「元原発労働者で昨年末に82歳で亡くなった長尾光明さん(大阪市)が、東京電力に損害賠償を求めた訴訟の判決が23日、東京地裁で言い渡される。長尾さんは多発性骨髄腫で労災認定を受けた原発労働者の第1号。労災認定後に民事裁判に踏み切った初のケースでもあり、勝訴すれば被ばく労働者の補償問題に大きな道が開かれるとして、関係者は注目している。」(東京新聞5月22日付)
1.原子力発電所の高汚染区域で働く労働者は、被爆することを避けることができません。
(1) 「東京電力原子力発電所、その他の原子力発電所におけるトラブル隠し等不祥事に関する再質問主意書」(平成十四年十二月十日提出 提出者:楢崎欣弥)には、次のように出ています。
「5 原発被ばく労働者はこれまでに三十万人を数えるまでになった。同じ放射線被爆者として、広島・長崎の被爆者集団がある。現在被爆者健康手帳(被爆者手帳)を持っている被爆者の数はおおよそ三十万人である。日本にはほぼ同じ規模の二つの被爆・被ばく者の集団があることになる。
原爆被爆者に対しては、『原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律』があり、広島・長崎で被爆した者には被爆者手帳が交付されることになっている。手帳を持っている被爆者は国費で年に二回健康診断を受けることができ、視診、問診、聴診、打診などの他に、血液検査、尿検査、肝機能検査など七項目の一般検査が受けられる。それだけでなく、被爆者が希望すれば、胃ガン、肺ガン、乳ガン、子宮ガン、大腸ガン、多発性骨髄腫、などの検診を受けることができる。さらに必要に応じて精密検査も受けることもできるようになっている。
同じ被爆者でありながら、原発労働者は被ばく者としても全く無権利状態に置かれている。なぜ原発被ばく労働者は二重三重に差別されなければならないのか。日本のエネルギー産業をその根底で支えている原発被ばく労働者が、他の労働者とも、また他の被爆者と比べても著しい無権利状態に放置されているこの現状をいつまでも続けてよいわけはない。」
(2) ですから、「よく分かる原子力・原子力教育を考える会」の「原発で働く人々」では、原子力発電所の労働者の実例を挙げて、結論として次のように書いています。
「原発は事故がなくても、仕事の中で被ばくをしいられている労働者がいなければ絶対に動かないことをよく理解しておく必要があります。」
このように原発では被曝を避けることができず、被曝する労働者は多数に及んでいるのに見捨てられているのが実情です。ですから、「勝訴すれば被ばく労働者の補償問題に大きな道が開かれる」ため、東京新聞「こちら特報部」は、明日の判決は注目する必要があるとして、記事を掲載しています。では、紹介します。
「原発労災・故長尾さん 賠償訴訟あす判決 うやむやで死ねない2008年5月22日
元原発労働者で昨年末に82歳で亡くなった長尾光明さん(大阪市)が、東京電力に損害賠償を求めた訴訟の判決が23日、東京地裁で言い渡される。長尾さんは多発性骨髄腫で労災認定を受けた原発労働者の第1号。労災認定後に民事裁判に踏み切った初のケースでもあり、勝訴すれば被ばく労働者の補償問題に大きな道が開かれるとして、関係者は注目している。 (片山夏子)
◆現場に4年「放射線受けた」
「労働災害として認定されました。苦しみのまま先送りされると悩みましたが、うれしく喜んでいます」。黒のジャンパーに、グレーのマフラー。目をしばたたきながら、長尾さんが恥ずかしそうな笑顔を見せる。2004年2月。ビデオは、自宅療養中の長尾さんが、支援者への報告のために撮影された。
長尾さんは、若い時から造船所などで配管工として働いた。1973年、石川島プラント建設に入社。各地の化学プラントや発電所で現場監督をする。77年10月から4年3ヶ月間、東京電力福島第一原発、新型転換炉原型炉ふげん(福井県)、中部電力浜岡原発(静岡県)の原発施設で配管工事の現場監督をした。
この間の被ばく線量は、約70ミリシーベルト。年間被ばく線量は電力会社社員の平均の3−8倍。下請け労働者の1.5―3.5倍だった。長尾さんは86年に退職した。
長尾さんの体に、異変が現れ始めたのは94年ごろ。首が痛み、治療するが治らない。98年、72歳の時、前歯が折れ、頚椎(けいつい)骨折で入院。多発性骨髄腫と診断された。同年に、左鎖骨も、頚椎と同様、外的に力が加わらないのに骨折する「病的骨折」する。被ばくしてから17年たっていた。
02年10月。福島第一原発で79―81年ごろ、プルトニウムなどの放射性物質(アルファ核種)が漏れていたことが報道された。長尾さんは同時期に福島第一原発で働いていた。「長尾さんは何も知らされずに働いていたことを知り、このことをきっかけに相談してきた」と関西労働者安全センターの片岡明彦事務局次長は話す。すぐに労災申請手続きをした。だが、原発労働者で白血病が認定され例はあったが、多発性骨髄腫の認定例はなかった。
厚生労働省の検討会が開かれ、長尾さんの楼台が認められたのは04年1月。長尾さんが東京電力を相手取り、4400万円余りの損害賠償を求める訴訟を起こしたのは、その年の10月だった。
長尾さんは2年前、裁判の中で、提訴した気持ちを供述した。「放射線を受けたのは間違いない。体中がおかしい。それなのに、労災は人情で認められるが、因果関係は無いという。それじゃ結局使い捨て。裁判起こして白黒つけておかんことには、死ぬにも死ねない。ただ、病気になりました、うやむやになりました、死んでしまったということにはしたくない」
◆厚労省は因果関係認定でも 東電側 病名も否定
多発性骨髄腫は進行すると、骨が融解してもろくなり骨折したりするほか、さまざまな臓器障害が起きる。
放射線を扱う業務の労災認定で対象疾患となるのは、白血病や肺がん、骨肉腫などで多発性骨髄腫は含まれない。だが、労災申請時に意見書を書いた阪南中央病院内科医の村田三郎氏は「白血病と同様のリンパ系腫瘍(しゅよう)で類縁疾患。白血病認定基準に準ずるべきだ」とした。
長尾さんの4年3ヶ月の被ばく線量約70ミリシーベルトは、白血病の労災認定基準「5ミリシーベルト×従事年数を超える被ばく線量」の約3倍。旧厚生省原爆医療審議会の原爆症認定基準では「原爆放射線起因性」がある病気として、多発性骨髄腫が記載されている。
厚労省の検討会は、長尾さんの病名や業務の因果関係を検討。放射線被ばくと多発性骨髄腫の国内外の疫学調査が検討された上で、長尾さんの労災が認定された。
だが、裁判では病名から争点となった。東電側は<1>多発性骨髄腫と放射線被ばくとの間には因果関係がない<2>長尾さんの損害賠償請求権は時効<3>長尾さんは多発性骨髄腫ではない―などを主張。最大の争点となった病名については、骨髄腫の権威で名古屋大大学院医学研究科の清水一之教授の意見書を4回提出した。
市民の視点に立った科学の在り方を考える民間団体「高木学校」の一員で、元放射線医学総合研究所主任研究官の崎山比早子氏は「素直にみて多発性骨髄腫」とする。
「東電側は初め長尾さんは骨髄腫の一種のMGUSと言ったが、この病気では頚椎などの骨融解は説明できないため、孤立性形質細胞腫にも罹患(りかん)しているとした。その後、長尾さんの側頭部の骨融解が起き、多発性孤立性形質細胞腫と診断名を変えた」と説明する。
東電側が意見書などで「(骨髄の中にある)形質細胞比率が10%を超えたことがない」として多発性骨髄腫ではないと主張している点について、崎山氏は「国際骨髄腫作業グループの診断基準にも、日本骨髄腫研究会の診療指針の基準にもなっていない」と指摘する。
さらに、両基準の1つである「形質細胞が単一細胞性である」点が確認されていないことが争点となっていたが、裁判中に、長尾氏の右鎖骨の融解の診断で確認された。
長尾氏弁護団の平英毅弁護士は「労災は労働者保護的な意味で緩やかな基準で認められるかというとそうではない。業務起因性の判断は、厚労省検討会でも厳しく検討されたのに、東電側はそれを否定してきた。あらゆる論点で争い、救済を阻む姿勢に憤りを感じる」。
その上で「今回、多発性骨髄腫と放射線業務との因果関係が認められれば、司法でも認められた先例となり、今後の被ばく労働者のためにも大きな意味となる」という。
長尾さんは裁判で、原子力発電所で働くことについて「不安があったが、会社の命令で仕方なかった。放射線の怖さや被ばくについての説明はなかった。安全は確保してくれるものと疑わなかった」と訴えた。放射線量の多い場所に行くのは「びびった(怖かった)」。
現場監督として他の人に行けと指示しなくてはならなかったが、「言えなかった」と明かした。
裁判を継承した家族は「判決を本当に楽しみにしていた。聞かせてやりたかった」と話しているという。生前の長尾さんは繰り返し話していた。「被ばくで苦しむ労働者はまだまだ多いはず。その人に道を開きたい」
<デスクメモ>
原発内の高汚染区域で働く労働者は、多かれ少なかれ被ばくする。疲れやすくなり、仕事ができなくなると「原発ブラブラ病」と陰口をたたかれたりする。大部分は下請けだから、補償も不十分だ。前時代的な労働実態は「日本の暗部」とさえいわれる。長尾さんの“遺言”を無駄にしてはいけない。 (充)」
(1) この記事には、被爆による病魔はとはどういうものかが示されています。
「長尾さんの体に、異変が現れ始めたのは94年ごろ。首が痛み、治療するが治らない。98年、72歳の時、前歯が折れ、頚椎(けいつい)骨折で入院。多発性骨髄腫と診断された。同年に、左鎖骨も、頚椎と同様、外的に力が加わらないのに骨折する「病的骨折」する。被ばくしてから17年たっていた。 (中略)
「東電側は初め長尾さんは骨髄腫の一種のMGUSと言ったが、この病気では頚椎などの骨融解は説明できないため、孤立性形質細胞腫にも罹患(りかん)しているとした。その後、長尾さんの側頭部の骨融解が起き、多発性孤立性形質細胞腫と診断名を変えた」と説明する。
さらに、両基準の1つである「形質細胞が単一細胞性である」点が確認されていないことが争点となっていたが、裁判中に、長尾氏の右鎖骨の融解の診断で確認された。」
(2) 東電側の態度は、原発での労働者を救済しようという意図はまるでなく、使い捨ての意図さえあるかのようです。
「厚労省の検討会は、長尾さんの病名や業務の因果関係を検討。放射線被ばくと多発性骨髄腫の国内外の疫学調査が検討された上で、長尾さんの労災が認定された。
だが、裁判では病名から争点となった。東電側は<1>多発性骨髄腫と放射線被ばくとの間には因果関係がない<2>長尾さんの損害賠償請求権は時効<3>長尾さんは多発性骨髄腫ではない―などを主張。最大の争点となった病名については、骨髄腫の権威で名古屋大大学院医学研究科の清水一之教授の意見書を4回提出した。
市民の視点に立った科学の在り方を考える民間団体「高木学校」の一員で、元放射線医学総合研究所主任研究官の崎山比早子氏は「素直にみて多発性骨髄腫」とする。」
通常の労災民事損害賠償裁判では、会社の責任や過失がどの程度あるのかが大きな争点になります。いくつかの会社の労働者が混在するような現場であると、どの会社にどのような安全配慮義務があったのか、本人の過失もあるのではないかなどの立証に時間がかかることが少なくありません。
しかし、原子力損害の賠償に関する法律では、過失の有無とは関係なく、因果関係さえ認められれば、すべての賠償責任を電力会社が負うことになっています (原子力資料情報室)。
そのため、救済する意図がない電力会社は、常にといっていいほど、因果関係がないとして争うのです。例えば、中部電力浜岡原子力発電所(静岡県浜岡町)で作業していた嶋橋伸之さん=当時(29)=が慢性骨髄性白血病で亡くなった事件についても、中部電力は記者会見などで認定に対し「法定の年間被ばく限度五〇ミリシーベルト以下で、認定は、被ばくと病気に直接的な因果関係があることを意味していない」との見解を繰り返していました(中国新聞「被爆と人間 第3部 ある原発作業員の死」)。
今回の訴訟でもやはり東電側は因果関係を否定しています。そればかりか東電側は、「裁判では病名から争点」となるなど、「あらゆる論点で争い、救済を阻む姿勢」をとっているのです。
3.最後に。
「「今回、多発性骨髄腫と放射線業務との因果関係が認められれば、司法でも認められた先例となり、今後の被ばく労働者のためにも大きな意味となる」という。
長尾さんは裁判で、原子力発電所で働くことについて「不安があったが、会社の命令で仕方なかった。放射線の怖さや被ばくについての説明はなかった。安全は確保してくれるものと疑わなかった」と訴えた。放射線量の多い場所に行くのは「びびった(怖かった)」。
現場監督として他の人に行けと指示しなくてはならなかったが、「言えなかった」と明かした。
裁判を継承した家族は「判決を本当に楽しみにしていた。聞かせてやりたかった」と話しているという。生前の長尾さんは繰り返し話していた。「被ばくで苦しむ労働者はまだまだ多いはず。その人に道を開きたい」 」
明日、現代の「被爆者(被曝者)」の救済問題について、大きな道が開かれるのでしょうか。多くの現代の「被爆者(被曝者)」が使い捨てられている現状からすると、国の原子力行政にも問題があるのではないでしょうか。判決に注目したいと思います。
彼が甲府都留支部長時代、どんなことがあったのか、あるいはどんな判決を出していたのか調べる方法がわかりません。なにかご存知ではないでしょうか。
>昨日報道された宇都宮判事、下山容疑者の事件ですが、不思議な事件です。
裁判官といえども、ストーカーを行うほど自制できない人がいるということなのでしょうね。法規範を遵守するべきだと十分に分かっていても、遵守する意思がなければ意味がないわけです。問題なのは、専門家として法を熟知しているだけに、色々な小細工をしたり、法規制を免れようとする言い訳を行うなど、悪用するのが問題です。↓
「ストーカー規制法は動機を恋愛感情やそれが満たされないための恨みなどに限定。下山容疑者はメール送信の事実は認めているが「恋愛目的ではない」と説明しているという。」(2008/05/23 11:14 【共同通信】)
>彼が甲府都留支部長時代、どんなことがあったのか、あるいはどんな判決を出していたのか調べる方法がわかりません。なにかご存知ではないでしょうか。
下山芳晴氏は、甲府地方裁判所・家庭裁判所の判事だったわけですよね。
地方裁判所の判例や家庭裁判所での審判も判例集や法律雑誌に幾つかはでていますが、地裁や家裁で出している判例は膨大ですから、掲載している数は少ないです。特に、家庭裁判所の審判・調停は、非公開ですし。
「甲府地方・家庭裁判所の組織について」を見ると(↓)、都留支部は、原則非公開の少年事件を扱っています。もし、下山芳晴判事が少年事件を扱っていたらまず分かりません。
http://www.courts.go.jp/koufu/about/syokai/
ですから、報道機関が最高裁などに問い合わせて、下山芳晴判事が担当した事件を明らかにしない限り(報道では幾つか出ています)、個人で独自で調べることはまず難しいと思います。
ちなみに、次のような判決を出していたと報道されています。
「下山容疑者は、刑事裁判の判決では、不祥事を起こした公務員を厳しく断罪する一面もあった。浦和地裁(現・さいたま地裁)に赴任中の二〇〇〇年六月、証拠品として保管中の現金約三十万円を着服したとして、業務上横領罪に問われた埼玉県警元警部補への判決で同容疑者は「警察全体に対する県民の信頼が裏切られ、警察活動に不信感を増大させる結果を招きかねない」などと懸念を述べ、公務員のあるべき姿に触れていた。
◇
九八年には東京地裁判事に就任し、故中島洋次郎元衆院議員による受託収賄事件では、陪席裁判官として懲役二年六月の実刑を言い渡した。このほか、旧第一勧業銀行(現みずほ銀行)と証券会社四社による利益供与事件で、総会屋の公判を受け持った。
甲府地裁都留支部長としては昨年、酒気帯び運転で小学生二人に重軽傷を負わせたひき逃げ事件で、自営業の男に執行猶予判決を出すなどした。」(東京新聞2008年5月22日 朝刊「宇都宮地裁判事を逮捕 女性に面会迫るメール ストーカー容疑」)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2008052202000102.html
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

