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2009/12/31 [Thu] 05:15:15 » E d i t
天皇の“特例”会見問題(3)~「国事行為」に関する憲法解釈(政府見解・学説)(1)」(2009/12/30 [Wed] 23:41:11)の続きです。


1.天皇の権能についての政府見解を紹介します。政府見解について読む前に、注意するべきことがあります。それは、政府見解は学説とは分類が異なっているということです。

天皇の公的行為が認められるか否かについては、天皇の“特例”会見問題(3)~「国事行為」に関する憲法解釈(政府見解・学説)(1)」(2009/12/30 [Wed] 23:41:11)で触れたように、今までの学説は、天皇に許されるのは「国事行為」と「私的行為」のみであると解する二行為説(二種類説)と、「国事行為」と「私的行為」のほか、その中間に第三の範疇として「公的行為」を認める三行為説(三種類説)の二つに大別できます。

これらは、「国事行為」・「私的行為」・「公的行為」という分類を前提としています。ところが、皇室法の権威である、園部逸夫・元最高裁判事は、「国事行為」「公人行為」「社会的行為」「皇室行為」「私的単独行為」の5つに分類する見解を提唱しています(園田逸夫『皇室法概論――皇室制度の法理と運用――』(第一法規、平成14年)108頁)。このように、現在の学説は、従来よりも細かい分類を提示しているものが出てきているわけです。

これに対して、政府見解は、天皇の行為を「国事行為」、「公的行為」、「その他の行為」に三分類し、さらに小分類として「その他の行為」の中に「公的性格ないし公的色彩のある行為」と「純然たる私的行為」があるとしているのです(園田逸夫『皇室法概論――皇室制度の法理と運用――』(第一法規、平成14年)108頁)。

「イ 大森政輔内閣法制局第一部長(平2・4・17衆・内閣委13~14頁)
  「…従来から天皇の行為につきましては、国事行為、公的行為及びその他の行為というふうに三つに大分してきているわけでございますが、そのうちのその他の行為…の中にも、純粋に私的なものと公的性格ないし公的色彩があるものとに区分されるであろうという考えをとっているわけでございます。」

 ロ 大森政輔内閣法制局第一部長(平2・4・19衆・内閣委2~3頁)
  「まず、政府といたしましては従前から天皇の行為についてはいわゆる三分説をとっております。第一分類、これはただいま御指摘になりましたように国事行為でございまして、これはまさに憲法で規定しておりますように、内閣の助言と承認に基づいて行われる行為でございまして、その具体的な範囲は憲法が明確に規定している行為に限られるわけでございます。第二分類は、いわゆる公的行為という言葉であらわされる行為でございます。これは国事行為のように内閣の助言と承認を要するものではございませんが、なお象徴としての地位に基づく行為である、比喩的には、象徴としての地位からにじみ出てくる行為であるとか、あるいは象徴としての立場から国家国民のために行う行為であるというふうによく説明されるわけでございますが、そのような公的行為という用語で表現される一群の行為があるというふうに考えているわけでございます。それ以外の第三分類といたしまして、ただいまお尋ねの中でも挙げられました、皇室の行事というような言葉であらわされるそれ以外のいろいろな行為をなさることがある。これにつきましては、内閣は助言と承認というような形でも関与いたしませんし、また、公的行為におけるような閣議決定あるいは閣議了解というような形でも関与しないのが通常である、そういう一群の行為があるということでございます。」(園田逸夫『皇室法概論――皇室制度の法理と運用――』(第一法規、平成14年)116頁)


このように、天皇の権能について、学説と政府見解とは分類分けがずれており、あくまでも学説と政府見解は別個のものであるとして理解して読み進める必要があります。



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2009/12/30 [Wed] 23:41:11 » E d i t
「天皇の“特例”会見問題(2):発端と経緯(2)」(2009/12/28 [Mon] 02:26:17)の続きです。


1.「天皇の“特例”会見問題」については、天皇陛下と外国要人との会見は1か月前までに申請を受け付けるという政府内の慣行(いわゆる「(宮内庁の)1ヵ月ルール」)の例外を認めたことは、「天皇の政治利用」になるのか否かが中心的な問題点です。

もっとも、その問題とは別に、民主党の小沢一郎幹事長は12月14日の記者会見で「天皇陛下の行為は内閣の助言と承認で行われるのが日本国憲法の理念だ」と強調し、会見実現を求めた鳩山由紀夫首相の対応を、天皇の政治利用だとする批判はあたらないと述べたことに対して、マスコミからは「外国要人との会見は、内閣の助言と承認を必要とする国事行為ではなく、公的行為である」などと、強く批判がなされました。そこで、そのマスコミの批判を是非を検討するため、天皇の権能である「国事行為」に関する憲法解釈、その前提として象徴天皇制の考え方について触れていきたいと思います。

(1) まずは、象徴天皇制の考え方について

象徴天皇制の考え方としくみ

 a 天皇の地位と象徴性

 明治憲法の時代、天皇は主権者であり元首でした。私たちは臣民であり赤子(せきし)でした。憲法構造からしても、政治実体からしても、天皇がピラミッドの頂点に立ち、すべての事柄が天皇に帰属していました。全能の「現人神(あらひとがみ)」だったのです。

 しかし憲法1条は、天皇の地位は「主権の存する日本国民の総意に基く」と定めています。旧来の神勅に基づく天皇制は、180度転換したのです。つまり、天皇は、国民の意思によってその地位が与えられ、それ以外の例えば天皇の「神聖性」「伝統」などという非合理的な理念によって正統化されてはならないのです。日本国憲法によって改めて天皇という公職がつくられたのです。

 ▼象徴の意味 さらに憲法1条は、「天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」と定めています。「象徴」とは、抽象的なものを具体的な形になっているものを通じてあらわすことをいいます。例えば、校章を見て「○○大学」だとわかりますね。その場合、この校章は「○○大学」の象徴ですし、また鳩を見て平和という抽象的なことをあらわしますから、「鳩は平和の象徴」ということになります(もっともこの頃は、鳩を見て糞害の象徴だともいえますが)。したがって天皇が日本と日本国民統合の象徴であるというのは、天皇を見て日本という国をあらわすという意味になります(ちょうど富士山を見て日本に帰ってきたな、という感慨を覚えるのと同じ意味です)。

 ▼象徴天皇制 では天皇を象徴とした象徴天皇制とは、どんな憲法上の意味があるのでしょうか。簡単にいえば、天皇は象徴にふさわしい仕事をするだけだといえます。象徴としてふさわしい仕事とは、政治的実権のあるものではなく、形式的・儀礼的なものにすぎません。そこで憲法4条は「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」と定め、もっぱら形式的・儀礼的な国事行為だけを天皇の仕事であるとしています。しかもこの国事行為は、すべて「内閣の助言と承認」が必要とされるのです(3条)。要するに、天皇は国政にかかわる仕事はできず、憲法6、7条で列挙している国事行為だけを行うのですが、その国事行為もすべて内閣の助言と承認が必要なのです。結局、天皇が自由にできる国家の仕事は一切ないといえます。

 b 国民主権のなかの象徴天皇制

 日本の国家のあり方は、国民主権が原則ですし、象徴天皇制は憲法自身が認めた唯一の例外です。私たちの人権規定よりも先に、天皇を憲法の冒頭で規定しているからといって、天皇は、国民の上に立つことはないのです。そのことは、天皇の地位が国民の総意に基づくこと、天皇制が憲法改正で廃止できることからもうかがい知れます。

 しかし政治実体をみると、天皇はあたかも君主のように扱われているようです。例えば、国会の開会式では、天皇が国会議員よりも高いところから「おことば」を述べ、また裕仁天皇が死去し、明仁天皇即位のときに行われた一連の代替わりの儀式は、国民主権とはずいぶんかけ離れて挙行されました。マスコミも、天皇や皇室に関してはくどいほど敬語を使って報道し、裕仁天皇重体のときなどは天皇報道一色で、コマーシャルすら「自粛」されました。

 確かに天皇は「特別」な人です。ただ天皇が「特別」なのは、国民主権を前提としたうえで、憲法自体が特に国民とは異なり、天皇の地位を「象徴」と規定している理由からです。したがって、天皇のあり方は、国民主権原理によって制約されます。

 ▼皇室の財産 憲法88条は「すべて皇室財産は、国に属する。すべて皇室の費用は、予算に計上して国会の議決を経なければならない」と規定しています。明治憲法下では、皇室財産と国有財産との区別はあいまいでした。皇室の財産なのか、国家の財産なのか不明のまま、公金は混同されて利用されていました。しかし現憲法は、純然たる皇室の私有財産と認められたもの以外は、すべて固有財産とし、しかもこれを国会の財政監督権のもとに置くことにしたのです。

 では天皇・皇族はどこから収入を得るのでしょうか。皇室経済法によれば、皇族の費用は、内廷費、宮廷費、皇族費の3つに区分されています。

 内廷費とは、天皇、皇后、皇太子家が「日常の経費その他内廷諸経費」にあてるものをいいます。私たちの給与に相当するものです。この内廷費は、国庫から支出されるのですが、皇族の私的財産とされます。宮廷費は、「内廷諸経費以外の宮廷諸費に」あてるものです。これは公金であって、宮内庁の経理管理に属します。皇族費は内廷費を受けない皇族に対し支給されるもので、「皇族としての品位保持」のために支出されます。これは、<1>年額により毎年支出するもの、<2>皇族が初めて独立の生計を営むときに一時金として支出するもの、<3>皇族であった者としての品位保持のために、皇族の身分を離れるときに一時金として支出するもの、というように三種類あります。皇族費も、皇族の私的財産です。

 さらに憲法8条は、「皇室に財産を譲り渡し、又は皇族が、財産を譲り受け、若しくは賜与(しよ)することは、国会の議決に基かなければならない」と規定しています。この規定は、皇族は、私たちとは異なり、他人から自由に資産を受けることも、あるいは、自分の私的財産といえども勝手に処分できないことを定めています。つまり、皇室大好き人間が、巨額の資金を皇族に提供することや、逆に、皇族が皇族以外の人へ巨額の資金を贈与することも禁止されます。かりに皇族の自由な財産移転が認められたら、おそらく皇族は全力で何らかの政治的権力を行使するでしょう。この規定はこれを防止し、皇室への財産供与などを国会の議決にかけることで、皇室の財産法上の行為を統制するのです。

 もっともこの規定を知らず、皇族に「お礼」をした自治体の首長がいました。競輪、競艇の「宮杯」に対する「お礼」ということで、高松宮家は約1億200万円、三笠宮寛仁親王は、約2200万円受け取っていました。年間160万円を超える財産の移転には、国会の議決が必要なのですが、結局、宮内庁は宮家が「預かっていただけ」ということで、すべてを返金することで決着させたようです。 

赤子(せきし):天皇を親とみた場合、国民を子どもととらえる家父長的な天皇観をあらわす用語法。

おことば:天皇が公式に発言すること。特に国会開会式で述べる言葉をさす場合がありますが、天皇の「おことば」を述べる憲法上の根拠規定はありません。天皇は、国事行為だけを行うことができますが、「おことば」は、国事行為を定める7条各号には規定されていません。通説では、非政治的・形式的・儀礼的な「おことば」を国事行為以外の公的行為として認め、その責任は内閣が負うと解しています。しかし、4条は「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ」と定めているので、国事行為以外の公的行為を認めない説も有力に唱えられています。

神勅:神のお告げという意味。アマテラスオオミカミ(皇室の祖神)がニニギノミコトを日本につかわしたときに、授けた言葉をさします。神勅天皇制という場合には、天皇の地位は日本固有の神話によって根拠づけられるとする、非合理的な政治神学を意味します。

元首:外国に向かって国家を代表する資格のある国家の機関をいいます。明治憲法4条では「天皇ハ国ノ元首」と定めていました。しかし、現憲法では元首の明文規定は存在していません。元首は、外国に向かって国家を代表することが重要な案件ですが、天皇は、外交関係上、形式的・儀礼的に「認証」する国事行為だけが認められているだけです。したがってその意味では、天皇は元首ではありません。外交関係の実質を決定するのが内閣である以上、元首は内閣総理大臣といえなくもないのです。もっとも、実際のうえでは、天皇を元首のように政府・外務省は扱っています。ただ、天皇を元首とした場合には、天皇の実質的権限を与えかねず、そのため通説は、天皇が元首であることを否定しています。」(伊藤雅康=植村勝慶など『現代憲法入門』(一橋出版、2005年)114頁~119頁)



(2) 要するに、天皇を「象徴」と規定した意味は、<1>天皇主権を否定して天皇を象徴という地位に限定し、その地位はあくまでも国民主権によって認めたものであること、<2>天皇を象徴という地位に限定することで、天皇を政治から隔絶させ(政治的中立性の要請)、自由に国家の仕事をさせる行動の自由をなくし、皇室財産を国有財産として皇室経済に対する民主的統制を徹底させることで財産処分の自由をもなくしたこと、にあるのです。

日本国憲法上、たしかに天皇(及び皇族)は「特別」な人ですが、天皇のあり方すべて国民主権原理によって大きな制約を受けるのです。皮肉な見方をすれば、天皇(及び皇族)は、「特別」になった代償として、日本国民ならば誰も有する自由を奪われ、「籠の中の鳥」のような存在となったのです。



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2009/12/28 [Mon] 02:26:17 » E d i t
「天皇の“特例”会見問題(1):発端と経緯(1)~「例外のない規則はない」のだから、「1ヵ月ルール」の例外を認めてもいいのでは?」(2009/12/26 [Sat] 15:59:38)の続きです。



1.この「天皇の“特例”会見問題」を大きな政治問題化させてしまった発端は、宮内庁の羽毛田信吾長官の“内幕暴露”会見です。まず、この羽毛田長官の記者会見を引用しておきます。

(1) 朝日新聞平成21年12月12日付朝刊2面

天皇陛下の要人会見「政治判断と別次元で」 宮内庁長官
2009年12月12日1時26分

 天皇陛下と中国の習近平(シー・チンピン)国家副主席の会見が決まった経緯に関する羽毛田信吾・宮内庁長官の説明の概要と、主な一問一答は次の通り。

      ◇

 【長官による経緯説明】

 両陛下の外国賓客の引見については、引見希望日が迫った形で願いが出てまいりますと日程調整に支障をきたす。そういうことがなくても繁忙をきわめる両陛下に想定外のご負担をおかけすることになる、と考え、1カ月以上前に、内閣(外務省)から願い出をいただくことをルールとしてやってきました。

 とくに2004年以降は、前年に陛下の前立腺がんの手術もあり、陛下の負担や年齢も考慮して、ルールをより厳格に守っていただきたいと政府部内に徹底してきたところです。

 このルールの肝心だと思っているところは、国の大小だとか、この国が大事でこの国は大事ではないという政治的重要性で取り扱いに差をつけることなくやってきた点です。米国は大事だから米国の賓客には1カ月以内でも会うとか、某国はそれほど大事じゃないから厳格にルールを守りましょうとか、そういうことをしない形でやってきた。

 両陛下のなさる国際親善は、政府の外交とは次元を異にし、相手国の政治的な重要性とかその国との間の政治的懸案があるとか、そういう政治判断を超えたところでなされるべきものだという考え方です。従って今回は、現在の憲法下における天皇陛下のお務めのあり方だとか、役割だとかいった基本的なことがらにもかかわることと思っているわけです。

 今回、外務省を通じて内々に宮内庁の窓口に打診をされてきたのは1カ月を切った段階でしたから、ルールに照らし、お断りをした。その後、官房長官から、ルールは理解するが日中関係の重要性にかんがみてぜひお願いするという要請があり、私としては、政治的に重要な国だとかにかかわらずやってきたのだからぜひルールを尊重していただきたいと申し上げました。

 その後、再度、官房長官から、総理の指示を受けての要請という前提でお話がありました。そうなると、宮内庁も内閣の一翼をしめる政府機関である以上、総理の補佐役である官房長官の指示には従うべき立場。大変異例なことではありますが陛下にお願いした。が、こういったことは二度とあってほしくないというのが私の切なる願いです。

 【報道陣との質疑】

 ――陛下の政治的利用につながりかねないとの懸念を持っているということですか。

 大きくいえば、そういうことでしょう。個別に政治的懸案があるからこうしよう、という形でやっているわけではないわけですから。

 ――1カ月というルールの根拠は何ですか。

 日が迫って日程を入れるほど大きな支障を生じる。今はお年も召され、手術もしている。それで、ひとつの常識として1カ月でやってもらおうということでやってきた。

 大事なのは、それでやりましょうとみんなが守ってきた時に、中国は政治的に大事だからこうしましょうとなるのは、つらい。政府のありようとしては、それじゃうまくないのではと申し上げたつもりです。

 ――政治利用に関して、もう少し具体的に。

 そういうことを超えたところで外国のおつきあいをなさるのが陛下の国際親善のありようだと。それを政治的な重要性だとか懸案があるからということでしたら、それを一言でいえば政治利用でしょうけれど、政治利用という言葉で言うだけではなくて、やはり天皇陛下のお務めのありよう、あるいは天皇陛下の役割ということについて非常に懸念することになるのではないでしょうか、と。政治的利用ではないかという懸念ではないかと言われれば、そうかなという気もしますね。」



(2) 羽毛田(はけた)信吾宮内庁長官の主張は、要するに、1ヵ月ルールに関して「相手国の大小や政治的重要性によって例外を認めることは、天皇の中立・公平性に疑問を招き、天皇の政治利用につながりかねないとの懸念を表明した」(朝日新聞平成21年12月13日付「社説:天皇会見問題―悪しき先例にするな」)というものです。

確かに、日本国憲法は天皇を国の象徴として「国政に関する権能を有しない」と規定しているのですから、「意図して政治的な目的のために利用することは認められない」(朝日新聞平成21年12月13日付「社説」)わけで、政治利用のおそれを懸念する羽毛田長官の理屈にも一理あります。また、「1ヵ月ルール」は、高齢で多忙な天皇陛下の負担を軽減するための慣例ですから、宮内庁長官が「1ヵ月ルール」を遵守することに務めること自体は、職務上、好ましい態度です。

しかしながら、羽毛田宮内庁長官の記者会見には幾つかの問題点が含まれています。

 イ:まずは、羽毛田宮内庁長官が、天皇陛下と中国の習近平国家副主席の会見が決まった後、その会見が行われる前に、内幕を暴露するような記者会見をしてもよかったのでしょうか? その点を問題視している記事や「社説」はほとんどありませんでしたが、指摘しているものを幾つか引用しておきます。

 (イ) 日経新聞平成21年12月21日(月)付

民主・細野氏、宮内庁長官を批判

 民主党の細野豪志組織委員長は20日のテレビ朝日番組で、慣例を破って行われた天皇陛下と中国の習近平国家副主席の会見に懸念を表明した羽毛田信吾宮内庁長官について「中でいろいろ言うのはいいが、外向きに出すのはどうか」と非難した。「政権としてこういうデリケートな問題の扱いに不慣れだったのは事実だ。内閣と宮内庁のあうんの呼吸が今回は通い合わなかった」とも指摘した。 (07:00)」


 (ロ) 毎日新聞2009年12月14日付

民主・山岡氏:「やりとり発表は異常」宮内庁長官を批判

 民主党の山岡賢次国対委員長は14日夕(日本時間同)、上海市内で同行記者団と懇談し、天皇陛下と中国の習近平国家副主席の特例会見に懸念を表明した羽毛田信吾宮内庁長官に対し「官房長官とのやりとりを発表すること自体異常だ」と批判した。

 山岡氏は「役人がすべてを取り仕切っているんだというあしき慣習がまだ残っているのは残念だ」と指摘。

 特例会見については「中国にしてみれば手続きが悪かったから会わせないというのは納得できない。国際的な観点からも判断は適切だった」と評価した。(共同)

毎日新聞 2009年12月14日 22時35分(最終更新 12月14日 22時35分)」


  (ハ) 毎日新聞平成21年12月17日付「社説」

社説:天皇会見問題 冷静な論議が必要だ

 陛下と外国要人との会見は年に100回以上にのぼるという。羽毛田長官が陛下の多忙ぶりと健康に配意しルールを守ろうとしたのは職務上理解できる。だが、習副主席の訪日直前に平野博文官房長官との電話のやりとりを詳細に明らかにし、「親善」に水をかける結果を招いたことには疑問が残る。

毎日新聞 2009年12月17日 東京朝刊」


羽毛田宮内庁長官の記者会見は国民への情報公開を行うという民主党の方針に沿ったわけではないのになぜ、「外向き」に出してしまったのでしょうか? 外交問題であるがゆえに政府内の内部調整の経緯を公表することは、「ルール」違反のはずです。しかも、習副主席と天皇陛下との会見前に、それも「習副主席の訪日直前に平野博文官房長官との電話のやりとりを詳細に明らか」に公表することは、相手国たる中国に対して非礼です。

「1ヵ月ルール」が厳格化した2004年以降、2005年のタイの上院議長との会見は、一日後れの打診でしたが、会見を引き受けました。このタイの事例は例外でしたが、今回になって初めて国民に対して公にしたはずです。「1ヵ月ルール」の存在自体、今回初めて国民に公表したのですから、例外事例も当然今回初めて公表したことになるからです。

このように、タイの事例は会見後になってから公表したのに、なぜ、中国の事例の場合だけ、会見前に公表したのでしょうか? 小泉政権下のようにまた中国との揉め事を巻き起こすつもりなのでしょうか? 「嫌中派」なのかそれとも「脱官僚依存の政治」を掲げる民主党政権を嫌っているからでしょうか? 「1ヵ月ルール」を墨守するあまり、外国への非礼も厭わない羽毛田宮内庁長官の態度は、「皇室外交」という外交の一翼を担っている宮内庁の長官として問題があるように思います。


 ロ:もう1つの問題点は、羽毛田宮内庁長官が、自らの判断で「1ヵ月ルール違反であって、内閣の行動は天皇の政治利用である」と断言してしまった点です。
  (イ) 朝日新聞平成21年12月17日付「社説」

天皇会見問題―政治主導をはき違えるな

 1カ月を切れば政治利用で、それ以前ならそうではないのか。習氏の訪日自体は前から分かっていたろうし、政府の内部でもっとうまく対処できなかったのか。首をかしげたくなる点もないではない。」



  (ロ) 毎日新聞 2009年12月15日 東京夕刊

天皇陛下会見:「会見は当然」閣僚ら発言

 天皇陛下と中国の習近平国家副主席との会見が特例的に設定された問題に関し、15日は閣僚らの発言が相次いだ。亀井静香金融・郵政担当相は閣議後の会見で「習氏は次の主席だから、お会いするのは当たり前。政治的かどうかは役人が判断することじゃない」と反論した。仙谷由人行政刷新担当相は「政治利用うんぬん、というのが政治利用的、政治的な話になる」と述べた。

 菅直人副総理兼国家戦略担当相は「陛下の体調に気を使うのが宮内庁長官の仕事の大きな部分。100%こちら、100%あちら、ということではない」と述べた。また、「宮内庁長官は他の行政庁とはやや性格の違うところもある」と話し、長官の対応に一定の理解を示した。(以下、省略)

毎日新聞 2009年12月15日 東京夕刊」


朝日新聞の社説が「首をかしげたくなる」と述べているように、「1カ月を切れば政治利用で、それ以前ならそうではない」という羽毛田長官の理屈は、どうにも理解できません。元々、「1ヵ月ルール」は、高齢で多忙の天皇陛下に負担をかけることを軽減するためであって、「天皇の政治利用」を阻止するためのルールではないのです。ですから、今回、「1ヵ月ルール」の例外を認めたからといって、――負担軽減違反となり得たとしても――「天皇の政治利用」に直結するはずがないのです。

羽毛田宮内庁長官が「天皇の政治利用」だと決め付けたため、マスコミを含めて多くの市民が、羽毛田氏の主張の妥当性をよく考えることなく、思考停止したまま「天皇の政治利用」という言葉だけを鵜呑みにしてしまったように思います。だからこそ、亀井静香金融・郵政担当相が「習氏は次の主席だから、お会いするのは当たり前。政治的かどうかは役人が判断することじゃない」と「役人の決め付け」を批判したわけです。

もっと問題なのは、仙谷由人行政刷新担当相が述べているように、羽毛田長官が「政治利用うんぬん、というのが政治利用的、政治的な話になる」のです。すなわち、羽毛田宮内庁長官が「天皇の政治利用」だと吹聴したために、より大きな政治問題となり、「中国を嫌う勢力や現政権に反対する勢力の『天皇の政治利用』」を許すことになってしまったのです。

宮内庁長官として「天皇の政治利用」を避ける最善の道は、「1ヵ月ルール違反は天皇の政治利用である」というべきでなく、「1ヵ月ルールは守って欲しい。ただし、1ヵ月ルールは内部調整の話であって天皇の政治利用ではない」と言うべきだったのです。


 ハ:羽毛田宮内庁長官は、過去の記者会見内容からすると、皇族に対しても公然と批判を行ってしまう、異例(異常?)な人物であることが分かります。

「宮内庁長官過去も次々苦言 正論なのか「はみ出し」なのか」

 羽毛田長官は、生え抜きではなく厚労省出身で、2001年4月になって宮内庁の次長に転じた。小泉純一郎政権時代の05年4月から、同庁長官を務めている。

 役人ながら、その発言は、新聞や週刊誌を度々にぎわせてきた。

 三笠宮寛仁さまが月刊誌対談で女性天皇容認を批判した06年1月、羽毛田長官は、定例会見で「正直『困ったな』という気持ちが強い」と述べた。このときは、「内閣や国会が対応すべき政治的な事柄」とその理由を挙げている。

 また、08年2月には、皇太子ご夫妻が愛子さまとともに天皇・皇后両陛下を訪問なさる回数が少ないことを、定例会見で批判。皇太子さまが両陛下とお会いする機会を作りたいと述べられたことを受けて、「ご自身が会見で発言なされたことなので、大切になさっていただきたい」と注文まで付けた。

 いずれの発言も、「役人が会見で言うべきことなのか」と、テレビのワイドショーなどでも、繰り返し取り上げられている。」(J-CAST ニュース(2009/12/15 20:58))


羽毛田長官は、皇族の将来、天皇制自体が大きく変更される女性天皇制について、皇族は利害関係があるにも関わらず、皇族は一切口を出すなと公に批判を行い、また他方で、皇太子夫妻の天皇皇后陛下への訪問という、日常の生活にすぎない「純然たる私的行為」に関わる問題に関しても、皇太子ご夫妻の訪問が少ないなどと公に批判を繰り広げてきたのです。

現在の女性皇族は、皇室会議の議によって意思による離脱ができますが、女性天皇を認めるとすると、男性皇族(親王)と同様に(皇室典範11条~14条)、離脱が困難になるか離脱できなくなります(「女性天皇・女系天皇に関する法律問題(下)」(2006/02/21 [Tue] 00:07:31))。女性皇族は、こうした著しい法的な不利益を生じるだけでなく、皇室典範を改正して女性天皇を認めるならば、一生、「一般人なら耐えられないほどの孤独と自己抑制」を求められる日々から脱することができなくなるのです(「女性天皇の是非~哀しき天皇制(AERA・06年3月27日号より)」(2006/04/16 [Sun] 01:42:28))。こうした不利益を受ける当事者たる皇族はロボットではないのですから、「皇族は女性天皇制に関して口を出すな」と罵ることは妥当とは思えません。

皇太子夫妻の天皇皇后陛下への訪問は、何ら政治性がない日常生活であって、「純然たる私的行為」ですから、天皇陛下はともかくとして、皇族には私的行為については自由があるのですから、役人が口を挟むべき事柄ではないのです。

このように、羽毛田長官による皇族批判の内容は、一方的な決め付けであって到底妥当ではありません。

羽毛田宮内庁長官は、天皇を利用することばかり熱心なだけで、法律論・憲法論に関して無知な自民党政権下では言いたい放題言えたのでしょうが、問題となる批判内容を平然と公に行ってしまうことは異常です。宮内庁長官として職務上守るべき対象に関して、公に批判を繰り広げた挙句、政治問題化させてしまうのですから。

このように羽毛田氏は職務上問題の多い人物なのですから、鳩山政権は、羽毛田宮内庁長官が辞任しないのあれば、羽毛田氏を更迭するべきであると考えます。



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2009/12/26 [Sat] 15:59:38 » E d i t
政府は平成21年12月11日午前、中国の習近平(シー・チンピン)国家副主席国家副主席が12月14日に来日し、天皇陛下や鳩山首相と会談すると発表しました。天皇陛下と外国要人との会見は1か月前までに申請を受け付けるという政府内の慣行を外れた特例的措置で、「日中関係は政治的に重要」とする鳩山首相の指示に基づき、最終的に宮内庁が受け入れました。

宮内庁の羽毛田信吾長官は12月11日午後、記者団に対し、「憲法下の陛下の基本的なあり方にもかかわる」と、天皇の政治利用の観点から懸念を表明したことを発端として、天皇陛下の会見は政治問題と化して多くの論議を呼び、政府内からも、「やめていいのであればやめた方がいい」(渡辺周総務副大臣(民主党)が12月13日のテレビ朝日の番組で)との動揺した意見まで出ました。しかし、結局は予定通り、天皇陛下は12月15日午前、皇居・宮殿「竹の間」で、中国の習近平(シー・チンピン)国家副主席と会見しました。

この「天皇の“特例”会見問題」については、「天皇の政治利用」か否か、すなわち、天皇陛下と外国要人との会見は1か月前までに申請を受け付けるという政府内の慣行(いわゆる「(宮内庁の)1ヵ月ルール」)の例外を認めたことは、「天皇の政治利用」になるのか否かが議論になりました。その議論の中心は憲法解釈論議ですので、「天皇の特例会見問題」に関して、憲法学の議論を中心として論じてみたいと思います。



この問題について、1面トップに置き、多くの紙面をとって取り上げたのは、在京新聞では、朝日新聞と東京新聞だけでした。産経新聞は1面で大きく取り上げたものの、関連記事はごくわずかでしたし、毎日新聞は13版では2面扱いにし、14版でかろうじて1面に小さめの記事を掲載(毎日新聞の記者は問題の所在がよく分からなかったが、他紙の早刷りを読んで1面に持ってくる問題であると理解したと思われる。)する体たらくでした。そこで、より充実していた朝日新聞の記事を中心に引用しておきます。


1.まずは、中国の習近平(シー・チンピン)国家副主席が天皇陛下と会見すると発表した記事と、会見した記事を。

(1)朝日新聞平成21年12月12日朝刊1面(14版)

天皇会見、首相が特例要請 期限後に宮内庁へ
2009年12月11日22時54分

 岡田克也外相は11日の記者会見で、中国の習近平(シー・チンピン)国家副主席が天皇陛下と会見することを明らかにした。15日午前の予定。宮内庁は陛下の体調への負担と相手国への公平性の観点から、外国要人との会見は1カ月前までに打診するよう外務省に求めていたが、今回の打診は1カ月を切った11月26日。官邸側からは今月7日と10日に「首相の指示。日中関係の重要性にかんがみて」と強い要請があったという。宮内庁の羽毛田(はけた)信吾長官は11日午後、急きょ報道陣への経緯説明の場を設け、憲法下の象徴天皇のあり方にかかわる問題との懸念を表明した。

◆経緯への懸念表明 宮内庁長官

 習氏の日本滞在は当初予定より1日短い14~16日で、14日午後に鳩山由紀夫首相と会談し、同日夜には首相主催の晩餐(ばんさん)会に出席する。

 外務省関係者によると、中国側から日中間のハイレベル交流の一環として、今年初めから「国家指導者」の来日を打診されていた。10月ごろに習氏のことであると中国側から説明を受け、あわせて天皇陛下との会見を希望していることも伝えられていた。

 中国の胡錦濤(フー・チンタオ)国家主席は1998年に副主席として来日した際、天皇と会見している。このため、中国政府は、胡氏の有力な後継候補とされる習氏にも同様の対応を求めた。外務省は中国政府に対して、この「1カ月ルール」を説明。日程を早急に連絡するよう繰り返し申し入れてきたが、中国側からの具体的な日程連絡が遅れたという。

 一方、宮内庁の羽毛田長官によると、外務省から宮内庁に初めて内々の打診があったのは11月26日。宮内庁はルールに照らし「応じかねる」と27日に返答したという。

 その後、12月7日に平野博文官房長官から羽毛田長官に電話で要請があった。断ると10日に再度電話で「総理の指示を受けての要請だ。ルールも分かるが、日中関係の重要性にかんがみてぜひお願いする」と強く要請を受けたという。

 羽毛田長官は「このルールの肝心なところは相手国の大小や政治的重要性で取り扱いに差をつけずにやってきた点だ。『ぜひルールを尊重してほしい』と官房長官に申し上げた」と強調。「現憲法下の天皇のお務めのあり方や役割といった基本的なことがらにかかわることだ」と述べた。

 天皇の政治的利用につながりかねないとの懸念を持っているのかとの質問に「大きく言えばそういうことでしょう」「陛下のお務めのありよう、役割について非常に懸念することになるのではないか」と述べ、「今後二度とあってほしくないというのが私の切なる願いだ」と異例の「訴え」を展開した。

 要請を最終的に受け入れたことについては「宮内庁も内閣の一翼を占める政府機関である以上、官房長官の指示には従うべき立場」とし、「誠に心苦しい思い。大変異例だが、陛下にお願いすることにした」と述べた。

 これに対し、鳩山首相は記者団に「1カ月ルールというのは存じ上げてはいた。しかし、1カ月を数日間切ればしゃくし定規でダメだということで、果たして本当に諸外国との国際的な親善の意味で正しいのか。私から官房長官に指示し、(陛下の体調と)両立できる解決はないかと申した」と説明。「政治利用という言葉は当たらないと考えている」と述べた。」



【1ヵ月ルール】 羽毛田長官によると、「1ヵ月ルール」は1995年ごろから慣例としてあった。日程調整に支障をきたすと高齢で多忙の陛下に負担をかけるためで、「陛下をお守りするためのルール」と説明する。とりわけ陛下が前立腺がんの摘出手術を受けた翌年の2004年からはより厳格な徹底を要請。外務省に文書で通知していた。それ以降、1ヵ月を切ってから会見の要請があったことはこれまでなかった。唯一の例外は2005年、タイの上院議長との会見。打診は1日遅れだったが、同国がスマトラ沖地震とインド洋津波の被害を受けた事情があり、会見を引き受けた。」



慣例変更 慎重さ必要

 鳩山内閣が、天皇が外国要人と会う際に宮内庁が守ってきた慣例を破った。「脱官僚依存」の立場からは問題ないのかもしれない。ただ、「天皇の政治利用」を封じるために積み重ねてきた慣例を変えれば天皇制の重大な変質につながりかねず、より慎重かつ厳密な対応が求められる。

 鳩山内閣は発足以来、政治主導を推進しようと、戦後政治のルールを見直してきた。宮内庁の羽毛田信吾長官が主張する外務省と宮内庁の申し合わせ「1ヵ月ルール」も見直しの対象になるのだろう。

 ただ、歴代政権は、戦前の反省から、天皇の言動に関与することを禁欲的に自制してきた。1ヵ月ルールもその延長戦上にある。首相官邸と宮内庁が日程調整などをする際には官僚OBの官房副長官が仲介し、フィルター役を務めてきた。鳩山首相が「政治主導」の観点から、宮内庁に任せてきた領域にまで踏み込むとしたら、判断の根拠を説明し、新たな透明・公正なルール作りをする必要がある。

 疑問が残るのは、鳩山首相が会見を要請した時期が遅かった点だ。訪中を控えた民主党の小沢一郎幹事長らに配慮したとしたら、政治の領域に天皇を巻き込むことになる。天皇の公務には内閣が責任を負う以上、明確に説明する義務がある。(有馬央記)」




(2) 読売新聞平成21年12月19日付朝刊13面「解説スペシャル」(一部引用)

「1か月」慣行 昭和天皇時代から

 宮内庁によると、天皇陛下との会見を希望する場合、1か月前までに申請するという慣行は、昭和天皇の時代からあったという。

 陛下の即位後も「目安」として引き継がれたが、実際は期限を過ぎた要請がしばしばあり、同庁は、ほかの予定を先延ばしするするなど可能な限り受け入れてきた。

 陛下も、皇太子時代からの行事にそのまま出席を続ける一方、外国要人との会見に頻繁に臨まれていた。しかし、急な会見が入るとただでさえ多忙な日程の調整に大きな支障をきたすため、同庁は1995年3月、1か月ルールを文書化、申請窓口の外務省に伝えた。ところが、その後も年に数件、1か月未満の申請があり、徹底できないでいた。

 陛下が前立腺がんの手術を受けた翌年の2004年2月、70歳を迎えられたこともあり、同庁はルール厳守を外務省に文書で求め、以降守られてきた。」



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2009/12/24 [Thu] 04:06:04 » E d i t
今年も12月24日・クリスマスイブになりました。皆さんは、どのように過ごされるのでしょうか?

クリスマスというとサンタクロースを連想される方が多いと思います。そのサンタクロース (Santa Claus) は、クリスマスの前の夜に良い子のもとへプレゼントを持って訪れるという人物です。このサンタクロースは、4世紀頃の東ローマ帝国小アジアの司教(主教)、キリスト教の教父聖ニコラオス(ニコラウス)がモデルであるとされています。

「「ある日ニコラウスは、貧しさのあまり、三人の娘を嫁がせることの出来ない家の存在を知った。ニコラウスは真夜中にその家を訪れ、屋根の上にある煙突から金貨を投げ入れる。このとき暖炉には靴下が下げられていたため、金貨は靴下の中に入っていたという。この金貨のおかげで娘の身売りを避けられた」という逸話が残されている。靴下の中にプレゼントを入れる風習も、ここから来ている。」(「サンタクロース」(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia))より引用)



1.このようにサンタクロースのモデルはいたのでしょう。では、サンタクロース自身は、本当にいるのでしょうか?

「サンタクロースっているんでしょうか?」という質問を書いた手紙を送った子どもに対して、100年ほど前、1897年9月21日付・ニューヨーク・サン新聞は、この子どもへの返事を「社説」で書いています。そこで、この社説は古典のようになって今での繰り返し掲載されるほどになっているそうです。そこで、この著名な社説を紹介したいと思います。

なお、この社説を書いたのは、フランシス・ファーセラス・チャーチ(Francis Pharcellus Church)(1839~1906)という同社の記者です。この人物に対して、当時の編集長は、回想録に「人間生活のあらゆる面について、深い洞察力と鋭い感受性を備えた人物だった」と書いています(中村妙子(翻訳)『サンタクロースっているんでしょうか?』(偕成社、〔改装版〕版2000年)の「あとがき」より引用)。

(1) この社説の出だしは、次のようになっています(前掲『サンタクロースっているんでしょうか?』より引用(なお、読みやすさのため一部漢字に変換した))。

サンタクロースっているんでしょうか?

 ニューヨーク・サン新聞社に、このたび、次のような手紙が届きました。早速、社説で取り上げて、お返事したいと思います。この手紙の差出人が、こんなに大切な質問をするほど、私たちを信頼してくださったことを、貴社一同、大変嬉しく思っております。

 記者さま、あたしは8つです。
 あたしの友だちに、「サンタクロースなんていないんだ。」って言っている子がいます。
 パパに聞いてみたら、「サン新聞に、問い合わせてごらん。新聞社で、サンタクロースがいるというのなら、そりゃもう、確かにいるんだろうよ。」と、言いました。
 ですから、お願いです。教えてください。サンタクロースって、本当にいるんでしょうか?
      バージニア=オハンロン    ニューヨーク市 西95丁目115番地」」



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