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2008/04/28 [Mon] 17:10:23 » E d i t
犯行時、被告に善悪を判断する能力(責任能力)があったかどうかを調べる(正式な)精神鑑定で「心神喪失状態であり、責任能力なし」とされながら、裁判官が有罪としたのが妥当かどうかが問われた裁判の上告審判決が4月25日、最高裁第2小法廷でありました(読売新聞)。

 

 「争われていたのは、二〇〇三年六月、東京都北区で、被告の男(39)が、統合失調症による幻視や幻覚で「ばかにされた」と思い込み、塗装店の経営者=当時(62)=を殴って死亡させた事件。検察側の簡易鑑定では「心神耗弱」とされたが、刑事裁判の弁護側と検察側の正式鑑定で、いずれも「心神喪失」と診断された。(中略)

 一審判決は、鑑定結果を踏まえて心神喪失により無罪としたが、二審判決は、被告が正常に社会生活を送っていた部分を重視して心神耗弱により懲役三年の逆転有罪としていた。」(東京新聞平成20年4月26日付朝刊29面「『精神鑑定意見 尊重を』 傷害致死で最高裁 審理差し戻し」


最高裁第二小法廷(古田佑紀裁判長)は4月25日、「専門家たる精神医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には,鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり,鑑定の前提条件に問題があったりするなど,これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り,その意見を十分に尊重して認定すべき」との判断を示しました。

その上で、今回のケースでは、「鑑定人は十分な資質を備え、診察方法も問題ない。両鑑定は基本的に高い信用性があった」と判断し(日経新聞4月26日付38面)、心神喪失という鑑定結果を採用せずに、心神耗弱だったとして懲役3年の実刑とした2審判決を破棄、審理を東京高裁に差し戻しました。

この最高裁の判断は、被告の責任能力の有無を判断するのは、あくまでも裁判所だとする従来の判例を踏襲した上でのものではあるとはいえ、明確な制約を加えるため「事実上の判例変更」(東京新聞)であり、今後の責任能力の判断の有無につき、重大な影響を与えるものであり、極めて重要です。

東京都渋谷区の自宅マンションで06年12月、夫(当時30)を殺害し、遺体を切断して遺棄したとして、殺人などの罪に問われた三橋歌織被告(33)に対し、東京地裁(河本雅也裁判長)は4月28日、公判では、検察側、弁護側双方の精神鑑定がいずれも「心神喪失」であったのに、なぜか責任能力を認めて懲役15年(求刑懲役20年)の判決を言い渡しています。この点についても少し触れたいと思います。



1.報道記事を幾つか。

(1) 朝日新聞平成20年4月26日付朝刊38面

「心神喪失」で有罪はダメ…「鑑定尊重を」最高裁初判断
2008年04月26日06時20分

 裁判で2度実施された精神鑑定の結果がいずれも刑事責任能力がない「心神喪失」だったのに、二審判決で「心神耗弱」で有罪とされた男性被告(39)の上告審で、最高裁第二小法廷(古田佑紀裁判長)は25日、「鑑定結果は信用でき、心神耗弱と認めるのは困難」として、二審判決を破棄し、さらに審理を尽くすため東京高裁に差し戻す判決を言い渡した。

 第二小法廷は判決の中で「専門家である精神科医の意見は、公正さや能力に疑いがあったり、鑑定の前提条件に問題があったりするなどの採用できない事情がない限り、十分に尊重するべきだ」とする初めての判断を示した。

 東京・渋谷のマンションで夫を殺害し、遺体をバラバラにして遺棄したとして殺人の罪などに問われている三橋歌織被告(33)の裁判でも、2人の医師による被告の精神鑑定の結果は、ともに「心神喪失」の意見だった。28日に東京地裁で判決が言い渡される予定で、判断が注目される。

 この日の裁判は、03年に東京都北区で、かつて勤務していた塗装店の経営者を殴って死なせたとして、男性が傷害致死罪に問われ、犯行当時、統合失調症による幻聴などにどの程度支配されていたかが争点となっていた。

 一審・東京地裁判決は、「心神喪失」とした鑑定結果に基づき無罪。しかし、二審は「犯行前後は合理的な行動をとっていた」として、鑑定結果を採用せず、「心神耗弱」で懲役3年としていた。

 この日の判決で第二小法廷は、被告の責任能力の有無を判断するのは、あくまでも裁判所だとする従来の判例を踏襲した上で、一審と二審で実施された精神鑑定の中身を検討。「鑑定人としての資質を十分備えており、結論を導く過程にも誤りはない。いずれも基本的に信用できる」と結論づけた。」



(2) 読売新聞平成20年4月26日付朝刊38面

責任能力「鑑定結果十分に尊重すべき」…最高裁が初判断

 犯行時、被告に善悪を判断する能力(責任能力)があったかどうかを調べる精神鑑定で「責任能力なし」とされながら、裁判官が有罪としたのが妥当かどうかが問われた裁判の上告審判決が25日、最高裁第2小法廷であった。

 古田佑紀裁判長は「鑑定医の公正さや能力に疑いがあるなど、特別な事情がなければ、鑑定結果を十分に尊重すべきだ」とする初判断を示し、被告の責任能力を認めて有罪とした2審・東京高裁判決を破棄、審理を差し戻した。

 上告していたのは、東京都内で2003年、昔の勤務先の経営者を殴って死なせたとして傷害致死罪に問われた塗装工の男性被告(39)。判決によると、被告は事件当時、経営者からバカにされるなどの幻覚や幻聴に襲われ、犯行に及んだ。

 1審・東京地裁は「心神喪失状態で、責任能力はなかった」とする鑑定結果を重視し、無罪とした。控訴審の精神鑑定でも同様の鑑定結果が出されたが、東京高裁は、被告が普通の社会生活を送っていたことや犯行後に自首したことなどを理由に、責任能力を認め、懲役3年としていた。

 この日の最高裁判決は、「責任能力の判断は裁判所に委ねられる」としながらも、「鑑定結果を採用できない合理的な事情がない以上、鑑定を十分に尊重すべきだ」と指摘。二つの鑑定結果に反する2審判決を違法とした。

 刑法は、責任能力のない心神喪失者の行為は罰せず、責任能力が低下した心神耗弱者については刑を軽減すると規定している。

(2008年4月25日23時51分 読売新聞)」



(3) 毎日新聞2008年4月26日東京朝刊

東京・北区の傷害致死:最高裁「精神鑑定、尊重を」 被告の責任能力で初判断

 ◇統合失調症被告

 統合失調症の被告の責任能力が争われた事件の上告審判決で、最高裁第2小法廷(古田佑紀裁判長)は25日、「精神医学者の鑑定は、公正さに疑いがあったり前提条件に問題があるなどの事情がない限り、十分に尊重すべきだ」との初判断を示した。そのうえで心神喪失と判断した精神鑑定を採用せずに被告を有罪とした2審・東京高裁判決を破棄し、審理を差し戻した。

 判例では、無罪となる心神喪失や刑が減軽される心神耗弱に当たるかどうかは、精神鑑定のほかに生活状態や動機なども総合的に考慮して裁判所が判断。今回の判決は、判例を踏まえつつ、責任能力の判断にあたって精神鑑定結果を重視するよう求めたものだ。市民が参加する裁判員制度を見据え、裁判員が短期間で判断しやすい基準を示したといえる。

 この事件は、03年に東京都北区で元雇い主の男性を殴って死なせたとして塗装工(39)が傷害致死罪で起訴された。1、2審で計2回実施された精神鑑定はともに心神喪失と結論。1審は鑑定に基づき無罪としたが、2審は「犯行態様に異常はなく、当時の状況も詳細に記憶している」と鑑定結果を採用せず懲役3年を言い渡した。小法廷は「鑑定の信用性は高く、2審が挙げた事情では責任能力があったとはいえない」と指摘した。【北村和巳】

毎日新聞 2008年4月26日 東京朝刊」




2.最高裁平成20年4月25日判決を引用しておきます。

「事件番号:平成18(あ)876
事件名:傷害致死被告事件
裁判年月日:平成20年04月25日
法廷名:最高裁判所第二小法廷
裁判種別:判決
結果:破棄差戻し
判例集巻・号・頁

原審裁判所名:東京高等裁判所
原審事件番号:平成16(う)3318
原審裁判年月日:平成18年03月23日

判示事項
裁判要旨
1 責任能力判断の前提となる精神障害の有無及び程度等について,専門家たる精神医学者の鑑定意見等が証拠となっている場合には,これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り,裁判所は,その意見を十分に尊重して認定すべきである。
2 統合失調症による幻覚妄想の強い影響下で行われた傷害致死の行為について,被告人が正常な判断能力を備えていたとうかがわせる多くの事情があるからといって,そのことのみによって心神喪失ではなく心神耗弱にとどまっていたと認めるのは困難とされた事例」



「     主   文

 原判決を破棄する。
 本件を東京高等裁判所に差し戻す。

     理   由

 弁護人浦崎寛泰及び被告人本人の各上告趣意は,いずれも事実誤認,量刑不当の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。

 しかしながら,所論にかんがみ職権をもって調査すると,原判決は,刑訴法411条1号,3号により破棄を免れない。その理由は,以下のとおりである。

 第1 本件の事実関係等と原判断

 1 原判決の認定及び記録によれば,本件の事実関係等は次のとおりである。

  (1) 被告人は,発症時期が平成8年4月ころにさかのぼると見られる統合失調症により,平成14年2月ころからは,人のイメージが頭の中に出てきてそれがものを言うという幻視・幻聴や,頭の中で考えていることを他人に知られていると感じるなどの症状が現れるようになった。そのような異常体験の中でも,被告人が平成3年11月から平成6年4月まで稼働していた塗装店の経営者(本件被害者。以下「被害者」という。)が「ばかをからかってると楽しいな。」などと被告人をからかったり,「仕事で使ってやるから電話しろ。」などと話しかけてくる幻視・幻聴が特に頻繁に現れ,これに対し,被告人が,その呼び掛けに応じて被害者に電話をして再就職を申し出ると,同人からそれを断られ,またそのすぐ後に電話しろという声が聞こえたことから電話を掛けるということを繰り返すなどしたことがあった。被告人は,このような幻視・幻聴が続く中で,被害者が自分のことをばかにしていると憤りを覚えるようになり,平成15年1月か2月ころには,酔った上,交際相手の女性の前で,被害者を殴りに行くなどと言い出し,同女にたしなめられて思いとどまったということがあった。

  (2) 被告人は,平成15年6月24日,朝から「仕事に来い。電話をくれ。」と言う被害者の声が聞こえ,新しく決まったアルバイト先に初めて出勤するために地下鉄に乗った際にも,頭の中に被害者の顔が現れ,何度も「こいつは仕事に行きたくねえんだ。」などと話す声が聞こえたため,被害者が被告人の仕事に行くのを邪魔しようとしていると腹を立て,被害者を殴って脅かしてやろうと思い,前記塗装店に向かった。しかし,被告人は,同店付近で被害者が現れるのを待っていたところ,頭の中に昔の知り合いのホステスが出てきて,「純ちゃんが怒ってるから早く出てきなさいよ。」などと被害者に声を掛けている幻聴が聞こえるなどしたため,自分の行動が人に見られていると感じてその日は被害者を殴るのをやめ,そのまま帰宅した。その後,被告人は,本件当日である同月27日までの間,被害者や今まで働いた職場の者らが頭の中に頻繁に出てくる幻視・幻聴に混乱し,仕事に行く気になれず,自宅にこもっていた。

  (3) 同月27日も,被害者が頭の中に現れ,「仕事に来い。電話しろ。」と前記塗装店での仕事を誘う声が聞こえ,同塗装店に電話を掛けて呼出し音を1回させてからすぐ切るということを2回ほどしたが,被害者に対する腹立ちが収まらず,被害者を二,三発殴って脅し,自分をばかにするのをやめさせようなどと考え,同日午後6時ころ,自転車で自宅を出発し,上記塗装店から徒歩で約5分の距離にあって,被告人がパチンコに行く際に自転車をとめる場所で自転車を降り,そこから歩いて同塗装店に向かった。

  (4) 被告人が同塗装店の通用口から店内に入り,作業場,事務室を経て社長室に至ると,被告人を見た被害者がどうしたのかという感じでへらへら笑っているように思え,被告人は,被害者の顔面等を数発殴った上,店外に逃げ出した被害者を追い掛け,路上で更にその顔面を1発殴った。そして,あお向けに倒れた被害者を見て,ふざけてたぬき寝入りをしているのだと思い,その太もも付近を足で突くようにけった。しかし,通行人が来たのでそれ以上の暴行を加えることなく,その場を立ち去った。被害者は,被告人による上記一連の暴行により頭部を同店備品,路面等に打ち付け,よって,同年7月3日午後7時50分ころ,搬送先の病院において,外傷性くも膜下出血により死亡した(以下,被告人の被害者に対する上記一連の暴行を,「本件行為」又は「本件犯行」という。)。

  (5) 被告人は,本件行為後,交際相手の女性の家に行き,一緒に食事を取るなどした後,自宅に戻ったが,同年6月28日,被害者が重体であるという新聞記事を見るなどして怖くなり,自首した。

  (6) なお,被告人は,精神科医の診療を受けていたが,統合失調症と診断されたことはなく,被告人の同居の実母,交際相手も,被告人が統合失調症等の精神疾患にり患していると疑ったことはなかった。

 2 被告人の本件行為当時の精神状態については,原審までに,以下のような鑑定人ないし専門家の意見が証拠として取り調べられている。

  (1) 捜査段階でいわゆる簡易精神鑑定を担当した医師佐藤忠彦は,その作成に係る精神衛生診断書(以下「佐藤鑑定」という。)において,被告人は,本件行為当時,統合失調症による幻覚妄想状態の増悪期にあり,心神喪失の可能性は否定できないが,本件行為に至る行動経過は合目的的であり,かつ,著明な残遺性変化がないことなどから,是非弁別能力と行動制御能力を完全に喪失していたとはいい得ないとして,心神耗弱相当であるとの所見を示している。

  (2) 他方,第1審で裁判所から被告人の精神鑑定を命じられた医師坂口正道は,その作成に係る鑑定書及び公判廷における証言(以下「坂口鑑定」という。)において,被告人は,本件行為当時,統合失調症の激しい幻覚妄想状態にあり,直接その影響下にあって本件行為に及んだもので,心神喪失の状態にあったとする。そして,被告人が,一方で現実生活をそれなりにこなし,本件行為の前後において合理的に見える行動をしている点は,精神医学では「二重見当識」等と呼ばれる現象として珍しくはなく,本件行為に至る過程で,被告人が一定の合理的な行動を取っていたことと被告人が統合失調症による幻覚妄想状態の直接の影響下で本件行為に及んだことは矛盾しないという。

  (3) また,原審で,医師保崎秀夫は,上記(1)(2)を含む検察官から提供された一件記録を検討した意見として,原審公判廷における証言及びその意見書(以下「保崎意見」という。)において,被告人の本件行為当時の症状は統合失調症が慢性化して重篤化した状態ではなく,心神耗弱にとどまるとの所見を示している。

  (4) さらに,原審で裁判所から被告人の精神鑑定を命じられた医師深津亮は,上記(1)ないし(3)の各鑑定及び意見を踏まえ,さらに,被告人に対する診察や諸検査を行った上,その作成に係る鑑定書及び公判廷における証言(以下「深津鑑定」という。)において,次のように述べている。すなわち,被告人は統合失調症にり患しており,急性期の異常体験が活発に生じる中で次第に被害者を「中心的迫害者」とする妄想が構築され,被害者は被告人に対し様々なひぼう中傷や就職活動の妨害を働く存在として認識されるようになり,被告人において,それらの妨害的な行為を中止させるため攻撃を加えたことにより本件行為は生じたと考えられ,幻覚妄想に直接支配された行為とはいえないが,統合失調症が介在しなければ本件行為は引き起こされなかったことは自明である。被告人は,一方では「人に対して暴力を振るいけがさせたり,殺したりすることは悪いこと」との認識を有していたが,他方では異常体験に基づいて本件暴行を加えており,事物の理非善悪を弁識する能力があったということは困難であり,仮にこれがあったとしても,この弁識に従って行動する能力は全く欠けていたと判断される。

 3(1) 第1審判決は,上記坂口鑑定に依拠し,本件行為は激しい幻覚妄想に直接支配されたものであり,被告人は本件行為当時心神喪失の状態にあったとして被告人に無罪を言い渡した。これに対し,検察官が控訴し,原判決は,被告人は心神耗弱にとどまるとして,第1審判決を事実誤認を理由に破棄し,被告人に対し懲役3年を言い渡した。

  (2) 原判決の理由の要旨は次のようなものである。すなわち,被害者を二,三発殴って脅し,自分をばかにするのをやめさせようなどと考えたという動機の形成,犯行に至るまでの行動経過,こぶしで数発殴ったという犯行態様,あるいは,通行人が来たことから犯行現場からすぐに立ち去ったという経緯には,特別異常とされる点がなく,これらは,了解が十分に可能である。そして,「電話しろ。」という作為体験はあっても,「殴り付けろ。」という作為体験はなく,幻聴や幻覚が犯行に直接結び付いているとまではいえない。しかも,被告人は,本件犯行及びその前後の状況について,詳細に記憶しており,当時の意識はほぼ清明であるということができる上に,本件犯行が犯罪であることも認識していたと認められる。そして,犯行後に被告人が自首していること,被告人がそれなりの社会生活を送り,仕事をしようとする意欲もあったことなどの諸事情にも照らすと,被告人は,本件犯行時,統合失調症にり患していたにしても,それに基づく心神喪失の状態にあったとは認められず,せいぜい心神耗弱の状態にあったものというべきである。坂口鑑定及び深津鑑定は,いずれも採用することができない。

 第2 当裁判所の判断

 しかしながら,原判断は,是認できない。その理由は,次のとおりである。

 1 坂口鑑定及び深津鑑定の評価について

  (1) 被告人の精神状態が刑法39条にいう心神喪失又は心神耗弱に該当するかどうかは法律判断であって専ら裁判所にゆだねられるべき問題であることはもとより,その前提となる生物学的,心理学的要素についても,上記法律判断との関係で究極的には裁判所の評価にゆだねられるべき問題である(最高裁昭和58年(あ)第753号同年9月13日第三小法廷決定・裁判集刑事232号95頁)。しかしながら,生物学的要素である精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に与えた影響の有無及び程度については,その診断が臨床精神医学の本分であることにかんがみれば,専門家たる精神医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には,鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり,鑑定の前提条件に問題があったりするなど,これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り,その意見を十分に尊重して認定すべきものというべきである。

  (2) この観点から坂口鑑定及び深津鑑定を見ると,両医師とも,いずれもその学識,経歴,業績に照らし,精神鑑定の鑑定人として十分な資質を備えていることはもとより,両鑑定において採用されている諸検査を含む診察方法や前提資料の検討も相当なもので,結論を導く過程にも,重大な破たん,遺脱,欠落は見当たらない。また,両鑑定が依拠する精神医学的知見も,格別特異なものとは解されない。そして両者は,本件行為が統合失調症の幻覚妄想状態に支配され,あるいは,それに駆動されたものであり,他方で正常な社会生活を営み得る能力を備えていたとしても,それは「二重見当識」等として説明が可能な現象であって,本件行為につき,被告人が事物の理非善悪を弁識する能力及びこの弁識に従って行動する能力を備えていたことを意味しないという理解において一致している。このような両鑑定は,いずれも基本的に高い信用性を備えているというべきである。

  (3) しかるに,原判決は,両鑑定が,被告人に正常な精神作用の部分があることについて「二重見当識」と説明するだけでこれを十分検討していないとして,その信用性を否定している。しかし,両鑑定は,本件行為が,被告人の正常な精神作用の領域においてではなく,専ら病的な部分において生じ,導かれたものであることから,正常な精神作用が存在していることをとらえて,病的体験に導かれた現実の行為についても弁識能力・制御能力があったと評価することは相当ではないとしているにとどまり,正常な部分の存在をおよそ考慮の対象としていないわけではないし,「二重見当識」により説明されている事柄は,精神医学的に相応の説得力を備えていると評し得るものである。また,原判決は,深津鑑定については,前提事実に誤りがあるとも指摘するが,当たらないものである。

 そうすると,以上のような理由から前記(2)のように基本的に信用するに足りる両鑑定を採用できないものとした原判決の証拠評価は,相当なものとはいえない。

 2 諸事情による総合判断について

  (1) 被告人が犯行当時統合失調症にり患していたからといって,そのことだけで直ちに被告人が心神喪失の状態にあったとされるものではなく,その責任能力の有無・程度は,被告人の犯行当時の病状,犯行前の生活状態,犯行の動機・態様等を総合して判定すべきである(最高裁昭和58年(あ)第1761号同59年7月3日第三小法廷決定・刑集38巻8号2783頁)。したがって,これらの諸事情から被告人の本件行為当時の責任能力の有無・程度が認定できるのであれば,原判決の上記証拠評価の誤りは,判決に影響しないということができる。そこで,更にこの観点から検討する。

  (2) 信用に値する坂口鑑定及び深津鑑定に関係証拠を総合すれば,本件行為は,かねて統合失調症にり患していた被告人が,平成15年6月24日ころから急性に増悪した同症による幻聴,幻視,作為体験のかなり強い影響下で,少なくともこれに動機づけられて敢行されたものであり,しかも,本件行為時の被告人の状況認識も,被害者がへらへら笑っていたとか,こん倒した被害者についてふざけてたぬき寝入りをしているのだと思ったなどという正常とはいえない,統合失調症に特有の病的色彩を帯びていたものであることに照らすと,本件行為当時,被告人は,病的異常体験のただ中にあったものと認めるのが相当である。

  (3) 他方において,原判決が説示するように,本件行為の動機の形成過程は,その契機が幻聴等である点を除けば,了解が可能であると解する余地がある。また,被告人が,本件行為及びその前後の状況について,詳細に記憶しており,その当時の意識はほぼ清明であること,本件行為が犯罪であることも認識し,後に自首していること,その他,被告人がそれなりの社会生活を送り,就労意欲もあったことなど,一般には正常な判断能力を備えていたことをうかがわせる事情も多い。

 しかしながら,被告人は,同種の幻聴等が頻繁に現れる中で,しかも訂正が不可能又は極めて困難な妄想に導かれて動機を形成したと見られるのであるから,原判決のように,動機形成等が了解可能であると評価するのは相当ではないというべきである。また,このような幻覚妄想の影響下で,被告人は,本件行為時,前提事実の認識能力にも問題があったことがうかがわれるのであり,被告人が,本件行為が犯罪であることも認識していたり,記憶を保っていたりしても,これをもって,事理の弁識をなし得る能力を,実質を備えたものとして有していたと直ちに評価できるかは疑問である。その他,原判決が摘示する被告人の本件前後の生活状況等も,被告人の統合失調症が慢性化した重篤な状態にあるとはいえないと評価する余地をうかがわせるとしても,被告人が,上記(2)のような幻覚妄想状態の下で本件行為に至ったことを踏まえると,過大に評価することはできず,少なくとも「二重見当識」によるとの説明を否定し得るようなものではない。

  (4) そうすると,統合失調症の幻覚妄想の強い影響下で行われた本件行為について,原判決の説示する事情があるからといって,そのことのみによって,その行為当時,被告人が事物の理非善悪を弁識する能力又はこの弁識に従って行動する能力を全く欠いていたのではなく,心神耗弱にとどまっていたと認めることは困難であるといわざるを得ない。

 3 結論

 以上のとおり,本件記録に徴すると,被告人が心神耗弱の状態にあったとして限定責任能力の限度で傷害致死罪の成立を認めた原判決は,被告人の責任能力に関する証拠の評価を誤った違法があり,ひいては事実を誤認したものといわざるを得ない。これが判決に影響することは明らかであって,原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。

 ところで,坂口鑑定及び深津鑑定は,統合失調症にり患した者の病的体験の影響下にある認識,判断ないし行動は,一方で認められる正常な精神作用により補完ないし制御することは不可能であるという理解を前提とするものと解されるが,これと異なる見解の有無,評価等,この問題に関する精神医学的知見の現状は,記録上必ずしも明らかではない。また,被告人は,本件以前にも,被害者を殴りに行こうとして,交際相手に止められたり,他人に見られていると思って思いとどまったりしているほか,本件行為時にも通行人が来たため更なる攻撃を中止するなどしており,本件行為自体又はこれと密接不可分な場面において,相応の判断能力を有していたと見る余地のある事情が存するところ,これをも「二重見当識」として説明すべきものなのか,別の観点から評価検討すべき事柄なのかについて,必ずしも明らかにはされていない。さらに,被告人は本件行為の翌日に自首するなど本件行為後程ない時点では十分正常な判断能力を備えていたとも見られるが,このことと行為時に強い幻覚妄想状態にあったこととの関係も,坂口鑑定及び深津鑑定において十分に説明されているとは評し難い。本件は,被告人が正常な判断能力を備えていたように見える事情も相当程度存する事案であることにかんがみると,本件行為当時の被告人の責任能力を的確に判断するためには,これらの点について,精神医学的知見も踏まえて更に検討して明らかにすることが相当であるというべきであり,当裁判所において直ちに判決するのに適しているとは認められない。

 よって,刑訴法411条1号,3号,413条本文により原判決を破棄し,更に審理を尽くさせるため本件を原裁判所に差し戻すこととし,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

 検察官總山哲公判出席

(裁判長裁判官 古田佑紀  裁判官 津野修  裁判官 今井功  裁判官 中川了滋)」



(1) この判決のうち重要なのは、次の点です。今後の裁判すべてにおいて、この責任能力の判断基準・方法を通用していくものだからです。

 「被告人の精神状態が刑法39条にいう心神喪失又は心神耗弱に該当するかどうかは法律判断であって専ら裁判所にゆだねられるべき問題であることはもとより,その前提となる生物学的,心理学的要素についても,上記法律判断との関係で究極的には裁判所の評価にゆだねられるべき問題である(最高裁昭和58年(あ)第753号同年9月13日第三小法廷決定・裁判集刑事232号95頁)。

 しかしながら,生物学的要素である精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に与えた影響の有無及び程度については,その診断が臨床精神医学の本分であることにかんがみれば,専門家たる精神医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には,鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり,鑑定の前提条件に問題があったりするなど,これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り,その意見を十分に尊重して認定すべきものというべきである。」(*原文と異なり、段落を分けた)



従来の判例は、責任能力(刑法39条)の判断については法律判断だからとして、裁判所が鑑定に拘束されずに、精神医学上の判断である精神障害さえも自由に評価できるとしていたのです(最決昭和58・9・13)。しかし、裁判所は、法律については専門家であっても、精神障害という生物学的要素について全くの素人です。それなのに、裁判所は、処罰の必要性を意図として、素人くさい勝手な理屈を付けて、精神鑑定の無視することを平気で行ってきました。これに対しては、臨床精神医学という専門分野を無視するものであり、精神鑑定に意味があるのか、という疑問がありました。

そのようなごく自然な疑問を取り入れ、本判決は、従来の判例と異なり、精神医学の専門家の判断を十分に尊重せよとしたわけです。本判決は、「生物学的要素である精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に与えた影響の有無及び程度については,その診断が臨床精神医学の本分である」という理由を述べていますが、あまりにも当然の理由といえます。今まで、こうした至極真っ当な理由を無視してきたこと自体が、おかしなことだったのです。

判決文では、責任能力(刑法39条)の判断については、裁判所が鑑定に拘束されずに自由に判断できるとしていた、従来の判例(最決昭和58・9・13)を変更するとの明示はしていません。しかし、本判決は、<1>「鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり」という鑑定人自身に問題があるか否か、<2>「鑑定の前提条件に問題」というように診察方法や前提資料の検討という外観上、明らかな問題があるか否か、という点につき合理的な疑いがない限り、鑑定「意見を十分に尊重して認定すべき」というのです。

鑑定人自身の問題や外観上明らかな問題がない限り、いわば「鑑定に拘束」されるのですから、「鑑定に拘束されない」として自由裁量だった従来の判例は明確に制約されたといえます。ですから、判決文において判例変更との明示はなくても、実質的には判例変更であるため、事実上の判例変更と評価すべきです。



(2) なお、責任能力(刑法39条)の判断につき、裁判所が鑑定に拘束されずに自由に判断できるとしていた、従来の判例(最決昭和58・9・13)を前提として、最高裁昭和59年7月3日決定(刑集38巻8号2783頁)は、その法律判断としての責任能力の判断方法につき、鑑定書全体の記載内容とその余の精神鑑定の結果、ならびに記録により認められる被告人の犯行当時の病状、犯行前の生活状態、犯行の動機・態様等を総合判断するとしていました。これは、法律判断は消極的なものではなく、鑑定を積極的に排除する方法を示したものでした(刑法判例百選1総論(第6版)69頁〔林美月子〕)。

この判決が出たため、統合失調症であっても動機の了解可能性や犯行の記憶等を根拠に完全責任能力とするものが散見されるようになりました(仙台地判平成17・8・18平17(わ)173号、青森地判平成18・2・15平17(わ)268号。刑法判例百選1総論(第6版)69頁)。

しかし、こうした昭和59年決定の判断方法は、「鑑定に拘束されない」ことが前提であり、鑑定人自身の問題や外観上明らかな問題がないのにも関わらず、鑑定書を積極的に排除し、鑑定をなかば無視することを肯定したものですから、本判決に反するものです。ですから、この判断方法は事実上消滅したというべきです。

もっとも、本判決によったとしても、鑑定人自身の問題や外観上明らかな問題があり、鑑定人の判断を採用しない合理的な理由がある場合には、裁判所の自由裁量による方法が復活するのだとして、昭和59年決定の判断方法が生き残るとも、一応、考えることも可能です。

しかし、鑑定人の判断を採用しない合理的な理由がある場合には、別の鑑定人による適正な鑑定を行うことが最も合理的であり、精神医学につき素人である裁判所が、しゃしゃり出て来るのはおかしなことです。やはり、本判決により、最高裁昭和59年7月3日決定が示した判断方法は、事実上消滅したというべきでしょう。本判決の影響力はかなり大きいといえそうです。
追記:本判決でも昭和59年決定を引用しているので、維持されているとの理解もできそうです。しかし、昭和59年決定は鑑定を積極的に排除する方法を示したものでしたから、本判決と相容れないものです。ですから、昭和59年決定の位置づけや使い方が問題となりそうです。少なくとも、「鑑定を積極的に排除する方法」として使うことは困難でしょう。)




3.解説記事を幾つか。

(1) 東京新聞平成20年4月26日付朝刊38面「解説」

結果軽視の流れ歯止めも

 「専門家による鑑定結果を尊重せよ」とのメッセージを強く打ち出した最高裁の判断は、刑事責任能力の有無が争点となる今後の裁判に、大きな影響を与えそうだ。

 刑事責任能力は「善悪の判断能力」と「自分の意思で行動を制限する力」を総合して判断される。

 欠如なら「心神喪失」で無罪、著しく弱いと「心神耗弱」で刑が減軽される。

 最高裁判例では「精神鑑定はあくまでも参考で、究極的には裁判所が判断する」とされるが、「今回の判決に従えば、裁判所の判断が鑑定結果に拘束されやすくなる。事実上の判例変更に近い」と話す関係者もいる。

 弁護士の一人は「鑑定を軽視し、検察側主張に沿って有罪を出しがちだった流れに歯止めがかかる」と歓迎。ある鑑定医は、「無罪だと世論の反発を呼びそうな著名事件で、鑑定を否定し、有罪にしてきた」とこれまでの司法の姿勢を批判する。

 今回の判断には、来年始まる裁判員裁判で混乱を防止する意図も含まれているとみられる。

 だとすれば、裁判員を拘束する懸念もある。数日間の審理で素人が鑑定を否定するのは困難だからだ。

 28日には、東京・渋谷の夫バラバラ殺人事件で、今回と同様に検察・弁護側双方の鑑定人が「心神喪失」と判断した三橋歌織被告(33)の判決がある。東京地裁の判断が注目される。  (出田阿生)」




(2) 読売新聞平成20年4月26日付朝刊38面「解説」

公正審理へ一歩

 この日の最高裁判例は、「裁判官は鑑定結果には拘束されない」という従来の刑事裁判の“常識”を、根底から問い直すものだ。

 過去の裁判では、精神鑑定の結果とは全く異なる判決が出たり、同じ精神鑑定結果に基づきながら1、2審で判断が分かれたりするケースが少なくなかった。しかし、こうした事態は国民には極めて分かりにくい。

 来年5月には、国民が刑事裁判に参加する裁判員制度が始まる。責任能力は、裁判員裁判の対象になる殺人や放火などの事件で問題となることが多く、警察庁の統計では、殺人犯の10%、放火犯の15%に精神障害の疑いがあるとされる。

 国民が、責任能力の有無を見極めるという難しい判断を迫られた際、よりどころとなるのは専門家の鑑定結果だ。特別な事情がなければそれを尊重すべきだとした判決は、国民にとって分かりやすく公正な裁判の実現を目指すべきだというメッセージといっていい。  (足立大)」




(3) 本判決は、従来の判例と異なり、精神医学の「専門家による鑑定結果を尊重せよ」とのメッセージを示したわけですが、今更ながらのもので遅いくらいのものであって、ごく当然の判断でした。「鑑定を軽視し、検察側主張に沿って有罪を出しがちだった流れに歯止めがかかる」(東京新聞)ことは確かでしょう。

なぜこのようなメッセージを出したかというと、やはり裁判員制度の実施が目前に控えているからでしょう。各紙、指摘しているとおりです。

「今回の判決は、判例を踏まえつつ、責任能力の判断にあたって精神鑑定結果を重視するよう求めたものだ。市民が参加する裁判員制度を見据え、裁判員が短期間で判断しやすい基準を示したといえる。」(毎日新聞)

「今回の判断には、来年始まる裁判員裁判で混乱を防止する意図も含まれているとみられる。」(東京新聞)

「来年5月には、国民が刑事裁判に参加する裁判員制度が始まる。責任能力は、裁判員裁判の対象になる殺人や放火などの事件で問題となることが多く、警察庁の統計では、殺人犯の10%、放火犯の15%に精神障害の疑いがあるとされる。

 国民が、責任能力の有無を見極めるという難しい判断を迫られた際、よりどころとなるのは専門家の鑑定結果だ。」(読売新聞)



「裁判官は鑑定結果には拘束されない」という従来の刑事裁判の“常識”を、根底から問い直すものだ」というのは多少大げさな感はありますが、真実といえます。裁判員制度が実施されるからこそ、責任能力の判断方法を事実上変更したのです。

良くいえば、「来年始まる裁判員裁判で混乱を防止する意図も含まれている」とか「裁判員が短期間で判断しやすい基準」を示すためということになるのでしょう。裁判員が、短期間の法廷で、従来の裁判のような精神医学の専門家の判断を無視して、いわば「自由奔放な判断」を行うことは不可能であり、収拾がつかなくなってしまうからです。

こういう理由は表向けの理由であり、裁判所にとっては、裁判員制度が恐怖だからだというのが本音といえる理由でしょう。裁判官にとっては、今までは国民がどんなに非難しようとも、裁判の外からの批判だったので無視できたのですが、裁判官の性質からすると、裁判員制度の実施により、裁判員(国民)から直接、面と向かって非難され、内外からの非難が殺到するのはとても怖いと推測できるからです。(裁判員制度への強烈な批判は、元裁判官ばかりであることも指摘しておきます)

読売新聞の解説では、「特別な事情がなければそれを尊重すべきだとした判決は、国民にとって分かりやすく公正な裁判の実現を目指すべきだというメッセージといっていい」としています。しかし、いまさらながら「公正(公平?)な裁判の実現を目指す」というのもおかしな話です。最高裁がそんなメッセージを発するなんて、深読みしすぎでしょう。

責任能力の判断方法につき、真っ当な判断に変わることは実に妥当なこととはいえるのですが、裁判員制度というあまり賛成できない制度が契機であり、それもあまり褒められる本音が裏にあるため、複雑な思いがします。



(4) なお、東京都渋谷区の自宅マンションで06年12月、夫(当時30)を殺害し、遺体を切断して遺棄したとして、殺人などの罪に問われた三橋歌織氏(33)に対し、東京地裁(河本雅也裁判長)は4月28日、公判では、検察側、弁護側双方の精神鑑定がいずれも「心神喪失」であったのに、なぜか責任能力を認めて懲役15年(求刑懲役20年)の判決を言い渡しています。

河本裁判長は、「鑑定結果は参考意見にすぎず、責任能力の判断は裁判所が行う」としていますが、鑑定結果の十分な尊重を求めた最高裁平成20年4月25日判決に反します。また、東京地裁は、精神鑑定結果について「信用性を疑う事情はない」と判断しており、「鑑定人は十分な資質を備え、診察方法も問題ない」ケースであるのに、「心神喪失」という鑑定結果を無視して被告人の完全責任能力を認めており、この点でも最高裁平成20年4月25日判決に反します。

東京地裁は最高裁平成20年4月25日判決を意識しているようですが、この東京地裁の判断は最高裁平成20年4月25日判決と明らかに矛盾しますので、東京地裁は最高裁判決の意味をまったく理解できておらず、(実質的には)最高裁をまったく無視したとさえいえるものです。ですから、もし被告人側が控訴した場合、東京高裁では1審判決を破棄し、無罪となる可能性が極めて高いと思われます。

最高裁判決に対立

 三橋歌織被告の弁護人の話 刑事責任能力の判断は、精神鑑定を尊重すべきだとした今月二十五日の最高裁判決に反し不当だ。一方で、夫から暴行を受け続けて精神に障害を生じていたという経緯は弁護側の主張を認めており評価できる。被告はどんな判決でも控訴しないと話していたが、弁護人は控訴すべきだと考えており、相談して対応を決める。」(東京新聞平成20年4月28日付夕刊「【関連】重くみた『決意の凶行』 『重大で残酷、無残』」


この弁護人の見解は極めて妥当です。最高裁判決後に、その最高裁と明らかに矛盾する下級審判例が確定することは法適用の統一性に反するので、その観点からも控訴が望ましいと考えます。


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コメント
この記事へのコメント
>鑑定結果の十分な尊重を求めた最高裁平成20年4月25日判決に反します。また、東京地裁は、精神鑑定結果について「信用性を疑う事情はない」と判断しており、「鑑定人は十分な資質を備え、診察方法も問題ない」ケースであるのに、「心神喪失」という鑑定結果を無視して被告人の完全責任能力を認めており、この点でも最高裁平成20年4月25日判決に反します

単純に最高裁判決の出る前に判決を作ってしまい、書き直せなかったからでは?4/25(金)に最高裁判決出て、土日休みで、28日です。28日に関係者に弁論再開を言い渡してやり直すということ?
検察は再鑑定を要求していましたが、これも認めてしかるべきでしょうか?
2008/04/28 Mon 17:22:00
URL | YO!! #-[ 編集 ]
>YO!!さん:2008/04/28 Mon 17:22:00
コメントありがとうございます。


>単純に最高裁判決の出る前に判決を作ってしまい、書き直せなかったからでは?4/25(金)に最高裁判決出て、土日休みで、28日です。

↓で触れたように、東京地裁は最高裁判決を意識した判決文になっています。ある程度、書き直したことは確かでしょうね。単に、ろくに直す気がなかっただけでしょう。東京地裁が、ちゃんと最高裁判例の意味を理解できなかったのが、一番問題ですね。

「東京・夫殺害切断事件:東京地裁平成20年4月28日判決の検討<再論>~最高裁平成20年4月25日判決と明らかに矛盾する判断を開陳するなんて正気なのだろうか?」
http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-1084.html


>28日に関係者に弁論再開を言い渡してやり直すということ?

弁論は不要ですね。裁判所の側が、精神鑑定結果を十分に尊重する判断を行えばよいだけの話ですから。


>検察は再鑑定を要求していましたが、これも認めてしかるべきでしょうか?

東京地裁の段階で再鑑定を認めるべきだったのか否か?ですか、それとも、もし被告人が控訴した場合には、東京高裁でも、地裁で検察側が要求していたように、再鑑定を認めるべきかということですか?

後者の点について答えておきます。
最高裁は、「鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり,鑑定の前提条件に問題があったりする」などの場合でなければ、鑑定を尊重するとしました。

この判断を前提にすれば、東京地裁の段階での2人の鑑定人については、「鑑定人の公正さや能力に疑い」はなく、「鑑定の前提条件」にも問題がないので、再鑑定を認める必要性はありません。最高裁の論理を貫けばそうなりますが、控訴するかも分からないですし、なんともいえません。
2008/04/29 Tue 23:21:58
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
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2008/09/18 Thu 17:01:46
| #[ 編集 ]
>非公開コメントの方へ:2008/09/18 Thu 17:01:46
コメントありがとうございます。
非公開のコメントであり、プライバシーも考慮して、コメントの趣旨を挙げてお返事したいと思います。


>犯罪を実行しても精神鑑定で罪が軽くなったり無罪となるのはおかしいのではないか。人はみな平等なのだから。

その点については、「刑法39条は削除すべきなのか?(中)~39条を削除し責任無能力でも処罰するとどうなるか?」(http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-1305.html)をご覧下さい。

問題だと思うのは、精神障害のある人が殺人事件などを起こすたびに、その事件とは無関係の精神障害者やその家族までもが、社会の中で肩身の狭い思いになってしまっていることです。「犯罪にかかわりを持つ精神障害者はごくごく一部である」(法律時報74巻2号)のに。

精神障害者が社会で多くの偏見にさらされ、社会の中で圧倒的に不利益を受けている状況を、粘り強く正していくことが、医療関係者や法律家など「知る者」の務めではないかと思います。このブログもその一助となればと思っています。
2008/09/19 Fri 00:04:01
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>↓で触れたように、東京地裁は最高裁判決を意識した判決文になっています。ある程度、書き直したことは確かでしょうね。単に、ろくに直す気がなかっただけでしょう。東京地裁が、ちゃんと最高裁判例の意味を理解できなかったのが、一番問題ですね。

時間がなければそうなるでしょうね。


>弁論は不要ですね。裁判所の側が、精神鑑定結果を十分に尊重する判断を行えばよいだけの話ですから。


危険な発想です。今回と異なり、被告に不利な最高裁判決が出された場合でも、被告に弁論の機会を与えることなく、不利な判決が出されることに成りかねません。


結局、弁論を再開すればいいだけのことと思われます。


2008/09/19 Fri 13:12:49
URL | YO!! #-[ 編集 ]
>YO!!さん:2008/09/19 Fri 13:12:49
コメントありがとうございます。


>>↓で触れたように、東京地裁は最高裁判決を意識した判決文になっています。ある程度、書き直したことは確かでしょうね。単に、ろくに直す気がなかっただけでしょう。東京地裁が、ちゃんと最高裁判例の意味を理解できなかったのが、一番問題ですね。
>時間がなければそうなるでしょうね

時間がなければ「ろくに直す気がなかった」で済むとでも? 時間がなければ「ちゃんと最高裁判例の意味を理解できなかった」で済むとでも? 法律のプロなんですから、そうした言い訳は通用しません。どの世界でも、プロには「いい加減にやっていい」という言い訳は通用しないと思いますが。


>危険な発想です。今回と異なり、被告に不利な最高裁判決が出された場合でも、被告に弁論の機会を与えることなく、不利な判決が出されることに成りかねません。
>結局、弁論を再開すればいいだけのことと思われます

YO!!さんは、何を問題にしていたのか、すっかり忘れてます。ご自分が持ち出したのですから、ご自分のコメントをまずご確認下さい。

YO!!さんは、この事件において、「28日に関係者に弁論再開を言い渡してやり直すということ?」、すなわち、東京地裁が平成20年4月28日に弁論を再開する必要があったのか否か、を問うてきたのです。ですから、「今回と異なり」ということであれば、論外です。

だいたい弁論を再開する必要があるか否かは個別具体的な裁判によるのですから、一般化したり別の裁判に妥当する話ではありません。

なお、YO!!さんは「今回と異なり、被告に不利な最高裁判決が出された場合」と書いていますが、最高裁平成20年4月25日判決自体は、被告人に有利とか不利とかになっていません。
2008/09/20 Sat 23:05:52
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>時間がなければ「ろくに直す気がなかった」で済むとでも? 時間がなければ「ちゃんと最高裁判例の意味を理解できなかった」で済むとでも? 法律のプロなんですから、そうした言い訳は通用しません。どの世界でも、プロには「いい加減にやっていい」という言い訳は通用しないと思いますが。

時間がなければそうなるといっているので、だから、弁論を再開して時間をとるべしと考える次第です。


>「今回と異なり」ということであれば、論外です。

今回が前例となるのを危惧するだけです。あなたが単に被告に有利だかというだけで判例を考慮すべきと主張していると考えただけです。そうでないのであれば安心です。


>だいたい弁論を再開する必要があるか否かは個別具体的な裁判によるのですから、一般化したり別の裁判に妥当する話ではありません。

今回に限れば判決言い渡しを中止し、弁論再開すべきと考えます。判決言い渡し日に弁論再開っていうもの不規則のように思えますが、被告人の保護の観点から認めるべきかと思います。









2008/09/21 Sun 22:54:09
URL | YO!! #-[ 編集 ]
>YO!!さん:2008/09/21 Sun 22:54:09
コメントありがとうございます。


>時間がなければそうなるといっているので、だから、弁論を再開して時間をとるべしと考える次第です。

本当に判決文を修正する時間がなければ、判決公判期日を延期すれば足ります。


>今回が前例となるのを危惧するだけです

弁論の再開につき前例ですか? 何冊か注釈書を見ても「前例」自体見たらないのですけどね。元々、個別具体的な裁判によりますし、基準となるような事例でもないので、「前例」にならないでしょう。


>今回に限れば判決言い渡しを中止し、弁論再開すべきと考えます。判決言い渡し日に弁論再開っていうもの不規則のように思えますが、被告人の保護の観点から認めるべきかと思います

「被告人の保護」というと、職権主義的発想ですので問題がありますが、被告人の防御の利益をより保障するという意味なのでしょう。

とはいえ、「弁論の再開」とは、裁判官が、適当と認めるときに、検察官、被告人もしくは弁護人の請求によりまたは職権で、いったん終結した弁論(公判審理)を再開することです(刑訴法313条1項)。弁論の再開は、以前の主張立証が不備であったり、弁論終結後に(事実関係につき)新たな事情が生じた場合など、弁論終結後取調べの必要が生じたときになされます(青柳文雄ほか「註釈刑事訴訟法(第3巻)(立花書房、昭和53年)267頁など)。

弁論終結後に最高裁がでたわけですが、その最高裁が示したのは、「鑑定医の公正さや能力に疑いがあるなど、特別な事情がなければ、鑑定結果を十分に尊重すべきだ」とする判断基準です。鑑定医の公正さや能力の確認は基本的事項であるので元々明らかであり、どういう判断基準だったのか、その意味は、といった単なる「判例研究会」は、「取調べの必要」にあたるというのは無理な話です。「弁論の再開」の理由は見当たらないのです。

刑訴法313条1項は、弁論の再開につき、当事者、弁護人の申立権を認めているわけですが、この事件では、弁論再開の申立をしたとの事実は見当たりません。当事者が必要を感じていないのに、裁判官に対して、「弁論再開すべき」だったと強調するのも妙な話です。日本の刑事裁判は当事者主義が基本であり、その当事者主義の中核は、当事者追行主義なのですから。
2008/09/23 Tue 22:25:57
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>判決公判期日を延期すれば足ります。

延期するついでに当事者の意見を聞くくらいどうってことはないかと思います。確かにその分時間がかかりますが、最高裁の判決を検討して意見を述べるだけであればそれほど時間もかからないと思いますし、判決に影響を及ぼす重要な最高裁の判決なので慎重な態度が望まれます。


>弁論の再開につき前例ですか? 

被告人の知らないうちに裁判官が心証形成するの危険性です。判決は裁判所に提出された証拠、主張をもとにされるべきものと理解しております。弁論が終結したあと出てきた判例を判決の基礎に据えるのは、当事者にとって不意打ちで公正とはいえないかと考えた次第です。


>弁論終結後に最高裁がでたわけですが、その最高裁が示したのは、「鑑定医の公正さや能力に疑いがあるなど、特別な事情がなければ、鑑定結果を十分に尊重すべきだ」とする判断基準です。鑑定医の公正さや能力の確認は基本的事項であるので元々明らかであり、どういう判断基準だったのか、その意味は、といった単なる「判例研究会」は、「取調べの必要」にあたるというのは無理な話です。「弁論の再開」の理由は見当たらないのです。

であれば、弁論終結後の最高裁判決を考慮する必要性はありませんし、考慮しなかったからというだけで判決を責めるべきではないかと思いますが。弁論終結後の最高裁判決を無視して判決すればよかったのですね。
2008/09/24 Wed 09:33:37
URL | YO!! #-[ 編集 ]
>YO!!さん:2008/09/24 Wed 09:33:37
コメントありがとうございます。

一般論としては、公正な裁判の実現のため、十分に審理をつくすべきであり、なるべく「弁論の再開」をする方がいいとは思います。

ただ、刑訴法313条1項の「弁論の再開」の現在の解釈論上は、今回のケースは弁論を再開する理由としては無理に近いです。もちろん、「不意打ち」という抽象論では、説得力が乏しいですし。YO!!さんの主張は、刑訴法313条1項の現行解釈論から外れています。刑訴法313条1項の解釈論を変更すべきだというのでしょうか。

大体、法解釈・法適用は裁判所の専権事項ですから、当事者の主張の有無にかかわらず裁判所は判断を下すことができます。基準を示した判例が出たからといって、当事者の意見を聞くべきという理由にはなりません。

YO!!さんの主張は、「被告人の保護の観点から認めるべき」とか職権主義の発想である点でも、認めるのが困難です。検察・弁護側という当事者が、「弁論の再開」を求めていないのに、弁論再開すべきと強調するのも、職権主義的です。

色々と書いたことから分かると思いますが、YO!!さんの主張は、現行刑訴法の解釈上は、無理が多いように思います。


>延期するついでに当事者の意見を聞くくらいどうってことはないかと思います

どうってことはないと思っても、「弁論の再開」の理由がなければ、再開しません。


>被告人の知らないうちに裁判官が心証形成
>判決は裁判所に提出された証拠、主張をもとにされるべきものと理解しております

とりあえず、YO!!さんの考えにそって検討しておきます。

刑事訴訟における事実の認定は、証拠に基づき(刑訴法317条、証拠裁判主義)、裁判官の自由な心証において行われます(刑訴法318条、自由心証主義)。ただし、「公知の事実」(最決昭和41・6・10)や、裁判所が職務上の経験によって知りえた「裁判上顕著な事実」(最判昭和30・9.13)については証明は不要です。ごく直前にでた判例であり、広く周知されている判例ですから、証明不要です。

もっとも、今回のケースは、「当事者の主張や証拠」が必要な事実認定の話ではなくて、判例の適用という法解釈・適用の問題です。法解釈・法適用は裁判所の専権事項ですから、当事者の主張の有無にかかわらず裁判所は判断を下すことができます。


>最高裁の判決を検討して意見を述べるだけであればそれほど時間もかからない

法解釈・法適用は裁判所の専権事項ですから、当事者の主張の有無にかかわらず裁判所は判断を下すことができます。時間がかかるか否かの問題ではありません。裁判所は、「当事者を呼びつけて聞き出せ」というのですか? それとも、恩恵として「意見を聞いてあげましょう」ということなのですか?


>当事者にとって不意打ちで公正とはいえない

「不意打ち」であるなら、まず当事者が「不意打ちで不利益を受けるおそれがある」と主張して、弁論再開を主張するべきでしょう。現行刑事訴訟法は当事者主義を採用しているのですから。当事者が「弁論再開」を主張していないのに、裁判所が「不意打ち」とあると「弁論再開してあげる」という「お守」をするのは妙です。

法解釈・法適用は裁判所の専権事項ですから、最高裁判例がでて、その最高裁判例につき、当事者の意見を聞かずに適用したところで、「不意打ち」であると批判するのも妙ですね。


>>「弁論の再開」の理由は見当たらないのです。
>弁論終結後の最高裁判決を考慮する必要性はありませんし、考慮しなかったからというだけで判決を責めるべきではないかと思いますが

「弁論の再開」の理由がないから、「弁論を再開」しないというだけのことです。「弁論の再開」の理由がないからといって、「弁論終結後の最高裁判決を考慮する必要性はありませんし、考慮しなかったからというだけで判決を責めるべきではないかと思います」という結論になりません。


>考慮しなかったからというだけで判決を責めるべきではないかと思いますが
>弁論終結後の最高裁判決を無視して判決すればよかったのですね

下級の裁判所は最高裁判決を無視できません。なぜなら、上級の裁判所が下した判断は下級の裁判所を拘束しますし(裁判所法4条参照)、最高裁判所の判例に反する判決であることは、上告理由となりますので(刑事訴訟法405条2号3号)。

なお、東京地裁平成20年4月28日判決に関しては、「東京・夫殺害切断事件:東京地裁平成20年4月28日判決の検討<再論>~最高裁平成20年4月25日判決と明らかに矛盾する判断を開陳するなんて正気なのだろうか? 」(http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-1084.html)、「渋谷・短大生殺害事件:東京地裁平成20年5月27日判決は、鑑定結果を尊重して兄に懲役7年の判決に~やっと平成20年最高裁判決に従った判決が出たようだ……。」(http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-1168.html)をご覧下さい。
2008/09/25 Thu 22:25:17
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>「弁論の再開」を求めていないのに、弁論再開すべきと強調するのも、職権主義的です。

弁論の再開を当事者が求めたら再開すべきというご意見でしょうか?不利になる側はなんとしても件の判決が本件に適用されないように主張したいのでは。


>当事者の主張の有無にかかわらず裁判所は判断を下すことができます。時間がかかるか否かの問題ではありません。裁判所は、「当事者を呼びつけて聞き出せ」というのですか? それとも、恩恵として「意見を聞いてあげましょう」ということなのですか?

当事者に主張を求めるだけです。主張が無ければ無いで、あればそれを考慮して判断すればいいかと思いますが。


>法解釈・法適用は裁判所の専権事項ですから、最高裁判例がでて、その最高裁判例につき、当事者の意見を聞かずに適用したところで、「不意打ち」であると批判するのも妙ですね。

専権事項だから当事者が主張すること自体を認めないと?弁論終了前に最高裁判決が出ていれば不意打ちとはいえませんが、判決言い渡し直前に出てきて、裁判では適用の有無が争われなかった最高裁判決を考慮するのは当事者にとって不意打ちのように感じられます。


>下級の裁判所は最高裁判決を無視できません

当該判決は、弁論終了後に出されたから、考慮しなくてもよいのでは?弁論終結時までに出された証拠、主張のみが判決の基礎となるように理解していますが?

いずれにしても、貴方の結論としては、判決言い渡し日を延期すべきだったということでしょうか。

今回と違い、被告、検察双方の鑑定でも責任能力ありと判断されたが、裁判所は責任能力なしと心証し判決文を書いた場合も、同様に被告人に不利な判決文に書き直して判決するということになりそうですね。
2008/09/26 Fri 09:54:31
URL | YO!! #-[ 編集 ]
>YO!!さん:2008/09/26 Fri 09:54:31
コメントありがとうございます。

YO!!さん頑張りますよね~。 しかし、「今回のケースにおいて、当事者の弁論再開の申請がないのに、裁判所は職権で弁論の再開をすべきだった」というYO!!さんの主張は、刑訴法313条1項の「弁論の再開」の解釈論上、無理です。


「弁論の再開は、傷害罪における被害者の傷害の程度の悪化、示談の成立等犯罪事実の内容及び情状に関係する新たな事実の発生した場合のほか、結審前に生じていた事実につき新たに重要な証拠を発見した場合等に行われることが多い。現行法上、第1審判決時の基準時は判決時と解されるから(382の2、393参照)、右のような場合は積極的に弁論を再開すべきである。この点に関し、検察官の弁論再開申請が基本的な事実に関する証拠間の矛盾を解明するための補充立証を予定するもので、その立証事項の重要性及び必要性が高度のものであるうえ、右立証を許容したとしてもそれほど長時間を要するとは認められない事情がある場合、右申請を却下しても直ちに被告人を無罪とする判決を言い渡すことは、弁論再開に関する裁判所の合理的裁量の範囲を著しく逸脱するとした判例がある(東京高判昭55・5・6高刑集33・2・176)。
 このほか、弁論の再開は、結審後の裁判官の死亡等裁判が不能となる事態を防止するためにも行われる。」(新垣英郎・小林充・香城敏麿・佐々木史朗『新版注釈刑事訴訟法(第4巻)』(立花書房、平成9年)416頁)。

弁論の再開が行われるのは、新たな事実が発生したり、結審前に生じていた事実につき新たに重要な証拠を発見した場合、結審後に裁判官が死亡した場合などです。今回のケースでは、新たな事実が生じたわけでもなく、「証拠」(刑訴法317条)に当たらない「最高裁判例」がでただけですから、弁論を再開する理由になりません。

また、「現行法上、第1審判決時の基準時は判決時と解されるから(382の2、393参照)」、弁論終結後判決前にでた最高裁判例に従うことも何も問題がありません。


以前に書いたように、「今回のケースにおいて、当事者の弁論再開の申請がないのに、裁判所は職権で弁論の再開をすべきだった」というYO!!さんの主張は、<1>刑訴法313条1項の解釈論上認めることが困難、<2>現行刑訴法が原則として採用している当事者追行主義という訴訟構造にそぐわない、<3>全く異論のない「法解釈・法適用は裁判所の専権事項であり、当事者の主張の有無にかかわらず裁判所は判断を下すことができる」という訴訟法の基本原則と一致しない、という3点の問題点があります。

YO!!さんの主張は、この3点について十分な反論をする必要があります。


>不利になる側はなんとしても件の判決が本件に適用されないように主張したいのでは。
>判決言い渡し直前に出てきて、裁判では適用の有無が争われなかった最高裁判決を考慮するのは当事者にとって不意打ちのように感じられます

今回は、検察側、弁護側とも弁論の再開を申請していません。ですから、当事者としては、「件の判決が本件に適用されないように主張したい」わけでもなく、不意打ちになるとも感じていないように思います。


>貴方の結論としては、判決言い渡し日を延期すべきだったということでしょうか

この事件のケースでは、判決言い渡し期日を延期する必要はありません。東京地裁は、予定通りの期日に、最高裁平成20年4月25日判決を尊重した判決を出せばよかっただけのことです。

東京地裁平成20年4月28日判決を読むと分かりますが、東京地裁は、最高裁平成20年4月25日判決を意識して色々と姑息な理由を付けて言い訳していますので、最高裁判決を理解する時間がなかったとはいえません。姑息な理由を考えるという無駄なことをするくらいなら、最高裁を尊重すればいいのにと、思います。


>今回と違い、被告、検察双方の鑑定でも責任能力ありと判断されたが、裁判所は責任能力なしと心証し判決文を書いた場合も、同様に被告人に不利な判決文に書き直して判決するということになりそうですね

最高裁平成20年4月25日判決が出ている以上、非現実的な講壇事例ですね。それに「今回と違い」という場合は、論外です。なぜ、「今回と違うケースでどうか?」と何度も聞いてくるのか、その意味がよく分かりません。あくまで今回のケースの場合の手続の妥当性について論じているのに。
 
2008/09/30 Tue 05:13:43
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>刑訴法313条1項の「弁論の再開」の解釈論上、無理です。

だからといって、姑息な言い訳に終始する判決でもよいとはいえませんが。


>検察側、弁護側とも弁論の再開を申請していません。ですから、当事者としては、「件の判決が本件に適用されないように主張したい」わけでもなく、不意打ちになるとも感じていないように思います。

被告側が再開を申立ていれば最高裁判決をきちんと考慮した判決が出されたかもしれないのにね。


>東京地裁平成20年4月28日判決を読むと分かりますが、東京地裁は、最高裁平成20年4月25日判決を意識して色々と姑息な理由を付けて言い訳していますので

そうなってしまったのは時間がなかったからでは?
姑息な言い訳だからこそ短い時間で済んだのでは?
さらに、当事者に主張させてその意見を聞けば、姑息な言い訳にもならなかったように思われます。

そもそも、同じ事件で同じ最高裁判決を考慮したのですよね? 貴方はもとより裁判所も? それで、裁判所と貴方とで見解が異なるとはどういうことでしょうか? 素人目からみれば、専門家でも判断を違える難しい問題と思われます。そうしますと、弁論を再開して慎重に審理したら?というのは当然の結論になりますが。


>最高裁平成20年4月25日判決が出ている以上、非現実的な講壇事例ですね。

非現実的であることは重々承知です。しかし、貴方の主張を加味すれば、この事例では被告に不利な判決になること間違いありませんね。

>それに「今回と違い」という場合は、論外です。なぜ、「今回と違うケースでどうか?」と何度も聞いてくるのか、その意味がよく分かりません。あくまで今回のケースの場合の手続の妥当性について論じているのに。

手続きの妥当性を単に被告に有利になるかならないかだけで貴方が判断しているように思えるからです。だから被告人が不利になる事例を出しただけです。
2008/09/30 Tue 09:44:46
URL | YO!! #-[ 編集 ]
>YO!!さん:2008/09/30 Tue 09:44:46
コメントありがとうございます。まだ、この問題を引っ張るとは……。


>>刑訴法313条1項の「弁論の再開」の解釈論上、無理です。
>だからといって、姑息な言い訳に終始する判決でもよいとはいえませんが

<1>刑訴法313条1項の解釈論上認めることが困難、<2>現行刑訴法が原則として採用している当事者追行主義という訴訟構造にそぐわない、<3>全く異論のない「法解釈・法適用は裁判所の専権事項であり、当事者の主張の有無にかかわらず裁判所は判断を下すことができる」という訴訟法の基本原則と一致しない、という3点の問題点について、YO!!さんは、十分な反論・解決策を提示できていないので、「今回のケースでは弁論の再開はできない」ということで、結論を見たということになります。

YO!!さんの気持ちはともかくとして、弁論の再開をすべきか否かは、刑訴法313条1項をはじめとする法解釈論なのですから、十分な法解釈論を展開できなければ、その主張は認められません。


>被告側が再開を申立ていれば最高裁判決をきちんと考慮した判決が出されたかもしれないのにね
>そうなってしまったのは時間がなかったからでは?
>姑息な言い訳だからこそ短い時間で済んだのでは?

すべてYO!!さんの空想ですよね。空想には付き合えません。法解釈論は、空想することではないので。

どんなに空想をめぐらしても、YO!!さんは、<1>刑訴法313条1項の解釈論上認めることが困難、<2>現行刑訴法が原則として採用している当事者追行主義という訴訟構造にそぐわない、<3>全く異論のない「法解釈・法適用は裁判所の専権事項であり、当事者の主張の有無にかかわらず裁判所は判断を下すことができる」という訴訟法の基本原則と一致しない、という3点の問題点について、十分な反論・解決策を提示できなければ、主張として認めることはできません。単に空想しただけでは、十分な反論にもなりません。


>非現実的であることは重々承知です

分かっているのであれば、答えることはありません。法解釈論は、およそ非現実的なことを想定して論じても無意味ですから。
2008/10/01 Wed 06:40:58
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>十分な法解釈論を展開できなければ、その主張は認められません。

「認める」との主体は誰でしょうか?裁判所が弁論を再開するかどうかという話ですが。


>すべてYO!!さんの空想ですよね。空想には付き合えません。法解釈論は、空想することではないので。

姑息な言い訳というのは貴方の空想でしょうか?
姑息な言い訳が現実にあったとして、それがどうして発生したのでしょうか?時間が流れからいって、時間が足りなかった、というのが先ず考えられる要因ではないでしょうか?貴方は姑息は言い訳になってしまった原因をどのように考えているのですか?

解釈云々といってますが、従前の解釈を墨守することより、姑息は言い訳に終始しない判決を出すことに価値を見出すべきではないかと考える次第です。

いずれにしても法律の専門家の間でも判断を違えた以上、今後は拙速にことを運ぶべきではないというのが結論ですね。
よって、今回の判決で最高裁判決を意識するのであれば、少なくとも判決言い渡し日を延期すべきだったというのが反省点といえます。また、当事者は暢気に構えるのではなく、積極的に主張申立の活動をしていくべきでしょう。

2008/10/01 Wed 09:34:03
URL | YO!! #-[ 編集 ]
(追伸)

件の最高裁判決では、
「責任能力判断の前提となる精神障害の有無及び程度等について,専門家たる精神医学者の鑑定意見等が証拠となっている場合には,これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り,裁判所は,その意見を十分に尊重して認定すべきである。」
とあります。
したがいまして、本件においても、「採用し得ない合理的な事情」が認められるか否かは争点になり得ますね。必ずしも判決言い渡し当日に検討、判断できるとは言い切れません。
2008/10/01 Wed 09:37:42
URL | YO!! #-[ 編集 ]
>YO!!さん:2008/10/01 Wed 09:34:03・2008/10/01 Wed 09:37:42
コメントありがとうございます。


>>十分な法解釈論を展開できなければ、その主張は認められません。
>「認める」との主体は誰でしょうか?裁判所が弁論を再開するかどうかという話ですが。

第1審はすでに終了していますので、再び弁論を再開することはありません。ですから、第1審で弁論を再開すべきだったか否かという点は、手続が違法か否かという問題になります。

手続が違法だというのであれば、その法的根拠を示すべきですし、何度も触れているように、3点の問題点について、十分な反論もないので、手続は適法であり、YO!!さんの主張は存在しないのと同じということです。


>姑息な言い訳というのは貴方の空想でしょうか?

「東京・夫殺害切断事件:東京地裁平成20年4月28日判決の検討<再論>~最高裁平成20年4月25日判決と明らかに矛盾する判断を開陳するなんて正気なのだろうか? 」(http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-1084.html)をご覧ください。


>姑息な言い訳が現実にあったとして、それがどうして発生したのでしょうか?時間が流れからいって、時間が足りなかった、というのが先ず考えられる要因ではないでしょうか?貴方は姑息は言い訳になってしまった原因をどのように考えているのですか?

裁判員裁判では、通常、3日間の審理ですべて終了することを予定しており、もちろん、裁判所も了解済みです。今回のケースでは、4月25日~28日までという時間があったのですし、最高裁判例1つを考慮するだけのことですから、時間が足りなかったという点は理由になりません。


>解釈云々といってますが、従前の解釈を墨守することより、姑息は言い訳に終始しない判決を出すことに価値を見出すべきではないか

刑訴法313条1項の解釈問題であるのですから、従来の解釈論と折り合いを付けなければ、法解釈になりません。「墨守」といったところで、新たな基準なりを打ち立てないと単なる感情論です。


>いずれにしても法律の専門家の間でも判断を違えた以上、今後は拙速にことを運ぶべきではないというのが結論ですね

姑息な理由を付けていたりしていたのですから、「間違えた(=過失)」のではなく、意図的に最高裁判例を排斥しました。裁判官であれば、そうした愚かしい行為自体を止めるべきでした。


>今回の判決で最高裁判決を意識するのであれば、少なくとも判決言い渡し日を延期すべきだったというのが反省点といえます。

延期する理由があったのかどうかが問題です。「判決言い渡し日を延期」しなかったという手続は違法なのですか? 違法だというのあればその法的根拠は何でしょうか? 法的根拠がなければ「判決言い渡し日を延期すべきだった」とはいえません。


>また、当事者は暢気に構えるのではなく

何度も書いているように刑訴法313条1項の「弁論の再開」の解釈論上、今回のケースでは弁論の再開を認める理由がありません。解釈論上、弁論の再開を認める理由がない以上、今回のケースでは「当事者は暢気に構え」ていたという批判はできません。


>「責任能力判断の前提となる精神障害の有無及び程度等について,専門家たる精神医学者の鑑定意見等が証拠となっている場合には,これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り,裁判所は,その意見を十分に尊重して認定すべきである。」
>本件においても、「採用し得ない合理的な事情」が認められるか否かは争点になり得ますね。

最高裁は、「専門家たる精神医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には,鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり,鑑定の前提条件に問題があったりするなど,これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り,その意見を十分に尊重して認定すべき」と判示したのです。

この判決の重要なポイントは、「鑑定人の公正さや能力に疑いが生じた場合や、鑑定の前提事実が裁判所の認定したものと異なる等、鑑定の前提条件に問題があるような場合などを除き、原則としてその意見は十分に尊重されるべき」(判例タイムズ1274号(2008年10月1日号)85頁)という点です。例示部分にこそ意味があるわけであって、「採用し得ない合理的な事情」にポイントがあるわけではないのです。このエントリーでも新聞報道でも、そういう趣旨で書いているはずですが。


>本件においても、「採用し得ない合理的な事情」が認められるか否かは争点になり得ますね。
>必ずしも判決言い渡し当日に検討、判断できるとは言い切れません。

東京地裁平成20年4月28日判決は、「鑑定手法において何ら不相当なところはない」「犯行当時、歌織被告には先に述べた幻覚症状が生じていたと認められ、その他犯行当時の歌織被告の精神の障害に関する鑑定結果の信用性に疑いを差し挟む事情はない」と判示しています。

要するに、東京地裁は、「鑑定人の公正さや能力に疑い」はなく、「鑑定の前提条件に問題」はないと判断していますので、鑑定人の意見を十分に尊重して認定すべきでした。最高裁の基準に適う検討ができているのですから、検討する時間がなかった、ということにはなりません。
2008/10/03 Fri 23:51:34
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>手続が違法だというのであれば

手続きが違法だと主張しているわけではありませんが。


>裁判員裁判では、通常、3日間の審理ですべて終了することを予定しており

3日で判決を書き直せと。。。しかも反対の結論に書き直せと?


>今回のケースでは、4月25日~28日までという時間があったのですし、最高裁判例1つを考慮するだけのことですから、時間が足りなかったという点は理由になりません。

4/25(金)に最高裁判決出て、土日休みで、28日ですが。3日ありませんが。


>刑訴法313条1項の解釈問題であるのですから、従来の解釈論と折り合いを付けなければ、法解釈になりません。「墨守」といったところで、新たな基準なりを打ち立てないと単なる感情論です。

姑息な言い訳に終始する判決を出さないようにするにはどうしたらよいかと論じることが、単なる感情論なのでしょうか?
私は正しい判決を下すという目的のために弁論再開あるいは判決言い渡し延期を主張しているのです。貴方の主張は先例との整合性を優先しているようですが、それで正しい判決が下されなくてもよいとのお考えですか?


>「間違えた(=過失)」のではなく、意図的に最高裁判例を排斥しました。裁判官であれば、そうした愚かしい行為自体を止めるべきでした。

意図的というのも愚かしい行為というのも貴方の評価に過ぎません。裁判所には裁判所の言い分があるのでしょうね。
いずれにしても、そうした愚かしい行為をとめるために弁論再開(あるいは判決言い渡し延期)をすべきと言っているわけですが。


>今回のケースでは「当事者は暢気に構え」ていたという批判はできません。

今回のケースでは無理でしょうが、今後は必要になるでしょうね。


>「鑑定人の公正さや能力に疑いが生じた場合や、鑑定の前提事実が裁判所の認定したものと異なる等、鑑定の前提条件に問題があるような場合などを除き、原則としてその意見は十分に尊重されるべき」

「など」とあるのでそれらに限定されるわけではありませんが。

いずれにしても、専門家で判断が違えた事実にはなんら変わりありません。

1日で判決が書き直せたはずという貴方の主張は、姑息な言い訳に終始した判決が出た現実を前にしては、説得力がありません。

よって、弁論を再開するなり、判決言い渡しを延期するのが正しい審理手続きと思いますが。
2008/10/06 Mon 10:03:47
URL | YO!! #-[ 編集 ]
>YO!!さん:2008/10/06 Mon 10:03:47
コメントありがとうございます。
さすがに、この当たりで終結にしたいと思います。何度も何度も触れているように、YO!!さんは、3点の問題点について、十分な反論もないのですから。なぜ、十分な反論をしないのですか?

この問題についてのYO!!さんのコメントは、まず、3点の問題点についてすべて十分な反論をして頂きたいと思います。 


>>手続が違法だというのであれば
>手続きが違法だと主張しているわけではありませんが。

刑事訴訟で行っている法解釈論は、捜査手続や公判手続が適法か違法かを議論しています。違法であれば、証拠を排除することもありますし、控訴理由や上告理由となることもあります。ですから、第1審で弁論を再開すべきだったか否かという問題も、手続が違法か否かという問題を議論していることになるのです。

もし、本当に「手続きが違法だと主張しているわけではありません」というのであれば、適法という結果になり、すなわち、弁論を再開しなくても適法だったとなります。これで、YO!!さんと私の結論は一致したことになります。


>3日で判決を書き直せと。。。しかも反対の結論に書き直せと?
>4/25(金)に最高裁判決出て、土日休みで、28日ですが。3日ありませんが。

人を裁くということは、被告人の人生を生涯背負うことです。必要があれば判決を書き直すべきですし、土日に休みたかったら、裁判官を辞めるべきでしょう。

一般論ですが、法律の文章において、大幅に直す必要に迫られた場合、小手先で直すよりも全面的に書き直す方が時間的には短くてすむのですけどね。


>私は正しい判決を下すという目的のために弁論再開あるいは判決言い渡し延期を主張しているのです。貴方の主張は先例との整合性を優先しているようですが、それで正しい判決が下されなくてもよいとのお考えですか?

目的が正しければ、刑訴法313条1項の解釈を逸脱していいことになりません。

YO!!さんは、<1>刑訴法313条1項の解釈論上認めることが困難、<2>現行刑訴法が原則として採用している当事者追行主義という訴訟構造にそぐわない、<3>全く異論のない「法解釈・法適用は裁判所の専権事項であり、当事者の主張の有無にかかわらず裁判所は判断を下すことができる」という訴訟法の基本原則と一致しない、という3点の問題点について、十分な反論・解決策を提示できなければ、法解釈論上、認められません。

法解釈論上認められない手続は、現行法を逸脱した手続ですから、違法な手続となります。YO!!さんは、裁判所に違法行為を行えと主張しているのと同じなのです。

そもそも不思議に思うのは、「弁論再開あるいは判決言い渡し延期」すれば、本当に正しい判決になるのですか? いくら時間をかけても、正しい判決になるという保証はないはずですが。

最高裁判決に沿った妥当な判決を下すためには、時間をかけるではなく、裁判官に最高裁を正しく理解できる能力があるか否かが最も大きな比重を占めていると思います。理解能力のない裁判官は裁判官を辞めるべきでしょうね。

もちろん、何ヶ月も延期すれば、最高裁判決に関して最高裁調査官が解説した資料が出てきますから、それを参考にすれば最高裁の正しい理解ができます。その場合には、理解能力のない裁判官でも、幾らか妥当な判決は可能でしょう。


>>「鑑定人の公正さや能力に疑いが生じた場合や、鑑定の前提事実が裁判所の認定したものと異なる等、鑑定の前提条件に問題があるような場合などを除き、原則としてその意見は十分に尊重されるべき」
>「など」とあるのでそれらに限定されるわけではありませんが。

法解釈論においては、「など」というのは例示した事例と匹敵するものを指しているというのが通常の理解です。東京地裁平成20年4月28日判決は、「鑑定結果の信用性に疑いを差し挟む事情はない」とまで言い切っています。判決言渡期日までに、最高裁の基準に適う検討ができていたのですから、最高裁に従い、鑑定人の意見を十分に尊重して認定すべきでした。

もともと、一致した鑑定結果は尊重することの方が、従来の実務(判例)からしても一般的であったと思います(大塚=佐藤文哉編『新実例刑法〔総論〕』147頁参照)。最高裁判決が出て手直しする前から、東京地裁平成20年4月28日判決の考えは、従来の実務の傾向からしても逸脱していたのでしょうね。
2008/10/08 Wed 17:56:58
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>何度も何度も触れているように、YO!!さんは、3点の問題点について、十分な反論もないのですから。なぜ、十分な反論をしないのですか?

必要性がないからです。
3点とは以下のことですよね:
<1>刑訴法313条1項の解釈論上認めることが困難、
<2>現行刑訴法が原則として採用している当事者追行主義という訴訟構造にそぐわない、
<3>全く異論のない「法解釈・法適用は裁判所の専権事項であり、当事者の主張の有無にかかわらず裁判所は判断を下すことができる」という訴訟法の基本原則と一致しない、

私としては、そのような解釈を優先して、結果、姑息な言い訳に終始した判決を出すことに納得ができないだけです。したがって、弁論を再開しなくても適法であるとの結論には違和感はありません。

むしろ、いかにしていい加減な判決が下されるのを防ぐのか、品質管理面から考えている次第です。

まとめると、貴方の主張の根幹は、裁判官が無能とのことにあるようですね。
一方、私は裁判官を無能と判断できないだけです。その前提に立てば、時間をかけるしかない、というのが、判決の品質を高める必要な方策と考えた次第です。それに対して貴方の意見は土日も仕事しろとか、無能な奴は去れ、というものですよね。それはそれとして一つの解決策と存じます。個人的には一昔前の精神主義のように思えますが。

いずれにせよ、弁護士がテレビで懲戒を扇動したり、無能な裁判官が跋扈したり、司法制度も信用がた落ちのようですね。

2008/10/08 Wed 18:33:18
URL | YO!! #-[ 編集 ]
追伸

>法解釈論上認められない手続は、現行法を逸脱した手続ですから、違法な手続となります。YO!!さんは、裁判所に違法行為を行えと主張しているのと同じなのです。

単に解釈が違うだけでは違法な手続きとはいえないと思いますが。そもそも当事者に不服があるようにも思えませんが。いったい誰が問題にするのですか?
2008/10/08 Wed 18:36:44
URL | YO!! #-[ 編集 ]
>YO!!さん:2008/10/08 Wed 18:33:18・18:36:44
コメントありがとうございます。


>私としては、そのような解釈を優先して、結果、姑息な言い訳に終始した判決を出すことに納得ができないだけです。したがって、弁論を再開しなくても適法であるとの結論には違和感はありません。

「姑息な言い訳に終始した判決を出すことに納得ができない」点は同意見ですし、「弁論を再開しなくても適法であるとの結論」の点も同意見ですね。


>むしろ、いかにしていい加減な判決が下されるのを防ぐのか、品質管理面から考えている次第です。

そういう観点での議論は、面白いとは思います。
ただ、こういう観点は難しいですね。

裁判は法に基づいて行われていますし、憲法31条は、適正手続の保障を要求し、特に刑事手続は権利・自由を著しく制約するので、厳正さが要求されます。そうすると、「品質管理」という法を超えた観点で手続の妥当性を判断することは、憲法違反(憲法31条違反)であって認められません。


>一方、私は裁判官を無能と判断できないだけです。その前提に立てば、時間をかけるしかない、というのが、判決の品質を高める必要な方策と考えた次第です

一般に裁判官が無能だとか、東京地裁の裁判官を無能としているわけではありません。YO!!さんが、客観的な資料に基づいて「私は裁判官を無能と判断できない」と述べているのか、よく分かりませんが。

東京地裁平成20年4月28日判決は、検察側の再鑑定を拒否し、審理中、鑑定への疑問を差し挟んでいないのに、妙な理屈で鑑定結果を無視するような判決を下しました。検察側・弁護側双方一致していた鑑定結果を無視するという特異な判断を下しているので、仮に最高裁平成20年4月25日判決がでていなくても、従来の判例の傾向からして問題のある判決でしたが、最高裁判決が出たため、余計に問題性が大きくなっただけのことです。

東京地裁平成20年4月28日判決は、いくら時間をかけても妥当な判決にならなかったでしょう。

一般論としては、公正な裁判(憲法37条1項)の実現のため、十分に審理をつくすべきです。とはいえ、迅速な裁判(憲法37条1項)を受ける権利があり、「裁判の迅速化に関する法律」が成立していますので、「時間をかけるしかない」ことを重視することは、憲法にそぐわないといえますね。

なお、下級裁判所裁判官指名諮問委員会の創設後、裁判官の任官や再任の際における不適格者が増えています。2003年から4年間で裁判官への任用の不適格者とされた者は32名(02年までの15年間で10名)、申請撤回22名、再任拒否された者は03年から3年間で18名(02年までの50年間で2名)にも上ります(D・H・フット『名もない顔もない司法――日本の裁判は変わるのか』(NTT出版、2007年)225頁以下)。

数値の増加をどう評価するかは難しいようですが、統計資料がある以上、現在の裁判官には、かなりの不適格者が存在するということは、確かです。


>それに対して貴方の意見は土日も仕事しろとか、無能な奴は去れ、というものですよね。それはそれとして一つの解決策と存じます。個人的には一昔前の精神主義のように思えますが。

必ず、土日も仕事をしろとは言いませんが、土日のうち一日は判決書を書いているという裁判官は少なくありません。土日に仕事をしている弁護士は、一昔前は普通でした(今は、格差が激しくなり、毎日、休業同然の弁護士も増えましたが。)

人を裁くということは、被告人の人生を生涯背負うことであり、本人に代わって訴訟の代理人を務めることは、それだけ責任が重いのです。冤罪であったのに無能ゆえに見抜けず、被告人が死刑となれば、取り返しが付きません(例えば、福岡事件)。これが法曹という職業なのです。
下級裁判所裁判官指名諮問委員会の創設後、裁判官として不適格な者を積極的に排除していますが、冤罪防止の観点から、裁判官は特に無能なものであってはならない職業です。

YO!! さんは「一昔前の精神主義のように思えます」といいますが、法律の世界に属している者からすれば、少しもそう感じません。


>いずれにせよ、弁護士がテレビで懲戒を扇動したり、無能な裁判官が跋扈したり、司法制度も信用がた落ちのようですね

YO!! さんは「私は裁判官を無能と判断できない」としているので、矛盾した発言になっています。

それはともかく、懲戒請求を煽動する弁護士(橋下徹氏)にうかうかと乗ってしまい、弁護人の役割など裁判制度の基本的な知識を欠いている市民が多数おり、そうした弁護人失格の発言をした弁護士を知事にするような市民が多数いることの方が問題です。

もちろん、無責任な発言を行っているのは、橋下氏だけでなく、八代英輝弁護士も同様です(「年報・死刑廃止08 犯罪報道と裁判員制度」(インパクト出版会、2008年)9頁)であり、感情的で偏向した報道を繰り返したテレビ番組、橋下氏の煽動を「一石を投じた」などと平気で書いてしまう週刊誌「アエラ」(川村昌代記者)といった雑誌メディア。こうした弁護士の役割といった裁判制度の基本的知識を書いた報道に喝采をおくってしまう市民の側こそが問題です。

被告人の内面を探るような報道をすると、「なぜ悪人への理解・共感を示すような報道をするのか」と非難が殺到しました(「年報・死刑廃止08 犯罪報道と裁判員制度」(インパクト出版会、2008年)49頁)。むしろ、市民の側が、報道機関による真っ当な報道を拒絶し、裁判制度の初歩的な知識を積極的に嫌悪している態度をとっているのです。

「司法制度も信用がた落ち」などと他人事で済ましている場合ではありません。


>単に解釈が違うだけでは違法な手続きとはいえないと思いますが。

一般論として、「解釈が違うだけで」「違法な手続き」になると言っているのではありません。

刑訴法313条1項の枠内の解釈・見解ならば、幾つかのずれのある見解であっても適法です。しかし、YO!! さんの見解は、刑訴法313条1項の枠外の主張ですから、違法となるということです。


>そもそも当事者に不服があるようにも思えませんが。いったい誰が問題にするのですか?

裁判所です。法解釈・法適用は裁判所の専権事項であり、当事者の主張の有無にかかわらず裁判所は判断を下すことができるからです。もう何度も何度も書いていることですが。
2008/10/11 Sat 20:39:49
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>裁判は法に基づいて行われていますし、憲法31条は、適正手続の保障を要求し、特に刑事手続は権利・自由を著しく制約するので、厳正さが要求されます。そうすると、「品質管理」という法を超えた観点で手続の妥当性を判断することは、憲法違反(憲法31条違反)であって認められません。

つまり、法は品質の悪い判決も許容しているとのご見解でしょうか?
今回の判決は法的には何も問題ないとのご見解なのでしょうか?
被告人にとっては有罪か無罪かの瀬戸際なのですが。


>一般に裁判官が無能だとか、東京地裁の裁判官を無能としているわけではありません。

ではあの判決を書いた裁判官は無能ではないと?
貴方は以下のような意見を述べてます。

>>最高裁判決に沿った妥当な判決を下すためには、時間をかけるではなく、裁判官に最高裁を正しく理解できる能力があるか否かが最も大きな比重を占めていると思います。理解能力のない裁判官は裁判官を辞めるべきでしょうね。

最高裁判決を理解できない裁判官は無能ではないでしょうか?

>YO!!さんが、客観的な資料に基づいて「私は裁判官を無能と判断できない」と述べているのか、よく分かりませんが。

他人をそうそう無能とはいえないということです。今回の裁判官が最高裁判決を間違って理解したかどうかは私には不明ですので、貴方と違い「無能」とまで判断できないわけです。


>東京地裁平成20年4月28日判決は、いくら時間をかけても妥当な判決にならなかったでしょう。

裁判官の理解能力を問題にしている以上、当然の結論ですね。


>土日のうち一日は判決書を書いているという裁判官は少なくありません。土日に仕事をしている弁護士は、一昔前は普通でした(今は、格差が激しくなり、毎日、休業同然の弁護士も増えましたが。)

書く前に合議に諮らないとなりませんが。


>人を裁くということは、被告人の人生を生涯背負うことであり、本人に代わって訴訟の代理人を務めることは、それだけ責任が重いのです。

ええ、だから迅速と拙速とを弁え、慎重に審理すべきと主張しているわけです。


>冤罪であったのに無能ゆえに見抜けず、被告人が死刑となれば、取り返しが付きません(例えば、福岡事件)。これが法曹という職業なのです。
下級裁判所裁判官指名諮問委員会の創設後、裁判官として不適格な者を積極的に排除していますが、冤罪防止の観点から、裁判官は特に無能なものであってはならない職業です。

で、今回の裁判官は不適格者として排除すべきとのご見解でしょうか?


>YO!! さんは「私は裁判官を無能と判断できない」としているので、矛盾した発言になっています。

貴方の意見に従えば、そうなるな、という程度です。
少なくとも裁判官といってもその能力は怪しいな、という印象を受けますね。


>「司法制度も信用がた落ち」などと他人事で済ましている場合ではありません。

まずは法曹が信用回復に努めるべきでしょうな。
まず、弁護士会を法務省の指導監督に置いたり、裁判官を国民の選挙で選ぶとか、国会で指名するようにするとかがあります。


>YO!! さんの見解は、刑訴法313条1項の枠外の主張ですから、違法となるということです。

つまり、適正な判決を書くより、手続きを重視せよとのご見解ですね。しかし、適正な判決を下すための行為が違法とは。


>裁判所です。法解釈・法適用は裁判所の専権事項であり、当事者の主張の有無にかかわらず裁判所は判断を下すことができるからです。もう何度も何度も書いていることですが。

だから、その裁判所が、適切な判決を下すために、延期することを判断すべき、といっているわけです。
2008/10/12 Sun 11:29:24
URL | YO!! #-[ 編集 ]
>YO!!さん:2008/10/12 Sun 11:29:24
コメントありがとうございます。お返事が遅くなってすみません。


>法は品質の悪い判決も許容しているとのご見解でしょうか?

「品質管理」という法を超えた観点で手続の妥当性を判断することは、憲法違反だからダメということです。憲法違反であっても認めろ、というのであれば論外ですが。

そもそも「品質の悪い」か否かは、誰がどういう基準で判断するのでしょうか?  極めて恣意的な判断になるおそれがあり、適正手続きを要求する憲法31条に反します。

更に言えば、「品質の悪い判決」か否かを判断して、それに法的制約を加えようとすることは、司法権の独立(特に、裁判官の職権行使の独立。憲法76条3項)にも反します。

YO!!さんの主張自体は面白いとは思いますが、憲法違反だらけなので、残念ながらムリですね。


>最高裁判決を理解できない裁判官は無能ではないでしょうか?

いつも最高裁判決を理解できなければ、無能となるでしょう。


>>「司法制度も信用がた落ち」などと他人事で済ましている場合ではありません。
>まずは法曹が信用回復に努めるべきでしょうな。
>まず、弁護士会を法務省の指導監督に置いたり、裁判官を国民の選挙で選ぶとか、国会で指名するようにするとかがあります。

光市事件弁護団への懲戒請求騒動からすれば、問題なのは安易な煽動に乗ってしまう多数の市民がいることが問題です。弁護人の役割などおよそ憲法の基本的知識を欠いているのですから。

法曹資格がないと評価されるような少数の法曹は、(懲戒請求や再任しないなどで)排除(=資格剥奪)可能ですが、圧倒的多数の非法曹の市民は、その市民の地位から排除するわけにはいかないため、市民の意識が大事なのです。憲法の基本的知識は、義務教育で習っているはずなのですけどね。


>まず、弁護士会を法務省の指導監督に置いたり

日本国憲法制定前は、「弁護士自治」が認められず、弁護士会が司法大臣・検事正の監督下におかれており、自由を守り公正な裁判を求める弁護士の活動は、しばしば懲戒の対象にされるなど阻害されていました。

そうした戦前の反省の下に、弁護人依頼権(憲法34条、37条)、公平な裁判を受ける権利(憲法37条1項)を保障するなど、日本国憲法は充実した刑事手続に関する規定を定めたのです。そうした現行憲法のあり方・沿革からすると、弁護士法が定める「弁護士自治」はそれらの刑事手続に関する人権規定を実質的に担保するものというべきです。

ですから、弁護士会を法務省の指導監督に置くことは、「弁護士自治」を失うことなり、それは現行憲法規定・沿革にそぐわず、妥当ではありません。


>裁判官を国民の選挙で選ぶとか、国会で指名するようにするとかがあります。

最高裁判所長官は内閣の指名に基づいて天皇が任命し(憲法6条2項)、その他の最高裁裁判官は内閣で任命し、天皇が認証します(憲法79条、裁判所法39条)。また、下級裁判所裁判官は、最高裁判所の指名した者の名簿によって内閣で任命する(憲法80条1項)ことになっています。

ですから、「裁判官を国民の選挙で選ぶとか、国会で指名するようにする」ことは、いずれも憲法違反であり、認められません。


>だから、その裁判所が、適切な判決を下すために、延期することを判断すべき、といっているわけです。

その点の議論は、YO!!さんの主張に根拠がないことですでに解決済みですよね。
2008/10/18 Sat 06:33:09
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>そもそも「品質の悪い」か否かは、誰がどういう基準で判断するのでしょうか?  極めて恣意的な判断になるおそれがあり、適正手続きを要求する憲法31条に反します。

つまり、今回の判決が間違いという判断はできないというわけですね。


>弁護士会を法務省の指導監督に置くことは、「弁護士自治」を失うことなり、それは現行憲法規定・沿革にそぐわず、妥当ではありません。

確かに行政の監督を否定する自由経済主義もありますからね。どこまで行政の監督を認めるのか議論はありますが、不良弁護士を排除するのは国民保護のために必要な場合もあります。今回誤った判決が出され、被告の権利が踏みにじれらた訳ですから、何らかの対策を講じるべきでしょう。


>ですから、「裁判官を国民の選挙で選ぶとか、国会で指名するようにする」ことは、いずれも憲法違反であり、認められません。

ええ、だから憲法を改正すればいいだけのことです。


>その点の議論は、YO!!さんの主張に根拠がないことですでに解決済みですよね。

根拠はありますよ。間違った判決が現に出されたという根拠が。そして、無能な裁判官が現にいるという根拠が。その結果起こるであろう誤った判決を防ぐためにも、判決言い渡しの延期を行うしかないでしょう。それが裁判官の責任でしょう。裁判官が延期を判断する限り特に問題はないようですしね。

2008/10/20 Mon 09:29:32
URL | YO!! #-[ 編集 ]
>YO!!さん:2008/10/20 Mon 09:29:32
コメントありがとうございます。


>>そもそも「品質の悪い」か否かは、誰がどういう基準で判断するのでしょうか?  極めて恣意的な判断になるおそれがあり、適正手続きを要求する憲法31条に反します。
>つまり、今回の判決が間違いという判断はできないというわけですね

何が「つまり」なのか分かりませんが、YO!!さんの考えのような「品質管理」という法を超えた観点で手続の妥当性を判断することは、憲法違反だからダメということです。


>>弁護士会を法務省の指導監督に置くことは、「弁護士自治」を失うことなり、それは現行憲法規定・沿革にそぐわず、妥当ではありません。
>確かに行政の監督を否定する自由経済主義もありますからね。どこまで行政の監督を認めるのか議論はありますが、不良弁護士を排除するのは国民保護のために必要な場合もあります

「自由経済」とは無関係です。「弁護士自治」を否定することは、憲法上問題があるからダメということです。「国民保護のため」と言ったところで、憲法に違反することはできません。


>>ですから、「裁判官を国民の選挙で選ぶとか、国会で指名するようにする」ことは、いずれも憲法違反であり、認められません。
>ええ、だから憲法を改正すればいいだけのことです

憲法改正をしていない以上、憲法違反の主張は論外です。特に、司法権の独立をなかば否定するような憲法改正が、本当にできると考えているのですか? YO!!さんは、憲法の基本的知識を欠いているとしか思えません。


>>その点の議論は、YO!!さんの主張に根拠がないことですでに解決済みですよね。
>根拠はありますよ。間違った判決が現に出されたという根拠が。そして、無能な裁判官が現にいるという根拠が。

法解釈論なのですから、法的根拠が必要です。しかし、YO!!さんの主張には法的根拠が皆無ですから、その主張は採りえず、もはや解決済みだということです。

「間違った判決が現に出された」というのは、何の法律のどの条文に違反するのですか? 「無能な裁判官が現にいる」というのは、何の法律のどの条文に違反するのですか? いずれも法的根拠はないはずですが。

そういえば、最初は、「間違った判決が現に出された」とか、「無能な裁判官が現にいる」という主張ではなかったはずでしたが? 主張を変えたのでしょうか?
2008/10/22 Wed 23:36:40
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>YO!!さんの考えのような「品質管理」という法を超えた観点で手続の妥当性を判断することは、憲法違反だからダメということです。

つまり、法は判決の良し悪しなんて考えていないというご意見でしょうか?今回の判決が間違っていたとしても法は知ったことではないと?上級審で実際評価されるので、それに任せるという考えもありますね。
そもそも、正しい判決を下そうとするのは裁判官が当然志すところでしょう。そのため、判決言い渡しを延期してじっくり検討したいが、それはできない。そのまま判決を出すしかないというのが貴方の結論のようですね。


>憲法改正をしていない以上、憲法違反の主張は論外です。特に、司法権の独立をなかば否定するような憲法改正が、本当にできると考えているのですか? YO!!さんは、憲法の基本的知識を欠いているとしか思えません。

憲法違反と主張しているのは貴方ですが。だから、私として、改正するしかないね、という話になったわけですが。


>法解釈論なのですから、法的根拠が必要です。しかし、YO!!さんの主張には法的根拠が皆無ですから、その主張は採りえず、もはや解決済みだということです。

ええ、法解釈論というよりは現行の解釈の確認です。つまり、間違った判決も甘受しろということですよね。


>「間違った判決が現に出された」というのは、何の法律のどの条文に違反するのですか? 「無能な裁判官が現にいる」というのは、何の法律のどの条文に違反するのですか? いずれも法的根拠はないはずですが。

今回の判決が間違っているといっているのは貴方ですが。最高裁判決を理解していないと言ったのも貴方ですが。
私としては特にそれについては否定する意図はありません。それをあえて肯定した上で、そういった現状が現れたのは時間がなかったからであり、であれば、判決言い渡しを急かず、延期すべきだったという主張です。法律というより常識ですよね。仕事はきちんとやるっていう。
間違った判決を下すことが法律違反でないとしても、判決を下した者の評価に繋がることなんですし、間違った判決を下された側の不利益も考えていただかないと。


>初は、「間違った判決が現に出された」とか、「無能な裁判官が現にいる」という主張ではなかったはずでしたが? 主張を変えたのでしょうか?

上記のとおり、むしろ貴方の主張の沿ったものですが。


2008/10/23 Thu 09:49:37
URL | YO!! #-[ 編集 ]
>YO!!さん:2008/10/23 Thu 09:49:37
コメントありがとうございます。
論点が大幅にずれてきたので、元に戻します。


「今回のケースにおいて、当事者の弁論再開の申請がないのに、裁判所は職権で弁論の再開をすべきだった」というYO!!さんの主張は、<1>刑訴法313条1項の解釈論上認めることが困難、<2>現行刑訴法が原則として採用している当事者追行主義という訴訟構造にそぐわない、<3>全く異論のない「法解釈・法適用は裁判所の専権事項であり、当事者の主張の有無にかかわらず裁判所は判断を下すことができる」という訴訟法の基本原則と一致しない、という3点の問題点があります。

この3点の問題点について、YO!!さんは、十分な反論・解決策を提示せず、「弁論を再開しなくても適法であるとの結論には違和感はありません」と述べ自説を否定したのですから、「今回のケースでは弁論の再開はできない」ということで、結論を見たということになります。 (2008/10/01 Wed 06:40:58付けの春霞コメント、2008/10/08 Wed 18:33:18YO!!さんのコメント)


ところが、なぜか、YO!!さんは今度は「その裁判所が、適切な判決を下すために、延期することを判断すべき」だと主張を変えてきました。(判決期日を延期することもありえると、私が触れたせいなのかもしれませんが。)

では、その主張の当否について、検討してみます。判決期日の延期に関する主たる規定は次の4つです。

「(公判期日の変更)
刑事訴訟法第二百七十六条  裁判所は、検察官、被告人若しくは弁護人の請求により又は職権で、公判期日を変更することができる。
2  公判期日を変更するには、裁判所の規則の定めるところにより、あらかじめ、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴かなければならない。但し、急速を要する場合は、この限りでない。
3  前項但書の場合には、変更後の公判期日において、まず、検察官及び被告人又は弁護人に対し、異議を申し立てる機会を与えなければならない。

(不当な期日変更に対する救済)
刑事訴訟法第二百七十七条  裁判所がその権限を濫用して公判期日を変更したときは、訴訟関係人は、最高裁判所の規則又は訓令の定めるところにより、司法行政監督上の措置を求めることができる。

(公判期日の変更の請求・法第二百七十六条)
刑事訴訟規則第 百七十九条の四  訴訟関係人は、公判期日の変更を必要とする事由が生じたときは、直ちに、裁判所に対し、その事由及びそれが継続する見込の期間を具体的に明らかにし、且つ、診断書その他の資料によりこれを疎明して、期日の変更を請求しなければならない。
2  裁判所は、前項の事由をやむを得ないものと認める場合の外、同項の請求を却下しなければならない。

(期日変更についての意見の聴取・法第二百七十六条)
刑事訴訟規則第 百八十条  公判期日を変更するについては、あらかじめ、職権でこれをする場合には、検察官及び被告人又は弁護人の意見を、請求によりこれをする場合には、相手方又はその弁護人の意見を聴かなければならない。但し、急速を要する場合は、この限りでない。」


裁判所には「判決期日を延期すべき」法的義務があるというのであれば、これらの規定に違反しているということを論じなければなりません。

公判期日の変更は、裁判所及び訴訟関係人の予定の変更をもたらし、裁判所の審理計画、訴訟関係人の立証計画を乱し、訴訟の遅延の原因となるおそれが大きいので、刑訴法276条は、公判期日の変更を容易にできないものとするため、公判期日の変更は、裁判所が訴訟関係人の意見を聞いたうえ決定できるものとして、また規則により公判期日の変更に厳格な要件を必要とするとしたのです(青柳文雄ほか『註解刑事訴訟法(第3巻)』(立花書房、昭和53年)36頁)。このような276条の趣旨から分かるように、一度定めた公判期日は遵守するものであって、公判期日の変更はなるべくしないようにしているのです。裁判所が不当に期日を変更したことに対する救済措置(刑訴法277条)を定め、他方で、公判期日を変更しないことへの救済措置はないことからも、その意図は明らかだといえます。

肝心なことは、条文を見れば分かるように、あくまで刑訴法276条などは「変更することができる」ようにするために定めた規定であって、裁判所が公判期日を「変更しなければならない」という規定ではないのです。

言い換えれば、現行法上、(当事者の変更申請なしに)公判期日を変更する義務を定めた規定はないのです。迅速な裁判を要求した現行憲法下においては、判決期日の変更はなるべくしないのが刑訴訴訟の理念なのですから、当事者や裁判所の意向と無関係に、公判期日を「変更しなければならない」法的義務を定めるわけにはいかないのです。

今回のケースでは、当事者は判決期日の延期を主張している事実は見当たらないのですから、裁判所に延期すべき義務を課すことは、刑訴法が採用する「当事者追行主義」からして妥当ではありません。

このようなことから、今回のケースでも、(当事者の延期の請求もないため)裁判所には「判決期日を延期すべき」法的義務はなく、「その裁判所が、適切な判決を下すために、延期することを判断すべき」だというYO!!さんの主張は、認められないということになります。
2008/10/24 Fri 22:22:36
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>この3点の問題点について、YO!!さんは、十分な反論・解決策を提示せず、「弁論を再開しなくても適法であるとの結論には違和感はありません」と述べ自説を否定したのですから、「今回のケースでは弁論の再開はできない」ということで、結論を見たということになります。

論点は違法かどうかではありません。正しい判決を下すためにどうしたらよいかですよ。


>このようなことから、今回のケースでも、(当事者の延期の請求もないため)裁判所には「判決期日を延期すべき」法的義務はなく、「その裁判所が、適切な判決を下すために、延期することを判断すべき」だというYO!!さんの主張は、認められないということになります。

つまり、今回の判決が誤っていてもそれは裁判所の責任ではないとのことですね。


まとめると、正しい判決を下す利益と、迅速審理の利益を比較して、貴方は後者の利益を重視するという立場ですね。被告人の不利益は控訴すれば回復するし、問題はないとのことですね。

2008/10/25 Sat 12:24:10
URL | YO!! #-[ 編集 ]
>YO!!さん:2008/10/25 Sat 12:24:10
>>この3点の問題点について、YO!!さんは、十分な反論・解決策を提示せず、「弁論を再開しなくても適法であるとの結論には違和感はありません」と述べ自説を否定したのですから、「今回のケースでは弁論の再開はできない」ということで、結論を見たということになります。
>論点は違法かどうかではありません。正しい判決を下すためにどうしたらよいかですよ。

論じていることがすれ違っていることは確かですね。私は、あくまで法律論として論じているのであり、法解釈上、YO!!さんの「弁論再開すべき」との主張は、全く認められないと断じているだけです。

これに対して、YO!!さんは、刑訴法313条1項の解釈上、考慮外、すなわち、法の枠外(違憲・違法でもある)の観点である「正しい判決を下す」とか「品質管理」を持ち出して、「弁論再開すべき」と主張していたわけです。端的に言えば、YO!!さんの主張は、法律論無視の主張です。

しかし、日本国は法治国家あり、法治国家においては、裁判は法(適法・適正な手続き)に基づいて行われる以上、法の枠外(違憲・違法でもある)の内容であるYO!!さんの主張は、日本では認める余地がありません。考慮するに値しない、無価値な主張というだけでなく、法治国家にとって有害な主張とさえ言うことができます。


>論点は違法かどうかではありません。

明らかに間違った主張です。

刑事訴訟で行っている法解釈論は、捜査手続や公判手続が適法か違法かを議論しています。違法であれば、証拠を排除することもありますし、控訴理由や上告理由となることもあります。ですから、第1審で弁論を再開すべきだったか否かという問題も、手続が違法か否かという問題を議論していることになるのです。

YO!! さんの見解は、刑訴法313条1項の枠外の主張ですから、違法な主張なのです。


>つまり、今回の判決が誤っていてもそれは裁判所の責任ではないとのことですね。

違います。
法律上、「その裁判所が、適切な判決を下すために、延期することを判断すべき」だというYO!!さんの主張は、認められないというだけのことです。自分の都合のいいように曲解するのは止めるべきです。


>まとめると、正しい判決を下す利益と、迅速審理の利益を比較して、貴方は後者の利益を重視するという立場ですね。被告人の不利益は控訴すれば回復するし、問題はないとのことですね。

間違っています。私は、「正しい判決を下す利益と、迅速審理の利益を比較」なんて、していません。自分に都合のいいように曲解するのは止めるべきです。

まとめとして正しいのは、「『今回のケースでは弁論を再開すべきだった・今回のケースでは判決期日を延期すべきだった』というYO!!さんの主張は、法律上、認められない」ということです。もう何度も何度も、書いていることですが。

YO!!さんは、「正しい判決」という観点にこだわっているようですが、刑訴法276条・313条の解釈上は、そうした観点は考慮外です。だからこそ、YO!!さんの主張は論外なのです。例えれば、YO!!さんの主張は「魚屋に向かって、『なぜ牛肉を売っていないのだ。牛肉は美味しいのだから売っていないのはおかしい』」と主張しているようなものです。「魚屋で牛肉を売らないのは魚屋だからであって、それに対して文句を付けられても困るよね。」というだけのことです。


YO!!さんの主張は、もはや法の枠外(違憲・違法でもある)の内容であることが明白になりましたから、そうした法治国家にそぐわない主張にコメントするのは、意味があるものとは思えません。法律論無視の主張を続けたいのでしたら、ご自分でブログを開設して、そこでご存分に書いたらいいと思います。
2008/10/27 Mon 17:56:17
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>論じていることがすれ違っていることは確かですね。私は、あくまで法律論として論じているのであり、法解釈上、YO!!さんの「弁論再開すべき」との主張は、全く認められないと断じているだけです。

貴方の主張は承りました。その上で、誤った判決を出さないようにする方策を唱えているのですよ。
貴方は否定するだけで具体的な方策はないのですね。

それゆえ、誤った判決は許容するしかないというのが貴方の結論であると理解しました。

裁判所も弁論再開ができない以上、最高裁判決を正確に理解した判決を書けなくとも致し方なく、それゆえ責任は問えないというのが貴方の結論と理解します。
2008/10/27 Mon 18:54:19
URL | YO!! #-[ 編集 ]
「べき」と司法の独立
割り込みですみません、あの、東京地裁平成20年4月28日判決の件なのですが……

1)東京地裁は、必要なら刑事訴訟法第276条に基づき「職権で」判決公判期日を変更してでも、「最高裁に沿った判断を行うべき」だった。
2)ただし、それを外部から強制できる制度があると裁判所の判決を左右できる権力が発生してまずいことになる(司法の独立が脅かされる)ので、実際にそれをするかどうかは東京地裁自身の良心に委ねられている。

という理解は正しいでしょうか?

それと、法に背いて恣意的な判決を下す裁判官があれば憲法第78条にある「公の弾劾」の対象になると思うのですが(裁判官弾劾法第2条にある「職務上の義務」の内容を定めた条文が見つからず、憲法第76条3項の「この憲法及び法律にのみ拘束される」という記述からのみ類推しているので、この点の理解は曖昧です。申し訳ありません)、下級裁判所が最高裁の判例を無視しただけなら弾劾や懲戒の対象にはならないという理解でよいのでしょうか。
2008/10/29 Wed 03:32:19
URL | 青天 霹靂 #64epmA2k[ 編集 ]
>YO!!さん:2008/10/27 Mon 18:54:19
コメントありがとうございます。


>貴方の主張は承りました。その上で、誤った判決を出さないようにする方策を唱えているのですよ。
>貴方は否定するだけで具体的な方策はないのですね。
>それゆえ、誤った判決は許容するしかないというのが貴方の結論であると理解しました。

間違いの内容にもよりますが、控訴審や上告審、それでも間違いがあれば再審で正すことになります。裁判官は常に「正しい判決」を出すのではなく、「間違った判決」を出す可能性があるという前提で、司法手続は三審制があり、再審制度があるのです。


>裁判所も弁論再開ができない以上、最高裁判決を正確に理解した判決を書けなくとも致し方なく、

「弁論再開」すれば、「最高裁判決を正確に理解した判決を書け」るという因果関係はないと思います。刑事訴訟における事実の認定は、証拠に基づき(刑訴法317条、証拠裁判主義)、裁判官の自由な心証において行われるのですから(刑訴法318条、自由心証主義)。

「弁論再開」すれば、「最高裁判決を正確に理解した判決を書け」るという考えは、論理性に欠けています。


>それゆえ責任は問えないというのが貴方の結論と理解します。

この「責任」の性質とは何ですか? 法的責任ですか? 倫理的責任ですか? それとも何か他の性質の責任ですか?(想像しがたいですが) 具体的にどういう効果が生じる責任ですか? 

というよりも、責任の性質と問われた場合、法的責任か倫理的責任かという意味が問われているとは、知らなかったのですよね? YO!!さんは。その区別が付かないようでは、法律論を論じることは不可能です。
2008/10/31 Fri 00:46:52
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>青天 霹靂さん:2008/10/29 Wed 03:32:19
はじめまして、コメントありがとうございます。


>「べき」と司法の独立
>1)東京地裁は、必要なら刑事訴訟法第276条に基づき「職権で」判決公判期日を変更してでも、「最高裁に沿った判断を行うべき」だった。

「職権」でなす「べき」となれば、(裁判所に)期日を変更する義務を課すことを意味します。しかし、刑訴法が採用するのは「当事者追行主義」ですから、公平な第三者である裁判所に、公判期日を変更する義務を課すことは難しいのです。

そのため、1)の点は妥当とはいえません。


>2)ただし、それを外部から強制できる制度があると裁判所の判決を左右できる権力が発生してまずいことになる(司法の独立が脅かされる)ので、実際にそれをするかどうかは東京地裁自身の良心に委ねられている。

裁判外から裁判官に義務を課すなどして、判決内容を左右させることは、司法権の独立に反するので、許されません。こういう意味でしたら、2)の点は、妥当であると思います。


>それと、法に背いて恣意的な判決を下す裁判官があれば憲法第78条にある「公の弾劾」の対象になると思うのですが……、下級裁判所が最高裁の判例を無視しただけなら弾劾や懲戒の対象にはならないという理解でよいのでしょうか。

「最高裁の判例無視した」というのは、判決内容が間違っていることを意味するといえます。そうすると、判決内容が間違っていた場合、「罷免事由」や「懲戒事由」に当たるのかどうかが問題となるわけです。

「裁判官訴追委員会」(http://www.sotsui.go.jp/index.html)のHPを見ると、「判決の内容など、裁判官の判断自体についての当否を他の国家機関が調査・判断することは、司法権独立の原則に抵触する恐れがあるので、原則として許されません。したがって、誤判は、通常、罷免の事由になりません。」(http://www.sotsui.go.jp/system/index3.html)とあります。そうすると、判決内容が間違っているとしても、通常、罷免事由にならず、裁判官弾劾裁判所による弾劾によって裁判官は罷免されることはないということになります。

また、裁判所法49条(懲戒)は、「裁判官は、職務上の義務に違反し、若しくは職務を怠り、又は品位を辱める行状があったときは、別に法律で定めるところにより裁判によって懲戒される。」と定めています。

判決内容如何により、懲戒事由に当たるとすれば、やはり、司法権の独立の1つである、個々の裁判官の職権行使の独立を害することになります。ですから、通常、懲戒事由にならないといえます。

このように罷免事由・懲戒事由に当たらないので、「下級裁判所が最高裁の判例を無視しただけなら弾劾や懲戒の対象にはならないという理解でよい」と思います。


>割り込みですみません、あの、東京地裁平成20年4月28日判決の件なのですが……

割り込み、いつでもOKです。
おそらく、YO!!さんも私と同様、東京地裁平成20年4月28日判決は妥当でない点で一致していると思うのです。ただ異なるのは、判決を正すために、「弁論の再開などは、法律論上ムリだ」(春霞)とするか、「法を超えてでもやるべし」(YO!!さん)とするか、分かれているように思います。
2008/10/31 Fri 04:53:54
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>間違いの内容にもよりますが、控訴審や上告審、それでも間違いがあれば再審で正すことになります。裁判官は常に「正しい判決」を出すのではなく、「間違った判決」を出す可能性があるという前提で、司法手続は三審制があり、再審制度があるのです。

上級審や再審で訂正されるからといって、下級審がいい加減に裁判をやってもらっても困りますが。
それに被告人保護の観点から、有罪判決を背景に上級審を争うのは精神的負担が大きい。無罪判決を背景にした方が少しは精神的負担が減らせるでしょう。


>「弁論再開」すれば、「最高裁判決を正確に理解した判決を書け」るという考えは、論理性に欠けています。

論理性はありますよ。最高裁判決を正確に理解した判決を書けなかったのは時間が足りなかったから、と考えてますので、正しい判決を出すのに弁論を再開するというのは合理的です。


>この「責任」の性質とは何ですか? 法的責任ですか? 倫理的責任ですか? それとも何か他の性質の責任ですか?(想像しがたいですが) 具体的にどういう効果が生じる責任ですか?

え~と、貴方の批判↓
>>
時間がなければ「ろくに直す気がなかった」で済むとでも? 時間がなければ「ちゃんと最高裁判例の意味を理解できなかった」で済むとでも? 法律のプロなんですから、そうした言い訳は通用しません。どの世界でも、プロには「いい加減にやっていい」という言い訳は通用しないと思いますが。

下級の裁判所は最高裁判決を無視できません。なぜなら、上級の裁判所が下した判断は下級の裁判所を拘束しますし(裁判所法4条参照)、最高裁判所の判例に反する判決であることは、上告理由となりますので(刑事訴訟法405条2号3号)。
>>

に対してです。
2008/10/31 Fri 09:46:43
URL | YO!! #-[ 編集 ]
>YO!!さん:2008/10/31 Fri 09:46:43
>上級審や再審で訂正されるからといって、下級審がいい加減に裁判をやってもらっても困りますが。

憲法及び刑事訴訟法といった法によって、公正・公平な裁判の実現を図っています。YO!!さんのように、憲法も刑事訴訟法をも無視した、無法なやり方で裁判を規制する考えは、論外であって検討する価値さえありません。

何度も「論外」と書いていますが、「論外」の意味は分かりますか? 「論外」の国語的意味を引用しておきます。

「(国語)ろんがい 【論外】 (三省堂「大辞林 第二版」より)
(名・形動)[文]ナリ
(1)現在の議論の範囲外のこと。
(2)論ずる価値のないこと。とるにたりないこと。また、そのさま。問題外。
「そんな現実離れした案は―だ」
(3)もってのほかのこと。とんでもないこと。また、そのさま。法外。
「―な値段」「―な要求」」


>それに被告人保護の観点から、有罪判決を背景に上級審を争うのは精神的負担が大きい。無罪判決を背景にした方が少しは精神的負担が減らせるでしょう。

「被告人保護」という観点は、職権主義的発想ですので、現行法上、不当です。現行刑事訴訟法は職権主義ではなく、当事者主義を採用しています(2008/09/23 Tue 22:25:57(春霞のコメント))。一度、注意したはずです。

「無罪判決を背景に」とは、常に、1審は無罪にしろと? いや素晴らしい「被告人保護」ですね。冗談はさておき、論外ですが。


>>「弁論再開」すれば、「最高裁判決を正確に理解した判決を書け」るという考えは、論理性に欠けています。
>論理性はありますよ。最高裁判決を正確に理解した判決を書けなかったのは時間が足りなかったから、と考えてますので、正しい判決を出すのに弁論を再開するというのは合理的です。

論理的という意味がわかっていないようです。「最高裁判決を正確に理解した判決を書けなかったのは時間が足りなかったから」という点が成り立つための法的根拠を述べよ、と言っているのです。

もう一度書きますから、よく読みなさい。
「弁論再開」すれば、「最高裁判決を正確に理解した判決を書け」るという因果関係はないと思います。その法的根拠は、刑事訴訟における事実の認定は、裁判官の自由な心証において行われると規定しているのですから(刑訴法318条、自由心証主義)、どういう弁論をしようとも、どんなに時間があったとしても、裁判官の頭の中次第なのですから、法的に因果関係がないからのです。

こちらは、「自由心証主義」(刑訴法318条)という法的根拠を述べたのですから、そちらも刑事訴訟法の規定から、その法的根拠を挙げなさい。


>>この「責任」の性質とは何ですか?
>え~と、貴方の批判↓
>時間がなければ「ろくに直す気がなかった」で済むとでも? 時間がなければ「ちゃんと最高裁判例の意味を理解できなかった」で済むとでも? 法律のプロなんですから、そうした言い訳は通用しません。どの世界でも、プロには「いい加減にやっていい」という言い訳は通用しないと思いますが。
>下級の裁判所は最高裁判決を無視できません。なぜなら、上級の裁判所が下した判断は下級の裁判所を拘束しますし(裁判所法4条参照)、最高裁判所の判例に反する判決であることは、上告理由となりますので(刑事訴訟法405条2号3号)。
>に対してです。

は? 「責任」の性質に聞いているのに? それが答えですか? 

前者の「どの世界でも、プロには『いい加減にやっていい」という言い訳は通用しない』ということで、どういう「責任」が発生するとでも??? 「責任」の性質が分かっていませんね。 

後者は、「最高裁判所の判例に反する判決であることは、上告理由となります」と書いていますが、その意味がまったく理解できないのですか? 刑事手続自体が理解できていないようです。


もう一度聞きます。
>それゆえ責任は問えないというのが貴方の結論と理解します。

この「責任」の性質とは何ですか? 法的責任ですか? 倫理的責任ですか? 政治的責任ですか? 社会的責任ですか? それとも何か他の性質の責任ですか?(想像しがたいですが)
「責任、責任」と書いていても、「責任」の性質について理解できていないと、全く議論になりません。

なお、「責任」の国語的な意味とは別です。YO!!さんがすでに行ったように、Yahoo辞書で「責任」を検索しても無意味です。


ここは法律論を論じるブログです。法的か否かの区別が理解できないのであれば、議論になりません。YO!!さんの主張自体は面白いと思うのですが、さすがに法的か否かの区別自体は理解するように努めてもらわないと、「論外です」と書くだけになってしまいます。

YO!!さんは気づいていないかもしれませんが、刑事訴訟は厖大な手続に基づいて進めるものであり、多様な主義・原則を理解したうえで議論をしています。もちろん、法律論自体が専門家が存在する学問であって、すでに蓄積されている学説・判例も前提にしなければならないことも相俟って、法律論固有の難しさがあります。特に、刑事訴訟法は厖大な手続ごとの細かい議論が求められるので、より理解が難しいように思います。難しいからこそ、個人的には余計に面白いのですが。
2008/11/04 Tue 21:49:48
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>憲法も刑事訴訟法をも無視した、無法なやり方で裁判を規制する考えは、論外であって検討する価値さえありません。

特に法で禁止されているわけではないようですが。


>「無罪判決を背景に」とは、常に、1審は無罪にしろと? いや素晴らしい「被告人保護」ですね。冗談はさておき、論外ですが。

え?今回の判決で最高裁判決を考慮すれば無罪になるのではなかったのですか?↓

>>
もし被告人側が控訴した場合、東京高裁では1審判決を破棄し、無罪となる可能性が極めて高いと思われます。
>>


>論理的という意味がわかっていないようです。「最高裁判決を正確に理解した判決を書けなかったのは時間が足りなかったから」という点が成り立つための法的根拠を述べよ、と言っているのです。

論理的ですよ。裁判官が最高裁判決を考慮できないはずはないのだから、できなかったのは時間が足りなかったからと考えるのは論理的でしょう。法的根拠なんて出る幕ありませんよ。


>「責任」の性質が分かっていませんね。 

ええ、分かってませんが。なんですかそれは?


>「責任、責任」と書いていても、「責任」の性質について理解できていないと、全く議論になりません。

つまり、貴方は裁判所の責任は追及していないということですね。


>なお、「責任」の国語的な意味とは別です。YO!!さんがすでに行ったように、Yahoo辞書で「責任」を検索しても無意味です。

こちらは国語の意味で使っているのですが。
2008/11/05 Wed 09:28:08
URL | YO!! #-[ 編集 ]
>YO!!さん:2008/11/05 Wed 09:28:08
YO!!さんの主張は、ほとんどが論理的に破綻しているものばかりなので、いつも酒でも飲んで酩酊しているのではないかと、思わされます。


裁判官による判決は自由心証ですから、恣意的な判断をすることで間違った判決をしないよう、専門職とし、刑事訴訟法・刑事訴訟規則といった適正な法定手続で規制し、多数の判例で基準を明示して、裁判官の心証(=裁量)の幅を狭めているわけです。どの国であっても。

ところが、YO!!さんは「法を無視して正しい判決にしろ」という主張をします。法と言う規制を無視することを認めてしまえば、自由裁量になってしまって恣意的になってしまい、かえって「間違った判断」をもたらしてしまうのに、なぜかYO!!さんの頭だけでは、「法を無視すると、正しい判決になる」という論理に直結してしまうのです。よく、こうした何もかもぶっ壊してしまいかねない、破綻した論理ばかり考えることができるものだと感心します。


>>憲法も刑事訴訟法をも無視した、無法なやり方で裁判を規制する考えは、論外であって検討する価値さえありません。
>特に法で禁止されているわけではないようですが。

憲法も刑事訴訟法をも無視した手続は、違憲・違法なのであり、名宛人はそうした行為に出ることを禁じる、という効果を生じます。要するに、「違憲・違法=法(法規範)で禁止すること」という意味になります。

ところが、YO!!さんの頭では、「違法」であっても「法で禁止していない」という論理になってしまうのですから、よく、こうした破綻した論理ができるものだと感心します。


>>「無罪判決を背景に」とは、常に、1審は無罪にしろと? いや素晴らしい「被告人保護」ですね。冗談はさておき、論外ですが。
>え?今回の判決で最高裁判決を考慮すれば無罪になるのではなかったのですか?↓

意味不明です。


>論理的ですよ。裁判官が最高裁判決を考慮できないはずはないのだから、できなかったのは時間が足りなかったからと考えるのは論理的でしょう。法的根拠なんて出る幕ありませんよ。

「最高裁判所の判例に反する判決であることは、上告理由となる(刑事訴訟法405条2号3号)」と書いていることが全く分からないようですね。

裁判所が最高裁判例の理解を間違えて判決を出してしまった、そういう判決がかなりあるからこそ、わざわざ、明文で明示して、上告理由になりますと、刑事訴訟法405条2号3号があるわけです。言い換えれば、最高裁判決を考慮できない裁判官がいて間違った判決が、たびたびあったからこそ、そうした判決を正すことを予定して、刑事訴訟法405条2号3号が設けられたのです。

ですから、「裁判官が最高裁判決を考慮できないはずはない」というYO!!さんの考えは、刑事訴訟法405条2号3号に正面から反してしまうのです。ここでも、法律論無視であり、YO!!さんの論理は破綻しています。

YO!!さんは、「法的根拠なんて出る幕ありませんよ」と書いていますが、「元々、法的根拠自体よく分からない」の間違いでは? 


>>「責任」の性質が分かっていませんね。 
>ええ、分かってませんが。なんですかそれは?
>>「責任、責任」と書いていても、「責任」の性質について理解できていないと、全く議論になりません。
>つまり、貴方は裁判所の責任は追及していないということですね。
>>なお、「責任」の国語的な意味とは別です。YO!!さんがすでに行ったように、Yahoo辞書で「責任」を検索しても無意味です。
>こちらは国語の意味で使っているのですが。

法律論というのは、物事の白黒をはっきりさせることです。違法か適法かどちらかであって、中間はありません。何度も書いている「責任」の話でいえば、「法的責任」か否か、そのどちらかになるかが法律論であって、「法的責任がない」と判断されれば、法律論としては終了です。

ところが、YO!!さんは「なんですかそれは?」など言い出し、 法的責任か否かの違いをまるで理解しようとさえしないのです。これでは、YO!!さんの主張は、法律論自体を否定しているのと同じです。

法律論自体を否定している考えでいるのに、なぜだか、責任・義務などと法理論っぽいことを言い出し、挙句、法律論を無視してしまうのですから、結局は、YO!!さんの論理は破綻しているのです。

YO!!さんはどうも日本語が不自由ですし、論理破綻した考えばかりです。まず、高校生程度の言葉の意味くらいは勉強し、そして、何よりも論理的思考力を身につけるべきです。

論理的思考を突き詰めたものを駆使していくのが法律論です。今のYO!!さんでは、法律論を論じるのは不可能です。もう、いい加減に法律論ごっこは止めにしましょう。
2008/11/08 Sat 06:17:16
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>憲法も刑事訴訟法をも無視した手続は、違憲・違法なのであり、名宛人はそうした行為に出ることを禁じる、という効果を生じます。要するに、「違憲・違法=法(法規範)で禁止すること」という意味になります。

裁判官の職権による弁論再開を禁じる規定がありましたでしょうか?


>>
>え?今回の判決で最高裁判決を考慮すれば無罪になるのではなかったのですか?↓
意味不明です
>>。

え?意味不明?
これ↓は貴方の主張では?

>>>
東京地裁は最高裁平成20年4月25日判決を意識しているようですが、この東京地裁の判断は最高裁平成20年4月25日判決と明らかに矛盾しますので、東京地裁は最高裁判決の意味をまったく理解できておらず、(実質的には)最高裁をまったく無視したとさえいえるものです。ですから、もし被告人側が控訴した場合、東京高裁では1審判決を破棄し、無罪となる可能性が極めて高いと思われます。
>>>


>>
>論理的ですよ。裁判官が最高裁判決を考慮できないはずはないのだから、できなかったのは時間が足りなかったからと考えるのは論理的でしょう。法的根拠なんて出る幕ありませんよ。

「最高裁判所の判例に反する判決であることは、上告理由となる(刑事訴訟法405条2号3号)」と書いていることが全く分からないようですね。

裁判所が最高裁判例の理解を間違えて判決を出してしまった、そういう判決がかなりあるからこそ、わざわざ、明文で明示して、上告理由になりますと、刑事訴訟法405条2号3号があるわけです。言い換えれば、最高裁判決を考慮できない裁判官がいて間違った判決が、たびたびあったからこそ、そうした判決を正すことを予定して、刑事訴訟法405条2号3号が設けられたのです。

ですから、「裁判官が最高裁判決を考慮できないはずはない」というYO!!さんの考えは、刑事訴訟法405条2号3号に正面から反してしまうのです。ここでも、法律論無視であり、YO!!さんの論理は破綻しています。

YO!!さんは、「法的根拠なんて出る幕ありませんよ」と書いていますが、「元々、法的根拠自体よく分からない」の間違いでは?

>>

意味不明です。何故、最高裁判決が考慮されなかったのか原因を問題にしているのですが。

いずれしても、「裁判所が最高裁判例の理解を間違えて判決を出してしまった、そういう判決がかなりある」というのであれば、最高裁判決を考慮して判決を出すのは難しいということですから、1日で正しい結論を出せという貴方の主張には無理がありますね。
2008/11/08 Sat 11:11:50
URL | YO!! #-[ 編集 ]
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
2008/11/11 Tue 03:46:55
| #[ 編集 ]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2008/11/11 Tue 03:55:51
| #[ 編集 ]
改めて、「べき」と司法/争点の整理/恣意的判決と弾劾
2008/11/11 Tue 03:46:55付けの承認待ちコメントについては、ご本人からMail欄記入内容の取り消しのお願いがありました。ですので、ブログ管理人側で、Mail欄を除いて、コメント内容をそのままコピーして掲載します。

Name欄とSubject欄についても、2008/11/11 Tue 03:46:55付けのコメントの方のものです。
-------------------------------------

すみません、前回の1)について、「べき」の範囲が不明瞭になっていたようなので訂正します。

1a)東京地裁は「最高裁に沿った判断を行うべき」であり、そのために必要なら刑事訴訟法第276条に基づき「職権で」判決公判期日を変更することも可能だった。
1b)下級裁判所が「最高裁に沿った判断を行うべき」というのは法的義務であり、判決公判日程を守ることよりも優先される。

この理解は正しいでしょうか。

この「べき」という表現に関しては「最高裁判例に従うための判決公判期日変更が法的義務か否か」が争点となっていたように見えますが、法的義務なのはあくまで最高裁判例に従うことだけであり、判決公判期日変更は「それなしには最高裁判例に従う義務が果たせないと東京地裁自らが判断した場合の妥当な選択肢」にすぎないと考えた方が筋が通るように思います。


それと、読めば読むほど双方の主張が意味不明に見えてきたので改めて読み返したのですが、

イ)東京地裁が平成20年4月28日言い渡し予定の判決を最高裁平成20年4月25日判決に沿った形に全面修正することはスケジュール的に可能だったのか?
ロ)もし不可能だった場合、最高裁判例に沿った判決に改めるため判決公判期日を延期するのと、判決公判期日に間に合わせるため最高裁判例に沿わない判決でもそのまま言い渡すのとではどちらが妥当なのか?

……という二つの争点がごっちゃに論じられていないでしょうか。

「最高裁平成20年4月25日判決を意識して色々と姑息な理由を付けて言い訳していますので、最高裁判決を理解する時間がなかったとはいえません」
「一般論ですが、法律の文章において、大幅に直す必要に迫られた場合、小手先で直すよりも全面的に書き直す方が時間的には短くてすむのです」
「本当に判決文を修正する時間がなければ、判決公判期日を延期すれば足ります」

……といった記述から判断する限り「最高裁判例尊重と判決公判日程維持が本当に両立不可能なら優先すべきは最高裁判例尊重だが、実際の判決で示されたような複雑怪奇なつじつま合わせをする暇があったなら、判決公判期日を延期するまでもなくその時間で全面修正を行うことは十分可能だった」ということだと思うのですが、いかんせん裁判所スケジュールの内情や判決文書き直し実務の所要期間といった専門的内容は素人目には判断がつきにくいということもあって「延期するまでもなく全面修正は可能」という主張が十分な説得力を持つものとして伝わらず「判決公判を延期すべきではない=最高裁判例を無視してでも判決公判日程を守るのは正当」というような誤解を招いているように思います。


それともう一つすみません、誤判と弾劾・懲戒の関係について……
誤判が弾劾・懲戒の対象となることは通常ない、ということはよく分かりましたが、判決内容は罷免・懲戒事由にならないとすると「法に背いて恣意的な判決を下す裁判官があれば憲法第78条にある「公の弾劾」の対象になる」というのも誤解なのでしょうか。

A)裁判官には法に従って判決を下す「職務上の義務」があり、法定刑の範囲を逸脱した量刑など明らかに法を無視した判決は「職務上の義務に著しく違反」したものとして例外的に罷免・懲戒事由となることも有り得る。
B)司法権の独立は絶対であり、司法権の暴走としての恣意的な判決に対して外部から対抗する手段として法的に許されているのは上訴と最高裁判所裁判官国民審査のみである。

……以上二通りのイメージが浮かんだのですが、法的に正しいのはどちらでしょう。
 学校で習う弾劾裁判のイメージは「三権分立に基づく権力相互抑制の一環として、国会(立法)が裁判所(司法)の暴走を抑制する制度」というものだったので、「司法の暴走」と言って素人が真っ先に思いつく「法を無視した恣意的な判決」に対して弾劾裁判制度が機能するのかしないのかというのはやはり気になります。
(現実論的には、そこまであからさまに法を無視した判決が下るころには弾劾裁判制度も含めて民主主義そのものが死に体になっている可能性の方が高いかもしれませんが)
2008/11/11 Tue 21:09:30
URL | 青天 霹靂 #FqTu9.sQ[ 編集 ]
>青天 霹靂さん:2008/11/11 Tue 21:09:30(追記しました)
コメントありがとうございます。


>1a)東京地裁は「最高裁に沿った判断を行うべき」であり、そのために必要なら刑事訴訟法第276条に基づき「職権で」判決公判期日を変更することも可能だった。
>1b)下級裁判所が「最高裁に沿った判断を行うべき」というのは法的義務であり、判決公判日程を守ることよりも優先される。
>この理解は正しいでしょうか。

ほぼ書いていることではありますが、こちらの立場を確認しておきます。
1 東京地裁は、最高裁に沿った判断を行うべき(上級の裁判所が下した判断は下級の裁判所を拘束する(裁判所法4条参照))
2 判例にそった判断をするために、判決公判期日の変更は?
→変更することは可能(基本的には、弁論再開に関する裁判所の合理的裁量の範囲といえる)
→変更する義務はない(刑訴法313条1項の解釈、当事者追行主義)

1a)の点は妥当だと思います。私の立場と同じですので、妥当だという理由はそこで挙げたとおりです。裁判所の裁量で公判期日を変更可能であっても、期日変更義務はないわけですね。

1b)の点は、最高裁の判断に従うことも、公判期日も両方とも法令に基づくのですから、両方とも遵守すべきであって、優劣関係はないというべきです。ですので、1b)の点は妥当ではないと考えます。ただ、最高裁の判断も、(今回の件では当てはまりませんが)事例により例外はありえますし、公判期日の日程も変更可能ですから、調整可能でしょうね。


>イ)東京地裁が平成20年4月28日言い渡し予定の判決を最高裁平成20年4月25日判決に沿った形に全面修正することはスケジュール的に可能だったのか?
>ロ)もし不可能だった場合、
>という二つの争点がごっちゃに論じられていないでしょうか。

何もかもごちゃごちゃであることは確かですね。

イ)の点は、「スケジュール的に」とあるように、当時の裁判所の事情など当該裁判官でないと分からない事情であって、法解釈ではありません。判決文から、「スケジュール的に」最高裁判決にそった判断が可能だと推測はしましたが、事情が分からない部外者が言い合いをしても無意味だと思います。

ロ)は、イ)が前提であるため、私はロ)については、論じていません。部外者に分からない事情を前提にした議論は、さらに無意味ですから。


>誤判が弾劾・懲戒の対象となることは通常ない、ということはよく分かりましたが、判決内容は罷免・懲戒事由にならないとすると「法に背いて恣意的な判決を下す裁判官があれば憲法第78条にある「公の弾劾」の対象になる」というのも誤解なのでしょうか。

「法に背いて恣意的な判決」は、法令に反した判決の一種ですから、「判決内容の誤り」の中に含まれると思います。「法に背いて恣意的な判決」と「判決内容の誤り」とは、質的に違うというのも難しいように思いますし、弾劾裁判制度の適用には、司法権の独立に配慮した対応が必要です。ですから、「法に背いた恣意的な判決」であっても、通常は、弾劾の対象にならないということだと考えます。 

法に背いた恣意的な判決を出し続けた事件としては、民訴法253条違反という判決を出し続けた、井上薫事件があります。


「最高裁諮問委員会が井上判事を「再任不適当」と答申」 (2005/12/10 [Sat] 13:28:33)
http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-29.html

「井上薫判事による上司の罷免請求」(2005/12/02 [Fri] 01:07:15)
http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-28.html

「「『判決短すぎる』とマイナス評価」は不当なのか?」(2005/11/04 [Fri] 05:50:51)
http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-21.html

この事件経過を見ると、訴訟当事者が不満を表明し、所長が井上判事に改善を勧告したのに、井上判事は無視して法令無視の判決をし続けたため、再任拒否となりました。このように、内部的な注意を行い、それでも直さないのであれば、再任拒否という対応をしています。

このように、現実には、弾劾裁判によらない他の方法で処理をしており、これで妥当な運用になっていると思います。ただし、近年の司法改革が影響して、法曹の資質が著しく低下しており、従来の対応で十分なのかは問題となるでしょうね。司法改革は国民が支持したのですから、自己責任といえるものですが(苦笑)。

2008/11/12 Wed 21:37:25
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>YO!!さん:2008/11/08 Sat 11:11:50
YO!!さんは法律論を主張しているのに、こちらが法律論でお答えしても、YO!!さんは「法的責任って、なんですかそれは?」など言い出し、 法の枠内か枠外かの区別ができないのです。これではまるで法律論を理解してもらえず、虚しいだけです。どうしようもないので、基本的にお答えしない方針にしています。

論点が大幅にずれてきたので、元に戻します。


>2008/10/27 Mon 18:54:19URL | YO!!
>>論じていることがすれ違っていることは確かですね。私は、あくまで法律論として論じているのであり、法解釈上、YO!!さんの「弁論再開すべき」との主張は、全く認められないと断じているだけです。
>貴方の主張は承りました。その上で、誤った判決を出さないようにする方策を唱えているのですよ。
>貴方は否定するだけで具体的な方策はないのですね。

弁論を再開すべきだった又は判決を延期すべきだったというYO!!さんの主張は、法的根拠がないので法的主張として認められず、また、YO!!さんも(弁論再開につき)「承りました」ということですので、議論は終結しました。

裁判官による判決は自由心証ですから、恣意的な判断をすることで間違った判決をしないよう、専門職とし、刑事訴訟法・刑事訴訟規則といった適正な法定手続で規制し、多数の判例で基準を明示して、裁判官の心証(=裁量)の幅を狭めているわけです。どの国であっても。

ところが、YO!!さんは「法を無視して正しい判決にしろ」という主張をします。法と言う規制を無視することを認めてしまえば、自由裁量になってしまって恣意的になってしまい、かえって「間違った判断」をもたらしてしまうのに、なぜかYO!!さんの頭だけでは、「法を無視すると、正しい判決になる」という論理に直結してしまうのです。こうした正反対の論理をつなぎ合わせても、法律論以前の問題として、論理として成り立ちません。

おそらくは、誰にでも分かることとは思いますが、「誤った判決を出さないようにする方策」もまた、法の枠内で行うのが法治国家なのです。たとえ立法論であっても憲法の枠内で法規定を創設するしかないのです。もっとも、法の枠内か枠外かの区別ができないYO!!さんにとっては、理解できないことなのでしょうが。


>2008/11/08 Sat 11:11:50URL | YO!!
>>憲法も刑事訴訟法をも無視した手続は、違憲・違法なのであり、名宛人はそうした行為に出ることを禁じる、という効果を生じます。要するに、「違憲・違法=法(法規範)で禁止すること」という意味になります。
>裁判官の職権による弁論再開を禁じる規定がありましたでしょうか?

こうしたコメントをする以上、YO!!さんは、「違憲・違法=法(法規範)で禁止すること」という意味がまるで分かっていないようです。

それはともかくとして、「裁判官の職権による弁論再開を禁じる規定」の有無により法的効果に違いがあるのですか? もしかしたら、手続法である刑事訴訟法も、実体法である刑法のように「○○をした者は○○の懲役に処する」などと規定していると思い違いをしているのでは? 


>>「最高裁判所の判例に反する判決であることは、上告理由となる(刑事訴訟法405条2号3号)」と書いていることが全く分からないようですね。
>>「裁判官が最高裁判決を考慮できないはずはない」というYO!!さんの考えは、刑事訴訟法405条2号3号に正面から反してしまうのです。
>意味不明です。

刑事訴訟法405条2号3号に違反すると書いても、「意味不明」とするだけですから、理解できなかったようですね。やはりYO!!さんは論理的に考えることができないようです。もっとも、YO!!さんが理解できなくても、弁論を再開すべきだった又は判決を延期すべきだったというYO!!さんの主張は、法的根拠がないので法的主張として認められず、また、YO!!さんも「承りました」ということですので、議論は終結しました。


もう一度書いておきます。
もう何度も論理的に考えるべきだと批判しているのに、YO!!さんは一向に論理的に考えることができていません。非論理的な法律論ごっこをしたいのであれば、今までのように、モトケン(矢部善朗弁護士)さんのブログでコメントされた方がいいと思います。モトケン(矢部善朗弁護士)さんのブログでは、皆さん一緒になって、非論理的法律論・トンデモ法律論を繰り広げてくれるはずであり、気持ちよくコメントできるはずです。私は、そんな馬鹿げた法律論には興味はありませんが。

YO!!さんは、何度も論理的に考えるべきだと批判されてざぞ不愉快でしょう。ですから、このブログにコメントするのは止めて、前と同様に、モトケン(矢部善朗弁護士)さんのブログでコメントすることをお勧めします。
2008/11/23 Sun 17:12:59
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>それはともかくとして、「裁判官の職権による弁論再開を禁じる規定」の有無により法的効果に違いがあるのですか? 

法的違いはありますが。今回のケースでも弁論再開は可能となります。弁論再開できないという貴方の主張は法的裏づけがないということです。
2008/11/24 Mon 11:07:31
URL | YO!! #-[ 編集 ]
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