FC2ブログ
Because It's There
主に社会問題について法律的に考えてみる。など。
08« 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 12. 13. 14. 15. 16. 17. 18. 19. 20. 21. 22. 23. 24. 25. 26. 27. 28. 29. 30.»10
スポンサーサイト 
--/--/-- [--] --:--:-- » E d i t
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 *  TB: --  *  CM: --  * top △ 
2008/04/23 [Wed] 20:33:18 » E d i t
山口県光市で、殺人と強姦致死、窃盗の罪に問われた元少年(27)に対する差し戻し控訴審で、広島高裁(楢崎康英裁判長)は4月22日、無期懲役とした1審・山口地裁判決を破棄し、死刑の判決を言い渡しました。犯行時少年の死刑判決は、連続リンチ殺人で当時18~19歳の元少年3人に対する2005(平成17)年の名古屋高裁判決以来であり、犯行当時18歳1ヶ月だった者への死刑判決は、最高裁に記録が残っている昭和41年以降で最も低い年齢でした。弁護側は上告しています。



1.報道記事を幾つか。

(1) 毎日新聞平成20年4月22日付夕刊1面

山口・光の母子殺害:差し戻し控訴審 元少年に死刑判決 広島高裁「新供述は不自然」

 ◇「情状斟酌できぬ」

 山口県光市で99年4月、母子を殺害したとして殺人と強姦(ごうかん)致死罪などに問われた当時18歳の元少年(27)に対する差し戻し控訴審の判決公判が22日、広島高裁であった。楢崎康英裁判長は「身勝手かつ自己中心的で、(被害者の)人格を無視した卑劣な犯行」として、無期懲役とした1審判決を破棄し、求刑通り死刑を言い渡した。元少年が差し戻し審で展開した新供述を「不自然不合理」と退け、「1、2審は改善更生を願い無期懲役としたのに、死刑を免れるために供述を一変させ、起訴事実を全面的に争った」と批判した。弁護側は即日、上告した。

 最高裁は06年6月、高裁が認めた情状酌量理由を「死刑を回避するには不十分」として1、2審の無期懲役判決を破棄し、高裁に差し戻した。

 判決によると、元少年は99年4月14日、光市のアパートに住む会社員、本村洋さん(32)方に排水管検査を装って上がり込み、妻の弥生さん(当時23歳)を強姦目的で襲い、抵抗されたため手で首を絞めて殺害。長女夕夏ちゃんを床にたたきつけた上、首にひもを巻き付けて絞殺した。

 元少年は差し戻し審で弥生さん殺害について、「甘えたい気持ちで抱きつき、反撃され押さえつけたら動かなくなった」とし、夕夏ちゃん(同11カ月)について「泣きやまないので抱いてあやしていたら落とした。首を絞めた認識はない」と述べた。

 供述を変えた理由については、「自白調書は警察や検察に押し付けられ、1、2審は弁護人が無期懲役が妥当と判断して争ってくれなかった」とした。

 判決は「弁護人から捜査段階の調書を差し入れられ、『初めて真実と異なることが記載されているのに気づいた』とするが、ありえない」と、元少年の主張を退けた。

 また、弥生さんの殺害方法について元少年が「押し倒して逆手で首を押さえているうちに亡くなった」としたのに対しても「困難と考えられ、右手で首を押さえていたことを『(元少年が)感触さえ覚えていない』というのは不自然。到底信用できない」とした。夕夏ちゃん殺害についても、「供述は信用できない」と否定した。

 また、元少年が強姦行為について「弥生さんを生き返らせるため」としたことについて、「荒唐無稽(こうとうむけい)な発想であり、死体を前にしてこのようなことを思いつくとは疑わしい」と退けた。事件時、18歳30日だった年齢についても「死刑を回避すべきだという弁護人の主張には賛同し難い」とした。

 また、元少年の差し戻し審での新供述を「虚偽の弁解をろうしたことは改善更生の可能性を大きく減殺した」と批判。「熱心な弁護をきっかけにせっかく芽生えた反省の気持ちが薄らいだとも考えられる」とした。

 2審の無期懲役判決を差し戻した死刑求刑事件は戦後3例目だが、他の2件は死刑が確定している。【大沢瑞季、安部拓輝、川辺康広】(以下、省略)

毎日新聞 2008年4月22日 東京夕刊」


■解説:被害者2人「境界事例」で判断

 量刑が最大の焦点になった差し戻し審で、広島高裁は結果の重大性を重視して極刑を選択した。たとえ少年でも故意に複数の命を奪った事件は、積極的に死刑を適用すべきだとの司法判断を明確に示したと言える。

 06年6月の最高裁判決は、元少年が事件当時18歳30日だった点を「考慮すべき一事情にとどまる」とし、差し戻した。これに対し弁護側は、元少年の成育環境による未熟さを背景とする偶発的事件と主張。1、2審で認めた殺意や強姦の意図を争い、高裁が弁護側の主張をどこまで認めるかが焦点となった。

 最高裁は83年の永山則夫元死刑囚(97年執行)に対する判決で、死刑選択の判断基準として9項目を挙げた。判例をみると被害者の数が重要な要素とされるが、明確な基準はなく、被害者2人の場合は、判断が分かれる「境界事例」だった。更に、永山判決以降、被告が少年の事件で死刑判決が確定したのは2件だけで、いずれも被害者は4人だ。

 高裁が従来の量刑判断から大きく踏み出した背景として、来年始まる裁判員制度を前に「死刑基準を明確化したもの」と指摘する専門家もいる。厳罰化世論が高まる中、死刑に慎重であるべき少年事件で示された判決は、量刑を巡る議論に一石を投じるものだ。【安部拓輝、大沢瑞季】

毎日新聞 2008年4月22日 東京夕刊」




(2) 日経新聞平成20年4月22日付夕刊18面

光市母子殺害 死刑判決  少年への厳罰化 後押し
「精神的成熟求めず」

 犯行当時18歳の少年だった被告(27)を死刑とした広島高裁の差し戻し控訴審判決は「少年法は死刑適用について精神的成熟度や矯正可能性などの要件を求めていない」と指摘した。死刑を回避すべき事情の有無について高裁は、最高裁が1983年に示した「永山基準」を踏襲しているが、今後、少年への厳罰化の流れを後押しする判断といえそうだ。

 最高裁は「連続4人射殺事件」の永山則夫元死刑囚(97年執行)に対する83年7月の判決で、死刑適用の判断基準を示している。

 永山判決は、<1>犯行の罪責<2>動機<3>殺害方法の執拗(しつよう)性や残虐性<4>殺害された被害者の数<5>遺族の被害感情<6>社会的影響<7>犯行時の年齢<8>前科<9>犯行後の情状――を挙げ、死刑選択が許されるのは「罪責が重大で、極刑がやむを得ない場合」とした。

 この日の判決は「永山基準」を踏まえ、死刑を回避すべき事情の有無を判断。18歳1ヶ月という年齢は「量刑上十分に考慮すべきだ」と指摘し、被告について「精神的成熟度は低い」とした。

 しかし18歳未満への死刑適用を禁じた少年法51条について、「形式的基準を設けているが、精神的成熟度などの要件は求めていない」と指摘。(18歳以上の)年長少年について精神的に未成熟で矯正可能性が証明されれば死刑を回避すべきだ、との弁護側の主張について「賛同しがたい」と判示した。

 死亡した被害者が2人という点についても「結果は極めて重大」とした。

 最高裁によると、66年以降、犯行時少年だった被告の死刑確定は9人。ただし、永山判決以降は千葉県市川市の一家4人殺害事件の犯行時19歳の元少年だけ。永山元死刑囚も犯行時19歳で被害者は4人だった。

 一方、2人が殺害されるなどしたアベック殺人事件の犯行時19歳の少年に対する96年の名古屋高裁判決(確定)は、更生可能性や反省の態度を挙げ、死刑とした1審判決を破棄して無期懲役に減刑した。

 被害者が2人の殺害事件では成人でも無期懲役となることが多く、「犯行時少年」で「被害者2人」なら無期懲役、というのが従来の判例の考え方だったともいえる。

 このため、光市の事件の1審判決は、犯行時18歳1ヶ月という被告の年齢と被害者2人という点について、死刑とした従来の判例とは「著しい差異がある」と指摘し、死刑回避の理由の1つと判断。2審もこれを支持した。

 しかし被害者2人で、犯行時18歳の被告に死刑を言い渡したこの日の判決は、少年事件の場合に一般成人の責任能力とは異なる「少年の責任能力」という概念を前提とした弁護側の主張を「独自の見解」と切り捨て、死刑適用の年齢を定めた少年法の規定を「形式的基準」と言い切っており、少年への死刑適用のあり方に一石を投じそうだ。」


<判決骨子>

一、1審判決を破棄し、被告を死刑に処する
一、差し戻し控訴審での新供述は不自然、不合理だ
一、1審判決が認定した事実に誤認はない
一、犯行時18歳になって間もなかったことなどは、死刑を回避する特に酌量すべき事情とまではいえない。被告は反省心を欠いている
一、責任は誠に重大で、極刑はやむを得ないというほかない」




(3) 朝日新聞平成20年4月23日付朝刊35面

母子殺害に死刑 「不当判決で厳罰化加速」弁護団が批判
2008年04月22日23時08分

 山口県光市の母子殺害事件の差し戻し控訴審で、広島高裁が被告の元少年(27)に死刑を言い渡したことを受け、弁護団は22日午後、記者会見し、「極めて不当な判決だ」と述べた。また、閉廷後に面会した元少年の様子について「至って冷静だった。僕らの方が冷静じゃなかった」と語った。

 主任弁護人の安田好弘弁護士は「専ら捜査段階の供述に信用性を置き、客観的証拠や(鑑定などの)専門的知識による供述の見直しが行われることは一切なかった」と判決を批判。さらに「死刑はやむを得ない時だけ適用するという従来の考え方から、凶悪な事件はまず原則として死刑とする考え方に転換してしまった。『疑わしきは被告人の利益に』の哲学と全く反している」と述べ、判決をきっかけに厳罰化が加速するとの考えを示した。

 主張が認められなかった理由については「証拠が不足していた。なぜ、この時期に新供述が出てきたのか、裁判所にわかるよう具体的に出すべきだった」と説明。上告書を出したのは閉廷直後。「正しい判決を出すよう強く求めていきたい」と述べた。

 元少年には山崎吉男弁護士ら4人が面会した。報道機関に言いたいことはないか尋ねると「今まで自分が述べてきたことで、記憶違いがあるかもしれないけど、すべて自分にとって真実」と話したという。また、これまでと同じように、遺族に対し判決にかかわらず一生謝罪を続けたいと語ったという。

     ◇

 弁護団会見の主なやり取りは次の通り。

 ――上告した理由は

 判決は著しく正義に反する。事実を誤認し、量刑も不当だ。また、従来の判例(永山基準)を逸脱している。

 ――なぜ起訴から6年半で元少年の供述は変わったのか

 裁判所は「最高裁の弁論期日が入り、死刑を回避するために虚偽の供述をした」としているが、被告人が初めて新供述を語ったのは、期日が入る2年前、教誨(きょうかい)師に対してだった。話せる相手には、ずっと前から話していた。裁判所は前提を間違っている。

 ――犯行時18歳の元少年に死刑が言い渡されたことで、今後考えられる影響は

 この事件は、厳罰化のために使われたと言える。従来は、「やむを得ないときだけ適用が許される」のが死刑という刑罰だった。しかし、この事件以降は、凶悪な事件は「原則死刑」となっている。今回の判決で、厳罰化はますます加速するだろう。

 ――元少年の利益を考えれば、事実認定を争わなくてもよかったのでは

 それは弁護士の職責としてあり得ない話だ。真実を出すことで初めて、(被告人に)反省と贖罪(しょくざい)が生まれると思っている。もちろん、悩みながら活動してきたし、全面的に正しいとは思わない。もっと証拠を出すべきだったし、なぜ供述が変わったのかを、もっとわかりやすく説明すべきだったという反省もある。しかし、弁護団で議論し、(事実認定を争う方針が)一番正しいという自信を持ってやってきた。

 ――今後、少年にどう生きてほしいと思うか

 (贖罪などの)被告人の目標がしっかりしていれば、自暴自棄に陥ることはない。弁護団として、彼の気持ちや、やりたいことを思い切り支えようと思う。」





3.これらの記事で、広島高裁判決の問題点が明らかになっていると思います。

(1) まず、最初に挙げられるのは、「刑事弁護に対する著しい軽視の姿勢」です。
  イ:

「「熱心な弁護をきっかけにせっかく芽生えた反省の気持ちが薄らいだとも考えられる」とした。」(毎日新聞)



刑事弁護において弁護人が被告人の話を十分に聞いて弁護を行うことは、弁護人の任務上、当然のことです。「弁護人の任務とは、依頼者である被告人に誠実に尽くすこと、すなわち、誠実義務にほかならない」(佐藤啓史「展開講座 刑事弁護の技術と倫理」法学教室297号99頁)のですから、被告人の話を聞くことなく、被告人の不服を無視することは、誠実義務に反することになります。

被告人が殺意を否認し、それに沿った鑑定書もあるばかりか、逮捕直後の取調べ、少年鑑別所や家庭裁判所においても、殺意の否認を示唆するような発言をしていたのです。そうであれば、もし、差し戻し控訴審において、これらの事実を無視した刑事弁護をしていたのであれば、誠実義務に違反することは明白でした。

広島高裁は、被告人が殺意を否認している書面を読んでいるはずなのに、「熱心な弁護をきっかけにせっかく芽生えた反省の気持ちが薄らいだ」として、誠実義務を事実上、否定するのです。


裁判所は「最高裁の弁論期日が入り、死刑を回避するために虚偽の供述をした」としていますが、「被告人が初めて新供述を語ったのは、期日が入る2年前、教誨(きょうかい)師に対してだった」(朝日新聞)のです。そして、被告人は、逮捕直後の取調べ、少年鑑別所や家庭裁判所で、殺意の否認を示唆するような発言をしていたのです(捜査官は、「被害者が死亡しているのに何を言うか」と一喝されてしまい、被告人は殺人と傷害致死とで罪に違いがあると知らなかったこともあって、殺害の故意についての発言を止めてしまいました。現代人文社編集部編『光市事件裁判を考える』151頁)。

少年事件での捜査では、少年は、大人たち(取り調べを担当した警察官・検察官)の思い込みや威迫に影響されやすく、少年の自白調書の信用性の判断は慎重さが必要です。そんなことも無視し、広島高裁は、差戻し控訴審での被告人の供述に対しては、客観的証拠(=「新供述は期日が入る2年前、教誨師に語った」という事実のこと。4月26日追記。)に反してでも否定しているのです。


そのため、弁護団は次のように批判しています。

「主任弁護人の安田好弘弁護士は「専ら捜査段階の供述に信用性を置き、客観的証拠や(鑑定などの)専門的知識による供述の見直しが行われることは一切なかった」と判決を批判。」(朝日新聞)

「「客観的事実に基づかない極めて不当な判決」。……安田好弘主任弁護人は「捜査段階の自白に信用性を置き、その後の供述は、過去に自白をしていないとの理由だけで排斥した。証拠の評価法が基本的に間違い」と強調。死刑回避を図ったとする指摘には「被告は自分のやったことを正確に、有利不利を問わずに話した。被告の態度と心を見誤った」とした。
 井上明彦弁護士は「こんな不合理な判決を出す裁判所がある限り、被告は争うことができない。事実を争っただけで反省の気持ちがないと断じられ、死刑になってしまう」と涙ぐんだ。」(中国新聞'08/4/23「弁護団「極めて不当」 新供述不認定 激しく抗議」


弁護人としては、ごくごく当然の主張であるといえます。


  ロ:刑事弁護への理解の欠如は、他にも見受けられます。

例えば、

「「21人の弁護団がついたことで、(被告は)刑事責任が軽減されるのではないかと期待した。芽生えていた反省の気持ちが薄らいだとも考えられる」と弁護団の存在が元少年に不利な状況を招いた可能性を示唆した。」(毎日新聞平成20年4月23日付朝刊3面「クローズアップ2008:光母子殺害、元少年に死刑判決 刑厳罰化に沿う」

点が挙げられます。

広島高裁は、21人の弁護団がいたおかげで極めて迅速な審理がなされたことを、すっかり忘却してしまっているのです。広島高裁が、いかに刑事弁護を軽視し、弁護人の立証なぞ殆ど聞いていなかったことがよく現れている部分です。


  ハ:次の点も、刑事弁護軽視の態度がよく現れています。

「判決は末尾部分で最高裁が2年前、審理を差し戻すにあたって「犯罪事実は揺るぎなく認められる」と述べたことに言及し、「今にして思えば、弁解をせず、真の謝罪のためには何をすべきかを考えるようにということを示唆したものと解される」と述べた。にもかかわらず「虚偽の弁解」を繰り広げたことで「死刑回避のために酌むべき事情を見いだす術(すべ)もなくなった」というのが判決が示した論理だった。」(朝日新聞平成20年4月23日付朝刊2面「時時刻刻」欄・「変わるか、死刑の臨界点 光市母子殺害」


要するに、被告人はひたすら反省をすればよいのであって、刑事弁護も「情状弁護」だけをやっていればよく、真相究明などと無意味なことはするなということです。

当然ながら、弁護団は、そんな広島高裁に対して批判しています。

「主任弁護人の安田好弘弁護士は記者会見で「犯罪事実が違っていては真の反省はできない。死刑事件では反省の度合いより、犯行形態や結果の重大性が重視されてきた。反省すれば判断が変わったというのか。高裁の指摘は荒唐無稽(こうとうむけい)だ」と批判。別の弁護士も「こんな判決が出るようでは、事実を争うことがリスクになってしまう」と語り、天を仰いだ。」 (朝日新聞平成20年4月23日付朝刊2面「時時刻刻」欄・「変わるか、死刑の臨界点 光市母子殺害」


弁護人の任務は、「依頼者である被告人に誠実に尽くすこと、すなわち、誠実義務にほかならない」のですから、被告人の主張や犯罪事実と異なる主張はできないのです。ですから、弁護人の任務上、事実を争わずに「謝罪」だけをしていればすむわけではないのです。

もっとも、本村洋さん(32)は判決後の記者会見で「最後まで事実を認めて誠心誠意、反省の弁を述べてほしかった。そうしたら、もしかしたら死刑は回避されたかもしれない」と語っています。確かに、被告人や弁護人が、差し戻し控訴審中、ひたすら謝罪していれば被害者遺族としては喜んだことでしょう。(本村さんは、真相を知りたいといいつつ、結局は「誠心誠意、反省して死ね」ということですから、なんとも言えない気分になります)

しかし、特に、「死刑事件では反省の度合いより、犯行形態や結果の重大性が重視されてきた」のですから、反省の弁を述べても「死刑は回避され」ることはないのです。福岡高裁は、謝罪をしても死刑を回避しないと分かっているのに、謝罪すれば死刑を回避できたかもしれないと一瞬思わせるような判示をして、お為ごかしを述べて見せたのです。まったく愚にもつかない判示です。


  ニ:一部メディアは死刑を求める大合唱の場でした。また、殺意を否認した弁護団に対する攻撃も異常でした。弁護人として、憲法上、求められる義務・任務を行っているだけであるのに、「被告を死刑にできないなら弁護人らを銃で処刑する」といった脅迫をすることまでする者まで現れるほど異常でした。

そればかりか、タレント弁護士の橋下氏がテレビ番組で攻撃を煽る発言を行い、弁護士会に対して全く根拠のない懲戒請求が殺到しました。(結局、今まで弁護士会が出している判断は、すべて懲戒理由なしというものでした)

広島高裁の判断は、こんなメディアや一部世論による「刑事弁護に対する異常な批判」に影響を受けたかのようです。(もちろん、最高裁の影響も大きいでしょう)


  ホ:被告人や弁護団を一方的に非難するテレビ番組が相次いだことは、特に指摘しておく必要があります。そのため、4月15日、「放送倫理・番組向上機構」(BPO)の放送倫理検証委員会は、「番組の多くが極めて感情的に制作され、偏った内容になっていた」などと指摘、各局に裁判報道の改善を求める意見を通知しました。

それを受けて、4月22日の裁判報道はおおむね冷静に報道したようですが(「東京新聞平成20年4月23日付朝刊17面【放送芸能】欄「光市の母子殺害 死刑判決 各局、冷静に速報」参照)、「報道ステーション」は相変わらず感情的な報道を繰り広げ、古館氏は、放送倫理検証委員会による改善要求など、まるで無視した態度でした。(元検事の弁護士による解説は検事の意見そのものであり、まるで刑事弁護を理解していないので、世間に与える弊害が大きい)

「テレ朝の君和田正夫社長は二十二日の定例会見で「意見は重い内容を含んでいる」と述べ、十六日に報道局ディレクターらを対象に研修会を行ったことを明らかにした。」(「東京新聞平成20年4月23日付朝刊17面【放送芸能】欄「光市の母子殺害 死刑判決 各局、冷静に速報」


研修会を行っていても「報道ステーション」はまるで無視ですから、無意味な研修会でした。これがテレビ朝日の姿勢ということなのだと思います。(「ニュース23」が最も冷静な報道であり、賞賛に値します)


  へ:これでは、「有罪ありき」で刑事弁護はまるで無意味です。多くの弁護人が言っているように、捜査段階で自白してしまったらその時点でもう「おしまい」なのです。そのことをよく知らしめてくれた判断でした。



(2) 有罪率99.9%の刑事裁判では、起訴事実と異なる主張を受け入れてもらえる余地はほとんどありません。周防正行監督の映画『それでもボクはやってない』は、痴漢冤罪事件を描いたものでしたが、そのモデルとなった事件で被告人となってしまった方は、インタビューに次のように述べています。

――最後に、冤罪事件をなくすには何が一番重要でしょうか。

孝:警察・検察がデタラメなことをしているのが悪いのはもちろんですが、一番反省して欲しいのは裁判所です。本来、警察や検察の嘘を見抜かなければならないのに、それができていない。裁判所への怒りは、今も大きなものがあります。

 裁判所がきちんと証拠にもとづいた判断を行えば、検察もいい加減なことでは有罪立証ができないことになり、真剣に捜査するようになるのではないでしょうか。「疑わしきは罰する」になってしまっている現状の裁判では、冤罪はなくならないと思います。」(冤罪File01号「西部新宿線事件 無罪判決でも取り戻せない――失った2年間」29頁)


広島高裁のような態度では、裁判は有罪認定のための儀式にすぎず、今後も冤罪は決してなくなることはないだけでなく、冤罪事件は激増していくに違いありません。広島高裁は、「疑わしきは罰する」になってしまっている現状に輪をかける判断を示したのですから。




4.広島高裁の問題点としては、「少年法に対する著しい軽視」という点があります。


(1) 光市事件判決である最高裁平成18年6月20日判決は、少年法に関して、次のように判示していました。

「少年法51条(平成12年法律第142号による改正前のもの)は,犯行時18歳未満の少年の行為については死刑を科さないものとしており,その趣旨に徴すれば,被告人が犯行時18歳になって間もない少年であったことは,死刑を選択するかどうかの判断に当たって相応の考慮を払うべき事情ではあるが,死刑を回避すべき決定的な事情であるとまではいえず,本件犯行の罪質,動機,態様,結果の重大性及び遺族の被害感情等と対比・総合して判断する上で考慮すべき一事情にとどまるというべきである。」


要するに、「死刑を回避すべき決定的な事情」ではないと結論付けながらも、被告人が18歳1ヶ月であるため、少年法の趣旨からして「死刑を選択するかどうかの判断に当たって相応の考慮を払うべき」としているのです。しかし、広島高裁は異なる理解を示しました。


「光市の事件の1審判決は、犯行時18歳1ヶ月という被告の年齢と被害者2人という点について、死刑とした従来の判例とは「著しい差異がある」と指摘し、死刑回避の理由の1つと判断。2審もこれを支持した。

 しかし被害者2人で、犯行時18歳の被告に死刑を言い渡したこの日の判決は、少年事件の場合に一般成人の責任能力とは異なる「少年の責任能力」という概念を前提とした弁護側の主張を「独自の見解」と切り捨て、死刑適用の年齢を定めた少年法の規定を「形式的基準」と言い切っており、少年への死刑適用のあり方に一石を投じそうだ。」(日経新聞)


ここまで、少年法の規定を軽視するとなれば、最高裁判決とも合致しないのですから、むしろ、広島高裁の判断の方が「独自の見解」といえるのです。被告人について「精神的成熟度は低い」と認定してはいるものの、結論にはまるで影響しておらず、それは単なるお為ごかしにすぎないのです。とても妥当な判断とはいえません。



(2) 最高裁は1983(昭和58)年の永山則夫元死刑囚(97年執行)に対する判決で、死刑選択の判断基準として、<1>犯行の罪責<2>動機<3>殺害方法の執拗(しつよう)性や残虐性<4>殺害された被害者の数<5>遺族の被害感情<6>社会的影響<7>犯行時の年齢<8>前科<9>犯行後の情状――を挙げ、死刑選択が許されるのは「罪責が重大で、極刑がやむを得ない場合」としています。そして、少年事件(少年法3条:裁判を受けるとき20歳未満である少年では、少年の特性に配慮した事件処理をしなければならない)については、特別の配慮を示していました。

 「最高裁によると、66年以降、犯行時少年だった被告の死刑確定は9人。ただし、永山判決以降は千葉県市川市の一家4人殺害事件の犯行時19歳の元少年だけ。永山元死刑囚も犯行時19歳で被害者は4人だった。

 一方、2人が殺害されるなどしたアベック殺人事件の犯行時19歳の少年に対する96年の名古屋高裁判決(確定)は、更生可能性や反省の態度を挙げ、死刑とした1審判決を破棄して無期懲役に減刑した。

 被害者が2人の殺害事件では成人でも無期懲役となることが多く、「犯行時少年」で「被害者2人」なら無期懲役、というのが従来の判例の考え方だったともいえる。」(日経新聞)


最高裁平成18年6月20日判決は、「罪責が重大であれば、原則死刑」とする新たな死刑基準を示したともいえるものであったことは確かですし、少年事件に対する従来の死刑基準からは逸脱するものとの判断も十分に可能でした。それでも、少年法の趣旨からして「死刑を選択するかどうかの判断に当たって相応の考慮を払うべき」との姿勢はぎりぎり保っていたのです。しかし、広島高裁は、これらの事情をまるで無視し、「従来の量刑判断から大きく踏み出した」(毎日新聞)のです。

ですから、弁護団は次のように述べているのです。

「――上告した理由は

 判決は著しく正義に反する。事実を誤認し、量刑も不当だ。また、従来の判例(永山基準)を逸脱している。」(朝日新聞)


十分に理解できる批判であるように思います。




5.今後の影響について、弁護団は次のように述べています。

「――犯行時18歳の元少年に死刑が言い渡されたことで、今後考えられる影響は

 この事件は、厳罰化のために使われたと言える。従来は、「やむを得ないときだけ適用が許される」のが死刑という刑罰だった。しかし、この事件以降は、凶悪な事件は「原則死刑」となっている。今回の判決で、厳罰化はますます加速するだろう。」(朝日新聞)


広島高裁は、躊躇なく「従来の量刑判断から大きく踏み出した」(毎日新聞)のですから、より一層厳罰化が進むことになります。特に、少年事件では厳罰化が進むことになるでしょう。広島高裁のように、刑事弁護軽視の態度では、どんなに冤罪であっても無罪にならず、多数の事件で厳罰に処せられてしまうのは必然といえそうです。

◆事件の記録残して--漫画「家栽の人」原作者でメールマガジン「少年問題」編集長、毛利甚八さん

 判決は裁判官が独立して決めることなのでどうこう言えないが、判決文で、被告の成育歴など事件の背景をきちんと認定し、記録として残すことが重要だ。死刑判決が出たことで、世の中にはホッとしたり、スッとした人もいるだろう。本当にそれでいいのか。被告は子供のころに虐待を受けており、その時、児童相談所は機能したのか、国民一人一人が真剣に考えるべきだろう。それが、奪われた被害者の命に対する社会の責任だ。

毎日新聞 2008年4月22日 東京夕刊」(毎日新聞平成20年4月22日付夕刊10面


「死刑判決が出たことで、世の中にはホッとしたり、スッとした人もいる」でしょうし、ひたすら厳罰化を突き進むことをよしとするのが今の日本の世論でしょう。

しかし、被告人は子供のころに苛烈な虐待を受けていましたが(暴力はもちろん、家裁での記録には、小学校に入学式の日に足蹴りにされた、足を持って風呂桶に逆さまに顔を付けられたとの記録がある)、その酷い虐待は増加しているともいえるのですし、児童相談所はその所員の人数が足りず、あまり虐待防止に役立っていないのが現状です。そんな現状を十分に見直さなければ元を断つような対策にならないのに、ひたすら発生してしまった犯罪の厳罰化を行うのは、愚かな振る舞いであるように思うのです。

世論や裁判所にみられる、過剰なまでの「厳罰化」と、感情論で裁判を判断するだけで「刑事弁護の無理解・軽視」の意識。日本社会は、ますます荒んだ意識が蔓延していくことになりそうです。


テーマ:裁判 - ジャンル:政治・経済

裁判例 *  TB: 14  *  CM: 40  * top △ 
コメント
この記事へのコメント
この国の司法と世論はどこに向かうのでしょう
いつも簡潔な解説をありがとうございます。
弁護団叩きの世論とは逆方向の感想を私は持っていますので、春霞様の解説を読んで、改めてその問題点を理解できました。

それにしても、安田弁護士には、別件で逆転有罪判決のおまけつきです。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/080423/trl0804231356005-n1.htm

最近の司法の動きは、法の原則を軽視した暴走にも見えます。

怖いのは、今回、弁護活動を否定する世論がきっちりと形成されたことです。一般人が最後に頼るのは法律のみで、だからこその「法の下の平等」であるはずなのに、それを放棄するがごとく、天に唾する世論に危機感を覚えます。

裁判員制度が始まる前のこの動き、何か意味があるんでしょうか。
2008/04/23 Wed 22:33:15
URL | しど #Gel/0dxs[ 編集 ]
 ここまでの推察能力はないからすごく勉強になりました。
 この裁判自体が何かおかしいとはうすうす思っていたものの理由がわからず困っていました。
 私が思うに引き金を引いたのは遺族で、それに検察と裁判所が便乗したと考えることができました。

・・・・・・・・でも逆の場合はどうするんでしょうね?黙殺でしょうか?
2008/04/24 Thu 01:32:01
URL | akikan #xh7JCHKQ[ 編集 ]
このブログに出会えて嬉しいです。
突然失礼いたします。
私も(駆け出し)法曹です。
光市事件の判決を受けて、憤りの気持ちを抱えてネットサーフィンしていて、このブログに出会いました。
私の気持ちを代弁してくださっているようで、拝読していて目の奥が熱くなりました。
これからも勉強させてください。

私もしどさんと同じく、裁判員制度が始まる前のこの世論の動きがとても気になります。
もともと裁判員制度自体反対の意見を持っていますが、こんな状態で裁判員制度が始まったら大変なことになると、考えるだけでも恐ろしいです。
2008/04/24 Thu 05:57:41
URL | かな #-[ 編集 ]
光市の事件の判決について
貴方のHPを拝読させていただいています。死刑については、私も国家的殺人である死刑については慎重な判断をすべきと考えます。(強いて言えば、死刑には反対です)しかしながら、自分が犯罪被害者の遺族となったことを仮定した場合、そのことを言い切れる自信はありません。(このことを踏まえた上に)少年の言動、態度 そして 安田弁護士とその弁護団の行動でご遺族である本村さんの感情を逆なでさせたことは、残念ながら私が裁判官でも「死刑」を出していたと思います。名古屋のアベック殺人では、主犯の男が更生している姿はこのHPでも読んでいます。しかしながら足立区のコンクリート殺人では、準主犯格の人間が、「人殺しを軽視する言動」を言いながら、暴行事件を起こし、再度刑務所へ逆戻りしております。 悪いことさえしなければ、死刑判決が出ることはありません。悪いことで「人の痛み」を理解させ、感じて、こころから反省させることで死刑回避ができるように思われますが、安田弁護士のやり方では、経過を見る限りこのことが感じられないので、上告審でも死刑判決がでる可能性は極めて高く感じられます。その点は少し、踏まえてはどうかと思いますが。
2008/04/24 Thu 06:25:39
URL | S #-[ 編集 ]
>これらの記事で、広島高裁判決の問題点が明らかになっていると思います。

「これらの記事で」って、直接判決から問題点を明らかにしてくれないのですか?
2008/04/24 Thu 10:13:40
URL | YO!! #-[ 編集 ]
世論と厳罰
法曹界とは無縁の者です。今回の判決文に驚きと虚しさを感じています。世論はどうであれ裁判所は少しは良識をもっているかもしれないと信じていただけに落胆いたしました。


”被害者遺族の気持ちになると・・・”ということをよく目にします。家族に小さいお子さんがいる場合は特にそうでしょう。私にも息子がいるのでよくわかります。

しかし自分も被害者遺族になったらと想像するならば、同時に被告側の家族になってしまったら・・・と同時に考える事も必要ではないのでしょうか。多くの人が自分のところは大丈夫と思って疑いませんが、そうであると誰が断言できましょう。
(息子は今年20歳になりますが、愛情かけて育ててきても、やはり子供というのは思い通りにならないものだと痛感する日々です。ある意味そうであるべきだとも思っていますが)。

これは犯罪に係わる可能性を示したいのではなく、想像するなら双方をということを言いたいのです。そうでなければ、世論が裁判を復讐の場にすることを後押ししてしまうことになりかねないと思ったからです。(ちょっと極端な表現かもしれませんが)


この事件では幼少時からの家庭環境が被告の人格や行動面に強く影響していると考えるならば、厳罰化に力を注ぐよりもこのような家庭において行政で出来る事はもっとあったのではないか、ということをもっと考える事の方が重要だと思います。

このような悲劇を生まない為には、”少年でも死刑があるよ”とするよりも、劣悪な家庭環境にある子供達を放置することなく育成していく事の方が、長いスパンでみると少年犯罪抑制に繋がるのではないでしょうか。


余談ですが、広島高裁は世論に影響されていないと言えるか疑わしく思っています。もし世論によって判決が左右されるというならば、私のような考えの者もいることを知ってほしいです。


2008/04/24 Thu 11:41:39
URL | ナカムラ #-[ 編集 ]
1つ疑問に思うところがあるんですよね。

毎日新聞の
>「熱心な弁護をきっかけにせっかく芽生えた反省の気持ちが薄らいだとも考えられる」
というところなんですけど、
私が確認した判決要旨からは、この部分がどこに書いてある部分なのかよくわからないんですよ。

毎日新聞なりの要約なんでしょうか…。それとも、私が見落としてるんでしょうか…。
2008/04/24 Thu 22:16:18
URL | イロハ #LkZag.iM[ 編集 ]
拙HPへ転載させて戴きました。
 トップページよりご確認ください。
 TBでもお知らせ致しました、昨日の安田さんの有罪判決、光市事件や世論等に無縁とは思えません。酷いことになってきました、と思います。
2008/04/24 Thu 23:00:25
URL | ゆうこ #mQop/nM.[ 編集 ]
>しどさん:2008/04/23 Wed 22:33:15
お久しぶりです。コメントありがとうございます。


>いつも簡潔な解説

ありがとうございます。法律的な観点からの問題点を指摘してみました。


>それにしても、安田弁護士には、別件で逆転有罪判決のおまけつき

異例の捜査、裁判所による無理な有罪認定など、どうかしています。
裁判所までここまでするのかという思いです。共謀共同正犯での起訴だったのに、幇助犯の範囲で認められる(これを「縮小認定」と言います)として、有罪にしてしまうのですから。


>怖いのは、今回、弁護活動を否定する世論がきっちりと形成されたことです。
>だからこその「法の下の平等」であるはずなのに、それを放棄するがごとく、天に唾する世論に危機感を覚えます。

同感です。
みんな(本人及び家族、親類)すべて逮捕される側になるわけがないと過信しているのでしょうか。世間は、実質的に弁護人なしの状態を自ら望んでいるのですから。

法律を十分に熟知し、しかも慎重な行動を心掛けており、些細なことでも法令を遵守しているという方であれば、大丈夫だといえるのでしょうけど、そんな一般市民はほとんどいないと思いますけどね。


>裁判員制度が始まる前のこの動き、何か意味があるんでしょうか。

↓の記事にあるように、一般市民は、少年であることを量刑を軽くする要素にするか迷いがあるわけです。今回の判例は、一般市民に対して、少年であることは刑を軽くする要素にならないという意識を植えつけたことになります。要するに、裁判員制度実施後、死刑判断の際に、裁判員は少年という要素を軽く見ることができ、より簡易に判断できることになるのだと思います。

「被告が少年であることは量刑にどう影響するか。最高裁の司法研修所が05年、国民にアンケートしたところ、約25%が「刑を重くする要因」、約25%が「刑を軽くする要因」と答え、「どちらでもない」が約50%だった。裁判官は9割以上が「軽くする要因」と答え、その違いが浮き彫りになった。ただ、裁判員制度が始まると死刑判決が増えるかどうかは別の問題で、裁判官の間でも意見は分かれる。 」(朝日新聞平成20年4月23日付朝刊「変わるか、死刑の臨界点 光市母子殺害」)
http://www.asahi.com/national/update/0422/OSK200804220110.html
2008/04/24 Thu 23:11:42
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
広島高裁判決の問題点を正確に指摘しておられます。まさに正論です。

刑罰というのは必要悪ですが、日本のような過剰なまでの厳罰化は、必要悪を通り越して露骨な人権侵害に近い状態になりつつあるように思います。
温情、寛容というものを喪失し、官民一体となった過剰なまでの厳罰化の行き着く先は、貴方が言われるように荒らんだ意識が蔓延するばかりの社会以外の何ものでもないでしょう。
暖かさ、人間味をなくしたそういった社会ほど住みにくい社会はありません。
2008/04/24 Thu 23:15:22
URL | いい #-[ 編集 ]
>akikanさん:2008/04/24 Thu 01:32:01
はじめまして、コメントありがとうございます。


>ここまでの推察能力はないからすごく勉強になりました。

ありがとうございます。


>私が思うに引き金を引いたのは遺族で、それに検察と裁判所が便乗したと考えることができました。

光市事件では、すでに山口地裁が無期懲役判決を出したときに、担当検察官から本村さんに「一緒に戦ってほしい」と話したそうです。ですので、検察側は、被害者遺族の意向と関係なく、厳罰化のためにこの事件を利用し、(検察は表面に出ることなく)被害者遺族は検察の意向に乗って積極的に行動することで、一層、突き進んだという感じでしょうか。


>・・・・・・・・でも逆の場合はどうするんでしょうね?黙殺でしょうか?

検察と裁判所主導だった場合はどうか、ということでしょうか。検察(や裁判所)主導でも、被害者遺族が声高に叫ぶことがなければ、世間はほとんど無視の事件となるでしょうね。
2008/04/25 Fri 05:38:10
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>かなさん:2008/04/24 Thu 05:57:41
はじめまして、コメントありがとうございます。


>私も(駆け出し)法曹です。

あら。それなら是非、判例評釈をすることをお勧めします。
多くの人が判例の問題点を指摘することは、意義あることだと思います。


>私の気持ちを代弁してくださっているようで、拝読していて目の奥が熱くなりました。
>これからも勉強させてください。

ありがとうございます。


>私もしどさんと同じく、裁判員制度が始まる前のこの世論の動きがとても気になります。
>こんな状態で裁判員制度が始まったら大変なことになると、考えるだけでも恐ろしいです。

被害者参加制度も実施されますから、死刑相当事件では、およそ冷静な裁判は無理でしょうね。もう、どんな裁判になるのか、恐ろしいです。

ただし、「被害者対策」は始まっているようです。↓

「市民が刑事裁判に参加する裁判員制度の前に、犯罪被害者が被告に自ら質問できる「被害者参加制度」が年内に始まる。ただ、「自由な発言を被害者に許せば、法廷が混乱しないか」という懸念が出ている。最高裁、検察庁、弁護士会の法曹三者は23日前に、検察官が質問内容について被害者と入念に打ち合わせすることを徹底し、ふさわしくない質問が出た場合は裁判長が注意することで混乱を防ぐことを確認した。(以下、省略)」(朝日新聞平成20年4月24日付朝刊38面)

入念に打ち合わせして質問をきっちり決めてしまうのですから、それなら、被害者が質問する意味がどれほどあるのかなという感じですけどね。
2008/04/25 Fri 06:09:57
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>Sさん:2008/04/24 Thu 06:25:39
はじめまして、コメントありがとうございます。


>貴方のHPを拝読させていただいています

ありがとうございます。


>私も国家的殺人である死刑については慎重な判断をすべき
>自分が犯罪被害者の遺族となったことを仮定した場合、そのことを言い切れる自信はありません

自分がもし被害者遺族だったらという仮定で判断すると、個人的な感情で死刑制度を左右することになってしまいます。これでは、誰にも普遍的に適用されべき法制度の是非を、感情論で決することになってしまうのです。「自分が犯罪被害者の遺族となったら」という仮定での議論は妥当ではありません。


>少年の言動、態度 そして 安田弁護士とその弁護団の行動でご遺族である本村さんの感情を逆なでさせたことは、残念ながら私が裁判官でも「死刑」を出していたと思います。

これでは、感情論のみで死刑を決していることになりますね。


>悪いことで「人の痛み」を理解させ、感じて、こころから反省させることで死刑回避ができるように思われますが、安田弁護士のやり方では、経過を見る限りこのことが感じられない

今の死刑の判断基準からすれば、心から反省しても死刑を回避できません。光市事件の場合、本村氏は「誠心誠意、反省の弁を述べて、死ね」という感情を吐露するのですから、強烈な被害者感情です。こんな強烈な被害者感情をもつ遺族がいるのでは、被告人がどんなに反省しても何の意味もないのでは、と思います。
2008/04/25 Fri 06:37:05
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
産経のウェブに載ってる判決文の要旨がかなり長く、他に比して省略が少ないと思われるので、見てみると参考になるかもしれません。
まぁ待ってればいずれどこかに全文も公表されるでしょうけど。
2008/04/25 Fri 06:54:40
URL | YO!!さん他へ #-[ 編集 ]
>YO!! さん:2008/04/24 Thu 10:13:40
コメントありがとう。

>「これらの記事で」って、直接判決から問題点を明らかにしてくれないのですか?

えーと。
それを聞くことに何か意味があるとは思えませんし、
答えることにも意味があるとは思えませんが……。
それはともかく、「これらの記事」では判決要旨でなく、判決文が引用されているなどの理由から、引用しました。
2008/04/25 Fri 07:52:55
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
前略。

>それを聞くことに何か意味があるとは思えませんし、
答えることにも意味があるとは思えませんが……。


聞いた意味は一部ネットではマズゴミとまで称される新聞の記事ではなく、直接判決から、当該判決の問題点を明らかにして欲しいなという要望です。
ただの要望ですので、無視していただいても結構です。
2008/04/25 Fri 10:15:05
URL | YO!! #-[ 編集 ]
>自分がもし被害者遺族だったらという仮定で判断すると、個人的な感情で死刑制度を左右することになってしまいます。

親族が殺されても「あんな奴殺されて当然だ。」と感じる遺族もあり得るのだから、遺族個々の心情を制度に組み込むのはナンセンスだということですね。

このエントリーを拝読して少し考えが整理出来ました。ありがとうございます。
2008/04/25 Fri 13:03:50
URL | SIVA #0O4aXpFM[ 編集 ]
>ナカムラさん:2008/04/24 Thu 11:41:39
はじめまして、コメントありがとうございます。


>しかし自分も被害者遺族になったらと想像するならば、同時に被告側の家族になってしまったら・・・と同時に考える事も必要ではないのでしょうか
>これは犯罪に係わる可能性を示したいのではなく、想像するなら双方をということを言いたいのです。

そのとおりだと思います。
報道も世間も、いつも被害者遺族の側だけに立場を「置き換えて」いました。だからこそ、被害者側に偏った意識になっていたと思います。ジャーナリストの綿井健陽さんは、現代人文社編集部編「光市事件裁判を考える」104頁で、次のように述べています。

「自らが置き換えるべき対象は本当に「被害者・遺族」だけなのか。思考・想像すべき対象は「被害者・遺族」だけなのか。世の中に伝えるべき対象は「被害者・遺族」だけなのか。私たちが共有すべき感情や思いは「被害者・遺族」だけなのか。事件の教訓や再発を防ぐために考えることは「被害者・遺族」の声だけが基準なのか……。
 この光市裁判報道は、「被害者の立場」に自分を全面的に置き換えることによって、別の仮定や異論がすべて排除されている。被害者遺族の立場に立って初めて見えることは確かにある。だが一方で、父親による虐待・暴行を受けてきた被告人の生い立ちや彼を取り巻く社会的要因と、事件との関連性を探ろうとしなかった。事件現場での被告人の実行行為と動機、捜査段階での供述の信ぴょう性など、本来メディアが取材して探るべきことを、この弁護団が「取材」・提示したといえる。事件の全体像を見ずに、検察の主張する犯行の「残虐性」と一審判決後に被告人が友人に返信した手紙の内容だけが公判の度に繰り返し報じられ、「凶悪犯人像」のイメージだけができあがった。」


>この事件では幼少時からの家庭環境が被告の人格や行動面に強く影響していると考えるならば
>厳罰化に力を注ぐよりもこのような家庭において行政で出来る事はもっとあったのではないか、ということをもっと考える事の方が重要
>劣悪な家庭環境にある子供達を放置することなく育成していく事の方が、長いスパンでみると少年犯罪抑制に繋がるのではないでしょうか

まさにそのとおりだと思います。

家庭での虐待の話を聞くと、いつも学生時代の友人の話を思い出します。友人の親は警察関係者だったのですが、あるとき友人が子供の頃、いつも虐待を受けていたと告白したのです。驚いて、「確か身内はほとんど警察関係者だったよね? 誰も止めないの?」と聞いたら、「みんな知っていて止めなかった」と答えてくれたので、心底愕然としたのです。

家庭内での虐待は、外部が積極的に行動しないと止められないのでしょうね。警察関係者だって止めたりしないのですから。


>広島高裁は世論に影響されていないと言えるか疑わしく思っています。もし世論によって判決が左右されるというならば、私のような考えの者もいることを知ってほしいです。

著名な刑事裁判官だった山室恵氏は、量刑判断には世論の影響があると述べていましたが、広島高裁の場合、事実認定まで世論が影響したのでしょうね……。
2008/04/26 Sat 00:22:00
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
判決要旨によれば、
被告人は、
①弁護人との事前打ち合わせが十分でなかった。弁護人に対し、強姦するつもりはなかったと話したが、通常この事件は無期懲役だから、死刑になるようなリスクがある争い方はしない方がいいと言われた。
②差し戻し前控訴審の弁護人に対し、犯行態様や計画性などが、第1審判決で書かれている事実とは違う、強姦するつもりはなかったというところを、どうにかしてもらえないかということを伝えた。

となっています。

弁護団は現在の被告人の主張こそが客観的な事実に符合しており、公訴事実や、それを認めた旧供述は客観的証拠に合致しないとしました。
旧弁護人は、客観的な証拠に合致せず、被告人本人の明示の意思にも反するような主張を展開した事になります。

判決は

旧供述を翻して新供述をした理由などに関する被告人の供述は、不自然不合理である。
 (ア)新供述と旧供述とは、事実経過や本件各殺害行為の態様、殺意、強姦の犯意の有無などが全く異なっている。自分の供述調書を差し入れてもらって初めて、その内容が自分の経験と違っていることに気付くというようなことはあり得ない。

となっています。
なぜ弁護団はこれを徹底的に争わなかったのだろうか。
裁判で旧弁護人を証人として呼んで明らかにする事は出来ないものだろうか。
これを証明できれば判決の被告人の供述は、不自然不合理である。とはならないと思うが、不思議です。
例えば弁護士間では同じ被告を弁護したもの同士は批判しない等の不文律でもあるのですか?


2008/04/26 Sat 00:27:35
URL | 考える人 #-[ 編集 ]
>イロハさん:2008/04/24 Thu 22:16:18
コメントありがとうございます。


>>「熱心な弁護をきっかけにせっかく芽生えた反省の気持ちが薄らいだとも考えられる」
というところなんですけど、
>私が確認した判決要旨からは、この部分がどこに書いてある部分なのかよくわからないんですよ

産経新聞などの判決要旨には出ていません。毎日新聞は、要旨でない判決全文の方から引用したのでしょうね。
2008/04/26 Sat 00:27:36
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>ゆうこさん:2008/04/24 Thu 23:00:25
コメントと、連絡ありがとうございます。


>昨日の安田さんの有罪判決

無理にでも有罪にした判決です。
ここまでやるのかという気にさせられます。
2008/04/26 Sat 00:28:14
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>いいさん:2008/04/24 Thu 23:15:22
コメントありがとうございます。


>広島高裁判決の問題点を正確に指摘しておられます

ありがとうございます。広島高裁判決の問題点は色々あると思いますが、法律的な観点から最も問題だと思われる点について触れてみました。


>刑罰というのは必要悪ですが、日本のような過剰なまでの厳罰化は、必要悪を通り越して露骨な人権侵害に近い状態になりつつあるように思います

仰るとおりです。
数年前、性犯罪の厳罰化の法改正は賛同していたのですが、その後、感情が爆発したかのように性犯罪に限らず厳罰化が進む状況になり、果ては弁護人に脅迫まで行う事態にまでなってしまいました。これは、あまりにも危なすぎます。

多くの方が、ブレーキをかけるような発言をし続けなくてはいけないと思っています。
2008/04/26 Sat 00:29:43
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>YO!!さん他へさん:2008/04/25 Fri 06:54:40
>産経のウェブに載ってる判決文の要旨がかなり長く、他に比して省略が少ないと思われるので、見てみると参考になるかもしれません。

情報ありがとうございます。


>まぁ待ってればいずれどこかに全文も公表されるでしょうけど

いずれ全文公表されますね。ただ、下級審の場合、判決文の公表はかなり遅いんですよね。
2008/04/26 Sat 01:01:56
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>YO!!さん:2008/04/25 Fri 10:15:05
コメントありがとうございます。真意が分かりました。


>聞いた意味は一部ネットではマズゴミとまで称される新聞の記事ではなく、直接判決から、当該判決の問題点を明らかにして欲しいなという要望です。

判決文全文が手に入るときには、判決文だけから検討することはあります。新聞社毎の要約文では、文意が変わってしまうことがありますが、全文ならそういうことがないからです。今回は、要旨だけですから、要旨のみでの検討は止めました。

このブログでは判例検討の際、新聞記事を使うことが多いです。新聞記事を利用する理由を幾つか、箇条書きにしておきます。

(1)新聞記事は一般的にわかりやすくまとまっている。
(2)解説記事は示唆に富むものが多く、読む価値のあるものが多い。
(3)判決の読み方として、独断と偏見に基づいた判断を避け、できるだけ正確性を担保するため、記事を引用している。
(4)良い記事は高く評価できるため、評価する意味で引用している。(新聞記事の揚げ足取りや揶揄することは無意味なので避けています)
(5)報道記事で指摘していることを、さも自分で発見したかのように書くことはプライドに反するので、記事を引用している。

ブログで取り上げる記事に関しては、基本的には全国紙全部+東京新聞は読んでいますし、ネットでできる限り検索してみてます。新聞記事に限らず、学術論文にしても良し悪しは色々です。マスゴミなどと最初から避けたりしないで、読む側が取捨選択すればいいことだと思います。
2008/04/26 Sat 01:09:45
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>SIVAさん:2008/04/25 Fri 13:03:50
はじめまして、コメントありがとうございます。


>>自分がもし被害者遺族だったらという仮定で判断すると、個人的な感情で死刑制度を左右することになってしまいます。
>親族が殺されても「あんな奴殺されて当然だ。」と感じる遺族もあり得るのだから、遺族個々の心情を制度に組み込むのはナンセンスだということですね。

そうですね。被害者遺族は多種多様です。死刑を熱望する被害者遺族だけを想定するのは、妥当ではないのではないかと思います。その点は、↓をご覧ください。

「死刑――存廃を問う前に」(第1回):死刑制度に疑問投げかける被害者遺族(東京新聞3月23日付「こちら特報部」より)
http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-966.html


もっとも、私のコメントの意図は、被害者遺族側とだけ同調して考えるのは妥当でないという意味です。以前に類似の点についてコメントしているので、そのコメントをここで引用しておきます。

「>1、もし自分の家族が同様の事故に遭った場合も同じように法律論を語れるのですか。私には無理です。

私自身はどんなことも常に法律的に考える癖がついてしまっているので(職業病?)、法律論を語ることができるでしょう。吹聴することはないにしても。

それはともかく、ご質問自体にいささか疑問を感じます。法解釈論は、個人的な心情によって左右するものではないからです。それは、個人の心情はどうであろうとも、法は誰にでも公平・平等に適用されるものだからです(憲法14条は法適用の平等をも保障)。

法律問題に限らずある社会問題が生じたとき、自分に置き換えてみてできるかどうかで判断することは、問題点を身近に捉えることになって良い面もあるとは思います。ですが、他方で、普遍的であるべき問題点の解決が歪められてしまうおそれもあると思います。」
http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-788.html#comment2214
2008/04/26 Sat 01:21:34
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
質問を数点・・・
春霞さん

いつも鋭い視点からの意見提言を読ませてもらい、勉強させてもらっております。
さて、今回の光市母子殺害事件のエントリーですが、数点疑問があります。

1.裁判所の判断は本当に「客観的事実に基づかない」物だったんでしょうか?

弁護人の批判に、「その後の供述は、過去に自白をしていないとの理由だけで排斥した」とありますが、本当にそうでしょうか?
今回の裁判において、裁判所が第一にすべき事は、事件の真実は何かという認定だと考えます。
以前の自白に基づく検察側の立証と、新供述に基づく弁護側の立証とどちらが真実(に近い)のか。これを客観的証拠に基づき、吟味しているはずだと思います。
客観的証拠とは、事件当時の殺害状況の検分、写真、捜査資料などなどとなるでしょう。

その判断の結果が「犯罪事実は揺るぎなく認められる」ということではないのでしょうか。
「過去に自白をしていないとの理由だけで排斥した」事と、「客観的な事実認定をした(が、弁護側の主張は退けられた)」事は、大きな違いです。

ここで言う客観的証拠を吟味できる資料は、私は持っていません。
ですので、本当に「揺るぎなく認められる」のかどうか、私には判断できません。

春霞さんの批判は、上記のような判断がなされていないということなのでしょうか。
ぜひ、そう考えられた理由を教えてもらえないでしょうか。

2.上記の認定がなされたとした上で、判決を読むと、一概に「刑事弁護の軽視」とは言えないのでは?

1.で述べたような判断(検察側の立証が真実である)をした以上、被告の新証言はすべて「虚偽」ということにならざるを得ません。

すると、春霞さんが指摘されている、
「熱心な弁護をきっかけにせっかく芽生えた反省の気持ちが薄らいだ」
「21人の弁護団がついたことで、(被告は)刑事責任が軽減されるのではないかと期待した。芽生えていた反省の気持ちが薄らいだとも考えられる」
「虚偽の弁解」を繰り広げたことで「死刑回避のために酌むべき事情を見いだす術(すべ)もなくなった」
という裁判所の言葉は、弁護人や弁護活動に向けられた物ではなく、被告人に向けられた物となります。

そういう理解でいくと、「刑事弁護の軽視」とはいえないのではないかと思いますが、どうでしょうか?


1.2の疑問両方とも、結局は「裁判所がどのように今回の判断を下したのか」が論点になります。

私の立場は、裁判所はあくまで「客観的事実を吟味した上で、事実の認定をしているはずだ」と考えています。
ただし、その認定が間違いである可能性は残されているとは思っています。

2008/04/26 Sat 12:01:25
URL | noah #V8RMHPHM[ 編集 ]
>考える人さん:2008/04/26 Sat 00:27:35
コメントありがとうございます。


>なぜ弁護団はこれを徹底的に争わなかったのだろうか。

検察側は、「事実関係についてはほとんど争っていない」(現代人文社編集部編「光市事件裁判を考える」158頁)そうですから、弁護団が一方的に主張して終わったようです。「徹底的に争う」も何も、裁判所が判決でいきなり断罪したということでしょうね。


>裁判で旧弁護人を証人として呼んで明らかにする事は出来ないものだろうか。

今度は最高裁での審理となります。最高裁での事実の取調べも可能ですが(刑訴法414条が393条を準用)、証人などの人証の取調べが認められるか否かについては学説上、争いがあります。もっとも、これまでは実際上、証人の取調べを行うことはなかったので、学説如何を問わず、事実上は困難でしょうね。ですから、「裁判で旧弁護人を証人として呼んで明らかにする事は」難しいでしょう。


>例えば弁護士間では同じ被告を弁護したもの同士は批判しない等の不文律でもあるのですか?

明らかな怠慢などがあれば別ですが、通常は、弁護方針は弁護士によって異なりますから、見解の違いであるというだけにとどまります。ですから、「批判しない」というよりも「批判できない」という感じでしょうか。

光市事件の差し戻し前の1、2審での弁護は、事件を早く終結させることや、少年事件であるなどとして、少年の内省に務め、裁判所と被害者に理解してもらえるように務めました。(本村さんは「反省はウソだ」として聞く耳持たなかったわけですが) 従来の最高裁の死刑の基準からすれば、無期懲役にとどまるので、それも明らかに不当だということはできないでしょう。

ただ、この光市事件では、差し戻し控訴審の弁護団は、次にように指摘して、1、2審判決の弁護人の弁護を批判しています。

「それぞれの弁護士は、異なる理由ではありましたが、事実関係について争うという発想がありませんでした。そのため、無期懲役が不当だとは考えませんでした。このことが、最高裁および差戻審の裁判を決定的に不利にしています。」(現代人文社編集部編「光市事件裁判を考える」157頁)
2008/04/29 Tue 18:50:59
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>noahさん:2008/04/26 Sat 12:01:25
はじめまして、コメントありがとうございます。


>2.上記の認定がなされたとした上で、判決を読むと、一概に「刑事弁護の軽視」とは言えないのでは?
>そういう理解でいくと、「刑事弁護の軽視」とはいえないのではないかと思いますが、どうでしょうか?

「刑事弁護の軽視」という意味は、(エントリー中で指摘しているように、)弁護人の任務である「誠実義務の軽視」である、ということです。弁護人は、仮に被告人が虚偽の述べているかもしれないと疑っていても、被告人の主張に従って弁護をするのが弁護人の任務であり、それが誠実義務の履行です。(身代わり犯人である場合は別)

判決を読めば、被告人の供述は虚偽だと判断できるのかもしれませんが、それは結果論ですし、虚偽か否かを問わず、被告人の主張に従うのが弁護人です。

もちろん、光市事件の場合、被告人の主張が証拠上、厳しいかもしれないことは被告人に伝える必要はありますが、被告人があくまで殺意を否認し、それを基礎付ける証拠もあるのですから、その主張をするのは、誠実義務上、当然です。差戻し前と異なる弁護なのですから、認められることが厳しいことは確かであり、ならば、より熱心な弁護になるのもまた当然のことです。

ところが、広島高裁は、「熱心な弁護」や「「21人の弁護団」がついたことを含めて非難するのです。これでは、誠実義務の否定になってしまいます。だからこそ、「広島高裁は刑事弁護を軽視するものだ」と批判するのです。


>1.裁判所の判断は本当に「客観的事実に基づかない」物だったんでしょうか?
>私の立場は、裁判所はあくまで「客観的事実を吟味した上で、事実の認定をしているはずだ」と考えています。
>ただし、その認定が間違いである可能性は残されているとは思っています。

証拠は吟味したが、認定は間違っている可能性はある――。確かに、論理的にはそういう理解もできるでしょう。しかし、証拠を真摯に吟味していれば、事実認定は間違えたりしないのでは? そういう理解をしてくれないと、冤罪は絶対減らないことになってしまいますから。

資格試験のように短時間で判断せよというのであれば、「吟味はしたが間違える」ことはよくあることでしょう。しかし、十分な検討をするだけの時間はあるのですから、「証拠は吟味したが、認定は間違っているかもしれない」では、無責任のそしりを受けることになってしまいます。

少なくとも、最高裁の弁論期日が入る前に教戒師に新供述を話したことは確かです。広島高裁は、それさえも弁論期日後に供述を変えたのだとしてしまうのですから(教戒師の証人尋問は認められなかった)、客観的事実に反することは確かです。

弁護団が「客観的事実に基づかない」判断だと批判するのは、実質的に「客観的事実に基づかない」判断であるという意味をも含んでいるのだと思います。
2008/04/29 Tue 18:57:13
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
春霞 さん
(通常は、弁護方針は弁護士によって異なりますから、見解の違いであるというだけにとどまります。ですから、「批判しない」というよりも「批判できない」という感じでしょうか。 〉
安田弁護士は真実を追求するとしています。法廷外では批判して裁判では批判、追求しないとは釈然としません。
最高裁では 春霞 さんの言われるとおり無理でしょう。この控訴審でやるべきだった。
2008/07/11 Fri 04:52:19
URL | 考える人 #-[ 編集 ]
>考える人さん:2008/07/11 Fri 04:52:19
お久しぶりです。コメントありがとうございます。


>安田弁護士は真実を追求するとしています。法廷外では批判して裁判では批判、追求しないとは釈然としません

差戻し控訴審において、旧弁護人(1、2審での弁護人)を証人として呼んで尋問するべきだったということですね。2審の弁護人が安田弁護士たちに弁護を頼んだのですから、少なくとも2審の弁護人としては、安田弁護士たちに求められれば証人として立ったでしょうね。

ただ、証人は、立証の必要があるから裁判に呼ぶわけです。私としては、2審の弁護人を呼んで、何を立証するのかちょっと分からない感じがします。

そして、肝心なことは、差戻し控訴審の裁判官が、立証に必要不可欠と思った場合に、証人として認められるわけです。いくら弁護人が証人申請しても、裁判官次第であるわけです。「2審の弁護人が証人になっても、何を立証するのかちょっと分からない感じ」ですから、仮に、1、2審の弁護人を証人として申請しても、裁判官が認めなかったのではないかと思います。
2008/07/14 Mon 08:01:41
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
コメント有難うございます。
この差し戻し控訴審の裁判の焦点は被告の供述の変化です。一審、控訴審とも被告は起訴事実を認めていた。しかし今回の裁判で供述を変えてきた。
それを証明しなければ死刑の可能性は高かったと思います。
<差し戻し前控訴審の弁護人に対し、犯行態様や計画性などが、第1審判決で書かれている事実とは違う、強姦するつもりはなかったというところを、どうにかしてもらえないかということを伝えた。>
と現弁護団が主張しているのであれば控訴審の弁護団が弁護方針のため、無視又はあえて取り上げなかった事を証明できれば強力な証拠となったと思いますけど。
今の弁護団には旧控訴審の途中からですが弁護していた弁護士がいます。何となく釈然としないものを
感じます。
裁判所が取り上げたかどうかは疑問ですが、証人申請すれば弁護団の真実を追究するとの言葉は信憑性を感じます。

2008/07/14 Mon 10:08:50
URL | 考える人 #-[ 編集 ]
>考える人さん:2008/07/14 Mon 10:08:50
コメントありがとうございます。


><差し戻し前控訴審の弁護人に対し、犯行態様や計画性などが、第1審判決で書かれている事実とは違う、強姦するつもりはなかったというところを、どうにかしてもらえないかということを伝えた。>
>と現弁護団が主張しているのであれば控訴審の弁護団が弁護方針のため、無視又はあえて取り上げなかった事を証明できれば強力な証拠となったと思いますけど

有力な証拠になりそうだとは思います。弁護人側だけの見方からすれば。

ただ、なんというか、旧控訴審での弁護人を信用しないわけではないのですが、今は弁護していないとしても、弁護士倫理上、弁護人は被告人に不利なことは言えず、有利なことを言うべき立場にいるわけです。ですから、裁判所の立場としては、旧控訴審の弁護人がどう言おうとも、信用しないような気がします。

ですので、旧控訴審の弁護人を証人にしても、あまり意味がないというか、効果がないように思います。


>今の弁護団には旧控訴審の途中からですが弁護していた弁護士がいます。何となく釈然としないものを感じます

あれ? そうでしたか。現代人文社編集部編「光市事件裁判を考える」150頁によると、最高裁での弁護の段階で「弁護方針を根本的に変更することになるため、旧弁護人は辞任しました」とありますけど。ですから、旧控訴審の弁護人は、最高裁での弁護はもちろん、差戻し控訴審での弁護においても、いないと思いましたが……。もし、間違っていたら申し訳ありません。
2008/07/17 Thu 23:16:56
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
<旧控訴審の弁護人を証人にしても、あまり意味がないというか、効果がないように思います。>
そうでしたら法廷外で旧弁護人の批判をする意味は何なんでしょうか?法廷外で旧弁護人を批判し裁判所では証人申請しない、何か一種のパフォーマンスに見えますけど。

旧控訴審の後半から弁護団入りしていた井上明彦弁護士が最高裁の段階で一度辞任したのですが今の弁護団に加わっている事実を見れば変ですね。
井上弁護士はテレビのインタビューで旧控訴審では
後に弁護団に加わったため旧弁護人の方針に従ったと答えてます。
春霞さんにお聞きしたいのですが裁判所側がうけつけなかっただろうとか、信用しなかっただろうとか目に付きますが最高裁で今の弁論、今の弁護団では死刑回避は無理だとの判断ですか?
2008/07/18 Fri 15:23:39
URL | 考える人 #-[ 編集 ]
>考える人さん:2008/07/18 Fri 15:23:39
コメントありがとうございます。


>そうでしたら法廷外で旧弁護人の批判をする意味は何なんでしょうか?法廷外で旧弁護人を批判し裁判所では証人申請しない、何か一種のパフォーマンスに見えますけど。

弁護人が変わって、新弁護人がなぜ「殺意がない」などと新たな主張をしているのか、新弁護人の誘導ではないか、という疑問が、弁護団に寄せられたのです。その疑問に答える一環として、旧弁護人を批判する内容を述べたわけです(現代人文社編集部編「光市事件裁判を考える」149頁)。

法廷外で旧弁護人を批判したのは、法廷外にいる、市民やマスコミに対して、差し戻し控訴審での弁護の正当性を説明したものであって、裁判での訴訟活動とは無関係の行為です。市民やマスコミに対して、弁護活動内容を説明することも、「パフォーマンス」と評価するのかどうかは、よく分かりません。


>旧控訴審の後半から弁護団入りしていた井上明彦弁護士が最高裁の段階で一度辞任したのですが今の弁護団に加わっている事実を見れば変ですね
>井上弁護士はテレビのインタビューで旧控訴審では後に弁護団に加わったため旧弁護人の方針に従ったと答えてます。

情報ありがとうございます。全員の弁護人のお名前をきっちり把握していないこともあり、井上明彦弁護士が旧控訴審の弁護人だったことは知りませんでした。

途中から加わった弁護士であれば、井上明彦弁護士のように「旧弁護人の方針に従った」のは普通のことでしょうね。弁護活動の最終決定権は主任弁護人にあるでしょうから。


>春霞さんにお聞きしたいのですが裁判所側がうけつけなかっただろうとか、信用しなかっただろうとか目に付きますが

証人は、被告人・弁護人と別の側にいるからこそ、その発言には意味があるわけです。(情状だけなら、家族の発言には意味があります)

ところが、旧弁護人は、辞任して被告人の弁護をしなくなくなっても、弁護士倫理上、被告人の利益に反する発言はできないわけです。そうした立場にある者が、被告人のために法廷で発言しても、それは仮に証人として発言するのだとしても、被告人と同じ側に立つ発言です。いわば、証人の名を借りた「弁護活動」みたいなものです。

証人の名を借りた「弁護活動」ですから、裁判所側も証人として認めないだろうということです。


>最高裁で今の弁論、今の弁護団では死刑回避は無理だとの判断ですか?

差戻し控訴審の弁護団は、現在の刑事弁護人として最も優秀な者が集まっており(今枝仁弁護士のように、情緒不安定で、弁護妨害のようなことをしてした人物もいましたが)、誠実義務の履行という最も基本的な義務に忠実な弁護を行ったのですから、これ以上の弁護はできなかったと思います。色々、反省点はあるでしょうが。

今の弁護団が維持されるのであれば、最高裁での弁護活動も最も適切な弁護を行うと思います。

ただし、もう弁護し尽くしたはずですから、最高裁において誰が弁護しても、死刑回避は難しいでしょう。最高裁では、父親が被告人を虐待していた事実を強調していくことになるのでしょうけど。それに、最高裁判所調査官が、どれほど弁護側の主張を真摯に見てくれるかどうかによるでしょうね。
2008/07/21 Mon 01:31:35
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
( 途中から加わった弁護士であれば、井上明彦弁護士のように「旧弁護人の方針に従った」のは普通のことでしょうね。弁護活動の最終決定権は主任弁護人にあるでしょうから。)
井上弁護士は今回も途中から参加してますから主任弁護士の決定に従ってるんでしょうね。旧控訴審の主張とは違いますけどね(苦笑)
(最高裁では、父親が被告人を虐待していた事実を強調していくことになるのでしょうけど)
父親は否定してますよね。躾の範囲と言ってます。
どう証明するのでしょうね。

(これ以上の弁護はできなかったと思います。色々、反省点はあるでしょうが。 )
反省点って何ですか?
春霞さんの発言を見てると弁護側の主張を認めない裁判所が悪いだけと感じましたけど。



2008/07/26 Sat 00:02:39
URL | 考える人 #-[ 編集 ]
>考える人さん:2008/07/26 Sat 00:02:39
コメントありがとうございます。
今回のコメントはきっと冗談なのでしょう。


>井上弁護士は今回も途中から参加してますから主任弁護士の決定に従ってるんでしょうね。旧控訴審の主張とは違いますけどね(苦笑)

旧控訴審の主張と弁護方針が変わったのは、被告人が殺意がなかったと主張したからです。


>父親は否定してますよね。躾の範囲と言ってます。
>どう証明するのでしょうね

父は妻(被告人の母)や被告人に暴力を振るい続け、その暴力に堪えかねず妻は自殺し、被告人は母親の自殺現場を目撃してしまいました。なんと素晴らしい「躾」でしょう(苦笑)。考える人さんは「冗談」で書いているのでしょうけど。


>反省点って何ですか?

部外者である私が、弁護団の反省点を言って見ろって? えーと。考える人さんの「ボケ」に対してツッコミをしろと? ツッコミとしては、「今枝弁護士は弁護人に入れなればよかった」とか、でしょうか(笑)
2008/07/26 Sat 23:18:00
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
( 旧控訴審の主張と弁護方針が変わったのは、被告人が殺意がなかったと主張したからです)
では旧控訴審の弁護士に殺意や強姦を否定したという主張はウソと言う事になりますね。
(なんと素晴らしい「躾」でしょう(苦笑)。考える人さんは「冗談」で書いているのでしょうけど。 )
貴方こそ冗談でしょう(笑)裁判で証明しなければ意味がないでしょう。
(えーと。考える人さんの「ボケ」に対してツッコミをしろと?)
つまらないボケですね(苦笑)
貴方が
(これ以上の弁護はできなかったと思います。色々、反省点はあるでしょうが。 )
と書いたから聞いただけですよ。


2008/07/27 Sun 08:17:07
URL | 考える人 #-[ 編集 ]
>考える人さん:2008/07/27 Sun 08:17:07
コメントありがとうございます。


>では旧控訴審の弁護士に殺意や強姦を否定したという主張はウソと言う事になりますね

井上弁護士は、旧控訴審の弁護に途中から入ったわけですから、井上弁護士自体が「殺意や強姦を否定した」という被告人の言葉を聞いていないかもしれません。


これで議論は尽きたと思いますが、この事件の弁護について一言書いておきます。

旧控訴審の弁護と最高裁や差戻し控訴審での弁護ともに、あくまで少年事件の弁護であり、有罪率99.9%という日本の裁判の状況を踏まえたうえでの弁護だということです。それを考えれば、旧控訴審の弁護は、少年事件であることを重視した弁護を行ったのですから、事件の性質上、当時は妥当ともいえる弁護でした。

ところが、従来の死刑基準では無期懲役にとどまっていたはずなのに検察が上告し、最高裁以降は死刑になる可能性が高くなったのですから、弁護活動は大幅に見直しをせざるを得なくなりました。要するに、少年事件であることを重視した弁護では不十分になったわけです。

このように旧控訴審とそれ以降の弁護とでは、違ってくるのは当然であって、どちらかが絶対悪かったとはいえないのです。この点をよく考えてみるべきです。


>父親は否定してますよね。躾の範囲と言ってます。
>どう証明するのでしょうね
>貴方こそ冗談でしょう(笑)裁判で証明しなければ意味がないでしょう

……。冗談ではなかったのですか?(苦笑)

DVの挙句、妻を自殺に追い込んでしまった男性が、「はい、自分のDVのせいで妻は自殺しました」と言わないと、裁判で証明できないと、本気で思っているのですか? 

だいたい、差戻し控訴審でも、「被告人の生育環境をみると、幼少期から実父から暴力を受けたり、実父による実母への暴力を目の当たりにしてきた」と認定しています。

考える人さんは、なぜ、判決文を読まないのですか? 


>(これ以上の弁護はできなかったと思います。色々、反省点はあるでしょうが。 )
>と書いたから聞いただけですよ

……。本気だったのですか? 

このエントリーで触れているように、弁護団は、「もっと証拠を出すべきだったし、なぜ供述が変わったのかを、もっとわかりやすく説明すべきだったという反省もある」と述べています。

考える人さんは、なぜ、エントリーに書いていることさえ読まないのですか?
2008/07/29 Tue 01:15:18
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
<井上弁護士自体が「殺意や強姦を否定した」という被告人の言葉を聞いていないかもしれません。>
彼はテレビのインタビーで、旧控訴審の被告の証言を取り上げなかった理由述べてます。

判決では
<幼少期からの環境が被告人の人格形成や健全な精神の発達に影響を与えた面があることも否定できない。もっとも、経済的に問題のない家庭に育ち、高校教育も受けたのであるから、生育環境が特に劣悪であったとはいえない。>
となってます。これひっくり返さなければダメでしょう。
貴方こそ判決文読んでないですか?

<、「もっと証拠を出すべきだったし、なぜ供述が変わったのかを、もっとわかりやすく説明すべきだったという反省もある」>
??その内容を聞いてるんですけどね(苦笑)


2008/07/29 Tue 15:07:09
URL | 考える人 #-[ 編集 ]
>考える人さん:2008/07/29 Tue 15:07:09
コメントありがとうございます。お返事が遅くなりすみません。


>判決では
><幼少期からの環境が被告人の人格形成や健全な精神の発達に影響を与えた面があることも否定できない。もっとも、経済的に問題のない家庭に育ち、高校教育も受けたのであるから、生育環境が特に劣悪であったとはいえない。>
>となってます。これひっくり返さなければダメでしょう。

??? ですから、「最高裁では、父親が被告人を虐待していた事実を強調していくことになる」(2008/07/21 Mon 01:31:35でのコメント)わけです。DVが非行少年に与える影響については、家裁調査官がまとめた小冊子等(「重大少年事件の実証的研究」・家裁裁判所調査官研修所監修・平成13年5月、本庄武「被害体験が刑事責任に及ぼす効果について」一橋法学2巻1号〔2003年〕89頁以下、船橋民江「量刑において被告人の被虐待体験を考慮することの意義」子供の虐待とネグレクト8巻3号〔2006年〕343頁以下、藤岡淳子『非行少年の加害と被害』(誠信書房、2001年)、橋本和明『虐待と非行臨床』(創元社、2004年)があります。
2008/08/04 Mon 00:11:15
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/tb.php/1066-41a97937
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
  当  ブ  ロ  グ  へ  の     皆様のご支援に感謝致します! ありがとう!  名  ば  か  り  ソ  ~  リ  !  目  指  せ   支  持  率  一  桁 ●北海道新聞  (04/23 07:20) 内閣支持率19%に低下...
2008/04/23(水) 22:34:09 | 晴天とら日和
???礭??Ф??μ???????
2008/04/24(木) 11:54:58 | WIN GRACE
http://www.k4.dion.ne.jp/~yuko-k/kiyotaka/ 春霞さんのエントリを拙HPへupした。光市事件差し戻し審判決についての問題点が、鋭く指摘されている一級の論評。
2008/04/24(木) 22:50:53 | 来栖宥子★午後のアダージォ
 裁判長は続けた。「審理が少し長引きご迷惑をおかけしました。私は、わたしなりに事件の解明に努力したつもりです。いろいろ話したいこともありますが、中途半端に余計なことを入れるのはやめておきましょう」 そして「今度、法廷でお会いするときは、今とは違う形でお...
2008/04/24(木) 22:52:58 | 来栖宥子★午後のアダージォ
??AV??μ?ääΤ???AV??Ф????
2008/04/26(土) 17:08:33 | ? AV???β?
  当  ブ  ロ  グ  へ  の     皆様のご支援に感謝致します! ありがとう! 私は、不幸な人生だったから元少年は、「罪一等減じて、…」「無期懲役」に、という論調には組しません。もし、そういう論調なら、 不幸な人生で育ったお子さんは殺人犯...
2008/04/26(土) 22:42:19 | 晴天とら日和
 青山学院大学准教授瀬尾佳美という方の「おいしいものが食べたい 食いしん坊の日記」と言うブログの「光市母子殺害事件:元少年に死刑は重すぎる」と言うエントリーが炎上しているらしい。どれどれと言うことで早速検索。 ヒットはしたのだが、 パスワードを入れないと...
2008/04/28(月) 06:14:38 | 雑談日記(徒然なるままに、。)
昨日、山口県光市・母子殺害事件の差し戻し控訴審で、死刑判決が出た。 予想されたこととはいえ、なんともいえないイヤな重苦しさを感じる。 このイヤな気持ちをうまく表す言葉が見つからないので 毛利甚八さんに代弁していただくことにする。 毎日新聞に連載され...
2008/04/28(月) 19:43:01 | かめ?
???Υ??8400?夢?1ĤΥ???????????????????????Υ????????å?????Τ????ΤĤ??Ρ????????å?Υ??O?????Υ???X???????Υ????Ĥ???Υ???Τ??ζ????Υ????????Υ????å???Х?????ζ??IJ?????????å?Τ??¿??????????????Υ????δ????Υ????VΥ????Υ???ĥ??????????...
2008/04/29(火) 20:43:48 | ?κ?
また来ます!私のサイトにも遊びに来てみて下さい。
2008/05/01(木) 16:13:52 | エコバッグ
 やはり,というべきか,判決は死刑だった.以前の記事に書いたように,『いかなる極悪人であっても死刑にはすべきでない』というステージに辿りついてから,まだその考えは変わっていない.その理由については私の死刑廃止論をお読み戴きたいが,端的に言えば,生ける者...
2008/05/02(金) 20:40:37 | アルバイシンの丘
 今回の再審も実に不毛な裁判であったと書いたが,これは死刑判決が出たこととは関係がない.充実した中身のある審理が行われたかどうかという観点からの話である.そういう充実した審理の結果の死刑判決ならば,死刑の賛否は別として裁判自体には後世に伝えるに堪える思...
2008/05/02(金) 20:42:24 | アルバイシンの丘
 光市の母子殺害事件の差し戻し審で被告に死刑判決が出た。  ニュースに対するMIXIやYAHOOでのコメントは「死刑判決は当然」という声が圧倒的で、ひどいものになると「祝死刑」などと書いている人までいる。そして即時上告をした被告人と弁護団に対しても「鬼畜」だ?...
2008/05/10(土) 05:30:38 | デザイン夜話
福岡県警 ホームページについて こんにちは。今回は「福岡県警 ホームページ」で情報を集めてみました。変なのが混じってたらごめんなさいね。 ヤマハのヘリコプター密輸出 ↓の主張は根拠のある主張ですか。 また、いくつ...ヤマハのヘリコプター密輸...
2010/12/24(金) 16:13:56 | 話題のキーワードで情報収集
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。