その決勝戦において、現役最終戦だったフランス主将のMFジネディーヌ・ジダン(34)選手は、延長後半5分に、背後からイタリアDFマテラッツィ選手から再三に渡りに何らかの言葉を浴びせられ、振り返ってマテラッツィ選手の胸に頭突きを見舞って退場となりました。
この「事件」について、色々な憶測報道がなされていますが、どうやらマテラッツィ選手が極めて侮辱的な発言又は人種差別的な発言をしていたようです。「ジダンの代理人は10日、英BBC放送に対し、マテラッツィがジダンに掛けた言葉が『極めて深刻な』ものであることを明らかにした。代理人は試合後の10日未明にジダンと話したといい、ジダンが近くすべてを明らかにするとの見通しを示した。」(毎日新聞のHP(スポーツニッポン 2006年7月11日))ということですから。
そこで、この事件とその後の行方について、コメントしてみたいと思います。
1.毎日新聞のHP上の記事
「ジダン:仏人権団体が「汚いテロリスト」発言調査求める
【パリ福井聡】サッカー・ワールドカップ(W杯)決勝でフランスのジダン選手がイタリアのマルコ・マテラッツィ選手に頭突きを見舞い退場処分となったことについて、フランスの人権団体「SOS人種差別」は10日、「複数の信頼できるW杯筋の情報」として、「マテラッツィ選手がジダン選手を『汚いテロリスト』と呼んだ」とし、国際サッカー連盟(FIFA)に調査と適切な処置をとるよう要求した。FIFA報道官は「懲戒処分に関することで、現時点では声明は出せない」としている。
一方、マテラッツィ選手は伊ANSA通信に「私は彼を『テロリスト』などと呼んだことはない。そんな言葉はまったく知らない。事実はテレビ映像で流れた通りだ」と強く否定した上で、ジダン選手が一方的に頭突きをしてきたと主張した。
ジダン選手の代理人、アラン・ミグリアッチョ氏は英BBC放送に「彼は私に『イタリア選手が彼にとって非常に深刻な言葉を投げつけた』とのみ述べたが、中身については語ろうとしなかった」と話した。
また、11日付けの英紙タイムズは、読唇術の専門家の話を紹介し、マテラッツィ選手がジダン選手にイタリア語で、「テロ売春婦の息子。くたばれ」と言ったとした。ジダン選手はイタリアのチームに所属していたこともあり、イタリア語を理解するという。
ジダン選手の両親はアルジェリアからの移民で、「テロリスト」はイスラム過激派とイスラム教徒である彼を結びつけるもの。サッカー界では人種差別的暴言がしばしば問題となっており、今大会でも、出場選手や大会運営者側が人種差別反対のメッセージを繰り返し発してきた。
毎日新聞 2006年7月11日 10時44分 (最終更新時間 7月11日 12時48分)」
この記事によると、「FIFA報道官は「懲戒処分に関することで、現時点では声明は出せない」としている。」としていますので、 マテラッツィ選手の発言の内容次第では、確実に懲戒処分があることを示唆しています。
FIFAの「懲戒規約」によると「無礼な身ぶりや発言で人を侮辱した選手は最低2試合、宗教や出自を含む差別的な言動で中傷すれば最低5試合の出場停止処分を科す」(東京新聞平成18年7月12日朝刊19面)そうです。
ただ、今回のW杯では人種差別的暴言があった場合、「ブラッター会長は4月、W杯ドイツ大会で選手や監督らチーム関係者が人種差別行為をした場合、チームから勝ち点3をはく奪する方針を表明した。」(毎日新聞 2006年5月11日 東京朝刊)そうです。決勝トーナメントにおける人種差別的暴言に対してどのような懲戒処分があるのかは不明ですが、チームにも懲戒処分を行うことからすると、少なくともマテラッツィ選手だけでなく、イタリアチームに対しても厳しい処分があるはずです。しかも勝ち点3剥奪と同等の処分となると、イタリアチームの優勝取り消しもありうると思います。
2.この毎日新聞の記事にも出ていますが、「今大会でも、出場選手や大会運営者側が人種差別反対のメッセージを繰り返し発してきた」のです。W杯中継を見ていた方はこのメッセージを目にしたとは思いますが、このメッセージは、「Say no to racism」(人種差別をなくそう、人種差別反対)のことです。
W杯における「Say no to racism」活動については、「今日、考えたこと」さんの 「「『人種差別』にNo」(FIFAワールドカップのスローガン)」(2006/06/25 23:53)や「No More Capitalism-うぇブログ」さんの「スポーツの脱政治化? ワールドカップ報道が伝えないこと」(2006/06/24)、「サステナ・ラボ」さんの「●Say No to Racism」(2006年06月25日)で詳しく紹介しています。
この記事で紹介しているとおり、FIFAは次のようなメディアリリースを行っています。
「2006年FIFAワールドカップで反人種差別を展開 2006年 6月 3日」
「2006年ドイツ大会でFIFAおよび各組織が協力し、人種差別撤廃に取り組む 2006年 6月 9日」
このリリースを一部引用しますと、FIFAは次のように述べています。
「サッカーにおける人種差別現象は、過去にさまざまな苦難を引き起こしてきた一般社会での差別の歴史に比べればそれほど古いものではないかもしれないが、最近、顕著になった出来事というわけでもない。 FIFAは決して看過できないこととして、信念を持ってこの問題に取り組むべき時がきたと考えている。
FIFAはかねてから人種差別問題に留意していたが特にヨーロッパにおける最近の出来事により、断固とした拒否活動を至急、開始する必要があると判断した。現実的には国や地域レベルで主要な対策を講じ、実施されることが不可避だが、FIFAは、専門知識や経験を共有しながら見解を一致させ、実効力のある解決方法を見出していくという独特の役割があることを認識した。
2006年FIFAワールドカップの会期中、さまざまな活動と行事が行なわれる。そこではサッカーファミリーがいかなる差別も断固として反対するというメッセージを発信し、大会中の人種差別的な事件を防止することに寄与する。……
人種差別に反対する活動においてサッカーが規範となるようにする。」
「「国際サッカー連盟(FIFA)は、世界各国のそれぞれ異なるバックグラウンドを持つ人々に敬意を払うという姿勢に、多大な重要性を求めています。この地球で最も人気あるスポーツとして、サッカーこそが人種差別に立ち向かう最大限の可能性を秘めていると感じます。大勢の人々に、皆さんが過ごす日常生活、人生、そしてスポーツにいそしむ時間であっても、肌の色は何ら関係ないんだということを説いていきたいと考えています。FIFAとしては現代社会とサッカーにはびこる、この忌まわしい空気を払拭するために全面的に働きかけていきます。ヨーロッパにおけるサッカーにまつわる人種差別反対運動(FARE)、そしてLOC(国内組織委員会)と共に歩むことで、サポーターの一部が見せる恥ずべき行動を根絶するために重要な指針を見つけることができるでしょう」とジョゼフ・S・ブラッター会長は述べた。」
この引用部分からすると、W杯ドイツ大会からFIFAは人種差別反対運動を展開するとして、大会中の人種差別的な事件を防止することに寄与する活動をしていますし、人種差別に反対する活動においてサッカーが規範となるようすることまで表明しているのです。
このようなFIFAの取り組みに対しては、うぇブログさんは「FIFAは本気なんだろうか?という疑問」を持っていますが、もし本気であるなら、マテラッツィ選手が何らかの人種差別発言をしたのであれば、マテラッツィ選手とイタリア代表に対して、極めて厳しい懲戒処分を行うことになるはずです。軽い懲戒処分に止まるのであれば、人種差別的な事件を防止できませんし、何よりも人種差別反対活動においてサッカーが規範となることを示すことならないからです。
3.では、なぜ人種差別は国際的に許されないのでしょうか?
「人権の尊重は、国連が最も大きな関心を払ってきたことの1つです。例えば、国連憲章第1条は、国連の目的の1つとして、「人種、性、言語又は宗教による差別なくすべての者のために人権及び基本的自由を尊重するように助長奨励することについて、国際協力を達成すること」と規定しています。また、1948年に採択された世界人権宣言は、「すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である」と宣言しています。
しかし、現実には、1959年~60年にかけて、ゲルマン民族の優越性を主張して、反ユダヤ主義思想を扇動したりするネオ・ナチズムの活動が、ヨーロッパを中心に続発したほか、当時南アフリカ共和国では、アパルトヘイト政策による人種差別が行われていました。このような人種、民族に対する差別は、国連憲章や世界人権宣言に謳われている人間の尊厳や権利についての平等を否定するものであり、また、一国のみならず、諸国間の平和及び安全をも害するものです。」(外務省のHP「人種差別撤廃条約」の経緯より)
要するに、人種差別は、人間の尊厳や権利についての平等を否定するものであるとともに、また、一国のみならず、諸国間の平和及び安全をも害するものだということなのです。FIFAによる人種差別反対への取り組みは、最近のサッカーにおける人種差別現象に憂慮したしただけではなく、このような国際的な共通意識を背景にしたものなのです。
この事件は、決勝戦という優勝をかけた試合でおきたのであり、延長後半に、結果としてフランスの中心選手であるジダン選手を退場に追い込み、フランスが得点する可能性を著しく低下させたのです。マテラッツィ選手はジダン選手に人種差別的な侮辱発言をすれば、仕返しをして結果として退場に追い込めることはよく分かっていたはずです。マテラッツィ選手による暴言は、極めて悪質な行為であるといえます。
マテラッツィ選手が「極めて深刻な」人種差別的暴言を吐いたと判断された場合には、FIFAが真に「人種差別に反対する活動においてサッカーが規範」となると考えていて、人種差別に対する国際的な共通意識を十分に尊重するのであれば、イタリアの優勝の意義を失わせるほどの極めて厳しい懲戒処分が相当ではないかと考えます。人種差別は、優勝取り消しもありうるほど極めて重大な問題であると思うのです。
「11日、ドイツから帰国した小倉副会長は成田空港で『FIFAは差別行為に対し非常に厳しい。証拠が出て事実が確認されれば、出場停止や罰金になるかもしれない』と見方を示した。」(共同通信(2006年07月11日 10時21分))ようですが、元々、勝ち点3剥奪までは予定していたのですから、出場停止や罰金ではすまないでしょう。小倉副会長の見方は甘すぎると思います。
4.ジダン選手が頭突きをしたこと自体は許されることではないことは確かですし、イタリアを含むラテン系諸国では、逆上しやすいジダンのような選手を言葉で挑発することも、駆け引きのうちとする風土もあるようです。
しかし、今回のW杯は、「Say no to racism」をスローガンに掲げた大会なのです。人種差別的暴言に対して厳しい処分を行わない場合には、「Say no to racism」をスローガンに掲げた意義を失ってしまうのです。
そうだとすると、人種差別的暴言は、駆け引きのうちとして不問に付すことは許されないばかりか、今回のW杯では「Say no to racism」を掲げたのですから、特に人種差別を見過ごすことは許されないのです。
マテラッツィ選手は、「私は彼を『テロリスト』などと呼んだことはない。……ジダン選手が一方的に頭突きをしてきた」と主張しているようですが、テレビ放映を見る限り、一方的な頭突きではなく、何らかの言葉を発していることは明らかですから、マテラッツィ選手の主張には明らかな嘘があります。おそらく、人種差別的暴言を吐いたことが分かると極めて厳しい処分があることが予想されますから、嘘をついたのでしょう。マテラッツィ選手は、ほかにも色々と言い訳をしているようですが、ジダン選手を侮辱したこと自体は認めています(東京新聞7月12日付朝刊)。
FIFAはマテラッツィ選手が何を言ったのか十分に調査して、厳正な懲戒処分を行うことを望んでいます。今回のジダン選手の退場処分を巡る事件は、FIFAが今回のW杯において、どれだけ人種差別に対して真剣に臨んでいたのかが問われる試金石であると考えます。
テーマ:2006年FIFAワールドカップサッカー - ジャンル:スポーツ
FIFAがいかにすばらしい(高邁な)理念に基づいているか、上の記事を読ませていただいてわかりました。ジダンを迎えたフランスの国民・サポーターが「メルシー、ジダン」と呼びかける映像に、胸が熱くなりました。
ブログ、再開してくださって嬉しいです。よかった~。おだいじになさってね。前の(下の)記事への私のコメント、つまらないこと書いて、すみません。
>読ませていただいてわかりました。
W杯終了後ですが、W杯で行われた「Say no to racism」活動について、触れてみました。特に今回のW杯では、人種差別問題が深刻な国際問題であるとして扱っていたことを、多くの人が理解してくれるといいと思っています。
>ブログ、再開してくださって嬉しいです。よかった~。
ありがとうございます。
>前の(下の)記事への私のコメント、つまらないこと書いて、
>すみません。
つまらないこととして気にしないのも1つの手ではありますが、「つまらないこと」ではないと思います。迷惑を受けているのですから。
遠慮することなくコメントして下さい。
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