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2006/10/30 [Mon] 07:24:05 » E d i t
政府提出の教育基本法改正案と、民主党提出の「日本国教育基本法案」が、10月30日、衆院教育基本法特別委員会で、首相も出席して本格的な審議に入ります。この審議を聞くにあたって、大内裕和助教授が「教育基本法改正:格差社会を助長するおそれ」という表題での論説記事(毎日新聞平成18年10月29日付の「ウイークリー文化 批評と表現」欄の「21世紀を読む」より)が参考になると思いますので、この論説を紹介したいと思います。


1.毎日新聞平成18年10月29日(日曜日)付4面の「ウイークリー文化 批評と表現」欄の「21世紀を読む」

教育基本法改正:格差社会を助長するおそれ

 臨時国会の最重要法案となっている教育基本法「改正」法案は、特別委員会での本格的な審議が30日から始まる。前の通常国会で注目されたのは「愛国心」をめぐる議論であった。「愛国心」通知表など、その評価の是非や「思想及び良心の自由」との関(かか)わりで論争が行われたことは記憶に新しい。しかし、同法「改正」の重要な論点であるにも関わらず、まだ十分に審議されていない問題がある。それは同法「改正」と現在大きな問題となっている格差社会との関係である。

 教育基本法の重要な理念の一つに「教育の機会均等」がある。戦前は男女や経済力による教育の格差が明確に存在していた。それに対してすべての人に平等な教育機会を提供することが、教育基本法の理念に盛り込まれた。しかし政府法案は「教育の機会均等」を破壊し、格差社会を助長する危険性をもっている。


 教育基本法第3条(教育の機会均等)
 
 すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならないものであって、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。


 政府「改正」法案第4条「教育の機会均等」

 すべて国民は、ひとしく、その能力に応じた教育を受ける機会を与えられなければならず、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。


 現行法では「能力に応ずる教育」となっていた文言が、政府法案では「能力に応じた教育」へと変えられている。「能力に応ずる教育」は、「発達の必要に応ずる教育」と解釈され、その時点での能力の格差を是正する方向で教育機会を保障することが目指されていた。しかし「能力に応じた教育」は、能力の上下によって教育機会が差別的に配分することを容認する表現である。これでは教育の機会不平等が促進されてしまう。

 それに加えて政府法案第5条「義務教育」には、現行法第4条(義務教育)にない新たな条文がある。


 政府「改正」法案第5条「義務教育」
2 義務教育として行われる普通教育は、各個人の有する能力を伸ばしつつ社会において自立的に生きる基礎を培い、また、国家及び社会の形成者として必要とされる基本的な資質を養うことを目的として行われるものとする。
3 国及び地方公共団体は、義務教育の機会を保障し、その水準を確保するため、適切な役割分担及び相互の協力の下、その実施に責任を負う。

 
 第2項の「各個人の有する能力を伸ばしつつ」との文言は、義務教育における格差拡大をもたらす危険性が高い。義務教育段階での「能力」は特に、家庭や地域など子どもを取り巻く環境に強く影響される。この時点での「能力」の違いを所与の条件としてそれぞれの子どもを伸ばしていくのであれば、義務教育の重要な役割である平等化は放棄され、出身家庭や出身地域による教育格差が拡大し、階層の固定化がもたらされるであろう。

 また第3項の「水準を確保」という文言は、義務教育における競争や能力主義を一層推し進める。文部科学省は07年4月に、小学校6年生と中学校3年生の全員が参加する全国学力テストを実施する。これによりすべての都道府県、小中学校、生徒に順位をつけることが可能になる。このテストなど「水準を確保」することを目指す教育政策が、義務教育段階での競争と格差を全国規模で強化するだろう。教育基本法「改正」が格差社会を助長する危険性はきわめて高い。

 毎日新聞が05年12月に実施した世論調査では、親の所得など家庭環境によって、子どもの将来の職業や所得が左右される「格差社会」になりつつあると思う人は6割を超えている。多くの人々が危惧(きぐ)している格差社会と教育基本法「改正」との関係について、臨時国会で十分な議論が行われることが強く望まれる。


大内裕和(おおうち・ひろかず) 松山大助教授(教育社会学)。1967年生まれ。東大博士課程修了。著書に『教育基本法「改正」を問う』(高橋哲哉東大教授との共著)」




2.教育基本法改正は、多岐にわたります。そのうち、大内助教授は、この論説では、教育基本法第3条(教育の機会均等)と第4条(義務教育)のみに絞り、その条文を改正した場合の弊害、すなわち、格差社会を助長する危険性があるのではないか、と説いています。

この論説を読むと、政府法案が細かく文言を改正し、追加していることが分かります。そして、それによってどのように具体的に教育行政を変化させようとしているのか、という予測も。

 「現行法では「能力に応ずる教育」となっていた文言が、政府法案では「能力に応じた教育」へと変えられている。……しかし「能力に応じた教育」は、能力の上下によって教育機会が差別的に配分することを容認する表現である。これでは教育の機会不平等が促進されてしまう。


 「それに加えて政府法案第5条「義務教育」には、現行法第4条(義務教育)にない新たな条文がある。……第2項の「各個人の有する能力を伸ばしつつ」との文言は、義務教育における格差拡大をもたらす危険性が高い。……また第3項の「水準を確保」という文言は、義務教育における競争や能力主義を一層推し進める。……このテストなど「水準を確保」することを目指す教育政策が、義務教育段階での競争と格差を全国規模で強化するだろう。」


格差社会の助長を望む立場であれば、こういった政府法案に異議を唱える必要はないのでしょうが、格差社会の助長に危惧を覚える立場であれば、政府法案を疑問視する方向になります。

政府が、政府法案で細かく条文の文言を改正することで、具体的に何を考えているのかは、まだ明確ではありません。ですから、「多くの人々が危惧(きぐ)している格差社会と教育基本法『改正』との関係について、臨時国会で十分な議論が行われることが強く望まれる」のです。

もちろん、一般市民としても、教育基本法がどう改正されるのか、改正によりどのように具体的に変わるのか、を充分に知っておく必要があります。子どもの将来・人生に大きく関わる問題なのですから。


教育基本法「改正」情報センターでは、平成1810月30日に、「すべての報道関係者のみなさんに訴えます  教基法改正法案の国会審議を、市民とともに、徹底的に監視し、真の争点を明らかにして、国民の主権者としての判断に必要な情報を報道してください!」(PDF)という「声明」を出しています。
その中から一部引用すると、

 「教育基本法は、教育の憲法ともいわれる法律です。その「改正」は憲法「改正」にも匹敵する大きな問題です。

 また、この間、いじめ自殺事件、必修単位未履修問題などの教育問題が浮上してきました。これらの問題を解決しうるのは、現行教基法を無視し続け、そして今、教基法改正案を提出している文科省の教育行政によってなのか、それとも、現行教基法に基づく教育と教育行政を実現することによってなのか。教基法の改正により、日本の公教育の抱える問題は解消するのか、それとも、悪化していくことになるのか。教基法改正法案の帰趨が、日本の公教育の行く末を左右することは間違いありません。」


このように、「教育基本法は、教育の憲法ともいわれる法律です。その「改正」は憲法「改正」にも匹敵する大きな問題」ですから、この改正は大変重要な意義をもちます。
政府の教育基本法「改正」法案は、全体にわたって細かく改正・追加していますから、すべてにわたり綿密な検討・審議をする必要があります。ですから、教育基本法の改正により、日本の公教育の抱える問題は解消するのかどうか、「愛国心」を評価する必要があるのかどうかなど、を今国会で審議することは意義あることなのでしょう。

しかし、前の通常国会と異なり、今は、高校必修科目の履修不足問題が浮上し、いじめによる児童・生徒の自殺が相次いでいる状態です。いまや、幼稚園や小学校低学年でのいじめも、珍しくありません。それも、幼稚園でも「教諭の目が届かないトイレでの集団暴行」(東京新聞10月30日付朝刊8面)を行ったり、まだ小学1年生の女の子が「耳元で『死ね』と」言われたり「げんこつで殴られ」たりするほどのいじめを受ける(東京新聞10月30日付朝刊8面)。しかも、このような過激化し、犯罪化しているいじめに対して、幼稚園では真剣に対応せず、殴った児童は謝ったりしていないのです。いじめによるとの遺書があっても、学校側は「いじめはなかった、いじめによる自殺でなかった」と言い訳するのです。

高校必修科目の履修不足問題が生じた背景と対策自殺に至るほどのいじめ問題・いじめの低年齢化問題の背景と対策など、こういった今直面している問題に対する具体的な対策こそ、急務であり、これこそ国会で審議すべきことではないのかと考えます。今、教育基本法を審議し、改正する必要があるのか、疑問を感じます。

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諸法 *  TB: 3  *  CM: 6  * top △ 
2006/10/28 [Sat] 15:22:58 » E d i t
タレントの向井亜紀さんと元プロレスラーの高田延彦さん夫妻が、米国在住の女性に代理出産を依頼して出生した双子の男児を巡り、出生届の受理を命じた東京高裁決定を不服として、東京都品川区は許可抗告を申し立てていました。東京高裁は10月27日、品川区による最高裁への抗告を許可する決定をした、との報道(10月28日付朝刊各紙)がありました。これについてコメントしたいと思います。


1.まずは新聞報道の記事から。
「神戸新聞Web News」

 「代理出産、最高裁で審理  2006/10/27 18:36

 タレント向井亜紀さん(41)夫妻が代理出産でもうけた双子の出生届をめぐる家事審判で、東京高裁(南敏文裁判長)は27日、出生届受理を命じた9月29日の同高裁決定を不服として東京都品川区が申し立てた抗告を許可する決定をした。最高裁での審理が決まった。

 品川区が申し立てたのは許可抗告と呼ばれる手続きで、民事訴訟法は対象となる決定に法令の解釈に関する重要な事項を含む場合、最高裁への抗告を許可しなければならないと定めている。

 向井さん夫妻は2004年1月、米国人女性が代理出産した双子の出生届を提出。区が不受理としたため取り消しを求めて家事審判を起こした。

 東京家裁は請求を却下したが、同高裁は「血縁関係は明らかで、親子と認めた米国の確定裁判を承認しても公序良俗に反しない。不受理だと法律的に受け入れる国がなくなり、子の福祉を優先すべきだ」と判断した。

 品川区は10月、法務省と協議した上で「司法の最終判断に委ねたい」として許可抗告を申し立てた。」



(2) 「NIKKEI NET(10月27日23:00・日経新聞)」

 「 向井さん夫妻の出生届問題、最高裁で審理へ

 タレントの向井亜紀さん(41)夫妻が米国人女性の代理出産でもうけた双子(2)の出生届が受理されなかった問題で、東京高裁(南敏文裁判長)は27日、受理を命じた先月29日の東京高裁決定を不服として東京都品川区が申し立てた抗告を許可する決定をした。最高裁で審理されることが決まった。

 同高裁は「申し立て理由には、法令解釈に関する重要な事項が含まれている」と判断した。

 向井さんはがんで子宮を摘出後、本人らが体外受精した受精卵を代理出産してもらう契約を米国人女性と結び、2003年に双子が生まれた。

 同区に出生届の受理を求めた家事審判で、東京家裁は昨年11月、申し立てを却下したが、同高裁は「血縁関係は明らか。子の福祉を優先すべき」として受理するよう命じたため、区は法務省と協議し、許可抗告した。 (23:00) 」




2.許可抗告の条文・解釈とその後の手続を挙げておきます。

(1) まずは許可抗告の条文です。

(許可抗告)
民事訴訟法第三百三十七条  高等裁判所の決定及び命令(第三百三十条の抗告及び次項の申立てについての決定及び命令を除く。)に対しては、前条第一項の規定による場合のほか、その高等裁判所が次項の規定により許可したときに限り、最高裁判所に特に抗告をすることができる。ただし、その裁判が地方裁判所の裁判であるとした場合に抗告をすることができるものであるときに限る。
2  前項の高等裁判所は、同項の裁判について、最高裁判所の判例(これがない場合にあっては、大審院又は上告裁判所若しくは抗告裁判所である高等裁判所の判例)と相反する判断がある場合その他の法令の解釈に関する重要な事項を含むと認められる場合には、申立てにより、決定で、抗告を許可しなければならない。
3  前項の申立てにおいては、前条第一項に規定する事由を理由とすることはできない。
4  第二項の規定による許可があった場合には、第一項の抗告があったものとみなす。
5  最高裁判所は、裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるときは、原裁判を破棄することができる。
6  第三百十三条、第三百十五条及び前条第二項の規定は第二項の申立てについて、第三百十八条第三項の規定は第二項の規定による許可をする場合について、同条第四項後段及び前条第三項の規定は第二項の規定による許可があった場合について準用する。



許可抗告の申立てがあった場合、「民事訴訟法は対象となる決定に法令の解釈に関する重要な事項を含む場合、最高裁への抗告を許可しなければならないと定めて」(民事訴訟法337条2項)います。

東京高裁は「申し立て理由には、法令解釈に関する重要な事項が含まれている」と判断したため、抗告を許可する決定をしたわけです。もっとも、「法令解釈に関する重要な事項」については、<1>日本民法の解釈上の「代理出産の是非」という事項が含まれていると判断したのか、<2>民事訴訟法(国際民事訴訟法)の解釈上の118条の要件判断に関する事項が含まれていると判断したのか、<3>両方の問題に関わる事項と判断したのか、気になるところです。


(2) 許可した後の手続について説明しておきます。

 「その後の手続については、特別抗告および特別上告に関する規定が準用され(337条4項により336条3項の準用)、結局、その性質に反しない限り、通常の上告に準ずることになる(336条用3項・327条2項参照。なお、規則209条も特別抗告に関する規則208条を準用する)。したがって、事件の送付(規則197条の準用)を受けた最高裁判所は、原則として書面審理を行い、裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があるときは、原裁判を破棄する(337条5項)。」(中野=松浦=鈴木編「新民事訴訟法講義」535頁)


このため、東京高裁が抗告を許可する決定をしたことで、「最高裁で審理されることが決まった」、すなわち、この事案においては「代理出産で生まれた子供を法律上、実子とすべきかどうか、正式に最高裁で審理されることになった」(読売新聞平成18年10月28日付朝刊)と判断できるわけです。




3.最高裁判所がどのような判断をするのかについては、何度か言及していますが、現在の立法動向を踏まえて判断することになると思います。

(1) 裁判所が立法動向を考慮することはよくあることですが、特に家族法の分野では立法動向を踏まえ、国会の立法裁量を重視するものと考えられます。
というのは、例えば、一夫一婦制で離婚を禁止するカトリック系の家族法と、一夫多妻制で男子専制離婚を認めるイスラム系の家族法があるように、家族法は宗教・倫理思想や各国独自の家族観に基づき、根本的な差異が生じています
そのため、家族法の分野の改正・立法については、世界の立法動向と全く無関係とはいえないものの、本来的には世界の立法がどうであっても、自国独自の家族法が求められるため、立法裁量の幅が非常に広いと考えられるからです。


(2) さて、立法動向については2つあります。
まず1つは、「代理出産(代理母)による法律関係~「代理出産禁止」を見直しを含め再検討へ」で触れたように、「柳沢厚生労働相は17日の閣議後会見で、現在は禁止の方針を定めている代理出産に関し、その見直しも含めて再検討を始めることを明らかにした。今後、法務省も含め、政府全体で検討する」(読売新聞(平成18年10月17日夕刊1面) としているので、内閣提出法案としては、代理出産を認める方向での立法を考えていることです。


(3) もう1つは、代理出産をはじめとする生殖補助医療の法整備に向け、来年の通常国会へ議員立法の形で法案を提出することが予定されているようです。

「東京新聞のHP(10月26日)」

 「代理出産で法案提出へ 議員立法で超党派グループ

 超党派の国会議員グループ「生命倫理と生殖技術について考える超党派勉強会」(清水嘉与子会長)は26日の会合で、代理出産をはじめとする生殖補助医療の法整備に向け、来年の通常国会へ議員立法の形で法案を提出することを決めた。

 医療の進歩によって可能になった、代理出産や、死亡した父親の凍結精子を使った妊娠・出産などについて問題点を整理し、どこまで認めるかなどを検討する。

 生殖補助医療の法整備をめぐっては、厚生労働省の専門部会が2003年に「代理出産を罰則付きで禁止すべきだ」などとした報告書をまとめ、同省が政府提案による法案提出を目指したが、議論は中断されたまま。グループは「03年の報告書にはとらわれず、ゼロから議論する」(野田聖子事務局長)としている。

 長野県の根津八紘医師が今月中旬、がんで子宮を失った30代の娘に代わり、50代後半の母親が「孫」を代理出産した事例を公表したことなどを受け、学会関係者らから法整備を求める声が高まっていた。

 野田議員は「ルールがないまま放置しておくわけにはいかない。法案づくりを急ぎたい」と話した。

(共同)
(2006年10月26日 21時51分)」


超党派の国会議員グループ「生命倫理と生殖技術について考える超党派勉強会」(清水嘉与子会長)は、「03年の報告書にはとらわれず、ゼロから議論する」(野田聖子事務局長)として、代理出産禁止の方針を打ち出した「報告書」を見直すというのですから、政府と同様に、代理出産を認める方向での議員立法を考えていると思われます。
野田議員自体も、代理出産肯定の立場に好意的な議員のようですから、代理出産を認める方向の立法案を考えているはずですから、代理出産を認める方向での議員立法であることはまず間違いないでしょう。


(4) これで、政府だけでなく、生殖補助医療に理解と関心のある議員グループも、代理出産を認める方向での立法を考えていることが明らかになりました。

最高裁判所が、向井夫妻の事案において「裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令違反」があるかどうかを判断する場合、代理出産を認める立法動向を考慮するとなると、出生届受理を命じた9月29日の東京高裁決定を破棄することは、非常に考えにくいです。
何度も触れていますが、代理出産による子を実子と扱う出生届を命じる決定を破棄すると、政府や生殖補助医療に理解と関心のある議員グループが代理出産を認めるよう考えていることと、実質的に抵触してしまうからです。

仮に、最高裁判所が代理出産を否定するような判示をしたとしても、政府や生殖補助医療に理解と関心のある議員グループが、代理出産を認める方向なのですから、すぐに無意味な判例となることが予想されます。幾らなんでも、無意味となるような判例を出すなんて考え難いです。こういう意味でも、出生届受理を命じた9月29日の東京高裁決定を破棄することは、非常に考えにくいでしょう。

なお、日本民法上の母子関係の成立につき、従来は、分娩主義でしたが、今回、判断を示すのではないかと期待する向きもあるでしょう。従来は分娩主義であったこと自体を確認することは、するかもしれません。しかし、近いうちに法改正・立法が予定されている以上、それも代理出産を認める方向ですから、あえて最高裁が判断を示すことはないと思います。


(5) 向井夫妻の事案において、最高裁が「裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令違反」があるか否かを判断する場合、問題となるのが、50代夫婦事案に関する最高裁平成17年11月24日決定との抵触です。この原審である大阪高裁決定は、州裁判所による親子関係成立の裁判があったのに、民事訴訟法118条をまったく問題としない法解釈を行って結論を導いたからです(「代理出産(代理母)による法律関係~大阪高裁平成17年5月20日決定全文(50代夫婦の双子代理出産事件)」参照)。

同じく代理出産による親子関係の成立につき、州裁判所の裁判があるのに、大阪高裁決定(最高裁)が民事訴訟法118条を意識しない法解釈をしてしまった以上、東京高裁決定に「明らかな法令違反」があるかどうかについては、どうしても大阪高裁決定(最高裁)と東京高裁決定を比較せざるを得ません。
言い換えると、今回の最高裁では、大阪高裁決定を原審とする最高裁決定を、(再審ではないので)実質的にもう一度判断することになるわけです。

ずっと論じてきたように、国際私法・国際民事訴訟法の考え方からすると、州裁判所の命令で親子関係が確定している以上、東京高裁決定の法解釈に分があるのですから、最高裁がどう言い訳するのかが、非常に注目するべき点であると思います。
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2006/10/27 [Fri] 06:22:21 » E d i t
マスコミではほとんど報道されていませんが、イーホームズの藤田東吾社長は、You Tubeで「耐震偽装問題」を自ら語っています。

藤田東吾1 Japan's crisis 耐震偽装を語り始める
http://www.youtube.com/watch?v=U1Jn1TNZG8s


藤田東吾2 Japan's crisis 耐震偽装事件について語るhttp://www.youtube.com/watch?v=rZbeS5CiU3U&NR


藤田東吾3 Japan's crisis 耐震偽装を語る
http://www.youtube.com/watch?v=_eaWJgy2Z3E&NR


藤田東吾4 Japan's crisis 耐震偽装を語る
http://www.youtube.com/watch?v=1QGE4JWWDbA&NR



1.このように藤田東吾社長は、自ら映像に出て語っているのですが、当然ながら専門的な知識を必要とするような点を含めて語っています。そこで、「反戦な家づくり」さんは、「イーホームズ藤田社長のメッセージを解説してみる」で幾つかの点について説明しています。ご覧下さい。


これらの情報元は、「きっこのブログ」さんです。
ほとんどのマスコミは藤田東吾社長が判決当日に耐震偽装問題について語ったことを報道しませんでした。そのため藤田東吾社長は、ますますマスコミ不信となり、それならばということで、「きっこのブログ」さん(「きっこの日記」さん)に情報提供をするという感じになっている状態です。それで、すべての情報元が「きっこのブログ」さんになってしまうわけです。




2.未だに腑に落ちないのは、耐震偽装があった物件をもっと多く指摘しているイーホームズが起訴され、会社がつぶれてしまったことです。耐震偽装を見抜けなかったことで非難されるべき立場であるかもしれませんが、耐震偽装物件を指摘することは、多くの一般市民の利益になることなのです。

東京地裁平成18年10月18日判決は、“見せ金”で増資したという罪(電磁的公正証書原本不実記録・同供用の罪)で有罪としましたが、起訴事実と耐震偽装事件との因果関係は「明らかでない」と否定したのです。そうなると、捜査機関は耐震偽装事件と無関係な“見せ金”であったのに、いかにも関係あるかのように偽装して起訴したわけです(「耐震強度偽装問題:安晋会関連物件も偽装の疑い~「きっこのブログ」より」参照)。

これでは、耐震強度偽装物件を発見・指摘せずに黙っていた方が、イーホームズとしては良かったといえます。黙っていたら、イーホームズはつぶれることもなかったはずですから。

 「“見せ金”で増資したという罪は有罪となったが、裁判長は起訴事実と耐震偽装事件との因果関係は「明らかでない」と否定した。そのため、司法記者クラブで会見した藤田被告は「なんでイーホームズが悪いのか」と激高。「耐震強度偽装と関係なく逮捕された」と、国や捜査、報道への批判を繰り返した。

 判決に対しては「裁判官が耐震偽装と見せ金増資の因果関係がないと言ってくれた。検察の主張を認めなかったことが一番うれしい。これで十分」と短くコメント。その後は「建設業法や宅建業法の問題。いずれ官僚たちは自分たちのミスに気付く」「他の会社の耐震偽装を告発したわたしを黙らせるための逮捕だ」と批判を繰り返した。」(日刊スポーツ10月19日)


なので、藤田社長が、捜査機関や報道機関へ批判を繰り返すのも当然です。


過去を思い起こせば、雪印を告発した「西宮冷蔵」は、嫌がらせを受けて営業が困難になってしまいました(現在は復活できているようです)。これも多くの一般市民の利益になることを告発した事件でした。

日本では、多くの一般市民の利益になることを告発・指摘すると、かえって不利益になる事態に陥るようです。そうなると、誰も告発せずに、多数の一般市民が多大な被害を受けて深刻な状況に陥ることになりますが、そういうことを望む方は一体だれなんでしょうか? 

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2006/10/25 [Wed] 01:10:19 » E d i t
朝日新聞平成18年10月21日付朝刊17面(オピニオン)には、「私の視点-ウイークエンド◆どうみる代理出産」という表題で、三者の見解(おそらくインタビュー記事)が掲載されていました。この見解について、個別にコメントしたいと思います。


1.まず見解を引用する前に、前説と、キーワードとして「代理出産」の説明をしていましたので、それを引用しておきます。

 「閉経後の50代女性が娘夫婦の受精卵で妊娠、代理出産したと、長野県の産婦人科医、根津八紘氏が発表した。代理出産で生まれた子の実子扱いを求めたタレント向井亜紀さん夫婦の裁判も注目を集めている。問題をどう考えるか、根津氏と2人の専門家に聞いた。」



 「[キーワード:代理出産]

 子宮を失ったり、元々なかったりする女性に代わり、別の女性(代理母)が子どもを産む方法。計5例の実施を公表した根津院長は「他にも公表せずに手がけている医師が国内にいる」と言う。日本産科婦人科学会は会告(指針)で、会員医師の実施やあっせんを禁止。生殖医療の法整備に向けた厚生労働省の専門部会も03年の報告書で禁じたが、法案は未提出だ。

 米国など容認する国に渡り、代理出産で子を得るカップルも少なくないといわれるが、多くはその事実を隠し、実子として出生届を出しているとされる。代理出産を公表した向井さんと元プロレスラー高田延彦さんの子について実子と認めた東京高裁判決や、根津院長が母親による娘のための代理出産を公表したことをきっかけに、柳沢厚労相ら閣僚から改めて検討が必要とする発言が出ている。」


細かいですが、「東京高裁判決」ではなく「東京高裁決定」ですね。




2.荒木勤(あらき つとむ) 日本医科大学長・日本産科婦人科学会元会長の話

荒木勤氏は、01~03年の厚労省生殖医療補助部会があったとき、その当時の日本産科婦人科学会会長だったのですから、以前の行動を撤回するはずがないので、当然ながら代理出産反対の立場と予想できます。なので、あまり意味のない記事と予想できますが、代理出産肯定が増えている現状にどう答えているかが見所です。

容認には厳しい条件必要 

 根津さんが公表した代理出産や、向井さん夫妻のお子さんを巡るニュースが、長く不妊治療を受けた後で子どもを持たないことを選んだ人へのプレッシャーにならないか、とても心配している。

 子どもがいなくても幸せにやっていこうと、せっかく決めた心を揺るがしてしまわないか。子宮のない人でさえ代理出産で子を得ているのに、という世間の目がつらい思いをさせないか。患者さんの思いに応えたいという根津さんの主張も分かるが、その影響の大きさを考えると、慎重な議論が必要だ。

 01~03年の厚労省生殖医療補助部会の議論に、日本産科婦人科学会(日産婦)の当時の会長として参加した。代理出産には厳しい意見がかなり強く、03年にまとめた報告書も禁止する内容になった。日産婦もそれに沿って会告(指針)で、<1>産みの母から引き離すなど、生まれてくる子の福祉に反する<2>代理母となる第三者に身体的・精神的負担を負わせる<3>家族関係を複雑にする<4>代理出産契約を社会が容認していない――という4つの理由を挙げて禁じた。

 当時の学会内部の議論では根津さんらごく少数の反対意見はあったが、大勢は禁止に賛成で、私自身も禁止するべきだと思っていた。

 その後、向井さん夫妻のように代理出産を求めて海外へ行く人たちが顕在化するなど社会の状況が変わり、深刻な少子化と重なり合って、学会の厳しい規則が批判されるようになってきている。

 周産期医療技術が安定してきたことを加味すると、かなり厳しい条件を課すという前提で、代理出産そのものはある程度認めざるを得ないのではないか。学会も、世論の動向や患者の声に応じて、柔軟な対応を取るようにしていくべきだろう。

 ただし、健康な女性を死に追いやるかもしれない代理母のリスクについて、きちんとした医学的根拠となるデータ集めは必要だ。閉経後の女性を人工的に妊娠できる状態にするには相当量のホルモン剤が必要で、副作用もあるはずだ。50~60代の女性にとって、妊娠による血圧の変化はどう影響するのか。帝王切開するのであれば、健康な人の体にメスを入れる医療行為の倫理も問われる。

 さらに、純粋な医療の域を離れるが、妊娠で代理母の生活が限定される間、その家族にどんな負担がかかるのか。

 様々な観点から調べた上で、閉経後の女性は避けるなど、代理母となる女性の年齢や体調に関する条件、実施する医療施設の条件などを決めていかなければならない。

 診察費など実費程度の補償を除けば、高額の金銭が動くような代理出産の商業化も規制するべきだと考える。一方で、矛盾するようだが、近親者が代理母となることにも抵抗がある。家族間の精神的あつれきが起きやすい。

 根津さんは、産まれた子に代理母への感謝を教えるように言うが、その子の精神的負担を考えると、親がむやみに代理出産を明かすことはないと思う。

 ただ戸籍など法的利益を受けないことや、出自を知る権利などは保障されなければならない。そのためには、個別の相談に応じ、代理出産の可否や子の福祉を巡る対応策を決める公的な第三者機関をつくるべきだ。」



(1) 元々、読む価値のない見解ですが、意味があるのは、

「向井さん夫妻のように代理出産を求めて海外へ行く人たちが顕在化するなど社会の状況が変わり、深刻な少子化と重なり合って、学会の厳しい規則が批判されるようになってきている。

 周産期医療技術が安定してきたことを加味すると、かなり厳しい条件を課すという前提で、代理出産そのものはある程度認めざるを得ないのではないか。学会も、世論の動向や患者の声に応じて、柔軟な対応を取るようにしていくべきだろう。」

の部分です。
世論や患者から「患者無視の対応である」と、日本産科婦人科学会へ厳しい批判がなされるようになったので、代理出産を認めるしかないと、全面禁止の見解を改めた点です。しぶしぶとはいえ、日本産科婦人科学会も代理出産肯定の方向にあるというわけです。



(2) 法律的に気になったのは、

「根津さんが公表した代理出産や、向井さん夫妻のお子さんを巡るニュースが、長く不妊治療を受けた後で子どもを持たないことを選んだ人へのプレッシャーにならないか、とても心配している。

 子どもがいなくても幸せにやっていこうと、せっかく決めた心を揺るがしてしまわないか。子宮のない人でさえ代理出産で子を得ているのに、という世間の目がつらい思いをさせないか。」

の部分です。
荒木勤氏は、基本的には代理出産に反対でした。その反対する根本的な理由として、「日本で代理出産の実施を認めると、代理出産という選択肢を取らない夫婦がつらい目に会うかもしれない」からだということなのでしょう。
要するに、代理出産という選択肢を取るか否か悩む夫婦を生まないために禁止する、すなわち、パターナリスティックな制約として代理出産を禁止しようとしていたわけです。

代理出産を認める最大の理由は、生殖に関する自己決定権(リプロダクション:憲法13条)です。医療における医者と患者の関係ではよく問題とされることですが、この代理出産の場合においても、自己決定権とパターナリズムの対立の構図が生じているわけです。



(3) きな臭い感じがするのは、

「閉経後の女性は避けるなど、代理母となる女性の年齢や体調に関する条件、実施する医療施設の条件などを決めていかなければならない。

 診察費など実費程度の補償を除けば、高額の金銭が動くような代理出産の商業化も規制するべきだと考える。」

の部分です。
「実施する医療施設」は誰が選定するのでしょうか? 代理出産している医師かどうか、という実績が一番確かなはずです。「代理出産を認めるとしても利権は手放さない」、という意思表明のように感じられます。

また、「診察費など実費程度の補償を除けば、高額の金銭が動くような代理出産の商業化も規制するべき」としていますが、どうやって代理母候補者を集め、その適格審査を実施するというのでしょうか? 国自体にはそのような施設はありませんし、医療施設がすべて行うことは不可能です。どうしても民間団体が必要なことは確かですから、実費程度で済むはずはなく、「商業化」自体を否定することは非現実的です。

だいたい、不妊治療自体1回50万ほど費用がかかり、それを20~30回行っている夫婦も珍しくないのですから(合計1000~1500万円)、今でも高額の金銭が動いているのです。海外で代理出産を実施する場合、1000万円程といわれていますから、もし日本で代理出産を実施すれば、現在の不妊治療の総額よりも低額で済む可能性があるのです。代理出産に反対する医師や実施条件を厳格にして実質的に代理出産を禁止を目論む医師は、利権を手放したくないのだろうと、邪推したくなります。



(4) 疑問に思う点はまだあります。それは、

「戸籍など法的利益を受けないことや、出自を知る権利などは保障されなければならない。そのためには、個別の相談に応じ、代理出産の可否や子の福祉を巡る対応策を決める公的な第三者機関をつくるべきだ。」

の部分です。
「戸籍など法的利益を受けない」ということは、どういう意味でしょうか? 現在の戸籍の運用上でも分娩者の実子となるので、「戸籍など法的利益」は受けています。その子を養子縁組しても、「戸籍など法的利益」は受けます。おそらく、代理出産依頼者の実子と扱わないという意味なのでしょうが、それでも誰かの実子なのですから「法的利益」を受けることは確かなのです。
だいたい、代理出産を認めておきながら、戸籍上、実子として扱わないとするならば、何のために代理出産を認めるでしょうか? 代理出産を行う夫婦は実子扱いをも望んでいるのです。一貫しない論理です。

「公的な第三者機関」を作ること自体は、いいことです。しかし、「公的な第三者機関」は、実際に誰が運用し、個別事案に誰が対応するのでしょうか? 医師でしょうか? 将来にわたる子の福祉の問題は、精神的のみならず法的な面でのアドバイスが必要なはずですが、公的機関にすればすべて対応できるわけではないはずです。日本においてどれだけ公正で実効性のある機関を創設できるのか、疑問があります。




2.松原洋子(まつばら ようこ) 立命館大大学院先端総合学術研究科教授(科学史)の話

松原洋子氏は、業績リストを読むと、ほとんどの研究が「優生学」(ウィキペディア(Wikipedia))のみであり、「研究ふぁいる 立命館大教授・松原洋子さん(47):生命科学の膨張に警鐘 恩恵はだれに 倫理規範の再構築が必要(京都新聞2005年(平成17年)12月21日水曜日)を読むと、先端医療全般に対して疑問視しているのです。こういう思想の持ち主だと、何でも優生思想扱いしそうですし、読むまでもなく代理出産反対の立場と予想できますから、特に読む価値がない記事と予想できます。ですが、学者ですから、代理出産を肯定する一番重要な理由である「自己決定権」に言及しているのか、どこまで現状を知った上で代理出産を危険視しているのかが見所です。

 「リスク評価を軽視するな

 代理出産で生まれてきた子どもの法的地位については、その子の利益を優先して速やかに対処すべきだろう。だが子どもの保護と、代理出産を医療行為として正当化することは、切り離して考えるべきである。不妊治療の選択肢の1つとして公認することは、医療制度全体への信頼をゆるがす恐れが大きいからだ。

 生殖医療の法整備が急がれるなかで、少子化の時代に不妊治療を受ける患者への救済に関心と同情が集まるあまり、医療への信頼の根拠となる医学的見地からのリスク評価が軽視されてはならない。

 通常の妊娠・出産でも生命を失ったり、重い病気の引き金になったりする危険性がつきまとう。しかも、胎児と母体の2つの命がかかわる。だからこそ、産後に医師の措置が不十分だったと訴訟が起こり、それを恐れて産婦人科医のなり手がいないような状況が生まれている。

 代理出産の最大の問題は、第三者をこうした危険にさらすことにある。代理出産する女性は、治療の一環として人体を動員される点で生体臓器移植の臓器提供者(ドナー)と似た立場にある。

 身内が肝臓を提供する生体肝移植は、命にかかわる肝臓病患者を救うためという理由で許容されてきたが、最近は提供者が死亡する例が発生し、身体的な後遺症に悩むドナーの存在も明らかになってきている。

 子どもが欲しいという悩みの切実さは理解できる。だが、救命にかかわらない理由で第三者を「代理出産による不妊治療」に組み入れ、生死の危険もありうる状況に追い込むことが、医療として許容できるのか大いに疑問だ。

 代理出産では通常の妊娠・出産以上に、第三者である女性の安全は尊重されなければならないはずだ。しかし、むしろ、子どもの安全が母体の安全よりも優先される懸念がある。「そうはならない」ときちんと説明できるほどの材料がないまま、議論が進んでいるようにみえる。

 例えば多胎妊娠になったとき、女性が危険を恐れて減数手術を希望しても、代理出産の依頼者が拒否すれば、手術をしない方向に医師の判断が傾く可能性はないだろうか。

 もう1つ、見過ごされているのは、患者中心という立場の盲点だ。代理出産では主役は出産を依頼する「患者」だ。代理出産する女性は脇役で、その声が社会に届きにくいマイノリティー。しかも最も大きいリスクを負う存在なのである。母親・姉妹などの身内であれば、なおさら問題を声に出しにくい。

 純粋なボランティア精神や命がけの覚悟があれば、代理出産は許されるのではないかという意見もある。しかし、患者にどれほどの覚悟があっても、一定の手続きを経て安全性と有効性、公正さが確認されていなければ、医者は患者に投薬や手術を行わない。代理出産の場合は、なおさら厳格さが要求される。

 私たちは適正な専門的知識や技術を医療者に期待し、医療の信頼性は専門家の膨大な労力と税金を含む資金に支えられている。患者や関係者の熱意とは別に、厳格な医学的判断を徹底しなければ、医療への信頼は崩れてしまう。」



(1) この記事には色々指摘したい点がありますが、まずは、

「代理出産で生まれてきた子どもの法的地位については、その子の利益を優先して速やかに対処すべきだろう。」

という点です。
代理出産で産まれた子の法的地位としては、代理出産依頼者の実子として認めるか否かが問題となるだけでしょう。役所では、外国での親子関係の成立につき、調査する能力はありませんから、50歳の年齢制限に抵触するか、代理出産の事実を告げない限り、出生届が受理されてしまうだけです。

いったい、「速やかに対処」とはどういう意味でしょうか? 「速やかに出生届を拒絶せよ」というのなら、代理出産の事実が分かれば拒絶していますし、現在向井夫婦の事案は裁判中ですから、争っている以上、役所は対処しようがありません。「速やかに対処すべき」というのは意味不明です。



(2) 松原氏は、

「(代理出産を)不妊治療の選択肢の1つとして公認することは、医療制度全体への信頼をゆるがす恐れが大きいからだ。生殖医療の法整備が急がれるなかで、少子化の時代に不妊治療を受ける患者への救済に関心と同情が集まるあまり、医療への信頼の根拠となる医学的見地からのリスク評価が軽視されてはならない。」

としています。
代理出産を公認している英国や米国の一部の州では、公認したせいで医療制度全体への信頼が揺らいでいるというのでしょうか? そんな話は報道されていませんが、松原氏だけがご存知なのでしょうか? 松原氏は、「英国や米国の一部の州では、代理出産を公認したせいで医療制度全体への信頼が揺らいでいる」との統計資料を、ぜひ提示して頂きたいと思います。



(3) 松原氏は、

「通常の妊娠・出産でも生命を失ったり、重い病気の引き金になったりする危険性がつきまとう。しかも、胎児と母体の2つの命がかかわる。……代理出産の最大の問題は、第三者をこうした危険にさらすことにある。」

としています。これは、「第三者である代理母に多大なリスクを負わせる」という厚労省生殖医療補助部会の報告書とほとんど同じことの繰り返しです。

これに対しては、ずっと前からなされている反論を引用しておきます。

 「代理母は妊娠・出産のリスクについて事前に、十分な説明を受けるわけです。そして、そのリスクを承知の上で、自らの意志で出産を引き受けているわけです。代理出産は、一般的な体外受精による妊娠・出産以上のリスクはありません。報告書も、一般的なリスクしか挙げていません。それなのに代理出産を認めないのだと言っていますが、これでは禁止する理由としては根拠が薄いといわざるをえません。」(「第4 回妊娠・出産をめぐる自己決定権を支える会総会」(平成14 年( 2002 年)10 月27 日(日))での小野幸二教授(民法)の見解(PDF)




(4) 松原氏は、

「代理出産する女性は、治療の一環として人体を動員される点で生体臓器移植の臓器提供者(ドナー)と似た立場にある。身内が肝臓を提供する生体肝移植は、命にかかわる肝臓病患者を救うためという理由で許容されてきたが、最近は提供者が死亡する例が発生し、身体的な後遺症に悩むドナーの存在も明らかになってきている。」

と指摘して、臓器移植と同様に代理出産は危険であるから否定すべきというわけです。先端医療全般に対して否定的な松原氏らしい指摘だと思います。

ですが、米国で多数の代理出産を手がけている、ジェフリー・ステインバーグ医師は、

医療技術の進んだ現在、自然出産の方が、代理出産より危険といえるよ。日本は技術的に、安全な代理出産が可能だ。」(平井美帆「あなたの子宮を貸してください」234頁)

と述べているように、現実を無視してやたらと危険視するのは妥当ではないと思います。

代理出産を行う際に最も重要なことは、医学的な観点から

「代理出産を行う患者を適切に選択すること」(平井美帆「あなたの子宮を貸してください」127頁)

です。例えば、不妊の原因が患者の卵子にある場合には、卵子提供を受けないと、代理出産は適さないのです。米国では、代理母の適格審査があるとともに、誰もが代理出産に挑戦できるわけではないことを知っておくべきです。この点は、もし日本で代理出産を実施する場合にも同様に妥当する点だと考えます。

先端医療における危険性を指摘するのはいいとしても、先端医療であるからといって、なんでも危険視して否定することは愚かな考えです。



(5) 松原氏が、代理出産肯定の理由に言及したのは、

「子どもが欲しいという悩みの切実さは理解できる。だが、救命にかかわらない理由で第三者を「代理出産による不妊治療」に組み入れ、生死の危険もありうる状況に追い込むことが、医療として許容できるのか大いに疑問だ。」

の部分だけです。
松原氏は、代理出産を肯定する一番重要な理由である「自己決定権」に言及していません。ただ「子どもが欲しいという悩みの切実さ」とするだけです。

しかし、単なる「子どもが欲しいという悩み」と「代理出産の危険性」で比較すれば、「代理出産の危険性」が優先するのは当然です。自己決定権と「代理出産の危険性」とを具体的に利益衡量を行わなければ、説得力がありません。だいたい、「自然出産の方が、代理出産より危険」という現状を無視しているのですから、お話になりません。

現在では、パターナリズムから患者の自己決定権を重視するという流れに大きく変わってきている状態であるのに、自己決定権を無視した議論を行い、代理出産の方が安全という現状を無視した、松原氏の意見はまったく説得力がありません。


もっとも、「代理出産の危険」はあるわけですから、そこに目をつぶるわけにはいきません。では、夫婦以外の者が「代理出産」の危険を引き受けることは許されないのでしょうか?

こういった危険が生じることを認識して同意していたような場合には、法的責任を負わないとする「危険の引き受け」という理論があるのです(塩谷 毅「危険引き受けについて」(立命館法学 一九九七年三号(二五三号)六一五頁(一六七頁))塩谷 毅 「自己危殆化への関与と合意による他者危殆化について(二)」(立命館法学  一九九六年三号(二四七号))参照。この文献は刑事責任に関するものですが、民事責任でも同様の議論がなされています)。

こういうことから、法律上は、夫婦以外の者が「代理出産」の危険を引き受けることは許されないという結論に結びつくわけではないのです。松原氏の意見は「危険の引き受け」理論からしても、妥当ではないのです。



(6) 松原氏は、

「代理出産では通常の妊娠・出産以上に、第三者である女性の安全は尊重されなければならないはずだ。しかし、むしろ、子どもの安全が母体の安全よりも優先される懸念がある。「そうはならない」ときちんと説明できるほどの材料がないまま、議論が進んでいるようにみえる。
 例えば多胎妊娠になったとき、女性が危険を恐れて減数手術を希望しても、代理出産の依頼者が拒否すれば、手術をしない方向に医師の判断が傾く可能性はないだろうか。」

とも指摘しています。
しかし、米国では、「(代理出産を)有効とする場合でも、代理母自身と胎児の健康にかかわる決定権は代理母に留保されている」(二宮「家族法」188頁)のです。こういった当然のことは、日本でも当然に同様のことが妥当するはずです。松原氏は、どういう根拠に基づいて、「子どもの安全が母体の安全よりも優先される」とか、「代理出産の依頼者が拒否すれば、手術をしない方向に医師の判断が傾く」可能性を指摘するのか、訳が分かりません。



(7) 松原氏は、

「見過ごされているのは、患者中心という立場の盲点だ。代理出産では主役は出産を依頼する「患者」だ。代理出産する女性は脇役で、その声が社会に届きにくいマイノリティー。しかも最も大きいリスクを負う存在なのである。母親・姉妹などの身内であれば、なおさら問題を声に出しにくい。」

と指摘します。
代理母となることへの強要阻止は必要です。しかし、すでに述べたように、代理母となる者の適格審査がなされ、さらに代理出産を手がける医師などの第三者が確認すれば、強要は阻止できるはずです。だいたい、日本では「母親・姉妹などの身内」しか選択肢がない状態の方が不健全であって、もっと代理母候補者を広げるならば、強要のおそれはなくなるはずです。

それにしても、子どものいない人を助けるために代理母を希望するという米国と異なり、日本では強要を心配しなければならないのは残念なことです。代理母にならないという意思決定もまた「自己決定権」で保障されるのに。どうやら松原氏の感覚では、誰もが生殖に関する自己決定権を、持ってはならず、持ってもいないようです。



(8) 松原氏は

「純粋なボランティア精神や命がけの覚悟があれば、代理出産は許されるのではないかという意見もある。しかし、患者にどれほどの覚悟があっても、一定の手続きを経て安全性と有効性、公正さが確認されていなければ、医者は患者に投薬や手術を行わない。代理出産の場合は、なおさら厳格さが要求される。……患者や関係者の熱意とは別に、厳格な医学的判断を徹底しなければ、医療への信頼は崩れてしまう。」

としています。
この記述を読むと、多くの誤解に満ちていることが分かります。米国での現状は、「ボランティア精神」(=子どものいない人を助けたいという気持ち)で行うことは確かですが、「命がけの覚悟」で行っているわけではありません。根津院長が行った事例では、「命がけの覚悟」という気持ちでしたが、必要な健康チェックをしていたわけです。

また、すでに述べたように、誰でも代理出産に挑戦できるわけではなく、「一定の手続きを経て安全性」が確保されているのです。代理出産を認めると、何の手続もなしに実施されるわけではないのです。

医療の一般論として、「有効性、公正さが確認」は必要だとは思いますが、代理出産にも「有効性、公正さ」は妥当するのでしょうか? ここでも先端医療ならすべて危険視する意識が表れているようです。

「患者や関係者の熱意とは別に、厳格な医学的判断を徹底しなければ、医療への信頼は崩れてしまう」としていますが、熱意の根拠は自己決定権ということを失念しています。憲法13条に基づく自己決定権を制限する根拠として「医療への信頼が崩れる」を挙げても、抽象的過ぎて、制限を正当化することは困難です。




3.根津八紘(ねつ やひろ) 諏訪マタニティークリニック院長の話

根津院長は、代理出産を行っているのですから、読むまでもなく代理出産肯定の立場です。最初から分かっているのですから、どれほど意味がある記事か疑問ですが、代理出産肯定への批判へどのように反論しているのか、海外での代理出産についてどう評価しているのかが見所です。

問題提起のため実力行使

 熱心に不妊治療に取り組む医師の多くが行き着くところが、卵子や精子がない、子宮がないという、いわば「不可能」の領域だ。それでも子を持ちたい人を前に医師はどうするか。日本産科婦人科学会(日産婦)が禁じているからといって目を背けるのでは、患者に尽くせなかったと、私の心が救われない。

 私だって学会のルールが妥当であれば順守する。だが、患者の生の声に最も近い医師の集まりである学会は、患者のニーズや社会の要請に応じて臨機応変にルールを作り、改めるという作業を怠っている。

 いくら街中で拡声機でしゃべっても1億2千万人にはアピールできない。代理出産を問題提起するには実力行使しかなかった。独断専行と言われればその通り。批判は甘んじて受ける。ただ代理出産については、きちんと皆さんに議論していただきたい。

 まずは、どういう人が代理出産を欲しているのか、徹底的に調べるべきだ。そのうえで、法外な金銭の授受の横行や、強制などの悪用を防ぐにはどんな規制が必要かを決めていけばよい。女性を子を産む道具にしているとの批判があるが、例えば海外から花嫁をもらうのは労働力と子孫を残す道具として扱うことに他ならないが、その後に夫婦愛が育つから成り立っている。そうした中で代理出産だけ取り出して批判するのは、心の貧しい人の理論だ。

 元来、海外での代理出産には反対だ。日本で出来ないから外国でするというのは、廃棄物を自国で処理せず海外へ捨ててくるのと同じ。ただ、向井さん夫婦は何も違法行為をしたわけではない。同じことをしながら、こっそりとした人は実子として戸籍に載り、公表した向井さんのお子さんだけ認められないのは不公平。それも、産んだ女性が母であるとするカビの生えた法律が残っているからだ。学会が患者の声を吸い上げ、法を変えていく力になるべきだった。

 法規制のない現状では、母娘間の代理出産が最適と考える。私が手がけた5例のうち4例は、姉妹や義理の姉妹だった。最終的には喜んでくれていると思うが、代理母側の生活が妊娠で制限されることなどによる「マイナートラブル」は、どの例でもあった。母なら娘のために100%投入できる。

 50代の妊娠出産は確かに前例が少なく未知の領域だが、年齢によるリスクを伴うという意味では高齢者のスポーツや登山と同じ。人間ドックを受けてもらうなど、必要な健康チェックはしたつもりだ。そもそも医療とは、言い方は悪いが人体実験のようなものを、あらゆるリスクを想定しながら積み重ねていって治療法を確立していくものだ。

 1万人に1人くらい亡くなる妊娠出産のリスクが、年齢によって千分の1くらいに高まるかも知れないぐらいのことは説明した。母親本人は当初から「命がけでも」と訴えており、説明後も気持ちは変わらなかった。

 代理出産の相談は年に20件ほどある。代理出産も非配偶者間体外受精も、後に続く人のため、逃げ隠れもせずいきましょうと話して手続きを始める。だが、子が生まれた後も連絡を取り続けてくれる方が1割に減ってしまうことには、寂しい思いをしている。」




(1) 気になった点に少しだけ触れると、まず、

「女性を子を産む道具にしているとの批判があるが、例えば海外から花嫁をもらうのは労働力と子孫を残す道具として扱うことに他ならないが、その後に夫婦愛が育つから成り立っている。そうした中で代理出産だけ取り出して批判するのは、心の貧しい人の理論だ。」

という部分です。
女性を子を産む道具にしているとの批判に対しては、通常、

「代理出産というのは、子供を産めない人のために、身代わりになって自分が産んであげたいという純粋な代理母の気持ち、そして子を産んでもらいたいという依頼夫婦の切実な願いが一致して実施されるものであります。ですから、報告書で言っているような代理母を専ら生殖の手段としているとか、あるいは、単に出産の道具として用いるなどということは、現実とかけ離れているのではないだろうかと思います。」(「第4 回妊娠・出産をめぐる自己決定権を支える会総会」(平成14 年( 2002 年)10 月27 日(日))での小野幸二教授(民法)の見解(PDF)

という点が挙げられています。



(2) 根津院長は、

「元来、海外での代理出産には反対だ。日本で出来ないから外国でするというのは、廃棄物を自国で処理せず海外へ捨ててくるのと同じ。ただ、向井さん夫婦は何も違法行為をしたわけではない。同じことをしながら、こっそりとした人は実子として戸籍に載り、公表した向井さんのお子さんだけ認められないのは不公平。」

としています。確かに、日本での不妊治療は、日本で行うべきしょう。不妊治療自体、元々費用がかかるのですが(例えば、体外受精は10万~70万円、20回以上も体外受精を行う夫婦もいる)、日本から海外へ行って代理出産を行うと高額(1000万円ちかく)になってしまいますし。



(3) 根津院長が最後に述べた

「代理出産も非配偶者間体外受精も、後に続く人のため、逃げ隠れもせずいきましょうと話して手続きを始める。だが、子が生まれた後も連絡を取り続けてくれる方が1割に減ってしまうことには、寂しい思いをしている。」

の点は、非常に気になりました。
代理出産や非配偶者間体外受精について、拒絶感を抱く日本社会が存在するため、連絡をとり続けることが出来ないということです。

代理出産がモラルの点を含んでいるとしても、モラルの判断は、各個人に委ねるべきで、代理出産を禁止したり、他人が行った代理出産という自己決定権を拒絶する必要はないと思うのです。代理出産に違和感があるとしても、自らは代理出産という選択肢を選ばなければいいだけです。代理母を依頼する者と代理母を希望する者がいて、代理母という自己決定権を行使しただけで、代理出産に違和感を抱く人に強要するわけではないのです。




4.最後に、この代理出産問題について、説得力を感じたブログのエントリーを紹介しておきます。

「Mikekoの愚痴ブログ」さんは、次のような反論を行っています。

「「代理出産を認めると女性が子供を産む道具として扱われる可能性が出てくる」とかいう寝ぼけたことをいう奴がいる。代理出産など存在する遥か前から女性はもうずっと長いこと子供を生む道具として扱われてきたし、昔は子供を埋めない女は(実際は夫の方に問題がある場合でも)役立たずとしてくずのように扱われた。代理出産は健康な卵巣を持っていても健康上の理由から妊娠出産がかなわない女性には大きな救いとなるだろうし、自分で生みたくでもキャリアなどの理由で長い妊娠期間を許されない女性にとっても選択肢の一つとなるだろう。代理出産に眉をひそめる人もいるようだが、女性が思い通りに自分自身の人生を設計し体を使って何が悪い?

この件でつくづく日本は男社会だと感じた。妊娠して子供を生むということがどれだけ大変なことかまったく理解されていない。女性は子供を生むのが当たり前とか、黙っていても健康な子供が生まれてくれると思っている。この国の出生率が減るのも当たり前だ。

……「代理出産を認めると女性が子供を産む道具として扱われる可能性が出てくる」などといういかにも女性の体をいたわるような偽善は吐かないでいただきたい。」(「Mikekoの愚痴ブログ」さんの「代理出産問題」(2006/10/21(土) 午後 3:50)



日本女性は姑・近所・知人のうち、心無い人達から、子を産むことを執拗に期待され、一般人以外でも女性皇族は天皇制維持のため子を産むことを憲法上(事実上)強要され、はては子を残すために海外から花嫁をもらってくることさえしているのだから、今現在において、女性が子供を産む道具として扱われているのです。「代理出産を認めると女性が子供を産む道具として扱われる」などといかにも女性の体を労わるような偽善はヤメロということです。実に説得力があると感じます。

代理出産は、日本女性にもっと人生設計を行う自由を、人生を選ぶ選択の自由を認めてほしいということにつながります。他方で、代理母を希望する女性の側としても、そういう人生設計を行う自由を、長年子を望んできた夫婦に子を持つ喜びを与えてあげたいということです。

選択の自由が広がることを喜ぶ女性もいれば、代理出産自体に拒絶感があったり、選択の幅が広がると悩みが深くなるとして拒否したい女性もいるでしょう。しかし、法律によって代理出産を(実質的に)禁止し、選択の自由を狭まることは、かえって「女性が子供を産む道具」状態を維持し、ひいては女性の人生設計の自由を狭めることにつながってしまうのではないでしょうか? 
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2006/10/23 [Mon] 00:38:14 » E d i t
「共謀罪」法案の行方については、「保坂展人のどこどこ日記」さんの「共謀罪、23日の理事会は流れたが緊張は続く」(共謀罪 / 2006年10月20日)を読むと、「24日に暴風圏内突入の危険性は低くなったが」「22日の「国民の審判」の結果次第」でもあるようです。
そこで、今週中にも「共謀罪」法案が審議入りするのではないかとの報道もありますので、東京新聞を引用してコメントしたいと思います。


1.東京新聞(平成18年10月22日付(日曜日)「こちら特報部」24・25面)

『共謀罪』法案 今週審議入りか

 国民の猛反発を買い、二〇〇三年三月の国会提出以来、成立が見送られ続けてきた「共謀罪」法案。来年七月の参院選を見据え、現在の臨時国会で成立させたいはずの与党だが、なぜか「重要五法案」からはずしている。野党は「死んだふり」と断定するが、早期審議入りはあるのか。外務・法務両省が反対派の日本弁護士連合会に激しく反論しているのも「アリバイづくり」なのか。 (市川隆太)

 今月五日に開かれた自民・公明両党の幹事長、政調会長、国対委員長会談で、共謀罪は臨時国会の「重要五法案」からもれた。

 ちなみに重要五法案に入ったのは▽教育基本法改正案▽テロ対策特別措置法改正案▽防衛省昇格法案▽国民投票法案▽北海道道州制特区推進法案-だ。政界関係者らは「重要法案入りしなかった以上、今国会成立の目は少ないとみるのが永田町の常識」と解説する。

 ただ、不人気な共謀罪の審議が次の通常国会にずれ込めば、与党にとっては次期参院選で苦戦する要因にもなりかねない。

 それだけに野党側は、重要法案からはずしたのはあくまで“死んだふり”で、実は間もなく審議入りし、一気に強行採決してくる可能性もあるとみている。

 今月十三日の参院予算委。「共謀罪は撤回したらいかがか」と迫る社民党の福島瑞穂党首に対し、安倍晋三首相は「この法案は必要であると考える」と突っぱねた。長勢甚遠法相も「与党と相談しながら早期成立を図りたい」としている。

 「(重要)五法案からはずしたのは、安倍首相が重要視する教育基本法改正案の邪魔をしないように、という程度の意味では。“ナンバー6”法案かもしれない。次期国会まで引きずると参院選が苦しくなる」と話す自民党議員もいる。

 こうした空気を察知してか、反対派には緊張感が漂う。十七日には国際人権団体「アムネスティ・インターナショナル」日本支部などが中心となり、国会付近でパフォーマンスと集会。口を布で覆われた人々が並び「共謀罪ができたらしゃべれなくなる」と訴えた。

■『補選の直後攻めてくる』

 日弁連も十八日、大規模な集会を開き、野党議員が次々と危機感を訴えた。

 衆院法務委員会の野党筆頭理事である平岡秀夫議員(民主)は「与党は委員会の理事懇談会でも、法案審議の順序すら明かさない。異常事態だ」と話す。

 「政府与党は(二十二日投開票の)衆議院の補欠選挙までは(法案が不人気ゆえに)触れず、直後から一気に共謀罪を国会審議に持ち出してくるだろう。週明けから攻めてくると思う」

 別の衆院議員も「与党は二十三日夜に委員会の理事懇談会をやりたがっている。その席上、翌日からの共謀罪審議入りを決めるつもりでは」と推測する。

 この集会では、共謀罪法案と国連条約との関係なども取り上げられた。

 政府与党は、国連の国際組織犯罪防止条約を批准するには共謀罪を導入しなければならない、と力説してきた。現在の日本に共謀罪を導入しなければならない事情はないが、条約批准のために、導入せざるを得ない-という主張だ。

 この政府与党の主張について、パネリストの桐山孝信・大阪市大教授(国際法学)は国際法の常識に反していると指摘。「あれを聞いて、いすから転げ落ちそうになった」と述べた。

 桐山氏は「日本は二〇〇三年に国会で条約を承認している。あとは内閣が国連事務総長に批准書を送るだけで(条約に)入ったことになる」と、批准手続きのイロハを説明。「国内法が整備されていようと、されていまいと、条約は批准できる。日本に不必要なところが抜けていても(立法しなくても)まったく問題なく(共謀罪が書かれている)条約五条は適用しませんよ、ということで留保を付けて国連事務総長に批准書を送ればよい。それで国連から何か言われるということはない」と解説した。

 条約が共謀罪の導入を義務づけているか否かには議論があるが、政府与党は「義務づけられている」との立場だ。その点について、桐山氏はこう説明した。

 「何も宣言しないで条約に入った(批准した)場合は、日本も共謀罪を作らなければならない。しかし、『日本は共謀罪を作りません』と宣言した上で条約に入るのは構わない」

 さらに桐山氏は日本政府が批准していない人権関係の国連条約が積み残されていることを指摘し、「つまみ食い」とも批判した。

 パネリストとして同席したジャーナリスト・大谷昭宏氏は「政府に『なぜ、国民をだますのか。どんな下心があるのか』と問わなくてはいけない」と、怒りをかみ殺すように話した。

 「だました」という例がある。日弁連と民主党の調査で最近、米国が国際組織犯罪防止条約のうち、条約五条を留保して批准していたこと分かった。米国では州法で、ごく一部の犯罪にしか共謀罪を設けていない州があるため、共謀罪導入をうたった五条を留保したとみられている。

 集会では、保坂展人衆院議員(社民)が、この問題に触れ、「外務省に『米国の留保の事実に、いつ気付いたのか』と質問したら、米国が批准した昨年十一月から知っていた、ということだった」と説明。米国の留保を知っていながら、日本が共謀罪を留保して条約批准することは「できない」と主張し続けた政府の態度に疑義を呈した。

■『テロ対策となおも主張』

 一方、本来の条約の趣旨と法案との乖離(かいり)も疑問の一つだ。国際組織犯罪防止条約は越境犯罪組織によるカネとモノを目的とした犯罪を対象とした「マフィア対策条約」だが、共謀罪導入論者からは「テロ対策条約」と誤解させるような発言も続いている。前述の参院予算委(十三日)でも、安倍首相は「国際社会がテロとの戦いを続けている。国際社会が連携して封じ込めていくことが大切であり、この法案は必要である」と強調。質問者の福島氏から「共謀罪はテロ対策が立法目的なのか」と反論された。

 この問題では、大谷氏が「テロ対策という言葉を水戸黄門の印籠(いんろう)のように使っている」と批判。日弁連も「テロ対策条約ではないじゃないかと、いくら指摘しても、ああいう言い方をやめない。今回の安倍首相の答弁もそうだ」と、いら立ちを隠さなかった。

 集会参加者からは「政府与党は、北朝鮮の核実験を共謀罪導入の追い風に使うのではないか」という懸念や「条約批准にあたり、共謀罪を新たに導入した国はノルウェー、ニュージーランドしか見当たらないという事実も無視されている」といった声も上がった。

 一方、法務、外務両省は日弁連や野党の主張に対抗し、ホームページで反論を展開。これに対し、日弁連もホームページで再反論を行うなど、国会外でのバトルも激化している。

 役所側の反論が「すでに国民の疑問はぬぐい去った」という強行採決の建前づくりを狙ったものではないのか-反対派からは、そんな懸念も漏れている。

<デスクメモ> 加藤紘一氏の実家への放火はテロだが、政府与党はだんまり。イラク戦争とその後の犠牲者は数十万人に上るが、ブッシュ政権は無視。都合のいい風にテロだの脅威だの。「〇×詐欺」の源流は、このへんにないのか。今週は後々、「暗い時代への転換点」と語られる一週間になるかも。もう十分、暗いけど。 (牧)」




2.幾つかのポイントを取り上げて見たいと思います。


 「国際組織犯罪防止条約は越境犯罪組織によるカネとモノを目的とした犯罪を対象とした「マフィア対策条約」だが、共謀罪導入論者からは「テロ対策条約」と誤解させるような発言も続いている。前述の参院予算委(十三日)でも、安倍首相は「国際社会がテロとの戦いを続けている。国際社会が連携して封じ込めていくことが大切であり、この法案は必要である」と強調。質問者の福島氏から「共謀罪はテロ対策が立法目的なのか」と反論された。

 この問題では……日弁連も「テロ対策条約ではないじゃないかと、いくら指摘しても、ああいう言い方をやめない。今回の安倍首相の答弁もそうだ」と、いら立ちを隠さなかった。」


この記述を読むと、安倍首相も「共謀罪」法案がよく分かっておらず、官僚に教えられたまま喋っているという感じがよく分かると思います。すべての法律について熟知して欲しいとは言いませんが、これだけ審議で揉めている、しかも多大な人権制約を伴う刑罰法規なのですから、もう少し理解しておくべきではないかと思います。


(1) 共謀罪法案の問題点がいくつが挙がっていますが、まず1つは、共謀罪を定める条約5条を留保して批准できるか否かの点です。

 「政府与党は、国連の国際組織犯罪防止条約を批准するには共謀罪を導入しなければならない、と力説してきた。現在の日本に共謀罪を導入しなければならない事情はないが、条約批准のために、導入せざるを得ない-という主張だ。

 この政府与党の主張について、パネリストの桐山孝信・大阪市大教授(国際法学)は国際法の常識に反していると指摘。「あれを聞いて、いすから転げ落ちそうになった」と述べた。

 桐山氏は「日本は二〇〇三年に国会で条約を承認している。あとは内閣が国連事務総長に批准書を送るだけで(条約に)入ったことになる」と、批准手続きのイロハを説明。「国内法が整備されていようと、されていまいと、条約は批准できる。日本に不必要なところが抜けていても(立法しなくても)まったく問題なく(共謀罪が書かれている)条約五条は適用しませんよ、ということで留保を付けて国連事務総長に批准書を送ればよい。それで国連から何か言われるということはない」と解説した。

 条約が共謀罪の導入を義務づけているか否かには議論があるが、政府与党は「義務づけられている」との立場だ。その点について、桐山氏はこう説明した。

 「何も宣言しないで条約に入った(批准した)場合は、日本も共謀罪を作らなければならない。しかし、『日本は共謀罪を作りません』と宣言した上で条約に入るのは構わない」


要するに、共謀罪を導入しなくても批准はできるし、共謀罪を定める条約5条を留保を付けて国連事務総長に批准書を送ればよいから、「国連の国際組織犯罪防止条約を批准するには共謀罪を導入しなければならない」という主張は、「国際法の常識」に反する(桐山孝信・大阪市大教授(国際法学))ということです。国際法の常識に反するような見解を主張してまで、導入しなければならないのでしょうか?


(2) もう1つ指摘している点もやはり、共謀罪を定めている条約5条を巡る問題で、どういう国が5条を留保しているのかということです。

 「「だました」という例がある。日弁連と民主党の調査で最近、米国が国際組織犯罪防止条約のうち、条約五条を留保して批准していたこと分かった。米国では州法で、ごく一部の犯罪にしか共謀罪を設けていない州があるため、共謀罪導入をうたった五条を留保したとみられている。

 集会では、保坂展人衆院議員(社民)が、この問題に触れ、「外務省に『米国の留保の事実に、いつ気付いたのか』と質問したら、米国が批准した昨年十一月から知っていた、ということだった」と説明。米国の留保を知っていながら、日本が共謀罪を留保して条約批准することは「できない」と主張し続けた政府の態度に疑義を呈した。」


これを知ったとき唖然としました。「マフィア対策」や「テロ対策」に追われている米国でさえ、条約5条を留保して批准していたのです。なぜ、日本において躍起になって、条約5条を留保せずに批准し、共謀罪の創設をしなければならないのでしょうか? 日本では、米国に比較してずっと必要性がないはずです。


(3) 共謀罪法案の問題点としてもう1点挙げておきます。政府与党案では、長期4年以上の自由刑にあたる罪を「重大犯罪」(条約2条a号)として、約700にのぼる罪につき共謀を罰することになりますが(広島大学名誉教授・森下忠「●海外刑法だより(256):条約刑事国際法の国内法化――共謀罪問題に寄せて」判例時報1936号26頁)、それでよいのかという点です。

 「わが刑法(1907年制定)は、イタリア実証学派の影響の下に、犯罪構成要件の統合を図り、広い幅の法定刑を規定していることである。例えば、窃盗は10年以下の懲役(刑235条)。

 これに対し、大陸法系の刑法典における法定刑は、一般的に低い。例えば、単純窃盗の法定刑は、フランスが3年以下(刑311-3条)、イタリアも3年以下(刑624条)、スペインは18か月以下(刑240条)、中国刑法でも3年以下(264条)、ドイツ(刑242条)とポーランド(刑278条)が5年以下の自由刑となっている。

 それゆえ、国越組織犯罪防止条約が「長期4年以上の自由刑にあたる罪」を「重大犯罪」(serious crime)と定義した(2条b)のは、外国ではそれなりの理由が認められたからであろう。諸外国の法制とわが国のそれとの間の違いを認識する必要がある。」(広島大学名誉教授・森下忠「●海外刑法だより(247):重大国際犯罪の共謀」判例時報1908号35頁


要するに、日本刑法は、広い幅の法定刑を規定している法制度を採用しているのに対して、条約締結国である諸外国が当然のように前提としている刑法典は、法定刑が一般的に低く、幅が狭い法制度を採用しているのです。これでは、条約批准により諸外国では不都合はなくても、日本では不都合が生じるのは当然ではないでしょうか。日本刑法と相容れないわけです。



3.「保坂展人のどこどこ日記」さんの「共謀罪、隠してきた米国留保の謎が解け始めている」(共謀罪 / 2006年10月22日)を読むと、

 「120カ国以上が批准したこの条約で国内法制化した国はノルウェーしかないということに注目してもらいたい。(私の質問主意書に対しての答弁書) 国際組織犯罪対策条約にグローバルスタンダートで歩調をあわせるのであれば、共謀罪創設は必要なく、既存の法律の一部改正などの手直しで十分だ。……他の国は、「国連立法ガイド」に従って、自国の法体制を大事にしながらやっとるぞ。」



どの国も自国の法体系を尊重して、条約を締結・批准しているのです。法体系の尊重は法的安定性にとって重要なことですから、こういった国益を考えれば当然の対応です。政府与党が考える「国益」はどこへ向いているのでしょうか? 
米国でさえ、条約5条を留保しているのですから、政府与党がいつも考えている「米国に追従することこそ国益」ということではなさそうですが。政府与党は、日本国民の利益・法体系を尊重しないことは確かです。

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2006/10/21 [Sat] 09:47:42 » E d i t
耐震偽装問題について、安晋会関連物件にも偽装があるとして、イーホームズの藤田社長が安倍首相に面会に行きましたが、面会できずに終わり、文書を渡したとのテレビ報道がありました。
藤田社長による「安晋会関連物件にも偽装がある」と指摘は、「きっこのブログ」さんでは、「2006.10.18:こんな国など信じられるか!」「2006.10.19:藤田社長からのメッセージ」「2006.10.20:藤田社長からの追伸」「2006.10.20:藤田社長からアパグループへ」「2006.10.21:藤田社長からの公開メッセージ」というように連日のように紹介していますし、これらの記事はすべて転載自由としています。
そこでその中から、「2006.10.21:藤田社長からの公開メッセージ」が具体的・詳細であって転載する価値が高いと思いましたので、転載させて頂きます。

1.「2006.10.21:藤田社長からの公開メッセージ」

2006.10.21 藤田社長からの公開メッセージ

「安倍総理殿、国家に巣食う者を弾劾致します」

平成18年10月20日


安倍晋三総理大臣、長勢甚遠法務大臣、但木敬一検事総長、東京地検の皆様、そして、官僚、政治家、マスコミ、関係業者、そして国民の皆様


イーホームズ株式会社
代表取締役 藤田東吾

 
 安倍総理大臣に置かれましては、日頃ご公務ご多忙の中、本日の、私からの通報を受け付けて下さり、誠に有難う御座います。深く感謝の意を申し上げます。

 私は、今日の午前中、川崎市内のマンション(エグゼプリュート大師駅前)と、設計事務所のアトラス設計の、二つを訪ねて来ました。何れにおいても、この度の「耐震偽装隠蔽事件」を解き明かす上で、とても重要な証拠となるからです。
 私が解き明かしたいものは、一部の官僚と政治家が、国民の命と財産を軽視して、癒着業者とともに利権を死守しようと、違法行為を犯したり、または少数の弱者をスケープゴートに見立てて、不正を隠蔽するという国家体質を暴きたいのです。そして、この体質を日本から除却しなければ、子供達の為に明るい未来はないと信じているからです。
 よって、私は、以下の事実を記者クラブや国土交通省に隠蔽されないように、直接、安倍総理大臣にお渡し、事件の解明と住民の安全確保を早急かつ遺漏なき対応をお取り頂きますようにお願い申し上げます。

 まず、エグゼプリュート大師駅前は、建築確認の構造計算図書が偽装(改ざん、若しくは不整合)されていました。ところが、中間検査の直前の二日前に、計画変更が川崎市において下ろされました。しかし、工事は建築確認の図面のまま進行したものと考えるのが当然であり、計画変更によって偽装マンションが隠蔽された可能性が99%以上はあるものと考えられます。

 この偽装マンションを生み出したのは、たとえ藤光建設サイドからの圧力があったにせよ、川崎市と国家であります。
 一方、国家は、ヒューザーの小嶋氏を、グランドステージ藤沢のマンションに偽装があるのを認識していながら、お客様に引き渡したとして、詐欺罪で逮捕しました。小嶋氏は、引渡し直前の、平成17年10月下旬の段階で偽装を認識したと思われますが、この時点では既に完了検査も終了していました。
 であれば、このエグゼプリュート大師駅前は、中間検査を1月末に行った時に、構造計算書の偽装が、川崎市によって隠蔽されたわけです。販売案内のHP(下記参照)を見ると、来月11月の竣工で、翌12月に入居予定となっています。つまり、販売は大方終了し、購入者は引越しの準備をし、新居に入る段取りや買い物を楽しみに進めているはずです。

 私は、川崎市と国交省建築指導課の罪は、建築行政を行なう者自らが隠蔽したとして、小嶋氏より遥かに大きいと思います。イーホームズでは、2月に構造計算書の偽装を認識し、川崎市と国家に通報しています。しかし、隠蔽されてしまいました。強制捜査と私の逮捕で追求も出来なくなりました。

 現段階でも、非破壊検査を、国家が関与しない公正中立な第三者機関等に徹底的に行なわせるべきです。99%以上の確率で偽装マンションのはずです。この偽装を生み出したのは、川崎市と国家官僚です。彼ら公務員が偽装マンション(小嶋氏流に言わせるなら、殺人マンション)を、生み出したのです。法の衡平を重視するなら、小嶋氏を逮捕した以上は、川崎市の倉形課長、国土交通省の当時の北側一雄大臣、佐藤信秋事務次官、山本繁太郎住宅局長、小川富吉建築指導課長、田中政幸課長補佐、高見企画調査官も同じく逮捕するべきです。この者達は、小嶋氏より、建築行政のプロとしての立場からも、遥かに悪質です。そして陰湿です。

 因みに、イーホームズでは、1月24日に行なわれた本件計画変更の内容については不知です。また、今の段階で状況がどうなっているかは同じく不知です。よって、今日、私は現場に行って参りました。現場は既に竣工間近です。既に、総戸数42戸の内、30戸以上の成約になっているとのことです。また完売も間もないとのことです。

 もし、このまま誰もが見てみぬ振りしたら、ここにもうすぐ住む住民の方は、国家と川崎市によって耐震強度の偽装が隠蔽されたことを知らずに、一戸当たり平均3名の家族として、126名の命が危険に晒されながら住み続け、そして、ローンを払い続けて行きます。安倍総理、果たして、このような犯罪を許してよいのでしょうか。
 10月18日に、私が語った司法クラブでの発言を、99%のマスコミは黙殺しました。まさか、この事実も黙殺してしまうのでしょうか。許してよいとはとても思えません。

私は、イーホームズの代表者として、一国民として、国家に巣食う者を弾劾します。安倍総理大臣お力を発揮してください。日本のマスコミには期待できません。とは言え、私一人の力では及びません。どうか、日本の皆様も、力をお貸し下さい。お願い致します。

 そして、事実を明確にし、検事総長や、東京地検が、これらの役人を犯罪者として逮捕できないなら、小嶋進さんは無罪放免として即刻に釈放するべきです。そして、「秋霜烈日」のバッジを外して検事を辞職し、司法の職から離れるべきです。総理大臣も、法務大臣も、自らの責務を果せないなら政界から去るべきです。道徳的に不適合者です。

 また、同時に、株式会社田村水落が関与した全ての建築物について、即座に再計算及び非破壊検査を実施して、住民や利用者の命の安全確保を果すべきです。そこには、アパグループが関与した多くの物件が含まれています。

 次に、渋谷区代々木のアトラス設計に関する調査を行って参りました。ご存知の通り、渡辺朋幸氏が代表を務める設計事務所です。何故、調査を行ったかと言うと、渡辺朋幸氏が建築士の免許を持たない無資格者でありながら、名義を借りて設計事務所を経営し設計業務を行っているとの、確度の高い情報を得たからです。私は驚きました。今回の耐震偽装事件に関連して、姉歯元一級建築士が建築デザイナーの秋葉氏に建築士免許の名義を貸与したことで、姉歯氏も、秋葉氏も逮捕されました。皆さんご存知の通りです。

 現在、アトラス設計の渡辺朋幸氏は、平成17年10月にイーホームズに姉歯氏が行なった構造計算書の偽装を指摘したと評価され、耐震偽装景気に便乗して、マンション販売講習会等で構造設計の講演をやっているなどと聞きました。しかし、一級建築士も持たず、建築構造士でもなく、JSCA会員でもないなら、分不相応といわざるを得ません。また、秋葉氏と同じく、名義借りによって逮捕されなければ不公平となります。
 よって、渡辺朋幸氏が本当に無資格なのかを確認するために、東京都や、建築士会、そしてアトラス設計の調査を行なってきたのです。この結果、与えられた情報どおり、無資格者でした。ある一級建築士の名義を借りて、アトラス設計事務所を運営していました。至極かつ誠に残念ながら、秋葉氏と同様に逮捕されなければなりません。
 もし、逮捕しないのなら、その差別的扱いを正当化する理由を、法の衡平性の観点から、但木検事総長は明確に国民に対して説明する義務があります。

 東京地検の皆様には、改めて、胸に付けた「秋霜烈日」のバッジの意味を思い起こし、あなた達が、法を司るものとして自らが正しい者であるのか否かを明らかにしてください。もし、明らかに出来ないのなら、バッジを外して、司法の世界から去るべきです。

 尚、川崎市のマンションと、アトラス渡辺については、詳細データを以下に掲げます。

1.(仮称)エグゼプリュート大師駅前 http://www.myhome21.jp/
建築場所 川崎市川崎区大師駅前2丁目12番34号
     RC構造、地上15階建て、延べ床面積3,461?u
建築主(デベロッパー) 株式会社伸明ハウジング 代表取締役 山崎伸
        藤光建設株式会社 代表取締役 佐藤雅彦
設計者 藤光建設株式会社一級建築士事務所 橋本清
構造設計 株式会社田村水落設計 代表取締役 水落光男
川崎市まちづくり局指導部建築審査課長 倉形紳一郎 044-200-3019
国土交通省住宅局建築指導課 03-5253-8111(代表)
山本繁太郎住宅局長、小川富吉建築指導課長、田中政幸課長補佐、高見企画調査官

(1)確認済証番号 eHo.05.A-01003000-01号 (平成17年8月12日)

(2)計画変更:確認済証番号 eHo.05.A-01003000V-01号 (平成17年11月2日)
この11月2日の計画変更は、杭の変更(現場造成杭から既製杭への変更)である。工事は10月17日に着手しており、杭の変更以外の建築計画は、当然に、(1)の確認図面通り進行しているものと考えるのが常識である。

(3)現場の中間検査は平成18年1月26日に川崎市が行った。合格としている。
 しかし、この直前の2日前、平成18年1月24日に、再び、計画変更図面が川崎市に対して申請され、この計画変更の確認は同日付で川崎市が下ろしている。この規模の、中間検査とは、建物の2階部分の構造躯体までが終了した時点で行われる。よって、2日前に計画変更された図面が、現実の工事に反映されているとはまずもって考えられない。素人でも分かることです。
 
 イーホームズでは、2月において、上記建築計画の構造計算図書に偽装を認識しました。この通報を川崎市に行ないましたが、計画変更で処理したとして、それ以上の調査も追及もしませんでした。国に通報しても、関知しない、特定行政庁との間で処理してくれと言われました。田村水落が関与した多くの物件の再調査を行なうように、田中政幸課長補佐に電話で僕から話しましたが、国は動きませんでした。結果的に、構造計算が偽装されたままのマンションが、今では完成間近に到ってしまいました。被害を発生させ、拡大させてしまったわけです。

2.アトラスの渡辺朋幸の名義借り状況
住所 東京都渋谷区富ヶ谷1-9-19 2階
社名 有限会社アトラス設計 代表取締役 渡辺朋幸 03-5465-1137
   一級建築士事務所登録 管理一級建築士氏名 小林昭代(名義貸与人)

以上


※この公開メッセージは、10月20日付で、藤田社長が安倍晋三総理大臣へ渡したものと同一の文書です。よって、記者会見時のプレスリリースや、その後の「公開を目的としたメッセージ」と同様に、藤田社長の意思と責任によって公開された「公式リリース」です。

※なお、このメッセージも転載自由です。マスコミが真実を黙殺し続ける今、真実を伝えられるのはインターネットしかありません。この国を本当の意味での「美しい国」にしたいと思っている人は、このメッセージをどんどん転載してください。
藤田社長は、この国を良くするために、たった1人で闘っています。もう、右翼も左翼も関係ありません。与党支持者も野党支持者も関係ありません。この国を愛する人たちは、マスコミの異常な情報操作などに騙されずに、真実を明らかにするために声をあげてください。
そして、日曜日に補選のある地域の有権者の皆さんは、必ず投票に行きましょう。あなたの1票が、この国に巣食う者を排除することにつながるのです。(きっこ)」




2.この藤田社長による爆弾発言は、東京新聞10月18日付夕刊では載せていました(なぜかもう、東京新聞のHPからは削除)が、一般紙ではそれくらいで、マスコミ報道をしていません。他には、「日刊スポーツ10月19日付」がやっと取り上げました。

(1) 「日刊スポーツ10月19日付」

 「藤田社長爆弾告発、安晋会関連物件も偽装

 耐震強度偽装を見逃した確認検査機関イーホームズ(廃業)の架空増資事件で、電磁的公正証書原本不実記録・同供用の罪に問われた社長の藤田東吾被告(45)に対し、東京地裁は18日、懲役1年6月、執行猶予3年(求刑懲役2年)の判決を言い渡した。検察側が主張した架空増資と耐震強度偽装との関係は退けられた。藤田被告は判決後に会見し「でっち上げ」「公権力の乱用」と激しく反発。安倍晋三首相(52)とも関連が深い「アパの物件でも偽装が行われた」と爆弾告発した。

 “見せ金”で増資したという罪は有罪となったが、裁判長は起訴事実と耐震偽装事件との因果関係は「明らかでない」と否定した。そのため、司法記者クラブで会見した藤田被告は「なんでイーホームズが悪いのか」と激高。「耐震強度偽装と関係なく逮捕された」と、国や捜査、報道への批判を繰り返した。

 判決に対しては「裁判官が耐震偽装と見せ金増資の因果関係がないと言ってくれた。検察の主張を認めなかったことが一番うれしい。これで十分」と短くコメント。その後は「建設業法や宅建業法の問題。いずれ官僚たちは自分たちのミスに気付く」「他の会社の耐震偽装を告発したわたしを黙らせるための逮捕だ」と批判を繰り返した。

 その上で、イーホームズが確認検査をしたホテル・マンション大手「アパ」の3つの物件でも「耐震偽装があった」と明かした。藤田被告が指摘したのは(1)埼玉・鶴ケ島市のマンション「アップルガーデン若葉駅前」(2)千葉・成田市のマンション「アパガーデンパレス成田」(3)川崎市内の物件。偽装に気付いたのは今年2月で、藤田被告は「国交省に通報してアパ物件の調査を要請したが、担当者に取り合ってもらえなかった」と述べた。

 関係者によると、埼玉と千葉の物件は今年6月、構造計算書に疑問点があることが表面化。現在も工事は中断したままで、アパ側はキャンセルに応じているという。

 アパは安倍首相の後援会「安晋会」の有力後援者で、同社の広報誌には、自らCMにも登場するアパホテルの元谷芙美子社長らと安倍首相がワインをたしなむ写真が掲載されている。そのため、藤田被告は、安倍首相と親しいアパを守るために、自身がスケープゴートされたと思ったようだ。暴露本の出版も明らかにし「耐震偽装事件に結び付けることは真実の歪曲(わいきょく)だ。あなたたちが真実のジャーナリストなら真実を知らしめるべきだ」と訴えた。

[2006年10月19日8時3分 紙面から]」


<10月24日追記>
「大日岳事故とその法的責任を考える」さんの調べによると(TBを参照)、(3)川崎市内の物件はアパとは無関係でした。東京新聞や日刊スポーツは勘違いしたようです。



(2) 藤田社長は、日刊スポーツの記事ではっきり分かるように、「アパ」の物件でも偽装があること、そのアパは、安倍首相の後援会「安晋会」の有力後援者であり、疑惑が生じていることを明示したのです。

前者は、耐震偽装マンションの存在の指摘ですが、耐震強度偽装マンション(偽装物件)は、そのマンションが崩壊すると、マンション住人の生命・財産の危険を生じさせるばかりか、そのマンションの近隣住民にも生命・財産の危険が生じるのですから、偽装マンションの存在の指摘は大変重要です。

マスコミや行政が無視を決め込んでも、耐震偽装があると指摘されたマンションの購入者は、命や財産が惜しかったら、いち早く対応すべきでしょう。


後者は、安倍首相との癒着があるため、耐震偽装マンションが隠蔽されているのではないか、という問題ですから、政治問題です。安倍首相の信頼性に関わる問題ですから、報道する価値は高いと思います。


新たな耐震偽装マンションの発覚であり、それも安倍首相の「安晋会」関連物件なのですから、十分に報道する価値はあるはずなのに、なぜか多くのマスコミは無視を決め込んでます。十分に報道する価値ある情報なのに報道しないことは、国民の知る権利(憲法21条)に奉仕する立場にあるという、報道機関としての役割を放棄しているのではないでしょうか? 

マスコミが十分に報道しない以上、盛んに取り上げることで情報を伝えている「きっこのブログ」さんに賛同して、転載することにしました。
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事件 *  TB: 6  *  CM: 3  * top △ 
2006/10/20 [Fri] 19:05:11 » E d i t
50代後半の女性が昨年春、がんで子宮を摘出して子供が産めない30代の娘夫婦の卵子と精子を使って“孫”を代理出産していたことを、読売新聞が報道し、10月15日、諏訪マタニティークリニックの根津八紘院長が都内で記者会見して明らかにしました。
それを受けて、代理出産について10月17日、18日付の新聞各紙は社説・解説記事を掲載していました。その中から、良い社説・解説記事と、良くない社説を取り上げて検討してみたいと思います。今日は、良い社説・解説を紹介します。


1.日経新聞(平成18年10月17日付)の「社説」

社説1 代理出産に法制度と倫理の規範を(10/17)

 受精卵の移植を受けた祖母が、遺伝的には孫に当たる子を、子宮を摘出した娘に代わって妊娠・出産していたことが、長野県の根津八紘医師によって公表された。不妊治療の方法としては、日本では公式に認知されていない「代理出産」が、法制度が全く整備されないまま、実質的に定着・拡大している実態を、まずは重く受け止める必要がある。

 国内で実例が積み上げられてゆく一方で、タレントの向井亜紀さん夫妻のように海外で代理出産というケースも増えている。私たちはそうした現実をふまえ、包括的な生命倫理法、あるいは生殖補助医療に関する基本法の早期制定を求めてきた。

 子を望む夫婦の切実で強い思いをサポートするには、それを実現する手段の倫理的な正当性もまた不可欠である。個別の事例の積み重ねではなく、包括的な基本的ルールを、法制度や社会規範として明文化すべきではないか、と考える。

 日本産科婦人科学会は会告(指針)で、家族関係を複雑にするなどの理由で、代理出産を一律に禁じているが、すべての医師に強制力が働くわけではない。厚生科学審議会の法制化に向けた議論では、代理出産をする女性の負う生命・身体のリスクはかなり大きく、女性の体を出産機械のように使うことの倫理的な問題もあるとして、原則禁止の方向を打ち出した。しかし、現在は法制化の動きは止まったままだ。

 がんなどの病気で子宮やその機能を失った女性にとっては、代理出産しか我が子を抱く手だてはない。リスクを承知の上での、無償の愛と善意に基づく代理出産ならば、社会がそれを強く規制したり、権力が一律に禁じたりする必要はない、という意見は医学界にも根強い。

 問題はそのリスクの評価である。代理出産した女性の健康についての追跡調査は難しく、今回のような閉経後の出産については、専門家は「命にかかわるリスク」と語る。さらに、金銭の授受を伴う無秩序な代理出産の拡大に、どうやって歯止めをかけるかも、大きな課題である。

 独仏は基本的に代理出産を禁止していて、英国は無償の善意に基づくケースだけは認めている。米国はこの問題に関する連邦法の規定はなく、州によって対応は異なる。

 先端医療と生命倫理に関して、米英独仏の政策・哲学はそれぞれ一貫している。生殖細胞や受精卵の扱いと同じく、厳密な法規定の独仏、独仏よりやや柔軟な英、先端技術の国による規制を避けている米。日本も立ち位置を明確にすべき時だ。」



(1) この社説はまず、

「日本では公式に認知されていない「代理出産」が、法制度が全く整備されないまま、実質的に定着・拡大している実態を、まずは重く受け止める必要がある。国内で実例が積み上げられてゆく一方で、タレントの向井亜紀さん夫妻のように海外で代理出産というケースも増えている。」

と述べています。
要するに、今まで日本での代理出産の事例は極わずかと思われていたので、代理出産問題は理念的な問題に留まっていたが、本当は違っていた、また、臓器移植と同様に、国外での代理出産が増えていることから、現実感をもって対応する必要があるというわけです。まずは、このような現状から目をそらさないことがまず大事なことだと思います。


(2) 

「私たちはそうした現実をふまえ、包括的な生命倫理法、あるいは生殖補助医療に関する基本法の早期制定を求めてきた。……個別の事例の積み重ねではなく、包括的な基本的ルールを、法制度や社会規範として明文化すべきではないか、と考える。 」

と述べています。
要するに、今は、厚生科学審議会の専門部会の報告書や日本産科婦人科学会により事実上禁止しているわけですが、包括的な基本法、すなわち理念的な法律の制定とともに、法律に限らず、「社会規範」いわば一定の基準を政府が示すべきというわけです。
基本法は強制力を持たない形での法律ですし、社会規範も強制力を持ちません。生殖補助医療への規制は、個々人の生殖という人の本能に規制することになりますから、強制してよいかどうか疑問があるところです。なので、はっきりした基準を示しつつも、強制しない道を示す姿勢はあり得る方向性だと思います。


(3) この社説の一番良い指摘は、

「先端医療と生命倫理に関して、米英独仏の政策・哲学はそれぞれ一貫している。生殖細胞や受精卵の扱いと同じく、厳密な法規定の独仏、独仏よりやや柔軟な英、先端技術の国による規制を避けている米。日本も立ち位置を明確にすべき時だ。」

のところです。
先端医療は、すべて個別的に考慮する必要があり、規制・基準は個別配慮が必要であることは確かです。しかし、各国の法制度・国民の意識の違いより、一貫した政策・哲学で先端医療への規制を行っているのです。根津八紘院長や向井夫妻が代理出産したからといって、おたおたして、代理出産だけの規制をするのではなく、一貫した哲学・立ち位置で、代理出産に限らずに決定すべき問題であるのです。

うがった見方をすれば、根津八紘院長や向井夫妻がした代理出産事件について、感情的に反発したり、代理出産の問題点のみを強調して反発している多くの日本人に対して、個別的な事例のみ、代理出産のみに目を向ける態度は止めようと促しているといえるでしょう。




2.山陰中央新報(平成18年10月17日付)の論説

論説 : 代理出産/子供の福祉に法整備急げ

 長野県の不妊治療施設で五十代女性が、娘夫婦の卵子と精子を体外受精させた受精卵を使い「代理母」として妊娠、出産していたことが明らかになった。一九七八年に英国で初の体外受精児が誕生してから、生殖補助医療は次々に新しい技術が生まれ、社会が想定しない出産の形が出現してきた。

 代理出産は日本産科婦人科学会が会告(指針)で禁じている。だが、実際にはタレントの向井亜紀さんら百組以上の日本人夫婦が米国などで代理出産で子供を得たとされ、国内でも、今回の施設が姉妹間の代理出産を公表していた。

 代理出産には子供を望む夫婦の強い要望がある一方で、生命倫理や社会の規範から禁止すべきとする考え方まで、さまざまな意見がある。このまま、なし崩し的に代理出産が増えることは、生まれてくる子供の福祉の観点からも問題が多い。

 代理出産は先天的に子宮がなかったり、がんなどで子宮を摘出した女性が子供を得る手段として、八〇年ごろに米国で始まった。自分の卵子と夫の精子を体外受精させ、別の女性が出産する場合は遺伝的に夫婦の子供だが、別の女性から卵子の提供を受けて夫の精子と体外受精させる例もある。

 米カリフォルニア州などには、代理出産をあっせんする代理店が多数あり、女性は謝礼をもらって出産する。長野のケースのように「孫」を産むことも珍しくない。

 日本で学会が禁止したのは▽生まれてくる子供の福祉を最優先すべき▽代理出産する女性に危険が発生する▽代理母が子供に執着したり、子供に障害があって生まれるとトラブルになる例がある▽法律では産んだ女性が母となる▽金銭が介在すると倫理的問題がある―などの理由から。

 厚生科学審議会の専門部会も二〇〇三年三月、代理出産を禁止するとともに、早急な法整備が必要とする報告書を公表したが、法制化は棚上げにされている。

 海外での代理出産は、現地で出生証明書を取り「妊娠中に渡航して現地の病院で出産した」という形で帰国後に役所に提出し、実子として認められている例がほとんどという。国内の代理出産は産んだ女性の子供として届けた後、遺伝的な両親の養子となっている。

 ただし、代理出産を公表していた向井さんや、海外で卵子の提供を受けた五十代夫婦では出生届が受理されなかった。向井さん夫妻が不受理処分取り消しを求めた家事審判で、東京家裁は申し立てを却下したが、東京高裁は今年九月「夫婦の子と認めても公序良俗に反しない」と受理を命じ、最高裁の判断を待つことになった。

 祖母による代理出産は「誰からも強制されず、金銭的利益が目的でもなく、娘夫婦に実子を育てられるようにしてあげたい、という献身的な行為」であり、例外として認めるべきとする生命倫理研究者もいる。

 生命倫理にかかわる生殖補助医療の規定は国によって異なる。自己決定重視の米国の一部の州は有料の代理出産を認め、ドイツやフランスは社会的規範を重視し代理母を禁止するが、同じ欧州の英国は可能。日本ではどうするのか。議論を深め、生命倫理の基本となる法体系の整備を急ぐべきだ。 ('06/10/17)」



(1) この社説では、

「代理出産は先天的に子宮がなかったり、がんなどで子宮を摘出した女性が子供を得る手段として、八〇年ごろに米国で始まった。自分の卵子と夫の精子を体外受精させ、別の女性が出産する場合は遺伝的に夫婦の子供だが、別の女性から卵子の提供を受けて夫の精子と体外受精させる例もある。米カリフォルニア州などには、代理出産をあっせんする代理店が多数あり、女性は謝礼をもらって出産する。長野のケースのように「孫」を産むことも珍しくない。」

と述べています。
このように代理出産が始まった経緯、色々な態様があることを指摘しています。 「別の女性から卵子の提供を受けて夫の精子と体外受精させる例」については、もちろん日本人も行っています。明石葉子著「あなたの赤ちゃんが欲しい」には、自ら卵子提供者を探して行った体験談が書かれています(資料として、実際にかかった費用の内訳・日米の治療費の比較などを掲載しています)。
米国では、長野のケースのように「孫」を産むことも珍しくないのですから、長野のケースに対して感情的な反発ばかりするのはおかしなことだといえそうです。


(2) この社説の一番良い指摘は、

「生命倫理にかかわる生殖補助医療の規定は国によって異なる。自己決定重視の米国の一部の州は有料の代理出産を認め、ドイツやフランスは社会的規範を重視し代理母を禁止するが、同じ欧州の英国は可能。日本ではどうするのか。議論を深め、生命倫理の基本となる法体系の整備を急ぐべきだ。」

のところです。
日経新聞とほぼ同様に、各国は一貫した政策・哲学で規制しているのですから、日本はどういう一貫した政策・哲学で法整備するのか、問いかけています。


(3) この社説中での

「自己決定重視の米国の一部の州は有料の代理出産を認め」ている

との指摘は重要です。日本国憲法も自己決定権を認めていると解釈されているからです。 

 「わが国でも、憲法13条を根拠に自己決定権(人格的自律権)を人権の1つとして認める説が有力である。

 自己決定権の具体的な中身は…①「自己の生命、身体の処分にかかわる事柄」、②「家族の形成・維持にかかわる事柄」、③「リプロダクションにかかわる事柄」、④「その他の事柄」に分けて考える説が有力である。

 子どもを持つかどうかを決定する権利は、アメリカの判例・学説上プライバシーの権利の中心的な問題として争われてきた。この権利が「基本的権利」だとされ、それに対する規制は「やむにやまれぬ政府利益」の基準という、きわめて厳しいテストによって司法審査に付されることは、すでに触れたとおりである(*)。わが国でも、リプロダクションにかかわる事項は、個人の人格的生存に不可欠な重要事項であることには変わりないので、基本的には、同様に解してよい問題と思われる。」

 *リプロダクションにおける自己決定が保護され、それが厳格審査による理由は、「それが個人のライフ・スタイルのあり方に決定的な影響を及ぼすからだというだけでなく、より広く、個人にとって自己実現の場であり、かつ、社会の基礎的な構成単位である『家族』の意義が重要視されなければならないからだ…。家族のあり方を個人が自律的に決定する権利を保障することによって、はじめて民主主義の基盤である社会の多元性の確保が可能となるからである。」(芦部信喜「憲法学2」(1994年、有斐閣)391頁~)



このように、子を持つかどうかを決定する権利、すなわち、リプロダクション(生殖活動)の自己決定権は、憲法13条により、憲法上保障されているのであり、厳しい制約は許されないとすれば、代理出産により子を持つ権利を厳しく規制することは妥当でないことになります。

平井美帆著「あなたの子宮を貸してください」(2006年、講談社)142頁によると、

「全米50州の法的見解はおおまかに次のように分別できる…。代理出産が許可されている州、あるいは許可と法解釈できる州は23州。代理出産が禁止されている州、あるいは禁止と法解釈できる州は9州。どちらの立場か、不透明な州が18州。」

だそうです。このように、代理出産を容認する州の方が多いのです。米国では自己決定権を保障し、重視されている以上、当然の対応ということでしょう。




3.東京新聞(平成18年10月17日付)の「こちら特報部」

代理出産どこまで進んでいる?  根津院長『高齢不妊問題にどう対応』

 五十代の女性が娘の代理母として孫を出産していた-と、衝撃的なニュースをあえて公表した諏訪マタニティークリニック(長野県下諏訪町)の根津(ねつ)八紘(やひろ)院長。記者会見の目的は、国内では認められないがゆえに水面下で進行する代理出産の実態を世に問い、議論の俎上(そじょう)に載せることだったという。もう少し同院長の言葉に耳を傾けてみよう。今、代理出産は、どこまで進んでいるのか。

 「私のところに来たメールは『よくやって下さった』という方たちがほとんど。『国内でも(代理出産が)できることがわかって希望が持てた』という内容のものもありました。今のところ、誹謗(ひぼう)・中傷の電話はありませんが、常に私を誹謗して下さる“愛好家”がいるので、そのうち手紙が届くのでは。同業者からの反響はないですね」

 国内初の、五十代女性による「孫」の代理出産を、十五日に記者会見して公表した根津院長は、一夜明けた世の中の反応を、こう語った。

 記者会見で「批判は承知の上」としながら「代理出産の問題を議論し、今後の方向性を出すきっかけになってほしい」と訴えた根津院長。彼が自ら手がけた実例を公表することで問題を提起したのは、これが初めてではない。一九八六年に減数手術(多胎妊娠で母体と胎児の安全のために、一部の胎児を人工中絶する手術)、九八年に非夫婦間の体外受精による出産を公表。代理出産では、二〇〇一年、子宮を摘出した姉に代わり、妹が姉夫婦の受精卵を妊娠、出産した事例を公表している。

■「いいことなら定着してほしい」 

 あえて公表する理由を、根津院長は「水面下で仕事をしたくない。いい悪いをみんなが議論して、それがいいことなら世の中に定着してほしい」と語り、現実と学会を中心とした議論のズレを、こう批判する。

 「『コンセンサスを得られない』と学会は言うが、では、コンセンサスを得られるように国民に情報をオープンにしているのか。やっていないんです。結局、『おかみ』的な理事会で、現場がわかっていない人間がいい悪いを決め、会員はそれに従わなければいけない。迷惑をこうむっているのは患者さんです」

■公開されない情報も

 同院長によると、国内の代理出産を「シークレットでやっている人はいる」。だが「共に問題提起しようといっても『遠慮します』と言われる」そうだ。

 院長が今回、新たな公表に踏み切った理由に、タレントの向井亜紀さんをめぐる事態への怒りがある。

 東京高裁は、代理出産で生まれた向井さん夫婦の子供の出生届を受理するよう、品川区に命じた。これに対し、長勢甚遠法相は「わが国では母子関係は分娩(ぶんべん)の事実により発生するという考えで今日までやっている」と異を唱えた。

 「新しい取り組みに、柔軟に対応できるシステムをつくっていかなくてはいけない。法務大臣が『前例がないから』と言うのは、けしからん。前例のないことをやるから科学は進歩してきた」。そして、現在の不妊医療の問題点を、こう指摘する。

 「今後、気が付いたら妊娠できなくなっていたという高齢不妊の問題がいくらでも出てくる。そういう流れを学会はどう予防し、助けるのか。患者さんが、どういうニーズを持っているのか、それがどう変わっていくのか、先を見越した対策を考えなければいけない」

■海外での実施七十数組仲介

 同病院のほかに、向井夫妻のように海外で代理出産した例もある。「卵子提供・代理母出産情報センター」(東京)は十数年前から、米国で計七十数組の代理出産を仲介したという。

 鷲見侑紀代表は、諏訪マタニティークリニックのケースについて「米国では見慣れているので、驚かなかった。本人たちが望んだことで、医療行為として行われているのなら構わないのでは」と理解を示す。

 同センターでは、依頼を受けると、「子宮を摘出した」「卵子に問題がない」「既婚」といった条件を確認し、米国各地の代理の母に連絡をとる。報酬は二万-二万五千ドル。日米のスタッフに対する仲介料は計二百万-三百万円だが、医療費、出生証明書を出す裁判の費用などで総額は一千万円を超える。新生児医療を施すと、さらに出費がかさむ。センターは「妊娠できないかもしれないし、早産になるかもしれない」というリスクや、想定外の出費があるかもしれないことも話すという。

 産んだ子を代理の母が手放さないといったトラブルはないのか。鷲見代表は「それは相当前の話。今は代理の母の卵子は使わず、おなかを借りるだけ。既に子供がある人を選ぶので、生まれた子を育てたいと思うことはない」と断言。法制化が検討されていることには「法律で縛る必要はない。弁護士を立てて合意書を交わすような条件付きで、代理出産を認めてもいいのでは」という立場だ。

 一方、韓国での代理出産の仲介業者「エクセレンス」(東京)は三年ほど前から、三件の代理出産を手がけている。代理の母の報酬五百万円、仲介料百五十万円に医療費などが加わるが、総額は米国で行うより、かなり安い。

 米国と違うのは、両親から生まれたとする出生証明書が出ないこと。生まれた子供は両親と養子縁組しなくてはならない。佐々木祐司代表は「『養子にするのは世間体が悪い』などと夫婦間でもめることもある」と明かす。

 今回のケースについては「この少子化社会なのに、古いルールに縛られているのはおかしい。根津医師のような人が既成事実をつくり、少しずつ進歩する。産婦人科医には内心同意している人が多いのでは」とみる。

 国内では代理出産を禁止する法律はないが、日本産科婦人科学会が認めていない。このため公表されているのは根津医師が手がけた五件だけだ。現代医療を考える会代表の山口研一郎医師は「根津医師以外の医師は、表に出していない可能性もある。プライバシーの問題があるため、全体の調査もできない。国内でも水面下で行われている可能性はある」と警鐘を鳴らす。

 医事評論家の水野肇氏は今回のケースについて「医療技術としてできることと、やってもいいことは別。国民全般でコンセンサスが得られているとは思えない。『子供を産みたい人の希望をかなえたい』というが、もっと倫理的なことを考えなくてはならない」と否定的だ。

■戸籍に入れぬ例なくすべきだ

 水野氏によると、カトリックの伝統がある欧州では代理出産にブレーキがかかっているという。「脳死の問題は脳死臨調(臨時脳死及び臓器移植調査会)で二年ほど検討されたが、生殖医療ではほとんどそういうことが行われていない。一般の人の意見も採り入れ、法律改正より前に議論すべきだ」と主張する。

 前出の山口医師は「死の問題と違い、出産にはほとんど規制がなく、各医療機関、医師の判断で行われている。子供の将来が問題になる。不妊に悩む夫婦はたくさんおり、その親に娘の代わりに産まなくてはというプレッシャーがかかるのでは」と懸念を表したうえで、議論の充実を求める。

 「親でなければ許されるとか、外国ならいいということではない。線引きは難しいが、最低でも向井亜紀さんのように、戸籍に入れないケースが出ないようにすべきだ。何が民法に触れるのか、すり合わせなくてはならない」
 
<メモ>諏訪マタニティークリニック これまで5例の代理出産を手がけたと公表している。いずれも代理出産したのは、依頼者の身内。同院は、(1)依頼者は子宮を摘出した女性に限る(2)代理出産を行う女性は子供のいる既婚者に限り、生まれた子供にいかなる権利も主張しない(3)依頼者夫婦と、請け負う夫婦に十分な事前説明を行う(4)出産後、生まれた子供は代理出産した夫婦の子供として戸籍に入れ、その後依頼者夫婦と養子縁組する、などのガイドラインを定めている。

<デスクメモ> 代理出産の実態は、臓器移植をめぐるそれと、よく似ている。法的対処が遅いから現実が追い越していく。「慎重な議論」ばかりを強調する医学界。常に静観の構えの厚労省。議論は必要だが、患者にとって時間は、刻々とすり減る命そのものだ。なのに急ごうとしない。これは「見殺し」という立派な罪だ。 (充)」



この解説記事では、1980年代に起きた「ベビーM事件」のことではなく、今現在における代理出産の実情が詳しく書かれています。この今の実情を把握することが大事なことです。

(1) この解説記事では、

 「(根津)院長によると、国内の代理出産を「シークレットでやっている人はいる」。だが「共に問題提起しようといっても『遠慮します』と言われる」

…現代医療を考える会代表の山口研一郎医師は「根津医師以外の医師は、表に出していない可能性もある。プライバシーの問題があるため、全体の調査もできない。国内でも水面下で行われている可能性はある」と警鐘を鳴らす。」

と書かれています。平井美帆著「あなたの子宮を貸してください」(2006年、講談社)167頁~にも「代理出産容認派の日本人医師たち」という項目で8人はいるようなことが書かれていますが、根津院長以外の医師も、日本で代理出産を行っているのです。なので、代理出産に関して、根津院長だけを特異な存在として扱うべきではなく、もっと現実を直視すべきなのです。


(2) この解説記事では、

「産んだ子を代理の母が手放さないといったトラブルはないのか。鷲見代表は「それは相当前の話。今は代理の母の卵子は使わず、おなかを借りるだけ。既に子供がある人を選ぶので、生まれた子を育てたいと思うことはない」と断言。」

と書かれています。
もう少し詳しく説明すると、現在の米国では、代理母になる人は、固い決意と代理代理出産に対する正しい認識を持っている者が大半であり、適格審査(非喫煙者、20歳から37歳まで、経済的に安定していること、出産した子供が1人以上いること、家族の同意)を経た者だけがなるので、現在はトラブルはないというわけです(平井美帆著「あなたの子宮を貸してください」94頁参照)。

米国での代理母になった人の声を読むと、実感できると思います。

 「『私が代理母になることを選んだのは、長年切望しているのに子どもができない人たちに、生命の贈り物をあげたかったからよ。それに私自身、子育ての重荷を自分で負うことなく、出産の喜びをもう1度体験したかったの。』(71頁)

 「妊娠は誰がしたってリスキーなものだと思う。サロガシーは私たち、女から女へ与えることのできる最高のギフトなのよ。子どもの産めない女性に代わって出産する、これ以上に素晴らしいギフトなんてある? 自らの性を生殖の道具としているなんて間違った批判よ」(174頁)(平井美帆著「あなたの子宮を貸してください」


このように代理母は、押し付けられたものではなく、新しい生命の誕生に強い使命感をもって挑んでいるのです。代理出産が経済的弱者に対する搾取であるとか、生殖の手段であるとか、母体の商品化であるとかとは、かけ離れた現実があるのです(平井美帆著「あなたの子宮を貸してください」118頁~)。


(3) <デスクメモ>として、

「代理出産の実態は、臓器移植をめぐるそれと、よく似ている。法的対処が遅いから現実が追い越していく。「慎重な議論」ばかりを強調する医学界。常に静観の構えの厚労省。議論は必要だが、患者にとって時間は、刻々とすり減る命そのものだ。なのに急ごうとしない。これは「見殺し」という立派な罪だ。」

と述べています。
配偶者の子供が欲しいというのは、人として本能的な欲求です。なのに、長年子供を望んでも産まれなかったとか、病気により子供を生むことが困難な状態にある場合、代理出産に頼らざるを得ない状態になります。

妻が卵子を提供する形の代理出産の場合、受精能力のある卵子であるためには年齢的な制限が生じます。また、代理出産後もその子供を育てるのですから、出産自体は代理母に任せるとはいえ、代理出産を依頼する夫婦の方にも自ずと年齢制限が生じます。まさに、「患者にとって時間は、刻々とすり減る命そのもの」なのです。

政府は、代理出産が国内外で行われている現実・代理出産の現状を踏まえたうえで、「患者にとって時間は、刻々とすり減る命そのもの」であることを念頭において、いち早く対応するべきなのです。

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2006/10/18 [Wed] 06:46:45 » E d i t
10月17日の報道によると、柳沢伯夫・厚生労働相は17日の閣議後会見で、現在は代理出産禁止の方針をまとめている厚労省の報告書にとらわれずに、見直しも含めて再検討することを明らかにしました。この報道についてコメントしたいと思います。


1.まずは新聞報道から。

(1) 毎日新聞(平成18年10月17日夕刊9面)

「孫」代理出産:厚労相、禁止を再検討

 長野県のクリニックで祖母が孫を代理出産していた問題で、柳沢伯夫・厚生労働相は17日の閣議後会見で、現在は禁止の方針をまとめている厚労省の報告書にとらわれず、見直しも含めて再検討することを明らかにした。厚生科学審議会は03年に代理出産を罰則付きで禁止すべきだとの報告書をまとめているが、柳沢厚労相は「当時に比べ(代理出産に)賛成する世論もみられる」と話し、報告書にとらわれず、見直しも選択肢に入れた議論をする必要性を示した。また、厚労省だけでなく政府全体で検討する考えも示した。

 また、長勢甚遠法相は17日の閣議後会見で、民法の親子法制の見直しを求める声が出ていることに触れ、「どのような検討をするか官邸や厚労省と相談したい」と述べた。一方で法相は、代理出産を認めるかどうかといった医療法制が決まらない段階で民法を見直せば混乱を招くとの認識も示した。【玉木達也、森本英彦】

毎日新聞 2006年10月17日 東京夕刊」



(2) 読売新聞(平成18年10月17日夕刊1面)

「代理出産禁止」見直しも 厚労相、法整備含め検討

 長野県下諏訪町の諏訪マタニティークリニックで、祖母が孫を代理出産したことについて、柳沢厚生労働相は17日の閣議後会見で、現在は禁止の方針を定めている代理出産に関し、その見直しも含めて再検討を始めることを明らかにした。今後、法務省も含め、政府全体で検討する。

 代理出産には、代理母に妊娠や出産に伴う危険を負わせるという批判や、代理母が生まれた子供を手放さないトラブルが起きる可能性が指摘されている。そのため、厚労省の厚生科学審議会が2003年、妻以外の女性に出産を依頼する代理出産を罰則付きで禁止する報告書をまとめたが、その法制化を目指す議論は止まっている。日本産科婦人科学会は同年、代理出産を禁止する指針を定めた。

 柳沢厚労相は「(代理出産を)支持する世論もみられるようになった」と指摘。「学会の方針を法律で固定化するのではなく、もう少し違った形の方向を探っていく」と述べ、禁止の方針の見直しを含め、その法整備も視野に検討することを明らかにした。

 また、議論の場については、「親子関係など身分の問題もあるので、厚労省だけではなく政府全体として検討する」とした。


◆「国の考え早急に」…産科婦人科学会

 柳沢厚労相が、代理出産禁止の方針について再検討を始める考えを示したことについて、日本産科婦人科学会倫理委員長の吉村泰典慶応大教授は17日、「いいことだ。国として早急に考えをまとめてほしい」と語った。

 諏訪マタニティークリニックで明らかになった新たな代理出産に関連し、同学会は16日、「代理出産を認めるか否か、代理出産で生まれてきた子供をどう守るかといった重要な問題に関して、学会で結論づけるレベルを超えており、国としての早急な対応が望まれる」との見解を発表していた。

(2006年10月17日 読売新聞)」



2.長野県下諏訪町の諏訪マタニティークリニックで、祖母が孫を代理出産したことが明らかになったことから、実際上、代理出産が日本でかなり実施されていることが明らかになりました。
そのため、政府としても、日本で実施している代理出産についてどうするのか、いよいよ決定する必要が出てきたと判断したようです。


この報道の大きなポイントは2点だと思います。

1つは、

「厚生科学審議会は03年に代理出産を罰則付きで禁止すべきだとの報告書をまとめているが、柳沢厚労相は「当時に比べ(代理出産に)賛成する世論もみられる」と話し」た

という点です。
要するに、従来と異なり、代理出産に賛成する意識が増えて立法をする上での状況が異なってきたこと、代理出産を肯定する国民の声を、政府が無視しないで対応することを確約したことです。

もう1つは、

厚生科学審議会の報告書や「「学会の方針を法律で固定化するのではなく、もう少し違った形の方向を探っていく」と述べ、禁止の方針の見直しを含め、その法整備も視野に検討することを明らかにした。」

という点です。
要するに、従来、代理出産を罰則付きで禁止する方向での法制化を予定していたが、代理出産に賛成する意識が増えたことから、罰則付きでの代理出産禁止の立法化を変更し、代理出産を認める立法へ変更することを表明したわけです。




3.この政府の方向転換表明は、行政の方針と司法(裁判)とは別個のものとはいえ、向井夫妻の代理出産事件の訴訟への影響は大きいと思います。


(1) 向井夫妻の代理出産事件は、ネバダ州裁判所が実親子関係の成立を認めた命令(裁判)の効力を民事訴訟法118条により日本でも認めるのか、すなわち、外国判決の承認の問題です。その118条の検討の中で一番問題になったのは、この事件に関するネバダ州裁判所の裁判の効力を日本で認めると、民事訴訟法118条3号の「公序」に反するのかどうかです。

この「公序」の具体的な判断枠組みとしては、東京高裁決定によれば、「民事訴訟法上、日本の基本的価値や秩序に混乱をもたらさないなどの条件を満たせば日本で承認される」との基準を示しました。
その具体的基準はともかく、一般論としては、118条3号の「公序」は、民法90条の「公序」より狭く、内国強行法規、例えば、物権、親族相続の規定に抵触する外国法でも、必ずしも118条3号の「公序」に反しないと理解されています。
言い換えると、民法90条の「公序」に反しない場合や、日本法の法秩序ではおよそ認められない場合(例えば、懲罰的損害賠償)以外の場合であれば、民事訴訟法118条3号の「公序」に反しないわけです。


政府は、代理出産禁止の方針を見直して代理出産を認める方向への検討を明言しました。ということは、日本において実施する代理出産は、民法90条の「公序」に反すると言い辛くなり、日本法の法秩序ではおよそ認められない場合である、とも言い辛くなったのです。

民事訴訟法118条3号の「公序」の判断については、一般的には、<1>外国判決を承認・執行した場合に内国でもたらされる結果の異常性・重大性、<2>事案と内国の牽連性の強さ、の両者を衡量して行うとされています(本間=中野=酒井「国際民事手続法」(2005年、有斐閣)191頁)。
要するに、仮に日本法で認められていなくても、事案の性質上、日本においても認める牽連性が強ければ、認められるのです。向井夫妻の代理出産の場合、双子は向井夫妻の両方とも血縁関係があり、日本で夫妻の子と認められないと、双子は法律的に受け入れる国がなく、子の福祉の観点からは、日本においても認める牽連性が強い事案なのです。
民事訴訟法118条3号の「公序」については、当該外国判決をわが国においても有効な判決として取り扱った具体的結果が、わが国の私法秩序の基本を乱す結果となる場合には、承認しないことを意味しています(石川明・小島武司編著『国際民事訴訟法』145頁)。そうすると、元々母子関係を定める明文もなく、代理出産を禁止する法律もなく、政府は、代理出産禁止の方針を見直す方針なのですから、代理出産を予定した親子関係法秩序が確立しておらず、また、外国で実施した代理出産や日本で実施した代理出産自体を是認するのではなく、個別事案において外国で生まれた子と遺伝上の母との母子関係を認めるだけなのですから、日本法の法秩序の基本を乱すとは言えないのです(平成20年1月22日削除及び修正)。

そうすると、118条3号の「公序」に反するという判断は困難になったといえるのです。許可抗告の行方如何を問わず、出生届を受理するよう命じた、東京高裁決定が維持される可能性が非常に高くなりました。



(2) なお、許可抗告をしているので、今後、最高裁の判断があるのか不明ですが、最高裁は、政府が立法を予定している場合、是非を枠付けするような判断・立法の方向性を決定するような判断(判決)をすることを嫌います。立法問題は第一義的に国会の立法裁量によるべきものであって、裁判所が関与すべきではないからです。要するに、最高裁としては、是非を明言せずに立法政策によると判断(判決)をするわけです。

なので、立法問題になっている代理出産について、最高裁が、民法90条の「公序」に反するとか、日本法の法秩序ではおよそ認められない場合と判決を行うことは、考え難いのです。日本において実施する代理出産は、民法90条の「公序」に反するとか、日本法の法秩序ではおよそ認められない場合と判決を行うと、日本における代理出産を禁止するという方向性を決定付けてしまうからです。

元々、政府が日本において代理出産を認める方向での立法へ変更したことを表明したのですから、ますます裁判所が、民法90条の「公序」に反するとか、日本法の法秩序ではおよそ認められない場合との判断を行うことは、非常に考え難いです。



(3) こうしてみると、向井夫妻の代理出産事件と、長野県下諏訪町の諏訪マタニティークリニックで祖母が孫を代理出産した事件は、政府の方向転換の表明を導き、結果として、今後の裁判の方向性を決定付けました。近時の代理出産事件の影響は、非常に大きかったといえます。




<10月20日追記>

向井夫妻の代理出産事件の東京高裁決定について、誤解している方が思っていたよりかなり多いことを知り、多くの読者がいる幾つかのブログにTBしました。
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2006/10/16 [Mon] 21:40:17 » E d i t
福岡県筑前町の町立三輪中2年の男子生徒(13)が、「いじめられてもういきていけない」などと記した遺書を残して自殺したことが、10月13日、明らかになりました。同校によると、10月11日午後8時ごろ、帰宅が遅い男子生徒を捜していた家族が、自宅の倉庫で首をつって死亡しているのを見つけたそうです。この自殺事件について、自殺した男子生徒の1年担当時の男性担任教諭の言動がいじめの発端になったことが明らかになりました。この報道についてコメントしたいと思います。


1.新聞報道の引用から。

(1) 朝日新聞(平成18年10月16日付朝刊35面)(asahi.com(2006年10月16日01時20分)とは見出しや内容が少し異なる)

福岡・中2自殺  教諭の言動「いじめ発端」 一年時担当校長ら認める

 福岡県筑前町の中学2年の男子生徒(13)が、いじめを受けたという遺書を残して自殺した問題で、1年生の時の担任教諭が生徒に対し、不適切な言動を繰り返していたことがわかった。生徒の両親が「教諭からいじめを受けていたのではないか」とただし、町教委や学校側が15日、認めた。さらに、教諭の言動が、ほかの生徒たちによるいじめの発端になり、自殺につながった可能性があるという見方を示した。

◆遺族を訪れ謝罪

 生徒の両親は、14、15両日、自宅を訪れた三輪中学校の合谷智校長やこの教諭らとの話し合いを記者団に公開。この中で、両親は同級生らから聞いたという教諭の過去の言動を示しながら、事実かどうか問いつめた。

 両親によると、1年生の1学期に、生徒がインターネットのサイトを繰り返し見ていると母親が教諭に相談。その後、その相談内容が同級生らに漏れ、それにちなんだあだ名がつけられた。生徒はあだ名で呼ばれるようになったことを嫌がり、「学校に行きたくない」と訴えるようになったという。両親は、相談内容を教諭が漏らしたと指摘した。

 また、教諭は友人が落とした文具を拾ってあげた生徒を「偽善者にもなれない偽善者」と呼んだという。生徒が2年に進級する際に担任が代わったが、新たな担任に対し、「この子はうそをつく子だ」と申し送りをしたとしている。

 ほかの生徒に対しても、漢字を書かせる際に、太った生徒には「『豚』が似合う」と言ったり、忘れ物をした生徒を教室にある花瓶でたたいたりといった行為があったのではないかと問いつめた。

 これに対し、教諭は相談内容を漏らしたことや「偽善者」という発言、「うそをつく子」という申し送りなどについて、「はい」などと答えて認めた。亡くなった生徒を集中的にいじめたのではないかと問いつめられたのに対しても、これを認め、その理由について「からかいやすいというのはありました」と説明した。教諭は話し合いの後、記者団に「一生かけて償います」と話した。

 合谷校長は席上、「そのこと(教諭の発言)が自殺につながった。一番大きな引き金になった。子どもたちの一連のいじめも実際にはあったが、大本となった。あす、子どもたちに、責任が教師にあったときちんと言う」と謝罪し、ほかに被害がなかったかを調べる考えを示した。同席した中原敏隆・町教育長は、教諭の発言から生徒が孤立を深めたのかという記者団の質問に対し、「今の段階で、そのようにとらえている」と答えた。

 教諭は話し合いのあと、記者団に「一生かけて償います」と話した。

 この問題では、自殺当日の11日、生徒が「死にたい」と漏らしたのに対し、同級生らが「本気なら下腹部を見せろ」などといい、ズボンを脱がせようとしたことなどがわかっている。


◆弁解の余地ない:教育評論家の尾木直樹さんの話

 教師に弁解の余地はない。どんなに明るく見えても、思春期の子どもは内面がデリケート。教師が差別的な言動をすれば寂しそうな目つきを見せているのが分かるはずだ。教師のデリカシーのない言葉は他の子にとって格好の攻撃材料になる。その子への見方が定着し、いじめの下地になる。子どもの人権や尊厳を大事にするのが基本中の基本。ふざけてやったつもりなのだろうが、教師としての理念があれば、このような言動にはならないはずだ。」



(2)  東京新聞のHP(平成18年10月16日付朝刊27面)

担任が言葉でいじめ 級友前に「偽善者」 

 福岡県筑前町で、町立三輪中学校2年の男子生徒(13)がいじめを苦に自殺した問題で、学校側は15日、「1年生時の担任に言葉によるいじめがあった」として、生徒の両親に謝罪した。この日、いじめの有無などに関する調査の経過報告で学校幹部らが生徒宅を訪れた際、校長や当時担任で現在は学年主任の教諭(47)が、両親の追及に答える形で認めた。

 同校の合谷智校長は16日未明、町役場で記者会見し「担任教諭の言動がいじめであるという認識に立ち、自殺との因果関係を調べる」と述べた。校長によると、教諭は自殺した生徒に「君は偽善者にもなれない偽善者だ」と級友の前でののしった。別の女子生徒には授業中に「おまえは太っているから豚だね」と言ったこともあるという。

 両親は「教師が率先していじめていたとすれば、絶対に許すことができない。すべての真実が知りたい」と、学校側にさらなる調査と報告を求めた。教諭は両親に「一生をかけて償います」とわびた。

 父親(40)によると、1年生の時に男子生徒が自宅で見ていたインターネットの内容を両親が担任に相談したところ、担任は後日、相談内容を同級生に暴露し、クラスで男子生徒に不本意なあだ名が付けられた。担任は男子生徒を「うそつき」とからかったりもした。

 また担任は、学業成績をイチゴの品種に例え「(高価な)あまおう」「とよのか」「ジャムにもならない」「出荷できない」などとランク分けして生徒を呼んでいた。男子生徒は成績上位で「あまおう」と呼ばれたが、父親は「親としては、こうした教師の格差意識が、いじめを助長したと受け止めている」という。

 担任は一連の言動を認めた際、自らの行為の結果、男子生徒と級友の関係がぎこちなくなっていったことを「自覚していた」と話した。

 男子生徒は4種類の遺書を残し、「もういきていけない」「さようなら」などのほか「お金はすべて学校に寄付します」「貯金は学級にあげます」などの記述があることから、父親は「他の生徒から金銭を要求されるようないじめも受けていたのではないか。学校は全部を明らかにしてほしい」と話している。

(共同)
(2006年10月16日 02時00分)」



2.いじめによる自殺は、不憫でならない気持ちで一杯になるのですが、この事件や 「 葬式ごっこ」で有名な「鹿川君事件」のように教師がいじめに関与していた場合には非常に怒りを感じます。教師は教室を管理し支配する立場にあるのですから、そういう立場にある者の言動がいじめに関与したり発端になると、いじめはクラスの生徒原因を巻き込んで過激にエスカレートしがちであって、いじめられた側はいじめを回避することが困難だからです。

この事件も、自殺した男子生徒の一年時の担当教諭であり、「現在は学年主任の教諭(47)」(東京新聞)の言動がいじめの発端になったのです。テレビ報道によると、両親が「なぜいじめたのか?」と問うたのに対して、この教諭は「からかいやすかったから」と答えました。この精神的な幼稚さを感じさせる答えには、つくづく嫌な気分にさせられる答えです。


(1) この「現在は学年主任の教諭(47)」の問題行動を挙げておきます。

まず、

「1年生の時に男子生徒が自宅で見ていたインターネットの内容を両親が担任に相談したところ、担任は後日、相談内容を同級生に暴露し、クラスで男子生徒に不本意なあだ名が付けられた。」

のです。要するに、この教諭は、相談内容からして秘密にしておくべき事項を生徒に漏らして、嫌なあだ名がつけられる誘因となり、いじめの発端となったわけです。

教諭は、職務上知りえた個人秘密は漏らしてはいけないのに漏らしたのです。これは、職務上知りえた秘密の漏示を処罰する地方公務員法34条に違反します。この「現在は学年主任の教諭(47)」にとっては、秘密を漏らしてはいけないという規範意識は皆無のようです。


この「現在は学年主任の教諭(47)」は

「友人が落とした文具を拾ってあげた生徒を『偽善者にもなれない偽善者』と呼んだという。生徒が2年に進級する際に担任が代わったが、新たな担任に対し、『この子はうそをつく子だ』と申し送りをした」

というのです。「偽善者」だとか「うそをつく子だ」とののしることは人の社会的評価を低下させるものであるので、名誉毀損罪(刑法230条)にあたると思います。

犯罪の成否は別としても、「偽善者にもなれない偽善者」という意味は「中途半端な・未熟な偽善者」という意味なのでしょうが、偽善者とののしったことには変わりがなく、こういう無意味な言葉を吐いてもなんとも思わない思考に問題がありますし、友人が落とした文具を拾ってあげるという普通の善意の行為をしたのに、それを「偽善者にもなれない偽善者」とののしるのですから、精神的にひどく歪んでいると評価できます。
新たな担任に対してわざわざ「嘘をつく生徒だ」という申し送りをして、担任を辞めた後も生徒を貶めようとするのですから、粘着質で陰湿な気質もうかがわせます。


この教諭は自殺した生徒以外の生徒に対しても問題行動をしています。すなわち、

「別の女子生徒には授業中に「おまえは太っているから豚だね」と言ったこともある」

とか、

「学業成績をイチゴの品種に例え『(高価な)あまおう』『とよのか』『ジャムにもならない』『出荷できない』などとランク分けして生徒を呼んでいた」

のです。太っているから豚と侮蔑し、出荷できない生徒などとか呼んで成績の劣る者を不当に貶めたのですから、明らかに差別意識がむき出しの言動です。
そうすると、この「現在は学年主任の教諭(47)」は、差別的言動をしないようにする意識がなく、不合理な差別を禁止した憲法14条を遵守する意識も皆無なのです。


この「現在は学年主任の教諭(47)」はいじめの誘因となった行為をしたのですから、福岡県筑前町の町立三輪中学校側は、自殺に追い込んだとして、(国家賠償法に基づき)損害賠償責任を負う可能性があります。もっとも、合谷校長は「『教諭によるいじめと受け取られても仕方がない。これが自殺につながったと認識しており、申し訳ない』と、自殺との関係を認めるかのような発言をしたが、16日未明の記者会見では、『教諭の言動がいじめの誘因になったが、自殺と結びつけるのは危険。(私が)冷静さを欠いていた』と発言の一部を撤回した」(読売新聞10月16日付)ようですから、学校側は、損害賠償を免れよう、責任逃れをしようという意図のようです。


(2) このように「現在は学年主任の教諭(47)」の担当する教室では、憲法違反・法令違反に溢れていたのに、学年主任になっているのです。この中学校ではいじめは日常的なことなのか、問題なく学年主任になったのですから、ずっと誰にも咎められることなく、長年いじめを行ってきたと想像できます。

そうすると、この教諭は何時からいじめを行ってきたのか不明ですが、20年以上多数の生徒に対して、いじめを行ってきたと想像できますから、(損害賠償請求がなされないとしても)被害の大きさを思うと、そもそも「現在は学年主任の教諭(47)」が教師でなければ良かったのにと、思わざるを得ません。


(3) いじめの発端は「現在は学年主任の教諭(47)」の言動ですが、その発端を作ってしまったのは、「1年生の1学期に、生徒がインターネットのサイトを繰り返し見ていると母親が教諭に相談」からです。

担任教諭だから信用して相談したことは無理からぬところはありますが、「現在は学年主任の教諭(47)」は、信頼するほどの人間ではなく、相談事は他の信頼できる相手にするべきでした。信頼できるかどうかは人格的な性質に基づくのであって、教諭だからという職業だけで、その人間が信頼できるわけではないからです。




3.「現在は学年主任の教諭(47)」

「話し合いの後、記者団に『一生かけて償います』と話した

そうです。しかし、まだ何も償いをしていない状態なのに、具体的にどう償うというのでしょうか? 大体、「一生かけて償う」という言葉は、自殺した生徒の両親に対して言うべきであるのに、記者団に問い詰められて答えたのです。謝るべき相手に行わない謝罪は無意味です。

この「現在は学年主任の教諭(47)」は、記者団に問い詰められ苦し紛れに咄嗟に「一生かけて償う」などとあまり考えずに漏らしてしまったのではないでしょうか? 「からかいやすかった」からいじめを行うという、47歳でありながら幼稚な性格であり、気軽に秘密を漏らし、長年にわたり差別にも無頓着なのですから、「償い」も同様に軽い気持ちで言ったのであって、本気で言ったとは思えないですから。

教師にとって「子どもの人権や尊厳を大事にするのが基本中の基本」(教育評論家の尾木直樹さんの話)であることさえも、失念してしまっているので、もはや教師としての資質を欠いていることが明らかになりました。
ですから、「現在は学年主任の教諭(47)」が行うべき償いは、教師を辞めて、退職金全額をこの両親に渡すべきであると考えます。もっとも、この教師の気質からして、そんなことはしないのでしょうが……。


と、このようにこの教諭の問題性を指摘したのですが、このブログを読んでいる読者も、学校生活を過ごす中で、「精神的に歪んでいて、粘着質で陰湿で、しかも長年にわたる差別言動を何とも思わない幼稚な教諭」は、程度の差はあっても何人も接したことがあり、心の傷になっているのではないでしょうか? 

性格上問題のある者が教師になるのか、教師になってから歪んでしまうのか、問題教師を擁護するような校長(三輪中学校の合谷智校長)が教師の性格を過剰に歪めさせるからなのか分かりませんが、なぜこうも性格上問題のある者が教師の地位にあるのか、不思議でなりません。性格で教員採用の是非を決定するのは困難ではありますが、「精神的に歪んでいて、粘着質で陰湿で、しかも長年にわたる差別言動を何とも思わない教諭」はもはや直すことは不可能ですし、影響されやすい子供に有害です。

性格上問題のある者が教師の地位にいて目に付くということは、反面、性格的に真っ当な教師がいなくなってきていることでもあります。おそらくは忙しさや色々な事情のせいで、性格的に真っ当な教師が教師を続けられなくなっているのだと思います。

学校側は自殺しようが「いじめはなかった」と言い逃れをしがちであり、反省なんて皆無で、守るのは生徒でなく自らの地位なのです。三輪中学校の合谷智校長は、テレビ報道によると、「胸が痛いが仕方がない、手を抜いてしまった、君たちが良いからひどいことを言っても許されると甘えがあった、元担任教師はちょっと口が悪かった」と言い、いじめを悪びれず、いじめを文化とするような意識があるのですから。

「精神的に歪んでいて、粘着質で陰湿で、しかも長年にわたる差別言動を何とも思わない教諭」やこういう問題教師を擁護するような校長(三輪中学校の合谷智校長)はその職から追放し、性格的に真っ当な教師が教師を続けられる環境を作るべきであると考えます。




<10月17日追記>

三輪中学校の合谷智校長が、前言撤回したり、夜の2時に遺族に訪ねるという非常識な行動に出たりしたのは、教育委員会の指令によると指摘されています。教育委員会が責任を問われるためです。教育委員会が隠蔽の主犯であり、ひいては文部科学省の責任を問題にしなければ、いじめ問題は何ら減ることはなさそうです。
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事件 *  TB: 0  *  CM: 4  * top △ 
2006/10/14 [Sat] 02:33:29 » E d i t
日本人夫婦が外国へ行って代理出産を行った事例については、向井夫妻の代理出産事件の前に、最高裁平成17年11月24日決定がありました。この事案は、50代の夫婦は、国内で不妊治療を試みたが妊娠しなかったため、夫の精子を凍結保存し、平成14年4月、アジア系米国人女性Bから提供された卵子を使って体外受精し、受精卵は「代理母」となる別の米国人女性Aの子宮に移され、同年10月に双子が生まれたという事案です。

この平成17年決定は「是認できる」という判示以外は未公開なので、原審である大阪高裁平成17年5月20日決定の判示を全文引用して紹介します。最高裁判所のHPでは未掲載なので、判例時報1919号(平成18年4月11日号)107頁~から引用します(別紙を除く)。


1.大阪高裁平成17年5月20日決定(判例時報1919号(平成18年4月11日号)108頁~)

●夫の精子を用いてされた代理懐胎により分娩された子と妻との間には法律上の母子関係は認めることができないし、出生届を不受理とした市長の処分が相当とされた事例

事件番号:平成16(ラ)990
事件名: 市町村長の処分に対する不服申立却下審判に対する抗告
裁判年月日: 平成17年05月20日
裁判所名: 大阪高等裁判所

原審裁判所名: 神戸家庭裁判所明石支部
原審事件番号 :平成16(家)119
原審結果 :却下
裁判年月日:平成16年08月12日




平成16年(ラ)990号市町村長の処分に対する不服申立却下審判に対する抗告事件(原審・神戸家庭裁判所明石支部平成16年(家)第119号ほか)

      主文
1 本件抗告をいずれも棄却する。
2 抗告費用は、抗告人らの負担とする。

      理由

第1 事案の概要及び抗告の趣旨、理由

一 甲野一郎及び甲野二郎(双子、以下「本件子ら」という。)は、抗告人甲野花子(以下「抗告人花子」という。)の夫である抗告人甲野太郎(以下「抗告人太郎」という。)の精子とアメリカ合衆国在住の米国人女性から提供された卵子を用いて実施された体外受精・体内着床術により、米国カリフォルニア州在住の別の米国人女性によって、同州サクラメント市において分娩された、いわゆる代理懐胎児である。

 抗告人太郎は、明石市長に対し、本件子らにつき、抗告人らを父母とする出生届(嫡出子出生届、以下「本件出生届」という。)をしたところ、同市長は、これらに対する不受理処分をした。

 そこで、抗告人らは、本件出生届の受理を命じることを求める原申立てをしたが、原審は、本件子らと抗告人花子との間に母子関係が存在すると認めることができないとして、これらを却下した。

 本件は、この原審判に対する抗告事件である。

二 抗告人らは、「原審判を取り消す。明石市長は、抗告人太郎が平成16年1月15日付け(同年2月25日付け不受理通知)でした本件子らについての出生届を受理せよ。」との裁判を求める。

三 抗告理由は、別紙一ないし四のとおりであるが、その趣旨は、要するに、本件子らの母は、次の理由により、抗告人花子とされるべきであるあるから、明石市長は本件出生届を受理すべきである、というものである。

(1) 分娩者を母とする考え方は、昨今の生殖補助医療の進歩に対応できていない。生殖補助医療は、子をもうけ育てたいという人間として当然の願いを実現するものであって、現在においては、このような生殖補助医療の発展をも考慮に入れ、誰が母であるかを定めなければならない。

(2) 米国においては、カリフォルニア州ロサンゼルス郡高等裁判所の判決等により、本件子らの母は抗告人花子であり、分娩者でも卵子提供者でもないとされているのであるから、抗告人花子が本件子らの母でないとすると、本件子らには母が誰もいなくなってしまう。その結果、抗告人花子と本件子らの養子縁組をすることもできない。

(3) また、米国人の分娩者は、上記判決により、本件子らの母でないとされているのであるから、分娩者を母とする出生届をすることもできない。

(4) 本件子らの分娩者も卵子提供者も、自らが母であることを否認しているのであるから、本件子らの母となるのは、抗告人花子以外にいない。抗告人花子は、本件子らが未だ胚の状態にあるときから、たとえ先天的な障害をもって生まれてこようとも、本件子らを自らの子として養育する意思を有し、現に、その出生後は、本件子らの母としてその養育に当たっているものである。

 また、母子健康手帳、予防接種手帳、公立学校共済組合員証等においては、本件子らは抗告人ら夫婦の子として扱われている。本件子らの母を決するに当たっては、このような社会的実態を尊重すべきである。

(5) 抗告人らは、一般に出生届に必要とされる資料(この中には、本件子らが抗告人ら夫婦から生まれたことを証明する、出生病院医師作成の出生証明書も含まれている。)をすべて添えて、本件出生届をしているのであるから、明石市長はこれを受理すべきである。

第二 当裁判所の判断

 当裁判所も、明石市長が本件出生届に対してした各不受理処分(以下「本件各処分」という。)は、いずれも適法であるから、抗告人らの本件原申立ては理由がないものと判断する。

 その理由は、以下のとおりである。

一 記録によると、次の事実が認められる。

(1) 抗告人太郎(昭和25年5月7日生)と抗告人花子(昭和23年2月18日)は、昭和61年6月25日に婚姻した夫婦で、いずれも日本人である。抗告人らは、平成元年頃、神戸市内の病院で、AIH(妊娠の目的で夫の精子を対外に取り出し、その精子を人工的に妻の体内に注入する方法)を三回ほど試みたが、妊娠するに至らなかった。

(2) 抗告人太郎は、平成8年3月27日頃、医学的方法により自己の精子を取り出し、これを凍結保存した。

(3) 抗告人らは、夫婦間の子を得るため、米国において、他の女性から卵子の提供を受け、これを上記保存精子と体外受精させ、その胚(受精卵)を別の女性の体内に着床させて妊娠・分娩してもらう方法をとることを決意した。

 そこで、抗告人らは、平成12年5月10日ころ、上記(2)の保存精子を、米国カリフォルニア州のローマ・リンダ大学に搬送した。

(4) 抗告人らは、平成13年8月、同州在住の米国人A(以下「A」という。)及びその夫との間で、抗告人らに帰属する予定の受精卵によって、Aが抗告人らの子を分娩する旨の代理懐胎の合意(Sur-rogacy Agreement)をした。

 更に、抗告人らは、平成14年2月、アジア系米国人女性のB(以下「B」という。)及びその夫との間で、Bは、自己の卵子を抗告人らに贈与する旨の契約(Egg Donor Contract)を締結し、同女からその卵子の提供を受けた。

(5) 抗告人らの依頼により、平成14年4月6日、ローマ・リンダ大学において、抗告人太郎の保存精子とBから提供を受けた卵子を使用して体外受精が行われ、その二日後に、この受精卵を用いて、Aに対する体内着床術が行われた。

(6) 抗告人らは、平成14年9月15日、A及びその夫を被告として、カリフォルニア州ロサンゼルス郡高等裁判所に、上記受精卵により生まれてくる子との父子関係と母子関係の確認を求める訴えを提起したところ、同裁判所は、同年10月7日、抗告人太郎は上記子らの法的なそして遺伝学的な父親であり、抗告人花子は上記子らの法的な母親であるとする旨の判決を言い渡し、同判決において、上記子らの出生に責任がある医師、病院、公的登録機関に対し、その作成する出生証明書に抗告人らが父母である旨の記載をするように命じた。

(7) Aは、平成14年10月17日、カリフォルニア州サクラメント市の病院において、本件子らを分娩し、それぞれ「甲野一郎」及び「甲野二郎」と命名され、抗告人らは、出生後直ちに本件子らの養育を開始し、平成15年2月9日、本件子らを連れて日本に帰国した。

(8) 抗告人太郎は、平成16年1月15日、明石市長に対し、本件子らは、抗告人ら夫婦から生まれたことを証明する旨の記載のある出生病院医師作成の出生証明書等を添付した上、父を抗告人太郎、母を抗告人花子とする本件出生届を提出した。

 しかし、明石市長は、平成16年2月25日、抗告人らに対し、抗告人花子は本件子らを分娩していないから母子関係が認められないとして、本件各出生届を受理しない旨の本件各処分をした旨を通知した。

(9) そこで、抗告人らは、平成16年3月22日、戸籍法118条に基づき、原審に対し、本件各処分を取り消して本件各出生届を受理するよう求める本件原申立てをしたが、原審は、同年8月12日、抗告人らの申立てをいずれも却下する旨の原審判をしたので、抗告人らは、原審判を不服として本件抗告をした。

二 上記認定事実に基づき、抗告人らの原申立ての当否について判断する。

(1) 抗告人らの本件原申立ては、明石市長に対し本件出生届の受理を求めるものであるが、その内容としては、抗告人花子と本件子らとの間の母子関係(実親子関係)の有無を問題とするものであり、上記の事実関係からみて、この問題については、渉外私法的法律関係を含むことが明らかであるから、この点に関する準拠法に関連して検討を加える。

(2) 抗告人らは、婚姻した夫婦であるから、抗告人花子と本件子らとの親子関係の存否は、まず、法例17条1項で定まる準拠法により嫡出親子関係の成立の有無を検討すべきである。

 同項は、夫婦の一方の本国法で子の出生当時におけるものにより子が嫡出とされるときは、その子は嫡出子とする旨規定する。

 本件では、抗告人花子及びその夫の抗告人太郎の本国法は、いずれも日本法であり、日本においては、後述のとおり、本件子らを分娩していない抗告人花子をその母と認めることができないから、本件子らは、抗告人ら夫婦の嫡出子と認めることはできない。また、米国人の分娩者夫婦(A夫婦)や卵子提供者夫婦(B夫婦)と本件子らとの親子関係についても、これら分娩者夫婦や卵子提供者夫婦の居住する米国カリフォルニア州においては、同人らの本国法である同州法に基づく同州ロサンゼルス郡高等裁判所の判決により、本件子らの法的な母は、抗告人花子であるとされていることは前記のとおりであるから、同州法の下においては、本件子らは、上記分娩者夫婦や卵子提供者夫婦の嫡出子と認めることはできないものと解される。

(3) 上記のとおり、法例17条1項で定められる準拠法によっては、嫡出親子関係の成立を肯定することができないから、同法例18条1項で定まる準拠法により、更に、親子関係の成立の有無を判断すべきである。

 ア そして、同項前段によれば、嫡出に非ざる子の親子関係のうち母との親子関係については、出生当時の母の本国法によるとされている。

 そうすると、本件の抗告人花子と本件子らとの母子関係の有無は、抗告人花子の本国法である日本法によって定められることになる。

 わが国においては、母子関係の有無を決する基準について、これを明定する法律の規定はないが、従前から、母子関係の有無は分娩の事実により決するのが相当であると解されてきた(最高裁昭和37年4月27日第二小法廷判決・民集16巻7号1247頁参照)。

 もとより、従前においては、今日のような生殖補助医療の発展はなかったものであるが、母子関係の発生を分娩という外形的な事実にかからせることは、母子間の法律関係を客観的な基準により明確に決することができるという利点があり、また、経験上、女性は、子を懐胎し、胎内での子の成長を実感しつつ分娩に至る過程において、出生してくる子に対する母性を育むことが指摘されていることから、子の福祉の観点からみても、分娩した女性を母とすることには合理性があると考えられるばかりか、昨今の医療技術の発展に伴って採用が検討されている卵子提供型等の生殖補助医療により出生した子についても、自然懐胎による子と同様に取り扱うことが可能になることなどからみて、分娩の事実により母子関係の有無を決するという従前の基準は、生殖補助医療の発展を考慮に入れてもなお維持されるのが相当であって、少なくとも、生殖補助医療により出生した子の親子関係について特別の法制が整備されていない本件子らの出生時においては、その例外を認めるべきではないと解するのが相当というべきである(厚生科学審議会生殖補助医療部会「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療の整備に関する報告書」[平成15年4月28日]、法制審議会生殖補助医療関連親子法制部会「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療により出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する要綱中間試案」と法務省民事局参事官室による補足説明[平成15年7月15日]参照)。

 そうすると、上記の認定事実によれば、本件子らを分娩したのは、Aであって、抗告人花子でないことは明らかであるから、日本法に準拠する限り、抗告人花子と本件子らとの間に母子関係を認めることはできないものといわざるを得ない。

 イ なお、生殖補助医療の発展により、借り腹(不妊夫婦の精子と卵子を体外で受精させて、その胚を妻以外の女性に移植するもの)や代理母(妻以外の女性に夫の精子を人工授精して出産させるもの、本件のように、夫の精子と妻以外の女性から提供された卵子を用いて、受精卵を得、これを更に別の女性に移植して出産させるもの)による出産(これらを併せて「代理懐胎」という。)も可能となっているが、これらは、人を専ら生殖の手段として扱い、第三者に懐胎・分娩による多大な危険性を負わせるもので、人道上問題があるばかりか、代理懐胎を依頼した夫婦と代理懐胎を行った女性との間で生まれた子を巡る深刻な争いが生じる危険性を胚胎しているとして、否定的に評価する見解が有力である(上記報告書は、このような理由により代理懐胎を禁止するとの結論を示している。この立場によると、代理懐胎契約は、公序良俗に反するものとして、その効力は否定されるものと解され、当裁判所も見解を同じくする。)。

 そうすると、これら代理懐胎の方法により出生した子について、例外的に分娩者以外の者を母と認めることは、上記の医療を容認するに等しい結果を認めることになり、相当でないというべきである。したがって、このような場合であっても、分娩によって母子関係は形成されるという上記見解は、なお維持されるのが相当というべきである。

 ウ 次に、米国人の分娩者Aや卵子提供者Bと本件子らとの親子関係についても、同人らの本国法である同州法に基づく同州ロサンゼルス郡高等裁判所の判決により、本件子らの法的な母は、抗告人花子であるとされていることは前記のとおりであるから、同州法の下においては、本件子らと上記分娩者や卵子提供者との母子関係を認めることはできないものと解される。

 しかしながら、上記のとおり、代理懐胎契約は、公序良俗に反するものとして、その効力を否定すべきものであるから、わが国としては、その結果を受け入れることはできず、内国法を適用して、分娩者Aと本件子らとの母子関係を肯定するほかないのである。

(4) 以上のとおりであるから、抗告人花子と本件子らとの間に母子関係が認められないことを理由としてされた本件各処分は適法であり、したがって、本件出生届の受理を命ずることを求める抗告人らの本件原申立ては、いずれも理由がないというべきである。

三 抗告理由について

 抗告人の主張は、次のとおり、いずれも採用することができない。

(1) 抗告理由(1)について

 分娩の事実により母子関係の有無を決するという基準が、昨今の精力補助医療の発展を考慮に入れてもなお維持されるのが相当であることは、上記説示のとおりである。

(2) 抗告理由(2)について

 本件においては、Aと本件子らとの母子関係が肯定されるべきことは前記のとおりである。日本法と米国カリフォルニア州法との間には齟齬があるため、本件子らの母子関係を巡って事実上の不都合が生じることは否定できないけれど、法律的な齟齬ではないことも上記したとおりである。

 生殖補助医療によって出生した子の親子関係について各国間に取扱いの差異があり、この差異を調整するための法的整備がされていない現行の法体系における解釈としては、上記のように解するほかないのであって、事実上の不都合が生じることも、まことにやむを得ないものといわざるを得ない。

 抗告人らに対しては、上記のような法律関係にあることを素直に認識し、既に出生した本件子らの福祉を第一義として、本件子らと抗告人花子との養子縁組の道を探ることを期待したい。

(3) 抗告理由(3)について

 本件子らの出生届に関してAの協力を得ることができるか否かは、分娩者との間の契約の効力如何によって決せられるべきことであり、当裁判所としての見解は上記のとおりである。本件子らの母が誰かという問題についての結論は、抗告人らの主張の事情によって、左右されるものではない。

(4) 抗告理由(4)について

 抗告人らの主張するような関係者の意向や養育の実態によって、実親子関係としての母子関係を決すべきであると解せられない。

(5) 抗告理由(5)について

 本件子らが出生した病院の医師が作成発行した出生証明書には、本件子らは抗告人ら夫婦から生まれた旨の記載があることは前記のとおりであるが、上記認定のとおり、本件子らが抗告人花子から分娩されたのではないことは明らかで、上記出生証明書の記載が真実でないことが認められる以上、本件各出生届に上記出生証明書が添えられているからといって、明石市長は、これを受理すべきであるとはいえないことは当然である。

四 以上の次第で、抗告人らの原申立てを却下した原審判は相当であり、本件抗告は、いずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 田中壯太  裁判官 松本久 村田龍平)



2.この事案は、カリフォルニア州で代理出産契約を行った事案ですが、カリフォルニア州における代理出産における親子関係の成立については、州裁判所の命令があったのですから、この事案においても、外国判決の承認の問題、すなわち国際民事訴訟法(国際民事手続法)の問題として民訴法118条で処理すべき事案でした。

しかし、全文を見ると明らかなように、平成17年の大阪高裁決定は、国際私法の問題として法例17条を適用して、日本法だけで処理をしていまいました。民訴法118条について全く意識しておらず、民訴法118条を失念してしまっているのです。

カリフォルニア州裁判所の命令を意識した判示部分は、

「ウ 次に、米国人の分娩者Aや卵子提供者Bと本件子らとの親子関係についても、同人らの本国法である同州法に基づく同州ロサンゼルス郡高等裁判所の判決により、本件子らの法的な母は、抗告人花子であるとされていることは前記のとおりであるから、同州法の下においては、本件子らと上記分娩者や卵子提供者との母子関係を認めることはできないものと解される。

 しかしながら、上記のとおり、代理懐胎契約は、公序良俗に反するものとして、その効力を否定すべきものであるから、わが国としては、その結果を受け入れることはできず、内国法を適用して、分娩者Aと本件子らとの母子関係を肯定するほかないのである。」

です。
この判示は、全く民事訴訟法118条を失念しています。裁判の効力とは無関係な「代理懐胎契約が民法90条に違反する」ことを理由としていますが、なぜ、裁判の効力とは無関係な「代理懐胎契約」を持ち出して外国判決の効力を否定できるのか意味不明です。

外国裁判所の判決があれば、民訴法118条の適用・類推適用が問題となるとして検討することは、国際私法、国際民事訴訟法(国際民事手続法)の基本中の基本です。それなのに、民訴法118条を失念した大阪高裁決定は、国際私法、国際民事訴訟法(国際民事手続法)の基本についての理解に欠けていたといわざるを得ません。

これに対して、向井夫妻の代理出産事件(東京高裁平成18年9月29日決定)では、平成18年の東京高裁決定(「代理出産(代理母)による法律関係~東京高裁平成18年9月29日決定全文公開(向井夫妻の双子代理出産事件)」参照)は、最初から最後まで、民訴法118条の適用・類推適用の問題として処理しています。これは、国際私法、国際民事訴訟法(国際民事手続法)の基本に沿った論理です。


国際私法、国際民事訴訟法(国際民事手続法)の基本についての理解に欠けていたのは、大阪高裁決定だけではありません。この大阪高裁決定についての、最高裁判所調査官の解説(判例時報1919号107頁)によると、

 「民法772条によれば、妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定すると定められているところ、母子関係はどのようにして確定すべきかについて争いがあったが、最二判昭37・4・27(民集16・7・1247)は、母子関係は、母の認知をまたず、「分娩」の事実により当然発生するものと解すべきであるとしている。

 本件においては、X1は、A及びBを分娩したものではないから、X1とA及びBとの間に母子関係を認めることができず、したがって、X2とA及びBとの間に父子関係も認めることができないことは明らかであるから、本決定は現行民法上当然の判断であって、異論のないところであろう。」

としています。
「現行民法上当然の判断であって、異論のない」と断定していますが、外国判決がある以上、日本法の解釈だけで解決できないことを分かっていないのです。やはり民訴法118条を失念しているのです。この解説を書いた最高裁判所調査官は誰なのは不明ですが、少なくとも、国際私法、国際民事訴訟法(国際民事手続法)の基本についての理解に欠けていた最高裁判所調査官がいたことは確かなのです。


こういう国際私法、国際民事訴訟法(国際民事手続法)の基本についての理解に欠けている判例については、昔から、国際私法学者が教室内において学生に対して、「こんな間違いをしないように」と指摘することが多いです。昔から、国際私法の理解に欠けた判例が多かったのですが、それは国際私法の理解に欠けた裁判官が多かったからです。

本来、「恥」は大学の教室内だけに留めておくべきものだとは思いますが、この代理出産問題は、日本法上、今後の生殖補助医療の行方を左右する重大問題です。そうすると、国際私法、国際民事訴訟法(国際民事手続法)の基本についての理解に欠けた議論・判示は、議論が混乱し、有害無益です。ですので、こうして「恥」「間違い」であることを指摘することにしました。

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2006/10/13 [Fri] 08:48:50 » E d i t
東京高裁平成18年9月29日決定全文が公開されました。そこで、全文を引用してみます。
最高裁判所のHP―東京高裁平成18年9月29日決定
裁判所判例Watch―東京高裁平成18年9月29日決定


1.最高裁判所のHPより。

事件番号:平成18(ラ)27
事件名: 市町村長の処分に対する不服申立却下審判に対する抗告
裁判年月日: 平成18年09月29日
裁判所名・部: 東京高等裁判所 第17民事部
結果: その他

原審裁判所名: 東京家庭裁判所
原審事件番号 :平成17(家)844
原審結果 :却下

判示事項の要旨: 抗告人ら夫妻が子らの法律上の親であることを認めるネバダ州の裁判所の命令が確定している場合において,同命令が抗告人らと子らには血縁関係があること等を参酌してなされたものであることや,子の福祉等を考慮し,同確定裁判を承認しても公序良俗に反しない。



平成18年(ラ)第27号市町村長の処分に対する不服申立却下審判に対する抗告事件(原審・東京家庭裁判所平成17年(家)第844号)

      主文
1 原審判を取り消す。
2 品川区長は,抗告人らが平成16年1月22日付けでしたC及びD(いずれも平成15年11月28日生)についての出生届を受理せよ。

      理由

第1 抗告の趣旨及び理由

 抗告の趣旨は,「原審判を取り消し,東京家庭裁判所へ差し戻す。」との裁判を求めるものであり,抗告の理由は,別紙即時抗告理由書及び意見書5(いずれも省略)記載のとおりである。

第2 事案の概要

1 本件事案の概要

 抗告人らは夫婦であるが,抗告人Bの卵子と抗告人Aの精子を用いて実施された体外受精・体外着床術により,アメリカ合衆国ネバダ州在住の米国人女性が同州リノ市において平成15年11月28日に分娩したC及びD(以下「本件子ら」という。)について,抗告人らを父母とする出生届(嫡出子出生届,以下「本件出生届」という。)を品川区長にしたところ,同区長が抗告人Bによる分娩の事実が認められないことを理由として,これを受理しなかった(以下「本件各処分」という。)。

 そこで,抗告人らは,本件出生届の受理を命じることを求める申立てをしたが,原審は,抗告人Bによる分娩の事実が認められず,本件子らと抗告人Bとの間に親子関係を認めることができないから本件各処分は適法であるとして,これらを却下した。本件は,抗告人らがこれを不服として,抗告した事案である。

2 事実関係

 本件記録によれば,次の事実が認められる。

(1) 抗告人A(昭和37年4月12日生)と抗告人B(昭和39年11月3日生)は,平成6年3月21日に婚姻した夫婦である。

 抗告人Bは,平成12年11月21日,子宮頸部がんの治療のため,子宮摘出及び骨盤内リンパ節剥離手術を受けた。この際,抗告人Bは,将来代理懐胎により子を得ることも考え,手術後の放射線療法による損傷を防ぐため,自己の卵巣を骨盤の外に移して温存した。

(2) 抗告人らは,抗告人らの遺伝子を受け継ぐ子を得たいと考え,抗告人Aの精子と抗告人Bの卵子を人工的に受精させ,その受精卵を第三者の子宮に着床させて,懐胎,出産させる方法をとることとした。そして,平成14年に,アメリカ合衆国在住の夫婦と代理出産契約を締結し,同国の病院において2度にわたり代理出産の試みがされたが,いずれも成功しなかった。

(3) 平成15年に入り同国ネバダ州在住の女性Eによる代理出産を試みることとなり,Gセンターにおいて,同年4月30日,抗告人Bの卵巣から採取した卵子に,抗告人Aの精子を顕微受精させ,同年5月3日,その中から質の良い2個の受精卵を,代理母であるEの子宮に移植した。

 同月6日,抗告人らは,EF夫妻との間で,代理母であるEは,抗告人らが指定し代理母が承認した医師が行う処置を通じて,抗告人らから提供された受精卵を自己の子宮内に受け入れ,受精卵移植が成功した際には出産まで子供を妊娠すること,生まれた子については抗告人らが法律上の両親であり,代理母とその夫は,子に関する保護権や訪問権等いかなる法的請求や権利又は責任を有しないことなどを内容とする有償の代理出産契約を締結した(以下「本件代理出産契約」という。)。

(4) 同年11月28日,Eは,ネバダ州Hセンターにおいて,本件子らを出産した。

 同年12月1日,ネバダ州ワショー郡管轄ネバダ州第二司法地方裁判所家事部(以下「ネバダ州裁判所」という。)は,抗告人らのEF夫妻を相手方とする申立てに対し,抗告人らが2004年(平成16年)1月あるいはそのころEから生まれる子らの血のつながった,そして法律上の父親と母親と認められること(主文1項),出生が発生する病院及び州の諸法規の下において出生証明書を作成する責任を有する関係者,組織ないし機関は,抗告人らを子らの両親とし,出生証明書を準備し発行すること(主文2項),当該地域及び州登記官は法律に準拠し上記に則った出生証明書を受理し,記録保管するものとすること(主文3項)などを内容とする「出生証明書及びその他の記録に対する申立人の氏名の記録についての取り決め及び命令」を出した(以下「本件裁判」という。)。

 抗告人らは,本件子らの出生後直ちに養育を開始し,抗告人Aが本件子らの出生届出を行い,平成15年12月31日付けで,本件子らについて,それぞれ,抗告人Aを父と,抗告人Bを母と記載したネバダ州出生証明書が発行されている。

(5) 抗告人らは,平成16年1月に,本件子らを連れて日本に帰国し,同月22日に,品川区長に対し,本件子らについて,抗告人Aを父と,抗告人Bを母と記載した本件出生届を提出した。

 品川区長は,抗告人らに対し,同年5月28日,本件出生届について,抗告人Bによる分娩の事実が認められず,嫡出親子関係が認められないことを理由として,これを受理しない本件各処分をした旨の通知を行った。

 本件子らは,抗告人らのもとで監護養育されているが,パスポートはアメリカ国籍で発行されており,保護者同居人が日本人であるという在留資格で生活している。

3 抗告人らの主張

 抗告人らの主張は,抗告理由とする当審における補足的主張を付け加えるほか,原審判「理由」の「(当裁判所の判断)第2の1 申立人らの主張」記載のとおりであるから,これを引用する。

(抗告人らの当審における補足的主張)

(1) 民事訴訟法118条の規定の適用ないし類推適用

 ア 抗告人らの申立てに対するネバダ州裁判所による本件裁判の主文1項は,本件代理出産契約がネバダ州修正法に基づき有効に成立し,かつこれに基づき抗告人らと本件子らとの間に法的な親子関係があることを確認するものであり,この裁判の効力は当該裁判の当事者だけでなく,第三者にも及び対世効を有するものである。

 イ 同裁判は外国裁判所の確定判決として,わが国の人事訴訟における確定判決や家事審判法23条による審判と同視し得るものであり,しかもその内容及び手続が日本における公序良俗に反しない。

 ウ したがって,本件裁判の主文は,民事訴訟法118条の規定の適用ないし類推適用により,わが国でも外国裁判所の確定判決としてその効力が承認される結果,本件子らは,抗告人らの子らであると確認されるべきであり,結局,本件出生届は受理すべきものである。

(2) 民法は親子関係について極めて強固な血縁主義を採用していることが明らかであるから,法律上の母子関係については従前どおり分娩者を母とするのが相当であるとする原審判は誤っている,原審の判断は解釈論でなく,あたかも立法機関による一律的な法規範を定立することを意図した立法論である。

(3) 原審判は本件子らの福祉を全く考慮しないものである。

(4) 抗告人らが自己の遺伝子を受け継ぐ子を持つ権利,すなわち,家族の形成・維持に係わる事柄についての自己決定権又は遺伝的素質を子孫に伝えあるいは妊娠・出産といったリプロダクションにかかわる事柄についての自己決定権は幸福追求権として憲法13条後段により保障されているから,本件各処分は,幸福追求権を定める憲法13条後段に違反する。

(5) 品川区長は親子関係の存否の判断につき,父子関係は血縁関係の有無により,母子関係は分娩の事実により判断するとして,性別によりその取扱いを異にしており,また,抗告人Bは子宮頸部ガンにより子宮を摘出しており,自ら子を懐胎・出産することができない身体的特徴を有する女性であり,このような地位は社会的身分に該当するから,本件各処分は性別及び社会的身分による差別に該当するもので,憲法14条1項に違反する。

4 品川区長の意見

 品川区長の意見は,抗告人らの当審における補足的主張に対する意見を付け加えるほか,原審判「理由」の「(当裁判所の判断)第2の2 品川区長の意見」記載のとおりであるから,これを引用する。

(抗告人らの当審における補足的主張に対する意見)

(1) 民事訴訟法118条の規定の適用ないし類推適用について

 ア 本件裁判の主文はネバダ州修正法の定めるところによるものであって承知していない。アメリカ合衆国の州においては,代理母契約について裁判所の事前承認手続を経ることによって有効とする方式を採用している州(バージニア州等)が見られ,裁判所によって契約が承認されれば,生まれた子は依頼者夫婦の子とするものとされているようであるが,ネバダ州においてかかる方式を採用しているかどうか承知しておらず,本件裁判が上記事前承認手続を指すものか明らかでない。

 イ ネバダ州修正法が代理母契約の裁判所の事前承認手続のような規定を定めていた場合でも,本件裁判でいう事前承認が民事訴訟法118条所定の外国裁判所の確定判決に当たるかどうかについては明らかでなく,本件裁判の実質によるものであって一概にはいえない。

 ウ 仮に本件裁判が外国裁判所の確定判決にあたるとしても,抗告人Bと本件子らとの間に法律上の母子関係を認める部分については,わが国の公序良俗に反するため,民事訴訟法118条3号の要件を欠き承認されないと解される。その理由については,上記原審判における品川区長の意見,すなわち医学会での生殖補助医療に関する検討結果,法整備に関する検討結果,医学会における代理懐胎の実施についての自主規制,代理懐胎に関する母子関係決定についての立法の検討状況等に記載のとおりである。

(2) 抗告人ら上記主張(2)について

 原審判は,母子関係の成立を決定する基準については,単に血縁関係という要素だけでなく,諸般の事情を考慮して検討しなければならないとしたうえ,基準の客観性,明確性及び自然懐胎による母子関係との基準の共通性,子を胎内で育てる女性の心理並びにわが国における議論の状況及び諸外国の法制度の状況等を考慮すると,現段階における民法の解釈としては,分娩者をもって母と解するほかないと判断した。その判断は正当であり,抗告人らの上記主張は理由がない。

(3) 抗告人ら上記主張(4)について

 抗告人らの主張する各自己決定権が,憲法13条後段によって保障されているかどうか自体が疑わしいうえ,仮に保障されているとしても具体的な内容が不明瞭であって,その権利のどのような側面が本件各処分によって具体的に侵害されているか明らかでなく,根拠に乏しい。また,前提として法律上の母子関係が認められていない点を問題としているとしても,養子制度や特別養子制度を利用することによって,法律上の母子関係が認められるため,法制度上侵害されているとは解されない。抗告人らの上記主張は理由がない。

(4) 抗告人ら上記主張(5)について

 子の懐胎及び出産という基準がすべての女性に対して平等に適用されるものであることに加え,子を懐胎及び出産した女性と子との間に母子関係が発生すると解するのが合理的であることからすれば,その主張は理由がない。

第3 当裁判所の判断

1 本件では,本件裁判が存在するので,まず,本件裁判につき民事訴訟法118条の規定の適用ないし類推適用がされるかについて検討する。

(1) 本件裁判の効力について

 ア 代理出産(代理母)契約について,ネバダ州修正法126.045条は,代理出産契約が有効となるためには,1項で(a)親子関係に関する規定,(b)事情が変更した場合の子どもの監護権の帰属に関する規定,(c)当事者それぞれの責任と義務に関する規定が含まれていなければならないこと,2項で,同要件を満たす代理出産契約において本来の両親と認定された者はあらゆる点から法的に実の両親として取り扱われること,また3項で契約書に明記されている子どもの出産に関連した医療費及び生活費以外に金銭あるいは価値あるものを代理母に支払うこと又は申し出ることは違法であることを規定している。

 イ 前認定の事実に本件記録によれば,次の事実が認められる。

 ネバダ州修正法126.041条は,親子関係の形成につき,実母との間では,子を出生したことを証明することや126章の規定等に基づき形成することができること(1項),実父との間では,126章の規定等に基づき形成することができること(2項)が規定されており,126章には,代理出産契約を定めた126.045条や父子関係確定の裁判手続に関する規定とこれを準用する母子関係確定の裁判手続に関する規定等が置かれている。

 本件代理出産契約は,上記ネバダ修正法の規定に従って締結され,上記規定の要件をすべて満たしているものであるところ,ネバダ州裁判所は,抗告人らとEF夫妻との間において,親子関係確定の申立書に記載されている事項が真実であると認めていること及びEF夫妻は本件子らを抗告人らの子と確定することを望んでいることを確認し,本件代理出産契約を含む関係書類を精査した後に,抗告人らが,すべての局面において,本件子らの血縁上及び法律上の父母であることを確認するとともに(主文1項),子らが出生する病院及び出生証明書を作成する責任を有する関係機関は,抗告人らを子の両親とする,出生証明書を準備し,発行することを命じ(主文2項),当該地域及び州登記官は,法律に準拠し上記に則った出生証明書を受理し,記録保管するものとすることを命じた(主文3項)。

 アメリカ合衆国では,ネバダ州だけでなく,カリフォルニア州やマサチャーセッツ州等においても,本件代理出産契約と同様の事案において同様に命じる裁判類型がある。なお,ネバダ州修正法では,アメリカ合衆国の統一州法委員全国会議が起案した統一親子法とは異なり,代理出産契約について裁判所による事前の認可を必要とはせず,また,代理出産契約に基づく親子関係確定のための特別手続は設けられていない。本件裁判は,ネバダ州修正法上の父子関係確定の裁判手続と母子関係確定の裁判手続に基づきなされたものであるところ,父子関係確定の裁判の裁判事項と効力に関するネバダ州修正法126.161条では,親子関係確定の裁判は,すべての局面において決定的なものであること(1項),親子関係確定の裁判が従前の出生証明書の内容と異なるときは,主文において新たな出生証明書を作成することを命ずべきこと(2項)等が規定されている。そうすると,本件裁判主文の効力は,当事者である抗告人ら及びEF夫妻だけでなく,出生証明書の発行権限者及び出生証明書の受理権限者を含む第三者に対しても及んで対世効を有するものと解される。

 ウ もっとも,わが国の親子関係事件は,親と子が対立当事者となるが,本件裁判の当事者は,抗告人ら及びEF夫妻であり,本件子らは当事者とされていない。しかし,ネバダ州裁判所は,上記のとおり,代理出産契約の成立及び内容並びに事実関係について慎重に審理しており,本件子らの福祉並びに裁判の公正が担保されているうえ,本件裁判には,本件子ら以外の利害関係者全員,すなわち,抗告人ら及びEF夫妻が当事者として関与しており,しかも,本件子らの法定代理人はこれらの者のいずれかであることからすれば,事実上,本件子らも裁判手続きに関与しているとも解されるので,特にこの点は問題とならないと解される。

(2) 本件裁判は,民事訴訟法118条にいう外国裁判所の確定判決といえるか。

 ア 民事訴訟法118条所定の外国裁判所の確定判決とは,外国の裁判所が,その裁判の名称,手続,形式の如何を問わず,私法上の法律関係について当事者双方の手続的保障の下に終局的にした裁判をいうものであり,決定,命令等と称されるものであっても,その性質を有するものは同条にいう外国裁判所の判決に当たるものと解するのが相当である。(最高裁判所平成10年4月28日第三小法廷判決・民集52巻3号853頁参照)

 イ 本件裁判は,上記(1)のとおり,親子関係の確定を内容とし,かつ,対世的効力を有するものであるから,わが国の裁判類型としては,人事訴訟(人事訴訟法2条)の判決に類似する又は家事審判法23条の審判(合意に相当する審判)に類似するといえるのであり,しかも確定しているから,本件裁判は,外国裁判所の確定判決に該当するというべきである。

(3) 本件裁判は,民事訴訟法118条3号にいう公序良俗に反しないとの要件を具備しているか。

 ア 公序良俗に反しないとは,その判決の承認によりわが国での効力を認め,法秩序に組み込むことでわが国の公序良俗(いわゆる国際私法上の公序であり,渉外性を考慮してもなお譲ることのできない内国の基本的価値,秩序を意味する。)に混乱をもたらすことがないことを意味すると解されている。

 イ このような公序良俗を検討する前提として,まず,本件裁判が民事訴訟法118条所定の外国裁判所の確定判決に該当しないとした場合における法律解釈等を検討する。

 前記第2の2のとおりの事実関係によれば本件は渉外的要素があるので,準拠法が問題となるところ,本件については抗告人ら等との間の嫡出性が問題となることから,法例17条1項が指定する法律が準拠法となる。

 そこで,抗告人らが本件子らの父母であるかどうかは,抗告人らの本国法である日本の法律が準拠法となる。

 母子関係の成立に関するわが国民法の解釈論については,当裁判所も原審と同様の考え方をとるものであり,原審判「理由」の「(当裁判所の判断)第3」の「2 母子関係の成立に関する我が国民法の解釈」及び「3その他の申立人らの主張について」記載のとおりであるから,これを引用する。そうすると,民法の解釈上,抗告人らを本件子らの法律上の親ということができない。

 次に,本件子らがEF夫妻の子であるかどうかを検討すると,この場合の準拠法は,EF夫妻の本国法であるネバダ州修正法となり(法例28条3項),同法上,代理出産契約は有効とされ,これによれば,本件子らがEF夫妻の子であることが否定される。このように本件子らには,法律上の親が存在しないこととなる。これを避けるためには,法例33条に基づきネバダ修正法の適用を排除し,日本の民法に従いEF夫妻の子であるとすることが考えられるが,当然のことながらEF夫妻の居住するネバダ州では抗告人らが本件子らの法律上の親とされており,本件子らは,このような各国の法制度の狭間に立たされて,法律上の親のない状態を甘受しなければならないこととなる。

 ウ 本件では,前説示のとおり,本件裁判が民事訴訟法118条所定の外国裁判所の確定判決に該当するので,前提状況を踏まえて,本件裁判が公序良俗に反するかどうかを検討することとする。この場合において,本件裁判の承認の要件としての公序良俗を判断するについてはあくまで,本件事案について,以下のとおり個別的かつ具体的内容に即した検討をしたうえで,本件裁判の効力を承認することが実質的に公序良俗に反するかどうかを判断すべきである。

  ① わが国民法等の法制度は,生殖補助医療技術が存在せず,自然懐胎のみの時代に制定された法制度であるが,現在は,生殖補助医療技術が発達したことにより,自然懐胎以外に人為的な操作により懐胎及び子の出生が実現されるようになっている。その法制度制定時に,自然懐胎以外の方法による懐胎及び子の出生が想定されていなかったことをもって,人為的な操作による懐胎又は出生のすべてが,わが国の法秩序の中に受け容れられないとする理由にはならないというべきである。現に,その中でも,人工授精による懐胎については,当事者の意思を十分尊重して確認する等の条件の下で,現行法制度の中で容認されていることからすると,民法上,代理出産契約があるからといってその契約に基づき親子関係を確定することはないとしても,外国でなされた他の人為的な操作による懐胎又は出生について,外国の裁判所がした親子関係確定の裁判については,厳格な要件を踏まえた上であれば十分受け容れる余地はあるといえる。

  ② 本件子らは,抗告人Bの卵子と抗告人Aの精子により,出生した子らであり,抗告人らと本件子らとは血縁関係を有する。

  ③ 本件代理出産契約に至ったのは,抗告人Bの子宮頸部がんにより子宮摘出及び骨盤内リンパ節剥離手術を受けて自ら懐胎により子を得ることが不可能となったため,抗告人らの遺伝子を受け継ぐ子を得るためには,その方法以外にはなかったことによる。

  ④ 他方,本件記録によれば,Eが代理出産を申し出たのは,ボランティア精神に基づくものであり,その動機・目的において不当な要素をうかがうことができないし,本件代理出産契約は抗告人らがEに手数料を支払う有償契約であるが,その手数料は,Eによって提供された働き及びこれに関する経費に関する最低限の支払(ネバダ州修正法において認められているもの)であり,子の対価でないことが認められる。また,契約の内容についても,それ自体からして,妊娠及び出産のいかなる場面においても,Eの生命及び身体の安全を最優先とし,Eが胎児を中絶する権利及び中絶しない権利を有しこれに反するなんらの約束も強制力を持たないこととされ,Eの尊厳を侵害する要素を見出すことはできないものである。

  ⑤ 本件では,代理母夫妻は本件子らと親子関係にあること及び養育することを望んでおらず,また本件裁判により抗告人らが血縁上も法律上も親とされているため,本件子らは,法律的に受け容れるところがない状態が続くことになる。抗告人らは,本件子らを出生直後から養育しているが,今後ももとより実子として養育することを強く望んでいる。したがって,代理母を認めることが本件子らの福祉を害するおそれはなく,むしろ,本件子らの福祉にとっては,わが国において抗告人らを法律的な親と認めることを優先すべき状況となっており,抗告人らに養育されることがもっともその福祉に適うというべきである。

  ⑥ ところで,厚生科学審議会生殖補助医療部会が,代理懐胎を一般的に禁止する結論を示しているが,その理由として挙げている子らの福祉の優先,人を専ら生殖の手段として扱うことの禁止,安全性,優生思想の排除,商業主義の排除,人間の尊厳の六原則について,本件事案の場合はいずれにも当てはまらないというべきである。もとより,現在,わが国では代理母契約について,明らかにこれを禁止する規定は存しないし,わが国では代理懐胎を否定するだけの社会通念が確立されているとまではいえない。

  ⑦ 本件記録によれば,法制審議会生殖補助医療関連親子法制部会において,外国で代理懐胎が行われ,依頼者の夫婦が実親となる決定がされた場合,代理懐胎契約はわが国の公序良俗に反するため,その決定の効力はわが国では認められないとする点に異論がなかったことが認められ,当該議論における公序良俗とは,法例33条又は民事訴訟法118条3号にいう公序良俗を指すものと解される(日本の民法の解釈上,代理懐胎契約が締結されたとしても,その契約によって法的親子関係を確定することができず,何ら法的な効力はないことから,法的親子関係の確定の観点からは民法90条の公序良俗が問題となることはない。)。そして,このように,外国でなされた代理懐胎契約がわが国の公序良俗に反するとしても,前認定のとおり,本件裁判は,本件代理出産契約のみに依拠して親子関係を確定したのではなく,本件子らが抗告人らと血縁上の親子関係にあるとの事実及びEF夫妻も本件子らを抗告人らの子と確定することを望んでいて関係者の間に本件子らの親子関係について争いがないことも参酌して,本件子らを抗告人らの子と確定したのであり,前記議論があるからといって,本件裁判が公序良俗に反するものではない。

  ⑧ さらに,本件のような生命倫理に関する問題につき,わが国の民法の解釈では抗告人らが本件子らの法律上の親とされないにもかかわらず,外国の裁判に基づき抗告人らを本件子らの法律上の親とすることに違和感があることは否定することができない。しかしながら,身分関係に関する外国裁判の承認については,かつては国際私法学者を中心に,民事訴訟法118条(旧民事訴訟法では200条)に定める要件のほか,法例が指定する準拠法上の要件も満たすべきであるとの議論がなされたが,下級審ながら多く裁判例や戸籍実務(昭和51年1月14日民2第289号法務省民事局長通達参照)では,身分関係に関する外国の裁判についても民事訴訟法118条に定める要件が満たされれば,これを承認するものとされており,この考え方は国際的な裁判秩序の安定に寄与するものであって,本件事案においてのみこれに従わない理由を見いだすことができない。そうすると,本件においても,外国裁判の承認の構造上,法例17条が指定する日本の民法を適用する余地はなく,上記違和感があるからといって,本件裁判が公序良俗に反するということができない。

 エ 以上のとおり,本件のような具体的事情のもとにおいて,本件裁判を承認することは実質的に公序良俗に反しないと認めることができる。

 オ 手続的公序について

 本件代理出産契約及び本件裁判は,本件子らの出生前の契約に関する裁判で,わが国の裁判体系にはないものであるため,手続的公序の問題が起こりうる可能性もある。

 しかし,代理出産により生まれる子の身分関係(親子関係)を早期に確定させる必要があるため,子が出生する前に裁判所の命令(実の両親の確定,出生証明書等の発行)を得なければならないのは,子の福祉に資するからにほかならない。さらに,本件裁判については,わが国の裁判類型にないとしても,上記で検討したように実質が公序良俗に反しないのであるから,この限りにおいては承認しうるものと解される。

(4) 本件裁判は,民事訴訟法118条1号の要件を具備しているか。

 間接的国際裁判管轄とは,日本法上外国裁判所が,国際裁判管轄(権)を有することをいい,これについては,わが国の承認管轄の規則に照らして,判決国(判決をした裁判所の所属する国)が管轄を有することが要求され,かつそれで足りると解される。

 前認定したところによれば,本件においては,本件代理出産契約の一方当事者であるEF夫妻がネバダ州に住み,その普通裁判籍はネバダ州にあるから,アメリカ合衆国が管轄権を有することは明らかであり,また,抗告人らが本件のネバダ州裁判所に申し立てている点や,本件子らがネバダ州において出生している点からも,本件裁判につき,間接的国際裁判管轄については問題とならない。

2 以上で検討したとおり,本件子らの場合は,上記各事情の条件のもとにおいては,本件裁判は外国裁判所の裁判に該当し,民事訴訟法118条所定の要件を満たすものであるから,同条の適用ないし類推適用により,承認の効果が生じることになり,承認される結果,本件子らは,抗告人らの子であると確認され,本件出生届出も受理されるべきである。

第4 結論

 よって,抗告人らの本件抗告は理由があるから,原審判を取り消し,品川区長に抗告人らが平成16年1月22日付けでした本件子らについての出生届の受理を命じることとして,主文のとおり決定する。

平成18年9月29日
東京高等裁判所第17民事部
裁判長裁判官 南敏文
裁判官 安藤裕子
裁判官 生野考司



2.「代理出産(代理母)による法律関係~東京都品川区長が許可抗告を申し立て」において、決定文の内容は大体明らかになっていますし、違った論理で説明も加えています。ここでは、この全文について、特に気づいた点を幾つかコメントします。


当裁判所の判断として、

 「本件では,本件裁判が存在するので,まず,本件裁判につき民事訴訟法118条の規定の適用ないし類推適用がされるかについて検討する。

…以上で検討したとおり,本件子らの場合は,上記各事情の条件のもとにおいては,本件裁判は外国裁判所の裁判に該当し,民事訴訟法118条所定の要件を満たすものであるから,同条の適用ないし類推適用により,承認の効果が生じることになり,承認される結果,本件子らは,抗告人らの子であると確認され,本件出生届出も受理されるべきである。」

と判示しています。
要するに、この事案について民事訴訟法118条を検討して、民事訴訟法118条所定の要件を満たすとしたのですから、民事訴訟法118条の適用・類推適用が問題となった事案であることが分かります。そして、118条の適用ないし類推適用により,外国判決の承認の効果が生じる結果、本件子らは,抗告人らの子であると確認され,本件出生届出も受理されるべきであるとしたわけです。


また、この決定文では、

本件のような生命倫理に関する問題につき,わが国の民法の解釈では抗告人らが本件子らの法律上の親とされないにもかかわらず,外国の裁判に基づき抗告人らを本件子らの法律上の親とすることに違和感があることは否定することができない。」

との疑問に対しても答えています

「身分関係に関する外国裁判の承認については,かつては国際私法学者を中心に,民事訴訟法118条……に定める要件のほか,法例が指定する準拠法上の要件も満たすべきであるとの議論がなされたが,下級審ながら多く裁判例や戸籍実務……では,身分関係に関する外国の裁判についても民事訴訟法118条に定める要件が満たされれば,これを承認するものとされており,この考え方は国際的な裁判秩序の安定に寄与するものであって,本件事案においてのみこれに従わない理由を見いだすことができない。そうすると,本件においても,外国裁判の承認の構造上,法例17条が指定する日本の民法を適用する余地はなく,上記違和感があるからといって,本件裁判が公序良俗に反するということができない。」


要するに、日本の民法の解釈と一致しない外国判決の内容であっても、民事訴訟法118条には日本法上の解釈で認められるものに限るとの条件はなく、国際的な裁判秩序の安定からすると、そういう条件を付加することも妥当でなく、118条3号の「公序」に反するという解釈もすべきではない日本の民法の解釈と一致せず、違和感のある裁判であるとしても、外国判決の承認制度を導入している以上、許容すべきものである、と。


決定文を全部読むと分かると思いますが、東京高裁決定は、日本で代理出産を認めるか否か(日本人夫婦が日本において代理出産契約を行い、代理出産者が日本にいる場合に、日本人夫婦と子とが実親子関係を肯定するかどうか)、を議論しているものではなく、まして、日本で代理出産を行うことを認めるとした結論を採用したものではないのです。

東京高裁決定は、あくまで、実親子関係を認めた外国裁判所の判決を承認してよいかを議論し、承認することを認めたというだけです。多くのブログや報道では、「日本で代理出産を認めるか否か」を盛んに議論していますが、この事案についてはそういった議論は間違いなのです。

法律的には、「日本での(日本法上の)代理出産の是非」という家族法(民法:親族相続法)の問題ではなく、日本法とネバダ州法が関係する渉外的(国際的)な法律関係をどう処理するかという、国際私法・国際民事訴訟法(国際民事手続法)の問題であるのです。分野の違う問題なのです。

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2006/10/12 [Thu] 04:43:39 » E d i t
東京都品川区長は10月10日、出生届を受理するよう命じた東京高裁決定を不服として、最高裁の判断を仰ぐための許可抗告を同高裁に申し立てたという報道がありました。この点についてコメントしたいと思います。


1.まずは新聞報道から。

(1) asahi.com(朝日新聞平成18年10月11日朝刊34面)

「母性とは、親子とは何か考えて」 代理出産の向井夫妻
2006年10月11日01時03分

 タレントの向井亜紀さん(41)夫妻が代理出産を依頼して生まれた双子(2)をめぐり、東京都品川区長は10日、出生届を受理するよう命じた東京高裁決定を不服として、最高裁の判断を仰ぐための許可抗告を同高裁に申し立てた。向井さんは同日夜、記者会見し、「抗告(申し立て)は予想していた。生殖補助医療が発達した今、もう一度母性とは何か、親子とは何かを考えてほしい」と話した。

向井さんは会見中、終始穏やかな表情。国内では公表しないままに代理出産が行われる例が多いことをふまえ「代理出産をあえてオープンにした場合に、日本の司法がどう答えてくれるかが知りたくて、裁判を起こした。最高裁で話し合われるのもいい勉強になると思っている」と話した。

 「母体を生殖の道具として使う行為」などとする懸念については「お金のためではなく、本当にボランティア精神からおなかを貸してくれる人もいる」と強調した。

 夫の高田延彦さんは最高裁の決定に向け「何が何でも(向井さんを)母親にしてくれという気持ちはさらさらない。子どもたちが成長した時に、きちんと説明できるような議論をして、子どもが幸せになれる結果を望むばかりだ」と話した。」



(2) 日刊スポーツ(平成18年10月11日付26面)

向井亜紀、役所書類は「母」
 
 東京都品川区は10日、タレント向井亜紀(41)と元プロレスラー高田延彦氏(44=PRIDE統括部長)夫妻が代理出産でもうけた双子の男児(2)の出生届受理を命じた先月29日の東京高裁決定を不服として、最高裁への許可抗告を申し立てた。これを受け夫妻は高裁決定後、初めて会見。高裁決定に「真正面から取り組み理解していただいた」と感謝した上で「最高裁には2人の子どもたちの幸せを考える決定をしてほしい」と訴えた。

 夫妻は弁護士2人を伴い会見場に現れた。弁護士が東京高裁の決定内容を説明した後、慎重に言葉を選びながら質疑に応じた。

 高田 高裁決定にもろ手を挙げて喜んでいるわけではないが、真正面から今回の問題について取り組んでくれたことに感謝している。我々からアクションできる立場ではないので、あとは結果を待つしかない。

 向井 代理出産はどこかで誰かがやっていること。私はオープンにやった方がいいと思うので、日本の法律がそれに応えてくれるのを確かめるのは意味があると思う。

 代理母出産について日本の法律に規定はないが、法務省の見解は「日本では産んだ女性が母親」。そのため、法務省は夫妻の子として提出された出生届を不受理とした。高裁決定も民法の解釈論としては「高田夫妻は法律上の親とはいえない」としている。しかし、<1>米国裁判所が高田親子の子と認定した<2>向井は子供を産めない体である<3>代理母も金銭目的ではない、などを認定。「血縁関係は明らかで、親子と認めた米国の確定裁判を承認しても公序良俗に反しない。受理しないと法律的に受け入れる国がない状態が続く。子の福祉を優先すべき」と判断した。

 向井によると、先日、置引に遭い、子どもたちの健康保険証もなくしたという。「品川区役所で再発行を求める書類を書く際、続き柄を空欄で出したら、打ち出された書類は『母』になっていました。実務的には母にしてもらっている」と話した。裁判をする意味について2人は「役所はなぜ不受理なのか説明してくれない。子どもたちが大きくなったときに、きちんと理由を含めて説明してあげたい。説明できる判断なら期待した答えではなくとも納得する」と話した。

 子どもたちは元気いっぱいだ。高田は「親ばかですが、素直でかわいい」、向井も「レスラーになりたいと言ったら『わたしを倒してからいけ』と言います」と笑った。

[2006年10月11日7時59分 紙面から]


◆区長「司法に判断」

 最高裁への許可抗告手続を申し立てた品川区の浜野健区長は「子どもがほしいという向井さんの気持ちには動かされるものがあるが、医療の進歩に社会的コンセンサスが得られていない状況を考えると司法の最終判断に委ねたい」と述べた。また、長勢甚遠法相は「最高裁判例や学説のほとんどが日本では分娩(ぶんべん)で母子関係とする考え方で統一されているが、高裁決定はきちんとした判断があるように思えず、確定すると混乱する」との見解を示した。


◆許可抗告:高裁の決定や命令に不服

 民事裁判で高裁の決定や命令を不服として高裁の許可を得て最高裁に抗告すること。高裁は決定や命令に法令解釈の上で重要な事項を含むと認められる場合、抗告を許可しなければならない。最高裁は審理の上、明らかな法令違反があるときは、高裁決定などを破棄する。高裁の決定や命令に不服がある場合、旧民事訴訟法では憲法違反を理由とする特別抗告に限られていたが、改正法で許可抗告が新設された。」




2.日刊スポーツが今まで出てない「東京高裁決定の内容」に触れているので、朝日新聞や読売新聞の報道を併せると、これで大体、東京高裁決定の論理展開が判明できたと思います。

(1) まとめると次のような論理展開でしょう。

この代理出産による実親子関係の成立の成否の事案は、米ネバダ州裁判所が「向井さん夫妻が子供たちの血のつながった、そして法律上の父母と認められる」とする命令を出しているので、外国判決の承認(民事訴訟法118条)の問題として処理することになる。
          ↓
民事訴訟法118条の要件を検討すると、
・命令は「外国裁判所の確定判決」にあたるので、118条本文の要件は満たす。
・118条3号は「判決内容が公序に反しないこと」を要件とするが、民事訴訟法上、日本の基本的価値や秩序に混乱をもたらさないなどの条件を満たせば日本で承認される、との枠組みによるべき。
          ↓
この枠組みで具体的に検討する。
          ↓
判例上、分娩の事実で母子関係を決定するので、民法の解釈論としては、高田夫妻は法律上の親とはいえない。
          ↓
しかし、ここでの問題は民事訴訟法118条3号における「公序」に該当するかの問題である。118条3号の「公序」は、民法90条の「公序」より狭く、内国強行法規、例えば、物権、親族相続の規定に抵触する外国法でも、必ずしも118条3号の「公序」に反しない。
          ↓
(イ):民法制定時に想定されていないからといって、人為的操作による妊娠、出生すべてが法秩序に受け入れられない理由にはならない。現に、人工授精による妊娠については、当事者の意思を十分に尊重して確認する条件の下で、現行法制度の中で容認されている。
          ↓
(ロ):代理母とその夫は、代理出産した子との間での親子関係や養育を望んでいないから、このままでは、子らは法律的に受け入れるところがない状態が続く。他方で、向井夫婦は子らを出生直後から養育し、今後も実子として養育することを強く望んでいる。
したがって、日本において向井夫婦を法律的な親と認めることを優先すべき状況であり、向井夫婦に養育されることが最も子の福祉にかなう。
          ↓
(ハ):厚生労働省の審議会が代理母出産を禁止する理由として挙げた「人をもっぱら生殖の手段として扱うことの禁止」「安全性」「商業主義の排除」などのいずれにも、今回のケースは当てはまらないと判断できる。
          ↓
(ニ):現在、わが国では代理母契約について、禁止規定は存在せず、代理妊娠・出産を否定するような社会通念は確立されていない。
          ↓
(イ) 民法制定時に想定されていないような人為的操作による妊娠・出生すべてが日本の法秩序に反するわけではない
(ロ) この事案では日本での養育が子の福祉にかなう
(ハ) この事案は、厚生労働省の審議会が代理母出産を禁止する理由に反しない
(ニ) 日本法上禁止規定がなく社会通念に反しない
ことからすると、この事案において双子が向井夫妻の実子とすることは、日本の基本的価値や秩序に混乱をもたらすとはいえず、118条3号の「公序」に反しない。
          ↓
結論:夫妻と双子を実親子と認めた米国の確定裁判を承認すべきであるから、民事訴訟法118条により、出生届受理が妥当。


こうやって、東京高裁決定の論理を明らかにすると、妥当な論理展開・結論であると思います。



(2)東京高裁決定について、違った論理で説明してみます。

民事訴訟法118条3号の「公序則」は、例外的性質の規定ですから、その発動は慎重にされるべきと解されています(山田鐐一「国際私法」128頁)。日本法上の代理出産の肯否は議論中であって代理出産の禁止規定がなく、合法か違法か未定なのですから、118条3号の「公序」に反するとの判断は困難です。
代理出産の禁止規定がないのにもかかわらず、積極的に「公序則」に反すると判断することは、慎重であるべき公序則の発動にそぐわないからです。


東京高裁決定によると、結果として代理出産によっても実親子とした出生届を肯定することになりますが、母子関係は分娩の事実によるという「分娩主義」(最高裁昭和37年4月27日判決)と抵触します。これをどう説明すべきでしょうか?

日本民法上の親子関係は、「自然の血縁に基づいて法的親子関係が生じる実子と、養育の意思に基づいて成立する養子に分かれる」(二宮周平「家族法」157頁)とされています。血のつながりを求めるのが人間の本性ですから、血縁に基づくのが実子とされているのです。
そして、母子関係を分娩という事実によるとしていたのは、従来、分娩の事実で自然の血縁があることを客観的に証明できたからである(二宮周平「家族法」157頁)、と説明できます。

要するに、実親子関係(母子関係)の成立は血縁によるのが原則(「血縁主義」)であって、分娩の事実は血縁の証明手段にすぎないのですから、代理出産の場合のように血縁者と分娩者が一致しない場合には、血縁主義に従って血縁者を実親子と判断すべきであると考えます。生殖補助医療をすべて禁止することは不可能である以上、現実を踏まえた判断が必要だからです。

そうすると、向井夫妻の両方と双子との間に血縁関係が存在するのですから、外国判決の承認によって、双子を向井夫妻の実子と認めても、分娩主義に優先する「血縁主義」に反しない以上、日本の基本的価値や秩序に混乱をもたらすとはいえないでしょう。


このような論理からしても、東京高裁決定の結論は妥当であると判断できると考えます。



(3) なお、長勢甚遠法相のコメントには問題があります。長勢甚遠法相は

「最高裁判例や学説のほとんどが日本では分娩(ぶんべん)で母子関係とする考え方で統一されているが、高裁決定はきちんとした判断があるように思えず、確定すると混乱する」

との見解を示しました。
しかし、この問題は、東京高裁決定は外国判決の承認の問題として実親子関係を認めたのであって、日本法上の「分娩主義」を変更するものではないのです。 現に、東京高裁決定は「民法の解釈論としては、高田夫妻は法律上の親とはいえない」と判断しているのです。

また、外国判決の承認の問題において、判断を示した判例は東京高裁決定以外になく、学説としては「民事訴訟法118条が規定する外国判決承認制度によって、外国裁判所で決定された親子関係がわが国においてもそのまま承認される余地がある」(早川吉尚「ジュリスト123号」(2003年)40頁)とするものがあるくらいで、学説上、殆ど議論されていません。外国判決の承認の問題においては判例・学説上、統一された見解はないのです。

長勢甚遠法相のコメントは、外国判決の承認の問題であることを理解しない発言であって、妥当ではありません




3.向井さんは、国内では公表しないままに代理出産が行われる例が多いことをふまえ「代理出産をあえてオープンにした場合に、日本の司法がどう答えてくれるかが知りたくて、裁判を起こした」そうです。既に数百件以上、代理出産を行っている日本人夫婦が存在するのに、秘密裏にせざるを得ない状況にあることは不健全です。

向井夫妻が代理出産で子供をもうけたことをオープンにしたことで、訴訟になりました。多くの代理出産を行った夫婦、これから代理出産を行おうとしている夫婦を代表して、あえて訴訟を起こしたに等しいのですから、向井夫妻の行動は大変意義があると考えます。

個人的には東京高裁決定のまま維持されると考えますが、仮に最高裁において東京高裁決定の判断が否定されたとしても、代理出産を望む日本人夫婦がいなくなるとは考えられません。東京高裁決定の判断を否定しても、今まで通り、代理出産であることを役所に明らかにすることなく実子として届け出るだけなのです。東京高裁決定の判断を否定したところで、なんら問題解決にはならないのです。

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2006/10/08 [Sun] 17:52:29 » E d i t
10月2日午前10時(日本時間同日午後11時)ごろ、米東部ペンシルベニア州ランカスター郡ニッケルマインズにあるキリスト教の一派、アーミッシュ運営のウエスト・ニッケルマインズ小学校に男(32)が乱入し、女子児童ら5人が射殺された事件がありました(男は、警察当局の見方によると、女児らを監禁し性的暴行を加えることが襲撃目的だったが、警察が突入する前に銃で自殺。負傷した別の5人は依然として重体もしくは危篤状態(米国 7日 AFPより)。)。
6歳から13歳までの全児童が一つの教室で授業を受けていたのですが、米メディアが6日報じたところによると、この事件で、死亡した13歳の少女が「私から撃って。ほかの子は解放して」と男に告げていたことが分かったそうです。この報道について、コメントしたいと思います。


1.この報道については、共同通信、読売新聞10月8日付朝刊:年下かばい「私を撃って!」…アーミッシュ校射殺事件)、毎日新聞10月7日付夕刊:米ペンシルベニアの銃乱射:被弾の13歳少女「私を撃って、他の子は解放して」)、東京新聞10月7日付HPのみ:「私を撃って」と犠牲少女 アーミッシュに驚き)、スポーツ紙(日刊スポーツ10月8日付:「私から撃って」と犠牲少女、全米で驚き)、スポニチ)も報道しています。ここでは、2つの記事が良い記事なので、そちらを引用します。

(1) 朝日新聞平成18年10月7日付土曜日夕刊14面

少女『私から撃って』 容疑者家族に『許し』 
 アーミッシュ流にメディア驚嘆

 【ニューヨーク=江木慎吾】米ペンシルベニア州にあるアーミッシュ=キーワード=の学校で撃たれて死亡した5人の女児の埋葬が6日、終わった。暴力を排して生きるアーミッシュの人たちは、理由なき暴力に巻き込まれた直後から、許しをもって容疑者の家族に接した。その対応ふりに、米メディアは驚きの目をもって報道を続けている。

 『私から撃ってください』。亡くなった中で最年長だったマリアン・フィッシャーさん(13)は、教室に残された10人の女児を容疑者が撃つつもりだとわかったとき、そう進み出た。マリアンさんの妹で、病院で意識を回復したバービーさん(11)の話を聞いた人の話として、複数のメディアが伝えている。バービーさんも『その次は私を』と続けたという。2人は、より小さな子どもたちを助けたい一心だったという。

 亡くなった中には、13歳、12歳とともに8歳と2人の7歳も含まれている。州警察の発表によると、乱射後に自殺したアーミッシュとは関係のない容疑者の男(32)は、長い木材にちょうど10人を縛り付ける金具を用意していた。最初から女児10人だけを人質にとるつもりだったらしい。警察にすぐに包囲されて状況が一変。入院している5人の女児のうち、1人は依然、重篤だという。

 容疑者の家族は、アーミッシュの一員ではないものの、地域に住んでいる。アーミッシュの人たちはこの家族を事件の夜から訪ねて許しを表明し、手をさしのべたと伝えられる。容疑者の家族は現地の主教を通じて被害者の家族への面会を求め、遺族の一部は容疑者の家族を子どもの葬儀に招いたという。

 アーミッシュの社会は現代的な暮らしや暴力を拝し、死後の世界への強い信仰をもっているとされる。一般に『力』が信奉される米国で、悲嘆にくれる中にも暴力を許して包み込む生き方に、米メディアは『慈悲の深さは理解を超える』『女の子の驚くべき勇気』などとして報道している。

<キーワード>
アーミッシュ:キリスト教メノー派に属するスイス人ヤコブ・アマンが17世紀に始めた宗派で、18世紀に米国に伝わったとされる。聖書を厳格に解釈し、現代的な暮らしや暴力を否定する。男性は幅広の帽子をかぶって長いひげを生やし、女性は頭髪を隠して黒い靴を履くのが基本。馬車に乗り、電気製品も使わない。ペンシルベニア・ダッチと呼ばれる独自の言語を持ち、子供への教育も主に自分たちで行う。ペンシルベニア州やオハイオ州などに十数万人が住んでいるとされる。」



(2) Christian Today(クリスチャントゥデイ)(2006年10月05日 12時34分)

アーミッシュ社会が怒りではなく赦しを表明
2006年10月05日 12時34分

 先日米ペンシルバニア州ランカスター郡で起きたアーミッシュ(メノナイト系プロテスタント)学校の女子児童5人が銃で殺害された事件に関して、アーミッシュ共同体が犯人への赦しを表明したことが明らかになった。

 刑事の取調べに対して平和主義者として知られるアーミッシュの住民は悲しく残念であるが怒りは無いと語っているという。英クリスチャントゥデイが報じた。

 ランカスター郡に居住する引退農夫のヘンリー・フィッシャーさんは「怒りは私達の手段ではありません。怒りは無意味です」と述べた。

 彼は「車、テレビ、クレジットカードのないアーミッシュのライフスタイルは、次の代の者に謙遜な人生を歩ませるための、より平和な生活なのです」という。

 フィッシャーさんは異常な事故だとして今回の事故を機に鍵などの保安を施すことは考えていないという。フラン・ベイラーさんは「アーミッシュの共同体は疑いを持たず外部から銃で襲撃することなど考えない」「私達は赦したい。そのように育ってきましたから。『善をもって悪に答えよ』と」と語った。

 同地区のアーミッシュの住民マリー・ロバーツさんはロイターの取材に対して「子ども達は学校に戻り、困難なときをすごすでしょう。しかし教会や(アーミッシュの)皆は子ども達の心の大きな助けとなり、その傷に打ち勝つことができると思います」と語った。 

 AP通信によると事件後これまで3つの礼拝が捧げられており、合計1650人が参加。ペンシルバニア州のアーミッシュ教徒、非アーミッシュの教徒が教派を超えて神に祈りを捧げた。


<投稿>
[とあるクリスチャン] 2006-10-08 削除 | 修正 | 返事を書く

実に感慨深いニュースですね。世の中の対応では考えられない、アミッシュ社会の聖書に根ざした対応。このような共同体がもっとメディアでとりあげられることで、地の塩として、世俗にまみれた社会に大きな影響を与えると思います。」




2.12、13歳にして「私から撃って下さい」と言ったそうです。自分が13歳だったとき、自分の子供が13歳のとき、今の日本人の13歳はどうでしょうか? 宗教を信仰している13歳の日本人もどうでしょうか? 

「より小さな子どもたちを助けたい一心」で、こういった自己犠牲精神・勇気を行動にすることができる(できた)でしょうか? アーミッシュという宗教心に基づくのだとしても、ここまで暴力を否定する「強さ」は、到底できることではないと感じます。


もう1つ驚かされるのは、「アーミッシュ共同体が犯人への赦しを表明したこと」です。
「アーミッシュの人たちはこの家族を事件の夜から訪ねて許しを表明し、手をさしのべた」ばかりか、「遺族の一部は容疑者の家族を子どもの葬儀に招いた」のです。

この事件があっても、「鍵などの保安を施すことは考えていない」そうですし、アーミッシュのフラン・ベイラーさんは「アーミッシュの共同体は疑いを持たず外部から銃で襲撃することなど考えない」「私達は赦したい。そのように育ってきましたから。『善をもって悪に答えよ』と」と語った。そうです。

「私達は赦したい、善をもって悪に答えよ」とまで言って、犯人と犯人の家族を赦すのです。ここまで、徹底した赦し・慈悲の深さを表すことができるでしょうか? 自問自答してみて下さい。 自分はこういった慈悲の深さを表すことができるのだろうか、と。


この記事に対して、[とあるクリスチャン](2006-10-08)さんは、「このような共同体がもっとメディアでとりあげられることで、地の塩として、世俗にまみれた社会に大きな影響を与える」と書いています。

地の塩とは、〔マタイ福音書五章「汝らは地の塩なり。…汝らは世の光なり」から〕塩が食物の腐るのを防ぐことから、少数派であっても批判的精神をもって生きる人をたとえていう語を言います(三省堂「大辞林 第二版」より)

私たちは、暴力に対して復讐することに傾きがちです。それも、犯人に対する復讐ばかりか、犯人の家族に対しても嫌がらせなど復讐の矛先を向けてしまう人たちも少なくありません。

今回のアーミッシュの人たちの行動を「地の塩」として、自分の考えを思い直してみるべきだと思います。




3.刑事司法(法律)の分野においても、犯人への復讐・応報への反省がなされ始めています。これはいわゆる「修復的司法」のことです。

 「修復的司法は、応報的司法の対抗軸として登場しました。すなわち、応報的司法は、犯罪を、刑罰法規の違反と把握し、刑事司法を、国と加害者との勝ち負けにおいて刑罰を決定するシステムであるのに対して、修復的司法は、犯罪を、人々およびその関係の侵害と把握し、被害者、加害者、地域社会が関与して、それぞれの修復・回復をめざすシステムを探求するものです。修復的司法は、具体的な方法やプログラムを示すものではなく、一定のアプローチ、「ものの見方」を示すものです。応報的司法は、「どの法律に違反したのか」「誰がそれを行ったのか」「加害者はどのような報いを受けるべきか」という点を重視するのに対して、修復的司法は、「誰が傷ついたのか」「彼らは何を必要としているのか」「誰の義務であり責任であるのか」「この状況の利害関係者は誰なのか」「解決策を見つけるために利害関係者が関与できる手続はどのようなものか」という点を重視するわけです。

 修復的司法は、被害者・加害者・地域社会の3者によって犯罪を解決するのが純粋型といえますが、「犯罪によって生じた害を修復することによって司法の実現を目指す一切の活動である」と広く解することができると思います。したがって、被害者の支援、加害者の援助、地域社会の再生なども、修復的司法の考え方に基づくものです。また、修復的司法の射程距離は、たとえば、ドメスティック・バイオレンスや「いじめ」の問題などから国際紛争の問題にまで広い範囲に及びますし、犯罪の事後的な処理のみならず、犯罪の事前的な予防にも有効であるように思います。

…いずれにせよ、修復的司法の考え方は、伝統的な犯罪の理解、刑罰の理解、刑事司法の理解に対する重大な挑戦であります。修復的司法の考え方は、国はいかなる理由で刑罰を科すのか、その際、国はどのような目的を追求できるのか、そのような刑罰の目的を達成するためにいかなる条件が必要なのかなどの根本的な問題を提起しています。」(オピニオン:修復的司法の可能性:早稲田大学教授・高橋則夫)」



犯人を処罰しただけでは、被害者は救済されませんし、犯人が出所した後、受け入れる地域社会の受け入れ態勢ができていないことから、「修復的司法」が主張されています。刑事司法の分野においても、「伝統的な犯罪の理解、刑罰の理解、刑事司法の理解に対する重大な挑戦」を始めています。

今回のアーミッシュの人たちの行動を契機として、復讐から脱却し、赦しの道を考えてみるべきではないかと思います。



<追記>

CNNの報道(2006.10.08 Web posted at: 16:21 JST- CNN/AP)から。

自殺したアーミッシュ学校襲撃犯、葬儀営まれる

米ペンシルベニア州ジョージタウン──当地周辺で暮らすキリスト教プロテスタントの一派、アーミッシュの学校を襲撃し、児童5人を殺傷した後に自殺したチャールズ・カール・ロバーツ4世容疑者(32)の葬儀が7日営まれ、アーミッシュらも参列した。

容疑者の遺体は妻や子ども3人が付き添うなか、9年前に死亡した娘の墓のそばに埋葬された。容疑者は娘の死にとらわれていたとみられる。

葬儀の参列者75人前後の約半数はアーミッシュだった。コロラド州の消防署付き牧師ブルース・ポーター氏によると、アーミッシュらは容疑者の遺族に心からの許しを表明し、容疑者の妻も深く感動していたという。

アーミッシュらはこの日午後会合を開き、事件現場の学校や学年度の処理について協議した。会合では校舎新築を求める意見が圧倒的多数を占めたが、地元消防当局者は同じ敷地内に新校舎が建てられる可能性は低いとしている。」


アーミッシュの人たちの「赦し」は徹底していますね。葬儀の参列者75人前後の約半数はアーミッシュだったのですから。

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2006/10/06 [Fri] 19:31:09 » E d i t
向井夫妻の代理母問題について、法務省は最高裁に抗告するよう東京都品川区に指示する方針との報道がありました。これについてコメントします。

1.東京新聞のHP(平成18年10月6日)

法務省指示で最高裁抗告へ  出生届受理命令の品川区
 
 タレント向井亜紀さん(41)と元プロレスラー高田延彦さん(44)夫妻が米国人女性に代理出産を依頼して生まれた双子の男児をめぐり、東京都品川区に出生届の受理を命じた東京高裁決定を不服として、法務省は5日、最高裁に抗告するよう同区に指示する方針を固めた。

 当事者は品川区だが、戸籍法は戸籍事務の処理に関して必要がある場合は、法務省側が市区町村に指示できると規定しており、同区は従うとみられる。

 関係者によると、法務省は出産した女性だけを母親とする立場を堅持しており、検討の結果、最高裁の判断を仰ぐ必要があるとの結論に達した。憲法違反などの特別抗告理由が見当たらないため、法令解釈上の重要な問題が含まれていると高裁が認めた場合に許される「許可抗告」の形を取ることになる。

 品川区は期限の10日までに手続きをする。

 9月29日の東京高裁決定は「日本で夫妻の子と認められないと、双子は法律的に受け入れる国がない状態が続く。夫妻と双子を親子と認めた米国の確定裁判を承認しても公序良俗に反する要素は見当たらず、子の福祉を優先すべきだ」と判断した。

 決定によると、がんで子宮を摘出した向井さんは米国人女性に代理出産を依頼、2003年に双子が生まれた。出生地の米ネバダ州は現地裁判所の命令を得て、双子を夫妻の子とする出生証明書を発行。夫妻は品川区に出生届を提出したが不受理となり、不受理処分の取り消しを求めた家事審判で東京家裁は昨年11月、申し立てを却下。夫妻が東京高裁に即時抗告した。

(共同)
(2006年10月06日 02時01分)」



2.本題に入る前に。
この共同通信の記事は、東京高裁決定を正しく引用していますので、大変良いと思います。

この事案は、「出生地の米ネバダ州は現地裁判所の命令を得て、双子を夫妻の子とする出生証明書を発行」したとしていて、双子と夫妻の親子関係の成立のために、ネバダ州裁判所の命令があることを明示しています。

そして、「9月29日の東京高裁決定は『日本で夫妻の子と認められないと、双子は法律的に受け入れる国がない状態が続く。夫妻と双子を親子と認めた米国の確定裁判を承認しても公序良俗に反する要素は見当たらず、子の福祉を優先すべきだ』と判断した」と決定をまとめていて、この事案が外国判決の承認の問題(国際民事訴訟法の問題)であることが分かります。

このように、日米の法律に関わる親子関係の成立の問題について、国際私法上で解決する問題(どの国の法で親子関係を決定するのか)ではなく、また、日本民法上、代理出産(代理懐胎)の是非を問題にしているわけではないことが分かります。

今国会においても、この問題について民主党の枝野議員が質問をしていて、法務大臣は「米国の裁判所で確定した裁判の効力を我が国で認めるかという事案と承知している」という趣旨の答えをしているので、法務省も正しく理解していることが分かります。

なお、追記で取り上げておきますが、東京高裁決定について、毎日新聞は正しく理解していますが、読売新聞は正しく理解していません。




3.さて本題です。

(1) どうやら、「憲法違反などの特別抗告理由が見当たらない」ので、「法令解釈上の重要な問題が含まれていると高裁が認めた場合に許される『許可抗告』を行うようです。

「代理出産(代理母)による法律関係~東京都品川区は最高裁へ抗告検討(東京新聞10月3日付)」で触れたように、許可抗告が認められるのかどうか、微妙な感じはします。9月29日の東京高裁決定は、外国判決の承認として論じたのであって、日本法民法上の解釈として代理母の是非を論じたのではないから、日本民法上の解釈(母子関係の成立は分娩の事実による)との不一致という問題は生じていないからです。

日本民法上の解釈上(最高裁昭和37年4月27日判決・民集第16巻7号1247頁)も、はたしてどうでしょうか? 日本民法の解釈は、この判例に依拠しています(二宮周平「家族法」172頁参照)。

「主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         
理    由
 上告代理人敦沢八郎の上告理由について。
 被上告人が上告人を分娩した旨の原審(その引用する第一審判決)の事実認定は、その挙示する証拠に徴し、首肯するに足り、これに所論のような違法は認められない。所論は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を争うこ帰し、採用するをえない。
 なお、附言するに、母とその非嫡出子との間の親子関係は、原則として、母の認知を俟たず、分娩の事実により当然発生すると解するのが相当であるから、被上告人が上告人を認知した事実を確定することなく、その分娩の事実を認定したのみで、その間に親子関係の存在を認めた原判決は正当である。
 よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    池   田       克
            裁判官    河   村   大   助
            裁判官    奥   野   健   一
            裁判官    山   田   作 之 助」


このように、母子関係の成立は「原則として、母の認知を俟たず、分娩の事実により当然発生する」として、元々、例外を認めているのですから、分娩の事実以外でも母子関係を認められると解釈できるのです。
そうすると、東京高裁決定は、日本民法上の解釈としても、不一致はないと考えることが可能です。
追記:「母子関係の成立は分娩の事実により発生する」というのは解釈であって、明文であって変更可能です)


もし「許可抗告」が認められた場合、最高裁が外国判決の承認の問題ついて判断を示すことになるはずですし、その際に、日本民法上、代理母(懐胎母)問題についても判断を示して欲しいものです。もっとも、外国判決の承認の問題とした場合には、日本民法上の代理母(懐胎母)の是非は、傍論としての判断となります。



(2) もし最高裁が外国判決の承認の問題とした場合には、外国判決の承認の問題として論じた東京高裁平成18年9月29日決定(南敏文裁判長)が正しく、外国判決の承認の問題とせずに論じた大阪高裁平成17年5月20日決定(田中壯太裁判長)は間違っていたことがはっきりします。

もっとも、東京高裁決定と大阪高裁決定ともに、州裁判所の命令がある事案(東京高裁ではネバダ州裁判所、大阪高裁ではカリフォルニア州裁判所)でしたから(「代理出産(代理母)による法律関係~東京都品川区は最高裁へ抗告検討(東京新聞10月3日付)」も参照)、外国判決の承認の問題とする方が正しいと考えています。
上でも取り上げましたが、法務省も外国判決の承認の問題であると理解しているのですから、東京高裁決定と大阪高裁決定のどちらが間違っているのかは確実ですが……。

東京都品川区が最高裁へ抗告した場合、最高裁はどういう論理で判断するのか、外国判決の承認の問題として論じるかどうか、大変注目しています。




4.この事案に限らず、一般論として、国際的な法律関係に関する裁判例については、国際民事訴訟法を含め国際私法の問題があることを失念し、あるいは国際私法の理解を間違えたものが(新聞報道されないものを含め)かなり多いのです。学生時代、国際私法学者(数名)がよく嘆いていたことを思い出しました。
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2006/10/05 [Thu] 22:39:17 » E d i t
タレントの向井亜紀さん、元プロレスラーの高田延彦さん夫妻と、米国で代理出産によって生まれた双子との間の親子関係を認め、出生届を受理するよう命じた9月29日の東京高裁決定について、法務省は、今回の決定に対し最高裁への特別抗告や許可抗告も検討しているようです。この点についてコメントしてみたいと思います。


1.東京新聞(平成18年10月3日付夕刊10面)

代理出産認める高裁決定  最高裁へ抗告検討

 タレントの向井亜紀さん(41)夫妻が米国人女性に依頼し代理出産で生まれた双子の出生届受理を東京都品川区に命じた東京高裁決定を受け、長勢甚遠法相は三日、「なお問題が残っている」と述べ、最高裁への抗告を視野に品川区と協議を進める考えを示した。

 長勢法相は「わが国では、母子関係は分娩(ぶんべん)の事実により発生するという考えで今日までやっている」と説明。向井さん夫妻のケースについて「従来の考えとはぴったりではないので検討する余地がある」と述べた。

 最高裁に不服を申し立てる場合、決定に法令解釈に関する重要な事実が含まれている場合には許可抗告が、憲法に関する事実が含まれている場合には特別抗告がある。

 品川区は法務省と協議し、どちらの抗告にするか決定するが、許可抗告を選択するとみられる。その場合、東京高裁の許可決定が必要になる。

 九月二十九日付の東京高裁決定は「夫妻と双子には血縁関係があり、親子と認めるネバダ州の裁判所の命令が確定している。子の福祉を優先し、州の確定裁判を承認しても公序良俗に反しない」との判断を示した。

 品川区広報広聴課は「出生届の取り扱いで疑義がある場合には法務省の指示に従う義務があり、抗告するかどうかは指示がないのでコメントできない」としている。」




2.この記事によると、「わが国では、母子関係は分娩(ぶんべん)の事実により発生するという考えで今日までやっている」ので、向井さん夫妻のケースについて「従来の考えとはぴったりではないので検討する余地がある」そうです。
これは、母子関係は「原則として、母の認知を待たず、分娩の事実により当然に発生する」(最高裁昭和37年4月27日判決)という判例があるため、従来の法令解釈と一致しないので、決定に法令解釈に関する重要な事実が含まれている場合であるとして「許可抗告」を選択して、抗告するようだということです。

これに対して、9月29日の東京高裁決定は「夫妻と双子には血縁関係があり、親子と認めるネバダ州の裁判所の命令が確定している。子の福祉を優先し、州の確定裁判を承認しても公序良俗に反しない」との判断を示したのです。要するに、ネバダ州の裁判所の命令(裁判)を承認(民事訴訟法118条)した結果、出生届を受理するよう命じたわけです。

日本法は、外国判決の承認を許す以上、日本法の適用と違う結果を認めることは織り込み済みなのですから(「代理出産(代理母)による法律関係~向井夫妻の双子代理出産につき出生届を認める(東京高裁平成18年9月29日決定)」参照)、承認した結果、「わが国では、母子関係は分娩の事実により発生するという考え」と違う結果となっても、おかしくないのです。

「現在、わが国では代理母契約について、明らかにこれを禁止する規定は存在しないし、代理妊娠を否定するだけの社会通念が確立されているとも言えない」(東京高裁決定要旨)のですから、日本法上、代理出産の是非は未確定な現状なのです。代理出産を法的に禁止しているわけでなく、未確定なのに、外国裁判所の代理出産による親子関係の成立を受け入れることを公序良俗に反する(民訴法118条3号)と断じることは難しいはずです。

繰り返しますが、外国判決承認制度を認めている以上、承認の結果と、日本法の解釈とでずれが生じるのはおかしくないのですから、「許可抗告」が認められるのかどうか、微妙な感じがします。




3.問題となるのは、代理出産により産まれた子供と代理出産依頼夫婦との間における親子関係の成立を否定した判例(大阪高裁平成17年5月20日決定と、その決定を「是認できる」とした最高裁平成17年11月24日決定)との整合性です。


(1) この整合性を検討する前に、米国において代理出産を認める州での、代理出産の場合の親子関係の成立方法について確認しておきます。 「代理母ドットコム」「出産前の法的手続き」によると、カリフォルニア州における代理出産の場合の親子関係の成立方法が分かります。

「●法的手続きのプロセス(Pre-Birth Order)

 a.依頼者の弁護士(甲)が提出書類を作成し、代理母側の弁護士に確認してもらいます。
 b.確認ができた後、依頼者、代理母双方がその提出書類にサインします。
 c.弁護士(甲)がカリフォルニア州裁判所に出向き、判事にその書類を提出します。
 d.提出書類を受け取った判事は、その書類を確認したうえで、その後 Court Order である Pre-Birth Order(命令書)を出します。
 e.依頼者は、その Court Order を弁護士(甲)から、出産以前に受け取ります。
 f.依頼者は、その Court Order を代理母が出産する病院の事務担当者に渡します。
 g.その書類に従って、法的に子供の両親が決定します。
 担当の産婦人科医は、 Court Order に従って産まれた赤ちゃんの Birth Certificate(出産証明書)をその地区(郡)の役所に提出します。

●備考

 ・法的手続きのプロセスは、弁護士(甲)が全て行ないますので、依頼者は出向く必要はありません。
 ・出生証明書(Birth Certificate)
  アメリカで出産すると、出産に関わった医者が、出生証明書(Birth Cerfiticate)というものを発行し、その地区(郡)の役所に届けます。
  この証明書には、母親の名前と父親の名前を書く欄があります。
  カリフォルニア州に限っては、母親の名前の欄は、出産した代理母ではなく、依頼した女性の名前になります。
  これは、弁護士が前もってカリフォルニア州裁判所判事のその旨の命令書をもらい、担当の産婦人科医にその書類を出産時に渡すのです。
  産婦人科医は、判事の命令に従って、出生証明書を書き、郡役所に提出します。
  その後、依頼者(ご両親)が郡役所に子供の正式な出生証明書を発行してもらいます。
  そして、日本の区役所あるいは市役所に行き、その出生証明書と共に、子供の出生届を出します。
  そうすれば、子供を自動的に自分の戸籍に入れることができるのです。
  誰にも知られずに自分で産んだように子供を戸籍に載せることが可能なわけです。ですから養子縁組は不要になります。
  この点でカリフォルニア州は代理出産に関して法律が確立された州といわれるのです。」



引用した記述からすると、産婦人科医が出生証明書(Birth Cerfiticate)を郡役所に提出し、郡役所が子供の正式な出生証明書を発行した時点、あるいは、日本の区役所あるいは市役所に行き、その出生証明書と共に、子供の出生届を出した時点で、親子関係が成立したようにも見えます

しかし、カリフォルニア州裁判所に出向き、判事にその書類を提出し、提出書類を受け取った判事は、その書類を確認したうえで、その後 Court Order である Pre-Birth Order(命令書)を出し、「その書類に従って、法的に子供の両親が決定する」わけです。要するに、カリフォルニア州では代理出産の場合の親子関係の成立については、州裁判所の命令で決定されるのです。

もっとも、代理母契約で親子関係は成立し、州裁判所の命令は争いを避けるために確認したにすぎないとの解釈も可能です。しかし、身分関係の形成の問題ですから、契約だけで親子関係を確定すべきでなく、分娩者と卵子提供者という2人の母親がいるという法的構成もあり得るので、裁判所の命令は親子関係の成立に不可欠な要件であると考えます。

なお、日本民法では、出生の事実で親子関係が成立し、出生届は報告的届出の性質です。戸籍の届出は、報告的届出と創設的届出に分類できますが、報告的届出とは、出生、裁判認知、調停離婚、死亡などのように、既に法的効果の発生した事項を報告するためにする届出であり、他方で、創設的届出とは、婚姻、協議離婚、養子縁組、協議離縁、任意認知、婚姻関係の終了のように、届出の受理によって初めて身分上の効果が発生する届出です(遠藤=川井他編「民法(8)〔第4版増補補訂版〕24頁)。

このように、出生証明書(Birth Cerfiticate)も出生届も、親子関係の成立要件ではないわけです。


なぜ、代理出産の場合の親子関係の成立について、裁判所の命令によるのか否かを気にするのかと言うと、処理が異なってくるからです。

<1>裁判所の命令によって親子関係が成立する法制度の場合には、外国判決の承認の問題であり、すなわち、国際民事訴訟法の問題として民訴法118条の要件を検討することになるのです。
<2>これに対して、裁判所の命令ではなく、分娩の事実や卵子提供者が誰かによって親子関係が成立する法制度の場合には、国際私法上の問題として、国際私法の立場から「親」の候補者を確定して、その上で、当該「親」候補者と当該子の親子関係の存否を、原則として、当該「親」の本国法で決定することになる(法例17条、18条)。すなわち、国際私法上の問題として、法例17条、18条を適用して処理することになるのです。

この点を指摘した文献を引用しておきます。

 「諸外国の中には、生殖補助医療の結果として生ずる親子関係の成立につき、裁判所の決定によらしめている国もある。そのような外国裁判所の決定が存在する場合には、わが国の国際私法上の取扱いを検討するまでもなく、民事訴訟法118条が規定する外国判決承認制度によって、外国裁判所で決定された親子関係がわが国においてもそのまま承認される余地があることについては付言する必要があろう。」(立教大学助教授・早川吉尚「国境を越える生殖補助医療―国際私法の観点から」ジュリスト1243号(2003年)40頁)



(2) 現在(平成17年1月の調査)における米国の法規制状況について取り上げておきます。 

 「代理懐胎に関する法律は、出産する州の法律に依拠し、また、代理懐胎契約が合法か違法かはその州の法律の法解釈に左右される場合がある。法規制の傾向としては、代理懐胎契約を無効とする州(ユタ州など)、商業的代理懐胎契約を無効ないし犯罪とする州(ニューヨーク州、ワシントン州など)、代理懐胎契約を有効とする州(カリフォルニア州[判例法]、バージニア州[裁判所の承認が必要]など)、代理懐胎を合法とも違法ともしていない州(ミネソタ州などのほとんどの州)に分類することができる。」(梅澤 彩「代理懐胎の現状とその課題-代理懐胎契約と子の法的地位に関する検討を中心に-」PDF


もう少し具体的な州を挙げておくと、

 「代理出産契約を有効とする制定法を有する州として、例えば、アーカンソー、フロリダ、イリノイ、ネヴァダ、ニューハンプシャー、テキサス、ヴァージニア、ワシントン、ウェスト・ヴァージニアが挙げられる…。このうち、ネヴァダ、ニューハンプシャー、ワシントン、ウェスト・ヴァージニアの各州は、報酬や対価を求める代理出産契約の締結を禁じている。また、アーカンソー、ネヴァダ、ニューハンプシャー、テキサス、ヴァージニア、ワシントンの各州は、明文規定を以て、親となる意思を有する者を親としているが、ヴァージニア州は場合によっては遺伝上のつながりを有する者を親とする。

 反対に、代理出産契約を無効とする制定法を有する州は、アリゾナ、コロンビア特別区、インディアナ、ケンタッキー、ルイジアナ、ミシガン、ネブラスカ、ニューヨーク、ノース・ダコタ、ユタなどである。そして、コロンビア特別区、ミシガン州、ニューヨーク州のように刑罰を以てこれを禁ずる州もあれば、刑罰を科さない州も存する。もっとも、これらの法状況は固定的なものではなく、刻々と変わる可能性があることに注意しなければならない……。」(北海学園大学法学部教授・織田有基子「アメリカにおける代理出産と母子関係」PDF


このように、米国では、代理出産契約を有効とする制定法を有する州としては9州があるように、かなり代理出産を許容している傾向にあること、ミネソタ州などのほとんどの州は代理懐胎を合法とも違法ともしていないことから、米国の多くの州では、日本法と同様に、合法か違法かの規定がないというわけです。
10月8日追記制定法あるいは判例法で代理母契約を有効としているのは14州ある。アラバマ、アーカンソー、フロリダ、イリノイ、アイオワ、ネバダ、ニューハンプシャー、テネシー、テキサス、ヴァージニア、ワシントン、ウェスト・ヴァージニア、ウィスコンシン、カリフォルニア州である。判例タイムズ1100号118頁参照)



(3) では、本題である「整合性」について検討します。

最高裁平成17年11月24日決定の事案は、50代の夫婦は、国内で不妊治療を試みたが妊娠しなかったため、夫の精子を凍結保存し、平成14年4月、アジア系米国人女性Bから提供された卵子を使って体外受精し、受精卵は「代理母」となる別の米国人女性Aの子宮に移され、同年10月に双子が生まれたという事案です。

親子関係の成立手続について、平成17年の最高裁決定は「是認できる」くらいしか判断をしていないので、平成17年5月20日の大阪高裁決定の判示(判例時報1919号(平成18年4月11日号)107頁)から引用してみます。

 「抗告人らは、平成14年9月15日、A及びその夫を被告として、カリフォルニア州ロサンゼルス郡高等裁判所に、上記受精卵より生まれてくる子と父子関係と母子関係の確認を求める訴えを提起したところ、同裁判所は、同年10月7日、抗告人太郎は上記子らの法的なそして遺伝学的な父親であり、抗告人花子は上記子らの法的な母親であるとする旨の判決を言い渡し、同判決において、上記子らの出生に責任がある医師、病院、公的登録機関に対し、その作成する出生証明書に抗告人らが父母である旨の記載をするように命じた。」


要するに、カリフォルニア州における代理出産における親子関係の成立については、州裁判所の命令が必要であり、この50代の夫婦も、州裁判所の命令を得たわけです。そうすると、この50代の夫婦の事例においても、外国判決の承認の問題、すなわち国際民事訴訟法の問題として処理すべき事例であったはずです。

では、引き続き平成17年の大阪高裁決定の判示から引用してみます。

「(1) 抗告人らの本件原申立ては、明石市長に対し本件出生届の受理を求めるものであるが、その内容としては、抗告人花子と本件子らとの間の母子関係(実親子関係)の有無を問題とするものであり、上記の事実関係からみて、この問題については、渉外私法的法律関係を含むことが明らかであるから、この点に関する準拠法に関連して検討を加える。

 (2) 抗告人らは、婚姻した夫婦であるから、抗告人花子と本件子らとの親子関係の存否は、まず、法例17条1項で定まる準拠法により嫡出親子関係の成立の有無を検討すべきである。

 同項は、夫婦の一方の本国法で子の出生当時におけるものにより子が嫡出とされるときは、その子は嫡出子とする旨規定する。

 本件では、抗告人花子及びその夫の抗告人太郎の本国法は、いずれも日本法であり、日本においては、後述のとおり、本件子らを分娩していない抗告人花子をその母と認めることができないから、本件子らは、抗告人ら夫婦の嫡出子と認めることはできない。また、米国人の分娩者夫婦(A夫婦)や卵子提供者夫婦(B夫婦)と本件子らとの親子関係についても、これら分娩者夫婦や卵子提供者夫婦の居住する米国カリフォルニア州においては、同人らの本国法である同州法に基づく同州ロサンゼルス郡高等裁判所の判決により、本件子らの法的な母は、抗告人花子であるとされていることは前記のとおりであるから、同州法の下においては、本件子らは、上記分娩者夫婦や卵子提供者夫婦の嫡出子と認めることはできないものと解される。

 (3) 上記のとおり、法例17条1項で定められる準拠法によっては、嫡出親子関係の成立を肯定することができないから、同法例18条1項で定まる準拠法により、更に、親子関係の成立の有無を判断すべきである。」


外国判決の承認の問題、すなわち国際民事訴訟法の問題として民訴法118条で処理すべき事案であるのに、平成17年の大阪高裁決定は、国際私法の問題として法例17条、18条を適用して処理をしています。要するに、平成17年の大阪高裁決定は法適用を間違えたわけです。

法適用を間違えた決定であっても、平成17年の最高裁決定は大阪高裁決定の結論だけは「是認できる」と考えて、「是認できる」と判示したのだと思います。もちろん、法適用を間違えた決定ですから、高裁決定の論理を含めて「正当である」の判断はできなかったのでしょう。

平成17年の最高裁決定は、法適用を間違えた決定を前提としたものですから、単なる事例判断をしただけということ以上に、整合性まで検討する必要があるのか、疑問に思います。(なお、代理出産の是非については、また別項目で触れる予定ですので、その中で大阪高裁決定にも触れるかもしれません)




4.品川区が最高裁へ上告した場合、最高裁では、代理出産の是非という日本民法上の問題とともに、国際私法の問題関西大学教授・佐藤やよひ「外国で『代理母』を利用して出生した子をめぐる母子関係の決定について」(PDF)も参照)、国際民事訴訟法の問題(民事訴訟法118条)についても、検討することになります。
いずれも新しい問題であり、最高裁がすべてについて判断を示した場合には、非常に重要な判例となると思います。注目しています。

テーマ:裁判 - ジャンル:政治・経済

2006/10/01 [Sun] 01:32:25 » E d i t
タレントの向井亜紀さん(41)と夫で元プロレスラーの高田延彦さん(44)が、米国の女性に代理出産を依頼して生まれた双子(2)について、東京高裁(南敏文裁判長)は9月29日、「夫妻の子であると確認される」として、東京都品川区長に出生届を受理するよう命じる決定をしました。
この東京高裁決定についてコメントしたいと思います。なお、東京高裁決定要旨は追記で掲載しておきます。(追記:民訴118条の説明やあてはめにつき、判り易く書き換えました)


1.まずは記事から。

(1) 東京新聞のHP(平成18年9月30日付朝刊)

代理出産でも親子認定  向井さん夫妻 出生届受理命じる

 タレント向井亜紀さん(41)と元プロレスラー高田延彦さん(44)夫妻が二人の人工受精卵を使い、米ネバダ州で代理出産によって生まれた双子の出生届を受理しなかった東京都品川区長の処分取り消しを求めた家事審判の即時抗告審で、東京高裁は二十九日、申し立てを却下した東京家裁決定を取り消し、出生届受理を命じる決定をした。

 南敏文裁判長は「夫妻と双子には血縁関係があり、親子と認めるネバダ州の裁判所の命令が確定している。日本で夫妻の子と認められないと、双子は法律的に受け入れる国がない状態が続く。子の福祉を優先し、ネバダ州の確定裁判を承認しても公序良俗に反しない」と判断した。

 決定によると、向井さんは子宮がんで子宮を摘出後、代理出産を目指し、受精卵を米国人女性の子宮に移植。二〇〇三年に双子の男児が生まれた。その後、出生地のネバダ州は代理母の女性らも加わった裁判の命令を経て、双子を夫妻の子とする出生証明書を発行。夫妻は帰国して出生届を提出した。

 しかし届け出先の品川区から相談を受けた法務省が「向井さんを母とは認められない」と回答し、不受理となった。

 東京家裁は昨年十一月に申し立てを却下。向井さん側が東京高裁に即時抗告した。

 決定理由で南裁判長は、(1)夫妻が子を持つ方法がほかにない(2)人工授精による出産が当事者の意思を十分尊重する条件下で容認されている(3)代理母の女性はボランティアで協力した-などから「このケースでは、代理母を認めることが子の福祉を害さず、ネバダ州の裁判結果は承認できる」と結論付けた。

 品川区は「決定文を入手しておらず、事実確認できないのでコメントできない」としている。

■ブログで喜び「涙とまらない」

 「今日、本当に本当にうれしいことが起こりました。涙がとまりません」

 米国女性が代理出産した双子の出生届を東京都品川区は受理すべきだとの司法判断が出たことについて、タレントの向井亜紀さん(41)は二十九日、自身のブログに喜びをつづった。

 「裁判官さんから『子供を守り、しっかりと生きていくように』と諭されたような気持ち」と決定をかみしめる。

<メモ>代理出産 妻が病気で子宮を摘出するなどして子どもを持てない夫婦が第三者の女性に子どもを産んでもらうこと。タレントの向井亜紀さんのように、妻の卵子と夫の精子を使う場合と、夫の精子を第三者の女性の卵子と体外受精する場合などがある。日本産科婦人科学会は代理出産を禁じ、厚生労働省の専門部会も禁止する最終報告をまとめた。しかし法制化はされていない。これまでに50代の夫婦が代理出産による双子の出生届を不受理とされたケースがあるが、大半は海外で得た出生証明書を基に日本で実子として届け、受理されている。」



(2) asahi.com(朝日新聞9月30日付夕刊)

向井さん代理出産、高裁が出生届受理命じる
2006年09月30日11時28分

 タレントの向井亜紀さん(41)と元プロレスラーの高田延彦さん(44)夫妻が米国の女性に代理出産を依頼して生まれた双子の男児(2)の出生届を、東京都品川区が不受理としたことを巡る家事審判の即時抗告審で、東京高裁は不受理処分の取り消しを命じる決定をした。決定は29日付。南敏文裁判長は決定理由で、「(向井さん夫妻が)法律的な親として養育することが、子供の福祉に最もかなっている」と述べた。

向井さん自身も29日、自らのブログで明らかにした。法務省は代理出産で生まれた子を実子とは認めない方針で、高裁の判断は生殖医療を巡る論議に影響を与えそうだ。

 南裁判長はまず、「民法は自然懐胎のみの時代に制定された。現在は人為的な操作による懐胎や出産が実現されるようになった」と述べ、「法制定時に想定されていなかったことで秩序の中に受け入れられない理由にはならない」とした。

 その上で、向井さん夫妻が双子を実子として養育することを望み、代理母側はそれを望んでいないと指摘。「子らは法律的に受け入れるところがない状態が続く。(向井さん夫妻を)法律的な親と認めることを優先すべきで、子の福祉にもかなう」と出生届の受理が妥当との考えを示した。

 代理母契約の是非についても言及。「明らかに禁止する規定は存在しないし、代理妊娠を否定する社会通念が確立されていると言えない」と述べた。契約の根拠となった米ネバダ州法が代理母の尊厳を傷つけるような過剰な対価を禁じ、精子と卵子が向井さん夫妻のものである点や子宮摘出というやむをえない事情があることも考慮した。

 向井さんは00年に子宮がんで子宮摘出手術を受けた。高田さんとの受精卵を米国人女性に移植して出産してもらう代理出産で、03年11月に双子の男児が誕生。品川区は法務省の意向も踏まえ双子の出生届を受理しなかった。夫妻は処分取り消しを東京家裁に申し立てたが昨年11月に却下され、即時抗告していた。

 代理出産の出生届をめぐっては、関西地方に住む50代の夫妻が不受理処分の取り消しを求めた審判で、最高裁が05年、夫妻の抗告を棄却した。夫妻は米国人女性から卵子の提供を受けて夫の精子と体外受精させ、別の米国人女性の体内に着床させて子をもうけた。

 最高裁は出生届を認めなかった高裁の判断を「是認できる」とした。ただ、「正当」という評価は避け、向井さんのように卵子は自分のものだった場合などで代理出産を認める余地を残したとされる。

 〈品川区の話〉 決定文を入手していない。内容を確認できず、コメントは控えたい。」



(3) 毎日新聞(9月30日付夕刊:2006年9月30日 10時40分 (最終更新時間 9月30日 12時54分))から一部

◇法務省は困惑

 法務省のある幹部は「決定の全文をきちんと読んでみないと何とも言えない」と話し、予想していなかった事態に困惑気味。最高裁の判例に従って、同省はこれまで「子供を生んだ女性が法律上の母親になる」との法解釈をとってきた。一時は民法にこうした規定を明記する法改正を検討したこともある。それだけに「高裁の段階で決定があったからといって、ただちにこれまでの対応を変えることはない」という見方が省内では有力だ。

 ◇区だけで判断不能…品川区

 中川原史恵・品川区広報課長は30日、「決定文を見ていないのでコメントできない。不受理は法務省の指示に基づき対応した結果であり、今後の対応を聞かれても、区だけで判断できる問題ではないので答えようがない」と話した。

 ◇国は時代に応えず

 生命倫理問題に詳しい米本昌平・科学技術文明研究所長 日本人が海外で、国内では認められていない代理出産や卵子提供を受けるという現実がある。科学技術の進歩に伴い新しいルールを決めるのは当然で、生殖補助医療技術全般の法整備が必要なのに、国は時代や社会の要請に応えていない。向井さんのケースはこうした日本社会の問題を浮き彫りにしている。

 ◇ルール確立が必要

 棚村政行・早稲田大法科大学院教授(家族法)の話 法のすき間に落とされていた子供の福祉を守るという観点から高裁が出生届の受理を命じたことは評価できる。ただ、法整備がされていない中で、今回のように裁判所が個別に判断していくと、代理母が出産した子との親子関係を望んだ場合などに混乱が起きる可能性がある。厳格な医療の基準を定めたうえで、母子関係についての法的なルールを確立することが必要だ。

 ◇国レベルで議論を

 生命科学に詳しいノンフィクション作家の最相(さいしょう)葉月さんの話 今回の判決は、生まれた子の福祉を優先するものだが、この言葉は諸刃の剣で何でも認める結果になりかねない。今回は本人の卵子だが、別の女性から卵子を提供される場合や、高齢の女性が、本人の凍結卵子を使って子どもを持つことも考えられる。こうしたケースについて、国レベルの議論が明日からでも必要だ。」




2.東京新聞の記事中にあるように、代理出産(広義の「代理母」)とは、妻が病気で子宮を摘出するなどして子どもを持てない夫婦が第三者の女性に子どもを産んでもらうことです。

この代理出産(代理母)の方法には、2つの方法があり、タレントの向井亜紀さんのように、妻の卵子と夫の精子を使う場合と、夫の精子を第三者の女性の卵子と体外受精する場合などがあります。前者をいわゆるホストマザー(借り腹)と呼び、後者をいわゆるサロゲートマザー(代理母)と呼ばれています。



(1) この裁判では、向井夫妻が二人の人工受精卵を使い、米ネバダ州で代理出産によって生まれた双子について(ホストマザーによる方法)、向井夫妻の子供として出された出生届が受理されるのかどうかが問題となりました。いわゆる代理出産でも(卵子精子提供者と子との間で)親子と認められるのかどうかという問題です。

もっとも、正確に言えば「代理出産による親子関係が認められるのかどうか」が直接問題となったわけではありません。日本において代理出産が実施されたのではなく、夫妻と双子との間を親子と認めるネバダ州の裁判所の命令があるからです。

ですから正確には、

夫妻と双子との間を親子と認めるネバダ州の裁判所の命令を承認できるか?(外国判決の承認)
特に、日本で代理出産による親子関係を認めることが、外国判決を承認する要件である「判決の内容及び訴訟手続が日本における公の秩序又は善良の風俗に反しないこと」(民訴法118条3号)を満たすのかどうか?

が問題となりました。このように、向井夫妻と双子との間を親子と認めるネバダ州の裁判所の命令があることによって、直接的にはいわゆる外国判決の承認(民訴法118条)が問題となったわけです。

(外国裁判所の確定判決の効力)
民事訴訟法第118条  外国裁判所の確定判決は、次に掲げる要件のすべてを具備する場合に限り、その効力を有する。
1  法令又は条約により外国裁判所の裁判権が認められること。
2  敗訴の被告が訴訟の開始に必要な呼出し若しくは命令の送達(公示送達その他これに類する送達を除く。)を受けたこと又はこれを受けなかったが応訴したこと。
3  判決の内容及び訴訟手続が日本における公の秩序又は善良の風俗に反しないこと。
4  相互の保証があること。


民訴法118条について、少し説明しておきます。

裁判は国家の司法権の行使ですから、本来は裁判を行った国でのみその判決の効力が生じるはずです。しかし、外国判決の効力はすべて日本では効力がないとすると、外国の判決で確定した事件すべて日本でもう一度やり直すことになります。それでは、訴訟の当事者はもう一度裁判を行うことになり裁判費用がかさみますし、外国で起きた事件につき日本で証拠を集めるのは困難ですから、外国の判決と裁判結果が異なるおそれがあり、日本での判決と外国での判決のどっちを優先するのかといった問題も生じてしまいます。このように、外国判決をすべて日本での効力を否定すると、同一訴訟の回避という訴訟経済的利益・当事者利益を害する結果となって不都合です(木棚=松岡=渡辺「国際私法概論」(第4版)(2005年、有斐閣)293頁参照)。

このような不都合を回避するため、民訴法118条は、外国裁判所が当事者間の法律関係につき下した判決(決定など名称は問わない)は、118条の要件さえ満たせば、当然に内国(日本)でもその判決の効力を認めることとしたのです。


この事案では民訴法118条3号が問題になっているので、3号について特に説明しておきます。

各国の司法制度や法律内容に違いがある現状では、外国判決の内容や成立手続が日本と大きく異なることは当然予測されます。そうなると、外国判決の承認を許す以上、日本法の適用と違う結果を認めることは織り込み済みなのです。
しかし、あまりに我が国の考え方と隔たりが著しい場合には、内国法秩序の安定を図る必要があります。そのため、民訴法118条は、公序要件を設けて(民訴法118条3号)、調整を図っているのです。あまりに我が国の考え方と隔たりが著しい場合だけを調整するものですから、基本的には抑制的に解釈することになります。



(2) 判決内容の公序違反性を判断する場合には、<1>外国判決を承認・執行した場合に内国でもたらされる結果の異常性・重大性、<2>事案と内国の牽連性の強さ、の両者を衡量して行うとされています(本間=中野=酒井「国際民事手続法」(2005年、有斐閣)191頁)。


<1>外国判決を承認・執行した場合に内国でもたらされる結果の異常性・重大性については、2点挙げられます。

すなわち、「(1)夫妻が子を持つ方法がほかにない(2)人工授精による出産が当事者の意思を十分尊重する条件下で容認されている(3)代理母の女性はボランティアで協力した-など」から、日本において親子関係を認めても良いだけの要素を備えている代理出産であるとしています。
そして、「『民法は自然懐胎のみの時代に制定された。現在は人為的な操作による懐胎や出産が実現されるようになった』と述べ、『法制定時に想定されていなかったことで秩序の中に受け入れられない理由にはならない』とした」としています。
要するに、事実上、日本の医学界では代理出産を禁じていますが、実質的には保護に値する親子関係が存在していること、日本法では代理出産による親子関係について規定がないというだけで、公序良俗違反という扱いではないので、内国法秩序に違反するというは無理であるということです。


また、<2>事案と内国の牽連性の強さについても、2点挙げられています。

1つは 「夫妻と双子には血縁関係があり」ということで、米ネバダ州における代理母よりも、日本に住む日本人である向井夫婦との牽連性が強いこと、もう1つは「日本で夫妻の子と認められないと、双子は法律的に受け入れる国がない状態が続く。子の福祉を優先」する必要があり、「このケースでは、代理母を認めることが子の福祉を害さず」ということから、米ネバダ州との結びつきが非常に弱く、むしろ日本との結びつきの方が強いのです。


以上のことから、<1>外国判決を承認・執行した場合に内国でもたらされる結果には異常性・重大性がなく、<2>事案と内国の牽連性が強いので、両者を衡量すれば、民訴法118条3号の「判決の内容……が日本における公の秩序又は善良の風俗に反しない」といえるので、米ネバダ州の裁判は承認できることになります。
上に挙げた記事によると、「南敏文裁判長は『子の福祉を優先し、ネバダ州の確定裁判を承認しても公序良俗に反しない』と判断した」としています。この判示部分は、民訴法118条3号を満たすことを述べたわけです。

このような東京高裁決定による判断はごく自然であり、妥当であると考えます。



(3) 毎日新聞の記事について少しコメントしてみます。

「法務省のある幹部は『決定の全文をきちんと読んでみないと何とも言えない』と話し、予想していなかった事態に困惑気味」としています。

しかし、外国判決の承認においてはこのようなことがあり得るはずです。国際私法や国際民事訴訟法の知識が十分にあれば、このような結果は予想できたはずです。


棚村政行教授は、「法のすき間に落とされていた子供の福祉を守るという観点から高裁が出生届の受理を命じたことは評価できる。ただ、法整備がされていない中で、今回のように裁判所が個別に判断していくと、代理母が出産した子との親子関係を望んだ場合などに混乱が起きる可能性がある」としています。

棚村教授は、家族法の観点から高裁を評価したようです。そういった評価も十分に可能です。
ですが、「法整備がされていない中で、今回のように裁判所が個別に判断していくと、代理母が出産した子との親子関係を望んだ場合などに混乱が起きる」というのは少し筋違いのように思えます。この問題は、外国判決の承認の問題であって、本来的に事案毎の判断にならざるを得ないからです。


最相葉月さんは、「今回の判決は、生まれた子の福祉を優先するものだが、この言葉は諸刃の剣で何でも認める結果になりかねない」としています。

しかし、外国判決の承認における公序要件の中で、子の福祉に言及したものであって、子の福祉だけで親子関係を認めたわけではありません。子の福祉という「言葉は諸刃の剣で何でも認める結果になりかねない」というわけではありません




3.今回の東京高裁決定は、ごく自然な認定ですから、品川区が最高裁に特別抗告しても、この決定を覆すことは困難でしょう。

この事案は、家族法の問題というよりも、国際私法、国際民事訴訟法の問題です。南敏文裁判長は、平成元年の法例改正に携わり、裁判官のうち、国際私法、国際民事訴訟法の知識が最も豊富と想像できるので、南裁判長の判断を否定できるだけの知識は最高裁判事にはないかもしれないと思えます。

代理出産については、最高裁平成17年11月24日決定は、外国で代理出産した日本人夫婦の出生届を受理しないとした処分を肯定していました。この決定は、「『正当』という評価は避け、向井さんのように卵子は自分のものだった場合などで代理出産を認める余地を残したとされる」のですから、平成17年決定とも、この高裁決定は矛盾しないといえます。


日本において、代理出産によって産まれた子と、卵子と精子提供者との間の親子関係を認めるべきかどうかについては議論があり、「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療制度の整備に関する報告書」(平成15年4月28日:厚生科学審議会生殖補助医療部会)は、いくつかの理由を挙げて、代理母を禁止する指針を示しています。

しかし、

「代理母による出産も、代理母になろうとする女性自らの身体を自らの意思によって使用する権利、生殖についての自己決定に基づくものであり、また依頼主にとっても、家族の形成・維持、生殖にかかわる自己決定だから、国家がこれを一律に禁止することは、こうした自己決定を否定すること」です(二宮「家族法」(第2版)(2005年、新世社)190頁参照)


ですから、日本においても一定限度で代理出産を認めるべきであると考えます。すなわち、原則として母子関係は分娩という事実によるとしても、代理出産の場合も、卵子提供者と子との間に母子関係を認めるべきです。また、妻が妊娠した子ではないから、原則としては父性推定が働かないとしても、代理出産の場合は、精子提供者と子との間で父子関係を認めてよいと考えます。


今回の東京高裁決定は、外国判決の承認の問題として代理出産による親子関係を認めたのですから、必ずしも日本において代理出産を認めることに繋がるわけではありません。しかし、自己決定権、子の福祉を考慮して、日本においても代理出産を認めていくべきではないでしょうか?

東京高裁決定が「法制定時に想定されていなかったことを理由に、人為的操作による妊娠、出生がすべて、わが国の法秩序の中に受け入れられないことにはならない」と判示しているように、代理出産も日本の法秩序において受け入れがたいものではないのですから。
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