1.臓器移植法の改正案は、一度廃案になった後、2006年3月に国会に提出されました。現在、3案(ABC案)が提出されています。自民党の中山太郎党臓器移植調査会顧問らの「A案」は、家族の同意があれば年齢に関係なく脳死判定も臓器移植も可能にするというものであり、公明党の斉藤鉄夫政調会長の「B案」は、臓器提供できる年齢を15歳以上から12歳以上に引き下げるものです。その後、社民党の阿部知子衆院議員らが、脳死の定義を厳格化し、生体間移植の範囲を狭める「C案」を提出しています。
(1) こうして、改正案は提出されているのに、なぜ、法改正が先送りになってきたのでしょうか?
イ:東京新聞平成19年5月19日付夕刊4面「解説」(吉田薫記者)
「臓器移植法の改正 死の定義、再び議論に
長い間たなざらしになっていた臓器移植法の改正が、議員立法によってようやく動きだそうとしている。しかし、日程からみて今国会での成立は微妙だ。脳死移植に関する問題点と今後の見通しは―。 (中略)
今後の審議では、「脳死を人の死としていいのか」というテーマが蒸し返されたり、「子供の脳死判定で虐待死を判別できるか」といった疑問が出てくると思われる。
法改正が先送りになってきたのは、国会の日程のせいだけではない。死の定義という倫理的、宗教的なことにまで踏み込まなくてはならないのに、利益を受ける当事者の数は、政党や政治家の関心を呼ぶほどには多くない。」
ロ:要するに、元々、衆院厚生労働委員会では、いつも重要法案の審議がなされておりそちらが優先されてしまっていたこと(昨年は、社会保険庁改革関連法案、最低賃金法改正案など)、与党は会期末まで約1ヶ月という日程上難しい段階に至ってから審議を進めるよう打診するなど、「国会の日程」上の問題があるのです。もちろん、与党だけで専門の小委設置を決めたり、委員会審議なしで本会議採決に持ち込むことも可能でしょうが、「生命にかかわる問題を強行採決した」ことになり、著しく不適当です。
さらには、「死の定義という倫理的、宗教的なことにまで踏み込まなくてはならない」という議員個人の生命観の問題にかかわるのです。ここまで遡るとなると、法改正の必要性があっても、そう簡単に改正することは難しいことになります。(後述する日経新聞は、A案、B案は与党提出の法案であるため、「民主党など野党は、改正法の審議に乗りにくかったのが実情」などとしてますが、根拠の乏しい下種の勘ぐりでしょう。日経新聞らしい態度とはいえますが。)
こういった2点を理由として、臓器移植法の改正が先送りになってきたわけです。
(2) ですが、最近になって、多少改正へ向けての活動が活発になっていることは確かです。次の記事にも、出ています。
「衆院の厚生労働省委員会に07年6月、臓器移植小委員会が設置され、12月に一度開かれた。厚労省関係者は「厚労委は年金問題や医師不足など課題山積で、臓器移植まで手が回らなかった。97年の法施行前に国を挙げて大論争になったことも、及び腰の原因」と指摘する。
事態を打開しようと、臓器移植に関連する各学会は、患者・家族団体と一体化して議員への陳情を活発化。家族と議員の懇談も実現し、国会の審議に向けた動きがわずかだが出始めた。
中山氏は「自分がまとめ役になって参院と調整中」と明言。4月11日には、中山氏と斉藤氏が法案について、一本化が可能かどうか調整を図った。公明党の坂口力元厚労相も、今国会での法案提出の動きがあることを示唆している。
A案、B案は与党提出の法案で、社民党の阿部知子衆院議員らが提出したC案は、移植を制限する内容。このため、民主党など野党は、改正法の審議に乗りにくかったのが実情だ。しかし、ここに来て民主党の中からも「政治家の良心で最終的な判断を」(長島昭久衆院議員)との声が上がり、署名活動が始まった。舛添要一厚労相は「国民の命にかかわる問題はどういう国会状況であれ、審議を早めてほしい」との認識だ。」(日経新聞平成20年5月11日付朝刊29面「臓器移植法 提供者「15歳以上」の壁 小児患者家族の訴え切実 改正の動きもジワリ」)
ここで出ているA案とB案の一本化とは、「書面で生前に臓器提供の意思表示をしておく必要がある現行法の原則は変えないが、一定年齢以下の子どもの場合は、保護者の承諾のみで可能とする内容を想定している。」(毎日新聞 2008年4月12日 東京朝刊)ようです。確かにAB案一本化の動きもありました。
また、国会での審議が中断している改正臓器移植法案について、舛添厚生労働相は4月25日、閣議後の記者会見で「国民の命にかかわることは審議を速めてもらいたい」と述べ、提案から2年経ても進展しない現状の打開を求めてもいます(読売新聞2008年4月26日)。大臣が進まぬ審議に注文を付けるのは異例でもあります。
(なお、日経新聞5月11日付朝刊29面の記事の前半は、臓器移植を待っていて受けられずに死亡した患者の遺族が3月19日、厚生労働省内で臓器移植法改正を訴えた記者会見について触れています。その点については、東京新聞はすでに詳しく報道済みです(「臓器移植法施行10年半、審議たなざらし〜患者の遺族“移植法改正案の早期審議を”と訴え(東京新聞3月20日付「こちら特報部」より)」(2008/03/21 [Fri] 23:08:57)参照)。また、この記事の後半は、海外渡航しての心臓移植は、費用が億単位となるなど様々な困難があることを強調しています。結局、日経新聞の記事は、小児の心臓移植のみについて触れた記事になっていますが、なぜ、臓器移植全般でないのか、意図が不明です。)。
(3) しかし、上で引用した日経新聞の記事は、すでに内容が古いものを再検討せずに掲載してしまったものであり、誤解を招くものであって妥当ではありません。今の状況は、次の記事内容こそが正確でしょう。
イ:AB案の一本化は、すでに4月24日の段階で撤回されているのです。
「改正2案の一本化を断念 臓器移植法で中山氏
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臓器移植法の改正をめぐり、有志議員が国会に提出した2法案の一本化を目指していた中山太郎元外相(自民)が、24日までに一本化提案を撤回した。同氏の事務所が明らかにした。(中略)
事務所によると、A案を強く支持する患者団体や与党議員が一本化に反対したほか、民主党内でも、A案での審議促進を求める署名を集める動きがあることから、中山氏が撤回したという。(共同)」(U.S. FrontLine(更新2008年04月24日 13:58米国東部時間))
一本化の内容にもよるとは思うのですが、A案を制限する法案になることは確かです。A案を支持する立場であれば、一本化に反対するのも自然な流れでしょう。
一本化は、B案を提出した与党である公明党への配慮としか言いようがないのですが、自民党が相変わらずくだらない調整をしていることがよく分かる出来事です。
ロ:北海道新聞(05/11 00:32)
「臓器移植法改正案 今国会も成立困難 与野党の3案に溝(05/11 00:32)
臓器提供者(ドナー)の年齢基準を十五歳以上から引き下げることを柱とする臓器移植法改正案は今国会も成立困難となった。与党議員から提出された二つの法案を一本化する調整が難航しており、野党議員提出の改正案との隔たりも大きい。患者の家族や医療現場からは「子供の命を救ってほしい」との切実な声が寄せられるが、合意の機運は生まれていない。
衆院厚生労働委員会では二〇〇六年提出の与党の二案がすでに審議入りしており、昨年十二月提出の野党案も九日に審議入りした。
しかし三案の溝は深い。与党の二案のうち、臓器移植により積極的なA案は脳死を人の死ととらえ、年齢制限を撤廃して家族の承諾のみで提供は可能としている。B案は提供は本人の意思表示と家族の承諾があった場合に限るとする現行法を基にドナーの年齢基準を十二歳以上に引き下げる内容。
与党内では四月中旬、一定年齢未満の子供は家族の承諾だけで臓器提供可能とする方向で一本化の調整に入る動きがあったが、A案支持の議員が「移植が必要な患者を救えない」などと反発し、着地点は見えていない。
また、野党議員提出のC案は子供の臓器移植には慎重な立場で、現行法で定める脳死の判定基準もより厳密に定義するなど与党案とは折り合わない内容。
一九九七年十月施行の臓器移植法には施行後三年をめどとした見直し規定があるが、十年を経過しても、なお脳死に関して国会のコンセンサスは得られていない。与党内では党議拘束を外して採決する考えも浮上しているが混乱は必至のため、「三案とも成立は難しい」(与党国対幹部)情勢だ。」
3案が提出されているといっても、小児での臓器移植を含めた臓器移植拡大を目指すAB案に対して、C案は、慎重な臓器移植、というと聞こえがいいですが、さらなる臓器移植の縮小と、小児における臓器移植の拡大をより縮小することを求めているのですから、調整がつくはずがありません。また、A案は「本人同意の原則」の例外を設けるものですが、C案の提出者の阿部議員は、「本人同意の原則を崩してはならない」とするのですから、AとC案は相容れないといえます。
AB案とC案は、臓器移植の拡大を求めるのか、それとも臓器移植にさらなる慎重さを求めるのか、という臓器移植に対する根本的な思想が違うのですから、C案が提出されたため、審議はますます進まないことになっているのです。
「臓器提供者(ドナー)の年齢基準を十五歳以上から引き下げることを柱とする臓器移植法改正案は今国会も成立困難となった。」(北海道新聞)
毎度のことではありますが、やはり今国会も成立困難となったようです。しかし、患者家族は、「一日でも早く審議進めて」と訴えています。東京新聞の記事を紹介しておきます。
「SOS臓器移植:臓器移植法改正へ、命の叫び 一日でも早く審議進めて
2008年5月9日
賛否両論が入り乱れ、「施行後3年を目途に、必要な措置を検討する」と明記された臓器移植法は、施行から10年半がたった。しかし、3つの改正案が出ているものの、審議は一向に進まず、患者、医師らには「命の問題。とにかく審議を」と焦りの色がにじむ。改正の行方は−。 (片山夏子)
◆「僕を治して」願い届かず
棚いっぱいのガンダムのプラモデルと漫画。差し込むやわらかな日差し。康輝(こうき)君=当時(11)=の部屋は、亡くなって4年の今も、変わりない。
大阪府大東市の会社員森本隆さん(45)夫妻の一人息子、康輝君は小学校二年の時、拡張型心筋症と診断され、医師から「移植しか道がないが、海外に行くしかない」と言われた。日本は15歳未満の人が臓器提供することを禁じている。かといって、小さな子どもに大人の臓器を移植するのも難しい。「親として生きるのをあきらめろとは言えなかった」
まだ自覚症状もない康輝くんは、運動禁止を告げられ、荒れた。「なぜ好きな水泳ができないんだ、走れるのに何で車いすなんだって」
でも、1ヵ月後、自ら「僕を治してください」と隆さんに言ってきたのを境に、過酷な水分制限にも耐え、「弁護士になりたい。僕みたいに移植を待つ人のためになりたい」と話すようになった。ただ、受け入れてくれる欧米諸国も、外国人枠は全移植の5%。「悪くならないと移植をしてもらえないので、悪くなるのを待つしかなかった」
「僕は人の心臓をもらわないと生きられないのだから、逆の立場になったら使えるものは使って」。康輝君に言われて隆さんは、はっとした。
医師に「移植の準備をしましょう」と言われたのが、五年生の夏。以後、強心剤はどんどん濃くなっていった。秋に受け入れ先が決まり、4千万円を目標に募金を始めたのが年末。実際にドイツに渡ったのは2004年2月末だった。点滴や酸素チューブをつけ、一日つけて伊丹空港から成田で乗り継ぎ、フランクフルトへ。さらに病院まで救急車で3時間。
◆「あと2ヶ月早かったら」
こんな「命がけの移動」をしたのに、翌日、容体が急変。そして5日後、脳死の宣告。「頭が真っ白になる中、康輝の言葉がよみがえった。そのまま灰にしてしまうのは、しのびない」。臓器提供を申し出、ドイツの少年2人などに、腎臓、膵臓(すいぞう)、角膜を提供した。
「あと2ヶ月早かったら」。医師のひと言が森本さんの脳裏を離れない。「3年待って2ヶ月…。悔しかった。日本で普通に移植ができるようにしてほしい」
「交通事故で家族を失った人が『提供を強制しないで』と言うの、分かるんです。移植のことを知らなくて、お子さんの臓器提供をと言われたら、怒り狂いますよ。強制されないようにする手だては必要。でも、提供してもいい人の気持ちが生きるようにしてほしい。いろいろな意見があることも含め、現状を知って考えてほしい。まずは法案審議を進めてほしい」
◆衆院に3案提出も 阿部氏「原則崩すな」 長島氏「政治の不作為」
現在、衆議院に3種類の改正案が提出されている。
A案は「脳死は人の死」とした上で、家族が脳死判定を拒否する権利を認め、判定しないことで死としない選択肢を残す。「本人が拒否していない限り、家族の同意で脳死判定と臓器提供ができる」と、提供条件を大幅に緩和し、臓器提供は15歳以上という現行の年齢制限を撤廃する。
B案は臓器提供は現行通り、本人と家族が同意したときのみとし、「15歳以上」を「12歳以上」に引き下げる。
C案は現行法よりも、脳死を厳密に定義。脳死判定基準も脳血流の途絶など厳格化し、生体間移植の範囲も狭める。
日本移植学会など関連25学会はA案を支持。患者らともに、「一日も早い審議入りを」と国会議員も回っている。
同会の寺岡慧(さとし)理事長は「こうしている間にも患者は亡くなっている」と話す。法制定後10年間で、心臓移植を待つ患者のうち臓器移植ネットワークに登録した290人中、30人が海外で移植。全体の3分の1が待機中に死亡した。「登録者は患者のごく一部。年間200―700人弱の患者がいると推定され、年間400人で推計すると、10年で約4千人が亡くなったことになる」。肝臓も登録者639人のうち、待機中に233人が死亡している。
「現行法ではなかなか移植が進まない。子どもは大人と臓器の大きさが違う。15歳以下の子どもは、日本に医療技術があるのに、海外に頼らざるを得ない。長い渡航は命にかかわる。いろいろな案が出ているし、とにかく審議をしてほしい」
厳格なC案を提案した社民党の阿部知子衆院議員は「脳死は人の死という国民合意はない。本人同意が前提の原則を崩してはならないし、子どもの脳死判定基準も確立されていない。提供が少ないからといって、先走ってはいけない」。
3案のほか、A、B案の折衷案の動きも出てきている。
今年3月、心臓移植を待ちながら亡くなった患者の遺族らが超党派の議員の前で現状を訴えた。それを受け、民主党の長島昭久衆院議員らが審議促進を求める署名を党内の議員から集め始めた。
「命にかかわる問題。法施行後10年の政治の不作為の責任は重い。脳死を人の死にするかどうかをはじめとして難しいはあるが、いずれにしても何の議論もせず放置するのは最悪。日本で解決できないことを海外に求めるのはどうかということもある」と話す。
A、B案は与党議員から出ているが、長島氏は「党議拘束をかける問題ではない。民主が応じていないという話も聞いたので、3案のどれということではなく、とにかく議論を始めるための行動を起こした。この問題は放置できない」。
A、B案が最初に提出されてから3年。これだけ案が出ているが、衆院が解散すれば廃案となり、また、法案出し直しから始めなくてはならなくなる。
自らも13年、人工透析をしている東京腎臓病協議会の榊原靖夫会長(65)は、いら立ちを隠さない。「3年で見直しといいながら、10年過ぎた。賛成でも反対でも、とにかく審議されていないことには何も進まない。命にかかわる一刻も争う問題。なぜこれほど進まないのか」
<デスクメモ>
一心同体の家族ばかりではない。脳死をめぐっては、きれいごとで済まない事もあるだろう。一方で、臓器移植を切に願う患者さんがいる。なんとか、セーフティーネットを設けて、双方が心安らかになれる制度をつくれないものか。意見が違っても、議員たちの動機が票稼ぎでないことが救いだ。 (隆)」
この記事については、この1点に注目したいと思います。
「こんな「命がけの移動」をしたのに、翌日、容体が急変。そして5日後、脳死の宣告。「頭が真っ白になる中、康輝の言葉がよみがえった。そのまま灰にしてしまうのは、しのびない」。臓器提供を申し出、ドイツの少年2人などに、腎臓、膵臓(すいぞう)、角膜を提供した。
「あと2ヶ月早かったら」。医師のひと言が森本さんの脳裏を離れない。「3年待って2ヶ月…。悔しかった。日本で普通に移植ができるようにしてほしい」
「交通事故で家族を失った人が『提供を強制しないで』と言うの、分かるんです。移植のことを知らなくて、お子さんの臓器提供をと言われたら、怒り狂いますよ。強制されないようにする手だては必要。でも、提供してもいい人の気持ちが生きるようにしてほしい。いろいろな意見があることも含め、現状を知って考えてほしい。まずは法案審議を進めてほしい」」
患者側も、脳死状態だからといって、事実上強制するような形での臓器提供を求めることは望んでいないのです。「提供してもいい人の気持ちが生きるようにしてほしい」ということなのです。現行法では15歳以上でないと、脳死での臓器提供ができないのですが、個人差はあるが、15歳未満でも自分で理解して意思を示すことができる子どもはいるのですから、その意思を尊重してほしいということなのです。
脳死下で臓器を提供できるのは、患者が大学病院などの「臓器提供施設」に運ばれた場合に限るため、臓器提供の意思をドナーカードに残しても生かされないことが多いのです。また、小児医療体制そのものが非常に今深刻な実態にあるため、臓器移植法を改正しようとしても、小児での臓器移植は事実上、困難です。この点でも、現状においては臓器提供者の提供意思を生かせる態勢は十分ではないことを示しています。
小児での臓器移植に限らないのですが、「強制されないようにする手だては必要」です。これは、日本では、いまだに、臓器提供者側に対するケアが十分ではないといえるのです。米国では、全米58ヶ所にある臓器調達機関、OPOの中に専門のスタッフがいてドナー家族をフォローしているのに対して、日本にはそういった体制が不十分なのです。
しかも、どんなに体制を整えたとしても、日本では、医療に対する不信感が根強いために、「十分な治療をしないで臓器提供を求めてるのではないか」という不信感をもたらし、臓器提供の意思が広がらない結果を生じさせているのだと思うのです。(人間に対する情を持たない医師や、患者の情報を漏らし患者を罵倒するなど社会常識に欠けた医師が目立つようになったことが医療不信に輪をかけています。)
3.このように、臓器移植法の改正論議は、移植医療体制全般に及ぶような広がりのある問題です。本来、改正しなくても、移植医療体制の改善を図ることはできるのですから、行政や国会は、本気で臓器移植全般について改善を望むのであれば、さっさと多くの手立てをとればよいのです。しかし、行政や国会は何もしていません。
(元々、厚労省に期待していませんが)、多職種がかかわる脳死移植は病院の総合力が試されることから、本気で臓器移植の拡大に取り組んでいる医療機関が乏しく、生命観にかかわる問題であるため、国会議員の側に本気で取り組むことに二の足を踏んでしまうことにこそ、問題があるように思えてなりません。
そうはいっても、臓器移植法の改正の審議を始めることは重要です。国会での論議は、国民に対して、移植医療に目を向けさせ、移植医療に対する理解を広げることができるからです。改正する前から臓器移植を拡大する効果も生じさせることもあるかもしれません。
臓器移植法改正の審議の開始を、そして、移植医療体制全般の改善を望みます。
あと日本はドナーとレシピエントの接触を許可していない制度は改めるべきだろう。 米国は確かドナーとレシピエントは接触出来るし、当然レシピエントはドナーの墓参りに行ったりもする。
臓器移植ってのは人間にとって人生で最後で最大のボランティアでありプレゼントでもある。 精神的に負い目を感じない様にと臓器移植ネットワークは言うが、負い目を終えないなら臓器移植など受ける資格は無いと俺は思う。
金を払えとかでなく、臓器をくれた人の人生を知り、感じてその人の分も長く生きて命日に感謝の墓参に行く事はレシピエントの義務の筈だ。
URL | 迷い猫 #z2xLwfM.[ 編集 ]
>長い間人の死は心停止という認識があり臓器移植の為だけに拙速に議論しようとしてる方が問題
>病院で生死の堺をさまよっている親族に「脳死だから臓器提供されますか?」と言えるか考えてみたら分かるだろう
そうですね。事故なので脳死状態に陥り、家族は混乱しているまま……。なかなか、臓器提供にまで思い切れないのが現実ですね。たとえ、もう遺体になってしまったと納得できたとしても、「遺体を傷つけるのは嫌だ」という意識は根強いですから。
もし、臓器移植法を改正して提供条件を緩和したとしても、そう臓器提供が激増することはないのが現実でしょうね。
>あと日本はドナーとレシピエントの接触を許可していない制度は改めるべきだろう。 米国は確かドナーとレシピエントは接触出来るし、当然レシピエントはドナーの墓参りに行ったりもする。
以前毎日新聞の記事にもでていたことですが、マイアミ大の臓器調達機関(OPO)の運用では、一定条件を満たせば、ドナー家族がレシピエントに会うこともできるようですね。
「ドナー家族がレシピエントに会うことのできる制度もある。OPOを通じて半年間、手紙のやり取りをし、双方が望めば面会する。過去2年間で13家族がレシピエントに会ったという。「ドナー家族は、亡くなった家族が他の人の中で生き続けることを確認できる。お互いに臓器移植が『命の贈り物』であることを実感する貴重な機会になるようです」と話す。」(毎日新聞)
ただ、日本でも、ドナー家族とレシピエントとの交流は、なされていることは確かです。(ドナーとレシピエントが特定され、家族単位で出会うわけではありませんが)
「ドナーとファミリーに感謝 臓器移植者と家族交流
名古屋で献花やスピーチ
臓器提供をした人たちに感謝を伝える「ドナーとファミリーに感謝する会」(NPO法人日本移植者協議会東海支部主催)が9日、中村区名駅のキャッスルプラザで開かれた。
臓器提供者の家族(ドナーファミリー)74人、移植者(レシピエント)35人を含む約130人が参加。出席者全員によるドナーへの献花=写真=、全国移植者スポーツ大会のビデオ上映ほか、移植者による感謝のスピーチがあり、名古屋第二赤十字病院の打田和治医師が、移植による効能を解説した。
18年前に腎臓移植を受けた崎久保訓正さんは「あなたの命が私の命を支えています。少しでも長く私と一緒にいてください」と感謝のスピーチを行った。臓器提供意思表示カードの記載に基づき、3年半前に心臓、腎臓、角膜を提供した息子を持つ三河地方の男性(69)は、苦しかった思い出を語りながらも「息子の体の一部を生かしていただき感謝している」と現在の心境を語った。
自身も9年前に腎臓移植を受けた主催者の同法人支部長山本登さん(62)は、「ドナーとドナーファミリーの善意があっての移植医療。レシピエントの感謝の気持ちが伝われば」と話した。
(2007年9月11日 読売新聞)」
http://chubu.yomiuri.co.jp/kenko/kenko070911_1.htm
どんな形であれ、何からの交流をもつことは、ドナー家族のケアになりますし、良いことだと思います。
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