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主に社会問題について法律的に考えてみる。など。
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2008/06/19 [Thu] 04:18:33 » E d i t
「「叫びたし 寒満月の割れるほど」2008(上):冤罪なのに死刑が執行された「福岡事件」のことを知っていますか?~東京(6月14日)でシンポジウムを開催」(2008/06/15 [Sun] 10:54:50)の続きです。

なお、平成20年6月17日に3人の死刑囚に死刑が執行されましたが、くしくも6月17日は、「福岡事件」の西武雄死刑囚も死刑を執行された日でありました。


1.まず、東京(6月14日)でのシンポジウムについて、「プログラム進行予定表」を引用しておきます。司会進行を務めたのは、フリーアナウンサーの一色映里さんです。予定では、16:45終了予定でしたが、実際には5時を過ぎていました。

福岡事件の真実を明らかに!~61年間の無実の訴え」 
6月14日13:00~17:00

YMCAアジア青少年センター(スペースY地下ホール・地下一階)
〒101-0064 千代田区猿楽町2-5-5 TEL:03(3233)0611

                            開場 13:00~

1.開会のあいさつ   古川龍樹 13:30~ (5分)

2.基調講演   八尋光秀弁護団代表 13:35~ (50分)
 ・福岡事件解説と再審の展望
 ・ビデオ上映あり(約20分)

3.福岡事件再審運動を支援する学生の会からの挨拶 14:25~ (10分)

(途中休憩) 14:35~ (10分)

4.シンポジウム
「福岡事件から考える日本の司法、冤罪、死刑の問題」14:45~ (70分)
 シンポジスト:土井たか子さん、森達也さん、落合恵子さん、
 コーディネーター:八尋光秀さん
 司会:関東学院大学、宮本弘典法学部教授
 質疑応答あり(10分)

5.コンサート「いのちの調べ」 15:55~ (40分)
 <1>横笛献曲(鯉沼廣行さん、金子由美子さん
 <2>ピアノ献曲(ウォン・ウィン・ツァンさん)

6.閉会のあいさつ  学生、古川 16:35~16:45  終了予定

----------------------------------------------------------------
*シンポジウムの最後に、質疑応答の時間を設けます。休憩時間に回収しますので、ご質問のある方は、ここにご記入頂き、お手数ですが、切り離してスタッフにお渡し下さい。
----------------------------------------------------------------」




2.ここでは、シンポジウムでの発言内容について、紹介しておくことにします。


このシンポジウムでは、次のような経過で進行しました。

司会を務める宮本弘典・関東学院大学法学部教授が簡単な説明を行う。
     ↓
・3人のシンポジストが、福岡事件をいつ知ったのかという点を含めた発言を、10分ほど行う。
     ↓
・コーディネーターの八尋光秀弁護士が、お三方を聴いた上でのお話を少し行う。
     ↓
・宮本弘典・関東学院大学法学部教授が関連して少しお話を行う。
     ↓
・司会者が「裁判所がほとんど再審を認めず、有罪率が高いことなどの司法の問題性」につきシンポジストに発言を求める。
     ↓
・数名が質問を行うなどして、質疑応答を行う。

これらのうち、最初の宮本弘典・関東学院大学法学部教授のお話、最初に3人のシンポジストが話したお話の部分について(聞き取りにくい部分などを除き)、引用しておくことにします。


<1>宮本弘典・関東学院大学法学部教授のお話

「私は刑事法史が専門なのですが、刑法史を通じて常に考えていることは、刑法の歴史・裁判の歴史は、拷問と冤罪と処刑(死刑)の歴史に他ならないのです。その拷問によって何が搾り取られたかというと、無辜の自白、やってもいないことの自白です。やってもいないことの自白によって有罪判決が下され、有罪判決に基づいて人々がくびり殺され、場合によっては焼かれてきたのが刑事裁判の歴史なのです。

 先ほど、学生の会の方たちが「(福岡事件は)決して過去の特殊な事件ではない、日本の刑事裁判の冤罪の構造は今も変わらない」と仰っていましたが、私の目から見ると500年来、刑事司法の論理は変わっていない。その意味で、福岡事件は、過去の事件ではなくて現在の事件でもあるし、未来の事件でもあると考えています。

 私が福岡事件のことを知ったのは、ごく偶然、昨年のことでした。できることは少ないのですが、やりたいという気持ちがある限り、できる限りの協力をしたいと思い、今日、ここに座っています。本日、ご協力を頂いた、土井たか子さん、森達也さん、落合恵子さんについても、その点での共感はおありだろうと思います。

 まずは、最初10分程度、お三方に――このお三方に10分程度では大変失礼なのですが――、ご自身から見た福岡事件について、それぞれ語っていただいて、その後、コーディネーターの八尋光秀さんを含めて、問題点を抽出できればと考えています。」




<2>土井たか子・元衆院議長のお話

「皆さまこんにちは。ただ今のご指示に従いまして、10分ばかりお話を致したいと思いますが、私は話し始めたら止まらないという悪い癖がありまして、7分くらいになりましたら、合図をいただけたら幸いです(笑)。宜しくお願いします。

 今にして思うと、古川泰龍さんとお目にかかったときは、いつだったけ……思い起こしましたら、あの時ということを鮮明に申し上げるのは難しいんですね。なんだかもっと早くから、存じ上げていたと思えてならないんです。

 実は私1969年という年、昭和でいうと44年なんですが、総選挙に立候補しまして、その年の暮れも押し迫った12月の27日に当落が決まる、選挙の結果がでるという日だったんですね。1969年のぎりぎり年の暮れに衆議院に送られてまいりまして、実際、仕事に入ったのは翌年の1970年からだったと思います。その70年になるまでの間に、研究室で取り組んでいた、みんなで討議をしてまとめをそろそろ1つ1つしていかなければならないとしていた問題の1つに、「冤罪に対して救う道はあるか」ということをテーマとして研究していました。

 その中に八海事件がございまして、その八海事件に熱心に取り組んでいた学者の一人に、神戸大学の教授である、塩尻公明先生がおられました。塩尻先生は法学者ではなくて哲学者、哲学が専門の先生なんです。この先生が日ごろ大変信頼をして尊敬の中でお付き合いをしていたのが、古川泰龍さんでした。古川泰龍さんとお付き合いをされているなかで、塩尻先生が一生懸命に中身を調べ始めたのが、福岡事件だったんです。

 その福岡事件について一生懸命に調べている夏休みのある日、塩尻先生とその問題をテーマにしてお話しするために、時間を頂いたのが私なんです。ややこしいでしょ。

 こういう人と人とのお付き合いの中で、古川泰龍さんを存じ上げるようになりました。

 古川さんは教戒師でもあったので、福岡事件のことになりますと大変に熱をこめてお話をなさって「話はいくらでもするけれども、土井さん、福岡までそう遠くないのだから、時間を作って行ってきなさいよ、私はお付き合いしますよ。」とおっしゃて下さったのです。それで、東京から、1971年の初めに福岡を訪ねました。

 なんだか怖ーい人に会いに行くような気がしまして。それまで会ったことはない、お話では聞く、聞けば聞くほど、どういう風に会って何をお話すればいいんだろうか。とんでもないことを言ったら後に残って申し訳ないことになりかねない。大変にあれこれ思い悩みながら福岡に参りました。

 ところがいざ(西さんと石井さんと)接見ということになりますと、お一人ずつなんですけど、もうお一人のことを悪く仰らないんです。「僕はいいけれども、西さんがなんだか私と……なってしまって申し訳ないような気がします」と石井さんは言われるわけです。もう片方の西さんの方へ行きますと、「冤罪であるということは必ず分かって頂けるだろうと、私は思っています。それは、そのことについては石井さんも頑張るからという気構えで努力して頂いているので、大変ありがたいです」と言われるんですね。

 で、実は驚きました。お二人の顔は一つも怖くない。むしろ穏やかで色々遠慮なしにお話できる雰囲気があって、「本当に死刑囚なの!?」と自問自答しなければならないほどの空気でした。その中で、私は御二方ともいい方々だというのが実感でした。特に西さんの場合は、石井さんが話す中でも「西さんは気の毒すぎる。僕は冤罪だと思いますよ。本当に。」と言われたのを覚えています。

 それで古川泰龍さんがその場所に付き合って下さって、それから後、今日に至るまで、福岡事件は冤罪であるということを塩尻公明先生が言われて、私は夏休み返上で、裁判記録をできる限り読みましたけれども、読めば読むほど無罪ですよ、その確信が私にはわいてきています。言われたことがなんだか分かる気持ちになりました。

 初めて会ったのが71年でしたから、それからしばらくたって、よもや西さんに死刑が執行されるなんて思いもよらなかったのです。冤罪という気持ちが強かったですから。そして、石井さんの場合には「実行しましたと自ら認めます」と言われて無期になったでしょ。これはおかしいやり方です。やり直しが必要な事件だったので。

 やり直しとは何かというと再審請求です。ところが、初めて再審請求とはお目にかかって考えはじめたのですが、日本では、自らやってもいないことについてやったということで裁かれて、やっていないことを立証しようとしたら非常に難しい道を歩まなければならない。それも再審請求で取り上げれたらまだいいほうで、再審請求で非常に苦労して集めた貴重な証拠も日の目を見ないで終わることがあまりにも多いですね。どうしても、福岡事件はそういう点したら、無罪であるということを世の中にはっきりさせないと、冤罪だといったん言われたらどんなに明らかにできると思っていても、具体的に明らかにすることは本当に容易ではない。そういうことが分かってきて。そうであれば、命の尊うさ・命の重さとか……。事実に対して究明していくことに対する謙虚さがなければ、事実を事実としてできない。色々教えられるような気がしました。

 はじめて古川龍樹さんに会ったときには、ちょこちょこお父さんの後ろを小走りに追っかけて、幼児がお父さんのすそを持って離さない、皆さん思い起こしてみてください。そういう可愛らしい可愛らしい坊ちゃんでしたよ。お父さんの遺志を継いでご家族全部が一つになって、無罪であることをはっきりさせたい、冤罪に苦しむ人がのままでいいはずがない、一家あげてなさる姿、一家で引きずり込まれたということを申し上げさせていただきいと思います。10分たちました?(笑) ありがとうございます。」



土井たか子さんは、すでに1970年頃に「福岡事件」のことを知っており、西武雄さんの存命中に会っているほどの関わりがあるのですから、相当昔から深い関わりがあることが分かります。

お話の中では、次の部分について注目しました。

「ところがいざ(西さんと石井さんと)接見ということになりますと、お一人ずつなんですけど、もうお一人のことを悪く仰らないんです。「僕はいいけれども、西さんがなんだか私と……なってしまって申し訳ないような気がします」と石井さんは言われるわけです。もう片方の西さんの方へ行きますと、「冤罪であるということは必ず分かって頂けるだろうと、私は思っています。それは、そのことについては石井さんも頑張るからという気構えで努力して頂いているので、大変ありがたいです」と言われるんですね。

  で、実は驚きました。お二人の顔は一つも怖くない。むしろ穏やかで色々遠慮なしにお話できる雰囲気があって、「本当に死刑囚なの!?」と自問自答しなければならないほどの空気でした。その中で、私は御二方ともいい方々だというのが実感でした。特に西さんの場合は、石井さんが話す中でも「西さんは気の毒すぎる。僕は冤罪だと思いますよ。本当に。」と言われたのを覚えています。」


共犯者の場合、(罪を軽くする意図もあって)お互いに悪く言うことが多々あるのですが、西さんと石井さんは、お互いのことを悪く言わず、冤罪を主張する同志としてお互いに気遣う態度をしているのです。事件が勝手に強盗殺人事件に捏造したものであり(石井さんは殺人についての誤想防衛の主張であると思われる)、特に西さんは事件と無関係であるという気持ちを抱かせるものです。当事者に直接会って、顔の表情などを見ることでこそ、真実は何か分かるものもあると、感じます。



<3>映画監督の森達也さんのお話

「こんにちは。今日壇上で喋った人全員に共通していることがあって――さっきの女子大生や落合さんは別ですね――いつ福岡事件を知ったかということに言及しています。僕はご紹介に預かった「死刑」という本を執筆するに当たって、一昨年、龍樹さんにお会いして事件の内容を知って、石井健治郎さんにも会って、そこでこういった事件があったことを知りました。

 さっきの○○君(大学院生)は「つい最近、恥ずかしながら知りました」と言っていましたが、○○君(大学院生)が「恥ずかしながら」というのなら、僕とか法曹界の八尋さんとか、宮本さんとか身投げしなければならない(苦笑)。つまり、みんな知らなかった、こんな不条理を、大変な事件のことを。でも確かに人間、世の中、森羅万象すべてを分かって生きることはできないから、ほとんどのことは知らなくていいんです。しかし、知らなくてはいけないことが絶対あり、これがその一つだと思います。

 最初、事件の概要を知ったとき、仕事柄、冤罪であったり、国家権力がいかに無慈悲であるか、検察がいかに無茶をするか、検察がいかに乱暴かよく分かっていた僕が、「ここまでやるか」と思いました。具体的に言えば、恩赦の請求を却下して11日間隠しておいて、それを告げると同時それとも告げる直前なのかな、もしくは先に今日執行すると告げてから、恩赦は却下されたと告げ、20分後に執行してしまう。で、同じ日に共犯の石井さんに恩赦をみとめ無期懲役にする。とてつもない悪意の塊かのように思えてしまう。

 しかし、大事なことなんですけど、たぶん悪意ではないんですね。すぐに僕らは「許すまじ法務官僚、国家権力」だと思ってしまう。たぶん、本当に悪辣な人はいないですよ。これで一人吊るせるとか、にやにやほくそ笑んでいる人はいない。何でこうなるのかというと、想像力の欠落なんです。つまり業務なんです。恩赦の請求を却下した法務官僚、法務省、法務大臣は一切石井さんに会っていません。どんな人か知らない。つまり、ノルマの数字であり、成績であり、業務の中の一つの要素でしかない。みんなそうやって仕事をしているんですね、これに限らず。例えば、農作物の収穫高を挙げようとしたらどういう農薬を使ったらそれだけ害虫が死ぬか……など、それが業務の本質なんです。そういった過程の中で消えてしまうものがあり、人が生きていることへのイマジネーションだったり、思いだったり。忘れてはいないのに段々気づかなくなってしまいます。

 「スペシャリスト」というタイトルのドキュメンタリー映画があります。96年か97年かに日本で公開された映画で邦題は「自覚なき殺戮者」で、内容はナチスのアトルフ・アイヒマンの、イスラエルで行われた裁判のドキュメンタリー映画です。アイヒマンという人は、ナチスの大幹部で、ホロコースト・ユダヤ人の輸送計画の最高責任者といわれています。彼は戦争が終わって逃亡してしまう、イスラエルの警察に捕まって裁判にかけられるわけです。全世界が注目してまして、最後のナチの大幹部で、ホロコーストの相当重要な責任者ですから。全世界が、どんな悪辣なやつが出てくるのかと固唾を呑んで待っていたら、出てきたのは中間管理職です。裁判所に何を聞かれても答えは全部一緒で、「命令されたましたからやりました。」でした。しょぼしょぼしながら。映像を見れば一目瞭然です。

 たぶんこれは言い訳ではない。業務なんです。その業務が結果的には何百万人もの人を殺害していた、知ってはいたが気づかなかったわけです。知ると気づくとは違うんです。これは人間の負の属性の一つとは思いますが、やっぱり、できる限り気づかなくてはいけない。機会さえあれば気づくんです、知れば見れば会えば喋れば色んなことに気づくんです。しかし、その回路を閉じてしまう。

 特に市場原理であったり、新自由主義だったり、効率、弱肉強食といった状況に日本は加速しています、小泉政権以降。業務がどんどん肥大し、その影で色んな人が苦しんで傷ついて死んでます。であれば、やっぱりもう一度思いを取り戻さなければならない、思いを取り戻せば人は変わります。残虐な人はいないんです。本来は人は優しいんです。その優しさが暴走したり閉じてしまうと、間違いを犯してしまうんです。

 だから、このシンポジウムは価値あることで、何人が知るわけで、その人が伝えていく……。特にネットがありますから、どんどん書いてください。たぶん知れば、この社会はきっと変わると信じてます。

 あと1分くらい大丈夫ですね。ついでに、テレビの話をします。今日、NHKのBSで放送されますけれど、去年の民放連の大賞(ギャラクシー賞大賞)をとった東海テレビのドキュメンタリーで、「裁判長のお弁当」という作品が放送されます。とても秀逸な作品で、そもそもNHKで民法の番組を放送することが画期的で、ぜひ皆さん時間があったら見てください。内容は、名古屋の高裁の裁判官の日常をとったドキュメンタリーです。普通、裁判官は撮れないとメディアの人は思い込んでいたんですが、申請すれば撮れるんです。

 その中で見えてきたのは、まずはものすごい仕事の量です。一日に10件ぐらい判断する。土曜日も出勤。お弁当は毎日2食で、昼と夜の弁当。帰宅はだいたい10時くらい。つい20年前は裁判官の実況見分は当たり前のようにやっていたのですが、今は(実況見分は)まったくなく、そんな時間はありません。ただ書類を見るだけ。冤罪がおきるのは当たり前です。見ればつくづく分かります。裁判員制度の前に裁判官を増やすべきです。ドキュメンタリーは、通常と違う視点を提供してくれますから、ぜひ今日、見れたら見てください。

 今司法は本当にどうしようもなくなっています、司法を変える力があるのは有権者です。戻りますけれど、僕たち一人ひとり知れば気づきさえすれば変わるはずです。そう信じてます。」



森達也さんは、一昨年に「福岡事件」について知ったようです。森達也さんでさえというべきでしょうが、「福岡事件」がいかに市民の間に知られていないかが分かると思います。しかし、森さんが述べているように、「知らなければいけない」事件の1つだといえます。

お話の中では、次の部分について注目しました。

「大事なことなんですけど、たぶん悪意ではないんですね。すぐに僕らは「許すまじ法務官僚、国家権力」だと思ってしまう。たぶん、本当に悪辣な人はいないですよ。これで一人吊るせるとか、にやにやほくそ笑んでいる人はいない。何でこうなるのかというと、想像力の欠落なんです。つまり業務なんです。恩赦の請求を却下した法務官僚、法務省、法務大臣は一切石井さんに会っていません。どんな人か知らない。つまり、ノルマの数字であり、成績であり、業務の中の一つの要素でしかない。(中略)

知ると気づくとは違うんです。これは人間の負の属性の一つとは思いますが、やっぱり、できる限り気づかなくてはいけない。機会さえあれば気づくんです、知れば見れば会えば喋れば色んなことに気づくんです。(中略)

やっぱりもう一度思いを取り戻さなければならない、思いを取り戻せば人は変わります。残虐な人はいないんです。本来は人は優しいんです。その優しさが暴走したり閉じてしまうと、間違いを犯してしまうんです。(中略)

今司法は本当にどうしようもなくなっています、司法を変える力があるのは有権者です。戻りますけれど、僕たち一人ひとり知れば気づきさえすれば変わるはずです。そう信じてます。」


知って気づくこと。福岡事件はもちろん、多くの冤罪事件についても、知ってどうしてそうなるのか、具体的に気づいて、そうすれば、社会や司法を変えていくことができるのではないか――。大事な発言のように思います。



<4>作家の落合恵子さんのお話

「こんにちは、落合です。(福岡事件について知ったのは)つい最近、だったつもりだったのですが、後になって思い出したのは、これも冤罪事件ですが、インパクト出版だったか免田栄さんの本を読ませて頂いたときに、あ、このことだったのかな~と。前に読んだときは私は恥ずかしながら通過してしまった。免田さんの日々の方がきっと大変だったのでしょうが……。あれ、このこと(福岡事件)については、どっかで読んだか聞いたかあったかな~という、恥ずかしながら、その程度の認識でした。福岡事件。

 今回、私がなぜここにいるのかというと、古川龍樹さんからある日、長い長いファックスを頂きました。私信ですので、そのまま読めませんが、たまたまテレビのコメントで、私がこの事件に関して「過去の事件として語ってはいけない」と言ったそうです。

 私は、このことをはっきり正直覚えていないんです。いい加減に言ったわけではないんです。私は、テレビでも、ほんのわずかでも出るということをとっています。何十年間でないという形で抵抗してきたんですが、今、思うことは言わなければならない、あらゆる意味で、政治的な意味でも。そんな思いがあるので出ています。そのなかでたまたま極めて短い間放映されたものですが、西さんの事件について「過去の事件としてしてはならない」と言った……。

 じゃ~どこにどのようにして私はそんな感覚を持つようになったのか。全部、過去にさかのぼって、区分けをしてみました。

 さきほど森さんが「許すまじ国家権力」という言葉を使いました。世代的に言うと私は、その言葉をずっと使い続けてきた世代です。ただし、私はもっと個人的に権威や権力がずっと大嫌いですし、今でも大嫌いです。一人ひとりの市民のために国家が、権力が、権威が何をしてきたか、個人的にも憤りがあります。もちろん、歴史的社会的にみても疑問があります。その話から少しさせてください。

 1945年敗戦の年に私は生まれました。そのときから私は、非嫡出子、当時の差別語を使えば、「ててなしっこ」、「私生児」と呼ばれました。ただの子供として生まれたのですが、この国の法律は、それも戦後の法律が私を区分けをしました。ただ、そのことについて私は全然傷つきませんでした。「国に傷づかされるなんて、いや~だぜ。国になんか私を傷つける権利なんかない」と、そう思ってきましたが、ふと気がつくと私を出産した私の母は、ぐたぐたに傷つき神経を病んでいきました。そういう道しかなかったのでしょう。自分がこの社会から、権力から、後ろ指から逃れる道は、彼女にとって見ると神経症という病の中にしか、なかったのかな~と、今になってみれば思います。

 え~、なんか湿っぽい話として聞かないで下さい。そう聞かれると私は傷つきますので、どうか明るく聞いて頂きたいのですが、その母との日々の中でたぶん私はより強く、権威や権力はひとつも信じないという確信ができたのだと思います。それがそのままテレビで放映された短い時間で、「西さんの冤罪について過去の事件にしてはならない」という、私のコメントに結びついたのかな~と、今になって思います。

 そして、もう一つ思い出したことがあります。福岡事件の再審を目指して集まっているわけですが、これからの話に出てくるでしょう、私はず~と、死刑というものが分かりませんでした。森さんの「死刑」という本を拝読させていただいて、その前にも私はどこかで見ていたか分からないけど、死刑執行人の方々にインタビューした、どなただったか手塚さんだったかの本があったと思うのですが。

 私、本屋なんです。子供の本の専門店と女性の本の専門店をやっているのですが、……そこに「疑問符を力に対して持ちましょう」といった本があり、私自身も学んできました。それよりず~と前に、思い出したことがありまして。21(才)ぐらいです。さっきお話をされた学生さんと同じ年代だったでしょう。私は当時学校で、クラブ活動でディベートセクションというセクションに入っていました。ディスカッションセクションなど色々(クラブは)あったのですが、ディベートセクションを選んだ理由は、先輩の男性が「女はディベートできない」と言った、それに対する反発だけです。「どうして女性はディベートできないのですか、だったらやりたいわ」で入りました。

 毎年毎年テーマが違います。その中には安楽死をどう考えるか、堕胎中絶をどう考えるか、独禁法をどう考えるかとか色んな、当時の私が背伸びしてもなかなか難しかったテーマが入っていて、その中に一つ、死刑の問題がありました。死刑をあなたはどう考えますか、実にインパーソナルなやり方なのですが、その場で(くじを)引いて、肯定派になってください、ネガティブになってください、両側の資料を山ほど抱えて入っていくわけです。それでその場でネガティブになったり、アファーマティブになったり。他の時にはなんとかついていけたのですが、なぜだか分かりません、論理的に説明しようとすればなんか嘘になるし、感情的に説明しようとしても嘘になるので、説明できませんが、そこでくじを引くのがとてもできなかった。今でもなぜだか分かりせん。この件については、くじ引きで肯定派、あるいは否定派、存続するか廃止をするか、選ぶのは嫌だと。その後、先輩に大変叱責をされた記憶があります。

 どうもそのへんの記憶が、出生から始まって全部、私の中でぐるぐる回っていって、そしてそれが今回の古川さんからご連絡頂いた時に、「私はほとんど何も語れないかもしれませんが、この時間だけご一緒させてください」とお答えした一つの理由かもしれません。

 まだまだ私の中に答えは出てないものがあります。もちろん、死刑制度、死刑というシステムについてどう思いますか――。「冤罪の死刑は反対ですか、それとも冤罪であろうとなかろうと死刑は反対なのですか」、そして、それとうんざりするほど言い古された言葉でありながら、私たちの気持ちをぐさっと刺すのに有効な「じゃ~、あなたの家族が殺されたらどうしますか」ということについても、私の中にはもやもやした答えがあるのですが、それはテーブルの上にだして、それがより多くの人を説得するだけの言葉や文脈や、生き方そのものかもしれないけれども、それだけのものがありますか、と問われると正直自身のない私自身がいるのも事実です。

 人が人を本当に殺しうるのか、そのときの人とは誰なのか。生業としてのその人、職業としてのその人、その人が背負うであろう、たぶん大変な思いもどういうものかもこめて、私は非当事者としてここに座っています。福岡事件に関してでも、当事者ではありません。もちろん、死刑に関してもどこかで加害者になった被害者になった、犯罪に関しても経験がありませんから、第三者です。

 ただし、ときどき私は思うんです。この社会において、第三者がより深く、何かを見つめたときに今まで開かなかった扉がちょっとだけ、半開きかもしれないけれども、開く瞬間があるのではないか。そういった意味で私はこれからも第三者・非当事者として、こういったテーマに関わっていけたら……。言葉は難しいですね、うれしいですという言葉をこういったときに使っていいか分かりませんが、積極的に関わって行きたいと思っています。以上です。ありがとうございました。」



落合恵子さんが「福岡事件」について知ったのは、「免田栄さんの本を読ませて頂いたとき」ということですので、書籍の発行時であればかなり前のことになります。

お話の中では、次の部分について注目しました。

「ときどき私は思うんです。この社会において、第三者がより深く、何かを見つめたときに今まで開かなかった扉がちょっとだけ、半開きかもしれないけれども、開く瞬間があるのではないか。そういった意味で私はこれからも第三者・非当事者として、こういったテーマに関わっていけたら……。」


多くの市民にとって、どんな事件でも当事者ではなく、第三者にすぎません。第三者が「冤罪事件」につき知り、より深く考えることによって、「今まで開かなかった扉がちょっとだけ、半開きかもしれないけれども、開く瞬間があるのではないか」、社会や世論の意識が変わるのではないでしょうか。
 
最近の世論は、体感治安の悪化を背景にして、被害者側と同化した感情で判断しているようです。被害者側に感情的に同化してしまうと、本来みるべものが見えないのではないか。「私はこれからも第三者・非当事者として、こういったテーマに関わっていけたら」というのは、公正な第三者という、偏りのない公正で冷静さを失うことのない立ち位置で物事を深く判断したい、ということでもあるように思えます。


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