公判では被告人側が殺害などの事実は認めていたため、精神鑑定では「殺害時は心神耗弱で、遺体の切断時は『別人格』が現れて心神喪失の状態」とされていたことから、責任能力の有無が最大の争点でした。
弁護側請求で被告人を精神鑑定した医師、牛島定信・東京女子大教授は「殺害時は感情を抑える機能が弱体化した心神耗弱状態。死体損壊時は殺害の衝撃で人格の乖離が生じ、本来の人格とは異なる獰猛な人格的状態で心神喪失状態だった」と報告していました。これに対して、検察側は、「遺体を切断するなど手の込んだ隠蔽工作を行っており、精神障害をうかがわせる事情はない」として完全な責任能力があると主張していました。
1.まずは、【共同通信(2008/05/27 18:44)】による判決要旨と、精神医学の用語について引用しておきます。
「短大生殺害事件 東京地裁判決要旨
短大生殺害事件で殺人と死体損壊の罪に問われた兄武藤勇貴被告に東京地裁が27日、言い渡した判決の要旨は次の通り。
【鑑定結果の信用性】
鑑定医は経歴、専門分野、臨床経験等に照らし、被告の精神鑑定に適任の専門家であったと認められ、手法や判断方法にも不合理なところは認められないから鑑定結果は十分に信頼できる。
【精神疾患と病態】
鑑定結果によると、被告の精神疾患と病態には次の事実が認められる。
被告は生来的にアスペルガー障害に罹患(りかん)し、中学生ごろからは強迫性障害が加わり、さらに犯行の1カ月以上前から解離性障害にかかっていた。
被告はアスペルガー障害を基盤にして、激しい攻撃性を秘めながらそれを徹底して意識しないという特有の人格構造を形成しており、激しい怒りが突出して行動しても、それを感じたと認識する過程を持っていない。
【殺害時の精神状態】
鑑定医の判断によると、被告はアスペルガー障害により攻撃性などの衝動を制御する機能が弱い状態にあったが、解離性障害が加わって外の世界の刺激が薄れることによってこの機能がさらに弱体化し、被害者から挑発的な言動を受けたことで抱いた怒りの感情を抑制できず、激しい攻撃性が突出し殺害に及んだ。
【殺害時の責任能力】
被告は殺害前1カ月間以上にわたり、大学受験の浪人生として家族などと日常生活を送りトラブルを起こしたことはなかった。また犯行後も発覚を防ぐための言動を取り、予備校の冬期合宿に参加していて、犯行当日前後において自己の行為を適切に制御する能力を全体として維持していた。
したがって殺害時に被告の制御能力はかなり減退していたことは否定できないが、責任能力が限定されるほど著しい程度とはいえない。
【死体損壊時の状態】
鑑定医は死体損壊時の被告の状態について「殺害した衝撃から解離性同一性障害による解離状態が生じ、死体損壊に及んだ際には、本来の人格とは異なるどう猛な人格状態になっていた可能性が高い」という判断を示し、理由として次の点を上げている。
(1)死体を左右対称に15にも解体するなどしたという手の込んだものであるが、その意図と作業過程は隠しやすくするためとか運びやすくするためということで説明ができず、別の人格を仮定しないと説明がつかない。
(2)怒り狂った行為である殺害行為と、非常に冷静で整然とした行為である死体損壊行為とは、意識状態が変わったと見るべきである。
【損壊時の責任能力】
以上2点の指摘は証拠から認められる事実に照らしてもうなずける。
このため、アスペルガー障害を基盤にして解離性障害を発症した症例に関する研究が十分になされていない状況の下ではあるが、死体損壊時、被告は解離性同一性障害による別の人格状態に支配され、自己の行為を制御する能力を欠き心神喪失の状態にあった可能性も否定できず、心神喪失状態にあったと認定した。
【量刑理由】
被害者は20歳の若さで、長年にわたり一緒に育てられた兄に殺され、また解体された娘の姿を目の当たりにした両親の悲痛は想像を絶する。しかも殺害は強固な殺意に基づいており、責任は極めて重大だ。
一方で生まれながらにアスペルガー障害を患っていながら両親からも気付かれずに成長し解離性障害にまで至り、責任能力にこそ影響はしないものの是非善悪の判断に従って行動する能力がかなり弱まっていた状態にあったことなど、酌むべき事情も認められる。
2008/05/27 18:44 【共同通信】」
「・アスペルガー障害(2002年10月8日) 他人の感情に配慮することなどが困難とされる先天的な疾患で発達障害の一種。他人とのかかわりが薄く、限られた狭い興味にこだわる点で自閉症と類似するが、言葉の発達に遅れがないのが特徴。ルール違反に厳しく、しゃくし定規にルールを守りすぎて周囲とトラブルを起こすことが多い。犯罪など反社会的行動を起こすのは例外的。研究者の推定では、この障害を持つ人の割合は1000人に3人程度。犯罪に絡む国内の精神鑑定では、愛知県豊川市で2000年5月に起きた夫婦殺傷事件で、医療少年院送致となった元高校生のケースがある。
・解離性障害(2007年8月20日) トラウマ(心的外傷)や強いストレスが原因となり、それへの防衛手段として、話し掛けなどへの反応が鈍くボーッとしたり(混迷)、記憶を失ったり(健忘)、自宅や職場から逃げ出したり(遁走(とんそう))と、さまざまな症状が出る。自分が自分でないような感じがする「離人症性障害」や、多重人格とも呼ばれる「解離性同一性障害」も解離性障害の一つ。治療は薬物療法やカウンセリングなどで、数週間で治る場合もあれば、1、2年と長引く場合もある。
・解離性同一性障害(2002年7月19日) 強いストレスや心的外傷(トラウマ)が原因で、記憶や意識などと、行動のつながりが失われる精神障害「解離性障害」の一つ。同一の人物に二つ以上の人格が現れ、それぞれの人格は独立した思考や感情、記憶を持ち、反復的に現れて行動する。」(共同通信)
なお、東京新聞は、この東京地裁判決について詳しく報道しています。
・東京新聞平成20年5月28日付朝刊1面「多重人格、切断は無罪 東京地裁判決 心神喪失認定 殺人で懲役7年」(2008年5月28日 朝刊)、
・東京新聞平成20年5月28日付朝刊29面「【関連】鑑定重視の司法判断 渋谷・妹殺害判決 裁判員制度控え 多様な判断材料を」(2008年5月28日 朝刊)
・東京新聞平成20年5月28日付朝刊3面【核心】「異例の『多重人格』認定 渋谷・妹殺害損壊判決」(2008年5月28日)
(1) 読売新聞平成20年5月28日付朝刊34面
「渋谷の妹殺害、兄に殺人罪で懲役7年判決…死体損壊は無罪
東京都渋谷区の自宅で2006年、妹(当時20歳)を殺害し遺体を切断したとして、殺人と死体損壊罪に問われた元予備校生、武藤勇貴被告(23)の判決が27日、東京地裁であった。
公判では責任能力の有無が最大の争点となったが、秋葉康弘裁判長は「殺害時には完全な責任能力があった」と述べ、懲役7年(求刑・懲役17年)を言い渡した。死体損壊については「解離性同一性障害(多重人格)により、心神喪失状態にあった」として、無罪とした。
弁護人によると、多重人格を理由に無罪とした例はほとんどないという。
武藤被告は殺害などの事実関係は認めたが、弁護側は「責任能力はなかった」と無罪を主張。精神鑑定では、「殺害時は責任能力が著しく低下し(心神耗弱)、遺体切断時は責任能力はなかった(心神喪失)」とする結果が示された。
判決は、精神鑑定について「鑑定手法や判断方法に不合理なところはなく、十分に信頼できる」と指摘。その上で、死体損壊時の責任能力について、鑑定結果通り、「解離性同一性障害により、本来の人格とは別の人格状態に支配され、行動を制御する能力を欠いていた」として、責任能力はなかったと判断した。
一方、殺害時については、〈1〉それまでの1か月間、日常生活をトラブルなく送っていた〈2〉犯行後、父親に対し犯行発覚を防ぐ言動をとっていた――ことなどから、「制御能力が低下していたことは否定できないが、責任能力が限定されるほどではない」とし、完全な責任能力を認めた。
量刑については、両親に気付かれないまま精神障害に罹患(りかん)して行動制御能力が落ちていたことや、被害者の挑発的な言動がきっかけとなった衝動的な犯行だったことなど、被告に有利な事情を考慮した。
武藤被告の主任弁護人は「控訴は被告や家族と相談して決めたい」と話した。
(2008年5月27日20時50分 読売新聞)」
(2) 読売新聞平成20年5月28日付朝刊34面
「責任能力認定の分かりにくさ
この日の判決は、被告の精神障害の程度が心神耗弱から心神喪失へとエスカレートしていったとした鑑定結果を基本的に「信頼できる」とし、責任能力を判断する土台に据えた。今年4月、最高裁が「特別な事情がなければ鑑定結果を十分に尊重すべきだ」とした判断を強く意識したものといえる。
ところが、死体損壊については鑑定通り心神喪失としたが、殺害については心神耗弱ではなく「完全な責任能力があった」とした。一見、矛盾する判断に見えるが、殺害時の責任能力が低下していたこと自体は認めている。低下の度合いのわずかな評価の差が結論を分けたもので、“鑑定軽視”と見るべきではないだろう。
東京・渋谷の夫殺害事件で殺人罪などに問われた三橋歌織被告(33)(控訴中)に対する1審判決は、2人の鑑定医が「心神喪失」としながら、正反対の判断を示した。鑑定結果をあくまでも「参考意見」とした三橋被告の判決と、今回の判決とは異なる。
ただ、判決が、殺害については事件前後に普通に日常生活を送っていることなどを考慮して責任能力を認めながら、その数時間後に行われた死体損壊についてはその点を無視した点には分かりにくさが残る。
来年5月には裁判員裁判がスタートする。ある裁判官は「責任能力の判断で、鑑定結果をどこまで重視し、犯行前後の行動などをどの程度まで考慮するかなど、統一的な指標がない」と話す。裁判員に分かりやすく提示できるような指標作りが求められる。 (稲垣信)」
(3) この裁判では、責任能力の有無が最大の争点でした。
イ:その責任能力の判断基準・方法については、最高裁平成20年4月25日判決は、「精神鑑定結果は、鑑定人の公正さや能力に問題があるなどの事情がない限り、十分に尊重すべき」としていたのですから、今後の裁判はすべてこの最高裁に沿った判断を行わなければなりません(「責任能力の判断基準・方法について:最高裁平成20年4月25日判決は、「精神鑑定結果は、鑑定人の公正さや能力に問題があるなどの事情がない限り、十分に尊重すべき」との判断」(2008/04/28 [Mon] 17:10:23)参照)。
「この日の判決は、被告の精神障害の程度が心神耗弱から心神喪失へとエスカレートしていったとした鑑定結果を基本的に「信頼できる」とし、責任能力を判断する土台に据えた。今年4月、最高裁が「特別な事情がなければ鑑定結果を十分に尊重すべきだ」とした判断を強く意識したものといえる。」(読売新聞)
東京地裁は、「鑑定医は経歴、専門分野、臨床経験等に照らし、被告の精神鑑定に適任の専門家であったと認められ、手法や判断方法にも不合理なところは認められないから鑑定結果は十分に信頼できる。 」(判決要旨)としたのです。このように、東京地裁は、平成20年最高裁判決の判断方法に忠実に沿った判断を行っているのですから、極めて妥当なものといえます。
検察側も、この東京地裁判決は平成20年最高裁判決を意識したものと理解しています。
「ある検察幹部は「最高裁が先月下旬、公正さに欠けるなどの事情がない限り、鑑定結果を尊重するべきだとの指針を示したことが大きく影響したのだろう」と推測。「裁判所は鑑定を否定する知見がなかったし、検察も論破できなかった」と悔しさをにじませた。」(東京新聞平成20年5月28日付朝刊29面「【関連】鑑定重視の司法判断 渋谷・妹殺害判決 裁判員制度控え 多様な判断材料を」
このように、検察幹部も、この東京地裁は平成20年最高裁判決が「大きく影響した」とみているようです。(ただ、下級審は、最高裁判決に従わなければならないのですから、「大きく影響した」という程度の意味合いではないでしょう。検察側は、最高裁を十分に理解していないのでしょうか。)
ロ:しかし、平成20年最高裁判決を明らかに矛盾した下級審判例も存在します。
「東京・渋谷の夫殺害事件で殺人罪などに問われた三橋歌織被告(33)(控訴中)に対する1審判決は、2人の鑑定医が「心神喪失」としながら、正反対の判断を示した。鑑定結果をあくまでも「参考意見」とした三橋被告の判決と、今回の判決とは異なる。」
平成20年最高裁判決は、責任能力(刑法39条)の判断については、原則として、裁判所が鑑定に拘束されずに自由に判断できるとしつつも、<1>「鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり」という鑑定人自身に問題があるか否か、<2>「鑑定の前提条件に問題」というように診察方法や前提資料の検討という外観上、明らかな問題があるか否か、という点につき合理的な疑いがない限り、鑑定「意見を十分に尊重して認定すべき」としました。すなわち、裁判所による責任能力の判断は、鑑定人自身の問題や外観上明らかな問題がない限り、例外的に「鑑定に拘束」されるとしたのです。「鑑定に拘束されない」として自由裁量だった従来の判例は明確に制約されたことになります。
それなのに、夫殺害切断事件である東京地裁平成20年4月28日判決は、鑑定結果をあくまでも「参考意見」とする判断方法を採用しているのですから、明らかに平成20年最高裁判決と矛盾する判断方法を採用したのです。判例拘束性からして、下級審判例は最高裁判例を無視することはできないのですから、東京地裁平成20年4月28日判決は、極めて不当な判決でした(「東京・夫殺害切断事件:東京地裁平成20年4月28日判決の検討<再論>~最高裁平成20年4月25日判決と明らかに矛盾する判断を開陳するなんて正気なのだろうか?」(2008/04/29 [Tue] 17:29:52)参照)。
東京新聞平成20年5月27日判決は、東京・渋谷の夫殺害事件の東京地裁平成20年4月28日判決と異なり、平成20年最高裁判決に従ったというわけです。当然といえば当然なのですが。
ハ:もっとも、東京新聞平成20年5月27日判決は、鑑定結果をすべて受け入れたわけではありませんが、それは鑑定結果の尊重を求めた平成20年最高裁判決と矛盾しているのでしょうか?
「ところが、死体損壊については鑑定通り心神喪失としたが、殺害については心神耗弱ではなく「完全な責任能力があった」とした。一見、矛盾する判断に見えるが、殺害時の責任能力が低下していたこと自体は認めている。低下の度合いのわずかな評価の差が結論を分けたもので、“鑑定軽視”と見るべきではないだろう。」
鑑定結果は、「被告の精神障害の程度が心神耗弱から心神喪失へとエスカレートしていった」との判断なのですから、読売新聞の解説は、「“鑑定軽視”と見るべきではない」として、鑑定結果の尊重を求めた平成20年最高裁判決と矛盾していないとしています。その判断は妥当でしょう。
ニ:この鑑定結果を尊重したことにつき、精神医学の専門家は次のようにして、肯定的に捉えています。
「責任能力は慎重に
福島章・上智大名誉教授(犯罪心理学)の話 ある種の発達障害のある成人が、殺人のような大きな心理的ショックを機にパニック状態となり、解離性同一性障害を引き起こすことは精神医学の観点からも不自然ではない。鑑定結果を踏まえた妥当な判決だと思う。もちろん解離性同一性障害の存在そのものに懐疑的な専門家がいるほどだから、責任能力の判断はよくよく慎重にすべきだ。特に健常者が犯行時にいきなり解離性同一性障害になった、と主張しているようなケースでは詐病の可能性が高い。」(東京新聞平成20年5月28日付朝刊29面「【関連】鑑定重視の司法判断 渋谷・妹殺害判決 裁判員制度控え 多様な判断材料を」
なお、解離性同一性障害(多重人格)は、米国で認定されるケースはあるのですが、日本の司法判断としては異例でした。
「心神喪失や心神耗弱が認められてきたのは、統合失調症や重いそううつ病、重症の認知症などに限られてきた。多重人格は、刑事責任能力に影響を与える精神障害として認められることはなかった。
刑事責任能力論に詳しい刑法学者によると、米国の裁判所では多重人格が認められることは珍しくない。「精神科医の心理的な働き掛けによってつくられる人格という否定的な学説もあるほど、多重人格についての研究者の意見はさまざまだ」という。
一方、鑑定経験の豊富な精神科医は「学問的にはまだ議論はあるが、臨床の場では国際的な診断基準もあり、解離性同一性障害は広く認められている」と話す。
今年、2人の被告に多重人格と認定したのは、東京地裁の同じ3裁判官の合議体だった。今後、多重人格で心神喪失や心神耗弱を認める司法判断が増えるかどうかは、まだ未知数だ。」(東京新聞平成20年5月28日付朝刊3面【核心】「異例の『多重人格』認定 渋谷・妹殺害損壊判決」)
(*なお、今年、2人の被告に多重人格と認定した判決は、「別人格が現れていたとしても、一人の人間としての連続性を保って犯行がなされている」と完全責任能力を認めている。)
日本の司法判断としては、解離性同一性障害を認定することは異例であるとしても、鑑定経験の豊富な精神科医によれば、「学問的にはまだ議論はあるが、臨床の場では国際的な診断基準もあり、解離性同一性障害は広く認められている」とのことです。
そうであれば、東京地裁が解離性同一性障害を認定して心神喪失としたことについては、国際的な観点からすれば、合理性のある判断であるといえそうです。
解離性同一性障害自体に議論があるとしても、裁判では、病名がどうであろうとも、責任能力を欠如するほどの異常かどうかが認定できればよいのです。ですから、「多重人格で心神喪失や心神耗弱を認める司法判断が増えるかどうかは、まだ未知数」であるとしても、多重人格という認定自体にはさほど重要性はないのです。
3.この裁判では、精神鑑定は1つだけで再鑑定を認めず、その鑑定は解離性同一性障害という判断であったため、「他の医師による再鑑定など慎重な判断が必要だったのではないか」(司法精神医学に詳しい北潟谷仁弁護士の話。日経新聞平成20年5月28日付朝刊43面)との意見もあるようです。
ですので、第1審での再鑑定の是非について、少し触れておきます。
(1) 精神鑑定の実施については、弁護側が「犯行時は心神喪失か心神耗弱だった」と主張し精神鑑定を申請し、秋葉裁判長が実施を決めたという経緯でした。その鑑定のため、昨年9月5日の第3回公判後、約半年間にわたり中断し、今年3月24日の第4回公判で鑑定結果が報告されました。
鑑定を行った牛島定信・東京女子大教授(精神医学)は「勇貴被告は生来のアスペルガー障害、中学時代に発症した強迫性障害に加え、犯行時には解離性同一性障害(多重人格)を発症していた」と指摘し、「被害者の挑発的な態度で人格内部に隠れていた自分でも認識していない部分が爆発して犯行に及んだ」としています。そのうえで「殺害時の責任能力は著しく限られており、遺体損壊時には解離性同一性障害を引き起こしていて責任能力はなかった」と結論づけたのです(産経新聞)。
東京地裁判決は、「手法や判断方法に不合理な点はなく十分信用できる」と鑑定を評価し、死体損壊については鑑定通り心神喪失としたが、殺害については心神耗弱ではなく「完全な責任能力があった」としました。結果としては、「死体損壊についてのみ鑑定」を採用したともいえますが、殺害時の責任能力が低下していたこと自体は認めているため、全体として鑑定を採用したと評価できそうです。
(2) 検察側は、牛島鑑定が検察側に不利だったことから再鑑定を請求しましたが、次のような経緯で却下されています。第5回公判(4月21日) での被告人質問(産経新聞)を一部引用しておきます。
「「裁判長「検察官が請求していた証拠について、いずれも必要性がないので却下します」
《検察官は『却下』という単語に顔をしかめ、すかさず立ち上がった》
検察官「異議! 各証拠は必要性を有しており、それを採用しない裁判所の判断は違法です!」
《対して弁護人も、検察側の請求理由が不当であることを主張した》
弁護人「公判前整理手続をやったのに、検察官は今ごろになって鑑定内容がおかしいと言っている。明らかに、公判前整理手続が済んでから調べることがやむを得ない事情はありません。仮にやむを得ない事情があったとしても、刑事訴訟法は速やかに調べねばならないとしています。また、証拠の中身の任意性についても、重大な疑いがあると言えます」
《採否が問題になっていた証拠は、どうやら精神鑑定の結果が明らかになった後、検察側が追加で申請したもののようだ。刑事訴訟法では、公判前整理手続きに付された事件は、やむを得ない事情があった場合を除いて、公判前整理手続きが終わった後に証拠調べを請求することはできないと定めている。裁判長が『却下』の判断を示したということは、この『やむを得ない事情』には当たらないと判断したもようだ》
《また、弁護人は、逮捕直前に勇貴被告への面会が認められなかったこと、取り調べ時間が長時間に及んだこと-などから、供述調書の内容についても疑問を呈した》
裁判長「では、異議を棄却します。これで証拠調べはすべて終えることにします。次回は…」
検察官「検察官としては、期日外に再鑑定を請求します!」
《裁判長の言葉をさえぎり、検察官が再び立ち上がって発言した》
裁判長「本日は(請求)できませんか?」
検察官「理由を説明する必要があり、本日はできません」
裁判長「公判前整理手続は行っており、すでに(請求の)時期が遅れているのでは? それに本日、説明ができないというのは…」
《次回に論告求刑を予定していた裁判長は、検察官の申し出に表情を曇らせた。検察官が一瞬言葉につまると、裁判長が続けた》
裁判長「裁判所としては、次回は論告弁論をします。期日は…」
検察官「それでは、ただいま鑑定の請求をします。(再鑑定の)必要性については、これまでの鑑定書の内容および、鑑定人の証人尋問から、鑑定結果は信用性が欠如していると言わざるを得ません。被告の責任能力を明らかにするためには、(再度)鑑定を行う必要があります」
《再び言葉をさえぎられた裁判長は、ため息まじりに弁護人に意見を求めた》
裁判長「弁護人は?」
弁護人「公判前整理手続はすでにしています。仮に百歩譲っても、鑑定人の証人申請からかなり時期が経っている。牛島(定信・東京女子大教授が行った)鑑定への批判は論告の段階ですればいいのであって、改めて鑑定をする必要はありません」
《両側の裁判官と小声で相談した後、裁判長は正面に向き直り検察官に告げた》
裁判長「えー。鑑定請求は速やかでないということで、却下します」
検察官「その点にも異議を申し立てます! 裁判所は判断を誤っており、違法です」
弁護人「論点は前から同じです。牛島鑑定人の証人尋問は3月に行われました。鑑定人の証人尋問で、いろいろ聞くことができたはずです。牛島鑑定のどこが間違っているのかは、きちんと論告で言うべきです。それ(再鑑定を今、請求すること)は迅速な裁判に反するし、刑事手続の上でも許されません」
裁判長「それでは、棄却します」
《裁判長は弁護人の主張に時折うなずきながら、請求の棄却を言い渡した。最後まで粘り続けた検察官は、不満の色を残しながらも次回期日設定のため、予定を尋ねる裁判長の声に答える。弁護人、検察官の予定が合わず、数度の日程調整を経た後、次回期日は5月12日午後1時半に決まった》
《裁判長が勇貴被告に、次回期日の最後に意見陳述の機会があることを告げると、勇貴被告は青白い表情のまま『よろしくお願いいたします』と一言答えて退廷。午後3時35分に閉廷した》
=(完)」
弁護側のみ精神鑑定を請求しており、裁判所が実施を決めた鑑定が行われた以上、鑑定結果がいくら検察側に不都合であろうとも、「公判前整理手続は行っており、すでに(請求の)時期が遅れている」のですから、いくら検察側が執拗に再鑑定を請求しても、再鑑定を行うことは合理性がありません。
(3) 他の事件でも、裁判所は、安易に再鑑定を行うことを認めていません。例えば、東京・渋谷のマンションで夫(当時30)を殺害し、遺体を切断したとして殺人などの罪に問われた三橋歌織氏の裁判においても、平成20年3月27日の公判では、東京地裁の河本雅也裁判長は、検察側が再度求めた精神鑑定について「必要がない」として却下しています(朝日新聞2008年03月27日19時20分)。
三橋氏の精神状態については、検察側・弁護側双方が申請した2人の鑑定医が、刑事責任が問えない「心神喪失」の可能性を指摘する鑑定結果を出しており、検察に不利な鑑定だったため、再鑑定を求めていました。しかし、3月27日の検察官による被告人質問は精神鑑定と関連性がまったくないものばかりで意味不明だったことから、再度の精神鑑定を必要としない判断は当然でした。(もっとも、すでに触れたように、この事件の判決自体は、精神鑑定を「参考意見」扱いしており、不当でしたが。)
(4) このようなことから、東京地裁が、武藤勇貴氏の事件において再鑑定を認めなかったことは、訴訟手続上、極めて妥当といえるのです。
もっとも、検察側が控訴した場合は、控訴審でも責任能力が争点となるでしょうから、東京高裁において再度の鑑定が行われる可能性はあります。そうすれば、責任能力は認められるという鑑定もでてくる可能性があることは確かです。控訴審ではそういう可能性はあるとはいえ、東京地裁の段階では、再鑑定を認めなかったことは、手続上、妥当であるということなのです。
4.責任能力の有無の判断はともかくとして、結論として懲役7年という判決は、不合理なものとはいえないように思われます。被告人の両親としては兄弟間で生じた犯罪であり、大変心が痛むことであったとはいえ、他人に被害を及ぼした犯罪ではなく、両親としては自分の子供が長期間服役することは望んでいないといえるからです。
「被告、深く一礼 言い渡し後
「妹への謝罪の気持ちを持ち続けながら、前向きに生きていってほしい」。秋葉康弘裁判長は、兄の武藤勇貴被告(23)に「懲役七年」を言い渡した後、そう語りかけた。被告は両手を握りしめ、じっと聞き入っていた。
「被害者はまだ二十歳という若さで、まさか兄に殺されるとは思ってもいなかっただろう」。判決は被告を非難する一方、生まれつき軽い発達障害があったのに両親には気付かれず、犯行につながる精神障害の発症に至ったと指摘した。
傍聴席には家族の姿も。裁判長は「社会人としての責任を果たした上で社会に戻り、どういうことに気を付ければいいかを専門家からアドバイスしてもらって生活していく必要がある」と説いた。
判決文は、市民が司法に参加する裁判員制度開始があと一年に迫っていることを意識してか、終始「ですます調」だった。被告の目を見ながら「あなた」と呼び掛ける場面もあった。言い渡しが終わると、武藤被告は頭を深く下げた。」(東京新聞平成20年5月28日付朝刊29面「【関連】鑑定重視の司法判断 渋谷・妹殺害判決 裁判員制度控え 多様な判断材料を」(2008年5月28日 朝刊))
この被告人が犯罪を行ってしまった背景には、他の家族にもその責任の一端があったわけです。家族間で生じてしまった犯罪であるがゆえに、この被告人だけでなく、家族全員でその犯罪によって命が失われた妹を思い、真摯に向き合っていくことが重要であるといえそうです。
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