これは、「政治的表現活動の自由の一態様としてのポスティングの自由と刑事責任とをいかに解するか」という論点に関する判例(判例時報1949号170頁参照)であり、政治的主張を記したビラの配布を禁止する行為が、憲法で保障された「表現の自由」の侵害にあたるかどうかが主として争点となりました。この最高裁判決について検討したいと思います。
なお、ビラ配りと住居侵入罪の成否が問題となった裁判例については、「政党ビラ配りと住居侵入罪の成否(上)〜東京高裁平成19年12月11日判決」(2007/12/14 [Fri] 23:59:05)、「政党ビラ配りと住居侵入罪の成否(下)〜東京高裁平成19年12月11日判決」(2007/12/15 [Sat] 23:48:09)でも触れています。こちらもご覧ください。
(4月13日追記:読売新聞4月13日「社説」について一部引用して検討を行った)
1.まず、簡単な事案の概要・主なビラ配布事件の経緯・判例に触れた記事を紹介しておきます。
(1) 簡単な事案の概要
「<立川反戦ビラ配布事件> 東京・立川基地の在日米軍が横田基地に移った後、自衛隊が使用することに反対した市民らが1972年、市民団体「立川自衛隊監視テント村」を結成。反戦や基地反対を訴えた。2004年1月に「自衛隊のイラク派兵反対!」と書いたビラを各戸の新聞受けに入れるため、隊宿舎の通路や階段に立ち入ったとして、警視庁は翌2月、住居侵入容疑でメンバー3人を逮捕。東京地検八王子支部が起訴した。3人は75日間拘置された。人権団体のアムネスティ・インターナショナルは04年、3人を思想信条を理由に拘禁された「良心の囚人」に日本で初認定した。」(東京新聞平成20年4月12日付朝刊1面)
(2) 主なビラ配布事件の経緯(東京新聞平成20年4月12日付朝刊11面)
「2004年1月 市民団体「立川自衛隊監視テント村」の大洞俊之被告ら3人が、反戦ビラ配布のため東京都立川市の自衛隊宿舎敷地内に立ち入る
2月 大洞被告ら2人が、再び立ち入る。警視庁が、住居侵入容疑で3人を逮捕
3月 共産党機関紙の号外などを配ったとして、警視庁が国家公務員法違反(政治的行為の制限)容疑で社会保険庁職員を逮捕。東京地検八王子支部がテント村の3人を起訴
12月 東京地裁八王子支部がテント村の3人に無罪判決。東京都葛飾区のマンションで共産党の「区議団だより」を配った僧侶が現行犯逮捕される
05年9月 東京都世田谷区の警視庁官舎で共産党機関紙の号外を配った厚生労働省職員が、住居侵入の現行犯で逮捕。地裁が拘置を認めず釈放されたが、東京地検は国家公務員法違反罪で在宅起訴
12月 東京高裁がテント村の3人に罰金20万―10万円の逆転有罪判決
06年6月 東京地裁が社保庁職員に罰金10万円、執行猶予2年の判決(職員・検察双方が控訴)
8月 東京地裁が僧侶に無罪判決
07年12月 東京高裁が僧侶に罰金5万円の逆転有罪判決。僧侶が上告
08年4月 最高裁がテント村3人の上告棄却判決。罰金刑が確定へ」
この最近の判決をみると、警察や検察は、反戦を主張する市民団体、共産党の配布物を狙い撃ちして処罰を求めているようにも受け取れます。日本の警察や検察の態度・意識としては、昔も今も変わらないようです。
(3) 判例に触れた記事(朝日新聞平成20年4月12日付朝刊34面(13版))
「ビラ配り有罪確定へ 最高裁上告棄却 表現の手段 処罰
東京都立川市の自衛隊官舎で自衛隊のイラク派遣に反対するビラを配った3人が住居侵入罪に問われた事件で、最高裁第二小法廷(今井功裁判長)は11日、無罪を主張していた3被告の上告を棄却する判決を言い渡した。有罪とした二審・東京高裁判決が確定する。
第二小法廷は「官舎の管理者の意思に反して立ち入れば、住民の私生活の平穏を侵害する」と指摘。集合住宅でのビラ配りを住居侵入罪に問うことは、憲法が保障する「表現の自由」に反しないとする初判断を示した。
有罪が確定するのは、市民団体「立川自衛隊監視テント村」のメンバー大洞俊之被告(50)=罰金20万円▽高田幸美被告(34)=同▽大西章寛被告(34)=罰金10万円。自衛隊のイラク派遣の是非が問題となっていた時期の04年1月と2月の2回にわたり、「自衛隊のイラク派兵反対!」などとしたビラを官舎各室の新聞受けに入れようと敷地に入った。
第二小法廷は、塀などで囲われた官舎の敷地や各戸の玄関前までは、自衛隊側が管理していると指摘。関係者以外の立ち入りを禁じる表示があったことや、3人が立ち入ってビラを配るたびに被害届が出ていたことなどから、無断で立ち入ることは管理権者の意思に反し、被害の程度も軽くないと述べた。
「表現の自由」については、「無制限に保障されるものではなく、公共の福祉のために必要かつ合理的な制限を受ける」とした過去の最高裁判例を踏襲。「表現そのもの」でなく表現の手段を処罰する今回のケースは、憲法に反しないと結論づけた。
3人は04年2月に逮捕され、5月まで勾留(こうりゅう)が続いた。一審・東京地裁八王子支部は04年12月、政治ビラの配布について「民主主義の根幹を成し、商業ビラより優越的な地位が認められる」と指摘、刑事罰を科すほどの違法性はないとして無罪とした。二審・東京高裁は05年12月に「管理者の意思に反して立ち入ってはならない」として逆転有罪にした。(以下、省略)」
「事件番号:平成17(あ)2652
事件名:住居侵入被告事件
裁判年月日:平成20年04月11日
法廷名:最高裁判所第二小法廷
裁判種別:判決
結果:棄却
判例集巻・号・頁
原審裁判所名:東京高等裁判所
原審事件番号:平成17(う)351
原審裁判年月日:平成17年12月09日
判示事項
1 管理権者が管理する公務員宿舎である集合住宅の1階出入口から各室玄関前までの部分及び金網フェンス等で囲まれるなどしたその敷地部分が刑法130条にいう「人の看守する邸宅」に当たるとされた事例
2 管理権者が管理する公務員宿舎である集合住宅の各室玄関ドアの新聞受けに政治的な意見を記載したビラを投かんする目的で金網フェンス等で囲まれるなどしたその敷地部分等に管理権者の意思に反して立ち入ったことをもって刑法130条前段の罪に問うことが憲法21条1項に違反しないとされた事例」
「 主 文
本件各上告を棄却する。
理 由
第1 被告人3名の弁護人栗山れい子ほかの上告趣意のうち,本件被告人らの行為をもって刑法130条前段の罪に問うことは憲法21条1項に違反するとの主張について
1 原判決の認定及び記録によれば,本件の事実関係は,次のとおりである。
(1) 立川宿舎の状況等
ア 全般
東京都立川市所在の防衛庁(当時。以下同じ。)立川宿舎(以下「立川宿舎」という。)の敷地は,南北に細長い長方形(南北方向の辺の長さは約400m,東西方向の辺の長さは約50mである。以下「南側敷地」という。)の北端に東西に細長い長方形(南北方向の辺の長さは約25m,東西方向の辺の長さは約130mである。以下「北側敷地」という。)が西側に伸びる形で付いた逆L字形をしている。南側敷地の東側,北側敷地の東側と北側が,一般道路に面し,南側敷地の西側,北側敷地の西側と南側の西半分が,自衛隊東立川駐屯地と接している。南側敷地の南半分には,南から北へ順に1号棟ないし8号棟の集合住宅が建っている。いずれも東西に細長い直方体であり,鉄筋4階建てで,各階に6室ずつある(1号棟ないし8号棟の敷地の南北方向の辺の長さは約200mである。)。南側敷地の北半分は,南北に細長い長方形の空き地(以下「北側空き地」という。)になっている。北側敷地には,東西に並んで東から西へ順に9号棟,10号棟の前同様の集合住宅が建っている。ただし,9号棟及び10号棟は,いずれも5階建てで,10号棟は各階に8室ずつある。
イ 立川宿舎の敷地の囲にょう状況
(ア) 1号棟ないし8号棟の敷地は,南側は高さ約1.5mの鉄製フェンス,一般道路に面する東側は,高さ約1.5mないし約1.6mの鉄製フェンスないし金網フェンス,北側空き地と接する北側は木製杭,自衛隊東立川駐屯地と接する西側は,門扉のある通用門1か所のほかは,高さ約1.85mないし約2.1mの鉄製フェンスで囲まれている。東側のフェンスは,各号棟の北側通路に通じる出入口となる部分がそれぞれ1号棟に係るものから順に幅約7.1m,約5.9m,約8m,約6.1m,約6.3m,約5m,約9m,約6.1mにわたって開口しており,各開口部に門扉はない。北側の木製杭には,おおむね等間隔に4本の鉄線が張られている。
(イ) 9号棟及び10号棟の敷地も,高さ約1.5mないし約1.7mの金網フェンスないし鉄製フェンスで囲まれ,一般道路に面する東側,北側のフェンスは,各号棟の出入口となる部分が幅数mないし約8.2mにわたって開口するなどしており,各開口部に門扉はない。
ウ 立川宿舎の敷地の案内板等の状況
(ア) 1号棟ないし8号棟の敷地の東側フェンスの1号棟の北側通路に通じる出入口となる開口部付近に,「防衛庁立川宿舎案内図」と題する案内板がある。同フェンスの各号棟の北側通路に通じる出入口となる各開口部の向かってすぐ左のフェンス部分に,いずれも,A3判大の横長の白色の用紙に,縦書きで,
「宿舎地域内の禁止事項
一関係者以外,地域内に立ち入ること
一ビラ貼り・配り等の宣伝活動
一露店(土地の占有)等による物品販売及び押し売り
一車両の駐車
一その他,人に迷惑をかける行為
管理者」
と印刷されてビニールカバーが掛けられた禁止事項表示板が設置されている。
(イ) 9号棟及び10号棟の敷地を囲むフェンスの9号棟の出入口となる前記イ(イ)の開口部付近に,前同様の「防衛庁立川宿舎案内図」と題する案内板があり,同フェンスの各号棟の出入口となる前記イ(イ)の各開口部の向かってすぐ左ないし右のフェンス部分に,前同様の禁止事項表示板が設置されている。
エ 各号棟の状況
(ア) 1号棟ないし9号棟には,それぞれ東側階段,中央階段,西側階段があり,各号棟の1階には,その北側に各階段ごとに各階段に通じる門扉のない3か所の出入口があり,10号棟の1階には,その北側に,東側階段,東側中階段,西側中階段,西側階段に通じる門扉のない4か所の出入口がある。これらの出入口には,それぞれ集合郵便受けが設置されている。これらの階段に面して各階2室ずつの玄関があり,各室玄関ドアには新聞受けが設置されている。
(イ) 1号棟ないし10号棟の1階出入口にある掲示板又は集合郵便受けの上部の壁等には,A4判大の横長の白色又は黄色の用紙に,縦書きで,前記禁止事項表示板と同じ文言が印刷された禁止事項表示物が,一部はビニールカバーが掛けられて,掲示されていた。
オ 立川宿舎の管理状況
立川宿舎は,防衛庁の職員及びその家族が居住するための国が設置する宿舎である。本件当時,1号棟ないし8号棟は,ほぼ全室に居住者が入居していた。国家公務員宿舎法,同法施行令等により,敷地及び5号棟ないし8号棟は陸上自衛隊東立川駐屯地業務隊長の管理,1号棟ないし4号棟は航空自衛隊第1補給処立川支処長の管理となっており,9号棟,10号棟は防衛庁契約本部ないし同庁技術研究本部第3研究所の管理下にある。
(2) テント村の活動状況等
「立川自衛隊監視テント村」(以下「テント村」という。)は,自衛隊の米軍立川基地移駐に際して結成された団体で,反戦平和を課題とし,示威運動,駅頭情報宣伝活動,駐屯地に対する申入れ活動等を行っている。被告人3名は,いずれもテント村の構成員として活動している者である。
(3) テント村の活動とこれに対する立川宿舎の管理者の対応アテント村は,平成15年夏に関連法律が成立して自衛隊のイラク派遣が迫ってきたころから,これに反対する活動として,駅頭情報宣伝活動やデモを積極的に行うようになった。
イ テント村は,自衛官及びその家族に向けて,平成15年10月中ごろ,同年11月終わりころ,同年12月13日と月1回の割合で,それぞれ,「自衛官のみなさん・家族のみなさんへイラクへの派兵が,何をもたらすというのか?」,「自衛官のみなさん・家族のみなさんへ殺すのも・殺されるのもイヤだと言おう」,「イラクへ行くな,自衛隊! 戦争では何も解決しない」との表題の下に,自衛隊のイラク派遣に反対し,かつ,自衛官に対しイラク派兵に反対するよう促し,自衛官のためのホットラインの存在を知らせる内容のA4判大のビラを,立川宿舎の各号棟の1階出入口の集合郵便受け又は各室玄関ドアの新聞受けに投かんした。
ウ 前記イの平成15年12月13日のビラの投かん後,陸上自衛隊東立川駐屯地業務隊長の職務を補佐する同業務隊厚生科長,航空自衛隊第1補給処立川支処長の職務を補佐する同支処業務課長ら立川宿舎の管理業務に携わっていた者は,連絡を取り合った上,管理者の意を受けて,それぞれの管理部分ごとに分担するなどして,同月18日,前記(1)ウ(ア),(イ)のとおり,禁止事項表示板を立川宿舎の敷地の一般道路に面するフェンスの各号棟の出入口となる各開口部のすぐわきのフェンス部分に設置し,同月19日から同月24日にかけて,前記(1)エ(イ)のとおり,禁止事項表示物を各号棟の1階出入口に掲示した。
エ そのころ,前記イの平成15年12月13日のビラの投かんについて,立川宿舎の管理業務に携わっていた者により管理者の意を受けて警察に住居侵入の被害届が提出された。
(4) 本件ビラ投かんの状況等
ア 被告人3名は,共謀の上,テント村の活動の一環として,「自衛官・ご家族の皆さんへ自衛隊のイラク派兵反対! いっしょに考え,反対の声をあげよう!」との表題の下,前同様の内容のA4判大のビラを,立川宿舎の各号棟の各室玄関ドアの新聞受けに投かんする目的で,平成16年1月17日午前11時30分過ぎころから午後0時ころまでの間,立川宿舎の敷地内に3名とも立ち入った上,分担して,3号棟東側階段,同棟中央階段,5号棟東側階段,6号棟東側階段及び7号棟西側階段に通じる各1階出入口からそれぞれ4階の各室玄関前まで立ち入り,各室玄関ドアの新聞受けに上記ビラを投かんするなどした。
イ 平成16年1月23日,前記アのビラの投かんについて,立川宿舎の管理業務に携わっていた者により管理者の意を受けて警察に住居侵入の被害届が提出された。なお,同年2月3日に実施された実況見分時には,1号棟及び9号棟の各出入口並びに3号棟の中央出入口,4号棟の東側出入口,5号棟の西側出入口及び8号棟の西側出入口には,前記(1)エ(イ)の禁止事項表示物がなかった。
ウ 被告人A及び同Bは,共謀の上,テント村の活動の一環として,「ブッシュも小泉も戦場には行かない」との表題の下,前同様の内容のA4判大のビラを,立川宿舎の各号棟の各室玄関ドアの新聞受けに投かんする目的で,平成16年2月22日午前11時30分過ぎころから午後0時過ぎころまでの間,立川宿舎の敷地内に2名とも立ち入った上,分担して,3号棟西側階段,5号棟西側階段及び7号棟西側階段に通じる各1階出入口からそれぞれ4階の各室玄関前まで立ち入り,各室玄関ドアの新聞受けに上記ビラを投かんするなどした。
エ 平成16年3月22日,前記ウのビラの投かんについて,立川宿舎の管理業務に携わっていた者により管理者の意を受けて警察に住居侵入の被害届が提出された。
2(1) 前記1(4)ア,ウのとおり,被告人らは,立川宿舎の敷地内に入り込み,各号棟の1階出入口から各室玄関前まで立ち入ったものであり,当該立入りについて刑法130条前段の罪に問われているので,まず,被告人らが立ち入った場所が同条にいう「人の住居」,「人の看守する邸宅」,「人の看守する建造物」のいずれかに当たるのかを検討する。
(2) 前記1の立川宿舎の各号棟の構造及び出入口の状況,その敷地と周辺土地や道路との囲障等の状況,その管理の状況等によれば,各号棟の1階出入口から各室玄関前までの部分は,居住用の建物である宿舎の各号棟の建物の一部であり,宿舎管理者の管理に係るものであるから,居住用の建物の一部として刑法130条にいう「人の看守する邸宅」に当たるものと解され,また,各号棟の敷地のうち建築物が建築されている部分を除く部分は,各号棟の建物に接してその周辺に存在し,かつ,管理者が外部との境界に門塀等の囲障を設置することにより,これが各号棟の建物の付属地として建物利用のために供されるものであることを明示していると認められるから,上記部分は,「人の看守する邸宅」の囲にょう地として,邸宅侵入罪の客体になるものというべきである(最高裁昭和49年(あ)第736号同51年3月4日第一小法廷判決・刑集30巻2号79頁参照)。
(3) そして,刑法130条前段にいう「侵入し」とは,他人の看守する邸宅等に管理権者の意思に反して立ち入ることをいうものであるところ(最高裁昭和55年(あ)第906号同58年4月8日第二小法廷判決・刑集37巻3号215頁参照),立川宿舎の管理権者は,前記1(1)オのとおりであり,被告人らの立入りがこれらの管理権者の意思に反するものであったことは,前記1の事実関係から明らかである。
(4) そうすると,被告人らの本件立川宿舎の敷地及び各号棟の1階出入口から各室玄関前までへの立入りは,刑法130条前段に該当するものと解すべきである。なお,本件被告人らの立入りの態様,程度は前記1の事実関係のとおりであって,管理者からその都度被害届が提出されていることなどに照らすと,所論のように法益侵害の程度が極めて軽微なものであったなどということもできない。
3(1) 所論は,本件被告人らの行為をもって刑法130条前段の罪に問うことは憲法21条1項に違反するという。
(2) 確かに,表現の自由は,民主主義社会において特に重要な権利として尊重されなければならず,被告人らによるその政治的意見を記載したビラの配布は,表現の自由の行使ということができる。しかしながら,憲法21条1項も,表現の自由を絶対無制限に保障したものではなく,公共の福祉のため必要かつ合理的な制限を是認するものであって,たとえ思想を外部に発表するための手段であっても,その手段が他人の権利を不当に害するようなものは許されないというべきである(最高裁昭和59年(あ)第206号同年12月18日第三小法廷判決・刑集38巻12号3026頁参照)。本件では,表現そのものを処罰することの憲法適合性が問われているのではなく,表現の手段すなわちビラの配布のために「人の看守する邸宅」に管理権者の承諾なく立ち入ったことを処罰することの憲法適合性が問われているところ,本件で被告人らが立ち入った場所は,防衛庁の職員及びその家族が私的生活を営む場所である集合住宅の共用部分及びその敷地であり,自衛隊・防衛庁当局がそのような場所として管理していたもので,一般に人が自由に出入りすることのできる場所ではない。たとえ表現の自由の行使のためとはいっても,このような場所に管理権者の意思に反して立ち入ることは,管理権者の管理権を侵害するのみならず,そこで私的生活を営む者の私生活の平穏を侵害するものといわざるを得ない。したがって,本件被告人らの行為をもって刑法130条前段の罪に問うことは,憲法21条1項に違反するものではない。このように解することができることは,当裁判所の判例(昭和41年(あ)第536号同43年12月18日大法廷判決・刑集22巻13号1549頁,昭和42年(あ)第1626号同45年6月17日大法廷判決・刑集24巻6号280頁)の趣旨に徴して明らかである。所論は理由がない。
第2 その余の主張について
憲法違反,判例違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
よって,同法408条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 今井功 裁判官 津野修 裁判官 中川了滋)」
3.この事件は、住居侵入罪が成立するか否かを巡って争いになったものですが、政治的表現の自由を制約するものであるため、本事案は憲法及び刑法に関わる問題です。ですから、本判決も、刑法規定の解釈だけでなく、表現の自由の点についても触れているわけです。
(住居侵入等)
刑法第130条 正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。
憲法第21条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
2 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
(1) 刑法130条前段の要件を満たすかどうかについては、2つ要件で問題となりました。まず、「立川宿舎の敷地内に入り込み,各号棟の1階出入口から各室玄関前まで立ち入ったものであり,当該立入りについて刑法130条前段の罪に問われているので,まず,被告人らが立ち入った場所が同条にいう「人の住居」,「人の看守する邸宅」,「人の看守する建造物」のいずれかに当たるのか」が問題となりました。
本判決は、次のように判示しています。
「前記1の立川宿舎の各号棟の構造及び出入口の状況,その敷地と周辺土地や道路との囲障等の状況,その管理の状況等によれば,各号棟の1階出入口から各室玄関前までの部分は,居住用の建物である宿舎の各号棟の建物の一部であり,宿舎管理者の管理に係るものであるから,居住用の建物の一部として刑法130条にいう「人の看守する邸宅」に当たるものと解され,また,各号棟の敷地のうち建築物が建築されている部分を除く部分は,各号棟の建物に接してその周辺に存在し,かつ,管理者が外部との境界に門塀等の囲障を設置することにより,これが各号棟の建物の付属地として建物利用のために供されるものであることを明示していると認められるから,上記部分は,「人の看守する邸宅」の囲にょう地として,邸宅侵入罪の客体になるものというべきである(最高裁昭和49年(あ)第736号同51年3月4日第一小法廷判決・刑集30巻2号79頁参照)。」
要するに、各号棟の1階出入口から各室玄関前までの部分は「人の看守する邸宅」に当たるとし、各号棟の敷地のうち建築物が建築されている部分を除く部分は、「人の看守する邸宅」の囲にょう地として,邸宅侵入罪の客体になるとし、ビラ配りのための一連の行為であっても、個別的に判断してみたわけです。
ただし、この判示部分はほとんど無意味な判示です。なぜなら、宿舎の敷地に入り各号棟の玄関先まで立ち入っている以上、「人の住居」、「人の看守する邸宅」、「人の看守する建造物」のいずれに当たろうとも、刑法130条前段の客体に当たることに変わりがなく、いずれに当たろうとも法定刑(条文で定めた刑)に差異がないからです。
(追記: 3人が入ったのは、宿舎の通路や階段などの共用部分であるのに、起訴状では刑法130条の「住居」に侵入したとなっていたため、「人の住居」、「人の看守する邸宅」、「人の看守する建造物」か問題となり、もし「住居」への侵入でないのなら、居住者の住居権を侵害したといえないのではないか問題とされた。)
(2) 刑法130条前段の要件のうち、最も問題となったのは立川宿舎の敷地内に入り込み,各号棟の1階出入口から各室玄関前まで立ち入った行為が「侵入」に当たるかどうかです。
本判決は、次のように判示しています。
「(3) そして,刑法130条前段にいう「侵入し」とは,他人の看守する邸宅等に管理権者の意思に反して立ち入ることをいうものであるところ(最高裁昭和55年(あ)第906号同58年4月8日第二小法廷判決・刑集37巻3号215頁参照),立川宿舎の管理権者は,前記1(1)オのとおりであり,被告人らの立入りがこれらの管理権者の意思に反するものであったことは,前記1の事実関係から明らかである。
(4) そうすると,被告人らの本件立川宿舎の敷地及び各号棟の1階出入口から各室玄関前までへの立入りは,刑法130条前段に該当するものと解すべきである。なお,本件被告人らの立入りの態様,程度は前記1の事実関係のとおりであって,管理者からその都度被害届が提出されていることなどに照らすと,所論のように法益侵害の程度が極めて軽微なものであったなどということもできない。」
従来の最高裁判決どおりの「侵入」概念を示して、実にあっさりと「侵入」に当たると判断しています。注意すべきことは、「前記1の事実関係」があるからこそ「侵入」に当たるとしたのです。
その事実関係とは、<1>立川宿舎が自衛隊東立川駐屯地と接していること、<2>官舎の敷地が高さ約1.5m〜約1.7mの金網フェンスないし鉄製フェンスで囲まれていること、<3>出入り口などに「関係者以外の立ち入りやビラ貼り・配り等の宣伝活動」を禁じた掲示板があった、ということです。<1><2>の点は、一般の集合住宅にない、この事案の特殊性を示しているといえます。
そして、その事実関係だけでなく、3人が立ち入ってビラを配るたびに、管理者(陸上自衛隊東立川駐屯地業務隊長、航空自衛隊第1補給処立川支処長、防衛庁契約本部ないし同庁技術研究本部第3研究所)から、その都度被害届が提出されていることから、「法益侵害の程度が極めて軽微とはいえない」としたのです。
このように、本判決は実にあっさりと「侵入」に当たると判断しているものの、自衛隊官舎という特殊性といった事実関係があればこそ「侵入」に当たるとしたものであると理解できそうです。
(3) 政治的主張を記したビラの配布を禁止する行為が、憲法で保障された「表現の自由」の侵害にあたるかどうかについては、特に注目しておくべきポイントが2点があります。
イ:この事案は、表現の時・所・方法の規制(表現内容中立規制)が問題となったものであるとし、その判断基準につき、従来の判例の基準を踏襲したということです。
「憲法21条1項も,表現の自由を絶対無制限に保障したものではなく,公共の福祉のため必要かつ合理的な制限を是認するものであって,たとえ思想を外部に発表するための手段であっても,その手段が他人の権利を不当に害するようなものは許されないというべきである(最高裁昭和59年(あ)第206号同年12月18日第三小法廷判決・刑集38巻12号3026頁参照)。本件では,表現そのものを処罰することの憲法適合性が問われているのではなく,表現の手段すなわちビラの配布のために「人の看守する邸宅」に管理権者の承諾なく立ち入ったことを処罰することの憲法適合性が問われている」
表現の時・所・方法の規制(表現内容中立規制)とは、演説や本の内容とは無関係に、例えば、病院・学校近くでの騒音の制限、一定地域・建物での広告掲示を禁止すること、つまり表現行為をそれが伝えようとしているメッセージの内容や効果に直接関係なくその外形に着目して行われる規制)というものです。この事案のようなビラ配りの規制は表現の場所や方法の規制である、という理解は判例学説ともに一致しています。
本判決は「表現の自由」の表現内容中立規制については、「無制限に保障されるものではなく、公共の福祉のために必要かつ合理的な制限を受ける」としています。「最高裁昭和59年(あ)第206号同年12月18日第三小法廷判決参照」と判示しているように、過去の最高裁判例を踏襲したものです。
この最高裁昭和59年12月18日判決(刑集38巻12号3026頁)は、私鉄の駅構内において、駅係員の許可を得ないでビラの配付や演説を繰り返し、駅管理者の退去要求を無視して駅構内に滞留した行為について、鉄道営業法35条及び刑法130条後段(不退去罪)の各規定を適用しても憲法21条に反しないとしたものです。かなり事案は異なりますが、刑法130条と憲法21条の関係が問われた事案であるため、「参照判例」として挙げたわけです。
ただし、「公共の福祉のために必要かつ合理的な制限を受ける」と判示した部分は問題があります。
電柱などへの広告物掲示を禁じた条例の合憲性が問題となった「屋外広告物条例違反事件」(最大判昭和43・12・18刑集22巻13号1549頁)では、「この程度の規制は、公共の福祉のため、表現の自由に対し許された必要且つ合理的な制限である」という簡単な論旨で合憲としています(芦部信喜『憲法』191頁)。最高裁は、表現の自由の問題であるのに、この簡単な論旨を繰り返し何度も使っているのです。
しかし、学説の多くは、表現内容中立規制については、「より制限的でない他の選びうる手段」の基準(LRAの基準と略称される)によって審査すべきであるとしており、判例のように緩やかな基準で判断することに対しては、一貫して批判的です。それなのに、本判決も過去の最高裁判例を踏襲し、従来からの学説の批判をまたもや無視したわけです。
この事案は、ビラの内容が反戦ビラであることゆえに起訴された疑いが強いものです。そうすると、表現行為の規制を目的としない住居侵入罪等を適用して特定の政治的表現のみを狙い撃ちして摘発したといえ、むしろ表現内容への規制であったと評価できるため、厳格な審査基準によるべきであり、理論的には適用違憲という方向の方が好ましかったように思います(渋谷秀樹・赤坂正浩『憲法1 人権』186頁参照)。
ロ:もう1点は、この事案の特殊性を明示している点です。
「本件で被告人らが立ち入った場所は,防衛庁の職員及びその家族が私的生活を営む場所である集合住宅の共用部分及びその敷地であり,自衛隊・防衛庁当局がそのような場所として管理していたもので,一般に人が自由に出入りすることのできる場所ではない。たとえ表現の自由の行使のためとはいっても,このような場所に管理権者の意思に反して立ち入ることは,管理権者の管理権を侵害するのみならず,そこで私的生活を営む者の私生活の平穏を侵害するものといわざるを得ない。」
本判決の事案と異なり、オートロック方式のマンションを除くマンションにおいては、廊下や階段(共用部分)では、ビラ配りだけでなく、各戸を訪問する友人の行き来、郵便物・新聞等の配達、マンション住民以外の地域住民との交流があり、人が自由に出入りすることが可能であり、人の自由な出入りを許容している状態です。
しかし、多種多様な意見が存在する一般市民が入居する集合住宅と異なり、立川宿舎は、防衛庁(防衛省)の職員という特殊な職業の集合住宅であり、しかも、管理者は自衛隊・防衛庁当局、すなわち国であって、住民の多種多様な意見で集合住宅の共用部分及びその敷地の利用を自由に決定できない特殊性があるのです。
本判決は、「『このような場所に』管理権者の意思に反して立ち入ることは」と明示し、さらに「一般に人が自由に出入りすることのできる『場所』ではない」として、「場所」こそが問題であることを強調しているのです。すなわち、関係者以外立ち入り禁止の掲示板の有無と関係なく、「場所」(自衛隊の敷地・建物)の特殊性を強調しているのです。
要するに、この集合住宅は特殊であって、「一般に人が自由に出入りすることのできる場所ではない」ことが重要なわけです。念のため指摘しておくと、「関係者以外立ち入り禁止の掲示板がある」ことを理由として、「一般に人が自由に出入りすることのできる場所ではない」としたわけではないのです。
そうすると、本判決の射程範囲はかなり狭いものと理解できることになります。
なお、本判決では、「管理権者の管理権を侵害するのみならず,そこで私的生活を営む者の私生活の平穏を侵害する」としており、「管理権」と「私生活の平穏」という、別個の2つの利益を害するとしています。通常、この2つの利益は、その利益を有する者が同じなのですが、この事案の特殊性(国が管理権者、私生活の平穏は住民である防衛庁の職員・家族が有する)ゆえ一致していないことを示しています。
そして、判示としてはこの段階で初めて「
