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「■編集部から■
殺人の時効をなくすべきだと考える人が、毎日新聞の世論調査で77%にのぼりました。DNA鑑定の制度が上がり、「証拠の散逸」を制度の理由にするのが難しくなったことなどが背景です。現行制度と時効の存在意義に疑問を持つ世論とのずれをどう考えるべきでしょうか。この欄へのご意見は東京本社編集局の「論点」編集部へ、郵便またはメール(中略)でお願いします。」(毎日新聞平成20年8月8日付朝刊6面)
毎日新聞平成20年8月8日付朝刊6面「論点」は、毎日新聞が行っている、「殺人罪の時効廃止推進運動」のまとめといえるものです。そこで、この記事を読んでおくことは意味があると思いますので、紹介しておくことにします。
「共謀罪
実行行為や準備をしなくても、相談しただけで犯罪とみなされる。組織犯罪処罰法改正案に含まれ、対象犯罪は600以上。政府は国連総会で採択された国際組織犯罪防止条約(2000年)の批准には共謀罪新設が必要と主張しているが、労働組合や市民運動から「権利や自由が侵害される」との懸念が相次ぎ、野党や日弁連も強く反対している。」(東京新聞平成20年8月17日付朝刊26面)
1.臨時国会では、政府与党は、共謀罪法案成立へ向けての動きをするのではないかとの疑念をもたれています。それは、鳩山元法相が、G8司法・内務大臣会議において、勝手に「『早期に批准できるように全力で頑張ります。』という努力の誓いをした」からです(法務大臣閣議後記者会見の概要・平成20年6月17日(火)参照)。
「鳩山元法相の発言
「世界的な犯罪防止ネットワークに穴をあけている状態で申し訳ない。早く責任を果たしたい」(6月13日 マイケル・ムケージー米司法長官に)
「このままでは肩身が狭いですね。はやりG8の一国ですから(中略)国際組織犯罪という絶対に撲滅しなければならない、その条約に入れないというのは、こんな情けないことはないので、党にもお願いして次期臨時国会で国内法が成立するよう努力します」(同17日 記者会見で)」(東京新聞平成20年8月17日付朝刊27面)
(1) もっとも、政府側は、「今月末にまとめる総合経済対策の裏付けとなる08年度補正予算案の審議を最優先した会期」にしたのです。要するに、総選挙における国民の目を意識して、共謀罪法案よりもずっと重要な「インド洋での給油活動を延長する新テロ対策特別措置法改正案」さえも、成立への努力はするが「衆院での再可決」といった無理をするつもりはない「会期日程」となったのです。
そうすると、総選挙を意識するならば、自民党側、特に、会期を70日間とする方針を表明した福田首相としては、未だに国民の間に批判が強い「共謀罪法案」成立に向けての積極的な動きは控えるだろう、とは思います。
(2) しかし、共謀罪法案は、現在も衆院で継続審議扱いであり、また、「保岡新法務大臣初登庁後記者会見の概要」(平成20年8月2日(土))を読むと、「共謀罪法案」成立への意欲を語っていますので、注意が必要です。
「【いわゆる条約刑法に関する質疑】
Q:条約刑法に関してですけれども,これまでも国会成立ができないでいて,一方で自民党,与党の方では,修正というか対象犯罪を小さくするような案が与党の方でも進んでいるというような状況の中で,このねじれ国会が続く中で,どういうふうにこの条約刑法を成立させていこうと思われるのか,お考えをお聞かせください。
A:ねじれ国会ですから,基本的に与野党で相談をして与野党の知恵を集めて,国民にとって,国益を果たす意味において,この法律が最もいい形で働くように内容を詰めていくべきだと思います。与党からは修正案が数回出まして,修正案,最終修正案みたいな,何回か出たと思います。これは,共謀罪の成立要件を具体的な事実に結びつけるなどして厳格化するということで提案したと思うのです。野党の方から一定の犯罪に限定する国際的な犯罪とか懲役5年以上の犯罪にしたらどうかという御提言もあります。そういう中で自民党の小委員会の中で検討を進めていますから,そこでの与野党の知恵を生かした案というのが出てきて,また,それについて一定の状況が整えば,それはまた国会に出して民主党や他の野党ともよく相談をして成立を図りたいと思っています。これは,もう国際的にテロ対策とか国際犯罪,組織犯罪とか,それからコンピュータ犯罪とかいろいろなものについて世界的にしっかりしたルールを作って早くまとめないと,世の中はどんどんすごい勢いで進んでいきますから,急を要すると思います。できるだけ早く実現するということが大事だと思います。144カ国の政府は批准している。我が国は,条約の締結について国会で承認していますけれども,そのときは,ほとんどの政党が賛成したと思うのです。そういう経緯もありますし,G8のイタリアやアメリカからは,司法大臣内務大臣会議で「早く頼むよ。」というような期待感が表明されていますし,そういった状況を踏まえてできるだけ早期に法案化して出すということが大事だと思っています。」
保岡法務大臣は、「一定の状況が整えば,それはまた国会に出して民主党や他の野党ともよく相談をして成立を図りたい」「できるだけ早く実現するということが大事」「まえてできるだけ早期に法案化して出すということが大事」と繰り返して述べていますので、要注意であるといえます。
そこで、政府与党による共謀罪法案成立への動きに注意するため、東京新聞平成20年8月17日付26・27面【こちら特報部】の記事を紹介したいと思います。
開幕直前に新疆ウイグル自治区で起きた警察官襲撃事件の影響など、事前に懸念された大会運営の大きな混乱や、テロなどの妨害行為が北京で起きることもなく、また、大会前に不安視された大気汚染は大きな問題とはならずに、17日間の会期を平和裏に終えました。ただし、人権問題や報道統制などに対する批判は収まらないままでの閉幕となりました。
1.報道記事などを幾つか。
(1) 東京新聞平成20年8月25日付朝刊1面
「北京閉幕 夢はロンドンへ 歩む「一つの世界」
2008年8月25日 朝刊
【北京五輪本社取材団】「一つの世界 一つの夢」をスローガンに掲げた第二十九回オリンピック北京大会は二十四日、北京市北部の国家体育場(愛称・鳥の巣)で閉会式を行った。史上最大の二十八競技、三百二種目で熱戦を展開。陸上男子では、三種目制覇を世界新記録で達成したウサイン・ボルト(ジャマイカ)、一大会個人史上最多の八個の金メダルを獲得した競泳男子のマイケル・フェルプス(米国)など新たなヒーローを生み出し、十七日間の会期を終えた。
大会には二百四カ国・地域の国内オリンピック委員会(NOC)が参加。合計で百三十三の五輪記録が生まれ、そのうち四十三が世界記録だった。
会期中の九日、北京市内では米バレーボールチームのコーチの義父が殺害される事件も起きたが、国家体育場など主要競技場は徹底した警備体制が敷かれ、表だった大きなトラブルはなかった。
閉会式は午後八時(日本時間同九時)に、開会式と同様のきらびやかな花火の打ち上げで開始。中国各地の民俗芸能に用いられるさまざまな鳴り物が打ち鳴らされ、激闘を演じた各国の選手をねぎらった。
満席となった九万一千人収容のスタンドから拍手が送られる中、二百四カ国・地域の旗を掲げた選手らは、笑顔で手を振りながら入場。
日本選手団は、競泳平泳ぎで二大会連続二冠を遂げた北島康介(日本コカ・コーラ)、ジャマイカ選手団はボルトが国旗を持ち声援に応えた。
中国選手団の旗手は、バドミントン女子シングルスで金メダルを獲得、連覇を達成した張寧が務めた。
ロゲ会長が、閉会を宣言すると、二〇一二年、第三十回オリンピックのロンドン開催に向け英国旗が会場に掲げられ、五輪旗がロンドン市長に引き継がれた。
五輪旗引き渡しセレモニーでは英国サッカー界のスター、デービッド・ベッカム氏が現れ、次期大会に向けサッカーボールを“キックオフ”。セレモニーを盛り上げた。」
(2) 東京新聞平成20年8月25日付朝刊1面
「「再び訪れたい国」願う
北島康介の2種目連覇にマイケル・フェルプスの8冠。ウサイン・ボルトの世界新。選手たちには思い出の地になった。素晴らしい競技施設、手厚いもてなし。五輪への直接のテロはなく、大気汚染や食の心配も封じ込められた。
だが、夢舞台の床板を一枚はがすと、別世界があった。私は、新疆(しんきょう)から戻ってきた同僚の、引きつった顔を生涯忘れない。
カメラマンの彼は開幕直前、テロの一報を受けて現場に飛び、何もしていないのに武装警察に連行された。殴られ、顔を踏まれた。
1人が拳銃を抜いて、目の前で実弾を込めた。撃たれるかもしれない。その恐怖はいかばかりか。イラクでなく、平和の祭典を開く国で、だ。
北京でデモを取材中に拘束されたイギリス人記者の連行シーンは世界に流れた。けれど、中国五輪組織委員会や公安当局の答えはのらりくらり。「記者だと分からなかった」「拘束は短時間」―。
集会を申請したり、裁判所に請願をしたりして拘束された人は一体、どれぐらいに上るのだろうか。
五輪の精神と対極にあるこうした行為は中国国内では報道されない。五輪礼賛記事と金メダルラッシュで「100年の夢の実現」「中国の強さの証明」と多くの国がただ酔いしれた。
1人の学生と話が通じなくて筆談をした。北京有数の大学に通う彼は、こちらが紙に漢字をしたためると目を丸くした。「日本人なのに、なぜ漢字を書けるのか?」
情報工学を学び、日本製品にあこがれるが日本人と話したのは初めて。「漢字は中国人が教えてくれた」と伝えると、また驚いた。
五輪はいや応なく市民と外国人の接点を増やした。ジャック・ロゲIOC会長は閉会の会見で北京五輪が残したものとして「世界が中国を見つめたこと、中国が世界を学んだこと」をあげた。
今まで知らなかったことを知ると、世の中を変える力になる。いずれ、政府が抑えきれない時はやって来る。
故宮(こきゅう)に天壇(てんだん)公園。近代化した北京に5千年の歴史が息づく。「再びここを訪れたい」と、同僚と私が思える国になる時は来るのだろうか。「一つの世界 一つの夢」を実現する本当の一歩は、その時に刻まれる。(五輪取材団キャップ・斎田太郎)」
1.まずは、報道記事を幾つか。日経新聞の記事は、裁判の論点がうまくまとまっているので、日経新聞のみを紹介しておきます。
(1) 日経新聞平成20年8月20日付夕刊1面
「帝王切開死、産科医に無罪 大野病院事件で福島地裁判決
福島県大熊町の県立大野病院で2004年、帝王切開手術を受けた女性(当時29)が死亡した事件で、福島地裁(鈴木信行裁判長)は20日、手術を執刀し業務上過失致死罪などに問われた産科医、加藤克彦被告(40)に無罪(求刑禁固1年、罰金10万円)を言い渡した。鈴木裁判長は「大量出血の恐れがある癒着胎盤の認識はあったが、胎盤をはがした行為は医学的に問題がない」とミスを否定した。
事件を巡っては、学会などが「標準的医療行為をした医師を警察が逮捕するのは不当」と相次ぎ声明を発表、医師不足が指摘されるなか、特にリスクが高い産科医離れを加速したと非難、注目された。
今回の判決を受け、専門的な医療事故に対する刑事捜査の限界を指摘する声の高まりも予想されるとともに、厚生労働省が臨時国会への提出を目指す「医療版事故調査委員会」設置法案の議論にも影響が出そうだ。
判決によると、加藤被告は04年12月、帝王切開手術で女児を取り出した後、癒着した胎盤を手術用のはさみを使うなどしてはがした。大量出血したため、追加の輸血用血液が届くのを待って子宮を摘出したが、女性は死亡した。
加藤被告が癒着胎盤を予想していたか否かという争点について、鈴木裁判長は「術前は可能性は低いと考えていたが、術中にに手ではがせなくなった段階で癒着胎盤と認識した」と認定。さらに「癒着胎盤をはがすと大量出血するという認識もあった」と予見可能性があったとした。
ただ、はがした行為については、「はがし始めてから癒着胎盤と分かった場合、はがすのを中止して子宮を摘出すべきかどうかは、医学文献などから一義的に判断できない」と認定。「癒着胎盤ならば、中止して子宮を摘出すべきだった」とする検察側主張を退け、被告の医療行為は医師としての注意義務違反ではないと判断した。
判決は、原因が不明な異状死の場合、24時間以内に警察に届け出る義務を課している医師法違反も無罪とした。
県が作成した事故報告書は「術前診断の結果では癒着胎盤を強く疑っておらず、大野病院で手術したことはやむを得ない」としながら、「癒着胎盤の疑いを強く持っていれば、結果として準備血液は不足していた」と指摘していた。」
(2) 日経新聞平成20年8月20日付夕刊19面
「産科医に無罪判決 医療事故 原因究明難しく
福島県大熊町の県立大野病院で2004年に起きた帝王切開手術を巡る医療事故で、福島地裁は20日、執刀した産科医に無罪判決を言い渡した。地域医療で奮闘する医師を逮捕、起訴したことは大きな衝撃を与えたが、刑事捜査で専門的な判断が不可欠な医療事故の原因を究明する難しさが浮き彫りになった。大詰めを迎えている「医療版事故調査委員会」を巡る議論にも波紋を投げかけそうだ。
◆癒着胎盤 予見可能性認める はがす行為、中止義務なし
公判で争点となったのは、業務上過失致死罪などで逮捕、起訴された産科医、加藤克彦被告(40)が<1>術前や術中に癒着胎盤の認識はあったのか(予見可能性)<2>癒着胎盤ならば、はがさないで子宮を摘出するべきだったのか(結果回避義務)――の2点だ。
第二子を妊娠していた女性は04年11月に胎盤が子宮口をふさぐ前置胎盤の疑いで大野病院に入院した。女性は第一子を出産する際も帝王切開手術だった。
判決では予見可能性について「先輩医師や近くの第一子出産の際に手術を担当した医師に癒着胎盤の可能性があると相談したことなどからも、可能性はあると認識していた」としたが、「術前の検査で癒着している可能性は低いと想定していた」と認定した。
ただ、手術中に胎盤をはがせなくなった段階で「臨床的に癒着胎盤であると認識した」と認定、「予見可能性はなかった」という弁護側の主張を退けた。自宅から押収した医学文献などから癒着胎盤をはがすことで大量出血する恐れがあることも認識していると認めた。
そのうえで癒着胎盤を手術用のハサミを使ってはがした行為については、「事前に重い癒着胎盤と分かっていれば、はがさずに子宮ごと摘出すべきだった」としながら、「(今回のように)はがし始めた段階で癒着胎盤であると判明した場合、はがすのを中止して子宮を摘出するか、はがし終わった後に止血をするか(という知見)は確定していない」と判断。
「はがすのを中止しなかった」ことをミスと指摘した検察側の主張を退け、無罪の判決を言い渡した。
警察に24時間以内に届け出をしなかった医師法違反については「女性患者の死亡は、癒着胎盤という疾患を原因とする過失がない診察行為でも避けられなかった結果であり、医師法でいう異状死には当たらない」として、無罪と判断した。」
(3) こうした論理で福島地裁は、産科医の加藤克彦さんに対して無罪判決を下したため、裁判所は弁護側の主張を全面的に認めたようにも思えます。しかし、実は裁判所は、事実関係の大部分については、検察側の主張のまま認定しているのです。ですから、捜査機関側は、つぎのようなコメントをしています。
「公判で議論 意義あった 捜査幹部が強調
大野病院事件の福島地裁判決について、地元の捜査幹部は20日、判決結果に疑問を呈しながらも、公判で議論した意義があった点を強調した。
公判に当たった検察幹部は、判決が女性の死因を大量出血と認定した点を挙げ、「事実関係の大部分は主張が認められた」と話した。ただ、執刀医が取った措置は標準的医療として、過失責任を否定した点には「判決途中までなぜ無罪なのか分からなかった」と感想を述べた。
裁判自体については「医療事故の調査機関設置に向けた動きを加速させた」と振り返った。」(日経新聞平成20年8月21日付朝刊43面)
要するに、この裁判では、業務上過失致死罪につき、<1>術前や術中に癒着胎盤の認識はあったのか(予見可能性)<2>癒着胎盤ならば、はがさないで子宮を摘出するべきだったのか(結果回避義務)――の2点について、事実関係から判断して認められるか否かを争っていたのです。となれば、その事実関係の大部分を認めているのであれば、本来は、「過失あり」となるのが筋です。それなのに、福島地裁は「過失なし」としたのですから、「判決途中までなぜ無罪なのか分からなかった」と述べるのも無理はないのです。
ここまで言えば分かると思いますが、本来は、「過失あり」となる論理だったのに、「過失なし」にしてしまったのですから、(結論の是非は別として)福島地裁判決の論理には無理がありそうだ、と推測できるかと思います。では、判決要旨を紹介します。
この裁判の判決公判が8月20日、福島地裁であり、鈴木信行裁判長は「処置は医療現場で行われていた標準的なものだった」として被告人の「過失」(注意義務違反)を否定し、警察に報告しなかったことは医師法違反罪に当たらないとして、無罪(求刑禁固1年、罰金10万円)を言い渡しました。
この判決を受けて、舛添厚生労働大臣は次のようにコメントしています。
「判決を受けて、舛添厚生労働大臣は記者団に対し「行政の長として、個々の司法判断にコメントはできないが、厚生労働省としては今回の判決も参考にしたうえで、医師の声や真実を知りたいと願う家族の声のバランスを取りながら、今後の事故調査のあり方を検討してきたい」と述べました。そのうえで舛添大臣は、医療事故が起きた場合に死因や診療内容などを調査する権限を持つ第三者機関の設置について「よい形で事故の原因究明ができる委員会を作るために、党派を超えて国会で議論し案をまとめていきたい」と述べ、法案化を目指す考えを示しました。」(NHKニュース(8月20日 13時24分))
裁判一般に言えることでありますが、この事件でも、法律的な誤解、法律的な誤解に基づく非難が多く見られました。例えば、この事件に関して、民事事件と勘違いしているのか、患者遺族がこの裁判の訴訟当事者のように理解している者などがいるのです。患者遺族に対して、一部の医療関係者が盛んに誹謗中傷(他の民事事件では、侮辱罪、名誉毀損罪、脅迫罪に当たるような言動もある)を行っているのも、その一種といえます(「中傷される医療被害者〜医療関係者による誹謗中傷の実態(東京新聞平成20年7月27日付「こちら特報部」より)」(2008/07/27 [Sun] 23:59:48)参照)。(もしかしたら、医療関係者は、一般市民よりも法律的知識(社会常識!?)を欠いているのかもしれません。)
そこで、この裁判について検討する前に、最低限知っておくべき法律知識などを説明しておきたいと思います。
(平成20年8月28日付追記:「要求される結果回避可能性の程度」について言及しました。)
1.報道記事を幾つか。
(1) 読売新聞平成20年8月15日付夕刊20面
「代理出産無国籍児 日本入国を容認へ
日本人の男性の依頼でインド人女性が代理出産した女児が無国籍になっている問題で、保岡法相は、15日の閣議後会見で、女児側が現地の日本大使館に日本への入国に必要な査証(ビザ)の申請をした場合には、入国を認める方向で検討していることを明らかにした。
女児は先月25日、インドで生まれたが、出生証明書には母親名が記されておらず、インドの国籍やパスポートがとれない状況になっている。
無国籍の女児がインドを出国し、日本に入国するには、インド政府の渡航証明書に加え、日本の入国ビザが必要とされる。
(2008年8月15日 読売新聞)」
(2) 日経新聞平成20年8月15日付夕刊16面
「法相、ビザ認める方向 インドの代理出産児 「子どもの将来配慮」
インド人女性に代理出産を依頼した日本人夫婦が子供の誕生前に離婚し、生まれた女児の国籍などが不明なため出国できずにいる問題で、保岡興治法相は15日の閣議後の記者会見で、女児がインド旅券を獲得して日本のビザ(査証)を申請すれば「認める方向で対応したい」と述べた。
法相は「代理出産そのものがいいかどうかは、しかるべきところで検討されることだ」としたうえで、「子供の将来にきちっとした配慮をしていくという姿勢で法の在り方についてよく検討したい」と語った。」
(3) 保岡興治法相は、女児側が現地の日本大使館に日本への入国に必要な査証(ビザ)の申請をした場合には、査証(ビザ)を発行し、入国を認める方向で検討しているとのことです。
「無国籍の女児がインドを出国し、日本に入国するには、インド政府の渡航証明書に加え、日本の入国ビザが必要とされる。」(読売新聞)
イ:「渡航証明書」とは、旅券(パスポート)に代わる証明書のことで、無国籍者や未承認国(北朝鮮など)の人に、領事官などが出入国のために発給するものです。
保岡興治法相の発言からすれば、女児が無国籍であるために、インド政府発行の旅券がなくても、インド政府の渡航証明書さえあれば、査証(ビザ)を発行するのですから、女児の日本への入国の点は問題なくなりました。こうなると、インド政府が渡航証明書を発行すれば出国でき、日本への入国もできるようになるわけです。
ロ:日本の法務省としては、女児の保護を図るためにともかく査証(ビザ)を発行して日本への入国を認めようという意図だと推測できます。元々、女児自体には何ら問題はなく、女児に対して査証(ビザ)を発行しない理由もないわけですから。
また、法務省側とすれば、日本国籍の取得については、日本人男性医師が認知届をだすか、養子縁組の方法になるのか、色々な方法があるとは思いますが、それも日本に入国させてから決定すればよい、という意図であると思われます。
日本国籍取得の有無、親子関係や養育監護を行う者は誰かなど、これらは子供の将来に深く関わることです。ですから、法相は、こうした点について、「子供の将来にきちっとした配慮をしていくという姿勢」で対応していくと述べているのです。もちろん、国側が一方的に親子関係や養育監護者を決定できるわけではないので、日本人男性医師と協議していくことになるとは思います。
ハ:日本人父と外国人母から生まれた婚外子が出生後に認知しか受けていない場合にも、日本国籍の取得を認めたのが、最高裁平成20年6月4日大法廷判決です(「婚外子国籍確認訴訟(1):最高裁平成20年6月4日大法廷判決は、両親の結婚を国籍取得の要件とした国籍法3条1項を違憲と初判断」(2008/06/07 [Sat] 05:36:09))。ですから、日本人男性が認知届を出せば、本来、女児に日本国籍を認める対応も可能だとは思いますし、それが筋でしょう。
しかし、法務省側としては、代理出産という形態での親子関係は、日本では問題となった事例がほとんどないので、即断できないということで、保留のまま(=日本政府はパスポートを発行しない)で、事態の解決を行うつもりのようです。女児の入国が最優先なのであって、国籍は二の次であるのですから、こうした曖昧な対応であっても、ともかく事実上、女児の養育監護が可能になる以上、許容できるものだと考えます。
もちろん、インド政府が女児にインド国籍を付与することもあるでしょうが、そうであればインドと日本の二重国籍となる可能性が出てくるというだけのことです。
ニ:なお、国籍立法は、各国の主権に基づく国内的管轄事項です。ですので、各国は、国家形成の歴史的背景を中心としつつ、人口政策、移民政策、同化政策などの観点から、それぞれの国籍法を制定しており、ある者が特定国の国籍を有するか否かは、もっぱらそれによって判断されることになります。しかし国籍立法にあたって考慮されるべき理想として、幾つかの原則があり、その1つに「国籍唯一の原則」というものがあります。
「国籍唯一の原則
各国の国籍法の内容が不統一であると、二重国籍者や無国籍者が生じることになる。そしてこのような事態は望ましくないものと考えられてきた。そこで、すべての個人が必ず1個の国籍を有し、かつ2個以上の国籍を有しないことという原則、すなわち国籍唯一の原則が国籍立法の理想として主張されている。1930・54・61年の各種のハーグ条約はこれを目的とするものであるが、批准した国は少ない。日本は署名のみである。
無国籍の発生の防止については、世界人権宣言15条1項および市民的及び政治的権利に関する国際規約24条3項で、国籍を保有することが人権の一内容をなすものとして規定されている。他方、重国籍の発生の防止については、出生による国籍取得につき、両性平等原則により父母両系主義を採用した場合、困難な問題が生じることになる。」(澤木敬郎(さわき・たかお)『国際私法入門(第3版)』(有斐閣、1990年)78頁)
このように、世界人権宣言15条1項および市民的及び政治的権利に関する国際規約(国際人権B規約)24条3項からすれば、日本政府は、無国籍の発生を防止する義務があります。インドは国際人権B規約に加入しているので、同様だといえます。
ですから、「インド政府と日本政府はともに、女児への自国の国籍付与を拒絶する意図はなく、女児を無国籍のままにしておくという意図もない」という考えであることは、注意しておくべきです。
1.報道記事を幾つか。
(1) 朝日新聞平成20年8月15日付夕刊(4版)
「「戦争の教訓 風化させぬ」 戦没者追悼式 首相、哀悼の意
2008年8月15日12時39分
63回目の終戦記念日を迎えた15日、政府主催の全国戦没者追悼式が東京都千代田区の日本武道館で開かれた。全国各地の遺族や各界の代表ら約6千人が参列し、福田首相は式辞でアジア諸国への加害責任に触れたうえで、「不戦の誓いを新たにする」と述べた。
戦没者追悼式は正午前に開始。遺族約4600人のほか、天皇、皇后両陛下、衆参両院議長、各政党代表らが参列した。
式辞で福田首相は「多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に多大の損害と苦痛を与えた。犠牲となられたすべての方々に謹んで哀悼の意を表し、悲惨な戦争の教訓を風化させることなく、史実を未来に引き継ぐ」と述べた。加害責任への言及は93年の細川元首相以来続いている。正午に参列者全員が起立して1分間の黙祷(もくとう)。続いて天皇陛下が「おことば」を述べた。
夫・薫さんが西部ニューギニアで戦死した松永きわ子さん(89)=福井県敦賀市=が遺族を代表して追悼の辞を述べ、「悲惨な戦争の苦悩を身をもって体験した遺族は、悲しい歴史を絶対に繰り返さないことを堅くお誓いいたします」と語った。
追悼の対象となるのは、旧日本軍、軍属の戦死者(台湾、朝鮮半島出身者も含む)ら約230万人と、空襲で亡くなった民間人約80万人の計310万人。
参列者は高齢化が進んでいる。10年前に954人(全体の16.5%)だった戦没者の妻は85人(同1.8%)にまで減り、戦没者の親は、3年ぶりにゼロだった。一方、戦没者の子供は同2296人(同39.6%)から3147人(同66.7%)に増え、参列者の世代交代が進んだ。」
(2) 毎日新聞平成20年8月15日付夕刊1面
「終戦記念日:無宗教の追悼施設を 河野衆院議長、政府に検討求める
河野洋平衆院議長は15日、全国戦没者追悼式の「追悼の辞」で、「政府が特定の宗教によらない、すべての人が思いを一にして追悼できる施設の設置について真剣に検討を進めることが強く求められている」と述べ、政府に対して、無宗教の新たな戦没者追悼施設の建設が望ましいとの考えを表明した。靖国神社参拝問題を踏まえた発言。新たな追悼施設をめぐっては、福田康夫首相が官房長官当時に主宰した私的懇談会が02年12月、「国立の無宗教の恒久的施設が必要」との報告書を答申。しかし自民党内に慎重論が根強く、棚上げになっている。
河野氏は、日本と中国、韓国など近隣諸国との関係について「いまだに歴史に背景を持つ未解決の問題がとげとなり、摩擦を引き起こしている」と指摘した。
日韓両国がともに領有権を主張する竹島(韓国名・独島)問題を念頭に「領土問題についても、お互いに内向きに領有権を声高に主張するばかりでなく、相手側と真摯(しんし)に向き合い、話し合いによる解決を実現することが強く求められている」と訴えた。
一方、江田五月参院議長は同じく「追悼の辞」で、「先の大戦では、国内外で被害を受けた国民はもとより、わが国の侵略行為と植民地支配で、アジア諸国をはじめ広い地域の人々にも多大な苦しみと悲しみを与えた」と指摘。「深い反省の上に立ち、真に世界から信頼される平和国家を築くことが私たちの責務だ」と強調した。【高本耕太】
毎日新聞 2008年8月15日 東京夕刊」
(3) 朝日新聞平成20年8月15日付夕刊13面(4版)
「衆院議長 追悼の辞(要旨)
◇
今日のわが国の平和と繁栄は、戦没者の方々の尊い犠牲の上に築かれたものであり、私たちは300万余の犠牲を決して忘れてはならないと思います。残されたご遺族の悲しみを思います時、私は失ったものの大きさに胸ふさがれる思いであります。
戦火に巻き込まれたアジア近隣諸国の方々、わが国と戦って生命を落とされた連合国軍将兵のご遺族にとっても同じ悲しみであることを胸に刻まなければなりません。
私たちが63年前の「決して過ちを繰り返さない」という決意を新たにし、戦争の廃絶に向け着実な歩みを進めることこそ、戦没者の御霊を安んずる道であると考えます。
わが国と近隣諸国との関係において歴史に背景を持つ未解決の問題がとげとなり、摩擦を引き起こしている現状を考えるとき、私は政府が特定の宗教によらない、すべての人が思いを一にして追悼できる追悼施設の設置について真剣に検討を進めること、領土問題についても、お互いに内向きに領有権を声高に主張するばかりでなく、相手側と真摯(しんし)に向き合い、話し合いによる解決を実現していくことが強く求められていると考えます。
私は、国際紛争解決の手段としての戦争の放棄を宣言する日本国憲法の理念を胸に、戦争のない世界、核兵器のない世界、報復や脅迫の論理ではなく、国際協調によって運営され、法の支配の下ですべての人の自由・人権が尊重される世界の実現を目ざして微力を尽くして参りますことを全戦没者の御霊を前にお誓いし、私の追悼のことばといたします。」
1.「原爆の日」の記事を紹介しておきます。
(1) 東京新聞平成20年8月6日付夕刊1面
「広島 被爆63年『原爆の日』 核廃絶『多数派の意思』2008年8月6日 夕刊
広島は六日、原爆投下から六十三年の「原爆の日」を迎え、広島市中区の平和記念公園で午前八時から「原爆死没者慰霊式・平和祈念式」(平和記念式典)が営まれた。秋葉忠利市長は平和宣言で「原爆体験の悲劇と苦悩から導かれた核兵器廃絶は、多数派の意思。子どもたちの未来を守る強い意志と行動力が必要だ」と訴えた。
被爆者や遺族をはじめ、海外からは過去最多の五十五カ国の代表が出席。核保有国では北京五輪開幕を二日後に控えた中国から在大阪総領事館の莫麗麗領事が初参加。ロシアも九年連続で参加した。
秋葉市長は「米国の核政策の中枢を担ってきた指導者たちさえ、核兵器のない世界を求めるまでになった」と核廃絶論が国際政治の潮流になりつつある現状を指摘し、「廃絶の声に耳を傾ける米新大統領誕生を」と異例の期待感を表明。「世界の市民とともにあらん限りの力を尽くし行動する」と述べた。
投下時間の午前八時十五分に平和の鐘が鳴らされると、約四万五千人の参列者は黙とうし、犠牲者の冥福を祈った。
秋葉市長は原爆体験の「心の傷」の調査を市で実施すると表明。「核兵器は廃絶されることにだけ意味がある」と述べ、日本政府に対し、廃絶に向けた主導的な役割のほか、原爆症認定訴訟で十連敗したことを踏まえて「高齢化した被爆者の実態に即した温かい援護策」を要請した。
式典で福田康夫首相は「非核三原則を堅持し、核兵器廃絶と恒久平和の実現に向けて国際社会の先頭に立つことを誓う」とあいさつ。
子ども代表の「平和への誓い」で小学六年の今井穂花(ほのか)さん(11)と本堂壮太君(12)は「ヒロシマで起きた事実に学び、たくさんの人に伝えていく」と読み上げた。
黙とうに先立ち、この一年間に死亡が確認された被爆者五千三百二人の名前が記された原爆死没者名簿二冊が、原爆慰霊碑に納められた。広島市内に住む被爆者七万五千六百四十二人の平均年齢は七四・八歳。全国では七五・一歳(いずれも三月末現在)となった。」
(2) 東京新聞平成20年8月9日付夕刊1面
「『あの日の原子雲忘れぬ』 長崎63回目『原爆の日』
2008年8月9日 夕刊
長崎は九日、被爆から六十三年の原爆の日を迎え、長崎市松山町の平和公園では、市主催の原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が営まれた。田上富久市長は平和宣言の冒頭で「あの日、この空に立ち上った原子雲を私たちは忘れません」と述べ、原爆の恐ろしさを世界に伝え、核兵器廃絶に力を尽くす決意を表明した。
宣言で田上市長は、自身が被災しながら医師として被爆者救護に尽力した永井隆博士の「戦争に勝ちも負けもない。あるのは滅びだけである」との言葉を引用し、平和の尊さを訴えた。
「核兵器の廃絶なくして人類の未来はない」と強調。長崎市が世界の都市と結束し核廃絶のアピール活動を展開する考えを明らかにし、「核兵器に『ノー』の意志を示そう」と若い世代や非政府組織(NGO)など市民に連帯を呼び掛けた。
米国の核政策を推進したキッシンジャー元国務長官らが出した核兵器削減アピールにも触れ、米国をはじめとする核保有国に廃絶の努力を、日本政府には被爆国としてリーダーシップを要請。原爆症認定訴訟で国側の敗訴が続く中、実態に即した被爆者援護を急ぐよう政府に「要求」した。
式典には被爆者や遺族、市民、福田康夫首相、舛添要一厚生労働相、核保有国ロシアを含む八カ国の駐日大使ら計約五千四百人が参列。原爆投下時刻の午前十一時二分に黙とうした。
原爆投下を「しょうがない」と発言し防衛相を辞任、昨年は式典を欠席した久間章生衆院議員(長崎2区)も出席した。
被爆者代表の森重子さん(72)は「平和への誓い」で「平和憲法と非核三原則を世界中に広げていくことこそが、核兵器の増大と拡散を止める有効な手段」と訴えた。
福田首相は「今後も非核三原則を堅持し、核兵器の廃絶と恒久平和の実現に向け、国際社会の先頭に立っていくことを誓う」とあいさつした。
長崎市によると、この一年間に新たに死亡が確認された被爆者は三千五十八人。原爆死没者名簿に記載された人は計十四万五千九百八十四人になった。長崎市に住む被爆者の平均年齢は昨年より〇・六歳上がり七四・六歳になった。」
日本人は、8月になれば、被爆体験、太平洋戦争へ思いを思いを致します。「あの日の原子雲忘れぬ」と何時までも訴える方ももちろんいますが、こうして訴えなければならないほど、戦争の記憶も遠くのものになっているのが実感でしょう。「原爆の日」のことも、その日の前日と当日に報道されるのみで(中国新聞は除く)、単なる通過点として報道しているにすぎないとも思えるほどです。
では、私たちにとって過去の戦争が遠くなったのは、もはや思い出す必要がなかったためなのでしょうか? 本当に「遠くのもの」にしておいてよいでしょうか?
こうした点について、作家の眤七阿気鵑、東京新聞平成20年8月12日夕刊「社会時評」において素晴らしい評論を行っていたので、紹介したいと思います。
(8月15日付追記:日本への出国に向けた手続きは遅れそうだという記事を追記しました。)
1.報道記事を幾つか。
(1) 時事通信(2008/08/10-22:01)
「代理出産の女児、旅券取得に道=出生証明を発行−インド
【ニューデリー10日時事】インド人女性に代理出産を依頼した日本人夫婦が子供の誕生前に離婚し、生まれた女児の国籍や親子関係が不明なため出国できずにいる問題で、インド当局は10日までに、出生証明書を発行した。これにより女児がインドの旅券を取得し、日本のビザを得て出国できる可能性が出てきた。
女児が入院中の病院の医師によれば、証明書を発行したのはグジャラート州アナンドの地方自治体。女児の代理人が同自治体に提出していた出生届が受理され、9日に証明書が発行された。
ただ、証明書の母親欄が空白のため、インドの市民権を得て旅券を取得するのは通常では困難。女児の代理人は、旅券の特例的発行を求め、裁判所に訴えを起こすとみられている。(2008/08/10-22:01)」
(2) 東京新聞平成20年8月11日付朝刊22面
「赤ちゃん出国、多難な道のり インド代理出産
2008年8月10日 16時54分
【ニューデリー10日共同】インド人女性に代理出産を依頼した日本人夫婦が離婚したため、その後誕生した赤ちゃんがインドを出国できないでいる問題で、インド西部グジャラート州の地元自治体は9日、赤ちゃんの出生証明書を発行した。だが日本とインド両国の法律が障壁となり、赤ちゃんの出国実現には多くの困難が予想されている。
PTI通信によると、出生証明書の父親欄には赤ちゃんの父親である日本人の医師名が記されているが、母親欄は空白になっている。
現地日本大使館関係者によると、母親名がなければインド国籍は取得できない。また日本では、赤ちゃんは出産したインド人女性と母子関係があると見なされ、日本国籍を持つことはできない。
そのため出国を可能にするには、特例的にインド国籍を取得した上で、日本への査証(ビザ)を入手するのが最も現実的という。当事者が人道的配慮によるインド国籍の取得をインドの裁判所に要請し、日本大使館に日本査証の発行を求める可能性がある。」
次のような方法で、インドを出国し、日本に入国することになりそうです。
「インド当局は10日までに、出生証明書を発行した。これにより女児がインドの旅券を取得し、日本のビザを得て出国できる可能性が出てきた。
女児が入院中の病院の医師によれば、証明書を発行したのはグジャラート州アナンドの地方自治体。女児の代理人が同自治体に提出していた出生届が受理され、9日に証明書が発行された。
ただ、証明書の母親欄が空白のため、インドの市民権を得て旅券を取得するのは通常では困難。女児の代理人は、旅券の特例的発行を求め、裁判所に訴えを起こすとみられている。」(時事通信)
「現地日本大使館関係者によると、母親名がなければインド国籍は取得できない。また日本では、赤ちゃんは出産したインド人女性と母子関係があると見なされ、日本国籍を持つことはできない。
そのため出国を可能にするには、特例的にインド国籍を取得した上で、日本への査証(ビザ)を入手するのが最も現実的という。当事者が人道的配慮によるインド国籍の取得をインドの裁判所に要請し、日本大使館に日本査証の発行を求める可能性がある。」
外国人が日本に入国するためには、一般的には、「日本国査証(ビザ)」を入手する必要があります。もっとも、日本は米国など62ヶ国に関しては査証(ビザ)を免除していますが、インドについて査証を免除していないので、インド国籍者は査証(ビザ)が必要となるのです。
そこで、インドで生まれた子供が日本に入国する方法としては、<1>日本国籍者として、日本政府発行の旅券を取得する方法、<2>インド国籍者としてインド政府発行の旅券を取得し、「日本国査証(ビザ)」を入手する方法があることになるわけです。これらの報道からすると、どうやら<2>の方法をとって、日本に入国することを計画しているようです。
2.この事件は、「日本とインド両国の法律が障壁となり、赤ちゃんの出国実現には多くの困難」(共同通信)となっているのであって、すなわち、国籍(市民権)取得を巡るインド法と日本法の不備から生じた弊害に過ぎず、代理出産固有の問題ではありません。ところが、国籍法の専門家に尋ねたりしないせいか、間違った報道がなされ、間違った見解を吐露する専門家がいるのですから、実に困ったものだと思います。向井・高田夫婦の代理出産を巡る訴訟に関しても、国際民事訴訟法の問題であることが理解されず、間違った報道が続きました。
次に紹介する朝日新聞平成20年8月11日付朝刊1・2面は、全体とすれば良い内容ではありますが、専門家が間違った意見をコメントしているため、その間違いを指摘しておきたいと思います。
「代理出産、子の帰国どうなる
赤ちゃんが日本に帰国できなくなっているインドでの代理出産。日本は国外での実施も禁じているが、法制化進んでいない。インドの制度も未整備で、帰国の見通しは不透明だ。2面」(朝日新聞平成20年8月11日付朝刊1面「目次」欄)
「長野県下諏訪町の根津八紘医師が行った代理出産と、愛媛県宇和島市の万波誠医師らが行った病気腎移植。この2つの問題を事例として、新しい医療の問題や医療倫理について、日本学術会議の分科会が討議。先月末、医学会全体の意見をまとめる組織づくりを柱とする提言をまとめた。 (片山夏子)
代理出産と移植。2つは懸け離れた問題のようだが、第三者の体を使う医療ということは共通する。分科会の大島伸一委員長(日本移植学会前副理事長)は、「医学の進歩で、治療に第三者がかかわってくるなど複雑な問題が絡み、単に医療技術の問題だけではなくなってきた」と話す。
提言は、この2つを例に、新しい医療技術を適用する際に「独特の価値観を持つ一部の医師が、学会の見解に従わず社会問題に発展している」と指摘。さらに、患者や家族、市民の中でも価値観が異なることを挙げる。その上で、新しい医療が社会に受け入れられるためには、医療界だけでなく社会の総意を反映できる仕組みが必要とした。」(東京新聞平成20年8月11日付朝刊)
この分科会の委員長は、大島伸一・日本移植学会前副理事長です。
要するに、大島伸一・日本移植学会前副理事長は、日本移植学会を利用した「修復腎移植禁止の見解」に飽き足らず、今度は日本学術会議を藁人形として、代理出産と修復腎移植の全面禁止をもくろんでいるようなのです。こうした動向について、東京新聞平成20年8月11日付朝刊「こちら特報部」が記事にしていましたので、紹介したいと思います。
アジアでの夏季五輪開催は、東京(1964年)、ソウル(88年)に次いで3回目、20年ぶりとなります。中国は1908年に五輪招致を初めて提唱してから百年を経ての悲願達成となったのです。日本選手団は史上最多の576人となっています。
1.報道記事を幾つか。
(1) 朝日新聞平成20年8月9日付朝刊1面
「北京五輪が開幕 史上最多の204カ国・地域が参加
2008年8月8日20時57分
【北京=阿久津篤史】第29回オリンピック競技会北京大会は8日午後8時(日本時間午後9時)、主会場の国家体育場(愛称・鳥の巣)で開会式が行われ、24日の閉会式まで17日間のスポーツの祭典が幕を開けた。中国での五輪開催は初めて。史上最多の204カ国・地域から選手、役員約1万6千人が集い、28競技302種目で競う。
入場行進は五輪発祥国ギリシャを先頭に、中国語で表記した国名の1文字目の漢字画数が少ない順に続き、日本は23番目に登場した。卓球女子の福原愛(ANA)を旗手に約190人が行進した。日本はハンドボール、バスケットボールを除く26競技に、選手339人、役員を含めると史上最多の576人の選手団を編成した。2けたの金メダル獲得を目標にする。ブルネイの不参加がこの日決まり、国際オリンピック委員会(IOC)加盟国、地域すべての参加はならなかった。
開会式は中国の歴史や改革開放後の姿を絵巻物風に見せる演出だった。急速な経済成長で、国際社会での中国の存在感は高まっている。チベット問題などで一時は欧州の首脳らに開会式欠席の動きも出たが、5月の四川大地震で中国が国際社会と協調する姿勢を見せ、ダライ・ラマ14世側との対話が進むなど状況が好転。日本の福田首相をはじめ出席した各国の王室、国家元首、首脳は五輪史上最多とみられる80人以上になった。
中国は民族問題を抱え、五輪に乗じたテロの不安がある。中国の人権問題を批判する活動も当局の懸念材料で、開会式の観衆9万1千人には入場券購入の際に身元を確認し、この日も厳戒態勢が敷かれた。
アジアでの夏季五輪開催は64年東京、88年ソウルに続き3度目。」
(2) 読売新聞平成20年8月9日付朝刊18面
「「朋あり遠方より来たる」 開幕“宣言”
2008人の人民解放軍兵士が手で打ち鳴らす中国最古の打楽器「缶(ふ)」の大音響。打ち鳴らしながら詠唱する孔子の言葉「朋(とも)あり遠方より来たる、また楽しからずや」で、北京五輪開会式の幕が開いた。
天安門広場、紫禁城を通ってまっすぐ北に位置する五輪会場まで、龍にたとえる北京の中枢軸に沿って順次打ち上げられた花火が、「過去の五輪」を象徴する巨人の、一歩一歩踏みしめる足跡を表現する。鳥の巣上空で、五輪の流れは星くずの光となってスタジアムに流れ込み、会場に巨大な5つの輪を作った。
中国文明をテーマにしたハイライトでは、聖火トーチのデザインにも使われた巻紙が、会場の床いっぱいに展開し、その上に古代から脈々と続く文明の絵巻物が展開した。造紙技術のほか、古代中国4大発明の火薬を象徴する花火、活版印刷のパフォーマンスに浮かぶ「和」の文字、羅針盤を象徴する大航海のマスゲーム、シルクロード……。文化の豊かさと、それが培った中国の繁栄が示され、最後に未来を示すマスゲームで人々がピラミッドとなって「鳥の巣」を形作り、伝統と未来の共存を象徴した。
中国色を貫いたパフォーマンスは、続いて太極拳で表す万物の根源「太極(たいじ)」と、人と自然との共存を重んじる精神文化を披露。最後に地下から地球が誕生すると、1年かけて世界中で集めたという子供たちの笑顔がフロアと、スタジアム上辺のスクリーンに展開し、選手入場を迎え入れた。
オリンピックを、世界により中国を知ってもらい、中国が世界をより知る機会に――。人権問題批判が抗議活動が、五輪開幕直前まで続く中、それは文化が培った人々の心を、理解してほしいというメッセージにも思えた。(結城和香子)」
(3) 【共同通信】(2008/08/09 00:46)
「中国の夢が実現 ロゲ会長スピーチ要旨
北京五輪開会式でのロゲ国際オリンピック委員会(IOC)会長のスピーチ要旨は次の通り。
中国は五輪を開いて北京に世界の選手を招くことを長く夢見てきた。今夜、その夢が実現した。大会テーマの「一つの世界 一つの夢」はわたしたちを表している。「一つの世界」として世界は四川大地震に胸を痛め、中国の人々が見せた勇気と連帯に感動した。「一つの夢」として五輪が喜びと希望、誇りをもたらすことを願う。選手は大会がパフォーマンスだけでなく、人種、性別、宗教、政治体制を超えた平和の集まりであることを忘れないでほしい。わたしたちが誇らしく思うような行いをしてください。(共同)
2008/08/09 00:46 【共同通信】」
「天安門広場、紫禁城を通ってまっすぐ北に位置する五輪会場まで、龍にたとえる北京の中枢軸に沿って順次打ち上げられた花火」など、 国家体育場(愛称・鳥の巣)だけでなく、付近一帯で打ち上げられた花火があり、また、「2008人の人民解放軍兵士が手で打ち鳴らす中国最古の打楽器「缶(ふ)」の大音響」といった多数人を動員した開会式は、目を見張るものでした。
しかし、「開会式で展開された北朝鮮を思わせるマスゲームは権威主義的な政治体制も想起させた」(東京新聞平成20年8月9日付「社説」)ともいえますし、街中で打ち上げられた厖大な花火は、街中の住人に大きく制約を課したはずですし、街中の住人は花火の燃えカスの後始末に追われる状態になっているはずです。開会式のパフォーマンスは、色々な意味で「中国ならではのものだった」という思いがしました。
(8月10日付追記:文章の不備を整え、インドが人的不統一法国である点を指摘しました。)
1.まず報道記事を幾つか。
(1) NHKニュース(8月7日 20時5分)
「代理出産 赤ちゃん出国できず
インド人の女性に代理出産を依頼した日本人の夫婦が、赤ちゃんの出生前に離婚したことから、生まれた女の子が親もとに引き取られることがないまま、インドから出国できない状態になっています。
複数の関係者によりますと、インド西部グジャラート州のアナンドで、先月25日、日本人の夫婦と代理出産の契約を結んだインド人の女性が女の子を産みました。代理出産を担当した医師によりますと、卵子は別の第三者から提供されたということです。
インドでは、代理出産の赤ちゃんについては、依頼をした夫婦が養子縁組をして引き取ることになっています。しかし、この日本人夫婦は女の子の出生前の6月に離婚し、男性が赤ちゃんを引き取ろうとしましたが、独身の男性が養子縁組をすることはインドの法律でできないことになっており、男性は赤ちゃんを引き取れないでいるということです。男性はいったん日本に戻り、男性の母親が代わりに現地で赤ちゃんの面倒を見ていますが、女の子は両親が確定せず、インドから出国できない状態になっています。この男性の母親はNHKの取材に対し、「一刻も早く赤ちゃんを引き取りたいが、パスポートを取得できず困っている」と話しています。インドでは、政府がこうした代理出産を認める指針を2005年に出し、ここ数年、欧米諸国からの依頼を中心に代理出産が多く行われているということです。
代理出産をめぐっては、ことし4月、日本学術会議の委員会が「法律を作り、原則として禁止すべきだ」という報告書をまとめています。委員長を務めた東京大学の鴨下重彦名誉教授は「今回は卵子が依頼した元妻のものではないことや、子どもが生まれる前に夫婦が離婚したという点で、委員会の議論では想定外だったケースだ。インドで代理出産のビジネスが広まっていることを考えても、同じようなケースが次々に起きる可能性もあり、学術会議が出した報告書を基に早急に法律を整備する必要がある」と話しています。」
(2) 東京新聞平成20年8月8日付朝刊28面
「代理出産児、出国できず インド 邦人夫婦、誕生前に離婚
2008年8月7日 18時57分
【ニューデリー=共同】日本人夫婦がインド人女性に代理出産を依頼して誕生した赤ちゃんが、誕生を前に夫婦が離婚したことが原因でインドを出国できないでいることが7日までに明らかになった。
インド紙タイムズ・オブ・インディアなどによると、日本人の男性医師(45)と妻だった女性(41)は昨年11月、インド人女性と代理出産の契約を締結。夫の精子とドナーから提供を受けた卵子を体外受精させ、受精卵をインド西部アーメダバードの病院でインド女性の子宮に移植、今年7月25日に女児が誕生した。
しかし、夫婦が離婚し、元妻は女児の引き取りを拒否。インド人女性も出産後、契約通り女児を病院に残し帰宅した。元夫の母親(70)が現在病院で女児に付き添っているという。
元夫は女児の引き取りを望んでいるというが、インドで生まれたためインド国籍を持つ女児を国外に連れ出すには、養子縁組に関する手続きを済ませ、女児がインドの旅券を取得する必要がある。しかし、インドの法律では結婚していない男性は養子縁組ができない。
このまま出国できなければ、女児はインド初の代理出産「孤児」になると同紙は指摘した。
インドはここ数年、外国人の依頼による代理出産が多く行われている。」
(3) 朝日新聞平成20年8月8日付朝刊34面
「インドで代理出産の赤ちゃん、夫婦離婚し帰国困難に
2008年8月7日23時37分
日本人夫婦が、代理出産が認められているインドで、契約を結んだインド人代理母から女の赤ちゃんを得たが、帰国が難しくなっていることが7日わかった。出産前に夫婦が離婚をしており、赤ちゃんがパスポートの取得ができずにいるためだ。このトラブルを現地や海外のメディアが報じている。
代理出産については、日本学術会議が、日本人夫婦による海外での代理出産には子どもの福祉からも、代理母の福祉からも問題があると指摘。今年4月に国内での実施も含め、代理出産の原則禁止をうたった報告書をまとめている。
現在、赤ちゃんがいる西部ジャイプールの病院などによると、愛媛県の40代の男性医師と妻はインド人女性と代理出産契約を結び、インドの不妊治療クリニックから第三者の卵子提供を受けて7月25日に女児が生まれた。夫婦は子どもが誕生する前の6月に離婚しており、元妻は女児の引き取りを拒否しているという。
男性医師は赤ちゃんを引き取る意向で、女児はインドのパスポートを取得する方向で検討を始めた。女児は、男性の母親が現地で世話をしているという。
男性医師によると、すでに代理母を母とする出生届をもらっている。日本大使館からインドでの養子縁組を求められたが、養子縁組を求める自分の名が出生届の父親欄にあるため、養子縁組は難しいと現地で言われたという。
さらに、養子縁組については、インドでは独身男性は女子を養子にむかえられないという。ただ、病院側は「生物学的な父親なので、本来は養子縁組をする必要はない。インドで生まれたので、市民権を得て、インドのパスポートを取れるはず」と話す。
インドでは04年に代理出産が認められ、海外からの依頼が急増していると言われる。代理母には多額の報酬が支払われる。経済的理由で貧しい女性が引き受ける場合が多いなどと問題視する声もある。
女児の場合、かりにインドの市民権、パスポートを得て出国できても、すぐに日本国籍が得られるわけではない。インド人の代理母を母とする出生届を日本で出すだけでなく、父親が認知のための裁判手続きもする必要があるとみられる。」
1.報道記事を幾つか。
(1) 時事通信(2008/08/05-19:58)
「ナチス発言「理解できぬ」=小沢民主代表
民主党の小沢一郎代表は5日のTBSラジオの番組で、麻生太郎自民党幹事長がナチス台頭の経緯を引き合いに、民主党に注文を付けたことについて「感覚的にどういうあれを持っているのかなあという感じだ。民主党はナチスとは正反対の、非常に民主的な、それこそ名前の通りの党だ。どういう思い、趣旨で言ったのか理解できない」と疑問を呈した。(2008/08/05-19:58)」
(2) 東京新聞(2008年8月5日 11時51分)
「ナチス発言で謝罪要求 民主、麻生氏は反論
2008年8月5日 11時51分
民主党の鳩山由紀夫幹事長は5日午前の役員会で、ナチス・ドイツを引き合いに民主党をけん制した麻生太郎自民党幹事長の発言に関し「看過できない。党として謝罪を求めたい」と述べ、麻生氏に謝罪を強く求めていく考えを示した。
一方、麻生氏は同日の記者会見で「民主党をナチスに例えたつもりはない」と重ねて反論。同時に「参院で審議が行われない状況はいかがなものかと(いう趣旨で)言った」と説明した。
麻生氏は4日、江田五月参院議長への就任あいさつで、民主党が参院第1党としての自覚を持つべきだと指摘した上で「かつてドイツはナチスに1回(政権を)やらせようとなって、ああいうことになった」と発言。民主党は同党をナチス・ドイツに例えたと受け取れると強く反発していた。
(共同)」
このように、小沢代表が麻生氏の発言を批判していますし、鳩山幹事長も、8月5日午前の役員会で、自民党の麻生太郎幹事長がナチスが台頭した経緯を引き合いに民主党の国会対応に注文を付けた発言について、「看過できない。党として謝罪を求めたい」と述べて、了承されたのです。要するに、民主党として、自民党の幹事長である麻生氏に正式に謝罪を求めているわけです。
2.民主党だけでなく、自民党側からも麻生氏の発言に対して批判が出ています。
(1) 時事通信(2008/08/05-13:06)
「「日本語を大切に」=麻生氏のナチス発言で−野田消費者相
野田聖子消費者行政担当相は5日午前の閣議後の記者会見で、民主党の対応をめぐりナチスを引用した自民党の麻生太郎幹事長の発言について、「わたしが気を付けているのは、日本人として日本語を大切にしていくこと。以前、入閣した際に与謝野馨氏から『とにかく失言をしない賢い大臣であってほしい』と言われた」と語った。麻生氏の発言が失言に当たるかどうかとの質問には「国民がどう受け止めて判断するかだ」と述べるにとどめた。(2008/08/05-13:06)」
元々、麻生太郎氏の失言癖については、自民党内でも苦々しく思われていたことは指摘するまでもないことですが、野田消費者行政担当相のように、暗に批判する閣僚も出てきているのです。
「麻生氏は4日、民主党をナチスドイツに例える発言をして民主党の猛反発を招いただけに、「早くも失言癖が出た」と先行きを懸念する向きも少なくない。」(読売新聞平成20年8月5日付朝刊4面)
(2) 麻生氏は、民主党をナチス扱いした発言について、次のような歴史認識を示して釈明していますが、そのナチスに関する麻生氏の歴史認識は、どの程度正しいのでしょうか?
「麻生氏は、記者団に対し、「参議院できちんと審議しないのは、問題なのではないかという話をした。審議をしなければどうなるかという例で、ワイマール共和国の時代に、ナチスにやらせてみたらいいのではないかとなったのが歴史だ。審議をするのが大事だというのが趣旨で、民主党をナチスに例えたわけではない」と述べました。」(NHKニュース)
東京新聞平成20年8月6日付「こちら特報部」では、「ナチスに関する麻生氏の歴史認識は、どの程度正しいのか」について、九州大大学院の熊野直樹教授(ドイツ現代政治史)と、同志社大学の望田幸男名誉教授(ドイツ近現代史)という2人の研究者に尋ねていますので、紹介したいと思います。
1.報道記事を幾つか。
(1) NHKニュース(8月4日 23時27分)
「麻生氏のナチス発言 撤回要求
民主党の鳩山幹事長は、記者団に対し、自民党の麻生幹事長が、民主党が政権交代を目指していることに関連して、「1回、やらせてみればいいということで、やってみた例は世界じゅうにあるが、かつてのナチスもそうだった」と述べたことについて、「許し難い暴言だ」として、撤回を求める考えを示しました。
自民党の麻生幹事長は、就任のあいさつのため、江田参議院議長を訪ねた際、「今、民主党に政権を担当させてみればいいのではないかという声もあるが、そんなに簡単な話ではない。1回、やらせてみればいいということで、やってみた例は世界じゅうにあるが、かつてのナチスもそうだった」と述べました。
これについて民主党の鳩山幹事長は、4日夜、記者団に対し、「許し難い暴言だ。民主党というより、政権交代を望んでいる国民に対して失礼だ。民主党が政権をとれば、ナチスのような政治を行うかのような印象を与えかねない発言で、撤回を求める」と述べました。
これに対し麻生氏は、記者団に対し、「参議院できちんと審議しないのは、問題なのではないかという話をした。審議をしなければどうなるかという例で、ワイマール共和国の時代に、ナチスにやらせてみたらいいのではないかとなったのが歴史だ。審議をするのが大事だというのが趣旨で、民主党をナチスに例えたわけではない」と述べました。」
(2) 共同通信(2008/08/04 21:21)
「民主めぐりナチスに言及 麻生氏発言に反発
自民党の麻生太郎幹事長は4日、江田五月参院議長と国会内で会い、就任あいさつをした。複数の同席者によると、麻生氏は、民主党が参院第1党としての自覚を持つべきだと指摘した上で「かつてドイツはナチスに1回(政権を)やらせようとなって、ああいうことになった」と述べた。
民主党は同党をナチス・ドイツに例えたと受け取れるとして「許しがたい暴言だ。撤回を求める」(鳩山由紀夫幹事長)と反発している。
麻生氏は党本部で記者団に対し、審議を軽視するとナチスのような勢力が台頭しかねないとの懸念から「きちんと参院で審議することが大事だという話をしただけだ」と説明。民主党とナチスを重ね合わせる意図はなかったと強調した。
同席者によると、麻生氏は「民主党は昨年の参院選で大勝したが、政権を取るつもりがあるの? それなら、もっとしっかりしてもらわなければ」とけん制し「国民は(政治状況を)一番見ている」と指摘。これに対し、民主党出身の江田氏が「国民はきちんと見ている」と応じたところ、ナチスに言及し「ナチスを国民が選んだ」と述べたという。
2008/08/04 21:21 【共同通信】」
(3) 読売新聞平成20年8月5日付朝刊2面
「自民・麻生幹事長の「ナチス」発言、民主党が強く反発
自民党の麻生幹事長は4日、就任のあいさつ回りで江田参院議長と会談した際、ナチスドイツを引き合いに民主党をけん制した。
同党は強く反発している。
国会内で江田氏と会談した麻生氏は「民主党も政権を取るつもりがあるのか。しっかりしてもらわないと(いけない)」と同党を批判した上で、「ナチスドイツも『1回(政権運営を)やらせろ』と言ってああなったこともある」と述べた。
これに対し、民主党出身の江田氏は「言葉を返すが、民主党ではなく、国民が(自民党、民主党の)どっちを見ているかだ」と反論した。鳩山民主党幹事長も4日夜、都内で記者団に、「民主党が暴虐極まりない政治を行うかのような印象を与えかねない発言だ。例えとしても許される話ではない。撤回を求める」と不快感をあらわにした。
麻生氏は4日夜、記者団に「(野党が多数の)参院で審議をしないとどうなるか。(ドイツが)昔、『(政権運営をナチスに)やらせてみたらどうか』といった結果どうなったか、という歴史があるので審議をするのが大事だという話をした」と釈明した。
(2008年8月4日23時32分 読売新聞)」
(*8月6日付追記:紙面の見出しでは、「ナチスに例え民主批判 麻生幹事長 早速失言」となっています。)
「■福田改造内閣で固まった顔ぶれ(敬称略)
官房:町村 信孝 63 町村派(留任)
外務:高村 正彦 66 高村派(留任)
財務:伊吹 文明 70 伊吹派
厚労:舛添 要一 59 無派閥(留任)
環境:斉藤 鉄夫 56 公明党
経済財政:与謝野 馨 69 無派閥
総務:増田 寛也 56 非議員(留任)
経済産業:二階 俊博 69 二階派
法務:保岡 興治 69 山崎派
農水:太田 誠一 62 古賀派
文部科学:鈴木 恒夫 67 麻生派
国土交通:谷垣 禎一 63 古賀派
国家公安・防災:林 幹雄 61 山崎派
防衛:林 芳正 47 古賀派
消費者行政:野田 聖子 47 無派閥
金融・行革:茂木 敏充 52 津島派
少子化・拉致:中山 恭子 68 町村派」 (朝日新聞より)
1.8月1日付からの報道記事を幾つか。
(1) 東京新聞平成20年8月2日付朝刊1面
「福田改造内閣スタート 政権浮揚へ経済重視
2008年8月2日 朝刊
福田康夫首相は一日夕、就任後初の内閣改造を行った。閣僚十七人中十三人が交代した大幅改造。景気減速や物価高騰を受け、首相が重視した経済関係閣僚では、財務相に伊吹文明自民党幹事長、経済産業相に二階俊博党総務会長、経済財政担当相に与謝野馨前官房長官と重鎮を充てた。首相は人心一新で政権浮揚を目指すが、秋の臨時国会では野党の攻勢が予想される。衆院解散・総選挙と隣り合わせの際どい政権運営を強いられる。
首相は改造で、挙党態勢と党内融和を重視し、各派閥の有力者をまんべんなく配した。派閥バランスに配慮した結果、初入閣が五人いるにもかかわらず、新鮮味に欠けることになった。民間からの入閣は、留任の増田寛也総務相一人にとどまった。女性の入閣は二人で、首相肝いりで創設する消費者庁を担う消費者行政推進担当相に野田聖子元郵政相を起用。拉致問題担当は、官房長官の兼任から内閣府特命に担当が移り、初入閣の中山恭子首相補佐官が登用された。
町村信孝官房長官、高村正彦外相、舛添要一厚生労働相は留任し、公明党が推薦した斉藤鉄夫政調会長は環境相に起用された。
首相は改造に先立ち、自民党役員人事も行い、党運営の要である幹事長には、次期衆院選を見据えて国民的な人気の高い麻生太郎前幹事長を起用した。
総務会長には笹川尭衆院議院運営委員長、政調会長には保利耕輔元文相を充て、古賀誠選対委員長は留任させることを決め、党四役は一日午後の臨時総務会で承認された。大島理森国対委員長、細田博之幹事長代理も留任となった。
改造内閣は二日午前、皇居での認証式を経て正式に発足。昼には初閣議を行う。」
(2) 東京新聞平成20年8月2日付夕刊1面
「福田改造内閣が正式発足
2008年8月2日 夕刊
福田改造内閣は二日午前、皇居での認証式を経て正式に発足した。この後、福田康夫首相は、昼すぎに行われた初閣議で、物価高や年金・医療、雇用をめぐる国民不安の解消に全力を挙げるよう各閣僚に指示した。
初閣議では、消費者行政一元化、道路特定財源の生活者財源への転換といった「改革を強力に実行する」ことなどを盛り込んだ内閣総理談話を決定。閣僚給与の10%返納も引き続き継続していくことを申し合わせた。
週明けの五日に副大臣、六日には政務官をそれぞれ決定し、改造内閣の陣容を整える。少子化・拉致問題担当相に登用された中山恭子氏ら三人体制だった首相補佐官の人事も近く決定する方針だ。
首相は改造内閣の始動に伴い、次期臨時国会の準備を本格化する。公明党との意見の食い違いが表面化している召集時期については、与党内で意見集約を図った上で、早期に決定する。」
(3) 東京新聞平成20年8月2日付朝刊27面
「内向き 遠い生活目線 福田改造内閣 「着実に」「信頼を」新閣僚ら経験アピール
支持率20%前後と、“低空飛行”を続けてきた福田康夫内閣。誕生から約10ヶ月で、初めて入れ替わったが、派閥のベテランを中心とした“党内融和優先”の雰囲気が漂う。抜てき人事や若手の登用に乏しく、新鮮味を欠く顔ぶれだ。止まらない物価上昇、相次ぐ無差別殺人、進まない年金・医療改革…。重要課題が山積みの新内閣に、首都圏の有権者からは「景気や医療、雇用に誠意ある政策を」と注文がついた。
郵政民営化に反対した「造反組」から、消費者行政相に起用された野田聖子氏。ベージュのスーツ姿で1日夜、首相官邸で記者会見に臨んだ。
「身の引き締まる思い。福田総理が最重要課題に掲げる消費者庁について、党でずっとパートナーとして働かせていただいた経験を生かせ、ということだと思う」。張りのある声で、過去のしこりはないことを強調した。
1998年―99年の小渕恵三内閣で、郵政相を務めて以来の閣僚ポスト。2005年の郵政選挙で当選後に離党、翌年復党した。
郵政民営化については「国民に利便性がもたらされたか、国家のためプラスになったかを追跡すると、だめなところもあると思う」と思いをにじませた。
道路財源の無駄遣いや天下り問題で国民の批判を浴びた国土交通省。谷垣禎一・新国交相は「行政に対する信頼を取り戻さなければならない」と厳しい表情だ。
農相に就任する大田誠一氏は演壇に両手をつき、前のめりの格好。決裂した世界貿易機関(WTO)交渉は「原理主義的な自由貿易の信奉者に席巻されている。中途半端な知識の人が国際機関に集まっている」と息巻いた。
厚生労働相に留任する舛添要一氏。年金や医療などに質問が飛ぶと「着実に(年金記録の)名寄せ作業を進める。着実に医師を増やし、国民から信頼していく医療を構築していく」と硬い表情で述べた。
法相に就く保岡興治氏は元裁判官で現在は弁護士。来年から始まる裁判員制度の“生みの親”ともいわれる。「死刑制度については国民の8割以上が賛成している。私も必要だと思う」
拉致問題担当の首相補佐官から拉致問題担当相に指名された中山恭子氏は「私が指名されたのは、総理が拉致被害者の全員帰国に向け、強い思いを持っているメッセージだ。全力で取り組む」と表情を引き締めた。
◆自民党的顔ぶれ
作家・高村薫さんの話 近年の内閣で最も自民党らしい顔触れだ。国民は官僚制度の解体を望んでいるのに、見事に派閥の領袖をかき集めた。例えば消費者行政を一本化するには、各省に分散した権限の制限が必要なのに、官僚に切り込める大臣が見当たらない。これほど国民の生活目線から遠い内閣はない。解散総選挙に備え、党内が割れないよう、内向きの結束を目指す必要があるのではないか。内閣支持率の低下を真剣に考えておらず、官房長官が「支持率のために改造しているわけではない」と言ったのは本音なのだろう。
◆全く新鮮味がない
漫画家・黒鉄ヒロシさんの話 よく言えば欠点が少なく安定感があるが、全く新鮮味がない。福田さんの性格を表している。ベテランぞろいの陣営で、何かをしでかしそうな新人がいない。国民は結果が早く見たい。斬新な発案をする人材が入るべきだった。食品偽装にガソリン高、通り魔…。国民生活が脅かされている時に、政治家は料亭から出てハイヤーに乗って、生活感覚ゼロ。政治家には期待せず、国民が自分の頭で考え、自衛する時代が到来している。」
「街の声 まずは景気浮揚策 国の未来像がない
新しい内閣にどんな政策を望むのか。街の声を聞いた。
横浜市中区の横浜スタジアム前。会社役員○○○○さん(67)は「まずは景気浮揚策。それから高齢者医療や非正規社員の雇用などの問題に、きちっと誠意ある政策を打ち出してほしい」と話した。「勝ち組と負け組に分かれる社会はおかしいし、このままでは社会不安が起きてしまう」
川崎市宮前区の主婦○○○○さん(57)は「ガソリン価格の高騰による物価高が家計の重い負担になている。もう一度、暫定税率の問題を検討し直してほしい」。千葉県習志野市の○○○○さん(72)は「首相は国民が悩んでいる経済問題に集中すべきだ。何が本当にやりたいのかいまひとつ分からない内閣だが、医療や介護などで、国民が納得できる政策を」と注文した。
「福田さんに国の未来像はなく、内閣を入れ替えても人気取りみたいなもの」と手厳しいのは東京都立川市の○○○○さん(65)。「解散総選挙で政権交代でもしない限り、何も期待できない」とばっさり。さいたま市の○○○○さん(82)は「首相はもっと指導力のある若い人がいいが、福田さんはもっとキリッとして拉致問題をしっかりやってほしい」と話した。」
(*人名については、一般人については「○○○○」として匿名にしました。)
福田改造内閣では、「閣僚17人中13人が交代した大幅改造」になったことから、福田内閣発足時に言われた「上書き保存内閣」「居抜き内閣」から脱却しました(「福田内閣発足〜前内閣の外から新たに起用されたのは17人中2人だけの「上書き保存内閣」」(2007/09/27 [Thu] 00:56:54))。
なぜか、安倍内閣ではつき物だった「おかしな大臣」、例えば、死刑制度につき、法務官僚から何度も説明されても理解できずに頓珍漢な法改正を打ち上げ、夜空に打ち上げ花火をあげるように執行責任者である大臣自身が前にのり出して「死刑執行をやりました」「粛々とです」「正義を実現した」と胸を張るという人間性を喪失した態度を誇り、「友達の友達はアルカイダ」だった鳩山邦夫氏を、閣外に追放したことは評価するべき点です。
「新内閣は、町村官房長官ら主要閣僚を留任させる一方で、野田聖子氏を消費者行政担当相、若手で初入閣の林芳正氏を防衛相に起用するなど、手堅さと清新さに腐心した布陣になった」(朝日新聞平成20年8月2日付「社説」)と評価することも可能です。このように、安倍前首相の精神の不安定さを反映したような、不安定な人選から脱却した点も、評価するべきでしょう。
福田改造内閣では、「派閥の領袖をかき集めた」ため、「自民党らしい顔触れ」と皮肉られてしまうのですが、それは党内を一致させやすいのですから、安定した政権運営が可能になるとはいえます。もちろん、「解散総選挙後に備え、党内が割れないよう」にした人選であることは確かです。例えば、「郵政民営化に反対して自民党を離党し、その後に復党した野田氏の起用には、衆院選に向けた挙党態勢への思惑がうかがえる」(読売新聞平成20年8月2日付「社説」)のです。
特に、「ポスト福田」の最右翼と目される麻生太郎氏を自民党の幹事長に起用したことは、反福田陣営の形成を未然防ぐことができ、公明党と仲が良いことから自公関係の改善が期待でき、人気が高いといわれる麻生氏に、選挙の「顔」として動き回ってもらうことで、「首相が自らの手で解散・総選挙に打って出る態勢を固めることにもなる」(朝日新聞平成20年8月2日付「社説」)のですから。 「麻生幹事長は、首相にとって、一石三鳥の妙案」(東京新聞平成20年8月2日付朝刊3面「核心」)といえるのです。
初閣議において、「国民の立場に立った行政、国民が安心して暮らせる基盤、豊かさを実感できる経済社会の構築とともに、その前提となる世界の平和と安定や地球環境問題の解決に全力で取り組んでいく」とした福田康夫首相の談話を決定しているように、「国民生活重視、国民目線の政治のために人心を一新した」(福田首相)という意思だけは示しています。
しかし、生活者重視を謳いながら、(消費者庁に移管されると消費者寄りになり、科学的評価の中立性を保てないとの理由で)食品安全委員会の消費者庁如何を見送るなど、これまで各省庁にまたがっていた消費者行政の一元化に消極的なのです(東京新聞平成20年8月3日付「社説」)。
「国民は官僚制度の解体を望んでいるのに、見事に派閥の領袖をかき集めた。例えば消費者行政を一本化するには、各省に分散した権限の制限が必要なのに、官僚に切り込める大臣が見当たらない。これほど国民の生活目線から遠い内閣はない。」(高村薫さんの話)
結局は、「国民生活重視、国民目線の政治のために」と言いながらも、現実にはそうした政治を実施することはなく、来秋までに必ず行われる総選挙のための内閣改造、内向きの結束を示しただけなのだろうと思うのです。福田首相自身は、改造内閣を「安心実現内閣」と命名しているものの、「解散総選挙で政権交代でもしない限り、何も期待できない」という街の声が、この福田改造内閣に対する多数の評価であるように思われます。
1.今回は、刑法39条を削除し責任無能力状態における犯罪でも処罰するとなると、今まで不可罰とされた行為をも例外なく処罰することになります。
(1) その典型例を挙げてみます。
「ノイローゼ気味で、覚せい剤中毒の後遺症としての妄想性曲解や妄想性被害念慮に捉われて心的混乱を招いていた被告人が、自宅で妻と就寝したものの不安、焦燥を伴う心的緊張のために熟睡できず、浅眠状態にあったところ、午前4時30分頃男が3人ほど突如室内に侵入し被告人を殺そうとして後側から首をしめつけてくる夢をみて極度の恐怖感に襲われ、防衛のため先制的攻撃を加えるつもりで男の首を強くしめたが、男と思っていたのが実は側に寝ていた妻であり同人を死亡させたという、事案がある。
被告人は殺人罪で起訴されたが、第1審は、被告人の行動は「規範意識の活動に基ずいてなされた行為」ではなく、「任意の医師に基ずく支配可能な行動」ではないから「行為」そのものに欠けるとした(大阪地判昭和37年7月24日下刑集4巻7・8号696頁)。
しかし、この事案の場合、不完全な意思であるにせよ、行為の原因となる意味での意思は存在したのであるから、伝統的な行為論に立ったとしても「行為」は存在し、責任能力のみが問題となると解される(第2審は責任無能力として無罪とした)。」(町野朔ほか『考える刑法』(弘文堂、昭和61年)217頁〔林美月子〕)(*原文と異なり、段落分けをした。)
他にも、暁方4時頃、やくざの一味となり、人を殺した夢をみて、その後手斧で父母に重傷を負わせ、同居人に取り押さえられてはじめてはっきり覚醒したという事案について、ねぼけまたは夢遊の状態にあったという鑑定を採用して責任無能力とした判例があります(中田修「ねぼけによる殺人未遂の一例」犯罪学雑誌37巻3号24頁)。
このように、寝ぼけ症状、夢遊病の状態下での犯罪行為は、刑法39条により、責任無能力であるために処罰しないとしていたのです。こうした睡眠中の動きについては、本人にとっては止めることは不可能なのですから、これを処罰すべきであるとして非難することは、あまりにも酷といえます。
(2) こうした寝ぼけ症状下での犯罪と推測される事例は、最近も出ています。
イ:東京新聞平成20年7月30日付夕刊11面
「『夢で見たので刺した…』 15歳少女 見えぬ動機
2008年7月30日 夕刊
埼玉県川口市のマンションで私立中学三年の長女(15)が父親(46)を刺殺したとされる事件は、発生から十一日が経過したが、長女は動機について、現在も「父親が家族を殺す夢を見たので包丁で刺した」との供述を繰り返しているという。県警は供述の信ぴょう性を含めて解明を進めているが、なぜ殺さなければならなかったのか、という事件の核心は依然、闇の中だ。
長女は、事件直後の調べに「十九日午前零時ごろに寝た後、父親が家族を殺す夢を見たため、目が覚めた同三時ごろに台所から持ち出した包丁で父親の上半身を二度刺して殺した」と説明していたという。
この供述について、県警は「事件の動揺から出ているのではないか」とみて調べを進めてきた。しかし、長女は前後の行動などは説明しているものの、動機部分を問われると現在も「父親が家族を殺す夢を見たから」と答えているという。
県警は、長女が「両親から勉強しろと言われ、うっとうしかった」と話していることから、事件の根底に勉強のストレスがあるとみて捜査している。一方で「勉強にうるさかったのは父親より母親だった」という供述もあり、父親を殺した動機が見えないという。
「夢を見たから」という供述について、熊本大発生医学研究センターの粂和彦准教授は「怖い夢を見て現実と勘違いしたまま、理性が働かない状態で父親を刺してしまったのではないか。前後の状況を説明しながら動機の部分だけうそをつくのは不自然」と寝ぼけの一種「覚せい障害」の可能性を指摘する。
さらに、父親の胸の傷は肺まで達し「寝ぼけた状態でためらいなく刺し、確定的な殺意はなかったと考えるのが自然」と話す。
これに対して、県警は「目が覚めた時、父親を殺さなきゃいけないと思った」と長女が語っていることから「覚せい障害なら、当時の心情は詳しく覚えていないのではないか」と、長女の供述がうその可能性もあるとみている。一方で「誘導にならないよう、本人に動機を語らせたい」と慎重に調べを進めている。
<覚せい障害> 寝ぼけ症状の一種。起きた後の一定時間、目が完全に覚めていない状態で混乱状態に陥る。悪夢にうなされ突然、起きて暴力をふるうなど錯乱状態になる譫妄(せんもう)や、夢遊病、夜驚(やきょう)症なども含まれる。理性が働かないため、本人は制御できず、家族らに押さえられるまで記憶がほとんど残らない。無目的な行動が多く、人を傷つけるケースはまれだが、米国では1987年に寝ぼけた状態の男性が親類の家まで車で行き、殺害した事件があったという。」
ロ:長女は、動機部分を問われると現在でも、一貫して「父親が家族を殺す夢を見たから」と答えています。そうなると、粂和彦准教授の判断どおりのように思われます。
「「夢を見たから」という供述について、熊本大発生医学研究センターの粂和彦准教授は 「怖い夢を見て現実と勘違いしたまま、理性が働かない状態で父親を刺してしまったのではないか。前後の状況を説明しながら動機の部分だけうそをつくのは不自然」と寝ぼけの一種「覚せい障害」の可能性を指摘する。
さらに、父親の胸の傷は肺まで達し「寝ぼけた状態でためらいなく刺し、確定的な殺意はなかったと考えるのが自然」と話す。」
(*粂和彦准教授のブログによると、「確定的な殺意はなかった」というのは、「理性に基づく殺意がなかった」という程度の意味とのことです。要は、夢うつつの中だったので抑制の働かない行動であって、「多分とにかく怖くて、思い切り刺した」のだろうと説明されています。「父親が家族を殺そうとしているというような何らかの怖い夢を見て、それを現実と勘違いしたまま、自分や家族を守るために、父親を刺してしまった」(粂和彦准教授のブログ)わけです。)
粂和彦准教授の判断どおりとなれば、刑法39条により責任無能力であるとして、検察側は不起訴処分にするか、又は起訴したとしても裁判では無罪(不可罰)となるでしょう。
もし、被害者感情を重視して刑法39条を削除した場合には、こうした「覚醒障害」下での行為をも処罰を免れることはできません。刑法39条が削除されてしまえば、検察側は不起訴処分にする根拠がなく、また、裁判でも不処罰する根拠がなくなってしまうからです。
しかし、「覚醒障害」下の行為を処罰することは、「睡眠していること自体を処罰した」のと同様ですから、「一生、寝てはいけない」と述べているに等しく、到底、合理性のある判断とは思えないのです。刑法39条の削除は、こうした本来処罰すべきでない行為をも処罰することになってしまうのです。
<8月3日追記>
時事通信(2008/08/02-22:55)を引用しておきます。
「家族全員殺すつもりだった=「すべてが嫌、疲れた」−中3長女父親殺害・埼玉県警
埼玉県川口市の自宅で男性会社員(46)が殺害された事件で、逮捕された中学3年の長女(15)が県警少年捜査課の調べに対し、「すべてが嫌になって疲れた。家族(全員)を殺して、自分も死のうと思っていた」と供述していることが2日、分かった。
長女は動機について当初、「事件前は寝ていた」「父親が家族を殺す夢を見て、殺害を思いついた」と話したが、「起きていた」と供述を翻していた。
同課の調べに長女は、父親以外の家族も殺すつもりだったと供述。動機で夢の話をした理由を「お母さんと弟につらい思いをさせるから(本当の動機が)なかなか言えなかった」と泣きながら答えたという。
また、「お父さんを殺してごめんなさい」と泣きながら話し、謝罪の言葉を口にした。(2008/08/02-22:55)」












