1.FIFA発表要旨について(東京新聞平成18年7月21日付朝刊21面)(共同通信配信)
「FIFA『侮辱発言はあった』 FIFA発表要旨
FIFAの規律委員会が両選手に下した処分は次の通り。
一、ジダン選手にはフランス代表の国際試合3試合の出場停止と7500スイスフラン(約70万円)の罰金を科す。
一、ジダン選手はすでに現役引退を表明しているため、出場停止を3日間の社会奉仕活動に振り返ることで同意した。
一、マテラッツィ選手には2試合の国際試合出場停止と5000スイスフラン(約50万円)の罰金を科す。
一、マテラッツィ選手には、ジダン選手に対する侮辱的発言があったと認められる。
一、マテラッツィ選手はジダン選手を挑発したが、その発言に人種差別的な内容はなかったとみなす。
一、FIFAは14日にマテラッツィ、20日にジダンの両選手から事情聴取をした。
一、両選手はすでに事情聴取においてFIFAに謝罪し、後悔していることを明らかにした。
一、この一件は、メディナカンタレホ審判員(スペイン)が、ビデオ画像を使うことなく確認。エリソンド主審(アルゼンチン)に伝えられ、同主審が延長後半5分、ジダン選手を退場処分にした。」
*ジダン選手の大会MVPの剥奪はありませんでした。
2.幾つかのポイントを挙げてコメントします。
(1) まずは、 マテラッツィ選手は人種差別発言をしたのかどうか? については、FIFAは「マテラッツィ選手はジダン選手を挑発したが、その発言に人種差別的な内容はなかったとみなす」と判定しました。
新聞各社は「FIFAの声明によると、両者ともマテラッツィがピッチでジダンに浴びせた言葉は名誉棄損ではあるが、人種差別を含んだ内容ではなかったと説明した。」(asahi.com)といったように、マテラッツィ選手は人種差別発言をしていなかったと報道しています。
しかし、この発表要旨からすると、微妙であったように思います。「人種差別的な内容はなかった」と断言すれば「なかった」といえるのですが、「人種差別的な内容はなかったとみなす」ということであれば、「人種差別的な内容かどうか微妙であったが、FIFAは『なかったものと判断する』」といったニュアンスになるからです。
(追記:法律的には「みなす」は「擬制」という意味ですから、人種差別発言があってもなかったことにする、ということです。これだと、人種差別発言があったんだろうなとは思いますが……。)
もし、宗教(イスラム教)や人種に対する差別発言があったと判定すれば、「頭突き事件」が「第二のムハンマド風刺画事件」になってしまい、マテラッツィ選手は襲われる可能性(「TRAs Sports News」さんの「ジダンのレッドカード問題について」参照)がありました。さすがに、それは、FIFAはもちろん、ジダン選手としても望んでいないでしょう。
そうなると、この事件の国際的影響を考慮すると、「人種差別発言はなかった」ものと「する」ということで収めておくのが穏当であったように思います。一種の政治的判断といえるかもしれません。
(2) マテラッツィ選手がジダン選手のシャツを掴んだところが切っ掛けだったのですが、この事件はどちらの選手の行為が原因なのか? については、FIFAは「マテラッツィ選手はジダン選手を挑発したが、その発言に…」と判断して、「原因はマテラッツィのジダンに対する侮辱に基づくものと認定」(毎日新聞7月21日付)しました。
これで、一方的にジダン選手が頭突きをしたわけではなく、マテラッツィ選手の挑発に対して、ジダン選手が反撃したということになります。
(3) ジダン選手に対して、「フランス代表の国際試合3試合の出場停止と7500スイスフラン(約70万円)の罰金を科す」とともに、マテラッツィ選手に対しても処分(2試合出場停止と5000スイスフランの罰金)を行いました。この「けんか両成敗」の形の処分については、どのように評価されているのでしょうか?
毎日新聞(平成18年7月21日付)によると、
「国際サッカー連盟(FIFA)の規律委員会は20日、マテラッツィに人種差別に関する発言はなかったと判断したうえで、ジダンに罰金、社会奉仕活動という比較的寛大な処分を下した。国際試合における過去の暴力行為と照らし合わせても軽い処分にとどまった背景には、FIFAの政治的な判断もあるとみられる。
多種多様な人種、民族から構成されるフランスでは、昨年から移民社会を中心に、根強い差別や経済格差に不満を募らせた若者らによる暴動が頻発。アルジェリア系移民2世で、移民社会の星でもあるジダンに厳罰が下れば相当な反発が予想され、国際問題にも発展しかねない。一方、問題の場面で警告すら受けなかったマテラッツィが挑発行為を理由に処分を受けるのも異例と言える。
当事者をともに罰することで禍根を残さないようバランスを取ったとも受け取れる。」(毎日新聞7月21日付「ジダン:軽い処分はFIFAの政治的判断」)
要するに、ジダン選手の処分は過去の暴力行為と照らし合わせても軽い処分であり、他方で、マテラッツィ選手に対する処分は異例であったと判断したわけです。
ジダン選手に対する処分が軽いのは、「厳罰が下れば相当な反発が予想され、国際問題にも発展しかねない」という判断も可能でしょう。しかし、むしろ、マテラッツィ選手が挑発した侮辱的発言がかなり酷いものであったので、そのようないわば「不当な行為」に対する反撃であったため、処分が軽減されたと判断するのが素直ではないかと思います。
他方で、マテラッツィ選手に対する処分についてはどうでしょうか。FIFAの規約では「身ぶりや言葉などで相手を侮辱した選手は最低2試合の出場停止。宗教や出自などの差別的発言は最低5試合の出場停止」と定めているのですから、侮辱的発言をしたと認定されたマテラッツィ選手に対して2試合の出場停止という処分を行うことは、本来、異例でないといえます。
しかし、「プロの試合は上品には行われていないのが現実だ。侮辱発言は日常のように行われ、選手が使う言語によっては、ひわいな言葉が叫ばれる。『審判に向かって言ったのでなければ、たいていの暴言は見逃す。大事な試合で選手が背負うストレスは理解できるから』と公言する国際クラスの審判もいるほどだ」(asahi.com)ということですから、異例な処分となるというわけです。
この異例といえる処分を行ったことで、「FIFAは、侮辱や挑発が平然と行われている状態を改善しようという姿勢を見せたことになる。挑発行為をなくす抑止力にもなるだろう。だが、今後も同じような問題が起きたときにどうするのか、という新たな問題が生じる」ことになりました(asahi.com「侮辱側も罰する異例の処分 ジダン問題でFIFA」2006年07月21日00時50分)。
もっとも、上で指摘したように、 マテラッツィ選手による侮辱発言がかなり酷いものであり、人種差別的発言をも含むものであったのであれば、その場合に限って同じ処分をすることになって、さほどの混乱は生じないように思えます。この事件により、人種差別発言をした場合には国際問題となることが分かった以上、少なくとも選手がピッチの上で人種差別発言をすることは控えるだろうと考えられるからです。
なお、ジダン選手(3試合出場停止と7500スイスフランの罰金)とマテラッツィ選手(2試合出場停止と5000スイスフランの罰金)の処分を比較すると、ジダン選手の罰金額の方が比較的重いという程度です。こうなると、侮辱発言への処分が異例の処分であることも考慮すれば、実質的には、マテラッツィ選手に対する処分の方が重いくらいであったように思います。
(4) ジダン選手の大会MVPが剥奪されるかどうか、ずいぶんと報道されましたが、結局は、MVPは剥奪されませんでした。
これは至極当然でしょう。MVPはW杯を取材した各国記者の投票で決定するので、元々、FIFA自体にMVPを剥奪するような権限はないのですから。
ですから、「FIFAはブラッター会長が示唆したジダンの大会MVP『ゴールデンボール』のはく奪は議論の対象にすらならなかったと発表」しています(サンスポ.COM「ジダンに社会奉仕3日間と罰金!FIFAが“ 頭突き事件”の裁定下す」)。
3.「各国メディアのさまざまな憶測が流れたマテラッツィの発言内容も、FIFA広報は『両者から同一の証言が得られ、公表されることはない』と断言。永遠に封印するかのように明らかにされることはなかった。」のです(サンスポ.COM「ジダンに社会奉仕3日間と罰金!FIFAが“ 頭突き事件”の裁定下す」)。
公表しなかったことと、マテラッツィ選手への処分が重かったことで、公表できないほど酷い発言であったように推測できますが、本当のところは分からないままとなりました。
公表しなかった理由は、ジダン選手が公表したくないという気持ちを尊重したことや、国際問題になることを避けるため、といったことが考えられます。
公表しなくても、マテラッツィ選手の言葉は、FIFAの内部的な資料としては残るでしょうから、今後のFIFAの処分の基準となるとは思います。ですが、公表しなかったことで、どういった発言をすると、2試合出場停止となるのかといった具体例が明らかにならないままになってしまい、これでは選手側としては判断に困ることになり、それでよいのか疑問が残ります。
今回は人種差別発言はなかったと判断しましたが、侮辱発言はあったわけですし、今後も人種差別発言がありえます。 人種差別行為の徹底した撲滅を目指すとともに、2010年南アフリカ大会に向けての取り組みだけではなく、プロはもちろん、少年サッカーにおいても行われている「言葉の暴力」をどう排除していくのか、今後の課題として残っていることは確かです(毎日新聞7月21日付「ジダン:「けんか両成敗」原因はマテラッツィの侮辱」参照)。
ジダン“頭突き”事件については決着はついたのだとしても、サッカーにおける「言葉の暴力」や「人種差別」問題については、決着はついていないのです。
<7月22日追記>
両選手に対する処分への評価について幾つか。
日刊スポーツ(7月21日付)では、「ジダンに同情なし」という大見出しを載せて、
と、サッカー担当の荻島弘一記者は書いています。「ジダンに規定通りの冷静処分/記者の目
FIFAは、ジダンへの同情論に流されなかった。…
試合中に起きたのは、侮辱発言の繰り返しと報復行為として暴力。侮辱行為は悪い。しかし、報復の暴力はさらに悪い。侮辱発言は分かりにくく、処分されないことも多いが、今回は発言内容が明らかになったことで規定通りの罰金が科された。ジダンへの罰金が通常の暴力行為の5000スイスフランより厳しかったのは、侮辱発言とのバランスを取るためとも思える。」
要するに、侮辱に対する報復としての暴力は悪質であるとして、ジダン選手に対して通常より重く処罰したと評価したということです。FIFA懲罰規定によれば、暴力行為は少なくとも2試合の出場停止かつ5000スイスフランの罰金なので、今回、最低基準よりやや強めに適用されたといえ、重く処罰したとの理解も可能でしょう。懲罰規定だけを見れば。
しかし、イタリア・フランス各紙の評価は違います。
日刊スポーツ(7月21日付)(共同通信配信)のHPによると(追記:22日付紙面上では「ジダン処分軽すぎる」という見出しに変更し、そういった内容に。)、
「ジダンらの処分「これは問題」と伊紙
国際サッカー連盟(FIFA)がフランスのジダンとイタリアのマテラッツィに科した処分について、21日付のイタリア紙が一様に不公平さを訴えたのに対し、フランス紙は批判と評価が相半ばした。
▽イタリア各紙
コリエレ・デラ・セラは1面で「2人にほとんど同じ処分。これは問題だ」と報じ「挑発はサッカー界にも人生にも普通に存在する。いちいちジダンのように反応していたら、毎日が戦争だ」と展開。
レプブリカは「マテラッツィに対してはフェアプレー精神に欠けるという偏見があり、ジダンは英雄としての歴史がある。違う選手だったら処分も変わっていた」。ガゼッタ・デロ・スポルトも「マテラッツィが2試合なら、ジダンは8試合の処分を与えるべきだ」と不公平さを訴えた。
▽フランス各紙
フランス・ソワール紙は、侮辱的な言葉でジダンを挑発したマテラッツィに対する処分がより軽かった点を批判。「サッカーを腐らせる言葉の暴力を追放する絶好の機会をFIFAは逸した」との見方を示した。
パリジャン紙は逆に「ジダンはマテラッツィを処分させることに成功」と見出しを掲げ、挑発行為を看過しなかった裁定に一定の評価を示した。
スポーツ紙のレキップは「残るはジダン選手の社会奉仕活動。活動は未来への通過儀礼だ」と指摘。国民的英雄の愚行が引き起こした騒動に節目が刻まれたことへの安堵(あんど)をにじませた。
[2006年7月21日20時31分]」
要するに、イタリア各紙は、2人にほとんど同じ処分を行っていて、ジダン選手への処分が軽すぎて不公平だとしているのに対して、フランス各紙は、1つはジダン選手とマテラッツィ選手の処分を同じにすべきとし、もう1つは妥当な処分だとしたわけです。
はっきりいえば、どれも、ジダン選手に対して重く処罰したとは評価していません。朝日新聞や毎日新聞の評価も、ジダン選手に対して重く処罰したとは評価していませんから、(探した範囲では)日刊スポーツだけが、ジダン選手に対して重く処罰したと評価しているといえそうです。
ジダン選手への処分が重いのかどうかは、懲罰規定だけをみるのではなく、過去の例(ジダン選手が2000年CLハンブルガーSVの選手へ頭突きで5試合出場停止)との比較とともに、マテラッツィ選手に対する処分との比較も併せて判断されるものだと思います。それを考えると、ジダン選手に重く処罰したとの評価は難しいでしょう。
テーマ:2006年FIFAワールドカップサッカー - ジャンル:スポーツ
そもそも、なぜマテラッツィがジダンに差別発言をしたとお考えになるのか、是非お伺いしたいです。
URL | 通りすがり #SJrD8sbU[ 編集 ]
>「差別発言はなかったとみなす」の事ですが、
>原文では"Materazzi's comments had been defamatory but not
>of a racist nature"ですので、差別発言は「なかった」と断言して
>いるように読めるのですが。
「(人種)差別発言はなかったとみなす」という訳は間違っているのではないかということですね?
「差別発言はなかったとみなす」は、エントリー中で示したように、共同通信配信記事をそのまま引用したものです。おそらくは共同通信による翻訳だと思います。
もしかしたら通りすがりさんの訳の方が正しいのかもしれません。しかし、FIFAの発表にずっと接している共同通信社が「なかった」ではなく「なかったとみなす」と訳したのですから、それなりの根拠があったのだと思います。
そして、共同通信が、長年、外国の報道機関などの記事を翻訳して配信しているという信頼感が、共同通信による翻訳を信用する背景になっています。
そうすると、一応、「差別発言はなかったとみなす」という訳を正しいものとして理解してよいと思っています。
ただ、共同通信が「間違ってました」と報道したら、こちらも訂正しないといけませんが(汗)
>そもそも、なぜマテラッツィがジダンに差別発言をしたとお考えになるのか、
>是非お伺いしたいです。
私は、「人種差別発言をしたと断定する」というよりも、「人種差別発言をしたと受け取れるような微妙な内容であった」あるいは「人種差別発言をしたと推測できそうだ」という感じです。
そう考える理由は、1つは、「みなす」という文言です。すなわち、「人種差別的な内容はなかった」と断言すれば「なかった」といえるのですが、「人種差別的な内容はなかったとみなす」ということであれば、「人種差別的な内容かどうか微妙であったが、FIFAは『なかったものと判断する』」といったニュアンスと判断できるからです。
いわば、法律的な観点からの判断ですね。法的に判断したのは、FIFA規律委員会が、FIFA規約に基づき拘束力ある判断をしたのですから、一種の法的判断といえるからです。ですので、「みなす」も法律用語的に解釈してみたのです。
もう1つは、処分内容からの推測です。すなわち、ジダン選手がいくらか重いという程度の処分であり、実質的にはマテラッツィ選手が重く処罰されたことです。ジダン選手に対する処分が軽かったという評価がかなり多いことは、追記でも触れたとおりです。
ジダン選手に対する処分が軽いのは、マテラッツィ選手の発言が酷いもの、すなわち、おそらくは酷い女性蔑視があり、さらには人種差別的要素も多々あったからだと考えると、合理的な説明がつくと思えるからです。
いずれの理由も、エントリーの中で書いていることの繰り返しですが(汗)
フランスのレキップ紙はジダン選手の事情聴取の内容を掲載したりしているようです。ですが、これ以上の国際問題を避けるため、「処分内容に相応しいような発言があったのだな~」と思うだけにして、この事件については終結させた方がいいと思っています。マテラッツィ選手が襲われるなんて事態が生じては良くないですから……。
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

