており、透明性の確保という観点からみれば大きな問題があった」というものだ。

 検察がこの事件で問うてきたのは、まさに「投資家や市場をあざむた」という犯罪だった。刑事裁判で無罪となっても、バブル経済の崩壊後、不良債権の処理を歴代の銀行経営者が先送りし、金融行政も追認してきたという事実は忘れてはならない。(岩田清隆)」



  ニ:東京新聞平成20年7月19日付朝刊27面

「国策捜査」検証を

 郷原信郎・桐蔭横浜大法科大学院教授の話 極めて妥当な判決だ。大きな変革があり、いろんな要因が重なって破たんが起きたのに、個人責任を問うことで決着を付けようとした検察の姿勢に問題があった。金融機関における会計のあり方が大きく変わる時期に、たまたま最後の経営陣だったことで結果責任を問われた事件であり、「結論先にありき」の責任追及の問題点を的確に示した判決といえる。

 個人を血祭りに上げて問題を解決するという、「国策捜査」といわれた捜査も厳しい反省が迫られる。このころ以降に経済事件の摘発を相次いで行った特捜検察については再検証が必要だ。」



  ホ:判決理由要旨 旧長銀粉飾決算上告審(2008/07/18 20:28【共同通信】)

判決理由要旨 旧長銀粉飾決算上告審

 旧長銀粉飾決算事件の上告審で、最高裁第2小法廷が18日言い渡した判決理由の要旨は次の通り。

 【1、2審判決】

 被告3人の上告趣意は、実質は単なる事実誤認、法令違反の主張で上告理由に当たらない。だが所論にかんがみ、職権で調査すると、1、2審判決は破棄を免れない。

 長銀の頭取、副頭取だった3人は、1998年6月の時点で、同年3月期決算に5846億8400万円の未処理損失があったのに、取り立て不能と見込まれる貸出金3130億6900万円の償却や引き当てをせずに、過少に計上した有価証券報告書を提出。本来皆無のはずの配当金計約71億6660万円を株主に支払ったとして起訴された。

 94、95年の金融機関破たんを契機に、98年4月以降、金融行政当局の監督手法として「早期是正措置制度」が導入されることになったため、大蔵省(当時)は97年春、金融機関の自己査定を重要視する新たな通達を発出。金融機関の関連ノンバンクに対する貸出金の査定についても事務連絡を出した。

 1、2審判決は長銀が新通達などを受け策定した自己査定基準に基づき実施した98年3月期決算について「従前の決算経理基準ならば違法といえないが、唯一の『公正な会計慣行』である新通達や事務連絡の方向性からは逸脱しており違法」と判断した。

 【判断】

 しかし当時、この通達などで改正された新しい決算経理基準は、大枠の指針を示す定性的なもので具体的な適用は不明確だった。いわゆる母体行主義を背景に一般とは異なる会計処理が認められていた関連ノンバンクへの貸出金の資産査定については特に具体性に乏しく、査定の厳格化を求めているかということ自体不明確だった。

 通達はガイドライン的で、事務連絡は金融機関一般に公表されていなかった。この基準で有税による貸出金の償却、引き当てをすると、利益の減少、自己資本比率の低下に直結し、銀行経営が危うくなる可能性が大いにあった。

 このため当時多くの銀行は、関連ノンバンクへの貸出金の査定について新たな基準を厳格に適用すべきだとは考えず、ほかの大手18行中14行が長銀と同様の扱いだった。このように新基準が従前の基準を排除して厳格に従うべきものかどうかも不明確な過渡的状況では、それまで「公正な会計慣行」だった従前の基準で査定をしていたからといってただちに違法とはいえない。

 証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)と商法違反(違法配当)罪の成立を認めた1、2審判決は事実を誤認して法の解釈を誤ったとして破棄しなければ著しく正義に反する。

2008/07/18 20:28 【共同通信】」




(3) 最高裁は、98年3月期決算当時、新基準により決算処理を行うべきだったとはいえず(=唯一の「公正ナル会計慣行」といえるのは新基準のみではなかった)、旧基準・新基準どちらも採用できるものだったと、判断したのです。

  イ:その理由は、主として3つ挙げられています。

<1>新基準は、ガイドライン的・大枠の指針に過ぎず、具体的な適用は不明確だった。一般とは異なる会計処理が認められていた関連ノンバンクへの貸出金の資産査定については、特に具体性に乏しく、旧基準で処理すると受け取れる表現が含まれるなど、査定の厳格化を求めているかということ自体不明確だった。
<2>新基準は、税制面の手当てをしていなかったので、この基準で有税による貸出金の償却、引き当てをすると利益が減少し、自己資本比率に直結して市場の信頼を失い、銀行経営が危うくなる可能性が多分にあった。
<3>これらの欠陥があった基準なので、当時多くの銀行は、新基準を厳格に適用すべきだとは考えておらず、現に、主要銀行18行のうち14行も、長銀と同じように旧基準を採用していた。


これらの理由を見ると分かると思いますが、最高裁は、98年3月期決算当時、新基準は「つかえない基準だった」と判断したわけです。ですから、長銀が当時、旧基準を採用して会計処理をしたとしても適法であって、新基準を押し売りして責任を問うのは無理だと判断したわけです。


  ロ:民事裁判の一審判決(東京地裁平17・5・19判時1900・3、重要判例解説平成17年度・商法1)は、「資産査定通達等」は、平成10年3月期においては、税効果会計の導入を図るといった必要な手当てが講じられておらず、その一義的明確性や拘束性についても疑問が残るばかりか、関係者への周知徹底が図られていたとはいえず、唯一の「公正なる会計慣行」になっていたとはいえないと判断しています。こうした理由は、最高裁が示した理由と殆ど変わらないものですから、最高裁は、一審判決の結論だけでなく、理由も同様に解したものといえそうです。

なお、新たな会計基準が導入された場合に、それが何時から商法上、「公正なる会計慣行」(会社法上、「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」(会社法431条))として強制力をもつのか否かについて、民事裁判の一審判決(東京地裁平17・5・19判時1900・3)は、企業会計審議会が公表する会計基準は、法による包括委任がある(財務規1条2項)ので、導入と同時に証券取引法(金融商品取引法)適用会社に対し強制力を持つが、監督庁が発する資産査定通達等は、変更に伴い継続性の原則の観点から支障が生じ、関係者に対する不意打ちとなるようなときは、これに対する必要な手当てがなされる等の一定の要件を満たした場合にのみ会社が従うべき唯一の規範としての強制力を取得する、と解しています(江頭憲治郎「株式会社法(第2版)」567頁)。(最高裁は、ここまで明確な判断は示していません。)


  ハ:元々、唯一の「公正な会計慣行」(一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行)とは何かについては、場合によって色々ありうるものなのです。

 「会計の処理に関する大部分の事項は、株式会社の会計は「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」に従うべきことを定める包括規定(会社341条)で処理される。

 では、「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」とは何か。企業会計審議会が公表する「企業会計原則」を始めとする会計基準(534頁)は、一応それに当たると推定される。しかし、当該会計基準の内容は基本的事項に限られ、網羅的ではない。また、それが唯一の「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」であると解すべき理由はない(味村治・会社決算の法律と実務11頁[税務研究会出版局・1975])。とくに中小企業の場合には、当該会計基準と異なる会計処理をなすことが直ちに違法とはいえないことが少なくない。たとえば、会計参与設置会社(会社2条8号)である中小企業の会計は、右の会計基準より簡便な「中小企業の会計に関する指針」(平成15年8月)によることが適当とされており、それ以外の中小企業には、より幅広い会計処理も認められる。個々の会社にとっての「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」の内容を最終的に決定するのは、裁判所の役割である。」(江頭憲治郎「株式会社法(第2版)」566頁)


最高裁は、こうした点について言及していませんが、「公正な会計慣行」(一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行)についての一般論ですので、前提にしているものと思われます。

こうした一般論からすれば、特に、当時、厳格な資産査定へと向かった金融行政の転換期にあったので、会計処理も過渡的な状況にあったといえるため、新基準が唯一の「公正な会計慣行」(一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行)だと断定することには、無理があったように思います。


  ニ:こうした最高裁の論理を理解すれば、郷原信郎・桐蔭横浜大法科大学院教授が述べた発言も理解できるかと思います。

 「極めて妥当な判決だ。大きな変革があり、いろんな要因が重なって破たんが起きたのに、個人責任を問うことで決着を付けようとした検察の姿勢に問題があった。金融機関における会計のあり方が大きく変わる時期に、たまたま最後の経営陣だったことで結果責任を問われた事件であり、「結論先にありき」の責任追及の問題点を的確に示した判決といえる。

 個人を血祭りに上げて問題を解決するという、「国策捜査」といわれた捜査も厳しい反省が迫られる。」(東京新聞平成20年7月19日付朝刊27面)


「金融機関における会計のあり方が大きく変わる時期」における会計処理について、当時、「たまたま最後の経営陣だったことで結果責任を問われた事件」だったのです。ですから、刑事責任を問うことは無理な起訴だったのであって、「極めて妥当な判決だ」と断じているわけです。




3.最後に。

(1) 日経新聞平成20年7月19日付「社説」

社説1 長銀破綻の責任はどこにあったのか(7/19)

 1998年に経営破綻した日本長期信用銀行(現新生銀行)の元頭取ら旧経営陣3人が、粉飾決算と違法配当の罪に問われた事件で、最高裁は逆転無罪の判決を言い渡した。

 破綻のあと一時国有化されるのに際し、旧経営陣の法的責任を刑事・民事両面で追及する必要があるとして、後を継いだ経営陣が刑事告訴と損害賠償を求める民事提訴をした。その刑事裁判である。

 多くの破綻金融機関では組織の私物化や無理な追い貸しなど経営者の背任行為が追及されたが、長銀の場合は違う。不良債権の査定・処理が「公正なる会計慣行に従う」との商法の規定に合っていたか否かが問題だった。刑事・民事どちらの裁判も争点は同じこの一点に絞られた。

 旧経営陣を有罪にした一、二審の判断はこうだった。「不良債権の早期処理を促す、いわゆる金融三法の施行を受けた、大蔵省(当時)の新しい決算経理基準・資産査定通達だけが『公正なる会計慣行』だった。これに従わずに古い基準で査定し不良債権処理を先送りした決算は、貸し倒れ損失を隠した粉飾になる」

 最高裁判決はこれを覆した。理由は(1)新しい基準・通達は『大枠の指針』『ガイドライン的なもの』であり具体性、明確性に欠ける部分があった(2)税制面の手当てをしていなかったので、新基準・通達に従って有税で償却、引き当てをすると利益が減少し経営危機に陥る恐れがあった(3)現実に大手18行のうち14行は長銀と同様の会計、決算をしていた――などだ。

 つまり、新基準・通達だけが「公正なる会計慣行」だったとするには、当時の大蔵省の金融行政は穴だらけだった。そういう指摘である。

 民事は一、二審とも、旧経営陣に賠償責任を認めない“無罪判決”で、最高裁は刑事裁判と並行して、二審判決を確定する決定をした。

 確定した東京高裁判決は「付言」で次のような見解を表明している。「長銀の破綻は、従前の金融政策・行政の在り方にも深く関係する性質の問題である。旧経営陣を個人的に断罪するのは、法の解釈・適用の在り方の基本部分に疑問が残る」

 旧大蔵省は「ハシの上げ下ろしまで」と、やゆされるほど銀行経営に細かい規制を加えてきた。その中でなぜ不良債権が積み上げられ、ついには経営破綻が続出したのか。政治家、日本銀行、各金融機関を含めそれぞれの失敗と責任はどこにあったのか。そこを公に検証する、大恐慌後に米議会に置かれた調査機関「ペコラ委員会」のような場が要る。」



極めて分かりやすくまとまった社説ですが、このうち次の点に着目しておきたいと思います。

 「確定した東京高裁判決は「付言」で次のような見解を表明している。「長銀の破綻は、従前の金融政策・行政の在り方にも深く関係する性質の問題である。旧経営陣を個人的に断罪するのは、法の解釈・適用の在り方の基本部分に疑問が残る」

 旧大蔵省は「ハシの上げ下ろしまで」と、やゆされるほど銀行経営に細かい規制を加えてきた。その中でなぜ不良債権が積み上げられ、ついには経営破綻が続出したのか。政治家、日本銀行、各金融機関を含めそれぞれの失敗と責任はどこにあったのか。そこを公に検証する、大恐慌後に米議会に置かれた調査機関「ペコラ委員会」のような場が要る。」


「破たんの背景には、バブル期の乱脈融資で経営を悪化させた金融機関の責任、不良債権処理の先送りを黙認し巨額の税金投入を招いた行政や政治の責任がある」(東京新聞平成20年7月19日付朝刊27面「解説」)のです。東京高裁判決が「付言」したとおりです。

大恐慌後に米議会に置かれた調査機関「ペコラ委員会」のような場を設けるなどして、こうした「複合的な責任を検証」することが求められているといえるのです(東京新聞平成20年7月19日付朝刊27面「解説」[出田阿生])。



(2) 旧長銀に対しては、7.8兆円の公的資金が投入され、一時国有化されました。長銀事件は、そうした巨額の公的資金が投入された以上、銀行の経営陣の刑事責任を追及し、世論に応えてみせるという「国策捜査」の代表例でした。

巨額の公的資金をつぎ込むからには、経営者のモラルハザード(倫理欠如)を防止するため、責任追及すべきだという意識は健全ですから、「刑事も民事も経営者が責任を問われなかったのは、ツケを負担した国民としてなんとも釈然としない」(朝日新聞平成20年7月19日付「社説」)思いになるでしょう。しかし、破綻を原因となった杜撰な融資についての犯罪(特別背任罪。当時は5年)は公訴時効により起訴することができず、結局、起訴されたのは事後処理に当たった経営者だったのです。

長銀の経営者なら誰だろうと責任があるはずであり、起訴すれば誰でも有罪にできる――わけがありません。本当に刑事訴追は必要だったのか、「国策捜査」に対しては疑問の目を向けるべきでしたし、誰が長銀を崩壊に導いたのかについて、世論も刑事訴追を煽ることなく、冷静な判断を行うべきだったのです。検察のみならず、市民の側も反省を求められているといえるのです。

テーマ:裁判 - ジャンル:政治・経済

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