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公判では横浜市で2002年、同社製大型車の車輪と車軸をつなぐ金属部品のハブが破損、脱落したタイヤが歩行中の母子3人に直撃し、死傷させた事故に関する報告をめぐり、<1>道路運送車両法に基づく国土交通相からの正式な報告要求があったか<2>報告や説明について虚偽の認識があったかどうか、が争われたのですが(東京新聞平成20年7月15日付夕刊1面)、主要な争点は<1>の点でした。
1.まず、報道・解説記事を幾つか。
(1) 毎日新聞平成20年7月15日付夕刊1面
「三菱自・欠陥隠し:ふそう元会長、逆転有罪 虚偽報告認定−−東京高裁判決
三菱自動車(三菱ふそうトラック・バスに分社)製大型車のタイヤ脱落事故を巡り、リコールを避けようと国に虚偽報告をしたとして、道路運送車両法違反に問われた三菱ふそう元会長、宇佐美隆被告(67)に対し、東京高裁は15日、1審の無罪判決(06年12月)を破棄し、罰金20万円を言い渡した。永井敏雄裁判長は「報告内容が虚偽と十分に認識しながら、部下らと共謀してうその報告をした」と認定した。
同じく1審無罪の三菱自元常務、花輪亮男(あきお)被告(67)▽同元執行役員、越川忠被告(65)▽法人としての三菱自も、それぞれ求刑通り罰金20万円の逆転有罪判決を受けた。3被告は上告する方針。
判決によると、母子3人が死傷したタイヤ脱落事故(02年1月)を受け、国土交通省リコール対策室は三菱ふそうに報告を要求。宇佐美元会長らは02年2月、ハブの強度不足が疑われたのに「整備不良による異常摩耗が原因だからリコールしない」と主張。過去に0・8ミリ未満の摩耗量でハブが破損した事故事例を隠し、「摩耗量0・8ミリ以上のハブを交換すれば事故を防げる」と虚偽の報告をした。
1審・横浜簡裁は、道路運送車両法違反の成立要件となる国交相の正式な報告要求がなかったとした。しかし、永井裁判長は「大臣の事務は極めて広範で、すべてを自ら処理できないことは明らか。部下らに処理権限が委ねられ、大臣もこれを了承していた」と指摘。リコール対策室職員らが報告要求をしていたことから同法違反は成立すると判断した。
事故を巡っては、三菱自元部長ら2人も業務上過失致死傷罪で起訴された。横浜地裁は07年12月、執行猶予付きの有罪判決を言い渡し、元部長らが控訴している。【伊藤一郎】
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■ことば
◇タイヤ脱落事故
横浜市瀬谷区で02年1月10日、走行中の三菱自動車製大型けん引車から脱落した左前輪が、歩道を歩いていた神奈川県大和市の主婦、岡本紫穂さん(当時29歳)と長男(当時4歳)、次男(当時1歳)を直撃し、紫穂さんが死亡、2児がけがをした。ハブ(車輪と車軸を結ぶ金属部品)の破損が原因とされる。
毎日新聞 2008年7月15日 東京夕刊」
(2) 毎日新聞平成20年7月15日付夕刊8面「解説」
「交通行政の実態に理解
三菱ふそう元会長らに逆転有罪を言い渡した東京高裁判決は、法律の条文を厳格に解釈して無罪とした1審判決を「形式論」として退け、交通行政の現場の実態に理解を示した判断と言える。
1審・横浜簡裁は、ふそう側の虚偽報告を認めながら、道路運送車両法が定める「国土交通相の報告要求」がなかったという理由で無罪とした。国交省のリコール対策室職員らが実質的に報告要求をしている実務とはかけ離れた結論で、高裁は「かえって法律の趣旨を損なうことになりかねない」として覆した。
同省の統計では、分社後の三菱ふそうのリコール届け出件数は03〜07年の5年間で計205件。国産車メーカー14社で件数の多さを比べると03年度2位、04〜07年度は1位と他社を圧倒する。同社は「車両の問題点を早期に発見した結果であり、開発段階から不具合の撲滅に取り組んでいる」と説明しているが、重大事故を起こした会社として、今後、改善状況を明確な数値で示す責務があることは言うまでもない。
横浜の事故では、若い母親が幼い子供たちを残して先立った。何の落ち度もない市民が突然、命を奪われる事故はいわば通り魔事件に遭ったに等しい。三菱ふそうのみならず、メーカー各社が「車は走る凶器」と肝に銘じ、安全性を最重視した経営に努めなければならない。【伊藤一郎】
毎日新聞 2008年7月15日 東京夕刊」
(3) 読売新聞平成20年7月15日付夕刊19面(2版)「解説」
「企業のウソ 厳しく対処
三菱自動車の虚偽報告事件で、1、2審の判断が分かれた背景は、ドライバーや歩行者を守るリコール制度の目的をどの程度重視したかの違いがある。
1審は、自動車の欠陥に関するメーカーへの「報告要求」について「大臣が行う」とした道路運送者車両法の規定を厳密にとらえ、虚偽報告者を処罰するには、大臣の決裁を経る必要があると判断した。
しかし、リコール制度は、メーカーが自主的に自動車の欠陥を国に届け出ることで、速やかに使用者に知らせて回収などの改善措置を図り、事故を未然に防ぐのが最大の目的だ。国による報告要求は、こうした措置の前提となる。
2審は「国による迅速かつ柔軟な対応」の必要性を強調。大臣の決裁を得るのは現実的でないと判断した。そのうえで三菱自動車が虚偽報告により、国の実態把握を遅らせたことはリコール制度の根幹を揺るがすと考えた。
同社は2001年にも、「リコール隠し」で同法違反に問われており、その隠ぺい体質は根深い。耐震強度や食品偽装問題など、国民の生命や健康を脅かす「企業のウソ」は後を絶たない。この日の判決は、この種のウソには、厳しく対処するという司法の姿勢を示したと言える。(稲垣信)」
(1) この点については、「1審は、自動車の欠陥に関するメーカーへの「報告要求」について「大臣が行う」とした道路運送者車両法の規定を厳密にとらえ、虚偽報告者を処罰するには、大臣の決裁を経る必要があると判断した」のに対して、「2審は『国による迅速かつ柔軟な対応』の必要性を強調。大臣の決裁を得るのは現実的でないと判断した」(読売新聞)わけです。
このどちらの法解釈が妥当かどうかは、どちらが法の趣旨に沿った解釈、すなわち、この道路運送者車両法が要求する「報告要求」、すなわちリコール制度の趣旨に沿った、現実的な解釈をしているのかどうかです。
(2) この点については、国交省の反応が参考になります。読売新聞平成20年7月14日付夕刊19面の記事を引用しておきます。
「三菱自タイヤ脱落 リコール軽視断罪 虚偽報告逆転有罪 国交省、安堵の声
「被告らは国への報告内容が虚偽であると十分に認識していた」。三菱自動車による虚偽報告事件で、同社元役員3人に逆転有罪を言い渡した15日の東京高裁判決。死傷者まで出したタイヤ脱落の欠陥を巡って国にウソの報告をし、リコール制度の根幹を揺るがした企業の責任を断罪した。一方、事件の発端となった事故の遺族は「これで、ようやく娘に報告できる」と、安堵(あんど)の表情を浮かべた。
「今回は我々の仕事をきちんとわかってもらえた」。有罪判決を聞いた国土交通省自動車交通局リコール対策室の担当者からは一様に安堵(あんど)の声が漏れた。
リコールは事故の未然防止こそが最大の目的。担当者は「だからこそ、自動車メーカーには迅速で正確な対応が求められるし、それを監視するのが行政」と強調する。
国交省は三菱の事件後、メーカー頼みにせず、ユーザーなどからも独自に車の不具合に関する情報を集めるよう態勢を強化した。昨年度の不具合情報は1万6000件余。重大事故につながりかねない情報があれば、すぐにメーカーに電話して報告を求める。国交省は、そんなやり取りで毎回、大臣決裁をもらうのは非現実的だと主張し、今回の判決はそれを全面的に認めた。
担当者は「三菱のリコール隠しは苦い教訓。二度と同じことが起きないよう不具合情報に目を光らせ、迅速な対応を心がけたい」と語った。」(読売新聞平成20年7月14日付夕刊19面)
(3) ユーザーなどからも独自に車の不具合に関する情報を集めるような態勢に変更された点が大きいとはいえ、「昨年度の不具合情報は1万6000件余」もあるのですから、企業から報告を受ける国交省としては、一件一件、「大臣決裁をもらうのは非現実的」です。
1審は、自動車の欠陥に関するメーカーへの「報告要求」について、虚偽報告者を処罰するには大臣の決裁を経る必要があると解釈したのですが、そんなことをしていたらリコール制度が立ち行かなくなってしまいます。 2審が、『国による迅速かつ柔軟な対応』の必要性を強調し、「大臣の決裁を得るのは現実的でない」とした理解の方が妥当というべきです。
このように、2審判決の判断の方が、法の趣旨に沿った解釈、すなわち、この道路運送者車両法が要求する「報告要求」、すなわちリコール制度の趣旨に沿った、現実的な解釈をしたものであり、法解釈として妥当だと考えます。
3.気になったのは、判決を聞いた三菱ふそう元会長、宇佐美隆氏の態度です。
(1) 毎日新聞平成20年7月14日付夕刊8面
「三菱自・欠陥隠し:ふそう元会長逆転有罪 宇佐美被告ぼうぜん 遺族「隠ぺい許せぬ」
大型車部品の欠陥を隠し、国にうその報告をしたリコール逃れが断罪された。道路運送車両法違反に問われた三菱ふそう元会長、宇佐美隆被告(67)らに対する15日の東京高裁判決。元会長らは逆転有罪に不満を表明する一方、欠陥車による事故で肉親を失った遺族はいまだに謝罪のない元会長らへの怒りを募らせている。【伊藤一郎、池田知広】
午前10時過ぎ、グレーのスーツ姿の宇佐美元会長は一礼して入廷。「1審を破棄する。罰金20万円とする」。裁判長の主文が静まり返った法廷に響き渡ると、元会長はぼうぜんと立ち尽くし、青ざめた表情で被告席に戻った。
閉廷後、宇佐美元会長らは弁護人を通じて「法の合理的解釈を放棄した極めて不当な判決で非常に遺憾。上告審で速やかに是正されると信じている」とコメントした。
リコール逃れのきっかけとなったタイヤ脱落事故で死亡した主婦、岡本紫穂さん(当時29歳)の母、増田陽子さん(59)は10日、横浜市内の紫穂さんの墓前に花をたむけ、手を合わせた。「今日は月命日ですが、紫穂の誕生日でもあります。本当は36歳になっていた。友達の多い優しい子だった」。事故の2年前、紫穂さんから贈られた指輪が大切な形見になった。
事故から6年半たつが、宇佐美元会長らから謝罪はない。増田さんは「大企業にとっては、たかが1人の死なのかもしれないけど、自分の子供が車に殺されたらどう思うのか。幹部たちにこの思いが分からないのでしょうか」と唇をかんだ。
1審・横浜簡裁の判決公判を傍聴したが、無罪判決に言葉を失った。以来、控訴審を傍聴することはなく、高裁判決にも出向かなかったが、「三菱ふそうにもまじめに働いている社員はたくさんいると思う。それなのにトップが隠ぺい体質だと、企業全体が怠慢と思われても仕方がない。気持ちが何も伝わってこないのが許せない」と悔しさをにじませた。
◇三菱自動車広報部の話
判決を厳粛に受け止め、再発防止を改めて誓うとともに、全社一丸となって信頼回復に努めていく。
◇本田勝・国土交通省自動車交通局長の話
虚偽報告を認めた妥当な判決。再発防止対策を引き続き推進し、リコールの適切な実施に努めていきたい。
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毎日新聞 2008年7月15日 東京夕刊」
(2) 「裁判長の主文が静まり返った法廷に響き渡ると、元会長はぼうぜんと立ち尽くし、青ざめた表情で被告席に戻った」(毎日新聞)ようです。無罪から一転して有罪となったのですから、こうした態度になるのは自然なことのようにも思えます。こうした態度からすると、どうやら、弁護人は、1審判決が維持されるものだという見通しを語っていたように推測できます。
閉廷後、宇佐美元会長らは弁護人を通じて「法の合理的解釈を放棄した極めて不当な判決で非常に遺憾。上告審で速やかに是正されると信じている」とコメントしたようです。これは、2審は「法の合理的解釈を放棄した」ものであって、1審判決の法解釈の方が妥当なのだということなのだと思います。
しかし、1審判決の法解釈が妥当だとすると、「メーカーの担当社員も『余計な文書が増えれば、迅速なリコール業務の阻害要因になりかねない』と危惧」(東京新聞平成18年12月14日付朝刊29面)したとおりになってしまいます。1審判決が妥当だとすると、かえって会社の業務にも支障を来たす可能性があり、その結果、死傷者を生じるような欠陥が放置され、国民の生命身体の安全が脅かされてしまうのです。このように、1審判決に対しては、国交省だけでなく他のメーカーも、不合理な法解釈だと理解していたのです。
前述のように、道路運送車両法に基づく「報告要求」に関する法解釈としては、2審判決の解釈の方が素直だったのです。ですから、弁護人としては宇佐美元会長らに対して、有罪となる可能性が高いことを述べておき、被告人らに覚悟を求めておくべきでした。
4.三菱自動車製の大型車から脱輪したタイヤが直撃し、横浜市で母子3人が死傷した事故から6年半が経過しました(東京新聞平成20年7月15日付夕刊11面)。
(1) この欠陥隠しを巡る事故は3つの刑事裁判で審理し続けています。
「三菱自事件 3つの裁判で係争中 欠陥製品“監視”事故契機に進む
三菱自動車製の大型車から脱輪したタイヤが直撃し、横浜市で母子3人が死傷した事故から6年半。同社の欠陥隠しをめぐる事故は3つの刑事裁判で審理されてきた。1つは15日に控訴審判決が出た虚偽報告事件。残る2つはともに高裁で係争中だ。一連の事故後、欠陥製品に関する情報開示の流れは広がりつつあるが司法の最終結論は出ていない。
3つの裁判は虚偽報告事件のほか、母子3人死傷事故で元部長ら2人が業務上過失致死傷罪に問われたハブ欠陥事件と、山口県で起きた大型車のクラッチ系統部品の脱落などによる運転手死亡事故で河添克彦元社長(71)、宇佐美隆元会長(67)ら4人が業務上過失致死罪に問われたクラッチ欠陥事件。
虚偽報告事件を除き、2事件の1審判決は「事故の危険性を予想できたのに、改善措置を放置したため事故を招いた」として計6人全員に有罪を言い渡し、同社の隠ぺい体質を強く非難。1審が無罪だった虚偽報告事件では検察側が控訴。残りの2事件では宇佐美元会長ら3人が控訴している。(以下、省略)」(東京新聞平成20年7月15日付夕刊11面)
3つの裁判全体からすると、1審で無罪となったことはかなり異例なことだったわけです。
(2) こうした裁判が何時までも続く限り、市民の側はいつまでも「三菱自動車製の大型車から脱輪したタイヤが直撃し、横浜市で母子3人が死傷した事故」を思い起こし、三菱自動車に対する嫌悪感を抱くわけです。
三菱自動車は、07年度の国内販売は、国内需要の低迷で03年度の約6割にとどまりますが、07年度の輸出は03年度の約6割増の61万4000台に達し、三菱ふそうも07年度は03年度比で2倍以上の輸出を記録しています(東京新聞平成20年7月15日付夕刊11面)。このように、一次の販売低迷から脱し、好調な輸出に支えられて業績は回復傾向にあります。
「業関回復に伴い、元経営トップらの裁判に『思い出したくない過去。無罪を主張せず、早く終わってほしいのが本音』と漏らす三菱自関係者も。」(東京新聞平成20年7月15日付夕刊11面)
業績が回復傾向にあるだけに、三菱自動車側は、「無罪を主張せず、早く終わってほしい」、言い換えれば、三菱自動車の欠陥隠し事件について、市民が早く忘れて欲しいと求めているのです。
裁判はいつか終わります。
しかし、市民は、「三菱自動車製の大型車から脱輪したタイヤが直撃し、横浜市で母子3人が死傷した事故」は、「事故の危険性を予想できたのに、改善措置を放置したため事故を招いた」ことをいつまでも忘れてはならないのです。三菱自動車は、何度も欠陥隠しをしてきた隠蔽体質が染み付いているのですから、もし、市民が忘れてしまったら、また三菱自動車は必ず欠陥隠しを行うはずですから。
三菱自動車が、三菱自動車製の大型車から脱輪したタイヤが直撃し、横浜市で母子3人が死傷した事実について忘れ去り、企業の社会的責任を自覚しない姿勢を維持するとしても、三菱自動車が人の命を奪った事実は、永久に消えることはないのです。裁判が終わったとしても。
ひとえに、国交省内からメーカーへの報告要求が、実務上、慣習的に大臣権限によるものとみなしうる(国交省主張・2審判断)のか、あるいは成文規定がないことを楯に大臣権限に基づかないもの(被告側主張・1審判断)なのかの問題、すなわち実態を重視するか書面を重視するかに過ぎないと言いえます。
国交省が内部の職務分掌規定や権限委譲規定で、当該業務にかかる大臣決裁の権限を部局の責任者に明文的に定めてさえいれば、最初から被告側の言い分が成り立つ余地はなかったでしょう。
今回の判決で懸念すべきは、実質的・慣習的に行われてさえいれば、行政官庁の「担当レベルの要求」が明文の規定を超えて「大臣名での要求」に摩り替えられかねない、一種の自由裁量を官庁に許してしまった可能性があることです。
もちろん、宇佐美元社長側の「大臣名による正式のリクエストではなかったのだから、会社には応じる義務も、正しい事実を伝えるいわれもない」などという戯言には擁護の余地はありません。
しかし『官僚の暴走』だとか『行政権力の肥大化』にもまなざしを向けるならば、一審判決において裁判所がMMCの報告内容を「虚偽」と認定したことに満足し、既成事実化されていた「大臣名の僭称」をも正当化するところまで求めてはならなかったのではないかと思えてなりません。
本件2審判決については、被告人が処断されたことを「当然だ」との感情を抱く一方で、制度の定めにない権限委譲を拡大解釈的に根拠としているのではないか、そのことは別の害悪を許容する素地になりはしないかとの懸念を抱いてしまいます。
URL | 惰眠 #Oy5awZbQ[ 編集 ]
>本件は形式犯にかかる事案ですので
一般論として、法解釈論においては「危険犯」とか「実質犯」とか「形式犯」という法の性質を指摘することはありますが、こうした規定の性質のみによって解釈が変わることはまずありません。法解釈の結論は、主として保護法益や趣旨によって決定付けられるからです。特に、行政法規はほとんど「形式犯」ですから、「形式犯」か否かで法解釈を変えるわけにはいきません。
1審判決が出たときには「形式犯だから」といった議論はありましたが、2審判決の段階ではそうした解説はもうありません。新聞社の側も「形式犯」かどうかで法解釈が変わるわけではない、と理解できたのだと思っています。
>1審横浜簡裁の判断を一概に誤りとすることはできないと思います。
エントリーで述べたように、1審判決が出た当時、メーカー側は「余計な文書が増えてしまい、迅速なリコール業務の阻害要因になりかねない」として困るとし、国交省も困るとした発言を行っています。要するに、1審判決の法解釈ですと、当事者(=メーカーと国交省双方)に不可能を強いることになってしまうのです。「法は不可能を強いるものではない」という法諺を尊重するのか否かが、1、2審判決の判断が分かれたポイントということになるわけです。法学のごく基本的な理解ですよね。
>実質的・慣習的に行われてさえいれば、行政官庁の「担当レベルの要求」が明文の規定を超えて「大臣名での要求」に摩り替えられかねない、一種の自由裁量を官庁に許してしまった可能性がある
そんな説明も、1審判決の段階ではあったような気がします。しかし、行政行為は多種多様ですし、その行政行為に応じて裁量の幅が変わっているのですから、大げさすぎる考えです。
最後にひと言付け加えておきます。
コメントはあり難いと思う半面、惰眠さんのコメントは法律的に間違っていることが多いのです。それもちょっとした間違いではなく、法律論のごく基本的な点で違っていたりするわけです。ですので、いつも「その法解釈は違ってますよ」と書くわけですが、それもどうかという感じがしますし、惰眠さんは延々と強弁を続けるばかりで止まらないので、いつまで続けるのかと困惑します。
それなら、いっそ無視してしまうのもいいのですが、コメント欄といえども、ちょっとした間違いならともかく、基本的な点で間違った法律論を放置しておくことは、このブログの立場としては、あまりにも問題です。
惰眠さんのような法諺さえも無視したりしたり、判決の論理の妥当性を法律論でなく制度論で評価するといったような、自由奔放な擬似法律論(法律論というより、社会学に近いですよね)は面白いとは思うのです。500年くらい後になれば、惰眠さんのような考えが一般化するかもしれません。
しかし、エントリーとしてアップしたいものも多いのに、仕事上時間的余裕がないため、自由奔放な法律論に延々とお付き合いしている時間的余裕がないのが現状です。惰眠さんのコメントに答えるのは結構楽しいのですが、延々と続くとなるとさすがに時間的に難しいのです。
ですので、申し訳ないのですが、惰眠さんのコメントは、今後、仮にコメントなさっても未承認のままにすることにしました。惰眠さんはご自分のブログがあるわけですから、そちらで自由奔放な法律論を論じた方が気楽なのではないかと思います。今までありがとうございました。
<追記>
惰眠さんに対してお返事をしていないコメントについては、いずれ、コメントすると思います。気長にお待ちください。
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