「争われていたのは、二〇〇三年六月、東京都北区で、被告の男(39)が、統合失調症による幻視や幻覚で「ばかにされた」と思い込み、塗装店の経営者=当時(62)=を殴って死亡させた事件。検察側の簡易鑑定では「心神耗弱」とされたが、刑事裁判の弁護側と検察側の正式鑑定で、いずれも「心神喪失」と診断された。(中略)
一審判決は、鑑定結果を踏まえて心神喪失により無罪としたが、二審判決は、被告が正常に社会生活を送っていた部分を重視して心神耗弱により懲役三年の逆転有罪としていた。」(東京新聞平成20年4月26日付朝刊29面「『精神鑑定意見 尊重を』 傷害致死で最高裁 審理差し戻し」
最高裁第二小法廷(古田佑紀裁判長)は4月25日、「専門家たる精神医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には,鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり,鑑定の前提条件に問題があったりするなど,これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り,その意見を十分に尊重して認定すべき」との判断を示しました。
その上で、今回のケースでは、「鑑定人は十分な資質を備え、診察方法も問題ない。両鑑定は基本的に高い信用性があった」と判断し(日経新聞4月26日付38面)、心神喪失という鑑定結果を採用せずに、心神耗弱だったとして懲役3年の実刑とした2審判決を破棄、審理を東京高裁に差し戻しました。
この最高裁の判断は、被告の責任能力の有無を判断するのは、あくまでも裁判所だとする従来の判例を踏襲した上でのものではあるとはいえ、明確な制約を加えるため「事実上の判例変更」(東京新聞)であり、今後の責任能力の判断の有無につき、重大な影響を与えるものであり、極めて重要です。
東京都渋谷区の自宅マンションで06年12月、夫(当時30)を殺害し、遺体を切断して遺棄したとして、殺人などの罪に問われた三橋歌織被告(33)に対し、東京地裁(河本雅也裁判長)は4月28日、公判では、検察側、弁護側双方の精神鑑定がいずれも「心神喪失」であったのに、なぜか責任能力を認めて懲役15年(求刑懲役20年)の判決を言い渡しています。この点についても少し触れたいと思います。
1.報道記事を幾つか。
(1) 朝日新聞平成20年4月26日付朝刊38面
「「心神喪失」で有罪はダメ…「鑑定尊重を」最高裁初判断
2008年04月26日06時20分
裁判で2度実施された精神鑑定の結果がいずれも刑事責任能力がない「心神喪失」だったのに、二審判決で「心神耗弱」で有罪とされた男性被告(39)の上告審で、最高裁第二小法廷(古田佑紀裁判長)は25日、「鑑定結果は信用でき、心神耗弱と認めるのは困難」として、二審判決を破棄し、さらに審理を尽くすため東京高裁に差し戻す判決を言い渡した。
第二小法廷は判決の中で「専門家である精神科医の意見は、公正さや能力に疑いがあったり、鑑定の前提条件に問題があったりするなどの採用できない事情がない限り、十分に尊重するべきだ」とする初めての判断を示した。
東京・渋谷のマンションで夫を殺害し、遺体をバラバラにして遺棄したとして殺人の罪などに問われている三橋歌織被告(33)の裁判でも、2人の医師による被告の精神鑑定の結果は、ともに「心神喪失」の意見だった。28日に東京地裁で判決が言い渡される予定で、判断が注目される。
この日の裁判は、03年に東京都北区で、かつて勤務していた塗装店の経営者を殴って死なせたとして、男性が傷害致死罪に問われ、犯行当時、統合失調症による幻聴などにどの程度支配されていたかが争点となっていた。
一審・東京地裁判決は、「心神喪失」とした鑑定結果に基づき無罪。しかし、二審は「犯行前後は合理的な行動をとっていた」として、鑑定結果を採用せず、「心神耗弱」で懲役3年としていた。
この日の判決で第二小法廷は、被告の責任能力の有無を判断するのは、あくまでも裁判所だとする従来の判例を踏襲した上で、一審と二審で実施された精神鑑定の中身を検討。「鑑定人としての資質を十分備えており、結論を導く過程にも誤りはない。いずれも基本的に信用できる」と結論づけた。」
(2) 読売新聞平成20年4月26日付朝刊38面
「責任能力「鑑定結果十分に尊重すべき」…最高裁が初判断
犯行時、被告に善悪を判断する能力(責任能力)があったかどうかを調べる精神鑑定で「責任能力なし」とされながら、裁判官が有罪としたのが妥当かどうかが問われた裁判の上告審判決が25日、最高裁第2小法廷であった。
古田佑紀裁判長は「鑑定医の公正さや能力に疑いがあるなど、特別な事情がなければ、鑑定結果を十分に尊重すべきだ」とする初判断を示し、被告の責任能力を認めて有罪とした2審・東京高裁判決を破棄、審理を差し戻した。
上告していたのは、東京都内で2003年、昔の勤務先の経営者を殴って死なせたとして傷害致死罪に問われた塗装工の男性被告(39)。判決によると、被告は事件当時、経営者からバカにされるなどの幻覚や幻聴に襲われ、犯行に及んだ。
1審・東京地裁は「心神喪失状態で、責任能力はなかった」とする鑑定結果を重視し、無罪とした。控訴審の精神鑑定でも同様の鑑定結果が出されたが、東京高裁は、被告が普通の社会生活を送っていたことや犯行後に自首したことなどを理由に、責任能力を認め、懲役3年としていた。
この日の最高裁判決は、「責任能力の判断は裁判所に委ねられる」としながらも、「鑑定結果を採用できない合理的な事情がない以上、鑑定を十分に尊重すべきだ」と指摘。二つの鑑定結果に反する2審判決を違法とした。
刑法は、責任能力のない心神喪失者の行為は罰せず、責任能力が低下した心神耗弱者については刑を軽減すると規定している。
(2008年4月25日23時51分 読売新聞)」
(3) 毎日新聞2008年4月26日東京朝刊
「東京・北区の傷害致死:最高裁「精神鑑定、尊重を」 被告の責任能力で初判断
◇統合失調症被告
統合失調症の被告の責任能力が争われた事件の上告審判決で、最高裁第2小法廷(古田佑紀裁判長)は25日、「精神医学者の鑑定は、公正さに疑いがあったり前提条件に問題があるなどの事情がない限り、十分に尊重すべきだ」との初判断を示した。そのうえで心神喪失と判断した精神鑑定を採用せずに被告を有罪とした2審・東京高裁判決を破棄し、審理を差し戻した。
判例では、無罪となる心神喪失や刑が減軽される心神耗弱に当たるかどうかは、精神鑑定のほかに生活状態や動機なども総合的に考慮して裁判所が判断。今回の判決は、判例を踏まえつつ、責任能力の判断にあたって精神鑑定結果を重視するよう求めたものだ。市民が参加する裁判員制度を見据え、裁判員が短期間で判断しやすい基準を示したといえる。
この事件は、03年に東京都北区で元雇い主の男性を殴って死なせたとして塗装工(39)が傷害致死罪で起訴された。1、2審で計2回実施された精神鑑定はともに心神喪失と結論。1審は鑑定に基づき無罪としたが、2審は「犯行態様に異常はなく、当時の状況も詳細に記憶している」と鑑定結果を採用せず懲役3年を言い渡した。小法廷は「鑑定の信用性は高く、2審が挙げた事情では責任能力があったとはいえない」と指摘した。【北村和巳】
毎日新聞 2008年4月26日 東京朝刊」
「事件番号:平成18(あ)876
事件名:傷害致死被告事件
裁判年月日:平成20年04月25日
法廷名:最高裁判所第二小法廷
裁判種別:判決
結果:破棄差戻し
判例集巻・号・頁
原審裁判所名:東京高等裁判所
原審事件番号:平成16(う)3318
原審裁判年月日:平成18年03月23日
判示事項
裁判要旨
1 責任能力判断の前提となる精神障害の有無及び程度等について,専門家たる精神医学者の鑑定意見等が証拠となっている場合には,これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り,裁判所は,その意見を十分に尊重して認定すべきである。
2 統合失調症による幻覚妄想の強い影響下で行われた傷害致死の行為について,被告人が正常な判断能力を備えていたとうかがわせる多くの事情があるからといって,そのことのみによって心神喪失ではなく心神耗弱にとどまっていたと認めるのは困難とされた事例」
「 主 文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理 由
弁護人浦崎寛泰及び被告人本人の各上告趣意は,いずれも事実誤認,量刑不当の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
しかしながら,所論にかんがみ職権をもって調査すると,原判決は,刑訴法411条1号,3号により破棄を免れない。その理由は,以下のとおりである。
第1 本件の事実関係等と原判断
1 原判決の認定及び記録によれば,本件の事実関係等は次のとおりである。
(1) 被告人は,発症時期が平成8年4月ころにさかのぼると見られる統合失調症により,平成14年2月ころからは,人のイメージが頭の中に出てきてそれがものを言うという幻視・幻聴や,頭の中で考えていることを他人に知られていると感じるなどの症状が現れるようになった。そのような異常体験の中でも,被告人が平成3年11月から平成6年4月まで稼働していた塗装店の経営者(本件被害者。以下「被害者」という。)が「ばかをからかってると楽しいな。」などと被告人をからかったり,「仕事で使ってやるから電話しろ。」などと話しかけてくる幻視・幻聴が特に頻繁に現れ,これに対し,被告人が,その呼び掛けに応じて被害者に電話をして再就職を申し出ると,同人からそれを断られ,またそのすぐ後に電話しろという声が聞こえたことから電話を掛けるということを繰り返すなどしたことがあった。被告人は,このような幻視・幻聴が続く中で,被害者が自分のことをばかにしていると憤りを覚えるようになり,平成15年1月か2月ころには,酔った上,交際相手の女性の前で,被害者を殴りに行くなどと言い出し,同女にたしなめられて思いとどまったということがあった。
(2) 被告人は,平成15年6月24日,朝から「仕事に来い。電話をくれ。」と言う被害者の声が聞こえ,新しく決まったアルバイト先に初めて出勤するために地下鉄に乗った際にも,頭の中に被害者の顔が現れ,何度も「こいつは仕事に行きたくねえんだ。」などと話す声が聞こえたため,被害者が被告人の仕事に行くのを邪魔しようとしていると腹を立て,被害者を殴って脅かしてやろうと思い,前記塗装店に向かった。しかし,被告人は,同店付近で被害者が現れるのを待っていたところ,頭の中に昔の知り合いのホステスが出てきて,「純ちゃんが怒ってるから早く出てきなさいよ。」などと被害者に声を掛けている幻聴が聞こえるなどしたため,自分の行動が人に見られていると感じてその日は被害者を殴るのをやめ,そのまま帰宅した。その後,被告人は,本件当日である同月27日までの間,被害者や今まで働いた職場の者らが頭の中に頻繁に出てくる幻視・幻聴に混乱し,仕事に行く気になれず,自宅にこもっていた。
(3) 同月27日も,被害者が頭の中に現れ,「仕事に来い。電話しろ。」と前記塗装店での仕事を誘う声が聞こえ,同塗装店に電話を掛けて呼出し音を1回させてからすぐ切るということを2回ほどしたが,被害者に対する腹立ちが収まらず,被害者を二,三発殴って脅し,自分をばかにするのをやめさせようなどと考え,同日午後6時ころ,自転車で自宅を出発し,上記塗装店から徒歩で約5分の距離にあって,被告人がパチンコに行く際に自転車をとめる場所で自転車を降り,そこから歩いて同塗装店に向かった。
(4) 被告人が同塗装店の通用口から店内に入り,作業場,事務室を経て社長室に至ると,被告人を見た被害者がどうしたのかという感じでへらへら笑っているように思え,被告人は,被害者の顔面等を数発殴った上,店外に逃げ出した被害者を追い掛け,路上で更にその顔面を1発殴った。そして,あお向けに倒れた被害者を見て,ふざけてたぬき寝入りをしているのだと思い,その太もも付近を足で突くようにけった。しかし,通行人が来たのでそれ以上の暴行を加えることなく,その場を立ち去った。被害者は,被告人による上記一連の暴行により頭部を同店備品,路面等に打ち付け,よって,同年7月3日午後7時50分ころ,搬送先の病院において,外傷性くも膜下出血により死亡した(以下,被告人の被害者に対する上記一連の暴行を,「本件行為」又は「本件犯行」という。)。
(5) 被告人は,本件行為後,交際相手の女性の家に行き,一緒に食事を取るなどした後,自宅に戻ったが,同年6月28日,被害者が重体であるという新聞記事を見るなどして怖くなり,自首した。
(6) なお,被告人は,精神科医の診療を受けていたが,統合失調症と診断されたことはなく,被告人の同居の実母,交際相手も,被告人が統合失調症等の精神疾患にり患していると疑ったことはなかった。
2 被告人の本件行為当時の精神状態については,原審までに,以下のような鑑定人ないし専門家の意見が証拠として取り調べられている。
(1) 捜査段階でいわゆる簡易精神鑑定を担当した医師佐藤忠彦は,その作成に係る精神衛生診断書(以下「佐藤鑑定」という。)において,被告人は,本件行為当時,統合失調症による幻覚妄想状態の増悪期にあり,心神喪失の可能性は否定できないが,本件行為に至る行動経過は合目的的であり,かつ,著明な残遺性変化がないことなどから,是非弁別能力と行動制御能力を完全に喪失していたとはいい得ないとして,心神耗弱相当であるとの所見を示している。
(2) 他方,第1審で裁判所から被告人の精神鑑定を命じられた医師坂口正道は,その作成に係る鑑定書及び公判廷における証言(以下「坂口鑑定」という。)において,被告人は,本件行為当時,統合失調症の激しい幻覚妄想状態にあり,直接その影響下にあって本件行為に及んだもので,心神喪失の状態にあったとする。そして,被告人が,一方で現実生活をそれなりにこなし,本件行為の前後において合理的に見える行動をしている点は,精神医学では「二重見当識」等と呼ばれる現象として珍しくはなく,本件行為に至る過程で,被告人が一定の合理的な行動を取っていたことと被告人が統合失調症による幻覚妄想状態の直接の影響下で本件行為に及んだことは矛盾しないという。
(3) また,原審で,医師保崎秀夫は,上記(1)(2)を含む検察官から提供された一件記録を検討した意見として,原審公判廷における証言及びその意見書(以下「保崎意見」という。)において,被告人の本件行為当時の症状は統合失調症が慢性化して重篤化した状態ではなく,心神耗弱にとどまるとの所見を示している。
(4) さらに,原審で裁判所から被告人の精神鑑定を命じられた医師深津亮は,上記(1)ないし(3)の各鑑定及び意見を踏まえ,さらに,被告人に対する診察や諸検査を行った上,その作成に係る鑑定書及び公判廷における証言(以下「深津鑑定」という。)において,次のように述べている。すなわち,被告人は統合失調症にり患しており,急性期の異常体験が活発に生じる中で次第に被害者を「中心的迫害者」とする妄想が構築され,被害者は被告人に対し様々なひぼう中傷や就職活動の妨害を働く存在として認識されるようになり,被告人において,それらの妨害的な行為を中止させるため攻撃を加えたことにより本件行為は生じたと考えられ,幻覚妄想に直接支配された行為とはいえないが,統合失調症が介在しなければ本件行為は引き起こされなかったことは自明である。被告人は,一方では「人に対して暴力を振るいけがさせたり,殺したりすることは悪いこと」との認識を有していたが,他方では異常体験に基づいて本件暴行を加えており,事物の理非善悪を弁識する能力があったということは困難であり,仮にこれがあったとしても,この弁識に従って行動する能力は全く欠けていたと判断される。
3(1) 第1審判決は,上記坂口鑑定に依拠し,本件行為は激しい幻覚妄想に直接支配されたものであり,被告人は本件行為当時心神喪失の状態にあったとして被告人に無罪を言い渡した。これに対し,検察官が控訴し,原判決は,被告人は心神耗弱にとどまるとして,第1審判決を事実誤認を理由に破棄し,被告人に対し懲役3年を言い渡した。
(2) 原判決の理由の要旨は次のようなものである。すなわち,被害者を二,三発殴って脅し,自分をばかにするのをやめさせようなどと考えたという動機の形成,犯行に至るまでの行動経過,こぶしで数発殴ったという犯行態様,あるいは,通行人が来たことから犯行現場からすぐに立ち去ったという経緯には,特別異常とされる点がなく,これらは,了解が十分に可能である。そして,「電話しろ。」という作為体験はあっても,「殴り付けろ。」という作為体験はなく,幻聴や幻覚が犯行に直接結び付いているとまではいえない。しかも,被告人は,本件犯行及びその前後の状況について,詳細に記憶しており,当時の意識はほぼ清明であるということができる上に,本件犯行が犯罪であることも認識していたと認められる。そして,犯行後に被告人が自首していること,被告人がそれなりの社会生活を送り,仕事をしようとする意欲もあったことなどの諸事情にも照らすと,被告人は,本件犯行時,統合失調症にり患していたにしても,それに基づく心神喪失の状態にあったとは認められず,せいぜい心神耗弱の状態にあったものというべきである。坂口鑑定及び深津鑑定は,いずれも採用することができない。
第2 当裁判所の判断
しかしながら,原判断は,是認できない。その理由は,次のとおりである。
1 坂口鑑定及び深津鑑定の評価について
(1) 被告人の精神状態が刑法39条にいう心神喪失又は心神耗弱に該当するかどうかは法律判断であって専ら裁判所にゆだねられるべき問題であることはもとより,その前提となる生物学的,心理学的要素についても,上記法律判断との関係で究極的には裁判所の評価にゆだねられるべき問題である(最高裁昭和58年(あ)第753号同年9月13日第三小法廷決定・裁判集刑事232号95頁)。しかしながら,生物学的要素である精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に与えた影響の有無及び程度については,その診断が臨床精神医学の本分であることにかんがみれば,専門家たる精神医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には,鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり,鑑定の前提条件に問題があったりするなど,これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り,その意見を十分に尊重して認定すべきものというべきである。
(2) この観点から坂口鑑定及び深津鑑定を見ると,両医師とも,いずれもその学識,経歴,業績に照らし,精神鑑定の鑑定人として十分な資質を備えていることはもとより,両鑑定において採用されている諸検査を含む診察方法や前提資料の検討も相当なもので,結論を導く過程にも,重大な破たん,遺脱,欠落は見当たらない。また,両鑑定が依拠する精神医学的知見も,格別特異なものとは解されない。そして両者は,本件行為が統合失調症の幻覚妄想状態に支配され,あるいは,それに駆動されたものであり,他方で正常な社会生活を営み得る能力を備えていたとしても,それは「二重見当識」等として説明が可能な現象であって,本件行為につき,被告人が事物の理非善悪を弁識する能力及びこの弁識に従って行動する能力を備えていたことを意味しないという理解において一致している。このような両鑑定は,いずれも基本的に高い信用性を備えているというべきである。
(3) しかるに,原判決は,両鑑定が,被告人に正常な精神作用の部分があることについて「二重見当識」と説明するだけでこれを十分検討していないとして,その信用性を否定している。しかし,両鑑定は,本件行為が,被告人の正常な精神作用の領域においてではなく,専ら病的な部分において生じ,導かれたものであることから,正常な精神作用が存在していることをとらえて,病的体験に導かれた現実の行為についても弁識能力・制御能力があったと評価することは相当ではないとしているにとどまり,正常な部分の存在をおよそ考慮の対象としていないわけではないし,「二重見当識」により説明されている事柄は,精神医学的に相応の説得力を備えていると評し得るものである。また,原判決は,深津鑑定については,前提事実に誤りがあるとも指摘するが,当たらないものである。
そうすると,以上のような理由から前記(2)のように基本的に信用するに足りる両鑑定を採用できないものとした原判決の証拠評価は,相当なものとはいえない。
2 諸事情による総合判断について
(1) 被告人が犯行当時統合失調症にり患していたからといって,そのことだけで直ちに被告人が心神喪失の状態にあったとされるものではなく,その責任能力の有無・程度は,被告人の犯行当時の病状,犯行前の生活状態,犯行の動機・態様等を総合して判定すべきである(最高裁昭和58年(あ)第1761号同59年7月3日第三小法廷決定・刑集38巻8号2783頁)。したがって,これらの諸事情から被告人の本件行為当時の責任能力の有無・程度が認定できるのであれば,原判決の上記証拠評価の誤りは,判決に影響しないということができる。そこで,更にこの観点から検討する。
(2) 信用に値する坂口鑑定及び深津鑑定に関係証拠を総合すれば,本件行為は,かねて統合失調症にり患していた被告人が,平成15年6月24日ころから急性に増悪した同症による幻聴,幻視,作為体験のかなり強い影響下で,少なくともこれに動機づけられて敢行されたものであり,しかも,本件行為時の被告人の状況認識も,被害者がへらへら笑っていたとか,こん倒した被害者についてふざけてたぬき寝入りをしているのだと思ったなどという正常とはいえない,統合失調症に特有の病的色彩を帯びていたものであることに照らすと,本件行為当時,被告人は,病的異常体験のただ中にあったものと認めるのが相当である。
(3) 他方において,原判決が説示するように,本件行為の動機の形成過程は,その契機が幻聴等である点を除けば,了解が可能であると解する余地がある。また,被告人が,本件行為及びその前後の状況について,詳細に記憶しており,その当時の意識はほぼ清明であること,本件行為が犯罪であることも認識し,後に自首していること,その他,被告人がそれなりの社会生活を送り,就労意欲もあったことなど,一般には正常な判断能力を備えていたことをうかがわせる事情も多い。
しかしながら,被告人は,同種の幻聴等が頻繁に現れる中で,しかも訂正が不可能又は極めて困難な妄想に導かれて動機を形成したと見られるのであるから,原判決のように,動機形成等が了解可能であると評価するのは相当ではないというべきである。また,このような幻覚妄想の影響下で,被告人は,本件行為時,前提事実の認識能力にも問題があったことがうかがわれるのであり,被告人が,本件行為が犯罪であることも認識していたり,記憶を保っていたりしても,これをもって,事理の弁識をなし得る能力を,実質を備えたものとして有していたと直ちに評価できるかは疑問である。その他,原判決が摘示する被告人の本件前後の生活状況等も,被告人の統合失調症が慢性化した重篤な状態にあるとはいえないと評価する余地をうかがわせるとしても,被告人が,上記(2)のような幻覚妄想状態の下で本件行為に至ったことを踏まえると,過大に評価することはできず,少なくとも「二重見当識」によるとの説明を否定し得るようなものではない。
(4) そうすると,統合失調症の幻覚妄想の強い影響下で行われた本件行為について,原判決の説示する事情があるからといって,そのことのみによって,その行為当時,被告人が事物の理非善悪を弁識する能力又はこの弁識に従って行動する能力を全く欠いていたのではなく,心神耗弱にとどまっていたと認めることは困難であるといわざるを得ない。
3 結論
以上のとおり,本件記録に徴すると,被告人が心神耗弱の状態にあったとして限定責任能力の限度で傷害致死罪の成立を認めた原判決は,被告人の責任能力に関する証拠の評価を誤った違法があり,ひいては事実を誤認したものといわざるを得ない。これが判決に影響することは明らかであって,原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。
ところで,坂口鑑定及び深津鑑定は,統合失調症にり患した者の病的体験の影響下にある認識,判断ないし行動は,一方で認められる正常な精神作用により補完ないし制御することは不可能であるという理解を前提とするものと解されるが,これと異なる見解の有無,評価等,この問題に関する精神医学的知見の現状は,記録上必ずしも明らかではない。また,被告人は,本件以前にも,被害者を殴りに行こうとして,交際相手に止められたり,他人に見られていると思って思いとどまったりしているほか,本件行為時にも通行人が来たため更なる攻撃を中止するなどしており,本件行為自体又はこれと密接不可分な場面において,相応の判断能力を有していたと見る余地のある事情が存するところ,これをも「二重見当識」として説明すべきものなのか,別の観点から評価検討すべき事柄なのかについて,必ずしも明らかにはされていない。さらに,被告人は本件行為の翌日に自首するなど本件行為後程ない時点では十分正常な判断能力を備えていたとも見られるが,このことと行為時に強い幻覚妄想状態にあったこととの関係も,坂口鑑定及び深津鑑定において十分に説明されているとは評し難い。本件は,被告人が正常な判断能力を備えていたように見える事情も相当程度存する事案であることにかんがみると,本件行為当時の被告人の責任能力を的確に判断するためには,これらの点について,精神医学的知見も踏まえて更に検討して明らかにすることが相当であるというべきであり,当裁判所において直ちに判決するのに適しているとは認められない。
よって,刑訴法411条1号,3号,413条本文により原判決を破棄し,更に審理を尽くさせるため本件を原裁判所に差し戻すこととし,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
検察官總山哲公判出席
(裁判長裁判官 古田佑紀 裁判官 津野修 裁判官 今井功 裁判官 中川了滋)」
(1) この判決のうち重要なのは、次の点です。今後の裁判すべてにおいて、この責任能力の判断基準・方法を通用していくものだからです。
「被告人の精神状態が刑法39条にいう心神喪失又は心神耗弱に該当するかどうかは法律判断であって専ら裁判所にゆだねられるべき問題であることはもとより,その前提となる生物学的,心理学的要素についても,上記法律判断との関係で究極的には裁判所の評価にゆだねられるべき問題である(最高裁昭和58年(あ)第753号同年9月13日第三小法廷決定・裁判集刑事232号95頁)。
しかしながら,生物学的要素である精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に与えた影響の有無及び程度については,その診断が臨床精神医学の本分であることにかんがみれば,専門家たる精神医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には,鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり,鑑定の前提条件に問題があったりするなど,これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り,その意見を十分に尊重して認定すべきものというべきである。」(*原文と異なり、段落を分けた)
従来の判例は、責任能力(刑法39条)の判断については法律判断だからとして、裁判所が鑑定に拘束されずに、精神医学上の判断である精神障害さえも自由に評価できるとしていたのです(最決昭和58・9・13)。しかし、裁判所は、法律については専門家であっても、精神障害という生物学的要素について全くの素人です。それなのに、裁判所は、処罰の必要性を意図として、素人くさい勝手な理屈を付けて、精神鑑定の無視することを平気で行ってきました。これに対しては、臨床精神医学という専門分野を無視するものであり、精神鑑定に意味があるのか、という疑問がありました。
そのようなごく自然な疑問を取り入れ、本判決は、従来の判例と異なり、精神医学の専門家の判断を十分に尊重せよとしたわけです。本判決は、「生物学的要素である精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に与えた影響の有無及び程度については,その診断が臨床精神医学の本分である」という理由を述べていますが、あまりにも当然の理由といえます。今まで、こうした至極真っ当な理由を無視してきたこと自体が、おかしなことだったのです。
判決文では、責任能力(刑法39条)の判断については、裁判所が鑑定に拘束されずに自由に判断できるとしていた、従来の判例(最決昭和58・9・13)を変更するとの明示はしていません。しかし、本判決は、<1>「鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり」という鑑定人自身に問題があるか否か、<2>「鑑定の前提条件に問題」というように診察方法や前提資料の検討という外観上、明らかな問題があるか否か、という点につき合理的な疑いがない限り、鑑定「意見を十分に尊重して認定すべき」というのです。
鑑定人自身の問題や外観上明らかな問題がない限り、いわば「鑑定に拘束」されるのですから、「鑑定に拘束されない」として自由裁量だった従来の判例は明確に制約されたといえます。ですから、判決文において判例変更との明示はなくても、実質的には判例変更であるため、事実上の判例変更と評価すべきです。
(2) なお、責任能力(刑法39条)の判断につき、裁判所が鑑定に拘束されずに自由に判断できるとしていた、従来の判例(最決昭和58・9・13)を前提として、最高裁昭和59年7月3日決定(刑集38巻8号2783頁)は、その法律判断としての責任能力の判断方法につき、鑑定書全体の記載内容とその余の精神鑑定の結果、ならびに記録により認められる被告人の犯行当時の病状、犯行前の生活状態、犯行の動機・態様等を総合判断するとしていました。これは、法律判断は消極的なものではなく、鑑定を積極的に排除する方法を示したものでした(刑法判例百選1総論(第6版)69頁〔林美月子〕)。
この判決が出たため、統合失調症であっても動機の了解可能性や犯行の記憶等を根拠に完全責任能力とするものが散見されるようになりました(仙台地判平成17・8・18平17(わ)173号、青森地判平成18・2・15平17(わ)268号。刑法判例百選1総論(第6版)69頁)。
しかし、こうした昭和59年決定の判断方法は、「鑑定に拘束されない」ことが前提であり、鑑定人自身の問題や外観上明らかな問題がないのにも関わらず、鑑定書を積極的に排除し、鑑定をなかば無視することを肯定したものですから、本判決に反するものです。ですから、この判断方法は事実上消滅したというべきです。
もっとも、本判決によったとしても、鑑定人自身の問題や外観上明らかな問題があり、鑑定人の判断を採用しない合理的な理由がある場合には、裁判所の自由裁量による方法が復活するのだとして、昭和59年決定の判断方法が生き残るとも、一応、考えることも可能です。
しかし、鑑定人の判断を採用しない合理的な理由がある場合には、別の鑑定人による適正な鑑定を行うことが最も合理的であり、精神医学につき素人である裁判所が、しゃしゃり出て来るのはおかしなことです。やはり、本判決により、最高裁昭和59年7月3日決定が示した判断方法は、事実上消滅したというべきでしょう。本判決の影響力はかなり大きいといえそうです。
(追記:本判決でも昭和59年決定を引用しているので、維持されているとの理解もできそうです。しかし、昭和59年決定は鑑定を積極的に排除する方法を示したものでしたから、本判決と相容れないものです。ですから、昭和59年決定の位置づけや使い方が問題となりそうです。少なくとも、「鑑定を積極的に排除する方法」として使うことは困難でしょう。)
3.解説記事を幾つか。
(1) 東京新聞平成20年4月26日付朝刊38面「解説」
「結果軽視の流れ歯止めも
「専門家による鑑定結果を尊重せよ」とのメッセージを強く打ち出した最高裁の判断は、刑事責任能力の有無が争点となる今後の裁判に、大きな影響を与えそうだ。
刑事責任能力は「善悪の判断能力」と「自分の意思で行動を制限する力」を総合して判断される。
