そこで、ジダン“頭突き”事件について、なぜ問題になっているのか2つの論説を取り上げて検討してみたいと思います。
1.まず、日経新聞(平成18年7月15日付朝刊8面)での奥村記者の「地球回覧」から。
「地球回覧 『頭突き』に仏移民問題の影
『30億人が生中継で目撃し、米同時テロ以来、メディアで最も取り上げられた事件』。辛口の政治風刺紙、仏カナール・アンシェネは倒れたイタリア選手を世界貿易センターになぞらえた。
サッカーのフランス代表主将、ジネディーヌ・ジダン選手によるワールドカップ(W杯)ドイツ大会決勝での『頭突き事件』のことである。
イタリアのマテラッツィ選手との間にどんな会話があったのか。真相ななお藪(やぶ)の中だ。シャツをつかまれたジダン選手が『そんなにシャツが欲しいなら試合後に交換してもいい』と応じた――。ここまでは両選手とも認めている。
問題は頭突きを誘発したマテラッツィ選手の発言だ。12日夜の仏テレビ番組でジダン選手は『母や姉について非常に堪え難い言葉を何度も言われた』と説明した。マテラッツィ選手は『母親に関しては話していない』と主張しており、証言はかみ合わない。
こんな時、欧州で読者本位の報道を競う英メディアが真っ先に真相に迫ろうとする。一般紙タイムズと大衆紙サンは異なる読唇術の専門家を雇い決勝戦のビデオを解析した。結果は一致した。『お前はテロリスト売春婦の息子だ』と唇は動いたようにみえた。だが、マテラッツィ選手は『自分はイスラム教のテロリストが何かも知らない』と否定した。
人種差別反対を後押しする国際サッカー連盟(FIFA)も調査を始めた。事件の直後から『差別的な発言が原因』との観測が消えないのは、ジダン選手が仏移民社会、そしてイスラム社会の英雄だからである。
フランス代表は白人選手主体の英独伊らの代表とは一見して異なる。『ブラック(黒人)、ブラン(白人)、ブール(北アフリカ系)』という『3つのB』の混成チーム。仏にとっては移民同化政策の成功の象徴といえる。ジダン選手はアルジェリア移民の両親のもとに仏南部マルセイユ郊外の貧困地区『ラ・カステラーヌ』で生まれ育った典型的なブールだ。
黒人系、北アフリカ系の仏代表選手は差別の標的になりやすい。中でも、イスラム教徒が支配し、仏と独立戦争で戦ったアルジェリア出身の移民の立場はより微妙だ。ジダン選手のいとこの一人は『テロリスト、あるいはフランス側についた裏切り者の息子と呼ばれたのではないか』と心配したという。
仏国内外を問わず、移民排斥論者には仏代表もジダン選手も気に入らない。例えばイタリアのカルデロリ元制度改革相。イスラム教の預言者ムハンマドを風刺した漫画入りのTシャツを着て批判を浴び、辞任に追い込まれた同氏は仏代表を『黒人とイスラム教徒と共産主義者のチーム』と侮辱した。仏極右のルペン国民戦線党首もジダン選手を目の敵にする。2002年仏大統領選で同選手がルペン氏への投票拒否を呼び掛けたためだ。
仏国内の北アフリカ系の人口は約300万人。全人口の約5%に相当する。マルセイユとアルジェを結ぶフェリー会社に勤めるアジャミラ・ネダッドさん(53)は『ジダンは在仏アルジェリア人の誇り。アラーの神に次ぐ存在』と話す。
世界最大のイスラム教徒人口を抱えるインドネシアでは12日、『イスラム教徒を侮辱する発言が頭突き事件の発端』と各紙が大きく報じた。
ジダン選手は言葉を慎重に選んで頭突きの原因を『家族への侮辱』に限定している。今後、イタリアの選手の宗教や人種に関する差別発言が発覚すれば『頭突き』を『第二のムハンマド風刺画事件』に重ねる見方も強まってくるかもしれない。 (パリ=奥村茂三郎)」
(1) 「事件の直後から『差別的な発言が原因』との観測が消えないのは、ジダン選手が仏移民社会、そしてイスラム社会の英雄だから」というわけです。そして、「黒人系、北アフリカ系の仏代表選手は差別の標的になりやすい」のであって、特に「イスラム教徒が支配し、仏と独立戦争で戦ったアルジェリア出身の移民の立場はより微妙」なのです。
「世界最大のイスラム教徒人口を抱えるインドネシアでは12日、『イスラム教徒を侮辱する発言が頭突き事件の発端』と各紙が大きく報じた」ように、ジダン選手はイスラム教徒なので、ジダン選手に対する侮辱発言はイスラム教徒に対する侮辱発言であるという報道がなされたのです。
仮にマテラッツィ選手がテロリストと言わなかったとしても、家族に対する侮辱発言をした以上、イスラム教国・イスラム教徒の反応は同じでしょう。フランス語学校「クラス・ド・フランセ」(東京)のマリック・ベルカンヌ校長によると、「マテラッツィ選手の『一言』についてベルカンヌ氏は『フランスではめったなことでは口にしない、とても強い侮辱表現だ。英語のサノバビッチと同レベルと考えてはいけない。ましてや、母親や女兄弟への愛情が強いイスラム系の人々に言うべき言葉ではない』と言う」(東京新聞平成18年7月15日付「こちら特報部:『ジダン暴走』の背景」)と理解されているのですから。
(2) 欧州では移民を広く受け入れていますが、その一方で移民差別も根強く、移民問題が常に問題になっています。フランスでも極右がジダン選手を目の敵にしているのは、ジダン選手が移民であり、それもイスラム教徒だからです。
その状態の中で、ジダン選手は、移民を含めてフランス人として一体であるという「移民同化政策の成功」の象徴的な存在です。そのジダン選手がマテラッツィ選手の胸に猛烈な頭突き、しかも「力強く握られた右手の拳が、尋常でない怒りを表していた」(「Sports Graphic Number657」23頁)のです。
移民問題を背景にして、これほどまでに怒りを露にする言葉となれば、人種や宗教に関わる侮辱的発言があったのではないかと、欧州諸国の報道機関が推測するのは自然なことだと思います。また、移民に対する差別があったのか、と。
このような見識は、日経新聞だけではなく読売新聞も取り上げています。
例えば、
としています。「サッカー・ワールドカップ(W杯)ドイツ大会決勝で、イタリアのマテラッツィへの頭突きで退場となったフランスのジダンは12日夜、地元テレビで「自分の母と姉を深く傷つける言葉」を3回繰り返されたため――と釈明した。欧州の報道では、北アフリカに家族のルーツを持つイスラム教徒のジダンに文化的、歴史的差異に関する攻撃的な言葉が投げかけられたという推測が一般的だ。暴力は許されないが、今回の問題は、言葉の暴力がサッカー界に横行していることを強く印象づけた。」(YOMIURI ONLINE:(2006年7月14日 読売新聞)「FIFAがジダン聴取へ…20日、マテラッツィも」
要するに、世界の多くの報道機関は、移民問題を背景にして、宗教(イスラム教)や人種による差別があったのではないか、「頭突き」事件が「第二のムハンマド風刺画事件」になってしまうのではないかと危惧しているのです。ですから、ジダン“頭突き”事件が国際的な社会問題となっているのです。
(3) 人種差別発言があったのではないかとの推測がなされるのは、人種差別発言には言い返せばすまない感情が生じるからです。例えば、木村博嗣氏(スペイン・サラマンカ在住:スペイン・サッカー連盟カスティージャ・レオン州監督委員会員)は
と書いています。「実は、自分がやられてみて分かったが、人種差別を含んだののしりには反射的に殴り掛かりたくなるものがあるのだ。実際に殴ったことはない。「何だ、この野郎!」といきり立ったところで、周りに取り押さえられた。もし誰も止めず、向こうも応じてきたら手を出していたかもしれない。
暴力は嫌いだ。最後に暴力に訴えたのはたぶん小学生の時だと思う。それでも、人種差別をベースにしたののしり(“発言”ではそこまで頭にこない。目の前でののしられたときだけだ)だけは、暴力の衝動を起こさせるものがあると認めざるを得ない。だからマテラッツィが何を言ったか知りたいのだ。」(「ジダンの頭突きに見る、サッカーの醜さ(1/2)木村浩嗣の「誘惑と憂鬱のスペインサッカー」 2006年07月14日)
このように、人種差別発言を含む言葉の暴力は、肉体的暴力の引き金になるほど、人の感情を著しく害する側面があるともいえるです。こういう面があるからこそ、マテラッツィは差別発言をしたのだと推測されてしまうわけです。
(4) この論説については、1つ補っておくことがあります。それは、サッカーにおいて人種差別発言が深刻化していることです。まずはグラウンドの中においてです。
「言葉の暴力で、特に目立つのは人種差別的言動だ。欧州各国では黒人を中心とした非白人が標的となるケースが頻発している。3月にはローマ法王もサッカー界での差別反対の声明を出したほどだ。バルセロナのカメルーン代表FWエトーが何度も差別的やじの標的となり、ピッチを去ろうとした事件さえあった。ジダンと同じフランス代表のアンリも一昨年、スペイン代表・アラゴネス監督から侮辱発言を受けた。」(YOMIURI ONLINE:(2006年7月14日 読売新聞)「FIFAがジダン聴取へ…20日、マテラッツィも」
これにもまして、グラウンドの外の観客が行う差別発言はもっとひどい状態です。
「芝生の外は売春婦からテロリスト、女性蔑視(べっし)、人種差別まで何でもありの無法地帯。残念なことに少年サッカーでもそうだ。バスク地方の選手やチームは「アセシーノ(殺人者)!」とか「テロリスタ!」とか呼ばれるし、黒人選手は「猿!」とか「いかだに乗って帰れ!(スペインはアフリカから不正入国者が手製のボートに乗って渡ってくるから)」とか、金髪・碧眼(へきがん)の選手は「マリコン(おかま)!」とか、私のような黄色人種は「チニート!(もともと“小さな中国人”の意だが、吐き捨てるような言い方が加わり東洋人全体に対する蔑称(べっしょう)となる)」とか言われる。これらはすべてサンティアゴ・ベルナベウやカンプ・ノウ、サンマメスなどのプロのスタジアムだけではなく、週末の少年サッカーの現場で実際に私が採集したものだ。」(「ジダンの頭突きに見る、サッカーの醜さ(2/2)木村浩嗣の「誘惑と憂鬱のスペインサッカー」 2006年07月14日)
こういう状況にあるからこそ、今回のW杯では、「Say no to racism」をスローガンに掲げた大会を行ったのです。にも関わらず、決勝戦で起きた暴言。だからこそ、より問題視されているわけです。
2.次に、東京新聞(平成18年7月15日付朝刊27面)での伊藤洋一・住信基礎研究所主席研究員の「本音のコラム」から。
「本音のコラム ジダンの頭突き
言葉が持つ意味は、それぞれの人にとってかなり違う。どのように使ってきたかで。
仮にマテラッツィが、英語の『son of a bitch』に相当するイタリア語をジダンに投げかけていたとする。直訳すると『売春婦の息子』となる。ひどい言葉だ。しかし辞書には例文として『He is a real−! あのくそったれ野郎が』となっている。私もニューヨークに4年間いて、この言葉が頻繁に、かつ慣用的に使われているのを目の当たりにした。
ジダンは数年間をイタリアで過ごしている。しかし、イタリア版『son―」の意味合いを、イタリア人ではないジダンが直訳的にとらえた可能性がある。日本にも『おまえの母さん…」といろいろあるが、外国語に直訳したら外国人はどう受け取るだろうか。マテラッツィが『よくある種類の…』と言っていることから見て、この言葉のイタリア版だった可能性もある。しかし“テロリスト”は許されない。
『神が愛した男』と言われるジダンには、世界的に同情論が多い。私も同じだが、頭突きという暴力を許してはいけないと思う。許したら、スポーツとフランス社会は収拾のつかないことになる。ヤジややや汚い言葉も、スポーツでは『ゲームの一部』だ。あまりにもひどい言葉を発したら、事後的に出場停止にすればよい。しかしジダンの行為を認めたら、移民社会のフランスでは町中で頭突きが始まってしまう。」
この伊藤氏の論説には多くの問題点があります。
(1) 伊藤氏は、マテラッティ選手の言葉が真実という前提で、ジダン選手が直訳=誤解したと理解しています。
しかし、なぜマテラッティ選手の言葉の方が真実なのでしょうか? マテラッティ選手嘘をついていると思わないのでしょうか? 最初は「一方的にジダンが頭突きをした」、つぎは「家族を侮辱していない」、最近では「姉に対する侮辱はした」と変遷しているのに。
ジダン選手は、十数年欧州でプロとしてプレーし、しかもセリエA(イタリア)でも数年プレーし、同僚には常にイタリア人がいたのに、そしてずっと移民として差別に晒されてきたジダン選手が直訳した可能性があるというのです。要するに、伊藤氏はジダン選手はイタリア語に無知であったと分析するのですが、ジダン選手の経歴を無視したような分析は妥当だとは思えません。
(2) 伊藤氏は「ニューヨークに4年間いて、この言葉が頻繁に、かつ慣用的に使われているのを目の当たりにした」と言います。
しかし、伊藤氏は30年前の4年間だけ、特派員としてニューヨークにいたのです(伊藤洋一(Wikipedia)参照)。30年前の、しかもアメリカの、しかも自分の(喧嘩できない)関係者の言葉と、なぜ、移民問題にゆれている現在の、人種差別撤廃を掲げたW杯での、相手チームの選手の言葉となぜ同列に扱えるのでしょうか。無理のある比較だと考えます。伊藤氏は論理的思考が著しく弱いように感じます。
(3) 伊藤氏は、「世界的に同情論が多い。私も同じだ」と言います。
しかし、「めざましテレビ」で発言した際には、同情的だったほかのコメンテーターに激しく反発し、憮然とした表情で、「暴力はいけない」と言っていたのです。東京新聞でだけ「同情」なんて使っているのは日和見であり、嘘をついているように感じます。
(4) 伊藤氏は、「ヤジややや汚い言葉も、スポーツでは『ゲームの一部』だ」と言います。
しかし、FIFAの規約によると、侮辱発言については出場停止・罰金が課されるのですから、「汚い言葉」までスポーツの一部とはいえません。
だいたい、この事件では人種差別発言を疑われているのですから、「ヤジややや汚い言葉」などと同列に扱う方が問題があります。特に人種差別撤廃をスローガンにした今回のW杯で、人種差別発言を許容することは大会の意義を失うことになります。現在はびこるサッカーでの人種差別を許容する言動は、許さないというのがFIFAの立場なのです。
(5) 伊藤氏は、「あまりにもひどい言葉を発したら、事後的に出場停止にすればよい」と言います。
しかし、FIFAの規約ではすでに出場停止や勝ち点減点の定めがあるのです。伊藤氏はこの問題について論じているのに、FIFAの規約を知らないのでしょうか? 調べてから書くべきでしょう。
(6) 伊藤氏は、「ジダンの行為を認めたら、移民社会のフランスでは町中で頭突きが始まってしまう」と言います。
しかし、この部分は朝日新聞の記事の丸写しではないでしょうか? 朝日新聞(平成18年7月13日付)には「リベラシオン紙は12日の発言について「ジダン選手のふるまいを認めたら、街中がけんかだらけになってしまう」という移民社会の若者の声を伝えた。」という記事があるからです。
伊藤氏は、引用したと記載すべきであって、勝手に自分の見解のように書くのは妥当ではありません。
だいたい、移民による暴力は厳しい取り締まりがあるのですから、フランスが移民の若者による暴力だらけになるのは無理な推測です。リベラシオン紙は誇張して書いたと捉えるべきでしょう。
しかも、「頭突きというのは、アルジェリア人のケンカによく出てくる技」(「フランス語系人のBO-YA-KI」さんの「ビバ・アルジェリア!」2006年07月14日 12時33分56秒)だそうですから、皆がアルジェリア人の真似をするとは思えません。移民がアルジェリア人ばかりでない以上、「町中で頭突きが始まってしまう」ことにはならないと思います。
(7) 伊藤氏は、自己の価値観でジダン選手の行動を一方的に非難していますが、ジダン選手の退場処分について、イタリア代表GKブッフォン選手の見解を引用しておきます。
「――あれは君の抗議がきっかけだったね。
『率直に言って後悔している。決してフェアとは言えない行為をしてしまった。判定は審判団に委ねるべきだったと思ってるよ』」(「Sports Graphic Number657」24頁)
イタリア代表選手でさえ、本当に良かったのか疑問を持っていることを覚えておくべきでしょう。一方的な決め付けは禁物なのです。
3.ジダン“頭突き”事件を含め、決勝戦について、覚えておくことを2つ挙げておきます。いずれも「ね式(世界の読み方)ブログ」さんに書かれていることです。
(1) 1つは、ジダン選手の価値観のことです。
「人間ひとりひとりに「こうじゃなくちゃいけん」といった枠つけが効かない、個性というものがある。もちろんやっていけないことはあるにしろ、この個人差を受け付けない社会は閉鎖した生きてない社会だと……思う。そして個人個人にはそれぞれの価値体系があって、たとえばジダンにはWカップよりも母や姉妹の名誉の方が重要だったのだ。」(「ジネジン・ジダン、カナル・プリュスで思いを語る、etc」2006-07-12)
自分の価値観で物事を判断するのは容易いことです。しかし、個々人それぞれの価値観をもって人生を送っているのです。自分の価値観では理解しがたいことだとしても、個々人の価値観を理解し、尊重することが大切なのではないかと思うのです。
(2) もう1つは、ジダン選手による「パネンカ」です。
「先日の対イタリア戦でのジダンのPKはパネンカと呼ばれるテクニックだそうで、1970年代のチェコ選手 アントナン・パネンカ が初めてやった。芝を刈るように、ボールを抉り取るように(圧縮させるんですか)送る。こちらで“落ち葉”と呼ばれるこれもテク・タームですが、ボールはカーヴを描きそして極めて緩慢に落ちる……。
…あのボールはまずゴール・バーにぶつかり、いったんゴール内にはいった後、リバウンドしてゴール外に出ている。シュートしたジダンは、審判を振り返りPK有効認定を求めるんですね。
これを見ていた、バルテーズは“あの技を持ち出すなんて、ジズーは気が狂ったのか。”と思ったそうだ。それくらい難易度が高い(らしい)。」(「ジダンの“パネンカ”シュート」2006-07-11)
この“パネンカ”シュートは、これはとっさに行ったのではなく、予め予定していたのです。
だそうです。「イタリア戦のPKは、いつものように右には蹴らず、パネンカにしたこと。前日に電話で友人らに、「最終戦だから、いつもしないようなことを試してみれば?」というようなことを言われたとのこと。」(「Air du Temps」さんの「ジダン :CANAL+での会見」)
決勝戦については、“頭突き”事件は忘れても、この素晴らしいシュートこそぜひ覚えておくべきでないかと思います。
<追記>
ジダン選手に対するインタビューについて、もっとも詳しく翻訳して紹介しているのが、「学校行かずにフランス語!」さんです。ジダン選手の発言をなるべく正確に理解すると、だいぶジダン選手に対する見方が変わるのではないでしょうか。
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貴ブログとは分野の異なるブログですので、TBはご迷惑かと思ってTBを遠慮していました。ですが、ご迷惑でなさそうですから、TBさせて頂きました。
もちろん、こちらへのTBも大歓迎です。宜しくお願いします。
カウンターはもうすぐ3万ですね。(~~)
実際のところ、ジダンが何を言われたかは闇の中
なので、判断しにくい部分もあるのですが。
私は基本的に何を言われようと、試合中に個人的な
怒りから頭突きを行なう暴力行為をすることは
容認できません。
それを容認すれば、何か屈辱的なことを言われた人は
暴力をふるってもやむを得ないという風潮を作り
かねないと思うからです。
それだけWCの決勝やジダンというのは、影響力の
大きい存在だとも思いますし。
子供たちには、フェアプレーをするように教えなけ
ればならない立場なわけですから。
どうしても怒りがおさまらないなら、試合が終わって
から一発見舞う方が、まだマシだったかも知れません。
TB, どうもありがとうございます。
ジャンルは全然違いますが、ぜひぜひ、翻訳を読んでくださってるかたたちに、こちらの記事も読んで頂きたいと思っています!!!
翻訳した次の部分をアップするときに、貴ブログの紹介とともに、TB させて頂きますね。
すみません、今日はもう遅いので、またあらためてお邪魔します、どうぞよろしくお願いします。
おやすみなさい、春霞さん。
法律家らしい緻密な検証、思わず時間のたつのも忘れて読みふけってしまいました。
このジダン・マテラッツィ事件について、ブログを持っていない私も、「とりあえず」さんのところはじめ、この問題について論じているブログ数ヶ所で自分の意見を書きました。すでに書いた意見とは少しちがう言葉で言うなら、「ジダンの行為は暴力行為で良くないことだし、事実退場処分を食らったが、ジダンの行為のみ非難してマテラッツィの人種差別暴言はあまり非難していない意見からは、人種差別暴言もまた重大な暴力であることが明確に伝わってこない。それがもどかしい」ということになります。
FIFAの規約の55条の修正条項では、「人種差別があった場合、勝ち点をつけない試合の場合(リーグ戦でなく、トーナメントの場合、という意味)は、当該チームは失格とする」というふうに書かれていますので、FIFAがジダン選手からの聴取の後、どのような処分を下すのかは確かに重要です。試合は終わってもW杯はまだ終わっていません。人種差別との闘いも終わっていません...。
URL | 村野瀬玲奈 #6fyJxoAE[ 編集 ]
>カウンターはもうすぐ3万ですね。(~~)
本日、3万ヒット超えました。ありがとうございます。
>私は基本的に何を言われようと、試合中に個人的な
>怒りから頭突きを行なう暴力行為をすることは
>容認できません。
ジダン選手の頭突きについては、正当化(適法化)する方もいれば、何を言われても許されないとする方もいます。どちらの考え方も一理あると思います。
しかし、実際おこってしまったわけで、今後もおこりえます。だったらむしろ、ジダン選手の価値観を理解し、なぜおきたのかをその理由を探り、それを解消する手立てを考えることこそ、意味があるのではないでしょうか?
この事件が問題化している背景には移民差別問題があり、W杯ドイツ大会では「Say no to racism」がスローガンであったことについて、思い起こすべきではないかと思います。
もっと日本人は「racism」について敏感であるべきであると思うのですが……。
>それを容認すれば、何か屈辱的なことを言われた人は
>暴力をふるってもやむを得ないという風潮を作り
>かねないと思うからです。
なるほど。ただ、mew-run7さんの論理からすると、こうもいえてしまいますよ(^^ゞ
「ジダン選手の方を一方的に批判することを容認すれば、暴力を振るう方が悪いとされてしまい、人種差別発言が横行するという風潮を作りかねない」と。
>どうしても怒りがおさまらないなら、試合が終わって
>から一発見舞う方が、まだマシだったかも知れません。
試合が終わった後、テレビ中継がないところで殴るのも一案かもしれません。子供たちは目にしないのですから。
ただ、法律論的にはどうなんでしょうね?
(法律論が分かるmew-run7さんには説明するまでもないかと思いますけど。)
ジダン選手の行為は、日本刑法上は、過剰防衛(刑法36条2項)で刑の減免が可能ですし、日刊スポーツHPの「世界で一番小さい新聞」さんのコメントによると、ドイツ刑法上は責任阻却で無罪になるそうです(という報道があるようです)。
http://blog.nikkansports.com/general/yoshida/2006/07/post_98.html
しかし、試合後の暴行となると、日本刑法上は過剰防衛にもなりませんし、ドイツ刑法上も無罪は難しいでしょう。ジダン選手は刑務所行きになる可能性がありますね。
試合中であるからこそレッドカードですむのですが、試合後の暴行となると余計に問題があってカゲキなような気がします(^^ゞ
正直なところ、私のこのエントリーを読むよりも、ね式(世界の読み方)ブログさんや、「学校行かずにフランス語!」さんといったフランスの事情に詳しい方たちのブログを読んで欲しいです。ジダン選手の価値観が理解できるのではないでしょうか?
>ジャンルは全然違いますが、ぜひぜひ、翻訳を読んでくださってる
>かたたちに、こちらの記事も読んで頂きたいと思っています!!!
ありがとうございます。
日本のマスコミ報道では、一部しかジダン選手へのインタビューを報じていない中で、kikiさんが克明に訳して下さっているのは大変価値があります。
私のエントリーを通じて、「学校行かずにフランス語!」(kiki)さんを知ってもらうことの方が意味があると思っています。
>翻訳した次の部分をアップするときに、貴ブログの紹介とともに、
>TB させて頂きますね
ありがとうございます。
今後の翻訳などを含め、他のエントリーも楽しみにしています。
TBしたブログで、村野瀬玲奈さんのコメントを拝見しました。深みのあるコメントをなさっている村野瀬玲奈さんに、コメントを頂くとは光栄です。
>緻密な検証、思わず時間のたつのも忘れて読みふけってしまいました。
ありがとうございます。長すぎるくらいのエントリーですのに……(汗)
>ジダンの行為のみ非難してマテラッツィの人種差別暴言はあまり非難
>していない意見からは、人種差別暴言もまた重大な暴力であることが
>明確に伝わってこない
私もそう思います。人種差別についてもっと敏感になってほしいと思います。
この事件についての最初のエントリーでは、「Say no to racism」を表題にして論じたのですが、日本人は人種差別についてあまり敏感ではないのかなと思っています。
>FIFAの規約の55条の修正条項では、「人種差別があった場合、
>勝ち点をつけない試合の場合(リーグ戦でなく、トーナメントの場合、
>という意味)は、当該チームは失格とする」
情報、大変ありがとうございます。W杯予選では勝ち点減点ということまでは知っていたのですが、トーナメントの場合までは探しきれませんでしたので。
どおりでイタリア優勝剥奪の可能性が囁かれるわけですね。
>試合は終わってもW杯はまだ終わっていません。
>人種差別との闘いも終わっていません...。
世界における人種差別解消は時間がかかるとは思います。ですが、まずはサッカーでなされている、ひどすぎる人種差別を解消するように、今後もFIFAは断固たる措置をとって欲しいと思います。
<7月19日追記>
改めてFIFAの規約55条探してみて、記事を発見しました。調べるきっかけになり、ありがとうございます。
http://sports.nikkei.co.jp/soccer/column/osumi/index.cfm?i=20060407ca000ca
私の周囲には、春霞さんのような意見の人がいないため、仕方なく自分で書いてしまいました。
こちらの足元にも及びませんが、TBさせていただきました。
本当に勉強になります。いい記事をありがとうございました。
>素晴らしい記事ですね
>私は、こういう検証を読みたかったのです!!
ありがとうございます。納得させられるだけの内容になっていたようで良かったです。
>私の周囲には、春霞さんのような意見の人がいないため、仕方なく自分で
>書いてしまいました。
孤軍奮闘という感じだったのですね。それは大変でした。
美也子さんのエントリーも読み甲斐がありました。ですから、「仕方なく」であっても、書いて良かったと思います。
書いてしばらくしてから送信してしまったのか、他のかたのコメント、見過ごしてしまいました。
わたしも・・・試合後ならよかった、って言うのはちがうと思います。
試合後ならなおさら、こうして差別の問題が取り上げられることもなかったし、原因究明も難しくなると思います。マテラッツィだってなんとでも言い訳できてしまうから、一方的に、ジダンが暴行をふるったことになりかねない。それに、「試合後ならまだマシ」って、ますます危険じゃないかしら・・・見てないところなら、暴力は許されるということでしょうか?
フェアプレーについてもそうです。侮辱発言は、フェアプレーなのでしょうか・・・異議ありです。
よく、ジダンは以前にも数回同じようなことをした、といわれ、本人も認めているところですが、それ以上に、わたしたちの想像にあまりあるほどのことばが、彼を傷つけてきたことでしょう、そして、彼の「行為」を数えるなら、その数に対してどれだけ「行為」を起こすことを耐えてきたのか推測できるでしょう。つまり、その何倍も何倍も、「ことばの暴力」を甘んじて受けていたこと、その部分もきちんと報道して欲しいとわたしは思うのです。(日本語が下手です、すいません)
春霞さん、わたしも、たびたびこちらにお邪魔して、過去の記事も読ませていただいてます。本当に、よく検証されていて、法律などに疎いわたしはたくさん勉強させていただいてます。ほんとうにありがとうございます。
なんだか他のかたのブログで意見してしまいました、すいません。わたしも、春霞さんのように明解に理論づけて発言したいものです・・・
>なかったし
きっとそうでしょうね、「いつもの侮辱発言があった」というくらいの報道だったかも。
>「試合後ならまだマシ」って、ますます危険じゃないかしら・・・
試合後だとエスカレートする可能性もあるでしょうね。それぞれ何人かで行動するでしょうから、下手をしたら数人で殴り合いなんてことも……(汗)。
もっとも、試合中我慢したのなら、試合後、わざわざマテラッツィ選手を探して殴りに行くかな〜、とは思いますけど。
>フェアプレーについてもそうです。侮辱発言は、フェアプレーなの
>でしょうか
kikiさんのブログでも指摘しましたが、前から侮辱発言はレッドカードなので、フェアプレーではないです。現在は、侮辱行為なんて横行している状態ですが……。
http://www.soccerkisoku.com/soccer-rules-8.html
>法律などに疎いわたしはたくさん勉強させていただいてます
裁判や社会問題について、こんな感じの法律論や議論があるんだな〜と、知ってもらえると嬉しいです。私が示した結論や考えについては、賛成でも反対でもどちらでもいいんです。考える一助となればいいと思っています。
>なんだか他のかたのブログで意見してしまいました、すいません。
まったく構いません。色んな意見があっていいと思ってますから。
>わたしも、春霞さんのように明解に理論づけて発言したいものです・・・
……(汗)。それぞれの考えで発言していいと思います(汗)。
全くもって同感です。ありえないと思われます。
ごめんなさい、ますます危険といったのは、そう考えることに対してです。
わたし、個人的なブログで「サッカーでも、たとえばバスケのようにホールディングをとればいいんだ」なんていっちゃったんですが、すでにホールディング・・・シャツをつかむ行為でさえ、本当であれば反則がとられるんですね、知りませんでした・・・
わたしも、よく調べてからいろいろ書くべきだったと反省してます。サイト、教えてくださってありがとうございます、感謝してます。
公正な立場で、というか・・・こんなふうにいろいろな角度から検証されている春霞さんのブログは大変貴重だと思います。お世辞じゃないです!!!
できるだけ色々調べても気づかなかったりします……。私も、コメントを書いてくれる方から教えてもらうこともあって、感謝してます。
>サイト、教えてくださってありがとうございます、感謝してます。
参考になって良かったです。
>お世辞じゃないです!!!
ありがとうございます。
>ジダン選手の行為は、日本刑法上は、過剰防衛(刑法36条2項)で刑の減免が可能ですし
ドイツの刑法についてはよくわからないのですが。
日本の刑法で、どうしてジダンの行為が過剰防衛に
なるのかわかりませんでした。
過剰防衛になるには、まず正当防衛の要件である
急迫不正の侵害がないといけないわけですが。
<でも、防衛行為の程度が相当性を超えている>
この場合にマケラッツィの暴言を、侵害行為と見るのは
難しいのではないでしょうか?
結局、FIFAの聴取で人種差別発言ではなかった
という結論が導かれたようですが。
仮に人種差別発言でも、やはり私は暴力での応酬は
いけないと思います。
私自身、外国にいた時に、自分も差別っぽいものは体験して
いますし、周囲の人がされているのを見て来ましたが。
差別用語や発言をされたぐらいで、相手をに暴力をふるって
いいとなったら、地域によっては、1日に何百件とか
それ以上の暴力事件が起きてしまうです。
もちろん差別は許されるものではありませんし、
<特に人種差別による教育、就職、生活上の不当な権利侵害などは>
それとは戦うべきだと思いますが。
<でも、非暴力的に。>
実際問題として、差別用語を言われたら、暴力も
容認されるとするのは、外国に住んでいたら、非常に
危険な解釈ではないかと思います。
>なるのかわかりませんでした。
>過剰防衛になるには、まず正当防衛の要件である
>急迫不正の侵害がないといけないわけですが。
><でも、防衛行為の程度が相当性を超えている>
>この場合にマケラッツィの暴言を、侵害行為と見るのは
>難しいのではないでしょうか?
まず、この暴言が「侵害」行為にはあたらないのではないか?と判断するわけですね?
正当防衛における「侵害」とは、他人の権利・利益に対して、実害または危険を与えることをいいます。暴言の内容にもよるとは思いますが、ジダン選手が著しく侮辱的に感じる暴言だったことから、名誉感情という利益を害したといえ、「侵害」行為にあたると考えています。
なお、言葉も内容によっては名誉毀損罪・侮辱罪・不法行為(民法709条)にあたるように、言葉も「侵害」行為となることはもちろんです。
次に、過剰防衛か否かについて説明します。
過剰防衛には、必要以上に強い反撃を行って防衛の程度を超えた場合(「質的過剰」)と、相手方の侵害が止まったのに、(その直後に)反撃を行った(あるいは続けた)場合(「量的過剰」)があります。
ジダン選手の頭突きは、数回繰り返したとされる暴言を続けるのを止めるため、すなわち、現在の侵害を止めるために頭突きをした(「質的過剰」のみ)、又は、数回繰り返したとされる暴言の直後に頭突きをした(「質的過剰」と「量的過剰」の競合)のどちらかの場合であると判断しています。いずれにしても、過剰防衛になると考えています。
>仮に人種差別発言でも、やはり私は暴力での応酬は
>いけないと思います。
暴力自体許されないと思っています。あまり強調して書いていませんが。
ただ、FIFAの懲罰規約によると、暴行行為は最低2試合出場停止、侮辱発言は最低2試合出場停止、人種や宗教に関する差別発言は最低5試合出場停止であり、トーナメント方式の試合では、プレーヤーが人種や宗教に関する差別発言したら、そのチームは失格になるのです(規約55条)。失格になるほど悪質なのです。
http://sports.nikkei.co.jp/soccer/column/osumi/index.cfm?i=20060407ca000ca
要するに、サッカーでは暴行よりも、人種差別発言の方がかなり悪質な行為と評価しているのです。
私が、暴行よりも人種差別発言の方を繰り返し批判するのは、サッカーの外のことと併せて、サッカーの中の「懲罰規約の姿勢」(=暴行より人種差別の方が悪質)に基づいています。ジダン選手の頭突き事件が、ピッチの中での問題である以上、「懲罰規約の姿勢」に基づいた判断をするのは、素直な判断だと思います。
mew-run7 さんのように暴力の方を強調して非難して、(いかなる場合も?)非暴力を貫くのは立派な考えだと思います。ただ、懲罰規約の姿勢とは一致しない考えだと思いますが、どうでしょうか?
>差別用語や発言をされたぐらいで、相手をに暴力をふるって
>いいとなったら、地域によっては、1日に何百件とか
>それ以上の暴力事件が起きてしまうです。
まずは、この問題はサッカー場の中での問題です。そうすると、プレーヤーは懲罰規約を知っている以上、そうそう暴行が頻発するとは思えません。
今回FIFAが喧嘩両成敗としたからといって、サッカーの外の場合については、各国での差別発言や暴行は、各国の法律に基づいて処理される以上、「地域によっては、1日に何百件とかそれ以上の暴力事件が起きてしまう」とか、なるのかなと思います。ただし、アラブ社会の倫理観では、家族を侮辱した者は殺されても仕方がないと思われているようですが。
>実際問題として、差別用語を言われたら、暴力も
>容認されるとするのは、外国に住んでいたら、非常に
>危険な解釈ではないかと思います。
確かに、外国で差別発言をされた日本人が暴力で反撃したら、あとあとその国の方に何かされる危険もあるかもしれません。しかし、何より、この問題はサッカー場の中での問題ですし、各国での差別発言やそれに対する反撃としての暴行は、各国の法律に基づいて処理されるのですから、その国の中では妥当な処理がなされるわけですから、危険な解釈にならないと思います。
色々書きましたが、「暴言を吐いて挑発しなければいいんじゃないの? 少なくとも殴られるくらいまで暴言を繰り返して挑発するのはやめたら?」と思うのですが(^^ゞ
あと。過剰防衛についてmew-run7さんが質問してくれたおかげで、きちんと説明ができました。ありがとうございます。おかげで法律系ブログらしくなりました(汗)
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