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1.ところが、2002年の人口100万人当たりの臓器提供者数(死体・生体臓器の合計)を見ると、スペインが33.7人、米国が21.5人となっているなど、欧州諸国の平均は16.6人であるのに対して、日本ではわずか0.5人にすぎません(東京新聞平成20年6月11日付朝刊24面「こちら特報部」)。脳死からの臓器提供は幾らか増えているとはいえ、1万2000人を超える待機患者数からみれば限られた数にとどまっているのです。
(1) 臓器移植、特に脳死移植が進まない理由としては、「救急医療の現場に余裕がない」とか、「救命の現場で、臓器提供について話をすれば、家族に十分に治療してくれないのではという不信感を抱かせるのではないか」といった点が挙がっています(「臓器移植法施行から10年〜法改正の審議も必要だが、提供意思を生かせる態勢は? 2007/10/20 [Sat] 16:54:52」)参照)。
「脳死移植が進まない理由は何か。有賀徹・昭和大学医学部教授(救急医学)は「救急医療の現場に余裕がないためだ」と指摘する。
06年、全国の救命救急センターなどに前年の脳死発生状況を尋ねた。回答のあった541施設で脳死を経たと見られる死亡例は約5500例。だが、治療目的などで臨床的脳死を判断したのは約1600例だけ。判定しない理由は「時間がかかるから」「面倒な仕事になる」などが多かった。
法的脳死判定は、臨床判断より時間や人手がかかる。慢性的に人手不足の救急医療の現場には、負担感が強い。
家族が法的脳死判定を受けて臓器提供をした関東地方の男性(63)は、意思表示カードがあることを主治医に伝えた際の微妙な空気を覚えている。「やっかいなものが来た、という反応に感じた。ややこしくなるので迷惑かな、と思った」
関東地方の病院では、法的脳死判定の際、集中治療室の看護師や麻酔科医師らが3日間、提供者に付き添った。検査技師や事務職員も普段しない夜勤をした。
「積極的になれない病院があるのも分かる。多職種がかかわる脳死移植は、病院の総合力が試される」と病院関係者は話す。」(朝日新聞平成19年10月18日付朝刊3面)
「施設や人手の問題以外にも、医師ら医療関係者側には戸惑う要因がある。「救命の現場で、臓器提供について話をすれば、家族に十分に治療してくれないのではという不信感を抱かせるのではないか。そう不安に感じる医療関係者は多い」と福岡県の岩田誠司・移植コーディネーターは話す。」(朝日新聞平成19年10月18日付朝刊3面)
(2) このように、「救命救急」の場では、「臓器提供」に消極的な事情があり、ある意味、「救命」と「臓器提供」は背反するともいえるわけですが、これを両立できないと臓器移植拡大は不可能です。東京新聞「こちら特報部」では、この両立について取り組んでいる病院を取材していましたので、紹介したいと思います。
「ある意味、背反するともいえる「救命」と「臓器提供」。この両立が難しいとされる命題に、救命救急の現場で取り組む医師らがいる。札幌市の市立札幌病院救命救急センター。心肺停止患者の救命率も社会復帰率も全国トップクラスを誇る同センターは、心停止後の腎臓提供も全国1、2位を誇る。患者本人や家族とどう向き合っているのか、現場に同行して探った。」(東京新聞)
「SOS臓器移植:救命と提供両立 市立札幌病院の挑戦
2008年6月21日
ある意味、背反するともいえる「救命」と「臓器提供」。この両立が難しいとされる命題に、救命救急の現場で取り組む医師らがいる。札幌市の市立札幌病院救命救急センター。心肺停止患者の救命率も社会復帰率も全国トップクラスを誇る同センターは、心停止後の腎臓提供も全国1、2位を誇る。患者本人や家族とどう向き合っているのか、現場に同行して探った。 (片山夏子)
■蘇生あきらめない
午後6時20分。救命緊急センターの手術室に、消防から急患を知らせるホットラインが鳴る。「68歳女性。ドクターカー要請。自宅で倒れていて知人が発見。VF(心肺停止)」
若い医師が治療バッグをつかんで病院を飛び出し、ドクターカーで出勤する。病院ではドクターカーからの連絡を待ち、必要な準備を進める。「人工心肺装置の準備をしてっ」。副医長の鹿野恒(かの・ひとし)医師(41)の指示が飛ぶ。「14分いや9分経過」。手術着を着ながら、時計をにらむ。同センターでは、心肺停止になってから60分以内に人工心肺装置をつなげば、38%が社会復帰する。だが、60分を超えると4%を切る。一分一秒、時間との闘いになる。
同6時35分。「やっぱり人工心肺いるって!」。電話を受けた医師が叫ぶと、鹿野医師が準備に入る。
同6時40分。付き添った医師が心臓マッサージをしながら、ストレッチャーで患者を搬入。「除細動(電気ショック)いきます」。ドン、と女性の体が浮き上がる。モニターの波形は動かない。すぐに、女性の太ももの動脈と静脈に人工心肺装置の管がつながれる。「回して、回して」。管に血液が流れ、心臓の代わりに全身に血液を循環させる。
同6時56分。搬入から16分で人工心肺が開始。119番通報から50分たっていた。
同センターは、最重症の患者を受け入れる第三次救急指定で、年間1200―1500人が搬送されてくる。うち3、400人が心肺停止状態。鹿野医師は「心臓も呼吸も停止している患者は通常亡くなると考えられているが、僕らは心臓が止まっただけでは蘇生(そせい)はあきらめない」と言う。
心臓手術などで使う人工心肺装置を積極的に活用。ドクターカーやドクターヘリの医師や救急救命士との連携を強め、心拍が再開するまで、少しでも早く、人工心肺で全身に血液を流し、脳へのダメージを防ぐ。「心臓は脳に比べて強い。だが、脳はダメージを受けると戻らない」。体温を34度に下げ一時的に「冬眠状態」にして脳のダメージを防ぐ脳低温療法も駆使し、今まで助からないと思われてきた患者を救い続けてきた。
◆06年生存率 全国の3倍
同センターに運ばれてきた心停止患者のうち、1ヶ月生存率は24.7%と全国平均の3倍、意識回復は15.6%で8倍(ともに2006年)。昨年はさらに向上し、生存率は28.9%、意識回復率は22.2%にまでなった。
「救命率が高いのは、ドクターカーの中から人工心肺装置の準備を指示し、到着と同時に治療態勢に入ること、装置を積極活用できるスタッフをそろえ、時間が大幅短縮されたこと」と秘けつを明かす。
それでも救えない命がある。「救命ではこれまで『生』だけを追求してきた。だが、死が避けられないと分かった時に、医師に何ができるのか。死までの時間をどう過ごしてもらうか。『生』だけでなく、『死』に向き合うことも考え始めた」
■終末期医療の一つに
鹿野医師が臓器提供の選択肢を家族に指示するようになったきっかけは、04年1月に交通事故で運ばれてきた20代の女性患者との出会い。手を尽くしたが臨床的脳死状態に。その時、スペインの救命救急で患者や家族の権利として、提供の話しをしているのを思い出した。思い切って家族に話をすると、意外にも「どこかで娘が行き続けられる」と喜んで提供してくれた。
「ドクターカーや救急救命士との連携で、人工心肺装置での救命率が上がり、それまで助からなかった命が助かるようになってきた時期。徹底的に救命をしているという自負が前提にある。その上で、患者や家族のために何かできないかと考えていた」と鹿野医師は言う。
救命現場で「死」を意味する臓器提供を言うのは、強い抵抗があった。「何を言うんだと胸ぐらをつかまれると思っていた」
脳死が疑われる時、家族に状況を説明。その後、複数の医師で脳波など10項目をチェック。臨床的に脳死状態であることと、数週間か長くても1ヶ月ほどで亡くなる可能性が高いことを告げる。その上で、延命治療をどこまでするかを相談する。
「あと僕らができるのは、患者やご家族の意思をつなぐこと」。患者がドナーカードを持っているか、カードがなくても、家族の了承で亡くなった後に提供できることを説明。家族の希望で移植コーディネーターにつなぐ。
◆「とにかく 話を聞く」
04年から今年5月までに臓器提供者を打診したのは33家族。うち家族の意向が一致して提供が実現したのはおよそ7割に当たる22家族に上った。鹿野医師の下には、家族から「提供した患者さんが元気になったと聞いてうれしい」「息子がこの世に生きた証しができた」という声が届く。「提供が家族の癒やしになるとは思わないが、癒やしの1つになるかもしれないと、最近思うようになった」
家族と何度も話しながら、切り出すタイミングを計る。「説得したことはない。また、近親者の思いが一致しないと提供は勧めない」。取材中も、ドナーカードを持つ50代女性がいたが、家族の意見が一致しなかったため、脳死判定や臓器提供に至らなかった。
院内コーディネーターで看護師の佐藤真澄さん(43)も「とにかく家族の話を聞く。元気だった時の患者の話を聞くうちに、提供するか家族の中で決まってくることが多い。選択肢の提示だけではなく、家族に声を掛け、話を聞いて精神的にも支え続ける」。
鹿野医師は言う。「脳死状態は死が避けられないといっても、温かいし眠っているようにしか見えない。死として受容しろとは言えない。ただ、臓器提供の意思がある場合、家族から言うのを待っていたら手遅れの場合が多い。実際に時間的な問題で提供に至らない例が相当ある。終末期医療の一つとして、患者や家族の意思が生きるように、選択肢提示は医師がすべきではないか」
06年に救急施設などを対象にしたアンケートでは、脳死状態とみられる患者の7割が、実際には判定や診断がなされていないことが判明。臓器提供に至らなかった理由は「家族の申し出がない」や面倒な仕事になりそうだと「判定をしなかった」などだった。
市立札幌病院では、脳死下の提供は今のところない。ドナーカードが見つからなかったり、提供の意思を家族に伝えていてもカードがないなどの例が9例あった。鹿野医師は経験を踏まえて、こう話す。
「臓器移植法が、本人の意思が不明の時に家族の同意で提供できるように変わると、脳死下の提供が増える可能性がある。また、救命救急の現場で患者や家族の意思をつなぐ意味で、提供の選択肢を提示する試みが広がっていけばと思う」
<デスクメモ>
歩行者天国の地獄に変えた通り魔事件。10年連続で年間3万人を超えた自殺者。安全なはずの小学校で起きた児童転落事故…。「命」のはかなさを思い知り、同時に、その重みをかみしめる。毎日、平均4人の重篤患者が運ばれる救命緊急センター。一つ一つの命に全力を尽くす姿に救われた気になる。 (穏)」
3.札幌市の市立札幌病院救命救急センターが、臓器提供に取り組んでいる姿勢は、「とにかく、話を聞く」というものです。
「04年から今年5月までに臓器提供者を打診したのは33家族。うち家族の意向が一致して提供が実現したのはおよそ7割に当たる22家族に上った。鹿野医師の下には、家族から「提供した患者さんが元気になったと聞いてうれしい」「息子がこの世に生きた証しができた」という声が届く。「提供が家族の癒やしになるとは思わないが、癒やしの1つになるかもしれないと、最近思うようになった」
家族と何度も話しながら、切り出すタイミングを計る。「説得したことはない。また、近親者の思いが一致しないと提供は勧めない」。取材中も、ドナーカードを持つ50代女性がいたが、家族の意見が一致しなかったため、脳死判定や臓器提供に至らなかった。
院内コーディネーターで看護師の佐藤真澄さん(43)も「とにかく家族の話を聞く。元気だった時の患者の話を聞くうちに、提供するか家族の中で決まってくることが多い。選択肢の提示だけではなく、家族に声を掛け、話を聞いて精神的にも支え続ける」。
鹿野医師は言う。「脳死状態は死が避けられないといっても、温かいし眠っているようにしか見えない。死として受容しろとは言えない。ただ、臓器提供の意思がある場合、家族から言うのを待っていたら手遅れの場合が多い。実際に時間的な問題で提供に至らない例が相当ある。終末期医療の一つとして、患者や家族の意思が生きるように、選択肢提示は医師がすべきではないか」」
(1) 「説得したことはない。また、近親者の思いが一致しないと提供は勧めない」、「とにかく家族の話を聞く」、「選択肢の提示だけではなく、家族に声を掛け、話を聞いて精神的にも支え続ける」など。
これらを行う場合、時間と根気が必要ですし、脳死状態という衝撃を受けている家族の思いを推し量りながら話していくという極めて親身な対応を行うことになるのですから、臓器移植を行う病院側としても大変な思いをしていることが分かると思います。
「市立札幌病院では、脳死下の提供は今のところない」とあるように、「心停止後の提供」でも、これほどでに親身な対応を行っているわけです。
(2) そうはいっても、このような病院側の対応は、脳死状態になった患者の家族の立場からすれば、当然のことのようにも思える対応であるといえます。ところが、現実には異なっていることが多々ある、少なくともドナー家族の側としては、「冷たく感じた」と感じており、親身な対応であったとは感じていないというのが実情です。
「脳死移植:ドナー家族、孤立感も 検証会議、初の聞き取り調査
厚生労働省の脳死臓器移植の検証会議は、臓器提供者(ドナー)の家族の心情を聞き取り調査した結果をまとめ、公表した。臓器提供・移植の橋渡しをするコーディネーターの対応が「冷たかった」といった声があったほか、周囲の無理解な声に傷付いたケースもみられた。
検証会議は作業班を設置し、移植11例目(01年1月)〜35例目(05年2月)で調査への承諾が得られた9家族から、初の聞き取り調査を行った。
コーディネーターとのやりとりでは「冷たく感じた」「説明に医学用語が多用され、医師と話しているようだった」と回答したのがそれぞれ1家族あった。検証会議はコーディネーターの再教育が必要として、日本臓器移植ネットワークに改善を提言する。
また調査は、ドナー家族に対して提供時の状況や、提供後の心情なども聞いた。家族からは「(ドナーの)突然の死を受け入れることができなかった」「(葬式の参列者から)体の中は空っぽという心ない声を聞いた」−−などの感想があった。
作業班班長の吉川武彦・中部学院大学大学院教授は「臓器提供は人道的見地から最も献身的な行為。周囲の無理解がドナー家族の孤立を深める。国民に対する普及啓発が必要」と話している。【関東晋慈】
毎日新聞 2008年6月28日 東京夕刊」
脳死下での臓器提供数が少ないこともあって「調査への承諾が得られた9家族から、初の聞き取り調査を行った」ものであり、かなり調査件数が少ないことは念頭においておく必要はあります。
そうであるとしても、その少ない脳死下での臓器提供でさえ、「コーディネーターとのやりとりでは『冷たく感じた』『説明に医学用語が多用され、医師と話しているようだった』といった不満が生じています。また、「(葬式の参列者から)体の中は空っぽという心ない声を聞いた」といったように、「周囲の無理解な声」にさらされたこともあったのです。こうした状態では、いくら臓器移植法を改正したとしても、脳死下での臓器提供数はほとんど増えないでしょう。
「作業班班長の吉川武彦・中部学院大学大学院教授は『臓器提供は人道的見地から最も献身的な行為。周囲の無理解がドナー家族の孤立を深める。国民に対する普及啓発が必要』と話している。」
「国民に対する普及啓発が必要」であることは確かですが、どのような方法で普及啓発するのでしょうか。また、コーディネーターの対応についても、「冷たかった」と言われないような工夫が必要となります。
こうした過去の事例への反省も重要ではありますが、今後の課題として最も重要なことは、極めて少ない脳死下での臓器移植をどのような方法で増やすのかです。臓器移植法の改正についても、幾つかの改正案が出ていますが、「脳死を一律に人の死」とする改正案には反対意見も多い(朝日新聞平成20年6月11日付朝刊3面)というのが現実なのです(「WHO理事ら国会議員に警鐘〜臓器移植の「自給自足」は世界の流れ(東京新聞平成20年6月11日付「こちら特報部」より)」(2008/06/13 [Fri] 06:09:01)参照)。
臓器移植法改正案が成立しないのは、「我々の社会が持っている死生観の表れではないか」(東大大学院の清水哲郎教授(死生学))という意見さえもあるくらいです。臓器移植法の改正、臓器移植の拡大は相当な努力を必要とするといえそうです。
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