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2007/04/30 [Mon] 23:29:54 » E d i t
友人や姉妹から提供された卵子と夫の精子を体外受精させて妻の子宮に戻す治療を、「日本生殖補助医療標準化機関」(JISART)の倫理委員会が認める答申を出していたことが4月28日わかったそうです。この報道についてコメントしたいと思います。


1.報道記事から。

(1) 朝日新聞平成19年4月29日付朝刊1面

 「友人・姉妹間の卵子提供へ 不妊治療団体倫理委が容認 「匿名条件」満たさず
2007年04月29日

 友人や姉妹から提供された卵子と夫の精子を体外受精させて妻の子宮に戻す治療を、全国の不妊クリニックでつくる「日本生殖補助医療標準化機関」(JISART)の倫理委員会が認める答申を出していたことが28日わかった。西日本にある2医療機関が申請しているが、厚生労働省審議会の報告書が示した「提供者の匿名性」の条件は満たしていない。実施されれば、一定の手続きを踏んだうえで行う国内初のケースとなる。

 第三者からの卵子提供をめぐっては、諏訪マタニティークリニック(長野県)の根津八紘(やひろ)院長が98年、妹からの卵子提供による体外受精と出産を公表した。この件や代理出産の公表をきっかけに、厚労省審議会の生殖補助医療部会が法制化を前提に検討を始め、03年、卵子提供者は匿名とし、姉妹間は認めないとの報告書をまとめた。日本産科婦人科学会の倫理審議会も同年、匿名の場合に限り提供を認めると答申した。

 JISARTは、不妊治療に積極的なクリニックの代表が4年前に設立。現在、20施設が参加し、国内の体外受精の半数近くを実施している。倫理委員会は生命倫理の専門家や弁護士らで構成され、委員長は龍谷大法科大学院の金城清子教授。2例の実施は3月下旬に答申され、6月の理事会をへて正式に認められる。患者はいずれも卵子を提供されなければ妊娠できないという。

 厚労省の報告書が匿名を条件としたのは、例えば姉妹間の提供だと、子どもの「遺伝上の親」が近くにいて親子関係が複雑化する▽周囲から「なぜ卵子を提供してあげないのか」などと圧力を受ける――などの可能性が指摘されたためだ。

 JISARTの倫理委員会の答申は匿名性の条件に反するが、「現段階では匿名の第三者から卵子の提供を受けることは難しい」として了承されたという。

 JISARTの理事の一人は「(法制化を)『もう待てない』との思いだが、生殖医療のあり方を検討している日本学術会議の結論が出る前に既成事実を作りたい思いもある」と話している。(岡崎朋子、田村健二)」



(2) 朝日新聞平成19年4月29日付朝刊2面「解説」

 「匿名以外の卵子提供へ 法制化待てぬ現場

 第三者からの卵子提供は、卵巣を失った人や高齢で妊娠できなくなった人が妊娠する唯一の方法で、厚労省の部会も4年前にゴーサインを出した。だが、国会議員の関心が低いこともあり法制化に向けた動きは鈍く、日本芸術会議の検討が今年1月にようやく始まったばかりだ。

 制度が整わないまま既成事実が積み重ねられていくのは、他人のおなかを借りて出産する代理出産などのケースと同じだ。今回は倫理委員会の承認をへている点が違うものの、厚労省の部会や学会の倫理審議会が条件とする「卵子提供の匿名性」には反しており、批判の声もあがるだろう。

 提供者の負担を考え、卵子提供に反対する声も根強い。卵子を提供するには注射で数回、排卵誘発剤をうち、膣(ちつ)から卵巣に針を刺して採卵しなければならない。排卵誘発剤は卵巣過剰刺激症候群を引き起こす恐れもあり、最悪の場合、死にいたる。

 医療側には、ゴーサインから4年たっても法制化のめどさえ立たないことへのいら立ちがある。JISARTは、倫理委の議論を日本学術会議の場で公表するなど、国民的議論につなげる取り組みが必要だろう。」



(3) 毎日新聞平成19年4月30日付27面

卵子提供:姉妹や友人からを容認 不妊治療団体の倫理委

 姉妹や友人など知人から卵子の提供を受け夫の精子と体外受精させ、妊娠を目指す不妊治療の実施を、全国20の不妊治療クリニックがつくる「日本生殖補助医療標準化機関(JISART)」の倫理委員会(委員長=金城清子・龍谷大教授)が認めた。日本産科婦人科学会(日産婦)は指針で夫婦以外の体外受精を認めておらず、厚生労働省の部会も03年の報告書で卵子提供は匿名の第三者からとした。今回の計画はいずれにも当たらないが、JISARTは「報告書がまとまって4年たつが、国の動きは止まったまま。組織として手続きを踏んで実施することで、国に制度化を促したい」と説明する。

 倫理委は、西日本の2クリニックから提出されていた治療計画について、医学的な妥当性、家族の理解などを詳細に検討。今年3月、「厚労省の報告書に反するが、匿名の第三者からの提供は難しい」として計画を認めた。計画によると、友人あるいは姉妹から卵子提供を受ける。いずれも若い時期に月経が止まってしまう「早発閉経」で、卵子の提供を受けなければ妊娠できないという。

 JISARTは6月に開く理事会の承認を経て、厚労省と日産婦に治療計画を報告する。年内は両者からの回答を待つが、なくても来年には、計画通り実施に踏み切る。関係者は「提供者の匿名化を除き、厚労省部会の報告書に沿った計画だ。この取り組みをきっかけに、卵子提供による不妊治療を定着させたい」と話す。

 国内では、諏訪マタニティークリニック(長野県下諏訪町)の根津八紘院長が98年、妹から卵子提供を受ける不妊治療の実施を公表し、日産婦を除名された。厚労省の部会は、卵子提供者が姉妹だと、親子関係が複雑になるほか、提供を強いられて心理的な圧迫を受ける恐れがあるため、提供の匿名化を決めた。一方、知人からの提供を認めないと、夫婦以外の体外受精による治療は進まないとの指摘もあった。

 JISARTは不妊治療の質の向上と、定期的な監査による水準維持を目指す任意の団体。倫理委は不妊治療や生命倫理の専門家、弁護士らで構成されている。【永山悦子】

毎日新聞 2007年4月29日 20時05分 (最終更新時間 4月29日 20時34分)」




2.この記事内容は、朝日新聞のみがいち早く報道していたものです。その後、各紙が報道し(4月30日)、しかも毎日新聞以外は、友人から卵子を提供された場合のみについて報じていました。なので、ここでは、朝日新聞と毎日新聞を引用しておきました。

卵子提供に関しては、最近、報道があったばかりであり(「卵子提供:容認派が4分の1超える~厚労省の意識調査」参照)、関連性があるのか否か分かりませんが、取材の過程において判明したことなのかもしれません。


(1) これらの記事によると、友人や姉妹から提供された卵子と夫の精子を体外受精させて妻の子宮に戻す治療を、全国の不妊クリニックでつくる「日本生殖補助医療標準化機関」(JISART)の倫理委員会が認める答申を出していたというのですから、「厚生労働省審議会の報告書が示した「提供者の匿名性」の条件は満たしていない」ことになります。

詳しくは、「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療制度の整備に関する報告書」を読むと分かりますが、「提供者の匿名性」を必要としたのは、次の理由です。

「厚労省の報告書が匿名を条件としたのは、例えば姉妹間の提供だと、子どもの「遺伝上の親」が近くにいて親子関係が複雑化する▽周囲から「なぜ卵子を提供してあげないのか」などと圧力を受ける――などの可能性が指摘されたためだ。」(朝日新聞)

一見、妥当な理由に見えます。

しかし、「遺伝上の親が近くにいて親子関係が複雑化する」からダメだとしたら、兄弟間で子供を養子縁組することができないことになりますが、法律上、養子縁組にそのような制限はありませんから、理由になっていません。
また、「周囲から、なぜ卵子を提供してあげないのかなどと圧力を受ける」からダメだとしたら、親族間での生体肝・腎移植はできないことになりますが、現実は、親族間で生体肝・腎移植するのが原則なのですから、これも理由になっていません。


だいたい、「報告書」によれば「匿名性」は中途半端なのです。

「提供された精子・卵子・胚による生殖補助医療により生まれた子または自らが当該生殖補助医療により生まれたかもしれないと考えている者であって、15歳以上の者は、精子・卵子・胚の提供者に関する情報のうち、開示を受けたい情報について、氏名、住所等、提供者を特定できる内容を含め、その開示を請求をすることができる。」

要するに、子供が15歳以上になれば、(すべてではないにしても)「匿名」ではなくなるのですから、最初だけ「匿名性」を墨守することには意味があるとは思えません。


「JISARTの倫理委員会の答申は匿名性の条件に反するが、「現段階では匿名の第三者から卵子の提供を受けることは難しい」として了承されたという。」

これが「匿名性」が不要である一番の理由でしょう。要するに、「匿名性」を墨守し、無償で卵子を提供するのだとしたら、卵子提供者に過大な負担がかかるだけになってしまいますが、誰であるかも知らず、全く事情も知らず、全く会ったこともない人のために、全くの善意での過大な負担をしてくれる人がいるなんて考え難いのです。親しい友人や姉妹であれば、無償で全くの善意で提供しようとする気持ちになることもあるでしょう。「報告書」が「(無償で)匿名の第三者からの卵子提供」に限ったことは非現実的だったのです。 


(2) 

「提供者の負担を考え、卵子提供に反対する声も根強い。卵子を提供するには注射で数回、排卵誘発剤をうち、膣(ちつ)から卵巣に針を刺して採卵しなければならない。排卵誘発剤は卵巣過剰刺激症候群を引き起こす恐れもあり、最悪の場合、死にいたる。」

確かに、排卵誘発剤の使用は、最悪、死にいたることもありますが「排卵障害誘発剤の副作用」、不妊治療では通常、行われていることですから、ことさらに強調することは、不妊治療患者へ無用な不安を煽り立てることになり、妥当ではないと思います。 「排卵誘発剤の副作用による卵巣過剰刺激症候群を発症した後も、経過観察を怠り投与を続け、入院措置を取らなかった」などのことがない限り、ことさらに危険視するのは問題があります。


(3) 「提供者の匿名性」を貫くと、「子供の出自を知る権利」が害されることになります。「提供者の匿名性」と「子供の出自を知る権利」とはどちらが重要なのでしょうか? 人にとって出自は何かは、人生を左右しかねないほど重要なものであるのに、二の次でよいのでしょうか?

また、「現段階では匿名の第三者から卵子の提供を受けることは難しい」という現実があるのに、それを無視してあくまで「匿名」にしろというのでしょうか? もはや、医療現場では「法制化をもう待てない」という苛立ちも生じているのです。

非現実的だった「報告書」と異なり、日本芸術会議はもっと現実を見据えて判断してほしいと思います。

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2007/04/29 [Sun] 23:55:39 » E d i t
訪米中の安倍首相は4月27日午前(日本時間27日夜)、ワシントン近郊のキャンプデービッドでブッシュ大統領と会談しました。この会談では従軍慰安婦問題についても触れて、安倍首相は「心から申し訳ない」と述べ、大統領は謝罪を受け入れたそうです。この日米首脳会談について、朝日新聞は社説において「日米首脳会談―謝る相手が違わないか」といった刺激的な表題で論じていました。なかなか痛いところをついている表題でもあります。この社説を紹介したいと思います。(4月30日追記:西尾氏の論説と朝日新聞の記事を追記しました)


1.朝日新聞平成19年4月29日付朝刊「社説」

日米首脳会談―謝る相手が違わないか

 安倍首相が就任後初めて米国を訪問し、ブッシュ大統領と会談した。

 首相は旧日本軍の慰安婦問題で謝罪し、大統領はそれを受け入れた。両首脳は、拉致問題を含めて北朝鮮に強い姿勢で臨むことを確認した。ともに両国間にすきま風が吹いていた課題だ。

 亀裂はとりあえず修復され、初の訪米は無難に終わったと言えるだろう。しかし、問題は本当に解決に向かっているのだろうか。

 慰安婦の話題を持ち出したのは首相の方からだった。

 「人間として、首相として、心から同情している。申し訳ない思いだ」

 大統領は「慰安婦問題は世界史における残念な一章だ。私は首相の謝罪を受け入れる」と応じた。

 首相は胸をなで下ろしたことだろう。だが、このやりとりは実に奇妙である。

 首相が謝罪すべきは元慰安婦に対してではないのか。首相はかつて河野談話に反発し、被害者に配慮ある発言をしてきたとは言い難い。国内で批判されても意に介さないのに、米国で紛糾すると直ちに謝罪する。何としたことか。

 問題が大きくなったきっかけは「当初定義されていた強制性を裏付ける証拠がなかった」という首相の発言だった。日本としての責任を逃れようとしているものと、海外では受け止められた。

 米議会では、慰安婦問題で日本に公式謝罪を求める決議をする動きがあり、これに弾みを与えた。メディアも「拉致で国際的支援を求めるならば、日本の犯した罪を率直に認めるべきだ」(ワシントン・ポスト紙)と厳しかった。米政府内にも首相の見識を問う声が出た。

 慰安婦は、単なる歴史的事実の問題ではない。国際社会では、女性の尊厳をめぐる人権問題であり、日本がその過去にどう向き合うかという現代の課題と考えられているのである。

 首相の謝罪で、米国内の批判に対する火消し効果はあったかもしれない。しかし、日本が自らの歴史とどう向き合っていくかという大きな問題は、実は片づいていない。

 対北朝鮮では、核問題を進展させるために対話路線に転じた米国と、拉致問題が進まなければ支援に応じないとする日本との間に、溝ができていた。

 会談では、北朝鮮が核廃棄に向けての合意の履行を遅らせたら追加的な経済制裁をすることを確認した。大統領が拉致問題への怒りを改めて表明するなど、足並みをそろえて見せた。

 だが、北朝鮮が合意の履行に動けば、再び溝が現れる。テロ支援国の指定をはずすかどうか、重油などの支援を広げるかどうか。今回の日米連携の確認は、そこまで踏みこんだものではなさそうだ。

 首相と大統領は「揺るぎない日米同盟」をうたい、それを象徴するバッジをおそろいでつけた。演出は結構だが、今後はその内実が問われることになる。」




2.この社説のポイントはなんといっても、次の部分でしょう。

「慰安婦の話題を持ち出したのは首相の方からだった。

 「人間として、首相として、心から同情している。申し訳ない思いだ」

 大統領は「慰安婦問題は世界史における残念な一章だ。私は首相の謝罪を受け入れる」と応じた。

 首相は胸をなで下ろしたことだろう。だが、このやりとりは実に奇妙である。

 首相が謝罪すべきは元慰安婦に対してではないのか。首相はかつて河野談話に反発し、被害者に配慮ある発言をしてきたとは言い難い。国内で批判されても意に介さないのに、米国で紛糾すると直ちに謝罪する。何としたことか。

 問題が大きくなったきっかけは「当初定義されていた強制性を裏付ける証拠がなかった」という首相の発言だった。日本としての責任を逃れようとしているものと、海外では受け止められた。

 米議会では、慰安婦問題で日本に公式謝罪を求める決議をする動きがあり、これに弾みを与えた。メディアも「拉致で国際的支援を求めるならば、日本の犯した罪を率直に認めるべきだ」(ワシントン・ポスト紙)と厳しかった。米政府内にも首相の見識を問う声が出た。

 慰安婦は、単なる歴史的事実の問題ではない。国際社会では、女性の尊厳をめぐる人権問題であり、日本がその過去にどう向き合うかという現代の課題と考えられているのである。」



(1) 安倍首相は、訪米した後すぐにペロシ下院議長らに対して慰安婦問題で謝罪し、ブッシュ大統領にも謝罪したわけです。

首相、慰安婦問題で謝罪 米下院議長らに
2007年04月27日10時48分

 訪米した安倍首相は26日昼(日本時間27日未明)、米下院でペロシ下院議長ら議会指導部と約1時間会談し、従軍慰安婦問題について「申し訳ない気持ちでいっぱいだ」と述べ、これまでより強い表現で元慰安婦への謝罪を表明した。

 首相は国会答弁や米メディアのインタビューなどで「おわび」を繰り返してきたが、首相の謝罪を求める米下院の決議案採決を控えて火消しを図ったとみられる。

 議会側からペロシ氏のほか、上院民主党トップのリード院内総務、共和党のマコネル上院院内総務ら11人が出席した。

 首相は会談で「日米同盟はかけがえのない同盟、揺るぎない同盟だ」と述べ、北朝鮮やイラクの問題で連携する必要性を強調。その後に「せっかくの機会なので、慰安婦問題について一言、念のために申し上げたい」と自ら切り出した。

 首相は「狭義の強制性」を否定した発言が批判されたことを念頭に、「私の真意や発言が正しく伝わっていないと思われるが、私は辛酸をなめた元慰安婦の方々に、個人として、また首相として心から同情し、申し訳ないという気持ちでいっぱいだ」と語った。

 さらに首相は「20世紀は人権侵害の多い世紀であり、日本も無関係ではなかった」と日本の責任にも言及。「21世紀が人権侵害のない良い世紀になるよう全力を尽くしたい」と表明した。

 日本側の説明では、慰安婦問題についてイノウエ上院議員(民主党)が「これまで7人の首相が謝罪しているのにもかかわらず、こういうことが今後もずっと続くのかと思うと疑問に感じる」と語った以外、議員側の発言はなかったという。(以下、省略)」(asahi.com(2007年04月27日10時48分)


ブッシュ大統領のほか、議会側からペロシ氏のほか、上院民主党トップのリード院内総務、共和党のマコネル上院院内総務ら11人に謝ったため、米国民全体に対して謝罪したといえるのでしょう。これで「首相の謝罪で、米国内の批判に対する火消し効果はあった」かもしれません。

しかし、謝罪は、当事者に向けて真摯になされてこそ意味があります。朝日新聞が「首相が謝罪すべきは元慰安婦に対してではないのか」と指摘するのも当然の指摘でしょう。
ただ、元慰安婦に個別に謝罪するという形もあるとしても、内閣の閣議決定(または国会の決議?)という正式な謝罪声明をすることがもっとも適切であると思います。首相が3月初めに、河野談話について「強制性を裏付ける証拠がなかったのは事実」と発言していて、河野談話を実質的に無効化できることを言ってしまったのですから、河野談話以上のものが必要となるからです。


(2) それにしても、安倍首相は米国で問題化すると、なぜ、こうも簡単に謝罪してしまうのでしょう。安倍首相は、訪米前から謝罪していたのです。訪米前、4月21日までにニューズウイーク誌とウォールストリート紙のインタビューに応じ、「日本の首相として大変申し訳ないと思っている。彼女らが非常に苦しい思いをしたことに対し責任を感じている」と述べ、同問題では初めて「責任」に直接言及して強く謝罪の意を表明していました(中国新聞'07/4/21)。

もっとも、外務省の役人は、記者に対して「スシ接待」攻勢をかけて有利なことを書いてもらおうとまでしていたため、結局バラされて余計にひどく書かれてしまいました(「机の上の空 大沼安史の個人新聞」さんの「〔For the Record〕 「慰安婦」問題 安部首相 「われわれは責任を痛感している」NW誌に明言 外務省 首相インタビューのWSJ紙女性エディターを「SUSHI」接待攻勢」)。

こういう外務省の役人のやり方は日本のメディア相手なら通用したのでしょうが、米国メディアには通用せず、こういう外務省の失態のため、訪米前の謝罪はほとんど意味がなく、結局、訪米中謝罪することになってしまいました。


(3) このように、安倍首相にとっては、首脳会談のための訪米というよりも、謝罪行脚のための訪米だったのです。こんな情けない訪米は、日本の市民としても情けない思いでいっぱいです。

もっとも、そんな結果になったのも、「当初定義されていた強制性を裏付ける証拠がなかった」とか、「自ら狭義だの広義だの言い出したのだから身からでたサビ」(朝日新聞4月27日付1面「素粒子」)だったのですが。

だいたい、狭義の強制とか広義の強制とか、なぜそんな妙なことを言い出したのでしょう? 強制の定義がどうであろうと、日本軍が実質的に関与してるかどうかが問題なのですから、多くの人に納得させられるわけがありません。学会で発表をしているのとは違うのです。安倍首相に、狭義の強制とか広義の強制といった妙な理屈を吹き込んだのは誰でしょうか? 余計に揉め事を増やした結果になったのですから、その責任を取ってほしいものです。



3.東京新聞平成19年4月24日付朝刊4面に、豊田洋一記者と国際政治学者・中西寛氏が対談した「即興政治論」という記事がありました。その記事から一部引用します。

Q 親米と脱戦後体制、矛盾では?

 豊田 首相は教育基本法改正に続き、憲法改正手続きを定める国民投票法成立を急いでいます。戦後レジームからの脱却という政治信条に基づいたものですが、戦後レジームは米国主導でつくり上げたものであり、その脱却と親米とは、矛盾するのではないですか。

 中西 安倍さん自身がある意味、分裂しているのだと思います。安倍さんはおそらく米国嫌いではありませんが、それは都会的センスの部分であり、政治信条とする戦後レジーム脱却、自主憲法制定は占領政策の否定を含んでいますから、日米友好とは必ずしも一致しません。(以下、略)」(東京新聞平成19年4月24日付朝刊4面「即興政治論」


戦後レジームからの脱却といいつつ、米国からちょっと批判されると謝罪行脚にでかけ、謝罪して回る……。安倍首相には、論理的思考もプライドもないように感じます。日本はまた、情けない人物が首相に就任したようです。
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2007/04/28 [Sat] 17:08:42 » E d i t
昭和天皇の晩年の約20年間侍従を務めた故卜部亮吾氏の日記の一部が26日、朝日新聞の報道で明らかになりました。その日記には、昭和天皇の靖国神社参拝取りやめについて、「A級戦犯合祀(ごうし)が御意に召さず」と記していたことが分かったのです。この報道についてコメントしたいと思います。(追記しました)


1.まず報道記事から。

(1) 朝日新聞平成19年4月26日付朝刊1面

 「逝く昭和と天皇、克明に 卜部侍従32年間の日記刊行へ
2007年04月26日08時01分

 晩年の昭和天皇と香淳皇后に仕え、代替わりの実務を仕切った故・卜部亮吾(うらべ・りょうご)侍従が32年間欠かさずつけていた日記を、朝日新聞社は本人から生前、託された。天皇が病に倒れて以降、皇居の奥でおきていた昭和最後の日々が克明に記されている。天皇の靖国神社参拝取りやめについては「A級戦犯合祀(ごうし)が御意に召さず」と記述。先の戦争への悔恨や、世情への気配りなど、天皇の人柄をしのばせる姿も随所に書きとめられており、昭和史の貴重な記録といえそうだ。

 日記で詳細をきわめるのが、昭和天皇の闘病から逝去までの記述だ。

 天皇が強い意欲を示していた戦後初の沖縄訪問は、体調の悪化で中止に追い込まれる。

 87(昭和62)年9月14日、「手術にふみ切る線で沖縄もムリと判断。(略)ついに来るべきものがきたということだが暗雲たれこめうつうつとして楽しまず 今後の諸問題のことが頭をよぎる」。

 腸のバイパス手術を受けた天皇は国事行為や公務への復帰に執念を燃やす。しかし、ブレーキをかける卜部侍従に「突然摂政にした方がよいのではと仰せ」(88年2月9日)。そんなことなら、天皇が重篤な場合などに立てられる摂政を決めたらどうか、といらだちをぶつけている。

 88年9月の吐血以降の容体、肉親の悲しみも痛々しい。見舞った皇族から「助けてとかどうにかならないかの頻発でお気の毒の由 点滴の針も難しくなる」(11月3日)。天皇の意識が遠のいていく中、意識をはっきり保たせるために侍医団は血中アンモニアを減少させる薬剤を使用していた。「今朝は反応がかなりはっきりしてこられた由 とにかく摂政の話を消すためにも意識混濁の表現は禁句と」(同29日)。肉親への反応も徐々に鈍っていく。「常陸宮同妃御参 殿下おもうさま(お父さま)と呼びかけ わずかに眼お開きか」(12月17日)

 翌89年1月7日、卜部侍従は、息を引き取った天皇の髪を整えひげをそる。「たんかにて御尊骸(そんがい)を御寝室からお居間にお移しする あまりに重いのに驚く」

 靖国神社参拝取りやめの理由についても記述されている。

 最後となった天皇の記者会見から数日後の88年4月28日。「お召しがあったので吹上へ 長官拝謁(はいえつ)のあと出たら靖国の戦犯合祀と中国の批判・奥野発言のこと」。「靖国」以降の文章には赤線が引かれている。

 昭和天皇が靖国神社のA級戦犯合祀に不快感を吐露したとみられる富田朝彦宮内庁長官(当時)のメモも同じ日付。天皇は富田長官と前後して卜部侍従にも戦犯合祀問題を語っていたことになる。そして、卜部侍従は亡くなる直前、「靖国神社の御参拝をお取りやめになった経緯 直接的にはA級戦犯合祀が御意に召さず」(01年7月31日)と記している。

 日記の随所にみられるのが、終戦記念日や原爆の日に律義に慎む天皇の姿だ。2・26事件の日もその一つだった。

 事件から41年たった77(昭和52)年2月26日。天皇は意外な言葉を口にする。「御就寝前 治安は何もないかとのお尋ね」。天皇のトラウマの深さがうかがえる。

 忍び寄る老いとの闘いも記録されている。75年2月17日、73歳の天皇は祈年祭の最中、賢所(かしこどころ)の中で2度倒れていた。その後の新嘗祭(にいなめさい)でも卜部侍従が天皇の体を支えており、高齢の天皇に祭祀がいかに過酷になったかがわかる。

 このほか、77年7月、皇后が那須で腰椎(ようつい)骨折した際の御用邸内の様子、皇后が次第に心身の不調に陥るプロセスや天皇の心配ぶり、また石油危機では御料車の使用をためらい、行革が叫ばれた時には歴代最長寿の祝賀をやめさせるなど国民感情に気配りする天皇の姿も記録されている。

 日記は「昭和天皇最後の側近・卜部亮吾侍従日記」全5巻として、5月以降朝日新聞社から順次刊行される。」



(2) 日経新聞平成19年4月26日付夕刊22面

 「卜部侍従の日記 明らかに 「A級戦犯合祀 御意に召さず」

 昭和天皇の晩年の約20年間侍従を務めた故卜部亮吾氏の日記の一部が26日、朝日新聞の報道で明らかになった。日記には同時期に宮内庁長官を務めた故富田朝彦氏が残した「富田メモ」で天皇が靖国神社不参拝の理由を語った1988年4月28日、富田氏が天皇に会ったことや卜部氏と同様の会話をしたことが記されている。

◆富田メモと符合

 同日の卜部氏の日記には「10時半すぎ宮殿へ 藤森次長を表御座所棟各室案内 主階のみ、お召しがあったので吹上へ 長官拝謁(はいえつ)のあと出たら靖国の戦犯合祀(ごうし)と中国の批判・奥野発言のこと」と記している。

 奥野誠亮国土庁長官(当時)は同月22日の記者会見で侵略戦争を否定する発言をし、中国、韓国が反発。昭和天皇は同年の誕生日の会見で「戦争が一番嫌な思い出」と答えていた。

 卜部氏は靖国神社について「A級戦犯合祀が御意に召さず」(2001年7月31日)、「靖国合祀以来天皇陛下参拝取止めの記事 合祀を受け入れた松平永芳(宮司)は大馬鹿」(同年8月15日)と書いている。

 一方、富田メモには同日、「1117-1153(11時17分-11時53分) 言上」と書かれており、卜部氏が富田氏の後に天皇に会ったことが分かる。

 メモで天皇は「私は或る時に A級が合祀され」「だから 私あれ以来参拝していない それが私の心だ」と靖国神社に参拝しない理由を述べるとともに、3日前の4月25日に行われた誕生日前会見を振り返っている。

 天皇は「“嫌だ”と云ったのは奥野国土相の靖国発言 中国への言及にひっかけて云った積りである」と述べている。卜部氏の日記と符合しており、同氏にも同様の話をしたとみられる。

 卜部氏は1969年に人事院から宮内庁に移り侍従に就任。侍従事務主管を務め、晩年の昭和天皇のそばで長く仕えた。91年に退官後は皇太后宮職御用掛となり、2000年の香淳皇后の大喪儀で祭官長を努めた。02年3月、死去。

 日記は卜部氏が託した朝日新聞社が5月以降、全五巻を刊行するという。


◆合祀に不快感 証明された――御厨貴・東京大学先端科学技術研究センター教授の話

 昭和天皇が靖国神社への参拝を取りやめた経緯について、「卜部日記」の記述は昨年報道された「富田メモ」の内容と一致している。これで昭和天皇がA級戦犯を合祀したことに不快感を持ち、靖国参拝をしなくなったことが、完ぺきに証明された。

 日記では靖国神社などの記述にアンダーラインが引かれており、筆者がこのことを重要視していたことが分かる。「合祀を受け入れた松平永芳は大馬鹿」という記述は、昭和天皇の心情を受けてのものと考えられる。」

 



2.この32年間に渡る日記は、卜部氏が亡くなる1ヶ月前に、病床を見舞った岩井克己・朝日新聞記者に託したものであり(朝日新聞4月26日付朝刊27面)、「遺志に基づいて朝日新聞が公開した」(毎日新聞4月26日付夕刊1面)ものです。


(1) 昭和天皇が靖国神社への参拝を取りやめた経緯については、昨年報道された「富田メモ」にも記されていました。その「富田メモ」については、以前に何度か触れています。「富田朝彦元宮内庁長官の日記・手帳(富田メモ)は捏造なのか?~日経新聞平成18年7月23日付より」「「富田メモ」連載再開~日経新聞(平成18年8月3日付朝刊)」「昭和天皇との10年―富田メモから(2)~日経新聞平成18年8月4日付朝刊」「昭和天皇との10年―富田メモから(3)~日経新聞平成18年8月5日付朝刊」「小泉首相靖国参拝の周辺~加藤紘一衆院議員の実家・事務所が全焼」で触れています。

「富田メモ」では内容について疑義は出ていましたが、多数の学者や報道機関の考えは、昭和天皇がA級戦犯を合祀したことに不快感を持ち、靖国参拝をしなくなったことで一致していました。


(2) 「卜部日記」と「富田メモ」の整合性については、日経新聞の記事の方が詳しく行われています。

「「富田メモ」で天皇が靖国神社不参拝の理由を語った1988年4月28日、富田氏が天皇に会ったことや卜部氏と同様の会話をしたことが記されている。

 同日の卜部氏の日記には「10時半すぎ宮殿へ 藤森次長を表御座所棟各室案内 主階のみ、お召しがあったので吹上へ 長官拝謁(はいえつ)のあと出たら靖国の戦犯合祀(ごうし)と中国の批判・奥野発言のこと」と記している。

 奥野誠亮国土庁長官(当時)は同月22日の記者会見で侵略戦争を否定する発言をし、中国、韓国が反発。昭和天皇は同年の誕生日の会見で「戦争が一番嫌な思い出」と答えていた。

 卜部氏は靖国神社について「A級戦犯合祀が御意に召さず」(2001年7月31日)、「靖国合祀以来天皇陛下参拝取止めの記事 合祀を受け入れた松平永芳(宮司)は大馬鹿」(同年8月15日)と書いている。

 一方、富田メモには同日、「1117-1153(11時17分-11時53分) 言上」と書かれており、卜部氏が富田氏の後に天皇に会ったことが分かる。

 メモで天皇は「私は或る時に A級が合祀され」「だから 私あれ以来参拝していない それが私の心だ」と靖国神社に参拝しない理由を述べるとともに、3日前の4月25日に行われた誕生日前会見を振り返っている。

 天皇は「“嫌だ”と云ったのは奥野国土相の靖国発言 中国への言及にひっかけて云った積りである」と述べている。卜部氏の日記と符合しており、同氏にも同様の話をしたとみられる。」(日経新聞)


同じ4月28日に、富田長官が11時17分から、卜部日記によると「長官拝謁のあと」に卜部氏が昭和天皇に会っているということは、卜部日記が証拠となって富田氏が昭和天皇と会っていることが証明されたことになります。

そして、卜部日記からすると、昭和天皇が「靖国の戦犯合祀(ごうし)と中国の批判・奥野発言のこと」で話しているのですから、4月28日当時の卜部日記には富田メモほど詳しい内容が書かれていなくても、富田メモと同じ内容を話したと判断するのが合理的です。卜部日記も、後に「A級戦犯合祀が御意に召さず」(2001年7月31日)、「靖国合祀以来天皇陛下参拝取止めの記事 合祀を受け入れた松平永芳(宮司)は大馬鹿」(同年8月15日)と書いているのですから、それも含めれば、富田メモと同じであることは明白でしょう。

また、岩井記者に対して、「生前、卜部は天皇に奥野発言や反響について説明した際に天皇が『英国人や米国人にすら私の気持ちをわかってくれている人がいるのに』と涙ぐんだと語っていた。」と伝えているのです。そうすると、「A級戦犯合祀が御意に召さず」という話は、親しい皇室担当記者であれば、よく知っていたことではないかと思います。


このように考えると、

「昭和天皇が靖国神社への参拝を取りやめた経緯について、「卜部日記」の記述は昨年報道された「富田メモ」の内容と一致している。これで昭和天皇がA級戦犯を合祀したことに不快感を持ち、靖国参拝をしなくなったことが、完ぺきに証明された。」(御厨貴・東京大学先端科学技術研究センター教授)

このように、「卜部日記」で記された内容は、「富田メモ」と一致している、すなわち、別人に対して、それも長官と報道担当の卜部という、今後会話の内容を公表することがありうる立場の者が、それぞれ別の機会に昭和天皇から同様の内容をお聞きしたことを記しているのですから、「昭和天皇がA級戦犯を合祀したことに不快感を持ち、靖国参拝をしなくなったことが、完ぺきに証明された」ということで確定したといえると思います。
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2007/04/27 [Fri] 02:33:07 » E d i t
JR特急電車内で女性に乱暴したとして、大阪府警淀川署は4月21日、解体工植園貴光被告(36)=強姦罪などで公判中=を強姦容疑で再逮捕したという報道がありました。問題は、当時、同じ車両には約40人の乗客がいて、一部の人は異状に気づいていたのに、植園被告から「何を見ているんだ」などとすごまれ、制止どころか通報もできなかったというのです。この報道についてコメントしたいと思います。(4月28日追記:産経新聞4月27日付「産経抄」にも出ていたので引用しました)


1.まず報道記事から。

(1) 毎日新聞平成19年4月22日付朝刊1面

 「強姦:特急内で暴行、36歳容疑者を再逮捕 乗客沈黙、すごまれ通報できず

 ◇JR北陸線・昨年8月に

 大阪府警淀川署は21日、JR北陸線の富山発大阪行きの特急「サンダーバード」の車内で昨年8月、大阪市内の会社員の女性(当時21歳)に暴行したとして、滋賀県湖南市石部南、解体工、植園貴光被告(36)を強姦(ごうかん)容疑で再逮捕した。当時、同じ車両には約40人の乗客がおり、一部の乗客は異変に気付いたものの、植園容疑者にすごまれ、制止できなかったという。植園容疑者は、昨年12月にも同様に車内や駅構内で女性に暴行したとして今年1月、滋賀県警に逮捕され、強姦罪などで現在公判中。

 調べでは、植園容疑者は、昨年8月3日午後9時20分ごろ、福井駅を出発した直後に、6両目の前方から2、3列目にいた女性の隣に座り、「逃げると殺す」「ストーカーして一生付きまとってやる」などと脅し、繰り返し女性の下半身を触るなどしたという。さらに、京都駅出発後の午後10時半ごろから約30分間にわたり、車内のトイレに連れ込み、暴行した疑い。女性は車両前方のトイレに連れて行かれる途中、声を上げられず泣いていたが、付近の乗客は植園容疑者に「何をジロジロ見ているんだ」などと怒鳴られ、車掌に通報もできなかったという。

 植園容疑者は昨年12月21日、JR湖西線の普通電車内で女性(同27歳)に暴行し、さらに大津市のJR雄琴駅で電車を降り、同駅のトイレに女子大学生(同20歳)を連れ込み、暴行したとされる。

 JR西日本によると、同社の大半の車両には連結部付近に通報ブザーをつけているほか、トイレにも体調悪化などに備えたブザーを設置。いずれも車掌に連絡が届くようになっている。また、特急など停車駅間が長い列車の場合、車掌の車内巡回を励行しているという。同社広報部は「引き続き車掌の見回りなどを強化し、乗客の安全確保、防犯対策に努めていきたい。事件を目撃したら通報ブザーを活用してほしい」と話している。【鵜塚健】

毎日新聞 2007年4月22日 東京朝刊」




(2) 読売新聞平成19年4月23日付(2007年4月22日20時45分)

特急トイレで女性暴行、36歳男を再逮捕…乗客知らんぷり

 JR北陸線の特急電車内で昨年8月、女性客に乱暴したとして、大阪府警淀川署は21日、滋賀県湖南市の解体工事業、植園貴光被告(36)(強姦=ごうかん=罪などで公判中)を強姦容疑で再逮捕した。

 同じ車両には約40人の乗客がおり、異状に気付いた人もいたが、植園被告にすごまれ、制止や通報ができなかったという。

 植園被告は昨年12月、JR湖西線の電車内と大津市内の駅トイレで2件の女性暴行事件を起こしたとして起訴され、今月6日、大津地裁で開かれた初公判で起訴事実を認めていた。

 調べでは、植園被告は昨年8月3日午後9時20分ごろ、特急「サンダーバード」(9両)が福井駅を出発した直後、旅行客の大阪市内に住む20歳代の女性の隣に座り、「声を出すな、殺すぞ」と脅して体を触り始め、同10時45分に京都駅を出発後、トイレに連れ込んで暴行した疑い。

 女性がいた車両には当時、約40人が乗車。女性がトイレに連れて行かれる際、泣いているのに複数の乗客が気付いたが、「何を見とるんじゃ」と植園被告にすごまれ、何もできなかったという。車掌も、女性の隣に座る植園被告を確認していたが、暴行には気付かなかったという。

 女性は大阪府警に被害届けを提出。昨年12月の事件と手口が似ていたため、府警が現場で採取した遺留物のDNA型を鑑定した結果、植園被告と一致した。

 調べに対し、植園被告は「他の客から離れて座っている女性を狙った」と容疑を認めているという。

 JR西日本によると、すべての車両には連結部付近の壁に非常通報ブザーがあり、今回の事件を受け、ブザーの位置を知らせる大型ステッカーを張ることを検討中。同社広報部は「不審な行為を目撃した時には、ブザーで車掌に連絡してほしい」としている。

(2007年4月22日20時45分 読売新聞)」


この2つの記事で大体の事件の大筋が分かるかと思います。

<1>特急列車内で被害にあった女性は、「声を出すな、殺すぞ」と脅かされていたため、助けを求めることが困難だったこと、
<2>同じ車両には約40人の乗客がおり、全員ではないが一部の乗客は異変に気付いていたこと、
<3>女性がトイレに連れて行かれる際、泣いているのに複数の乗客が気付いたが、「何を見とるんじゃ」と植園被告にすごまれ、何もできなかったこと(制止も通報もなし)(4月28日追記:犯人の自供及び被害者の証言の一致した内容と思われる)
<4>午後9時20分ごろから被害を受け、同10時45分(午後10時半ごろ?)に京都駅を出発後、トイレに連れ込んで暴行したのであって、かなりの長時間被害にあっていたこと、
<5>植園被告は昨年12月、JR湖西線の電車内と大津市内の駅トイレで2件の女性暴行事件を起こしたとして起訴されていて、「他の客から離れて座っている女性を狙った」と言っているように、阻止する者がいないということを学習したか、又はばれないような手口を学習して、常習化していたこと

です。「サンダーバード」車内はかなり静かだそうですし、1時間以上座席という目や物音がある状態で、犯行が執拗になされていたのですから、かなりの乗客は気づいていたと考えるのが合理的です。かなりの乗客は気づいていながら、制止も通報もしなかったわけです。(4月28日追記:犯人や被害者は何人見に来たか覚えているはずなので、犯人の自供及び被害者の証言からすれば、こういう判断は合理的でしょう)


犯罪ではなく痴話ゲンカかもしれないと思った人もいたかもしれませんが、1時間以上座席という目や物音がある状態で、犯行が執拗になされていたのですから、ひどく鈍感だったり寝ているのでなければさすがにおかしいと思うのが通常でしょう。
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事件 *  TB: 1  *  CM: 8  * top △ 
2007/04/26 [Thu] 07:33:52 » E d i t
宇和島徳洲会病院の万波誠医師らによる病気腎移植をめぐり、厚生労働省の臓器移植委員会(委員長・永井良三東京大教授)は4月23日、臓器移植法の運用指針を改訂して生体移植に関する規定を新たに設け、「病気腎移植の原則禁止を盛り込むことで大筋合意」(東京新聞4月24日付朝刊30面)したそうです。この「大筋合意」という微妙な表現に意味があるわけです(後述)。

改訂案では、病気腎移植を「治療上の必要から摘出した腎臓を移植に用いる」行為と規定し(東京新聞4月24日付朝刊30面)、日本移植学会などが発表した声明を受け「現時点では医学的妥当性がないとされている」とした上で、原則として実施を認めないこととしています。この報道についてコメントしたいと思います。


1.読売新聞や毎日新聞も改訂案についての記事を掲載してますが不正確です。なので日経新聞と産経新聞を引用しておきます。まずは、日経新聞から。

(1) 日経新聞平成19年4月24日付朝刊42面

 「病気腎移植、原則認めず 厚労省審議会 指針案で大筋合意

 宇和島徳洲会病院の万波誠医師らによる病気腎移植問題を受け、厚生労働省の臓器移植委員会は23日、同省の指針案に病気腎移植を原則認めない方針を盛り込むことで大筋合意した。ただ条件次第で将来的に移植の道を残すかどうかについては意見がまとまらなかったことから、表現などはさらに検討する。

 同省が定める臓器移植法の運用指針は現在、11項目。書面による意思表示ができる年齢や、脳死判定の具体的手順などのガイドラインを示しており、移植医療の従事者はこれを順守することが求められている。同省は12項目目として、新たに生体からの臓器移植の取り扱いを追加し、その中で病気腎移植に触れる方針だ。

 この日の委員会は、病気腎移植を含む生体臓器移植のあり方を議論。日本移植学会などの声明に沿う形で「現時点で医学的に妥当性はないとされている。有効性・安全性が予測されるときの臨床研究以外では行ってはならない」との案が出された。

 委員からは「病気腎移植を容認しているように受け取られるのではないか」との意見や、逆に「国が全面禁止とするのは不適切」などの意見が出て、会議は紛糾。結局、万波医師のグループのように同意書を取っていなかったり、病院の倫理委員会にかけない病気腎移植を否定することでは一致したが、再度、指針案の文言などを詰めることになった。

 一方、臓器売買を防ぐための方法を指針案に盛り込むことでは合意した。臓器のドナーが患者の親族の場合、公的な証明書で身元を確認することや、親族以外の第三者がドナーになるときは、倫理委員会で個別に検討することなどを定めた。指針案は5月中にもまとめて公表する方針。


 ▼病気腎移植 腎がんやネフローゼなどの腎臓病患者から摘出した腎臓を使った生体移植。宇和島徳洲会病院の万波誠医師を中心とする「瀬戸内グループ」が手掛けてきた。

 万波医師らは「生体腎、死体腎移植に続く第三の道」と正当性を主張したが、日本移植学会などは3月、「医学的な妥当性がなく、手続きにも問題があった」との批判声明を出した。」



(2) この記事では、委員会の様子を少し掲載しています。

委員からは「病気腎移植を容認しているように受け取られるのではないか」との意見や、逆に「国が全面禁止とするのは不適切」などの意見が出て、会議は紛糾。結局、万波医師のグループのように同意書を取っていなかったり、病院の倫理委員会にかけない病気腎移植を否定することでは一致したが、再度、指針案の文言などを詰めることになった。」

要するに、病腎移植否定派は、お上によって「異論がないような文言で全面禁止を願う」という情けない主張をしたのに対して、病腎移植否定懐疑派は、「患者のため医学の発展を行い、患者に対して責任を負っているのは医師であって、国が医学の発展を阻害することは許されない」として、国が全面禁止をするのは不当だという真っ当な主張をしたため、会議は紛糾したわけです。

会議が紛糾したからこそ、「大筋合意」しかできなかったということになったのです。この会議が紛糾した様子については、次に引用する、産経新聞がもっと詳しく掲載しています。




2.最も詳しい記事は産経新聞でした。この記事を読まないと、今回の経緯の真実が分からないと言っていいと思います。

(1)産経新聞平成19年4月24日付朝刊1・29面

病腎移植を原則禁止  厚労省指針 臨床研究には道残す

 宇和島徳洲会病院(愛媛県宇和島市)の万波誠医師らによる病腎移植問題で、厚生労働省の臓器移植委員会は23日、臓器移植法運用指針に、病気治療のために摘出された腎臓を他人に移植する病気腎移植を原則禁止とする項目を設けることで大筋合意した。ただ、病気腎移植の臨床研究までは禁止せず、研究対象として行う道に可能性を残した。

 厚労省がこの日の同委員会に、生体移植に関する規定を追加する運用指針の改正案を提案した。

 改正案は、日本移植学会など4学会が3月に示した声明に沿い、「病腎移植は現時点では医学的に妥当性がないとされている」と指摘し、「有効性、安全性が予測されるときの臨床研究として行う以外は、行ってはならない」と規定。臨床研究を行う場合は、厚労省が平成16年に告示した「臨床研究に関する倫理指針」を守ることとした。

 また、宇和島徳洲会病院での臓器売買事件を受けて、生体移植の際の臓器提供者の意思確認のあり方などについても規定。戸籍抄本、住民票、世帯単位の保険証などで患者の身元や親族関係を確認するほか、家族や移植関係者以外の人が臓器提供者の意思を確認する▽臓器提供にともなう危険性などを説明し書面で同意を得る▽親族以外が提供者となる場合は病院の倫理委員会で個別に承認を受ける―などの手続きが必要としている。

 厚労省は改正案の文言を一部修正のうえ、近く国民からの意見を聞き、運用指針を改正する。」



 「病腎移植 臨床研究  実施に高いハードル「可能性ほとんどなし」

 臓器移植法運用指針をまとめた23日の厚生科学審議会臓器移植委員会(委員長・永井良三東京大教授)は、解釈によっては病腎移植を条件付きで容認するとも受け取れる指針内容だけに、議論が白熱した。大筋で一致したのは「万波医師らの実施した移植は一般医療として認められない」ことと、「移植医療としての研究の道は閉ざさない」という点だった。

 病腎移植を原則禁止とする是とも非とも読める厚労省の指針案に対し、正面から意味を問うたのは国立循環器病センター総長の北村惣一郎委員。「臨床研究倫理指針に沿って適切な対応をした場合は病腎移植を認めるということか」と質問すると、委員会の雰囲気ががらりと変わった。

 指針案を提案した厚労省臓器移植対策室の原口真室長は、病腎移植は一般的医療ではなく実験的医療だとの日本移植学会などの判断を強調。「まずは臨床研究として始めるべきだと整理した」と述べた。

 日本移植学会副理事長の大島伸一委員は「医学的に必要と判断され、十分なインフォームドコンセント(説明と同意)があり、患者本人が望めば、摘出せざるを得ない。その経緯は明示できるようにしなければならない」と病腎摘出の条件を説明。

 その上で、「病腎移植容認といわれると困るが、私自身、一律に全面禁止することは不適切だと思っている」と述べ、医学、医療の進歩のために臨床研究の道を残すことに賛同する意見を述べた。

 移植患者らでつくる日本移植者協議会の理事長、大久保通方委員も「万波先生のやった病腎移植は認められないが、(病腎移植の)可能性がゼロでない以上、研究を続けてほしい。そして発表し、検証してほしい」と、患者の思いを語った。

 しかし、臨床研究として実施するには、実施機関をはじめ、学術的、倫理的な多くの審査を受ける必要がある。会議後、大島委員は「専門家がみている将来は5年、10年、もっと先。手続きだけ考えても、現時点では実質的に病腎移植が実施される可能性はほとんどないと思う」と話した。」



(2) 委員会で病腎移植を巡る記述について質したのは、国立循環器病センター総長の北村惣一郎委員でした。
 

「病腎移植を原則禁止とする是とも非とも読める厚労省の指針案に対し、正面から意味を問うたのは国立循環器病センター総長の北村惣一郎委員。「臨床研究倫理指針に沿って適切な対応をした場合は病腎移植を認めるということか」と質問すると、委員会の雰囲気ががらりと変わった。

 指針案を提案した厚労省臓器移植対策室の原口真室長は、病腎移植は一般的医療ではなく実験的医療だとの日本移植学会などの判断を強調。「まずは臨床研究として始めるべきだと整理した」と述べた。……

 移植患者らでつくる日本移植者協議会の理事長、大久保通方委員も「万波先生のやった病腎移植は認められないが、(病腎移植の)可能性がゼロでない以上、研究を続けてほしい。そして発表し、検証してほしい」と、患者の思いを語った。」


このように、病腎移植否定派と思われる、国立循環器病センター総長の北村惣一郎委員は、病腎移植を全面禁止を求めようとしているのに対して、日本移植者協議会の理事長、大久保通方委員は、病腎移植の全面禁止を阻止する主張をしたのです。

病腎移植によって利益も不利益も直接受するのは移植者ですし、深刻な臓器不足においては必要性が高く、米国では(死体からの)病腎移植は実施され、政府の方針として、できる限りすべての臓器を移植にしようとしているのですから、移植者団体の主張は当然の主張です。北村惣一郎委員は、患者の意見を無視し、現在の日本の移植事情から目を逸らし、米国の移植事情を全く知らないのですから、その主張は不当です。



(3) 相変わらず平気でうそをついて悪びれないのが、大島氏です。この記事にはその嘘つき振りが明確に出ています。なお、日本移植学会のHPを見ると、役職は、理事長と理事しかなく、副理事長という役職は見当たらず、大島氏は単なる「理事」の一人に過ぎないのです。なので、今度から、自称“日本移植学会副理事長”の大島氏と表記することします。
 

「日本移植学会副理事長の大島伸一委員は「医学的に必要と判断され、十分なインフォームドコンセント(説明と同意)があり、患者本人が望めば、摘出せざるを得ない。その経緯は明示できるようにしなければならない」と病腎摘出の条件を説明。

 その上で、「病腎移植容認といわれると困るが、私自身、一律に全面禁止することは不適切だと思っている」と述べ、医学、医療の進歩のために臨床研究の道を残すことに賛同する意見を述べた。……

 しかし、臨床研究として実施するには、実施機関をはじめ、学術的、倫理的な多くの審査を受ける必要がある。会議後、大島委員は「専門家がみている将来は5年、10年、もっと先。手続きだけ考えても、現時点では実質的に病腎移植が実施される可能性はほとんどないと思う」と話した。」


自称“日本移植学会副理事長”の大島氏は、委員会では患者団体に色目を使って

、「『一律に全面禁止することは不適切だと思っている』と述べ、医学、医療の進歩のために臨床研究の道を残すことに賛同」

などと、心にもないことを恥ずかしくもなく言ってしまうのです。

ところが、会議が終わると一変します。

「5年、10年、もっと先。手続きだけ考えても、現時点では実質的に病腎移植が実施される可能性はほとんどない」

と、10年近く病腎移植は実施できないのですから全面否定する内容と変わらないのに、会議後、こういう発言を平気で言ってのけるのです。要するに、病腎移植の可能性を認めた委員会での発言は実質的に虚偽であって、委員会に出席した者全員が虚偽発言に騙されたのです。さすが、羞恥心のない、自称“日本移植学会副理事長”の大島氏です。会議後すぐに発言を翻したのと同様な発言をするのですから。
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2007/04/24 [Tue] 23:32:55 » E d i t
不妊の女性が他の女性から卵子の提供を受けて妊娠・出産を目指す治療について、厚生労働省の研究班が意識調査を実施したそうです。その結果は、国内で卵子提供が認められるようになった場合、「提供してもよい」と答えた女性が4分の1を超えたそうです。この報道についてコメントしたいと思います。


1.報道記事から。

(1) 毎日新聞平成19年4月19日付夕刊1面

 「卵子提供:「前向き」25% 希望報酬、平均は40万円--厚労省初調査

 不妊の女性が他の女性から卵子の提供を受けて妊娠・出産を目指す治療について、厚生労働省の研究班(主任研究者=吉村泰典・慶応大教授)が実施した国内初の意識調査の結果がまとまった。「卵子を提供してもよい」「どちらかといえば提供してもよい」と答えた女性が4分の1を超えた。卵子提供にあたり金銭など何らかの報酬を求めた女性は全体の46・5%。具体的な希望報酬額で最も回答が多かったのは10万円、極端に高額な希望を除いた平均は約40万円だった。

 調査は昨年12月、全国から選んだ20~34歳の一般女性3744人にインターネットで調査票を送り、517人から回答を得た。国内での卵子提供による不妊治療の実施については、52・6%が肯定的な答えだった。

 卵子提供に肯定的だったのは25・8%、「提供したくない」など否定的な答えは42・9%だった。肯定的な理由で最も多かったのは「不妊夫婦の役に立ちたい」、否定的な理由で多かったのは「遺伝子を引き継ぐ子の誕生への抵抗感」「家族の関係が複雑になる」だった。

 報酬に関しては、「どんな報酬があっても提供しない」が34・6%だった一方、「金銭報酬があるなら提供してもよい」が24・6%、「税控除など優遇措置があれば提供してもよい」が21・9%。「無償で提供してもよい」は15・1%にとどまった。

 卵子提供で生まれた子との関係については、「生まれた子は事実を知らされない方がよい」が45・5%に達したものの、匿名や実名での子どもとの接触を容認する人が1~2割いた。また、生まれた子が卵子提供者がだれかを知る可能性があると分かった場合でも、「提供してもよい」という人が28・2%いた。

 調査を実施した朝倉寛之・扇町レディースクリニック院長は「採卵時に副作用の可能性があるほか、1カ月以上自由を制約されるため、提供者の確保には何らかの対価が必要と考えられる」と話す。【永山悦子】

毎日新聞 2007年4月19日 東京夕刊」



(2) 毎日新聞平成19年4月19日付夕刊8面

 「解説:卵子提供・厚労省初調査 報酬など国に宿題

 加齢や病気で妻の卵巣が機能不全になった場合、他の女性から卵子の提供を受け、夫の精子と体外受精し、その受精卵を妻の子宮に戻す不妊治療が考えられる。この治療は国内では認められていない。厚生労働省の生殖補助医療部会は03年、容認する報告書をとりまとめたが、4年たった今も制度化は進んでいない。

 卵子提供をめぐっては、採卵時の副作用や時間的拘束に注目が集まりがちだが、提供女性が直面するであろう提供相手との関係を心理面からどうサポートするかが、運用では課題になる。

 報告書は、卵子提供の際は提供者は匿名とするが、生まれた子が15歳になった段階で「出自を知る権利」を認めた。同省研究班の意識調査でも、提供相手の夫婦や生まれた子との関係で、何らかの情報開示や接触を容認するという人が多かった。卵子提供時点にとどまらない長期的な支援体制の整備が不可欠なことを明確に示している。

 また、報告書は実費以外は無償の提供を条件とした。しかし、意識調査では、提供に前向きな女性に限ってみると、3分の2が何らかの報酬を求めた。研究班は「金もうけではなく、採卵に伴う拘束への対価と考えれば、もっともな要望といえる」と分析、再検討が必要になるかもしれない。

 日本学術会議は、「代理出産」に関する検討を始めた。だが、卵子や精子の提供に関しては具体的な検討の見通しはない。今回の調査結果は、制度運用にあたって多くの準備や検討の必要性を示しており、国が明確な方針を示すことが求められる。【永山悦子】

毎日新聞 2007年4月19日 東京夕刊」



(3) 東京新聞平成19年4月22日付朝刊1面

卵子提供 4人に1人『OK』 不妊治療で厚労省調査
2007年4月22日 朝刊

 不妊に悩む夫婦が別の女性から卵子提供を受け、妊娠を目指す治療について、厚生労働省研究班(主任研究者・吉村泰典慶応大教授)が初のアンケートを実施、回答した女性の26%が卵子提供に前向きな姿勢を示したことが21日分かった。

◆約半数が報酬希望

 卵子提供は日本産科婦人科学会が倫理規定で禁じているが、同省の厚生科学審議会生殖補助医療部会は2003年、報酬禁止などの条件付きで容認する見解を出した。

 調査した扇町レディースクリニック(大阪市)の朝倉寛之院長は「前向きな女性は意外に多い。提供システムは十分成り立つ可能性がある」と分析。一方で提供に報酬を求める声も目立ち、部会の見解と差があることも明らかになった。

 調査は昨年12月、35歳未満の全国の成人女性を対象にインターネットを使って実施、517人が回答した。

 提供卵子による体外受精の実施には、過半数の53%が「賛成」「どちらかといえば賛成」と回答。自分の卵子を「提供してもよい」「どちらかといえば提供してもよい」は26%に達した。

 提供する場合の報酬について全員に尋ねると、47%が金銭や税金控除など何らかの報酬を期待すると回答。希望額は、飛び抜けた回答を除くと平均約41万円だった。自分の卵子提供に前向きな人に限って分析すると66%が報酬を期待した。

 厚労省は部会の見解を受けて法制化を目指したが中断している。


◇今後の検討材料に――石井美智子明治大教授(家族法)の話

 卵子提供の大変さを回答者がどの程度理解していたのかなど、疑問が残る点もあるが、潜在的な提供者がいるということは、今後の制度を考える上で検討材料になる。だが調査結果から、報酬がなければ提供者は少ないとも予想できる。お金のための提供を避けるためにも、報酬は認めるべきではない。生殖補助医療部会の報告は長い間放置されているが、生殖補助医療の在り方について、卵子提供も含めた包括的な議論がなされるべきだ。」



調査結果を簡単にまとめておきます。

(1) 国内での卵子提供による不妊治療の実施については、肯定的な答えは52.6%

(2) 自分の卵子を提供をすることについて、「提供してもよい」という肯定的な答えは25.8%、「提供したくない」という否定的な答えは42.9%

(3) (自ら卵子提供をすることを肯定する者に限らず全員に尋ねると)提供する場合の報酬については、「無償でよい」は15.1%、「金銭や税控除など何らかの報酬を期待する」のが46.5%、「報酬があっても提供しない」が34.6%。自分の卵子提供に肯定的な者に限ると、66%が報酬を期待。具体的な希望額として最も多かったのは10万円で、平均40万円。

(4) 生まれた子どもが提供者(あなた)が誰であるかを知ることができてよいか否かについては、子どもに知らされない方がよい」が45.5%(ただし、子どもとの接触を認める人が1~2割いるので、45.5%より少ない)、「知らされてもよい」が28.2%


ちなみには2003年に行われた意識調査(20代~70代まで)次のようなものです。ここでは女性が答えたものに限定して引用します。

(1) 国内での卵子提供による不妊治療の実施については、肯定的な答えは(調査票のみ)33.6%(リーフレット配布者で42.4%、リーフレット配布で高く理解した者で48.6%)

(2) 自分の卵子を提供をすることについて、生まれた子どもが提供者(あなた)が誰であるかを知ることができても「提供してもよい」という肯定的な答えは6.7%、「提供したくない」という否定的な答えは60.3%(よく理解できた者の場合には、9.5%が肯定的、66.7%が否定的)
生まれた子どもが提供者(あなた)が誰であるかを知ることができない場合には、「提供してもよい」という肯定的な答えは14.0%、「提供したくない」という否定的な答えは47.9%(よく理解できた者の場合には、20.5%が肯定的、49.4%が否定的)。

(3) (自ら卵子提供をすることを肯定する者に限らず全員に尋ねると)卵子のシェアリング制度(他の体外受精を行っている女性から採取された卵子の一部を、医療費の一部を負担することによって、提供を受けるという制度。一種の報酬といえる)については、「認めてよい」は25.4%、「認められない」が23.9%(よく理解できた者の場合には、「認めてよい」が36.9%、「認められない」が25.6%)


こうして比較すると、かなり肯定的な意見が増えていることが分かります。03年の調査結果でも、リーフレットの配布により理解があがると肯定的な答えが増えていることからしても、肯定的な考えが増えたということは、生殖補助医療についての理解が広がった結果と考えられます。

元々、年齢が上がるにしたがって、各技術について認める者の割合が少なくなり、家族観や性的役割についての考え方がリベラルであるほど各技術を認める者の割合が高いという結果がでています。とすると、日本の市民の間にだいぶ人権意識が広がり、多様な価値観を認める意識が広がりつつあることも示しているといえます。もっとも、毎日新聞だけは、多様な価値観を否定し、記者独自の価値観を振り回すという、反人権意識が根深いのですが。


石井教授は、

「卵子提供の大変さを回答者がどの程度理解していたのかなど、疑問が残る点もある」

と述べて、卵子提供の大変さを理解せずに肯定していると理解しているようです。しかし、リーフレットにより生殖補助医療について理解している者ほど肯定的になっているという結果が出ている以上、石井教授の認識は間違っているといえそうです。

また、今や不妊治療は珍しくないのですから、友人の誰かは不妊治療中であることが多く、多くの女性は負担があること(排卵誘発剤など負担や身体への影響、体内からの採卵、時間的負担)が分かっているのが通常でしょう。石井教授の「卵子提供の大変さを理解せずに肯定している」という理解は、現状認識に欠けたかなり的外れな意見です。

もし石井教授の理解が正しいとすると、なぜ、報酬を求める声が大きいのかの説明に困ることになります。というのは、卵子提供に伴う負担が分かっているからこそ、その対価を要求しているという見方(研究班や朝倉院長の意見)が合理的なのですが、石井教授の理解によると、「大変さを分かっていない=楽だと思っている」のです。そうなると、石井教授は

調査に答えた女性は楽して40万円をもうけるつもり

と言っているのと同じです。これはいくらなんでも女性に対するひどい侮辱的な偏見です。石井教授自身が女性に対して侮辱的な偏見をもっているのかもしれませんが、改めるべきですし、改めないのであれば公言しないで心の中にとどめておくべきでしょう。




2.まず、毎日新聞平成19年4月19日付報道の意識調査については、以前報道されていた意識調査の他にこういう調査があったとは知りませんでした。

以前報道されていた意識調査とは次のようなものです。

体外受精や代理出産の是非、厚労省が意識調査へ
2007年02月25日

 体外受精や代理出産に関する意識を探るため、厚生労働省は国民や産婦人科医ら計8400人を対象にした調査を実施する。タレントの向井亜紀さんの米国での代理出産をめぐる裁判などをきっかけに生殖補助医療への関心が高まっていることから、今後の議論に役立てるのが狙いだ。体外受精などで生まれた子どもの心身の健康調査に関する研究と合わせ、不妊治療の実態や意識の把握に本格的に乗り出す。

 意識調査は、無作為に抽出した一般の国民5000人、不妊治療を受けている患者2000人、産婦人科と小児科の医師1400人が対象。3月末までに結果をまとめる。

 国民と患者には、体外受精や代理出産など不妊治療の技術に関する知識や、子どもを望んでいるのに恵まれない場合、自らこうした技術を利用するか、社会的に認めるべきかどうかといった意識を聞く。昨秋、長野県の50代後半の女性が「孫」を代理出産していたことが明らかになったケースも踏まえ、代理出産を認めるなら、姉妹か、母か、第三者も含めてよいのかなども尋ねる。

 医師に対しては、どんな不妊治療をしているのかなど、現状と意識を調べる。米国やフランスなど海外の法整備や判例も現地調査する。

 一方、生殖補助医療で生まれた子どもの心身への影響については、国内に十分なデータがない。このため新年度から、公募に応じた研究チームが、誕生から小学6年生まで2000人以上を追跡する調査研究を行う。この研究では、対象者の選定や保護者からの同意取り付けの方法、調査項目、データの管理・分析方法などを検討する。」(asahi.com(2007年02月25日)



毎日新聞平成19年4月19日付報道の意識調査については、対象者は、「調査は昨年12月、全国から選んだ20~34歳の一般女性3744人」であるのに対して、朝日新聞報道の意識調査は、「無作為に抽出した一般の国民5000人、不妊治療を受けている患者2000人、産婦人科と小児科の医師1400人が対象」です。このように、年齢層限り、女性に限定した調査に対して、年齢層や男女を問わず行うものと、不妊治療患者や産婦人科医といった専門家というように幅広い対象者に行う調査という大きな違いがあります。
なので、毎日新聞平成19年4月19日付報道の意識調査と朝日新聞報道の意識調査は別個の意識調査なのだろうと思います。

朝日新聞報道の大規模な意識調査は3月末で調査は終了し、「3月末までに結果をまとめる」ことになっているのですから、「全国から選んだ20~34歳の一般女性3744人」に限った意識調査を公表するよりも、大規模は意識調査の方が重要です。しかも、代理出産の是非についての意識調査も含んでいるのですから、朝日新聞報道の意識調査の公表を早く行うべきだと思います。
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2007/04/23 [Mon] 23:57:03 » E d i t
選挙期間中の現職が銃撃されて死亡するという異例の事件が起きた長崎市長選は、事実上、補充立候補した新人2人の一騎打ちとなり、元市統計課長の田上富久氏(50)が、小差で、死亡した伊藤一長市長の長女の夫で西日本新聞記者の横尾誠氏(40)らを破り、初当選しました。

昨日は、色々と注目すべき選挙がありました。参院福島、沖縄のダブル補欠選挙もあり、自民、公明の与党と民主党の1勝1敗に終わったという結果が出ていたり、高知県東洋町の町長選では、高レベル放射性廃棄物最終処分場の候補地を巡り、反対派の沢山保太郎氏が大差で当選しました。また、フランス大統領選があり、右派の民衆運動連合のサルコジ前内相と社会党のロワイヤル元環境相が、決選投票に進むことになったというニュースもあります。ここでは、長崎市長選についてコメントしたいと思います。


1.報道記事から。

(1) 毎日新聞4月23日付朝刊19面( 2007年4月23日0時18分(最終更新時間 4月23日 8時09分))

 「長崎市長選:事件に配慮、万歳控え 田上氏

 長崎市内の田上さんの選挙事務所では、当選確実になると歓声が上がった。ただ、死亡した伊藤市長に配慮して万歳は控えた。田上さんは「市民と市職員の力を生かし、こういう事件の後こそ『市民力』を発揮する時」と喜びを語った。

 田上さんは「肉親の情と自治体運営は違う。市職員としての弔い合戦だ」と出馬を決意し、退職金を選挙費用に充て、背水の陣で臨んだ。26年半の市職員生活では06年に日本初のまち歩き博覧会「長崎さるく博」を発案、企画し、延べ1000万人を集めるなど広報や観光畑で活躍。培った人脈が草の根運動の核になった。

 時間、資金、人員とないものばかりだったが、世襲に反発した地元経済界から後押しを受け、一部の国会議員や地方議員からも支援を得て、まとまった得票につながった。

 一方、伊藤市長の長女の夫で西日本新聞記者の横尾誠さん(40)は22日午後11時50分ごろ、長崎市内の選挙事務所に伊藤市長の長女で妻優子さん(36)とともに喪服姿で現れ、涙ぐみながらあいさつ。伊藤市長の大きな遺影が掲げられた会場で、横尾さんは「伊藤市政への期待をあんな卑劣な暴力で止めるわけにはいかないと立候補した。私のいたらなさでこんな結果になり、本当に申し訳ございませんでした」と頭を下げた。

 優子さんは「本当にありがとうございました。父伊藤一長はこの程度の存在でしたか。父は浮かばれないと思います。残念です。父の愛する長崎でこんな仕打ちを受けるとは思いませんでした」と声を詰まらせた。

 横尾さんは、東京での記者生活を休職して補充立候補した。1000を超える団体推薦や伊藤市長の後援会組織を受け継ぎ、遺族が喪服姿で街頭に立つなど、徹底して情に訴えたが及ばなかった。

 ◇無効票は約1万5000票

 長崎市長選の無効票は約1万5000票あった。中には死亡した伊藤市長に投票し「伊藤市長さんありがとうございました」などと書かれた票もあったという。無効票の中には、期日前を含めて伊藤市長に投じた票が多かったとみられる。

毎日新聞 2007年4月23日 0時18分 (最終更新時間 4月23日 8時09分)」



(2) 朝日新聞4月23日付朝刊19面

 「世襲より経験 選択  「後継は市民」田上氏浸透

 選挙期間中に候補者だった現職市長が凶弾に倒れた長崎市長選。弔いの空気に包まれた異例の短期決戦で、市民は「世襲による後継」よりも行政経験豊富な地元出身者を選択した。2代続けて市長が銃で襲われた悲劇を克服し、被爆地として世界と平和と民主主義の大切さを訴え続けていく――。そんな長崎市の絶えざる「使命」は、新市長に託された。

◆「暴力には毅然と」決意

 当選が決まると、長崎市元船町の事務所に詰めかけた約100人の支持者から拍手が起き、田上富久氏(50)が右手を振って応えた。「市民が街づくりのリーダーを市民の中から出すことを選択した」。銃撃事件に配慮し、万歳はしなかった。次々に握手を求める支持者に囲まれた。

 伊藤一長前市長が銃撃された翌日、東京で勤務する前市長の娘婿横尾誠氏(40)の立候補を知り、悩んだという。「市民の手でまちづくりと言いながら、市民候補を市民の中から出さないのは、それこそが危機ではないか」。選択肢を示そうと思って決意した立候補だった。

 「大好きだった市役所」に市長として戻る。凶弾に倒れた前市長の後継として「暴力には毅然(きぜん)たる態度で臨む」。長崎市長は反戦と非核の旗振り役も担う。「平和を大切にしようと発信するのは、被爆地・長崎の大切な使命。市民と相談しながら方法を考えていきたい」と語った。

 一方、落選した横尾氏は長崎市上町にある事務所近くの駐車場に黒のスーツとネクタイ姿で現れた。「期待に沿えなかったのは残念。力の至らなさでこういうことになり、本当に申し訳ありません」と頭を下げた。

 駐車場の壁には、横尾氏のポスターと伊藤前市長の遺影が掲げられていた。妻で前市長の長女優子さん(36)は支持者に体を支えられながら「市民の皆さん、父はその程度の存在でしたか。伊藤一長が浮かばれない」と涙まじりに語った。」

◆短期選に地元組織結集

 短期決戦は長崎大学病院で幕を開けた。

 「心を鬼にして言いますが、後継をどうお考えですか」。18日未明、同病院3階。襲撃された伊藤前市長が治療を受け続けるICU近くの控室で、後援会幹部が家族に尋ねた。

 やがて横尾氏が口を開いた。「やらせて下さい」。午前2時28分、前市長は息を引き取った。

 一方、この日夜、長崎市内の喫茶店。田上氏が、街づくりサークル仲間約30人に囲まれていた。「市長選に立候補したい」。騒然となる店内。ホワイトボードが持ち込まれ作戦会議が続いた。補充立候補を届けたのは締め切り19日午後5時の約40分前だった。

 田上氏の動きは急展開を見せた。19日昼、金子原二郎・長崎県知事に近い市議が田上氏を長崎商工会議所に紹介。前市長の後援会員を含む商議所幹部らも面接し、支援を決めた。勝手連的に仲間が支える田上氏に組織がついた。

 約26年間の「行政経験の豊かさ」を強調。20日には、政策ビラ1万6千枚を配り始めた。

 一方の横尾陣営。前市長の後援会は、意向を末端まで打診できなかった。「よそ者に被爆地長崎の代表は務まらない」と異論が噴出した。

 田上氏の立候補、前市長の後援会の一部離反。横尾氏にとって誤算が相次いだ。

 陣営は巻き返しを図った。街頭演説には必ず妻の優子さんが喪服姿で付き添い、「父の遺志を引き継ぎます」と訴えたが、及ばなかった。」




得票数(得票率) 氏名 年齢 党派(推薦・支持) 新旧 当選回数 代表的肩書
---------------------------------------------------------------
78,066(42.1%) 田上 富久 50 無所属 新 1 (元)長崎市課長
77,113(41.6%) 横尾 誠  40 無所属 新 新聞記者
19,189(10.4%) 山本 誠一 71 共 産 新 (元)長崎市議
8,321(4.5%)  前川 智子 59 無所属 新 大学非常勤講師
2,677(1.4%)  前川 悦子 57 無所属 新 主婦

(読売新聞より)




2.選挙戦は初め、核兵器廃絶に向けた取り組みなどを強調する伊藤市長に対し、新顔が多選や裏金問題への対応の甘さを批判する形で展開されたが、銃撃事件で選挙の構図が一変することになりました(asahi.com:2007年04月23日02時42分)。その結果、行政マンとしての経験を生かした街づくりを掲げた前市課長の田上(たうえ)富久さん(50)の主張の方が、「伊藤市政継承」を強調した市長の娘婿よりも、有権者に支持され、当選したとされています。


(1) 憲法43条は、国会が「全国民を代表する選挙された議員」で組織されると定めて、国会が国民を代表する機関であるとしています。ここにいう「代表」とは、議会は民意を忠実に反映するものではなければならないという「半代表」の観念を含むというのが憲法上の通説です。

そうすると、立候補者、市長選挙であれば市政の事情に通じた立候補者が、憲法43条の見地からは妥当であると考えます。半代表の観念からすれば、その市(ここでは長崎市)の有権者の民意を忠実に反映させることが求められている以上、市の事情に通じていないと市の有権者の意見をよく理解できないといえるからです。

立候補した横尾誠氏は、東京で勤務する新聞記者であり、「父の遺志を引き継ぎます」と述べていたように、世襲による後継を標榜していました。そうなると、長崎市の事情に通じているわけでもなく、長崎市に生活の本拠地がないのですから、憲法43条の「半代表」の見地からすれば、適切でない立候補者でした。

もし、横尾氏が伊藤前市長の片腕として活躍していたというのであれば、横尾氏が立候補したとしても、適任者がたまたま身内にいて、形式的には世襲であっても、実質は世襲ではないといえたのですが、横尾氏は片腕でもなく、世襲だけの立候補でした。
しかし、選挙制では、立候補者の政策といった立候補者自身の適格性が問われるものであるにもかかわらず、世襲といった血統のみを有権者に主張するのですから、およそ選挙制にそぐわない主張でした。これでは、横尾氏やそのご家族は、選挙制に対する意識があまりにもずれていたと言わざるを得ません。


これに対して、田上富久氏は、長崎市の統計課長であり、26年半の「行政経験の豊かさ」を誇り、26年半の市職員生活では06年に日本初のまち歩き博覧会「長崎さるく博」を発案、企画し、延べ1000万人を集めるなど広報や観光畑で活躍していて、市政に詳しく、長崎市の事情に通じているのです。憲法43条の「半代表」の見地からすれば、適切といえる立候補者でした。
田上さんは「肉親の情と自治体運営は違う」として、横尾氏の立候補を批判的に捉えて出馬を決意したことは妥当は判断でした。


ですから、有権者が小差とはいえ、横尾誠氏ではなく田上富久氏を選択したことは妥当な判断であったといえると思います。



(2) ただ、田上氏と横尾氏の選挙活動はわずか3日間でしたし、田上氏の立候補は世襲への反発からであって、公約と呼べるものはほとんどなかったようです。この3日間の活動しかしない者が、事実上の一騎打ちとされ、田上氏が当選してしまったのです。

これでは、有権者に対して市長候補者としての方針を伝えて有権者へアピールするという、選挙活動というものはほとんど無意味だったということになります。田上氏や横尾氏以外の立候補者が長期間行ってきた選挙活動は、一体何のためだったのでしょうか? 田上氏が当選したことは、田上氏や横尾氏以外の立候補者にとって虚しい思いになったのではないかと思います。

このようなことから、有権者が田上氏を選択したことも、果たして妥当だったのか疑問を感じています。もちろん、田上氏がいなければ、横尾氏が当選したでしょうから、その意味では、田上氏が当選したことはベストではなくても、ベターな結果だったとはいえますが。



(3) 記事中で気になったのは、伊藤前市長の長女の言葉です。

「優子さんは「本当にありがとうございました。父伊藤一長はこの程度の存在でしたか。父は浮かばれないと思います。残念です。父の愛する長崎でこんな仕打ちを受けるとは思いませんでした」と声を詰まらせた。」


この言葉に続けて、「ごめんなさい、こんなこといって、申し訳ないけど」と言っていましたから(テレビ放映による)、問題ある発言であったことは承知の上で言ったようです。


この伊藤前市長の長女は、36歳になるまで12年間、市長の娘だったのですから、まさに市長のお嬢さんとして扱われてきたのでしょう。「父伊藤一長はこの程度の存在でしたか」とか、「父の愛する長崎でこんな仕打ちを受けるとは思いませんでした」いった言葉からすると、父の遺志を引き継ぐ者に投票することは当然であるという意識が現れたものですから、市長の娘であることが当然という意識が染み付いてしまっているように感じられます。

しかし、伊藤一長氏が適切な市長だからといって、横尾誠氏が適切な市長であるとは限らないのに、伊藤氏の長女にとっては、適切な市長であることが当然だったのです。銃撃事件のある前は、多選批判があったのですが、多選は市長のご家族に市長に地位あることが当然視してしまう意識をもたらすという弊害が生じているようです。ここにも多選の弊害があるようです。


伊藤前市長の死後間もないということもあって、混乱していたため出た言葉だったのでしょう。娘婿である横尾氏が当選できなかったことは、ご家族にとってさぞ悔しかったことだったからこそ、伊藤前市長の長女がこのような言葉を発したのだと思います。なので、おもわず、有権者に対して恨み言を言ってしまったのだと思います。

同情すべき点は多いとはいえ、77113票もの方が横尾氏に、というよりご家族への弔意として、伊藤前市長の代わりとして、長崎市のことをよく知らない人に投票したのです。有権者に感謝こそすれ、恨み言を言うべきではありませんでした。これでは、有権者を軽く見ていた意識があり、市政を家族で自由にできるという意識(私物化意識)があったと言わざるを得ません。



(4) 

 「「伊藤」「いとう」投票が相次ぐ、長崎市長選
2007年04月23日07時05分

 長崎市長選で、告示3日後の18日に現職のまま亡くなった伊藤一長氏への投票が相次いだ。

 22日夜、市民会館の開票台で期日前投票の投票箱が開けられた。「伊藤」「いとう一長」などと記された投票用紙が大量に出てきた。22日の投票分でも、新顔5人の名前に交じって伊藤氏の票が目についた。開票作業にあたる市職員は、これらの票を「疑問票」の箱に入れて調べた後、無効票として処理した。

 市選管によると、伊藤氏への票の多くは16、17日の期日前投票で投じられた。だが、無効票になると知りながらあえて名前を書いた有権者もいたとみられる。」(朝日新聞4月23日付朝刊1面

*長崎市長選の開票作業が続く中、凶弾に倒れた伊藤一長氏の名が書かれた票も多く、開票台の上にはお礼の言葉が添えられた票もあった。


どうやら、有権者の中には、立候補者でない「伊藤一長」氏の名前を投票用紙に書いた方がかなりいたようです。伊藤氏の名前を書いたり、「今までありがとうございます」といったお礼の言葉を書くと無効票となりますが、あえて書くことで弔意を示したのかもしれませんし、伊藤氏以外に選ぶ人がいないという意思を示したのかもしれません。

無効票を投じることも、選挙権の行使ということはできますから、一概には否定できません。しかし、投票というものは、立候補者を選ぶものであって、弔意を示すものでありません。だいたい、投票用紙は遺族に見せるものではないのですから、投票用紙に「伊藤一長」と書いたり、「ありがとう」と書いたところで何の意味もありません。

今回、投票用紙に「伊藤一長」の名前を書いた者が多数いたということは、「投票とは立候補者を選ぶもの」という意識が乏しい有権者が多かったことを示したのです。




3.長崎市長選挙は、世襲を標榜した横尾氏が立候補し、田上氏が当選したとはいえ、横尾氏に投票する者が多かったこと、立候補者でない「伊藤一長」名前を書いて無効票をなったものが多かったことなどは、日本の有権者の意識が表れたものでした。果たして、日本の有権者の意識として、このままでいいのでしょうか? 

選挙とは何か、投票は何のためか、有権者は何を基準として立候補者を選ぶべきなのか……。世襲や情実で判断し行動するのではなく、もういい加減に、日本の有権者も、こういった点をよく考えるべきではないかと思うのです。

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2007/04/21 [Sat] 06:48:37 » E d i t
日本の報道機関のうち、東京新聞だけは、日本で行われた国際腎不全シンポジウムのために来日した、米国移植外科学会元会長のリチャード・ハワード教授らに対して、インタビューを行ったようです。東京新聞4月20日付朝刊「こちら特報部」において、リチャード・ハワード教授らに対するインタビュー記事が掲載されています。17日に大阪で聞いたようです。
米国では、「いかにドナーを増やすかが大きな課題」として、政府が率先してドナーを増やす努力を本格的に取り組んでいるのですが、そういった内容が分かる記事になっています。この記事を紹介します。なお、紙面では、国際腎不全シンポジウムに参加している、万波医師と弟の廉介医師の姿を写した写真も掲載されています。できれば紙面もご覧下さい。


1.東京新聞平成19年4月20日付朝刊24・25面「こちら特報部」

SOS臓器移植:病気腎移植 容認の米学会元会長ら アメリカもドナー不足深刻

 病気腎移植は認めない-。その一項が臓器移植法の運用指針に盛り込まれる公算が大きくなった。日本移植学会など関連4学会が、「医学的に妥当性がない」と共同声明を発表したことを受けての措置だ。しかし、年間1万7000件もの腎移植手術が行われる米国医学界には、万波誠医師らが実施した手術に大きな可能性の芽を見いだしている研究者もいる。来日した米国移植外科学会元会長のリチャード・ハワード教授らに意見を聞いた。 (片山夏子)

◆“万波式”に「教わった」

 ハワード氏はフロリダ大学の教授で移植外科などが専門。病気腎移植については、日本で議論が始まった早い段階から「臓器提供者(ドナー)と移植希望者(レシピエント)がリスクと利益を完全に理解しているならば容認できると思う」と肯定の立場を明らかにしてきた。

 氏自身は生体からの病気腎移植をした経験はないという。その上で、「考えもみない方法を教えられた。小さながんがある腎臓でも適切に切除することで移植できることや、特にネフローゼは免疫系に問題がある場合、免疫系が違う患者に移植することで正常に稼働することを示すなど新しい治験を示した」と評価する。

 背景には、1年間に日本の17倍もの腎移植が行われる米国でもドナー不足が深刻だという事情がある。

 「ドナーの数を上回るペースで移植希望者が増えている」とハワード氏。1990年には移植待ちの患者は2万人だったが、現在は約9万5千人。うち7万人を腎臓希望者が占める。それに対し、昨年の腎移植数は死体から1万件、生体から7千件。「待っている患者の命を少しでも救うために、米国では今、ありとあらゆる臓器を利用することを考えている」

 現在、米国で特に利用拡大の可能性を模索しているのは、死体(脳死、心臓死とも)からの臓器。本来、望ましいのは18-25歳の若い健康な臓器だが、現実には、このような完全な臓器は15%にすぎないという。

 「もし完全な臓器だけを使うのなら米国の移植数はぐっと減るでしょう」とハワード氏。

 さらに「移植して機能する臓器ならば、疾患があるものでも使う。高齢者の臓器、疾患があるものなど、どこまで逸脱していいかを模索し、使える臓器を拡大している」と説明する。

 具体的には、60歳以上の高齢者、がんや高血圧の既往症のある人の臓器、脳腫瘍(しゅよう)や糖尿病だった人、軽度のB型やC型肝炎など感染症のある臓器も使われる。医師によっては肝硬変や肝炎の肝臓も移植に使っているという。

 「数年前には使えなかった臓器を、今は使っているのが現状」

 このような現状を踏まえ、ハワード氏は病気腎移植の可能性に大きな関心を寄せる。「米国は今は死体からの臓器移植の適用範囲を広げているが、将来的には、病気腎移植など生体からの移植の適用範囲も広げることが必要となる可能性がある」

◆「捨てる中からも探す」

 米国がドナー不足をどれほど深刻に考えているかは、政府が予算を出して臓器獲得をあらゆる方法で支援していることでわかる。

 ハワード氏によると、連邦政府の下で全米で58の臓器獲得機関が稼働している。臓器獲得の専門職員が移植コーディネーターを配属したり、病院に臓器提供を呼び掛け、ドナーの家族の支援も行う。

 また、約3ヶ月に1度、病院の死亡診断書をチェック。ドナー提供者になり得た人で見逃してしまった人はいないか、使える臓器を捨てていないかもみる。「州によっては臓器提供は本人の意思が主で家族は拒否できない。ドナーカードを携帯していなくても、救急病院でチェックできる体制もできている」という。

 米国臓器配分ネットワーク(UNOS)会長でバージニア大学保健科学センターのティモシー・プルート医師は「病院で、使えるのに廃棄されている臓器を減らすのが課題」と話す。さらに、今は廃棄されている臓器を減らすのが課題」と話す。さらに、今は廃棄されている臓器の中で、使えるものはないか、可能性を探す努力もしているという。

 腎不全の治療には、人工透析もあるが、これほど移植に力を入れるのは、なぜか。生体肝移植やドミノ肝移植などに携わってきたフロリダ大移植外科・藤田士朗助教授は、その根拠に生存率の差を挙げる。

 「以前は移植のメリットは、QOL(生活の質)が上がること、医療費が安いこと、などといわれた。たしかに、移植を受けた人の8-9割が社会復帰をしている。しかし、最も大切なのは、10年生存率が透析患者だと約4割だが、移植をすると約8割まで上がるということ。米国では、今では移植は長生きするための手段といわれる」

 また、藤田氏は「腎臓移植の待機年数は日本で平均16年。米国でも3-6年以上。このため米国ではドナー確保のため、ドナーとなった人に一定の報酬を払うことまで議論されるようになった」と話す。

 その上で、「新しい治験が次々出る中で検証は必要だが、病気腎移植の可能性について前向きに考えるべきだ。世界でドナー拡大が議論される中で日本は逆行している」と指摘する。

 米国の移植界がいかに「万波移植」に興味を持ったか。それは5月に開催される米国移植外科学会会議で、万波氏の発表が受理されたことでも明らかだった。しかし日本移植学会が「調査委員会が調査中で、発表は適切ではない」とした手紙を米国の学会に送った直後、発表は取りやめとなった。

 このことについて、前出のハワード氏は「詳しい事情はわからないが、他国で起きている論争に巻き込まれるのを避けたのではないか。しかし一度受理したものは取り下げるべきではなかった。議論するためにも発表の機会はあった方がよかった」と話す。

 さらに「(万波氏らが指摘された)手続きの問題と医学的な可能性は次元の違う問題」とする。

◆「学会声明 医療の発展妨げる」

 ハワード氏は「米国の学会は声明を出して医療にルールを作ったり、規制したりしない」とも話した。

 「どんな治療をするかは医師に任される。新しい方法なら、患者に予想しきれないリスクも含めて説明し、患者の了承を得て行う。そのデータが積み重なり、いい結果が出る方法なら注目され、治療として一般化される。学会が禁止すると医療の発展を妨げることになる。米国では、学会が患者のためにドナーを増やす努力をしなければ厳しい目でみられる」とする。

 さらに「まずやってみないことには医学の進歩はない。どんな医療も初めは少数派だった。誰かがやってみなければ、今の移植医療もなかったでしょうね」と話した。

<デスクメモ>

 病気腎移植で、がんの転移を不安視する意見もあるが、医学の門外漢はポカンとするしかない。患者にとっては腎不全であれ、がんであれ、命の危機は同じ。がんにならなくとも腎不全が悪化すれば意味はない。重要なのは、どちらのリスクが大きいかだ。データを得た上で、最後の選択は自分でしたいと願う。(充)」

4月22日追記(注):小見出しの文章自体は紙面のままですが、小見出しの位置は推測です。)*



万波医師「いい方法と思っている」

 ハワード教授らは、万波医師らを支援する患者らがつくる「移植への理解を求める会」が主催した「国際腎不全シンポジウム」(17日・大阪、18日・東京)で講演するために来日した。

 シンポジウムには2日間で合わせて約2000人が参加。万波医師と弟の廉介医師も姿を見せ、18日の講演に先立つ記者会見で、万波医師は「最初は、私が悪いことをしたのかとも思ったが、すべてが明らかになるにつれて、(病気腎移植は)いい方法だったと思うようになった。もっと認めてもらったら、患者は助かるはず。調査委は、私の説明をよく聞いてくれなかった。ドナーへの人権侵害はなかったと確信している。(臓器摘出は)これしかないという選択だった」と話した。」

 

記事中から幾つかの点にコメントしていきます。

(1) 

「「待っている患者の命を少しでも救うために、米国では今、ありとあらゆる臓器を利用することを考えている」

 現在、米国で特に利用拡大の可能性を模索しているのは、死体(脳死、心臓死とも)からの臓器。本来、望ましいのは18-25歳の若い健康な臓器だが、現実には、このような完全な臓器は15%にすぎないという。

 「もし完全な臓器だけを使うのなら米国の移植数はぐっと減るでしょう」とハワード氏。

 さらに「移植して機能する臓器ならば、疾患があるものでも使う。高齢者の臓器、疾患があるものなど、どこまで逸脱していいかを模索し、使える臓器を拡大している」と説明する。

 具体的には、60歳以上の高齢者、がんや高血圧の既往症のある人の臓器、脳腫瘍(しゅよう)や糖尿病だった人、軽度のB型やC型肝炎など感染症のある臓器も使われる。医師によっては肝硬変や肝炎の肝臓も移植に使っているという。

 「数年前には使えなかった臓器を、今は使っているのが現状」」


米国では、ドナー不足解消のため、移植を待っている患者の命を少しでも救うため、使える臓器かどうか懸命に模索し、使える臓器を拡大していることがわかります。完全な臓器は15%にすぎないという現状を考え、患者の命を救うのが医療機関の役目であるという本筋を貫いた態度です。

日本の移植医療の場合も、人口や生活環境などが異なるとはいえ、同じ先進国に属し食生活も類似しつつあることから、おそらく完全な臓器は15%にすぎず、疾患や加齢などで機能の落ちた腎臓もある程度、移植に使っているのだと思います(著しく機能の落ちた腎臓ゆえ、移植を拒絶し、それでも良いといった希望者に移植したという報道がありました)。日本の移植医療は、かなり昔の米国の移植医療の事情のようです。


(2) 

「氏自身は生体からの病気腎移植をした経験はないという。その上で、「考えもみない方法を教えられた。小さながんがある腎臓でも適切に切除することで移植できることや、特にネフローゼは免疫系に問題がある場合、免疫系が違う患者に移植することで正常に稼働することを示すなど新しい治験を示した」と評価する。……

 このような現状を踏まえ、ハワード氏は病気腎移植の可能性に大きな関心を寄せる。「米国は今は死体からの臓器移植の適用範囲を広げているが、将来的には、病気腎移植など生体からの移植の適用範囲も広げることが必要となる可能性がある」


米国では今、ありとあらゆる臓器を利用することを考えているのですから、疾患のあった死体腎移植にのみ目を向けていたが、万波医師らによる病腎移植(=生体からの病腎を摘出・移植する)という新たな方法を高く評価し、将来的には米国でも実施されるだろうというわけです。

日本移植学会は、万波医師らの病腎移植を(現時点で)否定していることと比べると、著しく異なった態度です。ドナーを増やすことが患者の命を救うことになるという観点から考えると、米国移植外科学会元会長の態度が妥当であって、日本移植学会の態度は妥当でないことは一目瞭然であるというべきです。


(3) 

「米国がドナー不足をどれほど深刻に考えているかは、政府が予算を出して臓器獲得をあらゆる方法で支援していることでわかる。

 ハワード氏によると、連邦政府の下で全米で58の臓器獲得機関が稼働している。臓器獲得の専門職員が移植コーディネーターを配属したり、病院に臓器提供を呼び掛け、ドナーの家族の支援も行う。

 また、約3ヶ月に1度、病院の死亡診断書をチェック。ドナー提供者になり得た人で見逃してしまった人はいないか、使える臓器を捨てていないかもみる。「州によっては臓器提供は本人の意思が主で家族は拒否できない。ドナーカードを携帯していなくても、救急病院でチェックできる体制もできている」という。

 米国臓器配分ネットワーク(UNOS)会長でバージニア大学保健科学センターのティモシー・プルート医師は「病院で、使えるのに廃棄されている臓器を減らすのが課題」と話す。さらに、今は廃棄されている臓器を減らすのが課題」と話す。さらに、今は廃棄されている臓器の中で、使えるものはないか、可能性を探す努力もしているという。」


政府が予算を出して「連邦政府の下で全米で58の臓器獲得機関が稼働」し、使える臓器を捨てていないか「約3ヶ月に1度、病院の死亡診断書をチェック」までするのですから、徹底しています。
政府も徹底していれば、それに呼応して米国臓器配分ネットワーク(UNOS)の方も、「今は廃棄されている臓器を減らすのが課題」であり、さらに、「今は廃棄されている臓器の中で、使えるものはないか、可能性を探す努力もしている」というのです。


(4) 

「腎不全の治療には、人工透析もあるが、これほど移植に力を入れるのは、なぜか。生体肝移植やドミノ肝移植などに携わってきたフロリダ大移植外科・藤田士朗助教授は、その根拠に生存率の差を挙げる。

 「以前は移植のメリットは、QOL(生活の質)が上がること、医療費が安いこと、などといわれた。たしかに、移植を受けた人の8-9割が社会復帰をしている。しかし、最も大切なのは、10年生存率が透析患者だと約4割だが、移植をすると約8割まで上がるということ。米国では、今では移植は長生きするための手段といわれる」」


米国が移植に力をいれるのは「QOL(生活の質)が上がること、医療費が安いこと」から、10年生存率が透析患者だと約4割だが、移植をすると約8割まで上がるという現実からして、「米国では、今では移植は長生きするための手段」となったわけです。


(5) 

「米国の移植界がいかに「万波移植」に興味を持ったか。それは5月に開催される米国移植外科学会会議で、万波氏の発表が受理されたことでも明らかだった。しかし日本移植学会が「調査委員会が調査中で、発表は適切ではない」とした手紙を米国の学会に送った直後、発表は取りやめとなった。

 このことについて、前出のハワード氏は「詳しい事情はわからないが、他国で起きている論争に巻き込まれるのを避けたのではないか。しかし一度受理したものは取り下げるべきではなかった。議論するためにも発表の機会はあった方がよかった」と話す。

 さらに「(万波氏らが指摘された)手続きの問題と医学的な可能性は次元の違う問題」とする。」


米国移植外科学会会議で行われるはずだった、万波氏の発表が取りやめになった理由は、事情を聞いていないので分からないとしつつも、「手続きの問題と医学的な可能性は次元の違う問題」であるから、手続きの不備は取りやめになった理由ではなく、「他国で起きている論争に巻き込まれるのを避けたのではないか」と述べています。

医学的な可能性を探るのが学会の役割なのに、学会の役割が分からないような愚かな医師が、手続きの不備を問題にして他国の移植学会にまで妙な手紙を送りつける……。不合理な理由で他国にまで不可解な手紙を送りつけるような日本移植学会とは関わらないほうが良いと思うのは、容易に分かる理由です。取りやめになったことで、日本移植学会の幹部は勝ち誇っているのでしょうが、米国移植外科学会としては呆れているというか、馬鹿にしているというのが実態でしょう。


(6) 

「ハワード氏は「米国の学会は声明を出して医療にルールを作ったり、規制したりしない」とも話した。

 「どんな治療をするかは医師に任される。新しい方法なら、患者に予想しきれないリスクも含めて説明し、患者の了承を得て行う。そのデータが積み重なり、いい結果が出る方法なら注目され、治療として一般化される。学会が禁止すると医療の発展を妨げることになる。米国では、学会が患者のためにドナーを増やす努力をしなければ厳しい目でみられる」とする。

 さらに「まずやってみないことには医学の進歩はない。どんな医療も初めは少数派だった。誰かがやってみなければ、今の移植医療もなかったでしょうね」と話した。」


日本の医師も米国に学びに行っているのにも関わらず、日本と米国が大きく違う点です。「米国の学会は声明を出して医療にルールを作ったり、規制したりしない」のですし、「新しい方法なら、患者に予想しきれないリスクも含めて説明し、患者の了承を得て行う」のです。お上や権威ある者にルールを決めてもらうことばかり求める日本とは大違いです。

病腎移植の有効性に目をつぶり、ドナー不足を増やす努力に後ろ向きな日本移植学会など関係4学会に対して、日本の市民は厳しく非難しないのですから、日本の市民はなぜここまで権威に弱いのか、呆れるほどです。「米国では、学会が患者のためにドナーを増やす努力をしなければ厳しい目でみられる」のとは大違いです。


<デスクメモ>では、「最後の選択は自分でしたいと願う」としています。患者の自己決定権を重視するということは、どんなにリスクがあっても、説明や情報を得た上で自分で決めるということなのです。病腎移植も、臓器提供者(ドナー)と移植希望者(レシピエント)がリスクと利益を完全に理解しているならば容認できるというのは、患者の自己決定権に適う意見だと思うのです。
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2007/04/20 [Fri] 08:07:16 » E d i t
国際腎不全シンポジウムに参加してきました。大阪会場は1000人ほど集まったそうですが、東京会場の方も満員の状態でした。内容的に意義あるものでした。演目については、時間の関係上、「患者の治療の選択権」(ビデオ講演)(演者:林秀信・弁護士)がカットになったのは残念でした。
米移植外科学会元会長と万波医師が都内で記者会見を行ったという報道、国際腎不全シンポジウムの報道について紹介したいと思います。


1.米移植外科学会元会長が都内で記者会見したという報道について。

(1) 産経新聞平成19年4月19日付朝刊29面

 「病腎移植 「検討対象にできる」  来日中 米移植外科学会元会長

 病気治療のために摘出する腎臓を第三者に移植する「病腎移植」について、来日中の米移植外科学会元会長のリチャード・ハワード・フロリダ大教授は18日、都内で記者会見し「検討対象にできるのではないか」と述べ、強い関心と将来への可能性を示した。

 日本移植学会など4学会は3月31日、「現時点で妥当性はない」と病腎移植に否定的な統一見解を出している。その一方で、病腎移植を望む患者の声は根強い。

 ハワード教授は死体から摘出し移植する臓器について「完璧(かんぺき)なものからどの程度の逸脱が許されるかという問題がある。米国でも正常な機能の臓器ばかりを移植しているわけではない。脳腫瘍(しゅよう)や皮膚がんの患者の臓器は使うし、がんの既往歴のある患者の臓器も使っている」と述べた。

 生体移植の場合でも「がんが小さく完全に切除でき、摘出される患者と移植される患者の双方に十分な情報が提供され、適切な手続きを踏むなら、移植に妥当性がないとは言い切れないのではないか」と述べ、病腎移植が検討対象となり得るとの考えを示した。

 ハワード教授は、宇和島徳洲会病院(愛媛県宇和島市)の万波誠医師らを支援する患者らでつくる「移植への理解を求める会」が主催した「腎不全シンポジウム」で講演するため来日した。」




(2) 日テレNEWS24(<4/18 21:37>)

 「病気腎移植、検討対象に~米移植学会元会長<4/18 21:37>

 愛媛・宇和島徳洲会病院の万波誠医師による病気腎移植問題で、全米移植学会の元会長と万波医師が18日、東京都で共同会見を開き、「病気腎移植は今後、移植の新たな道として、検討対象にしてもよいのではないか」との考えを示した。

 18日の会見で、全米移植学会のリチャード・ハワード元会長は、「アメリカでは患者にどのような結果をもたらしているかが重要で、万波医師の病気腎移植は比較的良好な結果をもたらしている」と述べた。その上で、ハワード元会長は病気腎移植を今後、移植の新たな道として、検討対象にしてもよいのではないかのとの考えを示した。

 また、万波医師は病気腎移植について、今でも全く問題なかったと確信しているとした上で、「移植患者の立場に立ち、ドナーを増やすことを積極的に進めていくべき」と述べた。」


この報道のうち、重要なのは

「ハワード教授は死体から摘出し移植する臓器について「完璧(かんぺき)なものからどの程度の逸脱が許されるかという問題がある。米国でも正常な機能の臓器ばかりを移植しているわけではない。脳腫瘍(しゅよう)や皮膚がんの患者の臓器は使うし、がんの既往歴のある患者の臓器も使っている」と述べた。」

という点です。
腎不全シンポジウムでも述べていましたが、米国では、理想的な腎臓、すなわち標準的なドナー(SCD)は少ないので、標準逸脱ドナー(ECD)、心停止後ドナー(DCD)も移植用の臓器として使用しているそうです。これは、米国政府自体が、できる限り移植に使える臓器を増やす努力を求めていることに呼応したしたものであり、移植に適する臓器の廃棄率を低下させる努力を行っているそうです。

臓器不足解消のため、移植可能な腎臓の限界まで探っている米国の実情からすると、米移植外科学会元会長のリチャード・ハワード・フロリダ大教授としては、病腎移植を(現時点で)一切否定しようとする日本の移植医療は、余りにも奇異な感じを受けるはずです。

日本移植学会は、病腎移植を(現時点で)一切否定しようとしていることからすると、移植医療の先端を走っている米国の事情を全く知らないのでしょう。米国政府上げての取り組みを知らないのですから。
こうなると、日本移植学会所属の腎移植専門医は、米国で移植医療を学ばないのでしょうか? 日本移植学会所属の腎移植専門医の医療知識・技量について、怖いほど不安を感じます。



(3) 記者会見については他の報道機関にも記事があります。報道しないよりはずっと良いのですが、万波医師が記者会見をしたという報道ですので、ピントがずれています。

 「病気腎移植、万波医師が学会声明を批判

 宇和島徳洲会病院の万波誠医師が18日、都内で記者会見し、病気腎移植を不適切だとする関係学会の声明について批判しました。

 「(移植は)全然問題なかったと確信している」(宇和島徳洲会病院 万波 誠 医師)

 万波誠医師らによる病気腎移植問題をめぐっては、先月末に日本移植学会など関係学会が「医学的な妥当性はない」として、移植を「不適切」だとする声明を出しています。

 これに対し、18日、都内で会見を行った万波医師は「学会に説明したが十分に聞いてもらえなかった。症例を慎重に検討してもらえれば分かるはずだ」と批判しました。

 また、万波医師は「日本は20年ほど待ってもドナーが現れないのが現状。もっと患者の立場に立つべき」と述べ、改めて病気腎移植の有効性を訴えました。(18日20:51)」(TBSニュース(04年18日20:51)



 「病気腎移植、もっと検討を 万波医師が学会批判
2007年4月18日 18時58分

 宇和島徳洲会病院(愛媛県宇和島市)の万波誠医師(66)らが18日、都内で記者会見し、病気腎移植を否定する関係学会の声明について「話を十分に聞いてもらえなかった。症例をもっと慎重に検討してもらえれば分かる」と批判した。

 この問題では日本移植学会など関係学会が3月末、摘出と移植、同意手続きなどについて検討した結果「現時点では医学的な妥当性がない」との声明を発表したが、万波医師は「いろいろな人の話を聞き、あらためて病気腎移植は悪くないと思った」と、有効性を訴え続ける考えを示した。

 自らも万波医師の移植手術を受けた「移植への理解を求める会」の野村正良代表幹事は「使える腎臓が年間2000個は捨てられている。使えるかどうか、医学的検討はしてほしい」と訴えた。

(共同)」(東京新聞(2007年4月18日 18時58分)


万波医師が、病腎移植の有効性を訴えたこともニュースとして価値あることですが、せめて米移植外科学会元会長のリチャード・ハワード・フロリダ大教授ともに記者会見をしたという報道を行うべきでした。もちろん、万波医師が背広を着て記者会見をしたということも貴重ですが。
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2007/04/19 [Thu] 21:09:56 » E d i t
4月17日午後7時50分ごろ、長崎市の伊藤一長(いとう・いっちょう)市長(61)が、JR長崎駅前にある同市大黒町の選挙事務所前の歩道で、短銃を持って待ち伏せしていた男に背後から数発撃たれ、出血多量のため収容先の長崎大付属病院で死亡しました。17年前、長崎市では当時の本島等市長が右翼団体の男に銃撃されて、重傷を負ったのですから、凶行が再び繰り返されたのです。
その前日、4月16日朝(日本時間同日夜)に、米バージニア州南西部ブラックスバーグのバージニア工科大学で銃乱射事件が発生し、少なくとも死者32人が死亡し、銃を使った事件が起きたばかりでした。
この長崎市長に対する銃殺事件について、コメントしたいと思います。


1.まずは事件の概要から。

(1) asahi.com(2007年04月18日03時48分)

 「銃撃された伊藤長崎市長が死亡 出血多量で
2007年04月18日03時48分

 17日午後7時50分ごろ、長崎市のJR長崎駅前にある大黒町の選挙事務所前の歩道で、短銃を持って待ち伏せしていた男に背後から数発撃たれた同市の伊藤一長(いとう・いっちょう)市長(61)が18日午前2時28分、出血多量のため収容先の長崎大付属病院で死亡した。銃弾2発が胸に撃ち込まれていた。伊藤市長は22日投開票の市長選に4選を目指して立候補していた。

 長崎県警は殺人未遂の疑いで現行犯逮捕していた同市風頭町、指定暴力団山口組系「水心会」会長代行、城尾哲弥容疑者(59)の容疑を殺人に切り替えて調べる。

 伊藤市長は、同市初の戦後生まれの市長。原爆投下の2週間後に疎開先の山口県で生まれた。長崎市議、県議を経て、95年に本島等氏を破って初当選した。

 就任後は、被爆地の市長として国際会議などでも発言してきた。当選した年の11月、オランダ・ハーグの国際司法裁判所での証言で、広島市長とともに「核兵器の使用は国際法に違反していることは明らか」と陳述。「違反とまでは言えない」との立場の外務省からは、文言をめぐって直前まで働きかけが続いたが、曲折の末、「違法」を明言した。

 02年8月には「原爆の日」の「平和宣言」で、同時多発テロ後の米国の核政策を「国際社会の核兵器廃絶への努力に逆行している。こうした一連の独断的な行動を断じて許すことはできない」と述べ、初めて米国を名指しで批判した。

 05年5月、米ニューヨークの国連本部で開かれた核不拡散条約(NPT)再検討会議の本会議場で発言。長崎の原爆で黒こげになった少年の写真を掲げ、「核兵器と人類は共存できない」と訴えた。

 今年3月、前年に続いて被爆地・長崎の反対の声を押し切り、米海軍のイージス艦が長崎港に入港。「核搭載の疑惑もある軍艦なので、残念の一言に尽きる」と語った。

 市役所内の裏金問題で自らの減給処分を決め、4月の市長選へ出馬を表明。不正に終止符を打つ構えを示した。

 伊藤市長の死亡に伴い、公職選挙法の規定により、18日から19日まで長崎市長選の補充立候補を受け付ける。同市長選には、亡くなった伊藤市長のほか新顔3人が立候補している。」



「17日午後7時50分ごろ、長崎市のJR長崎駅前にある大黒町の選挙事務所前の歩道で、短銃を持って待ち伏せしていた男に背後から数発撃たれた同市の伊藤一長(いとう・いっちょう)市長(61)が18日午前2時28分、出血多量のため収容先の長崎大付属病院で死亡した。銃弾2発が胸に撃ち込まれていた。」


選挙期間中ですから、有権者と接するため無防備になりやすく、しかも選挙事務所に帰ってきたところを背後から胸に撃ったのですから、計画的に待ち伏せし、確定的な殺意を持っていたことが分かります。

「長崎県警は殺人未遂の疑いで現行犯逮捕していた同市風頭町、指定暴力団山口組系「水心会」会長代行、城尾哲弥容疑者(59)の容疑を殺人に切り替えて調べる。」


犯人として現行犯逮捕された者は、指定暴力団山口組系の会長代行という幹部でした。暴力団員ゆえ、銃を入手しやすい立場にあったわけです。

「就任後は、被爆地の市長として国際会議などでも発言してきた。」


伊藤市長は、就任前と異なり、就任後は被爆地長崎の市長として核廃絶運動の先頭に立ち続けてきたのですから、この事件によって反核の発言をしたために撃たれたのではないかと疑念が持たれ、「容疑者の動機がなんであれ、反核運動が萎縮(いしゅく)するのではないかと心配」(朝日新聞4月18日付「社説」)されています。



(2) 朝日新聞4月18日付夕刊1面

 「長崎市の対応に恨みか 容疑者は市と複数のトラブル
2007年04月18日16時03分

 長崎市の伊藤一長市長(61)を銃撃した殺人未遂の疑いで逮捕された指定暴力団山口組系「水心会」の会長代行、城尾哲弥容疑者(59)が長崎県警の調べに対し、自らがかかわっていた市との複数のトラブルについて説明していることが18日、わかった。こうした供述に加え、事前にマスコミに郵送していた文書の内容などから、県警は、動機に暴力団の組織的な背景はなく、同容疑者が市の対応に個人的な恨みを募らせて市長を狙ったとの見方を強めている。

 県警は同日未明、城尾容疑者宅や組事務所など5カ所を同容疑で家宅捜索したが、伊藤市長の死亡を受けて容疑を殺人に切り替えた。同容疑者は調べに対し、「市長を撃って、自分も死のうと思った」と供述。さらに、市発注の歩道工事の現場にあったくぼみに車が転落した事故に対する補償交渉に市が応じなかったことへの不満や、知人の会社への融資などをめぐって市とトラブルになっていた経緯などを話しているという。

 一方、18日未明に記者会見した市側の説明によると、城尾容疑者からは03年2月に起きた車の転落事故をめぐり、当初はバンパーの修理代として市に60万円の支払い要求があった。その後、「ホイールが悪くなった」などと主張はエスカレートし、結局、総額二百数十万円を求めてきたという。市は「賠償する責任はない」として拒否したが、電話や面会は04年秋までに約50回に及んだ。

 この問題について市は「軽微なトラブル」と判断し、伊藤市長には報告しなかったとしている。

 また、関係者によると、同容疑者は知人が社長をしていた同市内の土木会社が02年、市の制度を利用して銀行から融資を受けようとして断られた際にも、「市の対応が悪い」などと周囲に語っていたという。

 同容疑者を知る弁護士は取材に対し、「融資が断られた件で、城尾容疑者は市への恨みをかなり抱いていた。事故の話も聞いており、腹を立てている感じだった」と話している。

 城尾容疑者は犯行前、こうした不満について記した文書をテレビ朝日あてに郵送。消印は今月15日で、冒頭には「ここに真実を書いて自分の事は責任を取ります」との表現があった。県警は、この時点で銃撃を決意していた可能性もあるとみて経緯を調べている。

 城尾容疑者は「水心会」の前身の組の幹部だった89年7月、「公表すれば問題になる写真を持っている」として当時の本島等長崎市長から1000万円を脅し取ろうとした恐喝未遂事件の容疑者の1人として逮捕されている。」


今のところ、犯行動機は次の2点のようです。

「城尾容疑者からは03年2月に起きた車の転落事故をめぐり、当初はバンパーの修理代として市に60万円の支払い要求があった。その後、「ホイールが悪くなった」などと主張はエスカレートし、結局、総額二百数十万円を求めてきたという。市は「賠償する責任はない」として拒否したが、電話や面会は04年秋までに約50回に及んだ。……

 また、関係者によると、同容疑者は知人が社長をしていた同市内の土木会社が02年、市の制度を利用して銀行から融資を受けようとして断られた際にも、「市の対応が悪い」などと周囲に語っていたという。」

要するに、市道の陥没で自分の車に傷がついたとして、賠償を求め拒絶されたことと、知人が社長をしていた同市内の土木会社が02年、市の制度を利用して銀行から融資を受けようとして断られたことを恨んだためでした。前者は、工事中だから入らないで欲しいと言ったのに入ったのですし、後者は、「(市の)公共事業から外された」という不満と絡んでいるようですが、元々この会社は入札資格がなかった(日本テレビ報道による)のですから、いずれも逆恨みとしか言いようがありません。


このような行政機関に不当な利益を要求することを「行政対象暴力」と言います。このような「行政対象暴力」については、次のような記事があります。

長崎市長死亡 「行政」暴力団の資金源

 長崎市の伊藤一長市長が銃撃された事件は、暴力団幹部が市の対応に不満を募らせ犯行に及んだ疑いが強まっている。警察庁によると、行政対象暴力に関する相談は年間2000件以上に上り、暴力団の資金源にもなっている。全国暴力追放推進センター(東京)では「不当要求は担当者任せにせず、組織で対応し、警察やセンターに早めに相談してほしい」としている。

 かつて日本中がバブル景気を謳歌(おうか)していたころ、潤っていたのは民間企業だけでなく、暴力団や総会屋、右翼団体など反社会勢力も恩恵を享受していた。しかしバブル経済の崩壊による景気低迷、そして大手証券会社などによる総会屋への多額の利益供与事件(平成9年)がきっかけで警察の取り締まりが厳しくなり民間企業からの不当な資金提供はシャットアウトされた。

 その結果、暴力団のターゲットは行政機関へ。警察庁は14年、全国の警察本部に実態を把握するよう通達を出した際、「行政対象暴力」という用語を初めて使用した。

 行政対象暴力は、行政窓口での公務員のささいな不手際や個人的なスキャンダルをネタに利益を要求するほか、暴力団などの関係企業が公共工事に参入するほか、暴力団などの関係企業が公共工事に参入できるように強要するなどの行為だ。生活保護を受けられるよう要求するケースもあり、利益のためになりふり構わぬ姿が浮かび上がる。

 17年8月に行われた行政機関への不当要求についてのアンケート(有効回答3790通)では、暴力団などの不当要求を受けた経験が「ある」との回答は831件(約22%)。このうち「最近1年間に要求があった」との回答は594件に上った。

 主な要求内容は物品購入、機関紙の購読、寄付金の提供、公共工事の入札、指名、受注などの便宜供与。不当な要求に応じてしまった行政機関もあり、理由として「断るのが困難」(27件)▽「要求が少額だったから」(14件)▽「トラブル拡大を恐れた」(12件)―を挙げている。

   ■     ■

 行政機関側は近年、不当要求に対抗する条例を策定するなど対策強化を図っている。警察の厳しい取り締まりもあり、摘発件数は15年・87件、16年・50件、17年・43件と減少傾向にあった。それだけに、市への不満から市長が暴力団幹部に銃撃されるという今回の事件は、数多くの権限を持つ自治体の首長に波紋を広げた。

 「暴力団が『おれたちが手を出せば、このくらいのことはできる』と見せしめのようにアピールしているような犯罪に思えて仕方がない。決して許せない行為だ」。8年10月、産業廃棄物処分場の建設計画を見直していた最中、暴漢に襲われて一時重体になった岐阜県御嵩町の柳川喜郎町長(74)は怒りをあらわにする。

 元神奈川県逗子市長で龍谷大の富野暉一郎教授(地方自治論)も市長時代、山林開発をめぐる問題で暴力団関係者と面会。不当な要求を断った際、「こちらにも覚悟があります」と言われた。露骨な脅迫の言葉はなくにも、にじみ出る雰囲気にものすごい威圧感を覚える。暴力団関係者が職員の家族にも圧力を加えるようになり、組織として対応しなければ職員もつぶれてしまう―と思ったという。

 富野教授は「暴力を根絶することは難しい。だが、まず行政が組織として権限を適正に行使し、たとえ首長であっても不適正な処理はできないという意識を、社会全体に定着させていく必要がある」と話している。」(産経新聞4月19日付朝刊3面)


注目すべき点は、「暴力団が『おれたちが手を出せば、このくらいのことはできる』と見せしめのようにアピールしているような犯罪に思えて仕方がない」という点です。個人的に市とトラブルがあったという都合のいい理由があり、2年前からは容疑者は市と接触していなかったのに、突然凶行に及んだのですから、見せしめの疑いが強いと推測しています。




2.この事件についての解説を紹介

(1) 朝日新聞平成19年4月18日付朝刊1面「解説」

 「民主主義への攻撃

 今回の事件が日本の政治にもたらす最大の危険性は、開かれた選挙のもと、しかも選挙事務所前で、有権者の審判を仰ごうとした候補者が、物理的な暴力によって、その被選挙権という民主主義の根幹の権利を奪われた点にこそある。

 何より選挙の告示期間中は、政治家が有権者に自己の政策や信条を直接訴えるという政治活動が最大限保障されなければならない時期である。犯行の動機は現段階では個人的なトラブルの可能性が高いとはいえ、被選挙権者に当然保障される選挙活動に脅威を与えた行為だったことは間違いない。加えて、長崎市長が襲われるのはこれで2回目だ。言論の自由、政治活動の自由が損なわれることがないよう、政治家も国民も毅然(きぜん)とした態度をとる必要がある。

 今回の事件を受けて政界の反応は、麻生太郎外相が「これまでの選挙のさなかに現職の候補者が銃撃されるという事件は聞いたことがない。理由が私憤であれ、公憤であれ、政治家や世間を萎縮(いしゅく)させるのが目的であることははっきりしている」と指摘したように、選挙に立候補する民主主義の基本前提を崩しかねない危険性に集約されつつある。民主党の鳩山由紀夫幹事長が「選挙中の候補者に対する考えられない事件であり、断じて許すことができない」とコメントを出したのも、同じ危機感からだろう。

 そうであるなら、今後の捜査も含め、政界全体が、この事件にどう向き合い、結果的に「言論テロ」とでもいうべき事態をもたらした社会情勢をどう改善していくのか。問われているのは政治家の個々人である。(森川愛彦)」


命を奪ったこと。それが一番非難すべきことですが、この凶行を厳しく非難すべき点は、次の点です。

「今回の事件が日本の政治にもたらす最大の危険性は、開かれた選挙のもと、しかも選挙事務所前で、有権者の審判を仰ごうとした候補者が、物理的な暴力によって、その被選挙権という民主主義の根幹の権利を奪われた点にこそある。」


代表民主制では、代表者となるべく立候補する者がいなければ存立しえません。今回のように立候補者を銃撃し、立候補者を消してしまうと民主制が成り立たなくなってしまいます。民主主義に対する攻撃、民主主義の危機であるといえるのです。

「何より選挙の告示期間中は、政治家が有権者に自己の政策や信条を直接訴えるという政治活動が最大限保障されなければならない時期である。犯行の動機は現段階では個人的なトラブルの可能性が高いとはいえ、被選挙権者に当然保障される選挙活動に脅威を与えた行為だったことは間違いない。」


政治活動・選挙運動の自由は、民主主義社会では最も尊重されるべき自由の1つです。特に、選挙の告示期間中の運動次第で当選するか否か決してしまうことも多いのですから、選挙の告示期間中の選挙運動の自由は、特に重要視すべきものです。ところが、今回の事件のように、選挙の告示期間中、選挙事務所に帰ったところを狙われるようだと、十分に選挙運動の自由を行使することができなくなってしまうのです。政治活動・選挙運動の自由を著しく委縮させる恐れがあるという点でも、今回の事件は許しがたいのです。

このような民主主義への攻撃・破壊への憤りを訴え、言論の自由、政治活動・選挙運動の自由が損なわれることがないよう、政治家も国民も毅然とした態度で、絶対に許されない行為であると、意思を表明すべきであるのです。



(2) 読売新聞4月18日付朝刊1面

 「卑劣なテロ 根絶を――社会部長・五阿弥宏安

 時計の針が逆戻りしたかのようだ。統一地方選のさなか、選挙運動中の伊藤一長・長崎市長が凶弾に倒れた。17年前の右翼団体幹部による市長銃撃事件を、思わず頭に浮かべた人が多かっただろう。

 首長候補者に向けられた凶弾の衝撃は、極めて甚大だ。議会制民主主義の根幹である選挙そのものを、揺るがしかねない。

 政治や言論の自由を暴力で封殺しようとした卑劣なテロ行為は、社会への重大な挑戦であり、断じて許すことはできない。

 まして、平和の象徴ともいうべき「ナガサキ」の地で繰り返された悲劇に、心から怒りを覚える。

 今回の犯人は、闇勢力の代表的存在である指定暴力団山口組系の幹部だった。警察は、事件の動機と背景の解明を急ぐとともに、さらなるテロ行為の連鎖を断ち切るため、背後に潜む暴力団への徹底的な捜査をすべきだ。

 暴力団の解体を目指し、1992年に暴力団対策法が施行されたが、暴力団の勢力はほとんど衰えていない。暴力団を封じ込める法整備が不十分な上、暴力団を利用する企業などの存在が、闇勢力の増殖を許す結果となっている。

 テロ行為は人々を畏怖させ、恐怖の連鎖を生む。だが、決して委縮してはならない。それこそ、卑劣な犯人の思うつぼである。

 暴力がはびこる土壌を、今度こそ払拭することができるかどうか。我々の社会の成熟度が試されている。」


今回の犯人は、暴力団の幹部でした。

「今回の犯人は、闇勢力の代表的存在である指定暴力団山口組系の幹部だった。警察は、事件の動機と背景の解明を急ぐとともに、さらなるテロ行為の連鎖を断ち切るため、背後に潜む暴力団への徹底的な捜査をすべきだ。

 暴力団の解体を目指し、1992年に暴力団対策法が施行されたが、暴力団の勢力はほとんど衰えていない。暴力団を封じ込める法整備が不十分な上、暴力団を利用する企業などの存在が、闇勢力の増殖を許す結果となっている。……

 暴力がはびこる土壌を、今度こそ払拭することができるかどうか。我々の社会の成熟度が試されている。」

今回の事件は、暴力団員であるからこそ容易に銃を入手でき、銃を使って犯行に及んだのです。暴力団を封じ込める法整備が不十分で、暴力がはびこる土壌を払拭できずにいたことが、今回の原因の1つと言っていいかと思います。銃の更なる徹底的な取り締まり、暴力団に対する効果的で徹底的な規制が必要とされているのです(ただし、3.の宮崎学氏のコメントに注意する必要があります。)。
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2007/04/17 [Tue] 08:16:25 » E d i t
今回は、病腎移植問題について2つの話題を紹介します。1つは、国際腎不全シンポジウムの開催のことと、もう1つは産経新聞4月16日付の記事です。産経新聞の記事は、日本移植学会が発表した、病腎移植の生存率・生着率の調査報告を疑問視する内容です。要するにインチキではないか、というものです。


1.病気腎移植の可能性を探るシンポジウムが、米国の移植関係者も参加して4月17日に大阪(シェラトン都ホテル大阪・17:00~19:30)、18日に東京(ホテルニューオータニ東京・17:30~20:00)で開かれます。入場無料で、「参加ご希望の方は 腎不全シンポジウム申込書 を持参して当日ご来場ください」とのことです。すでにTBを受けていますので、すでに情報はご存知だとは思います。

(1) 中国新聞('07/4/16)

 「病気腎移植テーマにシンポ '07/4/16

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 病気腎移植の可能性を探るシンポジウムが、米国の移植関係者も参加して17日に大阪、18日に東京で開かれる。宇和島徳洲会病院の万波誠医師の患者や支援者でつくる「移植への理解を求める会」が主催し、徳洲会グループが共催。全米臓器配分ネットワークのティモシー・プルート会長などが講演。難波紘二・広島大名誉教授が万波医師らの移植42例の調査結果を発表。徳洲会大阪本部=電話06(6346)2888。」

事前の報道としては、これが唯一のようです。内容からして、他の報道機関も報道してもよさそうなものですが。講演内容は、次の(2)をご覧下さい。


(2) 国際腎不全シンポジウム

<シンポジウム内容>

第1部
演題1 「腎不全の治療、日本の現状、他国と比較して」
●演者  藤田 士朗 フロリダ大学助教授

演題2 「ドナーを増やすためのUNOS (全米移植ネットワーク)の 努力と役割」
●演者  Timothy L. Pruett M.D.(ティモシー・プルート氏)
     米国臓器配分ネットワークUNOS(United Network of Organ Sharing)会長
     ヴァージニア大学保健科学センター医師(外科および内科)

演題3 「患者の治療の選択権」
●演者  林 秀信 弁護士

第2部
演題4 「腎臓移植、ドナーを増やすために」
●演者  Richard J.Howard M.D., Ph.D(リチャード・ハワード氏)
     米国移植外科学会元会長、フロリダ大学教授

演題5 「がんを持ったドナーからの臓器移植」(ビデオ講演)
●演者  Emanuela Taioli M.D., Ph.D(エマヌエラ・タイオーリ女史)
     ピッツバーグ大学教授(疫学、血液学および腫瘍学)
     がん予防研究所、公衆衛生学部

演題6 「瀬戸内グループによって行われた病腎移植42例」
●演者  難波 紘二 鹿鳴荘病理研究所所長(広島大学名誉教授)

演題7 「腎不全治療の日本における近未来」
●演者  堤 寛(ゆたか)
     藤田保健衛生大学医学部教授、日本病理学会理事

第3部 パネルディスカッション
テーマ:「ドナー不足時代の腎不全治療のあるべき姿」


●パネラー
第1部、第2部の演者、他を予定

●司会進行
野村 正良(まさよし) 「移植への理解を求める会」代表幹事

●パネルディスカッション司会
藤田 士朗 フロリダ大学助教授

※時間の都合で講演の順番が変わる場合がございます。



演者のお名前をみると、病気腎移植について好意的な側の立場にいる方たちが殆ど揃っている感じですから、聞く価値の高いシンポジウムだと思います。ただ、万波医師らなど実際に今回の病腎移植に携わった方たちは参加なさっていないようです。医療行為の方が優先ですから、それもまた止むを得ないと思います。

病腎移植に懐疑的な意見を持つ方もぜひ参加して、意見を聞いてみたらいいと思います。肯定否定両方の意見を聞いて判断することこそ、重要なことですから。

難波紘二・鹿鳴荘病理研究所所長(広島大学名誉教授)は、演題6「瀬戸内グループによって行われた病腎移植42例」についてお話をなされるようですから、おそらくは2.で紹介する、産経新聞の記事と類似する内容になるのかもしれません。

難波先生といえば、広島県医師会のHPにおいて、[07/04/12] 「私は病理学者・生命倫理学者として『病腎移植』を支持する」という論説を発表なされています。こちらも是非ご覧下さい。 最初の生体腎移植のことから、調査委員会のことまで触れられています。
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2007/04/16 [Mon] 18:43:16 » E d i t
様々な理由で子育てできない親から匿名で新生児を預かる「こうのとりのゆりかご」設置に向けて、熊本市の慈恵病院で4月12日、病棟の改築工事が始まったそうです。順調に進めば4月28日に完成し、熊本市保健所の確認を経て、5月の大型連休後から運用が始まる見通しだそうです(asahi.com(2007年04月12日20時24分))。
まだ設置されていないのですが、すでに問い合わせが20件ほどきているようです。東京新聞4月15日付「こちら特報部」の記事を見ると、「こうのとりのゆりかご」には、本来の目的以上の意義が生じているようです。東京新聞4月15日付「こちら特報部」を紹介したいと思います。


1.東京新聞平成19年4月15日付朝刊28面「こちら特報部」

熊本・赤ちゃんポスト設置間近 

 熊本市の設置許可を受け、早ければ今月末にも赤ちゃんポスト「こうのとりのゆりかご」を設置する慈恵病院(同市)に母親たちからの相談が相次いでいる。一部から「親の無責任を助長する」と批判される赤ちゃんポストだが、病院は「できるだけ相談してもらい、ゆりかごの利用は最終手段に」と呼びかけ、態勢づくりを進めている。  (片山夏子)

◆問い合わせ すでに20件  まず悩み相談 橋渡し

 「赤ちゃんポストはできましたか」。昨年11月、「こうのとりのゆりかご」の計画を発表して以来、慈恵病院に電話で約20件の問い合わせがあった。大半は妊娠中の女性からだが、男性からも。当初はみんな匿名や偽名だったが、最終的に全員が本名を名乗ったという。

 田尻由貴子看護部長は「説得はしない。とにかく話を聞く。話をしている間に本人が考えることができる」と説明する。話しているうちに「実は…」と本名を名乗り、事情を打ち明ける。1日に何度も電話をかけてくる人も。「それだけ不安が強い。できれば相談に来ませんかと呼びかける」と田尻さん。電話の後、直接病院に来た人も少なくない。

◆「父親が蒸発」「経済的に不可能」

 20代女性で誰にも相談できないまま、赤ちゃんポストについて問い合わせてくる場合が多いという。

 「父親になる人が蒸発した」「母子家庭で、経済的にもう一人は育てられない」「未成年で妊娠を親に言えないうちに臨月が近くなってしまった」―。相談は多岐にわたる。本人が親に話しにくいときは病院が橋渡しする。「一人で抱えないようにして、どうするかを相談する。子育ては大変。育てるにしても、孤立すれば虐待につながる心配もある」(田尻さん)

 相談者の中にはすでに出産した人もいて、約半分が特別養子縁組に、半数が自分で育てると決めた。

 慈恵病院は赤ちゃんポストを機に「新生児相談室」を新設。2002年から「妊娠葛藤(かっとう)相談」を行ってきた経験が生きる。田尻さんや助産師などカウンセリングのできる担当者が24時間電話相談に乗る。赤ちゃんポストにも、赤ちゃんを置きに来た人あての手紙を入れ、病院に相談したり、赤ちゃんのために名乗ってほしいと呼びかける。

◆支援の希薄さ 困窮を考えて

 匿名が救済につながる場合もあるために、匿名性は排除しないが、田尻さんは「命を救うことが最優先だが、親が名乗ることで、すぐに里子や養子縁組ができる選択肢が赤ちゃんに増える。子どもが親を知りたいとおもったときのために、匿名性をなるべくなくしたい」と話す。「ゆりかごは最終手段。利用されないに越したことはない。ゆりかごがきっかけとなって相談に来てくれれば」(田尻さん)が病院側の気持ちだという。熊本市や熊本県も妊産婦への24時間電話相談などの充実に乗り出すが、田尻さんは「困窮する人たちの受け皿や支援体制の希薄さを国を挙げて考えてほしい」と訴える。

 母子家庭の当事者団体「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」の赤石千衣子(ちえこ)理事は10年前に比べ、女性一人での子育ては困難になっていると指摘、婚外子差別やシングルマザーの生きにくい空気を踏まえ「お母さんたちが今の時代に感じている、産みにくさや生きにくさをどう解決していくかも並行して議論されれば」と話す。「親の状況がどうであれ、子どもの育ち全体を支援するシステムが日本にはない。なぜ、赤ちゃんポストに来るのか、どうして手放さなくてはならないのかをもっと分析し、解決していく議論や支援が必要だ」と強調した。



「こうのとりのゆりかご」 

 赤ちゃんが預けられると、慈恵病院は児童相談所や警察、熊本市などに通報。市が赤ちゃんの戸籍を作り、里親のもとか乳児院で育てられるが、親の身元が分かる可能性があるため、1年ほどは乳児院で暮らす。親が分かる場合は里子になったり、親権放棄を経て特別養子縁組が行われる。」




2.「こうのとりのゆりかご」問題については、「「こうのとりのゆりかご」(いわゆる「赤ちゃんポスト」)問題~厚労省は慈恵病院による設置申請を容認へ」について一度触れています。法律問題など主要な問題点についてはそちらをご覧下さい。

東京新聞の記事から幾つかコメントします。

(1) 

「1日に何度も電話をかけてくる人も。「それだけ不安が強い。できれば相談に来ませんかと呼びかける」と田尻さん。電話の後、直接病院に来た人も少なくない。

◆「父親が蒸発」「経済的に不可能」

 20代女性で誰にも相談できないまま、赤ちゃんポストについて問い合わせてくる場合が多いという。

 「父親になる人が蒸発した」「母子家庭で、経済的にもう一人は育てられない」「未成年で妊娠を親に言えないうちに臨月が近くなってしまった」―。相談は多岐にわたる。本人が親に話しにくいときは病院が橋渡しする。「一人で抱えないようにして、どうするかを相談する。子育ては大変。育てるにしても、孤立すれば虐待につながる心配もある」(田尻さん)」


どうやら慈恵病院は、「こうのとりのゆりかご」設置をきっかけとして、広く全国に知られる、妊娠中の女性に対する相談窓口になっているようです。いかに現在の状況が相談所が少なく、または、相談所があっても相談できない状況であることが明らかになったようです。

だからこそ、今現実に困っている状況に対して直接対応している、田尻看護部長は、

「熊本市や熊本県も妊産婦への24時間電話相談などの充実に乗り出すが、田尻さんは「困窮する人たちの受け皿や支援体制の希薄さを国を挙げて考えてほしい」と訴える。」

となるわけです。


(2) 

「母子家庭の当事者団体「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」の赤石千衣子(ちえこ)理事は10年前に比べ、女性一人での子育ては困難になっていると指摘、婚外子差別やシングルマザーの生きにくい空気を踏まえ「お母さんたちが今の時代に感じている、産みにくさや生きにくさをどう解決していくかも並行して議論されれば」と話す。「親の状況がどうであれ、子どもの育ち全体を支援するシステムが日本にはない。」


10年前よりも、女性一人での子育ては困難になっているとか、子どもの育ち全体を支援するシステムが日本にはないというのは、国側が現実に対応したシステムの構築を怠ってきたということを意味します。

「こうのとりのゆりかご」設置を批判するならば、まずは、「子どもの育ち全体を支援するシステム」の構築を十分に行ってからでしょう。そういうシステムの構築なしに批判しても、赤ちゃんを街角に捨てたり、殺したりしてしまうだけです。規範意識とか、匿名性はいけないと唱えているだけでは、現実に困っている人に対しては、何も解決策にならないのです。


もちろん、「こうのとりのゆりかご」を設置したところですべての問題が解決することにはなりませんし、なくても命が失われないのであればよいのです。しかし、現実的は異なります。ならば、「こうのとりのゆりかご」を設置して、一人の命でも救うことは価値あることですし、困ってい状況にある妊娠中の女性にとって最後のよりどころになって、助けることに意義があるのです(ニューズウィーク日本版(2007年3月14日号)「赤ちゃんポストの欧州事情」23頁参照)。

ニューズウィーク日本版(2007年3月14日号)「赤ちゃんポストの欧州事情」の記事の最後は、次のような文章で締めていました。

「絶望的な心境で赤ちゃんを差し出す母親は知っている。窓口の向こうでは、優しい腕が受け止めてくれることを。」

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2007/04/15 [Sun] 05:13:27 » E d i t
憲法改正の手続きを定める国民投票法案の与党修正案が4月13日午後の衆院本会議で、自民、公明両党などの賛成多数で可決、参院に送られました。16日に参院憲法調査特別委員会で審議入りすることになります。この報道についてコメントしたいと思います。


1.まず、報道記事から。

(1) 東京新聞平成19年4月14日付朝刊1面

 「国民投票法案が衆院通過 与党案16日から参院審議
2007年4月14日 朝刊

 憲法改正の手続きを定める国民投票法案の与党案は十三日午後の衆院本会議で、与党などの賛成多数で可決され、参院に送付された。民主党案は否決された。これを受け、参院の与野党は十六日午前の本会議で同法案の趣旨説明と質疑を行った後、憲法調査特別委員会で提案理由説明を行う日程で合意した。同法案が六月二十三日の今国会会期末までに成立するのは確実だ。 

 安倍晋三首相は十三日夜、国民投票法案の衆院通過について「ずいぶん長い時間、議論し、問題点、論点は出尽くし、機は熟した。いつかは採決をしなければならず、その時がとうとうやってきたということではないか」と述べた。訪問先の石川県輪島市で記者団に語った。

 十三日の衆院本会議で共産、社民両党は与党案と民主党案の両方に反対した。国民新党は与党に抗議の意を示すために審議の途中で退席した。

 与党案は、衆参両院に憲法改正原案を審議する憲法審査会を新設。ただし、公布から三年間は審議を凍結する。

 投票権者の年齢を原則十八歳以上とし、法律が施行されるまでの三年間に「公職選挙法、民法など必要な法制上の措置を講じる」と付則で規定。それが実現するまでの間は二十歳以上とする。公務員・教育者が地位を利用して投票を呼び掛ける運動は禁止するが、罰則は設けない。

 憲法九六条は、国会が発議した改憲案を国民投票にかけて過半数の賛成があれば承認されると規定しているが、投票の実施方法に関する法律は制定されていない。与党と民主党は昨年五月に、それぞれ法案を提出。衆院憲法特別委員会の理事が修正協議を続けたが、一本化に至らなかった。」




(2) 東京新聞平成19年4月14日付朝刊1面「筆洗」

 「中立的な手続きルールを定めるだけなのだから、成立は当然だ。遅すぎたぐらいだという論調が、メディアの中にもあることに正直驚く。それならなぜ、与野党一致の合意のもとで行われなかったのか▼「憲法改正の手続きを定める国民投票法案」が、前日の特別委に続き、衆院本会議でも与党だけの賛成多数で可決、参院に送付された。今国会での成立は必至という。憲法改正への第一歩がついに踏み出された。歴史の節目をこんなふうに越えてもいいのか▼施行は公布から三年後、それまで改憲案の審査は行わないというが、「三年」という改正への時限スイッチが入り、コチコチ時を刻み始めたことには違いない。就任以来「戦後レジームの脱却」を唱えてきた安倍政権だが、この政権を支える衆院の絶対多数は、憲法改正への信任として与えられたものではない▼一昨年九月、郵政民営化法案を参院に否決された小泉前首相が、その是非を国民に問う、いわば「疑似国民投票」として行われた衆院解散で与えられたものだ。それをまだ国民の合意形成もない憲法改正の手順に使うのは筋違いだ▼その負い目があるから、最後まで民主党を含めた与野党共同提案が模索されたのではないか。安倍首相は、憲法を改正したかったら、七月の参院選といわず、前首相に倣ってその是非を、解散総選挙で問うてはどうか▼防衛庁を省に昇格させ、手続きルールだと言っては改正への国民投票法をつくる。そんな外堀を埋めてから本丸を攻めるような姑息(こそく)な方法で国家百年の計を決めるな。」



(3) 東京新聞平成19年4月14日付朝刊27面

 「改憲難しくなった――小林節・慶応大学教授(憲法)の話

 自民党と民主党が対立したことにより、改正の発議に必要な衆参各院の国会議員の3分の2の賛成が得にくくなり、かえって改憲は難しくなったのではないか。憲法全体を包括的に問うなど問題の多かった3年前の与党案に比べ、今回の法案は、自民、民主両党が信頼し合って論議を深め、修正されてきた、公正で良い案だ。それだけに、参院選の思惑がからんだ土壇場での対立は相互に根強い不信感を生んだ。安倍首相が本気で改憲を目指すならこのような形での決着は大きな矛盾となる。」




(4) 朝日新聞平成19年4月14日付朝刊35面

◆問われる参院の良識――高見勝利・上智大教授(憲法)の話

 国民投票法が、憲法改正の是非について主権者である国民の意思を確定するルールであることを考えると、とりわけ慎重な審議が必要だ。衆院を解散し、国民投票法を争点に民意を問うことを考えてよいぐらいの重要な法案だった。与党が強引に衆院を通過させたのは、拙速との非難を免れない。これから問われるのは参院の対応だ。夏の参院選で法案の対立点を争点に掲げて民意を確かめ、その結果を踏まえ、法案を出し直して審議を行うことが筋だろう。「有効投票の過半数が得られさえすれば、かりに20%の有権者しか投票所に足を運ばなかったとしても、国民による憲法改正の承認があったといえるのか」など論点はたくさんある。衆院が送った法案をうのみにし、法成立を急ぐことは許されない。ことは二院制の存在意義にかかわる。良識の府として衆院の案を厳しくチェックする機能が期待されているのに、それを放棄するかのような態度に出れば、参院は無用ということになろう。一人ひとりの参院議員は自覚すべきだ。


◆イラク戦争に反対して外務省を退職した天木直人・元レバノン大使の話

 平和憲法は米国に押しつけられたものだが、軍国主義の被害を被った国民は受け入れた。その歴史が大切だ。今の改憲論議は、戦争を続ける米国との軍事同盟の議論と一体だ。9条を変えてはいけない。でも、国民投票法をつくること自体には反対しない。むしろ国民の1票で拒否した方が意味がある。国民が改憲に「ノー」と言ったという事実をつくることは、極端に言うと合法的な革命だ。戦後の国のあり方を、初めて国民が自らの意思で選び取ったということだから。もちろん、急いで法律をつくる必要はない。法案は「有効投票数の過半数」で改憲できることになっているが、国運を大きく左右する決定だから、「大方の国民が認めた」という形になるように、投票成立のためのハードルは高くすべきだと思う。最低投票率の規定を新たに設けるより、「総有権者の過半数」とした方が分かりやすいのでは。どういう内容ごとに投票にかけるのかも詰められていない。どう考えても時期尚早だ。」




2.憲法96条によると、憲法が改正される手続は、<1>国会による発議→<2>国民投票による承認→<3>天皇が国民の名で公布、という段階に分かれています。さらに細かくみれば、国会が発議するまでには、(イ)国会議員が憲法改正原案を提出し、(ロ)衆議院と参議院の両院で原案の審議をし、(ハ)国民に提案する、という流れをとることになります(豊秀一「国民投票 憲法を変える? 変えない?」岩波ブックレット697号4頁)。

今の国会で議論されているのは、<1>のルールを国会法の改正で対応し、<2>のルールを国民投票法を新に作って決めようというものです。ここで紹介した記事は、国民投票法に関するものです。

第九十六条  この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。
2  憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。




(1) 国民投票法は、憲法改正の手続として必要なものですが、なぜ、今まで国民投票法は制定されなかったのでしょうか?

 「実は、過去に一度、国民投票法が国会に提案される直前までいったことがありました。

 米国の占領が終わり、サンフランシスコ平和条約が発効して日本が独立を回復した年のことです。……当時の自治庁で具体的な法案作りを始めたのです。……しかし……閣議決定は見送られたのでした。

 閣議決定が見送られた後で、当時の自治庁選挙部長が「日本国憲法改正国民投票制度について」という論文を3回にわけて、雑誌『自治研究』に寄せていました。

 そのなかで、この選挙部長が実に興味深い指摘をしています。


  国民投票法は、ちょっと考えると、単なる投票の技術的な手続法のように思われるが、実際は、決してそうばかりではない。きわめて政治的な、実体的な考慮を要する問題が少なくない。その多くは、憲法改正という、革命に近い重大な事態のうちに行われるような場合があること、本質的には憲法改正という政治的な問題の解決の方法であることに由来しているといってよい。


 この部長が言うには、国民投票法は、一種の技術的な手続き法として、事務的に考えれば早く成立させなければならない。しかし、政府なり与党なりに憲法改正の意図があり、その布石(ふせき)だと見られたくないという政治的な考慮を加えることは当然だ。だからこそ、これまで提案を見合わせてきたのだ――。ざっとこんな論旨を展開していました。

 国民投票法を作ることは一見すれば技術的に見えるけれども、憲法改正と結びつく政治的な側面を持つという本質を、選挙部長の論文は的確にとらえているわけです。

 これまで憲法が変えられなかったことと同じように、国民投票法ができなかったことには政治的な理由があるわけです。」(豊秀一「国民投票 憲法を変える? 変えない?」岩波ブックレット697号6頁)




(2) 上で触れたように、国民投票法を作ること自体が、憲法改正と結びつきかねないという政治的な側面があったからこそ、今まで国民投票法ができなかったわけです。しかし、とうとう、国民投票法が衆議院を通過したのです。

では、これで憲法改正ができるようになるのでしょうか? 

小林教授はこのように述べています。

 「自民党と民主党が対立したことにより、改正の発議に必要な衆参各院の国会議員の3分の2の賛成が得にくくなり、かえって改憲は難しくなったのではないか。……参院選の思惑がからんだ土壇場での対立は相互に根強い不信感を生んだ。安倍首相が本気で改憲を目指すならこのような形での決着は大きな矛盾となる。」


「国民投票法が、憲法改正の是非について主権者である国民の意思を確定するルールであることを考えると、とりわけ慎重な審議が必要」(高見勝利・上智大教授)でした。「憲法改正への第一歩がついに踏み出された。歴史の節目をこんなふうに越えてもいいのか」(東京新聞「筆洗」)とさえいえるでしょう。

であるにもかかわらず、「13日の衆院本会議で共産、社民両党は与党案と民主党案の両方に反対した。国民新党は与党に抗議の意を示すために審議の途中で退席した。」という状態で衆議院を通過させたのですから、衆参各院の国会議員の3分の2の賛成はおよそ不可能になりました。

与党は、目前の「国民投票法」を強引にでも成立させることを優先させたため、かえって本来の目的であった「憲法改正」が遠のいてしまったのです。与党は本来の目的を忘れてしまったようです。



(3) この国民投票法は、高見勝利教授や天木直人氏が指摘するように「有効投票の過半数が得られさえすれば、かりに20%の有権者しか投票所に足を運ばなかったとしても、国民による憲法改正の承認があったといえるのか」など問題点はまだまだ多く残されています。(問題点の具体的な検討は別の機会に行います。なお、朝日新聞は4月14日3面でも解説していますが、4月16日から政治面で、論点など詳しく解説するそうです。)

参議院での十分な審議が必要であり、問題点を解消した後に成立を認めるべきです。「衆院を解散し、国民投票法を争点に民意を問うことを考えてよいぐらいの重要な法案」なのですから。

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2007/04/14 [Sat] 16:04:25 » E d i t
国内で唯一、いわゆる「代理出産」を公表して行っている長野県の産婦人科医・根津八紘医師が4月12日午後、会見を行い、成功例とは別に「孫」代理出産が試みられていたことを明らかにするとともに、代理母になるボランティア女性を募集することを明らかにしました。その会見では、国内のケースでは初めて、当事者本人が心情を述べ、国内で代理出産を認めてほしいと訴えました(日テレ<4/13 10:55>) 。この報道についてコメントしたいと思います。(4月16日追記:根津院長への処分についての記事を補充しました)(4月18日追記:毎日新聞記事を追加)


1.記者会見での発言に触れた報道記事について紹介します。

(1) 産経新聞平成19年4月13日付朝刊26面

 「「孫」代理出産 他にも1例 妊娠には至らず

 娘夫婦の受精卵を使い母親が産む「『孫』代理出産」の成功例を昨年10月に公表した諏訪マタニティークリニック(長野県下諏訪町)で、成功例とは別に「孫」代理出産が試みられていたことが12日、分かった。妊娠には至らなかったという。

 根津八紘(やひろ)院長と依頼した30歳代の女性が都内で記者会見し、明らかにした。代理出産を試みた当事者が会見するのは初めて。女性は「子供を産めない運命の人の声を聞いて考えてほしい」と訴えた。

 また、根津院長は「私の元であきらめざるを得ない患者をつくるわけにはいかない」として、代理出産を望む夫婦のためにボランティアの代理母を公募する意向を明らかにした。

 この女性は子宮がなく、夫と米国での代理出産を計画していたが費用などの面から実現せず、根津院長を訪ねた。常々「私が産んであげたい」と話していた50歳代の母親が代理母となり、夫婦の受精卵を子宮へ移植する体外受精を平成17年から約2年間続けたが、妊娠しなかったという。

 女性は「結果は残念だったが、チャレンジできたことはすばらしい経験になりました。代理出産をエゴと非難する人がいることも知っています。ただ、好きな人の子供をこの手に抱きたい」と話した。

 会見にはこの女性のほか、病気などのために代理出産や非配偶者間体外受精などの生殖医療を必要とする患者3人が出席し、こうした生殖医療の必要性を訴えた。

 日本産科婦人科学会は非配偶者間体外受精や代理出産を禁じている。今月14日に開かれる予定の同学会の総会では、死後生殖を禁止する方針だ。

 根津院長は「学会は産科医療の進歩のためにあるはずなのに、率先して目の前の患者を切り捨てている」と話した。」

*日本産科婦人科学会は会告によって非配偶者間体外受精は禁じているが、非配偶者間の人工授精はできる。奇妙なことだが。



記事の中から幾つか。

「この女性は子宮がなく、夫と米国での代理出産を計画していたが費用などの面から実現せず、根津院長を訪ねた。常々「私が産んであげたい」と話していた50歳代の母親が代理母となり、夫婦の受精卵を子宮へ移植する体外受精を平成17年から約2年間続けたが、妊娠しなかったという。」

生殖補助医療すべてにいえるのでしょうが、代理出産も実施すれば確実に成功するわけではありません。それでも日本において生殖補助医療を行うのは、「配偶者との間の子供が欲しい」という自然な欲求があるからです。

「女性は「子供を産めない運命の人の声を聞いて考えてほしい」と訴えた。……女性は「結果は残念だったが、チャレンジできたことはすばらしい経験になりました。代理出産をエゴと非難する人がいることも知っています。ただ、好きな人の子供をこの手に抱きたい」と話した。」


「好きな人の子供をこの手に抱きたい」といった気持ちは、人としてごく自然な感情だと思います。こういう自然な感情に基づく以上、無視して代理出産をすべて禁止することは難しいのです。代理出産については、こういう自然な感情にどう答えるのかが必要なのです。

「根津院長は「学会は産科医療の進歩のためにあるはずなのに、率先して目の前の患者を切り捨てている」と話した。」


産婦人科医は、患者のために医療を行うのですから、産科婦人科学会もなるべく患者の希望を叶えるよう努めるのが本来のあり方だと思います。ですから、「目の前の患者を切り捨てている」という主張は妥当なものだと考えます。

「委員の一人、久具宏司(くぐこうじ)東大講師(産婦人科)は、「代理出産の技術は確立しており、患者からの需要もある。医療現場では患者の同意があれば実施を容認する意見もある。(禁止か容認か)早く方向付けをしてほしい」と全国の医師の思いを代弁する。」(読売新聞(2007年1月19日): 「[解説]不妊治療のルール作り」)

このように、医療現場では十分に実施可能であって、患者の要望もあるのです。医療現場は学会の意向とは異なっているようです。そうなると、学会は何のためにあるのか、その意義が問われています。



(2) 読売新聞平成19年4月13日付朝刊39面

1組でも多く“親”に…「孫」代理出産の依頼者ら訴え(紙面では、「「主人の子供抱かせて」 娘会見、法整備を訴え」)

 子宮がなく子供を産めない30歳代の女性に代わり、50歳代の実母が代理出産を試みていた問題で、諏訪マタニティークリニック(長野県下諏訪町)の根津八紘院長と、代理出産を依頼した女性ら4人が12日、都内で記者会見し、代理出産を認めるよう政府や日本産科婦人科学会などに訴えた。

 国内での代理出産を依頼した当事者が会見するのは初めてで、30歳代女性は「代理出産を依頼するかしないかは本人が決めること。代理出産を『選択』できる国になり、子供がほしいと強く願う夫婦が、1組でも多く『親』になれる法整備をしてほしい」と訴えた。

 会見に出席したのは、根津院長のほか、代理出産や非配偶者間の体外受精以外に子供を得る方法のない不妊患者やその配偶者ら4人。

 30歳代女性は、「大好きな主人の子をこの手に抱きたい。その思いを理解し、手を差し伸べてくれた母にすがるのはいけないことでしょうか」と泣きながら代理出産に理解を求めた。

 また、数年前にがんで子宮を摘出した別の女性は、米国での代理出産は経済的な面で現実には困難とし、政府が代理母をあっせんする仕組みを作ることを要望。「少子化の時代に、一日も早く子供がほしいと願う患者の苦しみや世論、医療技術を考慮して、時代にあった結論を出してほしい」と訴えた。

 会見した患者らは、代理出産や非配偶者間体外受精を会告(指針)で認めていない日本産科婦人科学会に対し、14日に京都市で行われる総会の場で直接会告の見直しを訴えるため、出席を申し入れていた。しかし、「学会の定款上、会員以外は出席できない」として認められず、記者会見に踏み切ったという。

 代理出産は03年の会告で禁止された。また、精子提供による非配偶者間の人工授精は50年以上の歴史があるため実施が追認されているが、同じ精子提供でも、体外受精は会告で配偶者間で行うとされているため実施できないという矛盾が生じている。学会は生殖医療の進歩に対応するため、昨年4月、5年ごとに会告を見直す方針を打ち出したが、代理出産と非配偶者間体外受精が容認される見通しは立っていない。

 また、この日会見した不妊患者らで作る患者団体「扶助生殖医療を推進する会」と根津八紘院長らは12日、「生殖補助医療を享受する権利は、原則として、国民の憲法上の権利だ」として、代理出産や亡夫の精子を使った死後生殖、非配偶者間体外受精などの生殖補助医療が国内で受けられるよう、医療と法の改革を求める要望書を安倍首相や日本産科婦人科学会、日本学術会議などに郵送した。

          ◇30歳代女性の発言要旨

 30歳代女性の発言要旨は次の通り。

 昨年末まで根津先生のもとで代理出産のチャレンジを行ってきたが、代理母は私の実母。しかし、残念ながらよい結果は出ず、約2年間にわたるチャレンジで妊娠には至らず、この手に我が子を抱くことは、かなわなかった。

 実母は、私が出産できない体だと知った日からずっと、「私はあなたの子どもを産む」「私の子宮を娘に移植してほしい」と、泣きながら医師に懇願してきた。根津先生から「実母でも可能」という言葉を聞いた母は、もう産む気になっていた。

 大きなおなかを抱えて歩き、出産の痛みに耐え、おっぱいを飲ませ、不眠不休の子育てがしたい。でも、神様は私にその体を授けてくださらなかった。代理出産をわがままだと批判する人がたくさんいることも知っている。反対意見にも真摯(しんし)に向き合いたいと思う。

 現在、私たち夫婦は、国内で代理出産が可能になる日を夢に見て、凍結受精卵を残すことを考えている。批判や国での議論、学会で門前払いをする前に、このように苦しんでいる人の声を聞き、もう一度考えてほしい。どうか「子供がほしい」と強く望む夫婦が、1組でも多く「親」になれる法整備をお願いしたい。

(2007年4月12日22時41分 読売新聞)」


読売新聞のみが代理出産を依頼した女性の発言要旨を掲載していました。国内での代理出産を依頼した当事者が会見するのは初めてなのですから、貴重な発言です。こうして要旨を掲載することは良いことだと思います。

「会見した患者らは、代理出産や非配偶者間体外受精を会告(指針)で認めていない日本産科婦人科学会に対し、14日に京都市で行われる総会の場で直接会告の見直しを訴えるため、出席を申し入れていた。しかし、「学会の定款上、会員以外は出席できない」として認められず、記者会見に踏み切ったという。」


代理出産依頼者は、日本産科婦人科学会による、代理出産禁止によって影響を受ける当事者なのです。どんな手続であっても、「告知と聴聞」を受ける権利を保障する(憲法31条に含む)のが通常です。これは、公権力が個人に不利益を課す場合には、予め当事者にその内容を告知し、当事者から意見・弁解を聴かなければならないという原則です。その目的は不利益を受ける個人の権利保護にあります。

日本産科婦人科学会は、公権力ではありませんが、その決定によって著しく不利益を受ける個人が生じるのですから、「告知と聴聞」を受ける権利の保障を及ぼすべきであって、当事者から意見を聞くべきでした。にもかかわらず、日本産科婦人科学会は、当事者たる代理出産依頼者の申し出を拒絶したのですから、妥当な判断ではありません。

「この日会見した不妊患者らで作る患者団体「扶助生殖医療を推進する会」と根津八紘院長らは12日、「生殖補助医療を享受する権利は、原則として、国民の憲法上の権利だ」として、代理出産や亡夫の精子を使った死後生殖、非配偶者間体外受精などの生殖補助医療が国内で受けられるよう、医療と法の改革を求める要望書を安倍首相や日本産科婦人科学会、日本学術会議などに郵送した。」


根津院長は、「生殖補助医療を享受する権利は、原則として、国民の憲法上の権利だ」と述べています。生殖に関する自己決定権(性と生殖の権利:リプロダクティブ・ライツ)は、憲法13条によって保障されているのですが、その権利の保障が及んでいるため、「生殖補助医療を享受する権利」は、国民の憲法上の権利=人権だと主張しているのです。

根津院長は、代理出産を希望する側の権利について述べているのですが、代理母となる女性も自己の意思で決定するのですから、代理母となる女性にとっても、生殖に関する自己決定権があると主張することになります。




2.公募したことに対して、次のような批判的な記事があります。

(1) 毎日新聞のHP(2007年4月12日 21時27分 (最終更新時間 4月12日 23時41分))(4月13日付朝刊26面)

 「代理出産:根津院長が暴走?ボランティア女性公募を発表

 諏訪マタニティークリニック(長野県下諏訪町)の根津八紘院長が12日、東京都内で会見し、不妊の夫婦の受精卵で、妻に代わって出産する「代理出産」を引き受けるボランティア女性を公募すると発表した。根津院長は「緊急避難的な実施が必要な患者さんもいる。少しでも患者の役に立ちたい」と訴えたが、専門家からは「代理出産する女性には危険が伴い、公募は問題だ」などの批判が上がっている。

 根津院長は5例の代理出産を実施したことを明らかにしている。不妊の夫婦の体外受精した受精卵で、夫婦の姉妹や母が妊娠・出産してきたが、姉妹に妊娠・出産の経験がなかったり、母が高齢の場合は実施してこなかったという。

 根津院長は「こうした夫婦に力を貸しても良いという方を募り、子どもを持ちたい夫婦を助けるシステムを作りたい」と語った。妊娠・出産中の事故に対応する補償制度についても保険会社などと検討するという。

 根津院長も会員の日本産科婦人科学会は現在、代理出産を認めていない。生命の危険もある妊娠・出産を他人に任せる問題や、女性の体の「道具化」につながる恐れがあるためで、厚生労働省の生殖補助医療部会も刑罰付きで禁止することを求める報告書をまとめた。

 日本学術会議は、代理出産の是非を含めた生殖補助医療のあり方について検討している。

 科学史家の米本昌平さんは「近親者による代理出産なら、代理出産する女性に危険があっても許される例があったかもしれないが、広く公募するとなると話は違い、大きな問題だ。厚生労働省が事情を聴くなど、政府としての対応も必要ではないか」と話す。【永山悦子】

毎日新聞 2007年4月12日 21時27分 (最終更新時間 4月12日 23時41分)」



公募、すなわち代理出産について親族でない者からの希望を募ることは、なぜ、「根津院長が暴走?」ということになるのでしょうか? 

 「代理出産など生殖補助医療のあり方について検討している民主党の作業チームは、代理出産を一定条件下で容認する中間報告をまとめた。ただし、容認するのは妻が医学的理由で子を産めない場合に限り、法律で「代理母」に親族がなることや報酬の支払いを禁じるなど極めて高いハードルを設けた。」(毎日新聞平成18年12月17日付朝刊1面)(「民主党、代理出産を一定条件下で容認へ……しかし、ニュースとして意味があるのだろうか?」参照)


この民主党の作業チームの案は、第三者に無償で代理母になってもらうというものですから、当然ながら「公募」で「無償」という意味になります。誰であってもその意思に反して代理母を強制することは許されないのですから、代理母希望者が行うことになるからです。

この中間報告を公表したときには、毎日新聞は一切、「民主党が暴走?」といった表題にしませんでしたし、批判的な記事にしていませんでした。民主党の場合には批判せず、根津院長が公募をしたときだけ批判することは、公平性を欠いた報道であって、著しく妥当ではありません。

永山悦子記者は、代理出産問題についてずっと記事を書いていながら、公平性を欠いてしまうのですから、結局は何時までたっても代理出産について理解していないのです。もう、記者を辞めた方がいいのではないでしょうか?

「科学史家の米本昌平さんは「近親者による代理出産なら、代理出産する女性に危険があっても許される例があったかもしれないが、広く公募するとなると話は違い、大きな問題だ。厚生労働省が事情を聴くなど、政府としての対応も必要ではないか」と話す。」

このコメントには驚きました。近親者であろうとなかろうと、人間として生命身体を保護すべきことはまったく変わらないのに、「近親者なら危険があってもよいが、第三者に危険が生じるのはダメ」と、合理的理由のない差別を平然と言い放つのですから。

代理出産には、多くの身体的危険(傷害のおそれ)は生じますが、それは近親者か第三者か問わず同じことです。その身体的危険があっても、代理出産が法律上許される(違法性を阻却する要件)ためには、<1>代理母希望者の同意と、<2>代理母希望者の医学的な検診(適格性)という2つの要件が必要ですが、これは第三者であっても同じことです。もちろん、近親者であればこの2つの要件を欠いてよいことにもなりません。

法的には近親者か第三者か問わないはずなのに、それを第三者の場合を認めないと述べるのですから、米本氏はなぜ代理出産が法律上許されるのかについて、合理的な根拠を持ち合わせていないと考えられます。


米本昌平氏の主張にはもう1つ問題があります。米本氏は、代理母の対象を近親者に限定する意図ですが、そうすると腎臓移植問題で生じているように、近親者に対して大きなプレッシャーをかけることになってしまいます。

しかも、腎不全の場合には移植でなくても透析といった方法をとり得るに対して、「血のつながりのある子が欲しい」という希望は(養子でも叶えられず)他の方法がありません。また、「血のつながりのある子が欲しい」という希望は当の夫婦だけでなく、「孫が欲しい」という祖父母の希望であることがかなり多いのです。

近親者に限定すると、近親者には腎臓移植の比でないほどのプレッシャーになるはずです。そうなると、近親者の同意を欠いたままの代理出産のおそれも生じてきます。「代理母の対象を近親者に限定する」べきという米本昌平氏の主張は、現実的妥当性を欠いたものであると考えます。
このような米本氏の主張を引用するのですから、毎日新聞の代理出産に対する理解は極めて浅いものといわざるを得ません。



(2) NIKKEI NET(4月13日)

 「「代理母」引き受け手を公募、長野の根津医師が表明

 代理出産の容認を訴える諏訪マタニティークリニック(長野県下諏訪町)の根津八紘院長は12日、都内で記者会見し、代理出産を希望する夫婦の要望に応えるため、ボランティアで代理母を引き受ける女性を公募する考えを明らかにした。謝礼については「必要経費程度の金額で応じていただける方」と説明した。

 代理出産は、妻の子宮摘出などで子供を持てない夫婦の受精卵を使い、別の女性に子供を出産してもらう。国内では日本産科婦人科学会が指針で禁止している。代理母となる女性に妊娠・出産時のリスクがあるほか、生まれた子供を巡り奪い合いなどのトラブルが起きる可能性もあり、公募は議論を呼びそうだ。

 根津医師は妻の姉妹や母親を代理母とした代理出産を手がけてきた。代理母となる親族がいない場合もあるため、第三者のボランティアを公募することにしたという。(07:01)
[4月13日/NIKKEI NET]」


この記事には、代理母に依頼する条件が書かれています。

「謝礼については「必要経費程度の金額で応じていただける方」と説明した。」

幾らかの金額を払う形になるようです。この記事にはありませんが、代理母の対象年齢を40歳代から50歳代としていました。50歳代というのは、さすがに50歳代前半という意味でしょうが、それでも出産可能年齢ぎりぎりであって医学的にはかなり問題があると思います。



「代理母となる女性に妊娠・出産時のリスクがあるほか、生まれた子供を巡り奪い合いなどのトラブルが起きる可能性もあり、公募は議論を呼びそうだ。」

この記事に出ているように、現実に代理出産を実施するに当たっては、諸外国の過去の経験を踏まえると、トラブルを避ける手立てが必要です。

根津院長はすでに代理出産法制化への私案を公表していますから(「根津八紘院長が代理出産法制化への私案を公表」参照)、この私案にそってトラブルを避ける手立てを講じて対応するのだと思います。この私案を遵守するともに、代理母契約において細かい点まで織り込んで明確にしておくことになると思います。もちろん、悪用を避けるため契約内容は非公開が望ましいと考えます(例えば、向井亜紀さん高田延彦さん一家の場合も、契約書は非公開)。




3.公募後の状況についても記事が出ています。
毎日新聞(2007年4月14日 3時00分)

 「代理出産:「7、8人が応募」根津院長へ電話やメール

 諏訪マタニティークリニック(長野県下諏訪町)の根津八紘院長が、不妊夫婦の受精卵で妻に代わって出産する「代理出産」ボランティアを公募すると明らかにした問題で、根津院長は13日、複数の応募があったことを発表した。根津院長は「電子メールなどで7、8人の応募があった」と語った。また「この気持ちを生かせるようにしたい」とし、応募女性による代理出産に前向きな姿勢を見せた。【池乗有衣】

 日本産科婦人科学会は現在、代理出産を認めていない。根津院長は12日に東京都内で開いた会見で「必要としている患者さんがいる」などとして代理出産のボランティア募集を発表し、専門家から批判の声が上がった。

 根津院長によると、直後から13日までに同院には電話や電子メールでボランティアの申し出があったという。「ニュースで募集を知り、切実な願いを持つ人の役に立ちたい」(根津院長)という女性からだった。

 会見では「募集は40代から50代」としていたが、応募者はほとんどが30~40代で、「30代ではいけないのか」という問い合わせもあった。根津院長は「代理出産を願う人がいながら外国に依存している現実をおかしいと思い、危険を顧みず、声を上げてくれたことに感謝している」と語った。

 また、柳沢伯夫厚生労働相が公募に否定的な考えを示していることに根津院長は「日本人が海外でする代理出産を国は看過していた」と反論した。そのうえで「公募は時間的な猶予のない患者さんのために決断したもので、思いつきではない」と語った。

毎日新聞 2007年4月14日 3時00分」



もうすぐ直後に7、8人の応募があったようです。もっとも、読売新聞(2007年4月14日14時30分)によると、「私のもとに、代理出産のボランティアに応じたいとのメールが約20件届いている」そうですから、かなりの人数が公募に応じてくれそうです。

「電子メールなどで7、8人の応募があった」と語った。……応募者はほとんどが30~40代で、「30代ではいけないのか」という問い合わせもあった。」

30代の女性は、記者会見を行った女性と同じ世代ですから特に共感するものがあったのだと思います。出産経験のある30代が医学的には一番望ましいのでしょうから、根津院長には、30代の代理母希望者も含めて検討してほしいと思います。


「柳沢伯夫厚生労働相が公募に否定的な考えを示していることに根津院長は「日本人が海外でする代理出産を国は看過していた」と反論した。そのうえで「公募は時間的な猶予のない患者さんのために決断したもので、思いつきではない」と語った。」

高田家の代理出産訴訟においては、最高裁は代理出産自体を公序良俗違反としたのではなく、立法によるとしたのですから、日本において、国が個人の代理出産をとめる法的根拠はありません。柳沢伯夫厚生労働相が公募に否定的な考えを示していても、それは単なる希望に過ぎません。

立法の検討は、日本学術会議の審議が終わってからということになりますから、まだ何時のことになるのか未確定です。それに予め全面否定することが決定しているのならともかく、今は立法内容は白紙の状態ですし、特に許容するのであれば、今、個人の行為を止めるのも不合理です。憲法上、生殖に関する自己決定権が保障されているのですから、その行使を制限することはできません。

根津院長や代理母希望者は、柳沢伯夫厚生労働相の発言に臆することなく、実施することができると思います。ただし、日本産科婦人科学会の会告では禁止しているため、会告に違反することになりますが、最高裁が違法視していない以上、日本産科婦人科学会が「厳重注意」(2007年4月14日14時30分 読売新聞)以上の処分をすることは不可能でしょう。
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2007/04/13 [Fri] 05:45:29 » E d i t
病気腎移植問題で、4例の腎臓摘出・提供が行われた香川労災病院(香川県丸亀市)は4月11日、すべての摘出が医学的に妥当だったとする調査委員会報告を公表しました。
この報道については、読売新聞(13版)、毎日新聞(13版)、朝日新聞(全国版)では未掲載ですし、関東においてはテレビ報道も行われなかったようですから、多くの市民が知らないままではないかと思います。万波医師らに有利であるからといって、報道しないというのはどうかと思います。どの病院の調査結果であろうと、その価値に違いはないからです。

これで、病気腎移植に関係した5県10病院のうち、9病院分は摘出・移植に対して何らかの判断が示されていますので、調査が済んでいないのは呉共済病院のみとなりました(愛媛新聞2007年04月12日(木)付)。

この報道について、報道記事を並べながら、適宜コメントしていくことにします。


1.毎日新聞(2007年4月11日 22時11分(最終更新時間 4月11日 22時38分))

 「病気腎移植:提供した香川労災病院が「摘出は妥当」

 病気腎移植問題で、腎がんや尿管がんの腎臓を摘出して宇和島徳洲会病院(愛媛県宇和島市)などでの移植に提供した香川労災病院(香川県丸亀市)が11日、同病院の調査委員会の報告書を発表した。同病院が行った4件の病気腎摘出について、「移植を強く意識した手術方法」との反対意見はあったものの「医学的には妥当」と結論づけた。患者への説明や同意の取り方など手続きについては「不十分」とした。

 同病院で井上一院長や日本泌尿器科学会の深津英捷氏ら委員5人が記者会見。医学的妥当性については「全摘出は家族や患者の強い希望があり、術式も医師の裁量権の範囲内で妥当」とした。

 深津委員は、うち3件の手術について「移植を念頭に置いた手術だったことは否めないが、患者への不利益はなかった」と述べた。

 手続き的妥当性については、4件とも手術自体は同意書があったが、説明に用いた書類や経過記録がカルテにない点で改善が必要と指摘。さらに、「腎臓の摘出手術と他人に提供することの説明と同意は、本来別個に行うべきだ」として、インフォームド・コンセントが不十分だとした。摘出が医師1人の判断でなされたことについても、院内の生命倫理委員会で検討すべきと指摘した。

 なお、同病院では、今後厚生労働省や学会のガイドラインが策定されるまでは、病気腎提供は実施しない方針を決めた。

【矢島弓枝】

毎日新聞 2007年4月11日 22時11分 (最終更新時間 4月11日 22時38分)」


分かりづらい記述もある記事なのですが、読売新聞の記事よりもずっと内容が充実していますし、一応、全国面で掲載していますので、引用しました。

「摘出が医師1人の判断でなされたことについても、院内の生命倫理委員会で検討すべきと指摘した。」


摘出すべきかどうか、数名の医師で判断するほうが良いことは確かでそう。しかし、香川労災病院において、一人当たりの患者数なども含めて、判断できるだけの専門性と余裕のある医師がどれほどいたのかを判断する必要があり、必ず数名で判断しなければならない、とはいえないはずです。親族間の腎移植でさえ、倫理委員会で審議する病院は少ないのに、通常の医療において、本当に摘出についてすべて倫理委員会を審査を必要とするのでしょうか? 疑問を感じます。

「同病院では、今後厚生労働省や学会のガイドラインが策定されるまでは、病気腎提供は実施しない方針を決めた」

この部分はかなり唐突です。ただ、後述する四国新聞の記事で分かるように、この調査委員会の委員が、病腎移植の可能性を認める見解を述べています。なので、今は実施しないことを決めたという意味なのだと思います。




2.asahi.com「マイタウンー香川」(2007年04月12日)

香川労災病院「摘出は妥当」
2007年04月12日

 「摘出は妥当」――。宇和島徳洲会病院の万波誠医師(66)らによる病気腎移植で、4件の腎臓を摘出して移植に提供していた香川労災病院(丸亀市城東町3丁目)の調査委員会が、摘出は医学的には容認できるとの報告書をまとめた。ただ外部委員1人から「妥当とは言えない」という意見が出されていたことも明らかになり、手続き面での不備も指摘された。

 報告書は、いずれのケースも患者や家族が摘出を強く望んだことなどから、摘出は医学的に妥当だったと判断した。一方で、4件中の1件は摘出までは必要でなかった▽3件は移植を意識した手術方法を採っている――ことを理由に妥当とは言えないとした少数意見も盛り込まれた。日本移植学会から派遣された吉村了勇・京都府立医科大大学院教授の指摘という。

 記者会見には、井上一院長ら病院幹部のほか、日本泌尿器科学会から調査委に派遣された深津英捷(ひで・とし)・愛知医科大名誉教授(69)も出席した。

 摘出の際、最初に血管を縛って血流を止めなかったことは、日本泌尿器科学会を含む4学会が3月末に出した声明で「(がんが転移する)リスクの高い方法が選ばれた」と指摘している。が、深津名誉教授は「移植を意識した方法と思われるが、患者にとって大きな不利益があったとは考えられない」と述べ、医師の裁量の範囲内との認識を示した。

 インフォームド・コンセント(説明と同意)については、腎臓の摘出や提供について書面で同意を取っているものの、どのような説明をしたか、経過が記されていないのは不十分だと指摘した。院内の倫理委員会で検討されなかった点も「一医師が単独ですべきことでない」と改善を求めた。」


この記事は、ネット上での朝日新聞の地域面でしか読めないので、四国在住の方や四国に関心のある方以外は読まない可能性があります。病腎移植について、朝日新聞はもはや熱意を失っているのでしょうが、切実な移植医療に関わることなのですから、全国紙でも掲載するべきでした。

 「記者会見には、井上一院長ら病院幹部のほか、日本泌尿器科学会から調査委に派遣された深津英捷(ひで・とし)・愛知医科大名誉教授(69)も出席した。

 摘出の際、最初に血管を縛って血流を止めなかったことは、日本泌尿器科学会を含む4学会が3月末に出した声明で「(がんが転移する)リスクの高い方法が選ばれた」と指摘している。が、深津名誉教授は「移植を意識した方法と思われるが、患者にとって大きな不利益があったとは考えられない」と述べ、医師の裁量の範囲内との認識を示した。」


4学会の声明のときには「摘出の際、最初に血管を縛って血流を止めなかったこと」について非難しておきながら、 香川労災病院で同じことをしても「医師の裁量の範囲内」と評価して妥当するのです。この矛盾はどう説明すべきなのでしょうか? 

深津名誉教授が述べているように、「移植を意識した方法」であったとしても、重要なことは「患者にとって大きな不利益があった」かどうかなのです。医療行為の妥当性を欠く場合というのは、不法行為が成立するような場合、すなわち患者の身体に不利益を与えることであって、術式の良し悪しは無関係だからです。

そうなると、4学会の声明の際には「患者にとって大きな不利益があった」かどうかは一切考慮した内容ではなかったのですから、4学会の声明には誤った判断が含まれていたというべきです。4学会の声明の方が誤っていたとすれば、矛盾しないことになります。 




3.四国新聞(2007/04/12)

 「病気腎摘出は妥当-香川労災病院調査委最終報告
2007/04/12 09:36

 宇和島徳洲会病院(愛媛県宇和島市)の万波誠医師(66)らによる病気腎移植問題で、腎臓4件を摘出・提供した香川労災病院(香川県丸亀市城東町)の調査委員会(委員長・井上一香川労災病院長)は11日、「いずれも医学的に妥当」とする最終報告書を公表した。香川県を通じて厚生労働省に提出する。
【→関連記事】

 同病院では2001年に尿管がんの患者2人、06年に腎臓がんの患者2人から腎臓を摘出し、宇和島徳洲会病院などで移植に使われた。

 調査委は日本移植学会など外部医師ら4人を含む12人で構成。院内調査の結果を基に▽提供に関する医学的妥当性▽一連の手続き的妥当性―などを検証、執刀した西光雄泌尿器科部長(58)の聞き取り調査も行った。

 報告書では、四件ともに「患者と家族が自己の意思で全摘出を強く希望した」として妥当と結論づけた。ただ、提供についての説明、同意に関しては「記録が診療録に残っていないなど一部不備があった」とした上で「摘出と提供とは別の行為であり、それを一連のものとして説明し、同意を得る方法では不十分」と指摘した。

 調査委員で日本泌尿器科学会の深津英捷・愛知医科大名誉教授(69)は、記者会見で「日本移植学会の委員からは移植を強く意識した手術方法との意見も寄せられた」としながらも、「現段階で患者に不利益がなく、トータルでは妥当との結論になった。2、30年先は病気腎移植が行われるかもしれない」と述べた。

 西医師は、四国新聞の取材に対し「患者の術後は良好で安心している。指摘された点は重く受け止めているが、近い将来は必ず病気腎移植が容認される日がくると信じたい」と話した。」(四国新聞「病気腎摘出は妥当-香川労災病院調査委最終報告」(2007/04/12 09:36))



 「臨床研究の道探れ-香川労災病院病気腎で報告
2007/04/12 09:37

 病気腎の摘出四件に関する香川労災病院の最終報告は、想定外の医療行為の是非について判断する難しさをあらためて感じさせた。
【→参照記事】

 「妥当」とされた四件の手術の評価には濃淡がある。内訳は「適切」が1件、「容認できる」が3件という。「容認」とは、教科書的な見方からすれば「移植ありきの摘出手術」と疑われるものの、臨床現場の実際と医師の裁量を考慮すれば「許容範囲」という意味だ。

 今回、労災病院の調査委員会は後者に軸足を置いたと言える。日本泌尿器科学会から派遣された外部委員の深津英捷医師は「(教科書的な方法は)あくまでガイドライン。絶対的なものでない」と説明した。

 現場の事情をどの程度重視するかによって結論は左右されるようだ。恣意(しい)的と批判を浴びた宇和島徳洲会病院の調査委員会ともども、看板医師ゆえの身びいきと単純には言い切れないだろう。

 一方、労災病院は摘出から先の、病気腎の移植の是非までは踏み込んでいない。肝心の日本移植学会はすでに3月末、関係学会とともに「病気腎移植は妥当性なし」と統一見解を出している。「現時点で」のただし書き付きだが、学会として可能性を探る予定はないという。この日の会見で深津医師は「個人的には臨床研究を行うべきと思う」と話したが、その役割は関係学会にこそ求められているのではないか。(編集委員室・広瀬大)」(四国新聞「臨床研究の道探れ-香川労災病院病気腎で報告」(2007/04/12 09:37))


この四国新聞の記事がもっとも詳しいです。地元ゆえ詳しく報じているということだと思います。

「調査委員で日本泌尿器科学会の深津英捷・愛知医科大名誉教授(69)は、記者会見で……2、30年先は病気腎移植が行われるかもしれない」と述べた。」


日本泌尿器科学会の深津英捷・愛知医科大名誉教授は、将来、病気腎移植が行われることを指摘しています。4学会の記者会見でも、将来的には病腎移植の可能性を認めていましたから、その4学会の記者会見とは矛盾しないまでも、今あえて述べることは突出したイメージを与える発言です。

ただ、2、30年先というのは、あまりに先のことではないでしょうか? あまりに遅すぎです。もし、2、30年先が正しいのであれば、今、万波医師が実施できることを2、30年先まで待たなくてはいけないほど、今の医師は技量が著しく低いということになりそうです。

「「妥当」とされた四件の手術の評価には濃淡がある。内訳は「適切」が1件、「容認できる」が3件という。「容認」とは、教科書的な見方からすれば「移植ありきの摘出手術」と疑われるものの、臨床現場の実際と医師の裁量を考慮すれば「許容範囲」という意味だ。

 今回、労災病院の調査委員会は後者に軸足を置いたと言える。日本泌尿器科学会から派遣された外部委員の深津英捷医師は「(教科書的な方法は)あくまでガイドライン。絶対的なものでない」と説明した。

 現場の事情をどの程度重視するかによって結論は左右されるようだ。恣意(しい)的と批判を浴びた宇和島徳洲会病院の調査委員会ともども、看板医師ゆえの身びいきと単純には言い切れないだろう。」


患者の事情や希望に即した判断・医療を行うことこそ、適切な医療なのですから、深津英捷医師は「(教科書的な方法は)あくまでガイドライン。絶対的なものでない」と述べたことは実に正しい内容です。ですから、四国新聞が「現場の事情をどの程度重視するかによって結論は左右される」と判断しているのは、正しい見方といえると思います。

そればかりか「宇和島徳洲会病院の調査委員会ともども、看板医師ゆえの身びいきと単純には言い切れない」とまで述べています。宇和島徳洲会病院の調査委員会の調査結果に対しては、読売新聞などは、関係者による恣意的判断がなされたかのような報道を行っていましたが、四国新聞はそのような歪んだ考え・報道には批判的であるということです。当然の考えでしょう。

「「現時点で」のただし書き付きだが、学会として可能性を探る予定はないという。この日の会見で深津医師は「個人的には臨床研究を行うべきと思う」と話したが、その役割は関係学会にこそ求められているのではないか。」


日本泌尿器科学会から派遣された深津医師は、「個人的には臨床研究を行うべきと思う」と述べているのですから、日本泌尿器科学会を含む4学会の声明に反しています。

日本泌尿器科学会は、病腎移植問題の方針に関して、会員の総会で決定したのではなく、おそらく幹部が勝手に4学会の声明に賛同したのではないか、と推測しています。幹部が勝手にやったのだから、深津医師は個人的見解を述べたくなったのだと思います。

そういった事情があるとしても、臨床研究の実施は個人的見解で単に思いつきのように言うのではなく、「その役割は関係学会にこそ求められているのではないか」というべきです。
四国新聞の記事からは、病気腎摘出が医学的妥当性があるのだったら、病腎移植を実施してもよいのではないか? 個人的見解で臨床研究を行うべきなどと、他人事のように述べるのではなく、腎移植を待っている患者のことを考えたら、関係学会で再検討すべきではないか……。

深刻なドナー不足、腎移植を長期間待っている患者の利益を省みない4学会に対して、四国新聞の記事は苛立ちを仄めかしているように感じられました。

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2007/04/11 [Wed] 18:51:21 » E d i t
向井亜紀さんと夫の高田延彦さんが代理出産を依頼してアメリカで生まれた双子について、最高裁が出生届の受理を認めない決定を下したことを受けて、向井さん夫妻は4月11日、会見を開き、「がっかりした」などと心境を語りました。この報道についてコメントしたいと思います。(追記の可能性があります)


1.時事通信(4月11日17時32分配信)

「がっかり、怒り覚えた」=落胆隠せぬ向井さん夫妻-最高裁決定受け・代理出産
4月11日17時32分配信 時事通信

 代理出産で生まれた双子の男児との親子関係を認めなかった先月23日の最高裁決定を受け、タレント向井亜紀さん(42)が11日、夫の元プロレスラー高田延彦さん(44)とともに東京都港区のホテルで記者会見し、「決定文を何回も読んだ。がっかりしたし、怒りも覚えた」と落胆を隠せない様子で語った。高田さんを父として日本国籍を取得する出生届は提出せず、当面米国籍のまま育てるという。

 向井さんによると、出生届は同日が提出期限とされたが、母親の欄は代理出産した米国人女性としなければならない。女性との契約などで、母親と記載することはできないため、提出を断念した。

 最高裁決定では3裁判官が補足意見で「特別養子縁組」の可能性を指摘した。しかし、女性との契約問題などがあり、ハードルが高いことが分かったという。向井さんは「せっかくの指摘なのに、家裁で『大ざっぱなアドバイス』と言われた」と話した。

 向井さんは「時間と労力を掛けたスケールの大きな社会科見学だった。得るものはなかった」ときっぱり。高田さんは「(親子関係を認めた)高裁の決定は、死ぬまでお守りであり、宝物。(最高裁で破棄されても)幻ではない」と述べた。 

最終更新:4月11日17時32分」




2.この記者会見は、急遽開いたものでした。向井亜紀さんの2007年4月10日のブログによると、「昨日の入園式で、幼稚園にご迷惑をおかけしてしまったので、いきなりですが、明日、記者会見を開く」としているからです。

たしかに、入園式の場面がニュースで流れたのには驚きました。向井さんの双子のプライバシーにかかわるのですから、プライバシー保護を考えれば、撮影、放映していいものではないからです。


 「高田さんを父として日本国籍を取得する出生届は提出せず、当面米国籍のまま育てるという。

 向井さんによると、出生届は同日が提出期限とされたが、母親の欄は代理出産した米国人女性としなければならない。女性との契約などで、母親と記載することはできないため、提出を断念した。」


この出生届だと非嫡出子という扱いになります。ただ、代理母は婚姻中の懐胎によって出生したのですから、はたしてこういう出生届できるのかどうか疑問があります。法務局はこの方法を強要したようですが。

向井著「家族未満」311頁によると、「子供たちがシンディのお腹の中にいる時点で親子関係確定裁判を行っていたので、子供たちを認知したと見なされ、父親といえるようです」と書いていますが、まさに「いえるようです」というくらい不確かなものです。


 「最高裁決定では3裁判官が補足意見で「特別養子縁組」の可能性を指摘した。しかし、女性との契約問題などがあり、ハードルが高いことが分かったという。向井さんは「せっかくの指摘なのに、家裁で『大ざっぱなアドバイス』と言われた」と話した。


この箇所を読んで失笑してしまいました。家事審判を行っている家裁の裁判官からすれば、やはりというべきか、特別養子縁組は難しいと判断しています。

家裁の裁判官にいわせれば、「大ざっぱなアドバイス」、はっきり言えば、

最高裁の3裁判官は、民法、国際私法、国際民事訴訟法に無知なんだから、勝手に特別養子縁組ができそうなことを言うんじゃない! ふざけるのもいい加減にしろ!

ということです。
国際私法に長けた者であれば、特別養子縁組は難しいことは分かっていたはずです。ですから、最高裁判所調査官はもう少し、きちんと3裁判官にアドバイスすべきでした。

向井著「家族未満」を読むと、東京法務局からは養子縁組は不可能だといわれ(50頁)、法務省では養子縁組は可能だが、特別養子縁組はシンディが母親として不適格かどうか審査するので、成立するのか予想できない(51頁)と言われたと書かれています。当然ながら、向井さんたちは、分からないので質問をしていたら、法務省の役人に「訴訟を起こしたらどうですか」といわれてしまいました。

親子関係という明確にすべき問題について、国側の対応がはっきりしないのは、国側に問題があります。そのはっきりしない国側の対応にこう翻弄されてしまうのですから、親子関係はどうしたらよいのか訴訟を起こさざるを得ないでしょう。
親子関係は一義的になんていっておきながら、最高裁の3裁判官はいい加減なことを書くのですから、最悪です。

どうしてここまで、民法、国際私法、国際民事訴訟法が分からずに法を運用し、裁判ができるのでしょうか? まったく情けない限りというだけでなく、怒りさえ覚えます。 向井著「家族未満」を読むと、よく法律を勉強されたことが分かります。この問題をよく分かっていない報道機関、最高裁3裁判官は、向井さんを見習って、よく勉強すべきです。
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2007/04/10 [Tue] 23:59:51 » E d i t
最高裁平成19年3月23日決定は、向井高田夫妻の双子の出生届を不受理とすることに決定したのですが、その最高裁決定に対して、代理母となったシンディ・ヴァンリードさんがコメントをしていました。そのコメントが出ている記事を引用したいと思います。


1.週刊女性自身(通巻2301号・2007年4月17日号・2007年4月3日(火)発売)168頁

 「向井亜紀(42) 双子の息子の「出生届不受理」が確定――米国人代理母(35)が最高裁決定を「無慈悲」と断罪

 3月23日、代理出産による双子男児(3歳)の出生届に対し、最終的な法的判断が下った向井亜紀(42)・高田延彦(44)夫妻。最高裁の出した結論は、「不受理」。出生届を受理するように東京都品川区に命じた高裁決定を破棄した。

 米国ネバダ州在住の“産みの母”は、この決定をどう受け止めたのか? 昨年末に本誌の独占取材に答えてくれた際に、「最高裁の判断がイエスであることを望むわ」と語ってくれた米国人代理母、シンディ・ヴァンリードさん(35)。彼女は、日本からの知らせに落胆と怒りを露わにした。

私は最高裁の決定は間違っていると思います。裁判官はもし、自分がノブとアキと同じような立場に立たされたとしたら、このような無慈悲な判決を下すでしょうか? 

 私は常に、日本という国に強い尊敬の念を抱いてきました。日本人は聡明で、見識の高い国民だと思っています。それなのになぜ、純粋に日本人の血を受け継いでいる双子に背を向ける決定を最高裁が下したのか、私には理解できません。

 彼らはあくまで日本人です。代理出産によってこの世に誕生したとしても、双子には日本人の血が流れているのです。その行いが邪悪、不道徳なものでないかぎり、法律が介入すべき問題ではない。私たちは代理出産の子どもたちも、広い心と愛で受け止めなくてはいけません。双子の母親はアキであって、彼女には母親としてのすべての権利が与えられるべきです

 海外で代理出産を依頼した日本人夫婦は数百組いると推定されるが、生殖補助医療の進歩に日本国内の民法は追いついていないのが現状だ。

 最高裁決定が下される直前までの道程を綴(つづ)った新刊『家族未満』(小学館刊)を3月末に上梓したばかりの向井は、同書のあとがきのなかで、「過呼吸やうつの状態にも悩まされましたし、ポンコツな身体は悲鳴をあげ、体調を戻すのに時間もかかってしまいました」と告白していている。

 また、3月30日付の自身のホームページ上のブログでは、「子供たちの戸籍の問題については、特別養子縁組や、国際養子縁組について、しっかり勉強してから決めていこうと思っていたのですが、なんと、もうすでに東京法務局から、『どうするんですか』という催告があったそうです。(中略)なんとなんと、『あと14日以内に結論を出してください。そうでなければ受け付けません』ですって。ガーン」と早急な対応を迫られていることを明かしている。向井・高田夫妻に、しばらく心休まる時間はないようだ。」




2.シンディ・ヴァンリードさんは、「最高裁の判断がイエスであることを望むわ」と語っていただけに、向井亜紀さんを実母と認めなかった、最高裁決定の結果には、落胆と怒りを抱いているようです。

 「「私は最高裁の決定は間違っていると思います。裁判官はもし、自分がノブとアキと同じような立場に立たされたとしたら、このような無慈悲な判決を下すでしょうか? 

 私は常に、日本という国に強い尊敬の念を抱いてきました。日本人は聡明で、見識の高い国民だと思っています。それなのになぜ、純粋に日本人の血を受け継いでいる双子に背を向ける決定を最高裁が下したのか、私には理解できません。

 彼らはあくまで日本人です。代理出産によってこの世に誕生したとしても、双子には日本人の血が流れているのです。その行いが邪悪、不道徳なものでないかぎり、法律が介入すべき問題ではない。私たちは代理出産の子どもたちも、広い心と愛で受け止めなくてはいけません。双子の母親はアキであって、彼女には母親としてのすべての権利が与えられるべきです



「彼らはあくまで日本人です。代理出産によってこの世に誕生したとしても、双子には日本人の血が流れている」

という部分からは、血縁主義の考え方を採っていることが分かります。ここからは、血縁主義の考え方は一般的な米国人の意識としても、根付いていることが分かります。
日本民法の身分法体系は血縁主義を基本として採用しているのですから、基本である血縁主義によって判断すべきだというシンディさんの主張は極めて妥当なものです。最高裁決定は、血縁主義を曲げてしまいましたが。


「その行いが邪悪、不道徳なものでないかぎり、法律が介入すべき問題ではない。」

という部分からは、親子関係の確定の問題についても自己決定権を重視すべきであり、法律による規制は必要最小限度であるべきという考えが読み取れます。米国における生殖に関する自己決定権に対する制約の判例の考えに沿った考え方ですから、米国人には憲法教育や人権教育がかなり行き届いていることがうかがえます。

これに対して、最高裁決定は、自己決定権に対する言及が一切ありませんでした。ですから、最高裁決定は、一米国人の考えに対する反論ができないのです。最高裁ももっと人権意識が必要であるようです。


「私たちは代理出産の子どもたちも、広い心と愛で受け止めなくてはいけません。」

という部分からは、代理出産だからといって差別的に扱うことは妥当でないという考えが読み取れます。

日本では、差別を受けてしまうから、代理出産を止めるべきだという主張が幅を利かせています。しかし、シンディさんは、差別は克服していくべきものだと主張していくのです。差別を受けるから受けないように逃げるのではなく、積極的に解消するべく動くべきだという考えは、実に健全なものであると思います。差別から逃げてしまっていてはいつまでも差別は解消しないのですから。


ずっと述べてきたように、シンディさんのコメントは、法的な意味合いに翻訳して説明してみると、多くの人権意識にあふれた内容となっていると分かります。このコメントからすると、米国においては憲法教育・人権教育が徹底されていると感じます。

これに対して、日本ではどうでしょうか? シンディさんくらいサラッと、人権意識をこめたコメントができる人物がどれほどいるのでしょうか? 

日本では、憲法の意義がよく分からない政治家ばかり抱えた政権与党が、憲法改正に突き進もうとしています。シンディさんのコメントを読み、日本の現状を振り返ると情けない思いがしてきました。

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2007/04/09 [Mon] 21:30:35 » E d i t
NHKは、4月6日からの3日間、全国の20歳以上の男女を対象にコンピューターで無作為に発生させた番号に電話をかけるRDDという方法で世論調査を行いました。その調査の中に代理出産の是非についての質問がありましたので、紹介したいと思います。(4月23日追記:報道2001(4月19日調査・4月22日放送/フジテレビ)の調査結果を追記しました)。


1.NHKニュース(4月9日 19時10分)

世論調査 安倍内閣支持44%

 NHKが行った世論調査によりますと、安倍内閣を「支持する」と答えた人は先月と同じ44%だったのに対し、「支持しない」と答えた人は2ポイント下がって37%となりました。

 NHKは、今月6日からの3日間、全国の20歳以上の男女を対象にコンピューターで無作為に発生させた番号に電話をかけるRDDという方法で世論調査を行いました。調査の対象になったのは1937人で、このうち61%にあたる1177人から回答を得ました。それによりますと、安倍内閣を「支持する」と答えた人は先月と同じ44%でした。これに対し「支持しない」と答えた人は、2ポイント下がって37%となりました。安倍内閣を支持する理由では、▽「人柄が信頼できるから」と▽「ほかの内閣よりよさそうだから」がともに32%と、最も多くなっています。逆に支持しない理由では、▽「政策に期待が持てないから」が40%、▽「実行力がないから」が30%などとなっています。次に憲法改正の手続きを定める国民投票法案について聞きました。投票の対象を憲法改正に限り、投票年齢を原則18歳以上とするとした自民・公明両党の修正案への賛否を尋ねたところ、▽「賛成」が29%、▽「反対」が24%、▽「どちらともいえない」が40%でした。この修正案に「賛成」と答えた人に、いつ成立させるべきだと思うか質問したところ、▽「今の国会で成立させるべきだ」が28%だったのに対し、▽「今の国会にこだわらずに時間をかけて議論すべきだ」は71%でした。また、政府は航空自衛隊がイラクで行っている輸送活動を、ことし7月末以降も続けるため、イラク支援法の期限を2年間延長する改正案を決定し、国会に提出しました。この改正案について賛否を聞いたところ、▽「賛成」が17%、▽「反対」が45%、▽「どちらともいえない」が32%でした。一方、タレントの向井亜紀さんが、代理出産によってアメリカの女性から生まれた子どもたちについて、みずからを法律上の母親と認めるよう求めていたのに対し、最高裁判所は申し立てを退け、法律でどう扱うか立法による対応を求めました。これについて、代理出産で生まれた子どもを、受精卵を提供した夫婦の法律上の子どもとして認めるべきだと思うか質問したところ、▽「認めるべきだ」が56%、▽「認めるべきではない」が12%、▽「どちらともいえない」が24%でした。  4月9日 19時10分」


本題に入る前に。
憲法改正の手続きを定める国民投票法案について、自民・公明両党の修正案への賛否を尋ねたところ、▽「どちらともいえない」が40%が一番多く、この修正案に「賛成」と答えた人でも、いつ成立させるべきだと思うかという質問に対して、▽「今の国会にこだわらずに時間をかけて議論すべきだ」は71%でした。この世論調査からすると、まだ国民はこの法案について理解しておらず、今国会での成立を望んでいない者が7割なのですから、今の国会で成立させるべきではないといえそうです。




2.全文を引用しましたが、代理出産についてはごく一部です。その部分だけを取り出しておきます。

 「タレントの向井亜紀さんが、代理出産によってアメリカの女性から生まれた子どもたちについて、みずからを法律上の母親と認めるよう求めていたのに対し、最高裁判所は申し立てを退け、法律でどう扱うか立法による対応を求めました。

 これについて、代理出産で生まれた子どもを、受精卵を提供した夫婦の法律上の子どもとして認めるべきだと思うか質問したところ、▽「認めるべきだ」が56%>、▽「認めるべきではない」が12%▽「どちらともいえない」が24%でした。」



(1) この世論調査の質問は、代理出産の是非そのものというよりも、代理出産により生まれた子を受精卵提供者の実子と認めるかというものですから、向井高田夫妻の代理出産裁判に関する最高裁決定「向井・高田夫妻の代理出産、出生届不受理決定~最高裁平成19年3月23日決定」の結論の当否を問うものです。NHKもなかなかやるもんです。

世論調査では、56%が認めるべきとし、認めるべきでないが12%ですから、世論は最高裁決定が妥当でないと評価していることになります。最高裁判事は、国民意識と乖離した判決を下すと批判されますが、この最高裁決定もやはり世論と一致しない結論であったようです。

この最高裁決定は、国際私法や国際民事訴訟法なんぞろくに知らない、検察官出身の古田佑紀裁判長が下したもので、あまりに国際私法・国際民事訴訟法に無理解な決定と補足意見でした(「向井・高田夫妻の代理出産、出生届不受理決定~最高裁平成19年3月23日決定」参照)。親子法の決定において子の福祉を軽視するという驚くべき判例であって、国際私法上、汚点というべき判例なのですから、世論と乖離した決定というのも当然といえるでしょう。


新聞各社の社説は、一致して最高裁決定に賛成していましたから、新聞各社も世論と一致していなかったことになります。最高裁はともかく、世論と乖離した新聞社の存在価値はどれほどあるのでしょうか? 多様な意見を報道し、その多様な価値を肯定することこそが、報道機関の役割なのであり、しかも、子の保護を軽視した最高裁決定なのですから、その決定を鵜呑みにすることは妥当ではなかったのです。しかも、世論と一致しないのですから、報道機関の代理出産に関する理解が極めて浅いことがよく分かります。

向井高田夫妻の代理出産裁判に関する最高裁決定の報道でも思ったのですが、いまだに報道機関は、この事案を理解していないように感じられました。最高裁決定自体がよくないのですが、この事案は、日本において代理出産を認めるかどうかという問題ではなく、外国裁判所の効力を認めるべきかという外国判決の承認(民事訴訟法118条)の問題でした。この点だけはしっかり理解しておいて欲しいものです。
もう1つ。
補足意見では特別養子縁組の可能性があるかのように触れていますが、向井高田夫妻の事案において、必ずしも特別養子縁組の要件を満たすとは限らず、しかも補足意見には何の法的拘束力がないので単なる空手形です。要するに、今回の補足意見は法的には無意味な記述にすぎないのです。ただ、補足意見で触れたことで、認められる可能性が事実上増加したというだけのことなのです。向井亜紀著「家族未満」にも、養子縁組が可能かどうか、東京法務局と法務省の結論が不一致の状態だったことが記されているように、本当に特別養子縁組が認められるのか、いまだはっきりしないのです。



(2) 質問に答えたほうとしては、代理出産の是非も想定して答えていると考えられます。認めるべきと思う人が56%というように過半数を超えているということは、代理出産を全面禁止することは不可能であり、多数派の意思を尊重するという立法政策態度からすると、原則肯定という形が望ましいということになります。


このように、認めるべきと思う人が過半数を超えたことも重要なのですが、それよりも、「認めるべきでない」と思う人が12%と激減していることが重要です。

「代理出産の是非を判断するに当たって必要とされる基礎知識~厚労省、「代理出産」で意識調査実施へ(日経新聞平成19年1月15日付)」で引用したように、」朝日新聞平成17年11月の世論調査では、認めべきが49%、認めるべきではないというのが51%となっていて、相半ばする国民意識であったのに、調査した報道機関が異なるとはいえ、NHKの調査では12%になるほど激減してしまったのです。

このように、代理出産を認めるべきでないと考える者が激減した理由は、

<1>向井・高田夫妻の代理出産に関する裁判があったおかげで、代理出産についての正しい理解が進んだこと、
<2>不妊治療の実態を知る者が増え、最後の手段として代理出産を認めるのも止むを得ないものであると理解する者が増えたこと、
<3>多様な家族のあり方を認める意識が進んだこと、


にあると推測しています。
「どちらともいえない」が24%というのも、代理出産について調べるうちに判断できなくなったという証といえるでしょう。代理出産についての理解が進んだといえます。

04年4月~昨年9月に、浜松医大医学部5年の男女174人を対象に調査した結果では、代理出産については、70%の学生が「社会的に賛成できる」と答えていた(毎日新聞平成18年11月27日付夕刊2面)のですから、将来の医師は代理出産に賛成することに違和感がないのです。今回の世論調査からすると、市民の意識もだいぶ、医療関係者の意識に近づいてきているようです。

憲法は多様な価値観を保障していることからすれば(憲法13条)、多様な家族のあり方を認める意識が進んだということは、憲法の人権意識が進んだことを意味します。代理出産の是非という問題を超えて、憲法の人権意識が進んだことこそ重要なことであると考えます。
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2007/04/08 [Sun] 06:45:07 » E d i t
病気腎移植問題について、日本移植学会が3月31日、「現時点では妥当性なし」という統一見解を発表しました。その発表を受けて、各新聞社は、社説のテーマに取り上げていました。その中でもっとも的確と思われる社説を紹介したいと思います。


1.秋田魁新報平成19年4月3日付「社説」(2007/04/03 09:03 更新)

 「社説:病気腎移植 否定だけで解決できぬ

 がんやネフローゼといった病気の腎臓を移植する「病気腎移植」は許されるのか。

 日本移植学会、日本泌尿器科学会など4学会は「医学的に妥当性がない」とする統一見解をまとめた。問題が多過ぎるとして否定する結論であり、現時点では穏当な判断だろう。

 病気腎移植の実施例が表面化したのは昨秋。衝撃的な「臓器売買事件」をきっかけに、愛媛県宇和島市の万波誠医師らが40例以上も、手掛けていたことが明るみに出たのである。

 一見すると、万波医師らの試みは、移植しか生きる道が残されていない患者らに、救いの手を差し伸べたと受け取れなくもない。実際、万波医師は患者や家族から神様、仏様のようにあがめられている。

 しかし、「万波移植」を調査・検討した4学会の統一見解や声明からは、問題点がいくつも浮かび上がり、病気腎移植への批判が当然と思えてくる。

 温存して治療すべき腎臓を摘出、または治療しないまま移植した例があった。移植後の生存率もおおむね低調で、特にがん患者から提供された腎移植の場合は極めて低かった。

 これが「医学的に妥当性がない」最大の理由であり、病気腎移植のリスクや不適切さを端的に表しているといえる。

 インフォームドコンセント(十分な説明と同意)や倫理委員会の審議も、欠如ないし不十分だった。「万波移植」では現代医療、中でも高度で危険な移植に欠かせない手続きがかなりルーズだったのである。

 4学会は移植医療が守るべきルールを重視。万波医師の試みにみられるような「実験的医療」に歯止めをかけたと受け止めることができるだろう。

 半面、これで病気腎移植の是非をめぐる論議に決着がついたとみるのは早計だ。

 一つは、病気腎移植は生体、死体に次ぐ「第3の移植」になる可能性があるとみて、研究や検討の道を閉ざすべきではないという意見が医学・医療界でも結構根強いからである。

 その点、統一見解や声明が深い検討を加えていないのは残念でならない。わらにもすがる気持ちで医療の助けを待ちわびる患者は少なくない。一定の厳格ルールの下、研究を認める方策を考えてもいいのでないか。

 もう一つ見逃せないのは、病気腎移植の背景となった臓器の慢性的な不足である。

 日本臓器ネットワークによると、腎移植の希望患者は約1万2000人。しかし、同ネットを通じて実施される腎移植は年間、百数十件にすぎない。あまりに落差が大きいのである。

 このアンバランスが「万波移植」を生み、さらには患者らを臓器が売買されている中国やフィリピンなど諸外国へと駆り立てているともいえよう。

 糖尿病患者の増加で人工透析や腎移植の必要患者が今後、増えると予想される。その分、臓器不足が進行する恐れがある。

 幸い、内閣府の世論調査で脳死、心停止のいずれでも臓器を提供したい人が4割を超えるなど、移植への理解が進みつつある。この機を逃さず、臓器提供者を一人でも増やす手だてを早急に講じるべきであろう。


(2007/04/03 09:03 更新)」




2.各社説の中で、もっとも的確と思われる社説とはいえ、日本移植学会の見解を鵜呑みにしている点があるのは問題です。

(1) 

「移植後の生存率もおおむね低調で、特にがん患者から提供された腎移植の場合は極めて低かった。」


これも、病腎が原因で生存率が低くなったのか、がん患者から提供された腎臓だからなのか、移植を受けた側の事情によるのか、不明確なまま発表されたものです。それなのに、病腎が原因かのようです。

移植を受けた側には、次のような止むを得ない事情がありました。宇和島徳洲会病院の外部専門委員を努めた病理医は、次のようなことをメールで明らかにしています。

 「徳洲会病院のカルテをみさせていただき、万波医師の考え方、診療態度を身近にみさせていただいた上での意見です。報道されている姿、たぶん皆さんがもっているイメージとはずいぶん違うと思います。

1.病腎移植は多くが2度目、場合によっては4度目の移植例であること。多くは家族からの移植を受け、透析フリーの生活をしばらく味わった人たちであること。これら患者には、病腎移植以外の方法ではまず、ドナーが得られないであろうこと。

2.初の移植が病腎だった患者さんには、しっかりした理由があること。シャントがすべてつまり、透析できる血管が確保しがたい人や、漁師や弁護士としてどうしても仕事がしたい人などです。

3.病腎移植の結果が、死体腎移植よりもややいい程度の成績を残していること。

4.レシピエントの年齢が40代、50代が中心であり、通常の腎移植に比してずいぶんと高いこと。それにしてはなかなかの成績です。

5.ICは書面こそないが、すべての患者さんが納得してだれも文句を言おうとしないこと。透析生活のつらさに耐えられず、つよく移植を望んでいたこと。弁護士による聞取り調査で明確になっています。

6.ドナーになった人が病腎移植のレシピエントになっていたり、二度の病腎移植を受けた人があること。」(「地獄への道は善意で舗装されている」さんの「人は見ていなくても、自分は見ている。」(2007/3/31(土) 午後 1:07))



「ドナーになった人が病腎移植のレシピエントになっていたり」とあるように、いつ腎機能が低下するか分からないドナーとレシピエントとしては協力関係にあったわけで、ドナー保護に欠けているわけではないのです。むしろ、ドナーが一番助かっているという意見もあるくらいです。

 「残った腎臓が駄目になったらどうしようという不安を抱えていますから、万波先生が病腎移植すれば、万が一、残された腎臓が駄目になっても移植してもらえるから、本当にメリットがあるのは、実は、ドナーになる方なんです。」(「病気腎移植「第三の移植として残す道を」 ~広島県医師会が容認(産経新聞3月30日付)」のコメント欄より引用)

東京新聞平成19年4月3日付社説は「ドナー保護を忘れるな」とし、毎日新聞平成19年4月4日付社説も「ドナー軽視は許されない」としていますが、そのような表題自体も的外れであることが分かると思います。


(2) 次の部分も問題があります。

 「インフォームドコンセント(十分な説明と同意)や倫理委員会の審議も、欠如ないし不十分だった。「万波移植」では現代医療、中でも高度で危険な移植に欠かせない手続きがかなりルーズだったのである。」


同意書と説明書がなかった場合がありましたが、説明は行っていましたし、同意も得ていましたから、「インフォームドコンセント(十分な説明と同意)」が「欠如ないし不十分」という評価は不当です。書面がなかったからといって、同意や説明がなかったというわけではないのです。

また、倫理委員会の審議もあった方が良かったとしても、病腎移植は、元々、死体腎移植でも(親族間の)生体腎移植でもないのですし、昔から行われてきたことなので新しい医療・術式という意識も乏しかったのですから、倫理委員会の審議を必要とする対象ではなかったはずです。
もし、病腎移植について、倫理委員会の審議を必要とする対象であるとしても、腎移植では親族間でもほとんど審査していない(読売新聞平成19年3月13日付朝刊27面)のですから、意味がありませんでした。それなのに、倫理委員会の審議がなかったことで非難するのは、どうにも納得がいきません




3.このように良くない点があるとしても、次のような点を指摘しているので高く評価しています。

(1) 

 「これで病気腎移植の是非をめぐる論議に決着がついたとみるのは早計だ。

 一つは、病気腎移植は生体、死体に次ぐ「第3の移植」になる可能性があるとみて、研究や検討の道を閉ざすべきではないという意見が医学・医療界でも結構根強いからである。

 その点、統一見解や声明が深い検討を加えていないのは残念でならない。わらにもすがる気持ちで医療の助けを待ちわびる患者は少なくない。一定の厳格ルールの下、研究を認める方策を考えてもいいのでないか。」


病理学という医療の要を専門としている日本病理学会の、常任理事で藤田保健衛生大の黒田誠教授は、病腎移植についてもっと検証が必要だと主張し、病気腎移植という道があると主張するのは正論だとしています(「日本病理学会、「『病気腎』もっと検証を」と主張!~病気腎移植の道を主張することは正論」)。

このような声を無視して、日本移植学会など4学会は、「統一見解や声明」において「深い検討を加え」ることなく結論を出したという極めてお粗末な事を仕出かしたのです。


(2) 

 「もう一つ見逃せないのは、病気腎移植の背景となった臓器の慢性的な不足である。

 日本臓器ネットワークによると、腎移植の希望患者は約1万2000人。しかし、同ネットを通じて実施される腎移植は年間、百数十件にすぎない。あまりに落差が大きいのである。

 このアンバランスが「万波移植」を生み、さらには患者らを臓器が売買されている中国やフィリピンなど諸外国へと駆り立てているともいえよう。」


ドナー不足はあまりにも深刻です。例え1度、移植を受けたとしても必ずしもその腎臓が機能するわけではなく、何度か移植を受ける必要が出てきますが、1度目でも10年待ちは普通なのですから、2度目の死体腎移植は不可能でしょう。こういう状態なので、万波医師らは病腎移植に踏み切らざるを得なかったのですし、万波医師らを知らない患者は、中国(現在では外国人の移植は禁止)などの外国へ行って移植を行うことにもなったのです。

病腎移植を禁じたら、諸外国へ行って腎移植を行うことがより増えることになりますが、本当に外国へ行って臓器を買うようなことでよいのでしょうか? 




4.4学会の統一見解や声明では、「現時点では妥当性なし」ですから、将来的に病腎移植はあり得るとしても、日本移植学会主導では、技量の劣った医師によって病腎移植がなされることは必至です。なので、患者側としては、近い将来、生きる可能性のある病腎移植は困難です。

しかし、
 

「糖尿病患者の増加で人工透析や腎移植の必要患者が今後、増えると予想される。その分、臓器不足が進行する恐れがある。」

ので、ドナー不足はより深刻になってきます。

この社説では、

「幸い、内閣府の世論調査で脳死、心停止のいずれでも臓器を提供したい人が4割を超えるなど、移植への理解が進みつつある。この機を逃さず、臓器提供者を一人でも増やす手だてを早急に講じるべきであろう。」

としていますが、増やす手立てとして、日本移植学会は(少し前のものですが)次のようなことを考えています。

 「〇大島委員

 今院内コーディネーターの話も出ました。まだ動き始めたところであるというのが実態です。日本の場合に、足りない、あるいは臓器提供が少ないということに関する非常に大きな問題意識というのはあるのですが、それを具体的にどうすればいいのかということを考えたときに、どうすればいいというHowについて何もなかったのです。

 欧米ではいくつかの手法が確立されておりまして、いろいろなことが試みられてきて、効果の上がるものが証明されているものはいくつかあります。その一つで政策的なものとしてはオプティングアウト、これは明らかに効果がある。また、ポテンシャルドナーが出たら必ず臓器バンクに連絡する。連絡することによって、院内の人間が家族にコンタクトをするよりも、臓器バンクでトレーニングされたコーディネーターが家族にコンタクトをするほうが、明らかに臓器提供の増加が得られる。しかも回数を増やしたほど、臓器提供の機会が増えてくる。そういうデータもはっきり、介入研究で出ているのです。

 もう一つはドナーアクションプログラムです。これを日本の実情で考えてみますと、最初のオプティングアウトとか臓器バンクにポテンシャルドナーが出たら通報するというのは、これは法律までいかなくても、オプティングアウトは法律にかかってきますし、通報になれば局長通達ぐらいが出てこないと、不可能ですし、実際にはもう少し高いレベルの法律に近いものが必要になるかもしれない。

 このなかでドナーアクションプログラムは、今の日本の実情でもできる。そういう具体的に日本の実情に合わせたものをどう導入するかということです。しかもドナーアクションプログラムというのは、それをきちんとやったところにおいては、効果が上がっているということが証明されております。

 大久保委員がいわれたようなプロセスの中で、迷っている、あるいは非常にファジーな状況にあるところに移植医療というものをきちんと理解してもって、どう臓器提供に結びつけていくのか、という具体的なプログラムがドナーアクションプログラムであり、院内コーディネーターというのは、その中の一つの要素です。

 私はこれしかないと今のところは思っているのですが、日本に合うものとしてこれを進めるしかないと思っております。あと3年ぐらいこれを続けて、それで駄目だったら打つ手がないというのが、今の実感というところです。」(03/07/18 第15回厚生科学審議会疾病対策部会臓器移植委員会議事録


臓器提供者拡大の取り組み=ドナーアクションプログラムは、現実に行われています。もっとも、これでもドナー不足は深刻さを増すばかりですから、日本移植学会の委員である太田和夫・東京女子医科大学名誉教授は、ドナーアクションプログラムを超えたことを実施することを主張しています。

 「腎臓は心停止後30分以内に冷やせば移植可能で、提供の意思を生かすことができる。症例数を増やすにはまず、ここがポイントである。医療側はすべての患者について入院時に臓器提供カードの有無をチェックし、本人の意思を確認するなど、事前の情報収集を怠ってはならない。」(産経新聞平成19年3月6日付朝刊19面 【正論】太田和夫 腎移植の環境変化にどう対応するか(03/06 05:25))



要するに、「すべての入院患者を入院時からすべてドナーとして管理し、把握しておくべきで、入院患者が死亡したらすぐに摘出できるよう準備しておく」未来が待っていることになります(「大島伸一・日本移植学会副理事長の“病気腎移植を容認できぬ理由”(東京新聞3月6日付)を検証~病気腎移植か、それとも入院患者全員がドナーか」)。
日本移植学会やそれに同調するマスコミの論調からすると、今のままでは、すべての入院患者が入院時からすべてドナーとなるような未来が迫っていて、その未来を動かすことはできないのでしょう。病腎移植よりも、なぜ、こういう未来の方が良いのか、理解に苦しむのですが。

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2007/04/07 [Sat] 07:32:51 » E d i t
病腎移植問題について、日本移植学会など4学会は3月31日に、「現時点で妥当性なし」という統一見解を示しました。その記者会見後、中国新聞は、3回に渡って特集記事を掲載していましたので、その記事を紹介したいと思います。2回目以降の記事は、「≫この続きを読む」以降で引用しておきます。


1.中国新聞('07/4/2)

 「病気腎移植の波紋<上> 封印 '07/4/2

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 ▽公開の議論なく否定 摘出の実態と落差も

 宇和島徳洲会病院の万波誠医師(66)らの病気腎移植について、日本移植学会や日本泌尿器科学会など四学会は三月三十一日、全否定する声明を発表した。将来の可能性に含みを残したものの、病気腎移植は事実上禁止されることになった。移植医療に突きつけられた問題を検証する。(編集委員・山内雅弥)

 「現時点で、第三者からの病気腎移植はありえない。学会としての立場は明確だ」。年度末ぎりぎりのタイミングで、大阪市内で開かれた移植学会など関連学会の合同会議。終了後の記者会見で、移植学会の田中紘一理事長は言い切った。

 万波医師や呉共済病院の光畑直喜医師(58)らが、「第三の道」として実施してきた病気腎移植が断たれた瞬間だった。

 法改正にらむ

 関係者によると、合同会議では一部の出席者から「厳格なルールの下で病気腎移植の道を残してはどうか」との意見も出された。しかし、特に議論もなく、ほぼ原案通り了承されたという。今国会での臓器移植法改正案の成立を目指す中で、「早く結論を出したいという、移植学会や厚生労働省の意向があったのではないか」と、この関係者はみる。

 今回の病気腎移植には、倫理面で多くの問題があったことは確かだ。医学的な妥当性も全くないのだろうか。

 四学会見解は、尿管狭窄(きょうさく)や腎動脈瘤(りゅう)など良性疾患の場合、「腎臓を温存する治療を第一選択とするのが原則」とする。腎動脈瘤の腎移植は「破裂のリスクがあり、生着率が劣るとのデータがある」と指摘。

 腎がんや尿管がんの摘出については「カルテの廃棄などで妥当性の判断ができなかった」ものの、「腫瘍(しゅよう)細胞の持ち込みの可能性が否定できず、生存率が劣るとのデータがある」として移植への使用は論外との立場だ。

 しかし、夫婦間などの移植で腎動脈瘤などが見つかりながら、治療して移植に用いたケースは、これまでも少なくない。親族間の場合、病気腎であっても「移植学会の基準に基づいたものであれば認められる」(奥山明彦・泌尿器科学会理事長)としてきた。

 「研究の価値」

 一方で、治療のため多くの腎臓が摘出されている。病気腎移植の検証に当たった専門家からも「学会の見解には現実との落差がある」との疑問の声が聞かれる。年間約三十件の腎摘手術をする広島市民病院の三枝道尚・泌尿器科部長(47)は「思いもよらなかった方法だが、十分な説明に基づく同意を前提に、研究していく価値はあるのではないか」とみる。

 万波医師らが五月に予定していた米国学会での発表は、日本移植学会が「書面でのインフォームドコンセントがないなど問題点が多い」と米側に伝えたのを受けて取り消された。「記録も残っていない状況で、公開の場で討論する考えはない」と田中理事長。議論さえも閉ざされた形だ。

【写真説明】病気腎移植について学会声明を発表する日本移植学会の田中理事長(左から3人目)ら関連学会の代表(3月31日、大阪市内)」



今までの報道でも、日本移植学会が流す虚偽情報を訂正するような記事があり、産経新聞や東京新聞は比較的批判的な記事はありました。ただ、4学会の統一見解公表後、日本移植学会の立場にはっきりと批判的な目を向けた記事は初めてではないかと思います。

(1) 

 「「現時点で、第三者からの病気腎移植はありえない。学会としての立場は明確だ」。年度末ぎりぎりのタイミングで、大阪市内で開かれた移植学会など関連学会の合同会議。終了後の記者会見で、移植学会の田中紘一理事長は言い切った。

 万波医師や呉共済病院の光畑直喜医師(58)らが、「第三の道」として実施してきた病気腎移植が断たれた瞬間だった。

 法改正にらむ

 関係者によると、合同会議では一部の出席者から「厳格なルールの下で病気腎移植の道を残してはどうか」との意見も出された。しかし、特に議論もなく、ほぼ原案通り了承されたという。今国会での臓器移植法改正案の成立を目指す中で、「早く結論を出したいという、移植学会や厚生労働省の意向があったのではないか」と、この関係者はみる。」


まだ調査の十分な検討が終わっていないのに、なぜ、年度末ぎりぎりの段階で声明を出したのかというと、中国新聞は「今国会での臓器移植法改正案の成立を目指す」ためであると書いています。もちろん、法改正を念頭においている面もあるのでしょう。

しかし、合同会議では一部の出席者から「厳格なルールの下で病気腎移植の道を残してはどうか」との意見があったのですから、学会である以上、十分に議論を尽くした上で決定されるべきでした。にもかかわらず、「特に議論もなく」という大変奇妙な経過で統一見解が決定されたのです。

これは、田中理事長の任期が3月末までであったので、田中理事長が理事長の権限で、強引に結論を出したかったからに他なりません。日本移植学会の幹部は、今まで次々と虚偽情報を流してきましたから、ともかく任期中に結論を出さないと、病腎移植を肯定的に扱われる可能性が生じることを恐れたのではないかと推測しています。


(2) 

 「今回の病気腎移植には、倫理面で多くの問題があったことは確かだ。医学的な妥当性も全くないのだろうか。

 四学会見解は、尿管狭窄(きょうさく)や腎動脈瘤(りゅう)など良性疾患の場合、「腎臓を温存する治療を第一選択とするのが原則」とする。腎動脈瘤の腎移植は「破裂のリスクがあり、生着率が劣るとのデータがある」と指摘。……

 しかし、夫婦間などの移植で腎動脈瘤などが見つかりながら、治療して移植に用いたケースは、これまでも少なくない。親族間の場合、病気腎であっても「移植学会の基準に基づいたものであれば認められる」(奥山明彦・泌尿器科学会理事長)としてきた。」


生体腎移植では、腎動脈瘤があるという「病腎移植」も移植を行ってきたのです。「破裂のリスクがあり、生着率が劣るとのデータがある」と厳しく非難していても、実際上は、夫婦間の生体腎移植では、問題なく実施してきたのです。

このように今まで問題なく病腎移植を行ってきたという実績があったのに、それを隠して(あからさまに無視して?)、万波医師らの病腎移植を非難したのです。実に不合理極まる非難だったのです。


(3) 

 「四学会見解は、尿管狭窄(きょうさく)や腎動脈瘤(りゅう)など良性疾患の場合、「腎臓を温存する治療を第一選択とするのが原則」とする。……

 一方で、治療のため多くの腎臓が摘出されている。病気腎移植の検証に当たった専門家からも「学会の見解には現実との落差がある」との疑問の声が聞かれる。年間約三十件の腎摘手術をする広島市民病院の三枝道尚・泌尿器科部長(47)は「思いもよらなかった方法だが、十分な説明に基づく同意を前提に、研究していく価値はあるのではないか」とみる。」


日本移植学会は、温存する治療が原則と言うのですが、現実には多くの腎臓が摘出されているのです。「学会の見解には現実との落差がある」という専門家の判断があるように、日本移植学会の判断は現実無視の判断であって、まったく専門家らしくない、まるで素人のような見解を表明しているです。日本移植学会は、現実無視の、まるで素人のような見解を表明したのですから、病腎移植はおよそ理解不能なのだと思います。

移植に携わらずに腎摘手術をする医師の場合は、病腎移植は「思いもよらなかった方法」ということになります。病腎移植を思いついたのは、移植は勿論、泌尿器科の外科手術すべてを実施してきた万波誠医師だからなのでしょう。
思いもよらなかった方法であっても、広島市民病院の三枝道尚・泌尿器科部長は、深刻なドナー不足という現実を考えると、病腎移植を「研究していく価値はあるのではないか」と許容できるだけの現実感覚を持っています。しかし、日本移植学会は、そのような現実感もなく、許容できる現実感覚を持っていませんでした。


(4) 

 「万波医師らが五月に予定していた米国学会での発表は、日本移植学会が「書面でのインフォームドコンセントがないなど問題点が多い」と米側に伝えたのを受けて取り消された。「記録も残っていない状況で、公開の場で討論する考えはない」と田中理事長。議論さえも閉ざされた形だ。」


日本移植学会は、病腎移植の実施の可能性を封印し、議論さえも封印してしまいました。日本移植学会は、万波医師らの米国移植学会での発表さえも妨害するという恥知らずな行動にさえ出るのです。これで、生体腎移植では病腎移植を行ってきたことも封印し、さらには腎臓癌では全摘などが主流であったことなども封印し、何もかも封印してしまうのでしょう。

通常、学会というところは、学問の発展に寄与する論文を発表し、議論をする場なのですが、日本移植学会は、議論を封印するという驚くべきことを平然と行うのですから、学会ではなかったようです。
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2007/04/04 [Wed] 05:49:16 » E d i t
向井亜紀・高田延彦夫妻が代理出産でもうけた双子の男児(3)の出生届受理を東京都品川区に求めた裁判で、最高裁第二小法廷は3月23日、受理を命じた東京高裁決定を破棄、法的な実の親子関係は認められないとの決定をし、出生届は受理されないことになりました。この最高裁決定について、幾つか社説が出ている中から真っ当な社説を紹介するとともに、野田議員へのインタビュー記事を紹介したいと思います。


1.産経新聞平成19年3月25日付「社説」

【主張】代理出産 速やかな対応を求めたい

 「出産していない女性を実母と認めることはできない」。代理出産で双子をもうけた向井亜紀さん夫妻に対する最高裁の判断である。

 夫妻は出生届を受理するよう東京都品川区に求めていた。最高裁はあくまで現行法制度の枠組みの中で判断しただけで、代理出産そのものを否定したわけではない。

 むしろ、代理出産という法の想定していなかった事態が起き、国に「立法による速やかな対応が強く望まれる」と要望している。

 代理出産には、夫婦の精子と卵子による受精卵を移植して出産してもらう「借り腹」と、夫の精子を妻以外の女性の卵子と受精させて産んでもらう「代理母」とがある。向井さんのケースは借り腹で、遺伝子上の父と母は向井さん夫妻である。

 不妊の夫婦に子供が持てるようにする生殖補助医療は、代理出産以外には精子を女性の体内に注入して受胎させる人工授精や、体外で精子と卵子を受精させて受精卵を子宮内に戻す体外受精などがある。どれも、その進歩はめざましく、法整備が追いついていないのが現状である。

 向井さんはがんで子宮を摘出後、米国人女性に代理出産を依頼、その女性が米国ネバダ州で男児の双子を産んだ。ネバダ州は双子を向井さん夫妻の子供とする出生証明書を発行した。

 代理出産の事実を伏せて区役所に出していれば、出生届は受理されたはずである。実際、海外の代理出産で生まれた100人以上の子供が、実の子供として受理されているという。

 向井さん夫妻は代理出産の事実を公表した。隠していれば、実子となり、正直に申請すると、親子になれない。向井さん夫妻は、こうした矛盾点に一石を投じた。

 日本産科婦人科学会は代理出産を禁じている。米国は州によって異なり、欧州では法律で規制している国が多い。日本では昨秋、祖母が孫を産む代理出産が明らかになった。

 不妊の夫婦が子供を持つ権利を保障する手段なのか。生まれてくる子供の福祉をどう保障すればいいのか。日本学術会議は代理出産の是非についてすでに審議を始めている。政府は最高裁決定を真摯(しんし)に受け止め、法整備にあたってもらいたい。

(2007/03/25 05:03)」




(1) 

 「「出産していない女性を実母と認めることはできない」。代理出産で双子をもうけた向井亜紀さん夫妻に対する最高裁の判断である。

 夫妻は出生届を受理するよう東京都品川区に求めていた。最高裁はあくまで現行法制度の枠組みの中で判断しただけで、代理出産そのものを否定したわけではない。

 むしろ、代理出産という法の想定していなかった事態が起き、国に「立法による速やかな対応が強く望まれる」と要望している。」


最高裁は、現行民法の解釈では、「出産していない女性を実母と認めることはできない」としただけで、代理出産そのものは否定しませんでした。それどころか、違法視することなく、代理出産は立法に委ねる問題であるとしたのです。この2点の指摘は重要です。

この事案は、日本で代理出産を実施した場合でなく、外国で代理出産を行い、ネバダ州裁判所によって実子と判断された事案です。これは、その外国裁判所で認めた扱いを承認するかどうか、すなわち、外国判決の承認(民事訴訟法118条)の問題です。
そうすると、日本の国内問題である、代理出産の是非については検討する必要はありません。この意味では、最高裁決定は、代理出産の是非を議論することなく、代理出産の是非を判断しない態度を表明したのは賢明な判断でした。当然とさえいえるでしょう。


身分関係の確定は、家族関係上生じるあらゆる法律関係の基になるのですから、立法で明確にしておくというのが、正しいあり方ではあります。

「生殖補助医療は、代理出産以外には精子を女性の体内に注入して受胎させる人工授精や、体外で精子と卵子を受精させて受精卵を子宮内に戻す体外受精などがある」。どれも、法整備はしていないままです。かなり昔から実施している人工授精による親子関係でさえ、法整備を怠ってきたのです。

そうすると、最高裁決定が、国に「立法による速やかな対応が強く望まれる」と要望するまでもなく、立法が必要だったといえると思います。



(2) 

 「代理出産の事実を伏せて区役所に出していれば、出生届は受理されたはずである。実際、海外の代理出産で生まれた100人以上の子供が、実の子供として受理されているという。

 向井さん夫妻は代理出産の事実を公表した。隠していれば、実子となり、正直に申請すると、親子になれない。向井さん夫妻は、こうした矛盾点に一石を投じた。」


最高裁決定によって、「隠していれば、実子となり、正直に申請すると、親子になれない」ことに確定してしまいました。要するに、「正直者が馬鹿をみる」ことになったのです。これで誰も正直に申告する夫婦は皆無になりました。この点の指摘も重要です。

先ほど述べたように、身分関係の確定は、家族関係上生じるあらゆる法律関係の基になるのです。そして、最高裁決定も指摘するように「民法の実親子に関する現行法制は,血縁上の親子関係を基礎に置くもの」です。であれば、身分関係の形成について、正直に申告することを奨励する判断を示すべきでしたし、しかも、血縁主義に忠実な判断を示すべきでした。

親子法制では、法的に具体的に養育できる親を確保することが出発点なのですが、最高裁決定によると、実親はネバダ州にいる代理母夫婦であり、(ネバダ州)法的にも具体的にも養育しない者が親になってしまいました。子供に対して、具体的に養育できる者(向井高田夫婦)から親たる地位を奪い、養育しない者を親とするのですから、親子法制の基本的な考えに明らかに反するのです。この点においても、最高裁決定は妥当性に欠ける判断でした。



(3) 

 「不妊の夫婦が子供を持つ権利を保障する手段なのか。生まれてくる子供の福祉をどう保障すればいいのか。日本学術会議は代理出産の是非についてすでに審議を始めている。政府は最高裁決定を真摯(しんし)に受け止め、法整備にあたってもらいたい。」


今後も、代理出産に関しては、外国判決の承認の問題は生じるとしても、今後は、国内問題としての立法問題が議論されることになります。産経新聞は、判断指針として、「不妊の夫婦が子供を持つ権利を保障する手段なのか。生まれてくる子供の福祉をどう保障すればいいのか。」という2点を指摘しています。

生殖医療に関して言えば、そもそも「子供を持つこととはどういうことなのか」という極めて基本的な事柄を議論する必要があります。「子供を持つこととはどういうことなのか」といえば、「子供を持ちたいというのは人間として非常に本源的な欲求」なのです。
この欲求も無制約とはいえませんが、子を持ちたいというのは本源的な欲求ですから、それを制限するには十分に合理的な理由が必要となるというべきでしょう(「「不妊治療、統一ルール作り急務」なことは確かですが……。~毎日新聞1月11日付「記者の目」を紹介」「代理出産の是非を判断するに当たって必要とされる基礎知識~厚労省、「代理出産」で意識調査実施へ(日経新聞平成19年1月15日付)」参照)。




2.東京新聞平成19年4月1日付朝刊9面

 「代理出産認めて 生まれた子を大切に
2007年4月1日

 タレントの向井亜紀さん夫妻が、米国人女性に代理出産を依頼して生まれた双子について、最高裁は3月末、実の親子と認めない決定を出した。代理出産を認める方向で議員立法をめざして活動する野田聖子衆院議員(46)は、不妊治療を約5年間にわたって受けてきた経験がある。野田議員に、めざす法のあり方について話を聞いた。 (吉田瑠里)

 ――最高裁の決定を聞いてどう思うか?

 私たち立法府の責任だと思う。最高裁は、今ある法律でしか裁けない。早く立法をという言及を受け止めたい。ここまで頑張った向井さんにエールを送りたい。

 ――不妊治療を通じ、代理出産を望む気持ちに共感した?

 不妊治療をして学んだことが二つある。一つは、技術のすごさ。卵子を体内から取り出し、外で精子と合体させたり注射で合体させるといったことが、当たり前に行われている。代理出産もあり得ると思う。自然出産した人には想像を絶する世界。二つ目に、子どもが欲しいという母性は理性では抑えられない。理屈で割り切れない心を満たしたい。

 ――厚生労働省の審議会は二〇〇三年、代理出産を禁止するよう提言、法改正に向け論議されたが頓挫した。この時は?

 「きわめて危険」と反対した。AID(第三者の精子を使った人工授精)は認めるのに、近親間の卵子提供はダメでは根拠がない。ダメ、ダメって限定するのは法律じゃない。

 ――代理出産には、受け取り拒否の可能性や代理母の家庭が崩壊する可能性など、さまざまなリスクが考えられるが?

 ルールを決め、家族の理解が十二分にある人が代理母になれる。なぜリスクを先に考えるのかな。国の役割は頼む側、頼まれる側両方の厳格なハードルをつくり契約がほごにされないよう見守る仕掛けと、生まれた子が守られる法律をつくることだけ。

 ――規制すべき点は

 原則規制なし。営利目的や悪いことに使った人に厳罰、という方が良い。提供者はすべてボランティアに。ただ、日本では、極端なことはおきないと思う。治療したくない人から見れば、私がしてきた体外受精は異様かもしれない。代理母を望むほど追いつめられている人はそう多くない。

 ――精子卵子両方とも提供された、遺伝子上のつながりのない子も実子に?

 養子を堂々と自分の子として育てるのが究極のあり方。子どもを幸せにすることで自分も幸せになりたいと思うなら、みな実子でいい。告知の時期は親が判断する。一律に何歳になったら開示しろ、というべき話ではない。生まれた子を出自にかかわらず大切にする社会をつくりたい。これからの日本は、家庭のあり方として「血のつながりも否定しないが、それがすべてではない」という合意をつくるべきだ。


民主は条件付き容認

 代理出産は、日本産科婦人科学会の会告(一九八三年)により自主規制されてきたが、長野県の諏訪マタニティークリニックの根津八紘(やひろ)院長が五例の代理出産を公表、論議を呼んでいる。

 生殖補助医療の法制化については、野田議員らの勉強会のほか、民主党内にも作業チームがある。「医学的理由で不妊になった場合のみ、第三者が無償で行い、夫婦の受精卵での代理出産は認める。親族による代理出産は認めない」など、中間報告の条件付けは厳しい。座長の西村智奈美衆院議員は「個人的には全面禁止にしたいが、目の前に生まれた子どもがいる。何の規制もなければ安全の確保ができない」と話す。

 二〇〇三年の厚労省調査では、夫婦の精子と卵子を使った代理出産を「認めてよい」が46%、「認められない」は22%。

 のだ・せいこ 元郵政相。2001年鶴保庸介参院議員と事実婚、現在は解消。民主党の小宮山洋子衆院議員らと超党派で生殖補助医療の勉強会をつくっている。自身の不妊治療について著書「私は、産みたい」(新潮社)がある。5期目。岐阜1区。」


野田議員に対するインタビュー記事は、以前にも紹介したことがありますが(「野田聖子議員が語る「代理出産は認めるべき」~nikkeiBPnet(12月1日)より」)、最高裁決定後のインタビュー記事はこの東京新聞の記事がはじめてではないかと思います。以下、幾つかコメントしていきます。


(1) 

 「 ――最高裁の決定を聞いてどう思うか?

 私たち立法府の責任だと思う。最高裁は、今ある法律でしか裁けない。早く立法をという言及を受け止めたい。ここまで頑張った向井さんにエールを送りたい。」


「私たち立法府の責任」というのですから、実にシンプルな発言です。最高裁は立法して欲しいとして丸投げしたのですから、後は立法府の責務ということです。

多くの中傷にも負けずに裁判を行い、裁判所から多くのものを引き出し、問題意識の薄かった市民への啓蒙の役割を果たしてきた、向井さん、高田さんへのエールも欠かさないのですから、配慮のある発言です。


(2) 

 「――不妊治療を通じ、代理出産を望む気持ちに共感した?

 不妊治療をして学んだことが二つある。一つは、技術のすごさ。卵子を体内から取り出し、外で精子と合体させたり注射で合体させるといったことが、当たり前に行われている。代理出産もあり得ると思う。自然出産した人には想像を絶する世界。二つ目に、子どもが欲しいという母性は理性では抑えられない。理屈で割り切れない心を満たしたい。」


「技術のすごさ」は、代理出産でも同様です。

「委員の一人、久具宏司(くぐこうじ)東大講師(産婦人科)は、「代理出産の技術は確立しており、患者からの需要もある。医療現場では患者の同意があれば実施を容認する意見もある。(禁止か容認か)早く方向付けをしてほしい」と全国の医師の思いを代弁する。」(読売新聞(2007年1月19日): 「[解説]不妊治療のルール作り」

いまや、日本では殆ど実施していないのに、日本の医師でさえ、代理出産の技術は確立しているというくらいまで、技術は進歩しているのです。

野田議員は、「こどもが欲しいという母性は理性では抑えられない」と述べていますが、男性にとっても同じであるということを補足すれば、正しい指摘です。最高裁決定も「遺伝的なつながりのある子を持ちたいとする真しな希望」に配慮することを求めています。子を持ちたいという自然な欲求に答えることが重要なことなのです。



(3) 

 「 ――代理出産には、受け取り拒否の可能性や代理母の家庭が崩壊する可能性など、さまざまなリスクが考えられるが?

 ルールを決め、家族の理解が十二分にある人が代理母になれる。なぜリスクを先に考えるのかな。国の役割は頼む側、頼まれる側両方の厳格なハードルをつくり契約がほごにされないよう見守る仕掛けと、生まれた子が守られる法律をつくることだけ。」



トラブルの可能性は、2000年中に米国で実施された代理出産は2万件でしたが、依頼者が子供を引き取らないとか、代理母が子供の引渡しを拒絶したケースは8件にすぎず、発生率は0.04%にすぎず、トラブルはごく稀なケースなのです。
そうすると、ごく稀に生じるリスクを殊更に重視して否定的に捉えるのは、立法政策としても妥当ではありません。立法政策は多数派の状況を原則としつつ、少数へも配慮するものだからです。

「なぜリスクを先に考えるのかな」

という言葉は、立法に携わる議員として適切な発言といえると思います。

この質問内容は、いまだにベビーM事件をはじめとする極端な事例から脱却できないでいる人たち(最高裁の裁判官も含む)の考えです。いい加減に極端な事例から、脱却すべきです。

だいたい、最高裁決定によって、今現実にいる双子から、法的具体的に養育する親を奪っておいて、他方で、ごく稀なケースの将来の子供のことを思って代理出産を危険視するのは、あまりに不合理な判断です。



(4) 

 「 ――規制すべき点は

 原則規制なし。営利目的や悪いことに使った人に厳罰、という方が良い。提供者はすべてボランティアに。ただ、日本では、極端なことはおきないと思う。治療したくない人から見れば、私がしてきた体外受精は異様かもしれない。代理母を望むほど追いつめられている人はそう多くない。」


原則規制なしは、(代理出産依頼者、代理母双方の)自己決定権や、子供を持つことは生殖として人間として本源的な欲求であるということにそった判断です。

日本人は、何かあると騒ぎすぎの傾向があるように感じます。向井高田夫妻に対して、多数の中傷が行われましたが、数ある代理出産の1例に過ぎず、今後もどこかの夫婦が実施することなのです。もっと冷静であるべきです。野田議員が述べるように、日本では極端なことはそう起きないでしょうし。



(5) 

 「 ――精子卵子両方とも提供された、遺伝子上のつながりのない子も実子に?

 養子を堂々と自分の子として育てるのが究極のあり方。子どもを幸せにすることで自分も幸せになりたいと思うなら、みな実子でいい。告知の時期は親が判断する。一律に何歳になったら開示しろ、というべき話ではない。生まれた子を出自にかかわらず大切にする社会をつくりたい。これからの日本は、家庭のあり方として「血のつながりも否定しないが、それがすべてではない」という合意をつくるべきだ。」

この質問は、精子卵子両方とも提供された場合も、代理出産を認め、実子と扱うのかどうか? という問いかけです。答えは、代理出産を認め、実子でいいということです。

AIDの場合も、父子関係は実子と扱うのが戸籍及び判例上の運用なのですから、遺伝子上のつながりのない子も実子になっています。AIDでは、父親として相応しい者が父親になっているのであって、遺伝上のつながりのない子を「実子」から排除することは、現行法も妥当ではないのです。
AIDでは、遺伝上のつながりのない子を「実子」と認めるが、代理出産では認めないという扱いは不合理ですから、この質問はかなりナンセンスです。

1973年、米国の統一親子関係法がAIDに同意した妻の夫を父として以来、それにならう法制が世界的な広がりをみせました。その結果、母の夫を父とする法的根拠は、父性推定から夫の意思へと変わってきたようです(新版注釈民法(23)25頁〔島津一郎〕)。意思に基づいて認める養子縁組、同意という意思によって父と認める法制、これらと同様に考えれば、代理出産も代理母契約というお互いの意思によって生じることから、代理母依頼者が母となります。養育する意思のある者こそ親である、というわけです。
野田議員は、

「子どもを幸せにすることで自分も幸せになりたいと思うなら、みな実子でいい」

と述べていますが、養育する意思のある者こそ親であるという意味だと思われます。これは、世界的な法制の流れにそった適切な考えであり、理解の深さがうかがえます。


よく考えると、この質問は、自己矛盾をはらんでいて面白い問いかけです。吉田瑠里記者は理解していて質問したのか分かりませんが。

最高裁決定は、「出産していない女性を実母と認めることはできない」としたので、「遺伝子上のつながりのない子」が、代理母夫婦の「実子」になってしまいました。
「遺伝子上のつながりのない子も実子にするのはおかしいのでは?」という問いかけは、代理出産を否定する側(代理母依頼者との母子関係否定)にこそ当てはまるのです。

代理出産否定者は、やたらと、生まれた子の出自を気にしますが、野田議員は、

「告知の時期は親が判断する。一律に何歳になったら開示しろ、というべき話ではない。生まれた子を出自にかかわらず大切にする社会をつくりたい」

という反論をしています。確かに、こういった親子の心情の問題は、本来的に法が関与すべきなのかさえ問題があることから、法でいちいち口を出すのではなく、親が判断するべき問題でしょう。

養子縁組であっても、出自の問題は生じますが、告知の時期なんて法で規制していません。どちらかといえば、養子縁組の方が、「両親が実親でなかった」ことを聞いたときのショックは大きいと推測しています。血縁関係がないのですから。

ところが、代理出産の場合は、(精子卵子両方とも提供された場合は養子と同じ)告知を受けても、今いる親が遺伝的にも実親なのですから、子供にとっては代理母が親という意識は乏しいはずです。養子縁組よりもずっとショックは受けないと考えられます。

 「15年前に代理出産で生まれた、双子のアリスさん(15)とオリバーさん(15)は、誰が母親か混乱はなかったという。アリスさんは「私たちの母は、ただ一人です。代理母とも親しくしてはいますが」と話し、オリバーさんは「代理出産があって、産んでもらえて良かった」と話している。」(日テレNEWS24<4/2 7:03>:代理出産 試行錯誤続く英国の場合は…<4/2 7:03>

この1例だけで速断できませんが、代理出産であることを聞いて混乱しない実例があることは確かです。
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2007/04/03 [Tue] 01:04:42 » E d i t
愛媛・宇和島徳洲会病院の万波誠医師らによる病気腎移植問題で、日本移植学会など4学会は3月31日、統一見解をまとめ、記者会見を行いました。そこでは、まず「実験的な医療が医学的・倫理的検討を加えられず、閉鎖的な環境で行われていたことは厳しく非難されるべきだ」と指摘し、その上で、「現時点では、医学的に妥当性がない」とする統一見解を示しました。(日テレNEWS24「病気腎移植 4学会「医学的に妥当性ない」」<3/31 21:45> )。この報道についてコメントしたいと思います。


1.4学会が言いたいことは、万波医師らを非難したことと、「現時点では妥当性なし」と統一見解をまとめことです。もっとも、毎日新聞の記事( 病気腎移植:万波医師らの医療 4学会が非難の声明(毎日新聞 2007年3月31日 21時08分)病気腎移植:ドナーの治療軽視 問題と背景(毎日新聞 2007年4月1日 0時46分 (最終更新時間 4月1日 0時48分)))のように、さっぱり分からないものもあります。記事は、野田武記者、大場あい記者、津久井達記者(万波医師擁護の部分を担当)が担当しています。野田武記者、大場あい記者担当の部分は酷く、事実を端的に伝える能力に欠けています。殆どが以前書いた記事内容ですから、読む価値がありません。


(1) 産経新聞平成19年4月1日付朝刊1・3面

病腎移植 「現時点では妥当性ない」 関連4学会が非難声明
4月1日8時0分配信 産経新聞

 宇和島徳洲会病院(愛媛県宇和島市)の万波誠医師(66)らによる病腎移植について、日本移植学会など4学会は31日、「実験的な医療が閉鎖的な環境で行われていたことは、厳しく非難されるべきだ」とする声明を出した。また、病腎移植の医学的可能性については、「現時点では妥当性がない」とする統一見解を出した。

 共同声明に参加したのは、日本移植学会、日本透析医学会、日本泌尿器科学会、日本臨床腎移植学会の4学会。日本腎臓学会は理事会の承認が得られ次第、声明に加わる予定。日本病理学会は声明に参加しなかった。

 声明は、病腎が移植された際、インフォームドコンセント(患者への説明と同意)の文書化や倫理委員会の審査が欠如しており、不透明だったと指摘した。統一見解の根拠には、一部の病院のケースに限ると、腎臓の生着率や患者の生存率が通常の移植より劣ることなどを挙げている。

最終更新:4月1日8時0分」(産経新聞4月1日付朝刊1面


「日本移植学会などは、今回、岡山や広島で実施された6件の摘出手術について検証した厚労省調査班と、市立宇和島病院で実施された摘出20件、移植25件について検証した同病院調査委の調査結果を参考に声明をまとめた。

 日本移植学会の田中紘一理事長は「現時点では病腎移植に医学的妥当性はなく、実施すべきではない」と強調した。」(サンケイネット上のみ最後の段落にこの部分を掲載)



病腎移植 先延ばし、揺れた方針 学会「原則禁止」から後退
4月1日8時1分配信 産経新聞


 病腎移植について日本移植学会など4学会が出した統一見解は、「現時点では妥当性がない」と将来の容認に含みを残し、繰り返し「原則禁止する」と発言していた学会首脳らの方針から後退したものとなった。

 日本移植学会の副理事長らは病腎移植の是非について1月以降、「関連5学会で原則禁止の統一見解を出す」と再三発言。当初は2月中旬の合同会議で見解を取りまとめる予定だったが、下旬に延期。さらに、学会首脳らの任期満了ぎりぎりの3月末まで先延ばししていた。

 臨床現場の医師や患者団体から、病腎移植の容認を求める声が上がる中で、方針が揺れたことをうかがわせる。

 最終的には、見解の内容が後退したうえ、当初予定されていた5学会のうち日本病理学会、日本腎臓学会が今回は参加を見合わせた。代りに、日本移植学会副理事長が以前理事長だった日本臨床腎移植学会が参加する「数合わせ」で、権威を維持した形だ。

 ただ、日本腎臓学会も31日の合同会議には加わっており、今後、学会の理事会で了承されれば名を連ねるとしている。

 声明は、万波誠医師(66)が以前勤務した市立宇和島病院(愛媛県宇和島市)などの調査結果をもとに、4学会の連名でまとめた。

 大阪市内で開かれた合同会議の後、日本移植学会の田中紘一理事長は、ルールにのっとったものであれば将来の病気腎移植の可能性は否定しない、との考えを示した。

 また、移植医療の新しい診断方法や治療方法について今後、病院の倫理委などで審議した後、日本移植学会でさらに審議する体制を整備するとしている。

                   ◇

 田中理事長の話「(病腎移植は)想定外のことだった。少なくとも現時点ではあり得ない。移植をやる人は学会に入ってほしい。学会で決まったことはすべてお知らせするので、万波先生にもぜひ入っていただきたい」

最終更新:4月1日8時1分」(産経新聞4月1日付朝刊3面



病腎移植 万波医師反論「患者の利益」
4月1日8時1分配信 産経新聞

 日本移植学会など学会の声明の発表を受け、万波誠医師は31日、産経新聞の取材に「患者の利益になると思ってやったこと。患者側の意見をもっと聞いて判断してほしかった」と話した。

 また、学会側が生体腎移植に比べて病腎移植の生着率の低さを指摘していることについて、「(生体腎移植と病腎移植では)母集団の数が違う。公平な比較にはならない」と反論。「確かに同意文書などは残していないが、患者と十分話し合ったうえで移植した。患者の利益になっていると思う」と従来の主張を繰り返した。

 一方、同病院の貞島博通院長も同日、院内で会見し、「臨床研究というかたちでも病腎移植を残してほしい」と訴えた。学会の調査方法については「患者たちの意見をあまり聞くことなく、拙速に物事が運びすぎている感じがする」と不満を口にした。

最終更新:4月1日8時1分」(産経新聞4月1日付朝刊3面



 「移植学会など声明要旨

 第三者からの病腎移植は想定していなかった。実験的な医療が、医学的・倫理的な観点から検討されずに閉鎖的な環境で行われていたことは、厳しく非難されるべきだ。実施した病院は、手続きを含め体制が極めて不備だった。

 移植医療ではドナーの意思が尊重され、権利が守られねばならない。一連の病腎移植では、医学的見地からの問題や、インフォームドコンセントや倫理委員会審議の欠如や不透明さが判明、移植医療として多くの問題があった。

 臓器移植の新しい治療法を推進するのは、厚生労働省の倫理方針にのっとって行わなければならない。日本移植学会は、臓器提供を必要とする移植医療では、この方針に加え、新しい診断方法や治療方法などの提案を審議し推進できる体制を整備するのが方針だ。臓器提供の範囲の拡大も、学会、社会での十分な議論を経て行っていく。

 今回の病腎移植を、移植医療全体の教訓として生かし、わが国の移植医療の適正運用に努め、臓器不全に悩む多くの人々が恩恵を受けられるように尽力する。」(産経新聞4月1日付朝刊3面)




(2) 読売新聞平成19年4月1日付朝刊1・38面

 「病気腎移植を全否定、4学会が「実験的医療」と非難

 宇和島徳洲会病院(愛媛県宇和島市)の万波誠医師らの病気腎移植について、日本移植学会、日本泌尿器科学会など関連4学会は31日、「病気腎移植は、実験的な医療であり、現時点で医学的に妥当性はなく、認められない」と全面的に否定する声明をまとめ、公表した。

 今回の声明で一連の病気腎移植調査は大きな山を越え、厚生労働省は、臓器移植法の運用指針を改定、病気腎の扱いを盛り込む。

 4学会と日本腎臓学会は、この日、大阪市内で会合を開き、万波医師らがかかわった病気腎移植42件について、これまでの厚労省や同学会員らの調査資料などを詳細に検討。医学的な妥当性、提供・移植両患者に対するインフォームド・コンセント(医師の十分な説明と患者の同意)などについて声明をまとめた。

 声明ではまず、「病気腎移植は、移植医療として多くの問題があったと言わざるをえない」と指弾。その上で、「良性疾患」「悪性疾患(がん)」の摘出の医学的妥当性について、それぞれ「他の治療を受ける機会が与えられるべき」「がんが移植患者に持ち込まれる危険性がある」と否定した。移植についても、生存率が劣ることを根拠に認められないとした。

 また、多くの症例でインフォームド・コンセントが十分に行われず倫理的に問題があるとした。

 移植学会は、万波医師らのような実験的な医療に歯止めをかけるため、「新しい移植医療は臨床研究ととらえ、学会外の研究者や医師も含め、施設と移植学会の二重の倫理審査を行う体制を整えること」を声明に盛り込んだ。

 田中紘一・日本移植学会理事長は「病気腎移植という実験的医療が、医学・倫理面での検討もなく、閉鎖的な環境で行われたことは厳しく非難されるべき」と指摘した。ただ、将来的な病気腎移植の可能性については明言を避けたが「新たな治療法は今後も開発される」と含みを残した。

(2007年3月31日23時20分 読売新聞)」



 「病気腎移植「万波式、現状では不可能」 4学会一部委員、容認論も

 「提供者の権利が全く守られていない」「現時点では不可能」。日本移植学会など4学会が31日出した声明は、宇和島徳洲会病院(愛媛県宇和島市)の万波誠医師らの病気腎移植を完全否定した。これを受けて、厚生労働省による臓器移植法の指針改定、関係病院に対する行政処分の検討が始まるが、学会幹部からは「良性疾患に限り一部は認めても良いのではないのか」という声もあり、その場合、手順など今後詰めるべき課題は多い。〈本文記事1面〉

 4学会が「これまで想定していなかった」(田中紘一・日本移植学会理事長)とした病気腎移植は、昨年秋に臓器売買事件の院内調査で判明し、その後、5県10病院で計42件も実施されていることが分かった。厚労省や日本移植学会は早くから否定の姿勢を打ち出した。移植学会が、会合前日の30日に急きょ会見を開き、病気腎移植の生着率と生存率の成績が悪いデータを公表したのも、万波医師らの病気腎移植は認められないという強いメッセージの表れだ。

 一方、「苦しむ患者を助けるためにやった」と主張する万波氏を、移植を受けた患者や学者の一部が擁護。透析患者の増加や慢性的な臓器提供不足の実情を指摘し、病気腎移植を「第三の道」として容認を求める声も出た。

 この日の合同学会でも、一部の委員から病気腎移植の容認を求める発言が出た。だが、日本移植学会が押し切り、統一見解をまとめるに至った。

 国は今後、臓器移植法の運用指針を改定し、摘出した病気腎の取り扱いについて規定を盛り込む方針。学会も、二重審査体制と国の指針などの監視体制を強化し、実験的な医療に歯止めをかけたい考えだ。ただ、声明で「学会員も非学会員も新しい治療法の提案を審議できる体制を整備する」として、将来的に病気腎移植の可能性に含みを残した。

 一方、万波医師は31日夜、報道陣の取材に対して「最善の選択だった。間違っていなかったと思っている」と主張した。患者への説明が不十分との指摘についても「患者とは十分に相談した。病気腎はいつ出るか分からず、一番話の分かる患者を選んだ」と話した。その上で「学会の見解に沿って国が禁止したら、もうしない」と話した。(以下、省略)」読売新聞4月1日付朝刊38面



4学会声明の骨子

▽良性疾患、悪性疾患(がん)を含め腎摘出の医学的妥当性はない
▽多くの症例で、摘出や第三者に移植するという説明がなされ、書面で同意が得られている(インフォームド・コンセント)ことが確認できなかった
▽病気腎移植の生存率は、(生体移植、死体移植に比べ)劣るとのデータがあり、医学的に妥当性がない
▽病気の治療のための摘出でなく、明らかに移植を前提とした手術法が選択された例もあった
▽レシピエント(移植患者)の選択に一定の基準はなかった
▽多くの場合で、倫理委員会からの病気腎移植の承認は得られていない」(読売新聞4月1日付1面)




2.この報道から幾つかコメントしてみます。

(1) 

 「病腎移植について日本移植学会など4学会が出した統一見解は、「現時点では妥当性がない」と将来の容認に含みを残し、繰り返し「原則禁止する」と発言していた学会首脳らの方針から後退したものとなった。」


日本移植学会の幹部は、ずっと「全面禁止、原則禁止」と言いふらして来たのですが、結局は、「現時点では妥当性がない」に後退した結果になってしまいました。

産経新聞が指摘するように、「臨床現場の医師や患者団体から、病腎移植の容認を求める声が上がる中で、方針が揺れた」のかもしれません。


ただ、「現時点では妥当性がない」というだけであって、「移植医療の新しい診断方法や治療方法について今後、病院の倫理委などで審議した後、日本移植学会でさらに審議する体制を整備するとしている」ことからすると、日本移植学会主導で病腎移植を実施したいのだと推測しています。日本移植学会の幹部の中には、“人体実験医師”がいるのですから、やりたい意欲があることはよく分かります。

日本移植学会の幹部は、内心、万波医師の診療記録が楽しみだったはずです。病気腎移植は優れた技量を必要としますから、診療記録を見ることで、盗むことができると思っていたはずだからです。
ところが、カルテの記載は不十分で、よく分からなかったため、盗むことができませんでした。そのため、深尾立調査委員長は、「調査ができない」と厳しく非難したわけです。分かりやすい言動でした。将来を考えると、病腎移植をやりたいのです、実は。


今後は、日本移植学会は、形式だけは整えた上で、病気腎移植を実施するのでしょう。非難しているのは、今だけです。もしかしたら、ほとぼりが冷めた頃、1~2年後には実施している可能性もあります。全面禁止ではなく、あくまで「「現時点では妥当性がない」といっているだけで、書面と倫理委員会と学会のお墨付きがあれば問題ないのですから。

もっとも恐ろしいのは今後のことです。日本移植学会は万波医師が病気腎移植を実施することは認めないでしょうから、今後は、技量の劣った(日本移植学会の)移植医が病気腎移植を実施することになるだろうということです。現時点において、万波医師が実施した病気腎の摘出・移植の妥当性を判断できていないのですから、本来、実施できるはずがないのですが。

ただでさえ難しい病腎移植なのですから、技量の劣った移植医が実施するとなると、病気腎移植により、術後、すぐに縫合不全などで死亡する患者がでてくることは必至です。万波医師では考えられなかったことです。


(2) 

 「「苦しむ患者を助けるためにやった」と主張する万波氏を、移植を受けた患者や学者の一部が擁護。透析患者の増加や慢性的な臓器提供不足の実情を指摘し、病気腎移植を「第三の道」として容認を求める声も出た。

 この日の合同学会でも、一部の委員から病気腎移植の容認を求める発言が出た。だが、日本移植学会が押し切り、統一見解をまとめるに至った。」


31日の合同学会では、出席者の誰もが、誰もいなくても「病腎移植否定」という結論が決定されていると分かっていました。誰もわかっていたのに、患者を救いたいという医師の本分をもった方が、あえて批判を声を上げたのです。学会という学問(医学)発展に寄与する場という意義を貫くならば、批判があったのですから、もっと検証した上で結論を出すというのが本来的な学会のあり方でした。

しかし、医師の本分からの声も無視して、本来的な学会のあり方に反して、「日本移植学会が押し切り、統一見解をまとめるに至った」のです。医師の本分からの声も無視し、本来的な学会のあり方に反した行動に対して、(産経新聞を除く)マスコミは非難しようしないのですから、不思議なことです。



(3) 

 「最終的には、見解の内容が後退したうえ、当初予定されていた5学会のうち日本病理学会、日本腎臓学会が今回は参加を見合わせた。代りに、日本移植学会副理事長が以前理事長だった日本臨床腎移植学会が参加する「数合わせ」で、権威を維持した形だ。

 ただ、日本腎臓学会も31日の合同会議には加わっており、今後、学会の理事会で了承されれば名を連ねるとしている。」

日本移植学会は、強引に結論を出したかったのですが、それにひきづられるようでは“学会”の名が泣きます。ですから、日本病理学会は、学会の本来のあり方を貫いて、調査が不十分で結論出すことは止め、参加を見送りました。

結局は、「日本移植学会副理事長が以前理事長だった日本臨床腎移植学会が参加する「数合わせ」で、権威を維持」したというみっともない態度を露呈してしまいました。こんな分かりやすいことさえ、「数合わせ」と皮肉ったのは産経新聞だけでしたから、いかにマスコミ報道がおかしくなっていることがわかります。



(4) 田中理事長は、

「移植をやる人は学会に入ってほしい。学会で決まったことはすべてお知らせするので、万波先生にもぜひ入っていただきたい」

などと述べています。

病腎摘出移植の術式を良し悪しを判断できない医師集団に入っても、万波医師には何もメリットはありません。病腎移植発表を阻止するような、学問の自由、表現の自由の侵害でさえ、厭わない名ばかりの学会なのです。「決まったことを知らせる」だけなら、意味がありません。ただ入るだけなら、犬や猫でも十分です。

田中理事長の誘いは、実に不可解です。




3.万波医師らは、書面や倫理委員会などのルールを欠いていた場合があったため、日本移植学会にまんまとつけこまれてしまいました。

しかし、倫理委員会はそれほど大層なものなのでしょうか? 

読売新聞は、大学病院や、その母体の大学医学部などを対象に倫理委員会の調査を行っていました(87施設が回答で、回収率85%。読売新聞平成19年3月13日付朝刊27面)。

 「承認率は全般に高く、委員会平均で93%に達する。……情報公開では、誰でも会議を傍聴できるのは、名古屋大の医学部倫理委員会と、大阪府立成人病センターの倫理委員会だけ。57%は病院内部の人も傍聴不可だった。」 

 「倫理審査の対象は、各種の研究、個別の医療行為など幅広い。計70項目のテーマを選び、「すべて申請が必要」「申請があった時だけ審査する」「審査なしで実施可能」などの選択肢から答えてもらった。……

……個別の医療行為の扱いは……「従来行われていない手術方法」は、義務付けが46、申請主義が28だった。

 生体肝移植を実施する69施設では、24施設が全例を個別審査しているのに対し、22施設は審査なしで実施。親族間の腎移植は8施設が個別審査を行う一方、50施設は「保険適用される通常の医療」などとして審査なしで認めている。」


日本移植学会やマスコミが強調する倫理委員会も、大学病院の倫理委員会でさえ、ほとんど承認し、ほとんど非公開で、腎移植では親族間でもほとんど審査していないのです。
こんなあってないがごときの現状なのに、倫理委員会がなかったことを非難するのですから、苦笑せざるを得ません。


<追記>で、宇和島徳洲会病院の専門委員会委員を努めた、日本病理学会理事の堤寛(ゆたか)・藤田保健衛生大学医学部教授の「良心の手紙」を掲載した記事(産経新聞)を引用しました。

この記事によると、堤寛教授は、「手を尽くした末の最後の手段としてしか病腎の摘出を選択しなかった」のではないかと力説したのに、新聞報道では、病腎移植の「全員一致で全症例が否定された」とゆがめて報じられました。病腎移植否定という「結論ありき」だったのです。


「結論ありき」で万波医師らを非難したところで、ドナー不毒の現状はまったく改善されません。法的拘束力はないとしても、今回の声明によって病腎移植は「現時点」では実施されず、その結果、移植を受けられる患者が減ってしまいました。より悪化したのです。

「断罪して幕引きを図るだけ」(中国新聞平成19年4月2日付社説)

では、誰も救われないまま、ただ日本移植学会が優越感に浸っただけなのです。
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