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2006/05/31 [Wed] 00:55:15 » E d i t
東京新聞(平成18年5月30日付朝刊)の「こちら特報部」において、刑法学の泰斗であり、「共謀共同正犯」理論の権威である、西原春夫・元早稲田大学総長に対するインタビュー記事が出ていました。政府見解では、共謀共同正犯の「共謀」と共謀罪の「共謀」とは同一概念であるというのですから、西原元学長のご見解は大変重要です。そこで、この東京新聞の記事を引用してみたいと思います。


1.東京新聞(平成18年5月30日付朝刊28面)の「こちら特報部」では次のような記事を載せています。

「国会は問題点洗い直せ」  「共謀罪」法案 “共謀”権威の法学者も批判

 法律違反を実行しなくても「共謀」しただけで罪になる共謀罪の創設法案。その基礎となる「共謀」の概念が実務上は拡大解釈されているのに、国会は昔の狭い概念を前提に審議していると法学者から批判が出ている。批判の主は「共謀共同正犯」理論の権威、西原春夫・元早稲田大学総長(78)だ。法案審議のどこをやり直さねばいけないのか。西原氏に聞いた。

 西原氏は「共謀共同正犯」が学会の少数説だった1950年代から唱え続け、反対派から激しい批判を浴びてきた一人だ。捜査・裁判実務に定着した感のある共謀共同正犯も、かつては「刑法の大原則である個人責任の理論に反するではないか」と批判されたのだ。「共謀共同正犯」と言われても、法学部を出ていない記者にはチンプンカンプンだが、要は「犯罪行為を共謀した仲間のうち、誰かが実行してしまうと、共謀した人も同罪ですよ」という理論だそうだ。

 「1958年の練馬事件最高裁判決は、共謀の立証に厳格さを求めており、長年、この最高裁判例が裁判実務の指針となっていました」と、西原氏は解説する。

 ◆「客観的な行動」以前は立証必要

 練馬事件は複数の被告による警察官殺害事件。58年の最高裁大法廷判決は「共謀」の認定には「謀議」の存在が必要で、そこが厳格に立証されねばならない、そして、謀議の立証には「客観的な行動」の立証が必要だという考えを示した。これが、つい先日まで裁判実務の基準だった。

 「ところが、最近になり、客観的行動を要しない、とする判例変更があったのです」と西原氏は言う。判例変更とは昨年11月29日に最高裁第一小法廷が暴力団の銃刀法違反事件にからんで出した決定である。

 「大法廷で行うべき判例変更を、小法廷でやってしまったことも問題だが」と言いつつ、西原氏は「この基準が、暴力団事件にとどまらず、一般化して他の事件に流れ出してくるおそれが大きい。今、生存中の刑事法研究者の中で、最も早くから共謀共同正犯を是認してきた一人の私でさえ、とうてい容認できない内容だ」と話す。

 いったい、どんな判例変更が行われたのか。

 この事件は、暴力団組長が大阪府内のホテルに宿泊した際、ロビーにいた組員が拳銃を所持していたというもの。組員は銃刀法違反罪、組長も同罪の共謀共同正犯に問われた。

 一審・大阪地裁は「組長は、組員が拳銃を所持して組長を警護していたと認識し、それを許容していたとするには、合理的な疑いが残る」として、組長を無罪とした。練馬事件判決の基準を踏襲したわけだ。

  しかし、二審・大阪高裁は一審判決を破棄し組長に懲役6年の刑を言い渡す。

 「組長と組員には“黙示的な意思の連絡”があったと言える」「組員への指揮権限があり、警護を受ける組長の立場を考えれば共謀共同正犯が成立する」とした。

 そして、昨年11月、最高裁は組長の上告を棄却する決定を出し、「組員の一部が組長警護のため拳銃を携帯所持していることを、組長に概括的とはいえ、確定的に認識し許容していた。実質的に、拳銃を所持させていたと評し得る」と述べた。

 西原氏は「組長が『もう、拳銃で警護する時代じゃない』と部下に言っていたということも、裁判では、共謀共同正犯となることを避けるアリバイづくりだとされた」と解説したうえで「明らかに練馬事件判決と異なり、厳格な証明なしで『実質的に、組長が部下に拳銃を所持させた』という判断が行われています。今後、実行犯の行為に対する認識・許容さえあれば共謀共同正犯は成立するという安易な考え方が進んでいくのではないか」と危ぐする。

 暴力団組長を裁く時は拡大解釈も結構じゃないか、という考え方もあるだろう。しかし、西原氏は「暴力団の反社会的行為は許すべきではないが、政策のために理論を曲げるべきでは、絶対にない」とし、今回の判例変更は、次のように一般化される可能性をはらむと憂慮する。

 ▼ある会社の社長が、部下に運転させて車で取引先に向かった。部下は常日ごろ、免許証を背広に入れているのに、この日は背広を着ていないため、社長は「免許証を会社に忘れてきたのではないか」と思ったが、問いたださなかった。しばらくして検問にあったところ、案の定、部下は免許証を忘れており、免許証不携帯(道路交通法違反)だった。練馬事件判決に基づけば、社長は無罪だが、昨年末の判例に基づけば、共謀共同正犯となる。

 ▼ある会社の女性部長がストーカー被害にあったため、毎晩、部下がボディーガードして帰宅するようになったが、実は、部下は刃物を隠し持って付き添っていた。部長は、うすうす気付いていたが、特にとがめ立てしなかった。この場合、部下は銃刀法違反罪にあたるが、練馬事件の基準では部長は無罪。しかし、昨年末の判例ベースでは部長も共謀共同正犯で有罪となる。

 ◆「相談なし」でも有罪に

 この2つの事例では日常用語で言うところの「共謀」は行われていない。社長や部長は、法律違反に気付いてはいたが、部下と相談は行っていない。それでも、なぜ有罪とされてしまうのか。最高裁で有罪になった組長と同じく、「受益者である上司」が、違反行為を「認識し、許容した」からだ。

 国会で審議中の共謀罪創設法案が意味する共謀は、共謀共同正犯の共謀と同一概念である――法務省は、そのように答弁している。それだけに、昨年の判例変更は重大だ。にもかかわらず、審議は練馬事件判決の基準をベースに進められている。

 西原氏は「最近の裁判実務では、共謀の認定に、厳格な証明の対象たるべき客観的行動を必要とせず、主観的認識内容だけで足りるとし、しかも状況証拠だけで認定しているなど、問題点が多い。国会は、この現状を前提として共謀罪法案を議論していただきたい」と、厳しく指摘した上でこう続ける。「日本の実務における“共謀”の意味合いが、国連条約で求められた以上の範囲に拡大している可能性はないのか。国連が、ここまで処罰範囲を広げたものを要求しているとは思えない。すでに共謀罪が施行されている国があるとはいっても、日本の共謀より狭義の、まさに、“謀議”そのものを意味している国もあり得る。そこを、よく、調べた上で審議するべきではないのか」

 ◆道徳に限りなく法律が近づく?

 「共謀」概念の拡大解釈に対する批判論文を専門誌「刑事法ジャーナル」に書いた西原氏は、こうも危ぐする。「外形的に現れる態度の厳格な証明を怠り、主観的なものだけで罪とするならば、刑法は限りなく道徳に近づいてしまう」

 道徳のような心の問題に、法が踏み込む時代が来るのだろうか。」





2.この記事についてコメントする前に、共謀共同正犯の「共謀」の意義、判例理論について説明しておきます。これが分からないと、この記事を単に読み流すだけになってしまうと思いますので。

(1) 共謀共同正犯とは、2人以上の者が一定の犯罪について共謀した上、その中のある者が共謀に基づいて犯罪実行に出る場合に、直接には実行行為を行わなかった共謀者も刑法60条の共同正犯にあたる、とするものです。

共謀共同正犯の概念は、大審院時代の初期に判例において採用され、その後も一貫して判例は採用していて、明文の規定があるのではなく、解釈論上認められているものです。認める実質的な根拠としては、直接、犯罪実行を行わずに、主導的な役割を果たした黒幕的存在を、教唆犯という脇役でなく、正犯として処罰しようとすることにあります(山中敬一「刑法総論2」813頁)。

ここで、共謀共同正犯、英米法上の共謀罪(コンスピラシー)、共謀罪において、処罰のために必要な要件を比較しておきます(法学セミナー2006年4月号39頁〔内海朋子・亜細亜大学助教授)。

・共謀共同正犯:共謀行為+関与者のうちの少なくとも1人が実行行為に出る

・コンスピラシー:共謀行為+(顕示行為=合意内容の具体化を示す行為)
*顕示行為は必ず必要というのではなく、要求されることが多いので、括弧扱いです。

・共謀罪:共謀行為(+ただし、与党再修正案では、犯罪の実行に必要な準備その他の行為、民主党案では、予備行為)



(2) 共謀共同正犯において、知っておくべき判例は、練馬事件判決(最高裁昭和33年5月28日大法廷判決(刑集12巻8号1718頁)と、最高裁平成15年5月1日第一小法廷決定(刑集57巻5号507頁)です。


  イ:練馬事件判決(最高裁昭和33年5月28日大法廷判決(刑集12巻8号1718頁)については、この「共謀」の意義との関係での重要なポイントは、

この判例は、「共謀共同正犯が成立するには、二人以上の者が、特定の犯罪を行うため、共同意思の下に一体となつで互に他人の行為を利用し、各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議をなし、よつて犯罪を実行した事実が認められなければならない。」と判示していたことから、犯行方法の協議や犯行計画の立案といった明示的な意思連絡が必要、または、「意思連絡」を超えた一定の内容のある具体的な指示・命令・提案のような具体的な共同謀議が不可欠である(客観的謀議説)という理解が一般的であったことです(現代刑事法6巻8号16頁)、現代刑事法6巻12号87頁参照)。


という点です。


  ロ:最高裁平成15年5月1日第一小法廷決定(刑集57巻5号507頁)は、「暴力団の組長である被告人が、自分のボディーガードらの拳銃不法所持について、直接指示を下さなかったのに、銃砲刀剣類所持等取締法違反罪の共謀共同正犯を認めたものです。

この判例は、「被告人は,スワットらに対してけん銃等を携行して警護するように直接指示を下さなくても,スワットらが自発的に被告人を警護するために本件けん銃等を所持していることを確定的に認識しながら,それを当然のこととして受け入れて認容していたものであり,そのことをスワットらも承知していた」と認められ、「被告人とスワットらとの間にけん銃等の所持につき黙示的に意思の連絡があったといえる」こと、さらに、「スワットらは被告人の警護のために本件けん銃等を所持しながら終始被告人の近辺にいて被告人と行動を共にしていたものであり,彼らを指揮命令する権限を有する被告人の地位と彼らによって警護を受けるという被告人の立場を併せ考えれば,実質的には,正に被告人がスワットらに本件けん銃等を所持させていたと評し得る」と判示したことから、具体的な日時、場所を特定した謀議行為がなくても、黙示的な意思連絡があるとして共謀共同正犯を認めたものです。

そのため、本決定は「実行行為者との間に明示的な意思連絡が認められないような場合について、正面から共謀共同正犯の成立を……肯定し得る場合があることを明らかにした点、また、……事案に即してであるが、共謀共同正犯成立の判断要素を示している点」(ジュリスト1265号115頁〔芦澤政治・最高裁判所調査官〕)ににおいて重大な意義があるものです。

6月3日追記:記事中の最高裁平成17年11月29日第一小法廷判決は、最高裁平成15年決定の事案のような「スワットと称させる明確な組織の恒常的な活動」がないのに、共謀共同正犯を認めたものです。処罰範囲の不当な拡大が危惧されています。刑事法ジャーナル第3号54頁~〔西原〕)



(3) 共謀共同正犯の「共謀」の意義については、次のような学説が対立しています。

 イ:客観的謀議説(多数説):「意思連絡」を超えた一定の内容のある具体的な指示・命令・提案のような具体的な共同謀議が不可欠である。
  (理由)
   ・共謀共同正犯成立を合理的な範囲に限定する必要がある。
   ・具体的な共同謀議を要求するのが練馬事件判決の趣旨である。
   ・暗黙の意思の疎通だけで共謀共同正犯を認めることは刑法60条の趣旨に合致しない。

 ロ:主観的謀議説(実務上の有力説):共謀は単なる「共同犯行の認識」・「共同遂行の合意」・「意思連絡」という主観的状態で足りる。
  (理由)
   ・実際には、緊密な意思連絡が成立していることは明らかでありながら、黙秘などの理由で、謀議行為がなされた日時、場所が判明しない場合も少なくないので、そのような場合にも共謀共同正犯を認めるべき。
 
 ハ:中間説(西田):共謀は単なる謀議(=意思の連絡)で足りるが、その場合でも、その他の関与行為を総合して重要な役割を果たしたと評価し得るのであれば、共謀共同正犯を肯定する。

<参考文献>
・「ジュリスト」1265号〔芦澤政治・最高裁判所調査官〕112頁~
・「ジュリスト」1288号〔島田総一郎・上智大学助教授〕155頁~
・平成15年度重要判例解説〔大久保隆志・広島大学教授〕159頁~
・西田典之「刑法総論」323頁~
・大コンメンタール刑法(第2版)第5巻304頁~
・現代刑事法6巻8号(2004年・№64)〔福田平・一橋大学名誉教授=大塚仁・名古屋大学名誉教授〕4頁~
・現代刑事法6巻12号(2004年・№68)〔十河太朗・同志社大学大学院司法研究科助教授〕85頁~



このように多数説である客観的謀議説からすると、黙示の意思連絡でも共謀共同正犯を認めた最高裁平成15年5月1日決定(及び最高裁平成17年11月29日判決)は判例変更であると評価していて、この判例に対して批判的です。西原元総長も批判しているわけです。

これに対して、主観的謀議説や中間説からすると、練馬事件判決は明確でなかったと評価して、最高裁平成15年5月1日決定(及び最高裁平成17年11月29日判決)は判例変更ではなく、この判例は妥当なものであると評価しているようです。




3.以上を踏まえて、東京新聞の記事についてコメントします。


(1) 共謀罪の「共謀」の意義については、政府は「特定の犯罪を実行しようという具体的・現実的な合意」が必要であるとか、「共謀共同正犯におきましても、法案の組織的な犯罪の共謀罪におきましても、共謀があったと言えるためには、単に漠然とした相談があった程度では足りず、犯罪の目的や対象、実行の手段、実行に至るまでの手順、各自の役割など、具体的な犯罪計画を現実に実行するために必要な要素を総合的に考慮して、具体性、特定性、現実性を持った合意がなされたと言えることが必要」(大林政府参考人:「第164回国会 法務委員会 第26号(平成18年5月19日(金曜日))と答えています。


この政府見解は、具体的な謀議行為を要求しているのですから、共謀共同正犯の「共謀」の意義における「客観的謀議説」を採用したものといえます。

そうすると、練馬事件判決が客観的謀議説を採用したと評価している多数説からすれば、

「国会で審議中の共謀罪創設法案が意味する共謀は、共謀共同正犯の共謀と同一概念である――法務省は、そのように答弁している。それだけに、昨年の判例変更は重大だ。にもかかわらず、審議は練馬事件判決の基準をベースに進められている。」

という記事は、妥当な指摘だといえます。


しかし、政府がいかに練馬事件判決を基準とした「共謀」の意義が適用されるのだと説明しても、裁判においては判例理論に従うのですから、 裁判では「特定の犯罪を実行しようという具体的・現実的な合意」や「犯罪の目的や対象、実行の手段、実行に至るまでの手順、各自の役割など、具体的な犯罪計画を現実に実行するために必要な要素を総合的に考慮して、具体性、特定性、現実性を持った合意」は必要とされないはずです。

裁判では、むしろ、目配せ・まばたきといった動作はもちろん、そのような動作さえない黙示の「意思連絡」でもよく、具体的・現実的な合意でない単なる「意思連絡」で「共謀」が認められることになると思われます。

要するに、裁判では、「共謀」について定義しておかないと、政府与党案のような「共謀」の意義で運用されないといえると思います。だからこそ、平成15年決定を意識しない政府与党案に対して、西原元総長は批判をしているのです。



(2) 大阪高裁平成16年2月24日判決も、最高裁平成15年決定と同様の論理で共謀共同正犯を認めているように、

最近の裁判実務では、共謀の認定に、厳格な証明の対象たるべき客観的行動を必要とせず、主観的認識内容だけで足りるとし、しかも状況証拠だけで認定しているなど、問題点が多い。」

わけですから、容易に「共謀」が認定されているのです。


この記事によると、「組長が『もう、拳銃で警護する時代じゃない』と部下に言っていたということも、裁判では、共謀共同正犯となることを避けるアリバイづくりだとされた」のですから、このような「共謀」が否定されるはずの言い分も、被告人に不利益に評価されるのです。被告人はどう言い訳すればよかったのでしょうか? 共謀罪の裁判では、どんな言い訳も通用しないとさえ、いえそうです。


これでは、自分とかかわりのある者が犯罪行為をしようとしたら必ず阻止する行動に出ないと、処罰される可能性があり、それも主観的なものだけで共謀が認定されてしまうのですから、これでは「刑法が限りなく道徳に近づいてしまう」との西原元総長の危惧どおりだと思います。



(3) 与党議員や法務省は、盛んに拡大解釈されるおそれはないとか、マスコミ報道は誤解であると述べていますが、本当にそうなのでしょうか? 特に、公明党を支持している有力宗教団体に所属する会員は、本当に共謀罪を創設していいと考えるのでしょうか?

私は西原元総長の批判は、きわめて妥当だと思います。政府与党は、この東京新聞の記事、西原元総長の批判に答えて欲しいと思います。

テーマ:共謀罪 - ジャンル:政治・経済

2006/05/30 [Tue] 21:29:48 » E d i t
一審で死刑判決を受けたオウム真理教元代表・松本智津夫(麻原彰晃)被告(51)について、東京高裁刑事11部は、同高裁刑事10部が3月に出した裁判打ち切りの決定を支持して、弁護側の異議申し立てを棄却する決定をしました。この決定についてコメントしたいと思います。


1.毎日新聞のHPによると、

オウム裁判:松本被告の控訴棄却への異議申し立てを棄却
 
 地下鉄サリンなど13事件で殺人罪などに問われ1審で死刑判決を受けたオウム真理教(アーレフに改称)の松本智津夫(麻原彰晃)被告(51)に対する控訴棄却決定について、東京高裁刑事11部(白木勇裁判長)は29日付で、弁護団からの異議申し立てを棄却する決定を出した。弁護団は最高裁に特別抗告するとみられるが、松本被告の控訴審が開かれないまま死刑が確定する可能性がさらに強まった。

 松本被告の控訴棄却は3月27日、同高裁刑事10部(須田賢裁判長)が決定。同部は松本被告の訴訟能力を認めたうえで、昨年8月末までの期限までに控訴趣意書を提出しなかったことを棄却決定の理由とした。これに対し弁護団は同28日に控訴趣意書を提出し、同30日、決定を不服として異議を申し立てていた。

 刑事訴訟法は、裁判所が指定した期限内に控訴趣意書を提出するよう定めており、違反した場合は決定で控訴を棄却するよう規定している。一方、刑事訴訟規則では「遅延がやむを得ない事情に基づく」場合、審理を継続できるとしている。刑事11部は同10部と同様、弁護団が否定する松本被告の訴訟能力を「ある」と認めたうえで、趣意書提出の遅れを「やむを得ない事情」に当たらないと判断した。

毎日新聞 2006年5月30日 16時05分 (最終更新時間 5月30日 16時58分)」

としています。

松本智津夫(麻原彰晃)被告の状態については、弁護団や松本被告の家族の意見表明からすると、本当に訴訟能力があるのか疑問の余地はあったと思いますが、刑事11部は、「同10部と同様、弁護団が否定する松本被告の訴訟能力を『ある』と認めたようです。

そして、最終日経過後の提出は原則として適法な控訴趣意書の提出とはいえず刑事訴訟法386条1項1号により控訴棄却の決定の理由となりますが、控訴裁判所がその遅延がやむを得ない事情に基づくものと認めるときは、これを期間内に提出された適法なものとして審判の対象とすることができるものとされています(規則238条)。刑事11部は、「趣意書提出の遅れを『やむを得ない事情』に当たらない」と判断し、結局は、棄却する決定をしたというわけです。



2.
(1) 「オウム松本被告の控訴棄却~東京高裁の控訴棄却の判断は妥当なのか?」というエントリーで述べたように、

「この松本被告の事案の場合、提出期間である8月末を経過しても控訴趣意書していないので既に半年以上も期限を過ぎているのですから、1箇月以上提出期限を過ぎた場合にも最高裁昭和32年4月23日決定は「やむを得ない事情に基づく」とはいえないとしたのですから、今後提出しても適法な提出と評価するのは難しそうです。

また、裁判所が控訴趣意書の提出期限を徒過後、数度にわたって直ちに提出することを強く求めたのに提出していないのですし、それに、「真摯(しんし)な努力を最大限尽くしたが完成できなかったなどの理由によるのでなく、既に完成し、提出できる状態なのにあえて提出しなかった」(朝日新聞)のですから、この点でも「やむを得ない事情に基づく」というのは難しそうです。

 このように、高裁決定が行った控訴棄却の決定は妥当なものと評価でき(る)」

のです。そうなると、棄却を決定した東京高裁の判断は妥当ですし、事前の報道のとおりの結論であったわけです。



(2) 弁護団は提出期限内に控訴趣意書の骨子でも提出していれば、後に補充書を提出することもできたのですし、従来の幾つかの判例からすると、刑事10部及び11部による棄却(形式的な裁判の打ち切り)という判断は当然予測できるものでした。そうなると、(弁護団側は最高裁に特別抗告するでしょうから、まだ確定していませんが)弁護団の判断ミスが認められ、そのミスにより被告人が2審以降の実質審理を受ける利益を失ってしまったと言わざるを得ません。

そうなると、本来は、このような、弁護士が誤った事件処理で依頼者に損害を与えた「弁護過誤」の場合、依頼者は弁護士に対して損害賠償を請求する可能性があります。


ただ、松本被告の家族に不利益が生じた場合の訴訟については(例えば、松本被告次男の私立中の入学拒否問題。「松本被告次男が入学拒否の春日部共栄中を提訴」というエントリーを参照)、松本弁護団が担当し、家族は松本弁護団に依存しているようです。そうなると、円滑な関係継続を図るためというよりも、困難な状況に一体として立ち向かう関係なのでしょうから、松本被告の家族が松本弁護団に損害賠償を請求することはないと思われます。


もっとも、東京高裁は「最初から裁判所は『この裁判は2年で終わらせる』『ふつうの裁判と同じようにやる』と豪語」(麻原控訴審弁護人「獄中で見た麻原彰晃」82頁)したそうですから、殆ど大した事実の取調べ(刑訴法393条)を行わなかったと思われます。

そうなると、棄却してもしなくても、実質的には、被告人が2審での実質審理を受ける利益は、元々ほとんどなかったといえるでしょう。とすれば、(最高裁での審理を受ける利益は別として)「弁護過誤」があっても「損害」なんてほとんどなかったといえるのかもしれません。
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テーマ:法律全般 - ジャンル:政治・経済

2006/05/29 [Mon] 08:26:24 » E d i t
平成18年5月19日衆院法務委員会の会議録を見ると、民主党の平岡秀夫議員が、「五月十八日に報道された」ものと述べて、東京新聞の記事を質疑に利用していました(第164回国会 法務委員会 第26号(平成18年5月19日(金曜日))。

東京新聞の5月18日の記事というと、「こちら特報部」での「刑減免より犯罪組織が怖い  共謀罪 刑事が反対する理由」という表題の記事です(「共謀罪創設の是非~「刑事が反対する理由」(東京新聞平成18年5月18日付)」というエントリーも参照)。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20060518/mng_____tokuho__000.shtml

そこで、平岡議員が東京新聞の記事を利用した部分を、法務委員会の会議録から抜粋して検討してみたいと思います。


1.「第164回国会 法務委員会 第26号(平成18年5月19日(金曜日)」から抜粋して、簡単なコメントを付けていくことにします。

○石原委員長 次に、平岡秀夫君。

○平岡委員 民主党の平岡秀夫でございます。

 先ほどちょっと入った情報によりますと、河野衆議院議長も、与党がこの共謀罪を含む条約刑法について強行採決をするというような事態を心配して、もっと修正について協議せよと言われているというような話のようでございます。我々としては、強行採決という事態に至らないように、与党がこれから抜本的な修正に踏み出していただくことを期待しておきたいと思います。

 そういうことで、法案の中身について審議をしていきたいと思いますけれども、この共謀罪の創設については多くの心配があるということでありますけれども、いろいろなことをこれから精査しなければいけないと私も思っています。

 最近、そうした多くの心配の中で、捜査の面についてもいろいろな報道がなされているようであります。

 これは五月十八日に報道された中身でありますけれども、警察に勤務した経験のあるような方々が、この共謀罪の捜査のあり方について、あるいは、今回つくられる共謀罪というものが仮にできたとしても捜査にどんな影響が及ぶのか、そんな点についても指摘しておりますので、最初にその点をお聞きしておきたいと思います。

 例えば、これは我々が問題としております必要的自首減免制度を設けていることについてでありますけれども、こういうふうに話があったようですね。暴力団やらテロ集団一味の中から警察に密告するやつが出てくると思うか。しっかりとした犯罪組織ほどそれはあり得ないんじゃないのか。やくざとテロリストは警察より組織が怖い。坊やの意見は、これは記者の方のようですけれども、お利口さんのキャリア官僚、これはもしかしたら法務省の官僚の方か外務省の方かわかりませんけれども、キャリア官僚と同じ机上の空論ってやつよ。こういうことのようであります。

 警察当局の方としては、この点についてどのように考えておられますか。

○米田政府参考人 組織犯罪に対する捜査というのは大変難しいものがございまして、私ども、やはり組織内部あるいはその周辺にある協力者から情報をいただき、その被害者から被害届を提出してもらわなきゃいけない。しかしながら、相手が組織犯罪ということで、やはり報復を恐れるということで、協力者については絶対に向こうにわからないようにする。あるいは、被害者については、場合によっては二十四時間警察官が張りついてガードするというようなことをしておりまして、この組織犯罪の捜査一般について大変困難な点があるという点は御指摘のことと共通すると思います。

 ですから、これは共謀罪云々ということではなくて、私ども、組織犯罪一般についてそこは大変重要な問題であると考えております。

○平岡委員 いや、私がお聞きしたのは、自首減免規定というものを設けて密告を奨励するようなことをこの法律の中で書いているけれども、それはあくまでも机上の空論であって、そんなことは決して期待できないんだということを言っている、このことについて警察庁としてどうお考えになりますかということです。もう一遍。

○米田政府参考人 先ほども申しましたように、組織犯罪相手の捜査というのは大変困難なものがございまして、自首減免規定があるというだけで、直ちにいわゆる密告といいますか垂れ込みというものが進むというふうに考えてございません。やはり、それはそれなりに私どもがいろいろな手当てをして運用してやっていくということになろうかと思います。


質問に対して、米田政府参考人は、「自首減免規定があるというだけで、直ちにいわゆる密告といいますか垂れ込みというものが進むというふうに考えてございません」というのですから、結局は、自首という名目の密告はほとんどないと考えているわけです。事件を未然に防止するために設けた自首減免規定は、さほど効果はないという東京新聞の記事を認めたものといえると思います。




○平岡委員 そういう中で、さらにこういうことも言っているわけですね。仮にそうであるとするならば、これから年がら年じゅう盗聴をやるというところに行き着くんじゃないですかというふうな指摘がされたところ、まあ、そういうふうになるかもわからぬけどねというような警察OBの方の指摘があったようでありますけれども、今、答弁の中で、いろいろ考えていかなきゃいけないということの中に、共謀罪のような問題について、盗聴というような捜査方法もさらに拡大していくというようなことをお考えなんですか、どうでしょうか。必要だと思っておられるんですか。

○米田政府参考人 共謀罪の新設ということと新しい捜査手法の導入ということ、これはあくまで別のことであると思っております。それはまた捜査一般のこととして、捜査の実情等を踏まえながら検討されていくべき問題であろうと考えております。

○平岡委員 今、警察当局も、共謀罪との関係で盗聴というものを捜査方法として拡大していくということを決して否定はしなかった。

 私、前に南野法務大臣にも聞いたんですよ。今回こういうものを導入して、捜査方法がいろいろと拡大していくんじゃないですか、盗聴とかおとり捜査であるとか司法取引であるとかということを言ったら、いや、今回はそういう捜査方法の拡大は考えておりません、今は考えておりませんというふうに答弁がありました。まさに、今回この共謀罪を我が国に導入するということは、日本の捜査方法に対して非常に大きな影響を与えてくる、まさに我々が心配しているような捜査方法がとられてくるんじゃないかということを私は心配しております。

 法務大臣、これは南野大臣もそういう点を言っておられますから、もう一度、ちょっとここで法務大臣の見解をお聞かせいただきたいと思います。

○杉浦国務大臣 通信傍受については、既に通信傍受法という法が制定されておりますので、もし通信傍受を行うとすれば、その法律に従って、要件に従って、手続的にも厳格な手続が規定されておりますけれども、なされることとなると思います。現時点で、共謀罪を導入させていただくことによって捜査方法を特段変更することを考えておるわけでないことは、南野大臣が答弁したとおりでございます。


日経新聞の解説記事(平成18年5月19日付朝刊3面)でも「捜査当局は『現行法制下では共謀罪はほとんど活用できない』との見方で一致している。幅広い通信の傍受や司法取引、おとり捜査など日本では認められていない捜査手法が使えないと立証が難しいため」と書いていたように、テロ犯罪集団などに対して本当に共謀罪で処罰しようとしたら、今よりずっと捜査手法を拡大させる必要があります。
杉浦国務大臣は、「現時点で、共謀罪を導入させていただくことによって捜査方法を特段変更することを考えておるわけでない」と述べて、現時点では捜査方法を拡大しないだけですから、共謀罪創設如何にかかわらず、将来的には捜査手法の拡大はありえます。将来の法改正については、今の議員・大臣は何も保証できないのですから、杉浦法相の発言は当然です。それだけに、共謀罪創設の是非に際しては、将来の捜査手法の拡大も予測して決める必要があるのです。




○平岡委員 この記事の中では、共謀罪が導入されたら、警察行政といいますか、警察の捜査にどういう影響が出てくるかということについても言っているんですね。

 共謀罪が始まったら、きっと重大事件の捜査に支障が出てくるだろうね。組織の一員と名乗るやつが密告してきたら、警察は一応捜査しなきゃならなくなる。こういうものが次々に出てきたらどうなるんだろうか。本当に大事な事件の方は人手不足になってしまうんじゃないか。こういう指摘もされています。

 どんどん密告が奨励されているわけでありますから、そういうものがふえてきた、そうなると警察の方も大変だろうと思うんですけれども、どうですか、警察の方の見解としては。

○米田政府参考人 この法律が成立、施行されれば密告がいっぱい来てという認識が果たしてそうなのかどうかというのは、ちょっと私どももよくわかりません。

 ただ、私ども想定しておりますのは、あくまで相手は犯罪組織でありますので、そうしますと、例えば暴力団とか薬物の密売組織とか、私どもは継続的にこれを見ております。組織内の動向ということもある程度は把握ができておるわけで、そういう中でいろいろな話が入ってくるということになりますと、例えば、一から、白紙の上でそういう話が入ってきてばたばた調べ回るというのではなくて、それはそれなりに対応できるのではないかというようには考えております。


要するに米田政府参考人は、重大事件の捜査に支障をきたすことはないと言いたいようです。しかし、「例えば暴力団とか薬物の密売組織とか、私どもは継続的にこれを見ております」と述べているように、継続的に見ていないような、新たな犯罪組織は想定外にしていますが、想定外だからといって、新たな犯罪組織に関して通報があった場合、捜査機関は無視するわけにはいかないでしょう。そうしたら、やはり重大事件の捜査に支障をきたすおそれはあるはずだと思うのです。 


 

○平岡委員 対応できるかどうかというのはわかりませんけれども、多分、大変大きな影響を与えるのではないかということは容易に想像がつくところであります。

 同じく、これは公安警察のOBの人の話ということで出ておりますけれども、共謀罪というのはこれから五年、十年かけて拡大解釈されていき、きっと治安維持法みたいになりますね。警察はノルマ社会だから、事件数の統計を伸ばして予算をとりやすくしたいんだよ。こういうことも指摘していますけれども、警察当局としては、こういうことになるとは多分言えないと思いますけれども、こういう指摘があることに対してどのようにお考えになりますか。

○米田政府参考人 私どもは、この法律が成立すれば、条文及び証拠に基づいて、それは適正に適用していきたいと思っております。

 それから、ノルマ社会ということでございますけれども、あくまで治安の維持に資するためにいろいろなことをやっておるわけでございまして、何も統計上の数字を伸ばしたいとかなんとかということを考えておるわけではございません。

○平岡委員 そうはおっしゃいますけれども、この記事でも指摘されていましたけれども、けん銃の取り締まりというものに力を入れていこうということになれば、高いお金を払ってでも、いろいろな取引をしてでもけん銃を入手するといったようなことが行われていることも指摘されているわけですよね。

 今警察当局が言われたことが、そのまま、はい、そうですかというふうに我々としては受けとめることはできない。こういう危険性を非常に大きく含んだ法案であるということを改めて指摘しておきたいと思います。……


米田政府参考人は、「私どもは、この法律が成立すれば、条文及び証拠に基づいて、それは適正に適用していきたいと思っております。それから、ノルマ社会ということでございますけれども、あくまで治安の維持に資するためにいろいろなことをやっておるわけ」と述べて、ノルマなんてないと言いたいようです。しかし、現場の刑事がノルマ社会だと言っているわけですから、米田政府参考人はあくまで建前を述べただけ、本音は別にあるということだと思います。ノルマで逮捕や捜索される一般市民は迷惑極まりないですが。




○平岡委員 そうはおっしゃいますけれども、この記事でも指摘されていましたけれども、けん銃の取り締まりというものに力を入れていこうということになれば、高いお金を払ってでも、いろいろな取引をしてでもけん銃を入手するといったようなことが行われていることも指摘されているわけですよね。

 今警察当局が言われたことが、そのまま、はい、そうですかというふうに我々としては受けとめることはできない。こういう危険性を非常に大きく含んだ法案であるということを改めて指摘しておきたいと思います。

 さらに、ジャーナリストの方が言っておるのでありますけれども、共謀罪ができても犯罪組織からの垂れ込みなどはあるはずがない。これはさっきの警察OBの方のお話でありますけれども、これについては、市民団体にスパイを潜り込ませてつぶすために使われるだけだろうというような指摘もあります。

 この点については、警察当局の方はまずどのようにお考えですか。

○米田政府参考人 私ども、先ほど申しましたように、あくまで法と証拠に基づいて適正に条文を適用してまいりたいということでございまして、特に念頭に置いておりますのは犯罪組織でございますので、犯罪組織を壊滅し、その違法行為を防止するために努力してまいりたいということでございます。


「市民団体にスパイを潜り込ませてつぶすために使われるだけだろうというような指摘」されて、さすがに米田政府参考人は「可能性は否定できない」と答えるわけにはいかないでしょう。ノルマがあり、共謀罪を使いやすい相手を選ぶのであれば、可能性としてはありうるとは思いますが。




○平岡委員 これ以外にも、今回のような共謀罪法案、犯罪組織のメンバーの密告を促すような内容になっている共謀罪法案については改めて必要とは考えられないというような警察OBの話もあります。

 そういうことを含めて法務大臣にお聞きしますけれども、こういうふうに警察の経験者の方々がいろいろな問題点を指摘している共謀罪を含む条約刑法、この立法に当たって、こういう指摘は多くの国民の皆さんが持っているんだろうと私は思うんですね。そういう国民の皆さんが持っている不安、心配、これに対して、法務大臣としてどのようにお答えになりますか。

○杉浦国務大臣 今回の与党の再修正案でより明確になりましたが、対象となるのは組織的な犯罪集団のみであります。その定義も厳格に定められておりますので、拡大解釈の余地はないと思います。一般の市民団体がその対象となることはあり得ないと理解いたしております。


この平岡議員の質問は、警察OBが共謀罪法案が必要ない、国民の不安をどう解消するのかというものですから、共謀罪創設の必要性や、もっとも国民が不安に思っている濫用の恐れへの対応ですから、大変重要な問い掛けです。
しかし、杉浦国務大臣は「定義も厳格に定められておりますので、拡大解釈の余地はないと思います。一般の市民団体がその対象となることはあり得ない」というだけです。どうやら、与党の再修正案を前提にした定義を前提にして述べているようですが、これだけの発言では不安解消には至らないように思えます。それに、共謀罪創設の必要性の有無については、何も答えていません。これでは、平岡議員の問いかけについて、きちんと答えたことにはならないと思います。




2.日本の刑法学では、「刑法において類推解釈は禁止されるが、拡張解釈は許されるのが通説である。……とはいえ、許される拡張解釈と禁止される類推解釈の限界を設定することは、論理的には可能であっても、実際には困難である」(西田「刑法総論」53頁)というのが通常の解釈です。そして、「わが国の判例は、かなり疑問な拡張解釈(あえていえば類推解釈)を行う傾向があるといってよい」(西田「刑法総論」54頁)のです。

こういう現在の刑法学の考えや判例からすると、「拡大解釈の余地はない」という判断自体あり得ませんし、たとえ現在の政府が想定していない団体に対しても将来は適用される可能性があるのが、通常の判断であるといえます。

東京新聞の記事に対する、政府の反論は不十分なものですし、共謀罪創設後の運用について「国民の皆さんが持っている不安、心配」は、(特に政府与党案では)解消されることはないと考えます。



なお、法務省はそのHPにおいて、5月26日に「『組織的な犯罪の共謀罪』をめぐる各方面からの御意見・御指摘について」というトピックスを掲載しました。これについては、「情報流通促進計画byヤメ記者弁護士」さんが反論を行っています。ぜひご覧ください。

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2006/05/27 [Sat] 23:30:27 » E d i t
政府は、国際的な信義や国際協調を理由として共謀罪創設法案の成立が不可欠と説明しています。では、この政府の説明は本当の理由なのでしょうか? 東京新聞(平成18年5月25日付朝刊)の「こちら特報部」を引用してコメントしてみたいと思います。


1.東京新聞(平成18年5月25日付朝刊24面)の「こちら特報部」によると、

攻防続く共謀罪法案 『国際協調 政府の建前』

 攻防が続く共謀罪法案。政府は国際的な信義を推進の柱にすえている。自民党の武部勤幹事長も『国際社会への約束』から法案成立は不可欠と訴えた。だが、政府は従来、国際条約についてケース・バイ・ケースで対応してきた。やはり、本音は国内向けの治安立法の新設ではないのか。

 共謀罪の根拠になっているのは、国連越境組織犯罪防止条約批准のための国内法整備だ。同条約は国境を超えたテロや麻薬犯罪などの取り締まりが狙い。日本は2000年12月に署名、03年10月に国会で批准を承認したが国内法整備のために未批准なままだ。

 『批准するか否かは政府の政治判断。批准するにしても、条約法条約で各国の事情から、条約の趣旨に反しない範囲で留保は付けられる。今回のケースもそうだ』と一橋大学の川崎恭治教授(国際法)は話す。

 その趣旨に絡み、国際人権擁護団体、アムネスティ・インターナショナル日本の寺中誠事務局長は『政府の法案は本意を取り違えている。この条約は1条で示すとおり越境犯罪集団が対象。各国の立法段階で『越境性とは独立して』とあるが、これは集団が国内犯であっても対応できる意味で、あくまで対象は越境犯罪集団に絞られるべきだ』と法案を批判する。

 一方、杉浦正健法相は4月下旬の記者会見で『119ヶ国がすでに締結し、法が成立しないと国際協調ができない』と言明した。だが、本当にそうだろうか。

 日本が国際的趨勢(すうせい)に背を向け、批准していない例は数多くある。戦争犯罪などを裁く国際刑事裁判所は現在、139ヶ国が署名、100ヶ国が締結している(05年10月現在)が、日本は当初、設立に積極的だったものの、これに反対する米国に配慮してか、現在まで署名すらしていない。

 冤罪(えんざい)の温床と批判のある代用監獄(警察留置場)の廃止も世界的な流れだが、政府は今国会で提出した受刑者処遇法改正案では、その恒久化と受け取れる内容を盛り込んだ。死刑制度も世界で118ヶ国が廃止したが日本は維持している。

 さらに条約に批准したが、国内法には触れなかったケースも多い。東京造形大の前田朗教授(刑事法学)は『1953年に加入したジュネーブ4条約が典型だ。戦争下での文民や戦傷病者の保護が定められているが、国内法整備が浮上したのは、92年のカンボジアPKOへの派遣で、それまで放置された』という。

 94年批准の『子どもの権利条約』でも、日本は国内法整備を必要なしとしていたが、批准後、婚外子差別の是正などで国連から勧告を受けている。99年加入の拷問等禁止条約でも、2年以内の報告書の提出義務を果たさず、提出したのは昨年の暮れだった。

 『結局、国際条約への対応は国際信義というより与党の政治判断で、その傾向は人権に関するものには冷たく、治安絡みは重んじるという二重基準だ』と山下幸夫弁護士は指摘する。

 山下弁護士は典型例として、共謀罪新設法案に含まれているサイバー犯罪防止の条項を挙げる。これも欧州評議会が音頭をとったサイバー犯罪条約への批准のために設けられている。

 『日本政府は、この条約の起草委員会に米国などとオブザーバー資格で参加したが、一方で欧州評議会は死刑制度に反対だ。このため、死刑制度を堅持する日本の資格剥奪(はくだつ)を検討している。治安立法は可で、死刑は不可という政治判断が働いた例だ』(同弁護士)

 今回の共謀罪法案をみる限り、政府は対象を越境犯罪集団に絞らず、国内法との整合性も十分に検討されたとは言い難い内容だ。山下弁護士はこう続けた。

 『政府は公には国際協調を建前としているが、本音は別だろう。国際協調の名の下に、国民を対象にした治安立法を作りたかったという意図が透けて見える』」

としています。




2.杉浦正健法相が「119ヶ国がすでに締結し、法が成立しないと国際協調ができない」と言明したり、自民党の武部勤幹事長も「国際社会への約束」から法案成立は不可欠と訴えています。この記事では、共謀罪創設の理由が、本当にこのような「国際協調」なのかどうかを検討しています。


この記事では、旧ユーゴスラビアでの住民への集団殺害やルワンダでの虐殺での経験から、個人の国際犯罪(集団殺害などの重大犯罪)に対応するため2002年に発効した国際刑事裁判所(ICC)でさえ、署名していないことなどを挙げて、

『結局、国際条約への対応は国際信義というより与党の政治判断で、その傾向は人権に関するものには冷たく、治安絡みは重んじるという二重基準』

を行っているといえるわけです。
そのため、

『政府は公には国際協調を建前としているが、本音は別だろう。国際協調の名の下に、国民を対象にした治安立法を作りたかったという意図が透けて見える』

と判断できると結論づけているのです。
「日本が国際的趨勢に背を向け、批准していない例が数多くある」わけですから、それだけでも「国際協調」を理由とすることには無理があります「国際強調」は単なる建前であって、本当の理由は治安立法創設である、というこの記事の結論は、妥当なものといえると思います。


ちなみに、米国は国際刑事裁判所(ICC)に強く反対しているのですが、その理由は「自国の軍人等が同裁判所に訴追されることへの懸念」(中谷=植木=河野=森田=山本「国際法」(有斐閣アルマ)(2006年)12頁)からです。ある意味、米国は、国際的な集団殺害を犯した自国民でさえ保護しようというのです。

これに対して、日本の政府は、国際協調を理由として、国民を対象にした治安立法となりかねない共謀罪を設けようというのです。以前からの繰り返しですが、共謀罪法案は、実際に捜査を行う刑事さんが重大事件の捜査が手薄になるから反対し、警察のノルマ達成のため乱用の恐れがあるのですから、捜査機関にとっても、一般市民にとっても有害無益な法案です。

このように、共謀罪創設法案は一般市民にとって有害無益なのですから、日本の政府も、ある意味、米国を見習って、もう少し自国民保護を考えて、共謀罪創設を止めてもいいのではないでしょうか



<追記>

「日本がアブナイ!」さんも、「政府&与党が共謀罪の成立を急ぐわけ + サウンドデモで逮捕」というエントリーで、政府与党が主張する「国際協調」について触れています。ぜひ御覧下さい。

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2006/05/24 [Wed] 06:38:47 » E d i t
朝日新聞の報道によると、杉浦法相は「共謀罪創設法案の採決に踏み切るべき」との考えを示したそうです。そこで、この考えは妥当なのかについて検討してみたいと思います。


1.asahi.com(2006年05月23日11時36分)によると、

再修正案なければ共謀罪「採決を」 杉浦法相

 共謀罪を創設する組織的犯罪処罰法改正案をめぐり、衆院法務委員会での強行採決が河野衆院議長の要請を受けて見送られた問題で、杉浦法相は23日、閣議後の記者会見で「すでに40時間以上審議しており、一つの法案としては破格に長い。採決する機は熟している」と述べた。民主党から再修正案が示されなければ、法務委での法案審議はこれ以上せず、採決に踏み切るべきだとの考えを示した。

 杉浦法相は19日の河野議長の裁定について「できるだけ円滑にという趣旨であり、さらに審議してほしいということではないようだ」と述べた。

 また、「先週末に、民主側から再修正の提案がされるはずだったのに出なかった」と述べ、民主党の対応を促した。」

としています。


(1) 杉浦法相は議員でもありますが、閣議後の記者会見で法務大臣として発言しているのですから、行政機関の一員としての発言です。
そして、「『採決する機は熟している』と述べた」のですから、「民主党から再修正案が示されなければ、法務委での法案審議はこれ以上せず、採決に踏み切るべき」との考えを示したという評価が妥当です。そうすると、行政機関が、衆議院の委員会の採決のあり方に対して、干渉(=口を出している)しているわけです。



(2) では、このように行政機関が議院の採決に干渉することは、妥当なのでしょうか?


「憲法は、議院の自律権という語を用いてこれを明示しているわけではないが、各議院が他の国家機関や他の議院から干渉などを受けることなく、自主的に内部の組織や運営について決定できることを保障している(例えば、議員の資格争訟:憲法55条、議院規則制定権:憲法58条、議員懲罰権:憲法58条2項など)(辻村「憲法」444頁から要約)」



このように、各議院には、憲法上、議院の自律権が保障されていますので、行政機関が各議院に干渉することは許されませんから、杉浦法相が衆議院に対して干渉することは許されません

各議院で構成される国会の権能のうち、最も基本的な権能は法律案の議決(憲法59条)であり、各議院での可決によって法律案が成立するのです。そうすると、各議院では、議院での採決の前に委員会で採決し、それによって議院の採決の結論が決まってしまうのですから、委員会での採決とそのあり方は、議院の権能として、最も基本的な権能といえます。

そうすると、杉浦法相という行政機関が、採決とそのあり方という議院の最も基本的な権能に対して干渉したのです。これは明らかに議院の自律権侵害であって、最も許されない干渉であるといえると考えます。


杉浦法相も与党議員であるのですから、その与党議員の立場としては、強行採決であっても採決してしまいたいという気持ちをもつことも、分からなくはありません。
しかし、杉浦法相は、法相である以上は、単なる与党議員ではなく行政機関の一員であるのです。議員としての立場と行政機関とのしての立場の違いについては、特に法律に関わる法相であれば、特に自覚すべきであったように思います。



(3) 「情報流通促進計画byヤメ記者弁護士」さんは、 「杉浦法務大臣に抗議を!~共謀罪に関して,行政府の長がしてはいけない越権発言」というエントリーで、

「これは,とんでもない越権発言だ。杉浦法務大臣は,行政府としての法務省の長であり,立法府が法律で定めたことを粛々と,中立的な立場から,実行に移していくことがその役割だ。立法府に対して,こういう法律をつくれ,ああいう法律をなくせ,などと口出しをする役割は有していない。

 議院内閣制という制度から,内閣にも法案の提出権はあるが,あくまでも,議院内閣制,すなわち,内閣が国会の多数派によって形成されているということを背景に,行政を担当し高度の専門知識を有する内閣に,便宜的に,法案提出権を認めているだけであって,提出された法案の審議については,国会の専権事項である。

 しかるに,杉浦法務大臣は,「共謀罪を成立さすべし」と発言し,国会の専権事項に口を出してしまったのである。」

としています。
こういった面でも問題のある発言であったといえると思います。「情報流通促進計画byヤメ記者弁護士」さんは、他の点でも問題点を指摘しています。ぜひご覧下さい。




2.もっとも、共同通信によると、

共謀罪、採決は来週以降に 与党に打開策なく
 2006年 5月23日 (火) 20:25

 与党は23日、「共謀罪」新設を柱とした組織犯罪処罰法などの改正案をめぐる衆院法務委員会採決を来週以降に先送りする方針を固めた。民主党が態度を硬化させる一方、「強行突破」には小泉純一郎首相が依然消極的なためで、与党は事態打開の糸口をつかみあぐねている。

自民党の細田博之国対委員長は同日午後、記者団に対し行政改革推進法案が26日にも成立の運びとなったことを踏まえ「行革法案が成立次第、(法務委採決を)強行するとの流言飛語が流れているがそういうことはしない」と明言。同党の矢野哲朗参院国対委員長にもこの考えを伝えた。」

としています。

「強行突破」には小泉純一郎首相が依然消極的ですし、与党は、委員会採決を来週以降に先送りする方針を固めたわけです。要するに、杉浦法相が何を言おうと何ら影響力がなく、与党の方針決定について何も知る立場にさえないというわけです。

思い起こせば、5月19日に採決されなかった際に、「午後3時過ぎ、そのまま委員会が終了すると、法案を提出した杉浦法相は『何が起こったのか分からない』と首をかしげた。」(朝日新聞(平成18年5月20日付朝刊1面: 「共謀罪創設の是非~今国会中の共謀罪法案成立は困難に(朝日新聞:平成18年5月20日付より)」参照)のですから、委員会終了後も、与党方針について知らなかったのです。これでは、法務大臣としてはもちろん、与党議員扱いもされておらず、単なる一般人と同じです。

そう考えると、杉浦法相が、議院の自律権を侵害する発言をしたとしても、一般人が発言したのと同じであり、実質的には行政機関の一員でなく、その発言は無視していいとさえ、いえるかもしれません。




<追記>

「保坂展人のどこどこ日記」さんも、「杉浦法務大臣、質疑打ち切り・採決の「指揮権発動」」で、杉浦法務大臣の発言の問題点を指摘しています。

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2006/05/22 [Mon] 04:16:11 » E d i t
東京新聞(平成18年5月21日付朝刊)において、「週のはじめに考える 『平等』を問い直そう」という表題の社説がありました。この社説についてコメントしたいと思います。


1.東京新聞(平成18年5月21日付朝刊)の社説によると、

http://www.tokyo-np.co.jp/00/sha/20060521/col_____sha_____001.shtml

 「週のはじめに考える  『平等』を問い直そう

 「格差は必ずしも悪くない」と小泉首相は言いましたが、激しい競争社会が招くのは、一握りの強者と多数の弱者です。「平等」は普遍的な価値であるはずです。

 卓球の愛ちゃんも、ゴルフの藍ちゃんも有名人ですが、天才チンパンジーのアイちゃんもそれに劣らず“有名人”です。

 愛知県犬山市にある京都大学霊長類研究所に、アイちゃんを訪ねたことがあります。人間とは何か。それをチンパンジー研究者・松沢哲郎教授に聞いてみたかったからです。

 ■人間とは共感する動物

 人間とは直立二足歩行し、文字や火、道具を使う動物だと、習った覚えがありました。喜怒哀楽のあるのが、人間だとも…。

 ところが、アイちゃんを知れば知るほど、人間の定義そのものが怪しくなってきました。何しろ、アイちゃんは0から9までの数字やその大小関係をちゃんと理解しています。モノの名前や色を表す漢字など百以上もの語彙(ごい)を持っているのです。

 「チンパンジーは“チンパン人”」と松沢教授は言いました。

 「言語を理解し、道具も使います。ほとんど人と変わりません。まさに『進化の隣人』といえます」

 では、人間とは…、ますます分からなくなります。松沢教授はこんな回答をくれました。

 「介護が必要になった者などに手をさしのべる行動は、チンパンジーには、ヒトほどのものはありません。ヒトは相互に助け合うように進化してきたのだと思います。人間とは、他者の立場に立って思いやる『共感する動物』といえるでしょう」

 助け合い、お互いを思いやるのが人間の本性である…、それが取材で感じられた結論でした。

 さて、市場原理主義が闊歩(かっぽ)する世の中です。米国式の弱肉強食主義や能力主義がはびこり、まるで競争に勝てばすべてという時代です。

 ■「一億総中流」はどこに

 何百億ものお金を手にするIT長者の現実を目の当たりにする一方で、貧困の問題も見過ごせません。

 一九九五年に六十万だった生活保護世帯は、もはや百万を突破しました。連合総合生活開発研究所の今春の調査では、収入格差の拡大を実感する人が六割強にのぼりました。

 「一億総中流」は見る影もありませんね。小泉首相は「格差が出るのは悪くない」と国会で答弁し、こう続けました。

 「成功者をねたむ風潮、能力ある者の足を引っ張る風潮を慎んでいかないと社会の発展はない」

 ねたんでも、足を引っ張ってもいけませんが、むしろ問題は富者はどんどん富み、貧者はますます貧しく…という風潮です。市場原理主義は「一人勝ち」を許します。勝ち組は一握りにすぎず、大半は負け組という冷厳な事態を生みます。「平等」という価値観について、問い直していいときではないでしょうか。

 古代ギリシャの哲学者・プラトンの時代から、「平等」については論じられてきました。当時はこんなことわざがあったようです。

 《平等は友情を生む》

 プラトンの著書「法律」(岩波文庫)にそれが記述されています。

 「奴隷と主人とでは、友情はけっして生まれない」としつつ、「くだらない人間と優れた人間とが、等しい評価を受ける場合も、やはり友情は生まれない」と書いてあります。そして、古いことわざは真実だと、プラトンは評価しているのです。

 たしかに米国のように、社長と社員の年収格差が百倍も千倍もあるような社会では、まるで主人と奴隷のような関係で「友情」などは生まれないでしょう。では、「くだらない人間と優れた人間」とは、どの程度の差が適当なのでしょうか。

 いわゆる「結果の平等」の問題です。でも、いくら有能といっても、米国のように収入が、百倍も千倍も違うというのは、ちょっと行き過ぎでしょう。血の通う人間同士にそれほどの隔たりがあるとは、とても思えません。

 従来の日本社会では、社長と社員の年収格差は、四倍程度といわれてきました。これこそが、戦後日本がつくり出した「一億総中流」という平等社会だったわけです。終身雇用や年功序列などの“セーフティーネット”に守られて、それなりに安定した社会でした。

 ヒトの全遺伝情報が解読され、チンパンジーのそれも、解読が終わりました。その結果、塩基配列の実に98・77%が同じでした。残る1・23%の部分に、人類の人類たるゆえんがあるはずです。

 ■「1・23%」の自覚を

 果たして、その1・23%とは何でしょう。「弱い者へ手をさしのべる」のが人間の本性ならば、今こそ、それを自覚したいものです。格差が固定し、教育や就業の機会が奪われてもなりません。「機会の平等」は何としても死守すべきです。

 それにしても、プラトンの時代のことわざは、ちょっと心にとどめておきたい言葉ですね。

 《平等は友情を生む》」

としています。

この社説では、平等は普遍的な価値であるのに、格差社会の広がりにより貧困層が増大しつつあり、いまや「機会の平等」の確保さえ、危ぶまれているといった趣旨を述べていると思います。
プラトンの著書「法律」(岩波文庫)から、「奴隷と主人とでは、友情はけっして生まれない」という印象的な文章を引いて、平等の実現を、「格差は必ずしも悪くない」と言う小泉首相と異なり、格差社会の是正を説いているわけです。




2.ここで出ている「平等」とはどのように考えられてきたのでしょうか? 「平等思想の歴史」について説明しておきたいと思います。
戸波江二「憲法」(新版)(平成10年、ぎょうせい)188頁~は次のように述べています。

 「平等思想の歴史

 平等の観念は、人権思想の基本前提をなす。個人の尊厳の原理に立脚する人権体系は、論理必然的に、すべての人が平等に尊重され、各人の人権が平等に保障されることを要求する。アメリカ独立宣言が『すべての人は平等につくられ』ていることを強調し、フランス人権宣言1条が『人は自由かつ権利において平等なものとして出生し、かつ生存する』と定めていることは、平等が近代人権宣言の基礎をなすことを物語っている。

 平等の思想の淵源は古く、ギリシャ時代にさかのぼるが、とりわけ中世キリスト教の『神の下の平等』の思想は近代的人権の平等観の素地をなした。もっとも、実際の中世社会には、封建制度に基づく身分差別が厳然として存在していた。『自由・平等』を標語とした近代革命は、まさにそのような封建性の打破をめざすものでもあった。

 近代革命を経て、平等が憲法原則として確立するが、しかし、それによって直ちに平等の理念が現実の社会で実現したわけではない。むしろ、平等の理念と社会の現実との間には矛盾があった。すなわち、個人の自由な活動を尊重する19世紀自由主義の下では、平等は『出発点の平等』『機会の平等』を保障するものであり、個人が自由に活動する可能性を各人に平等に保障するものとされたが、それは『結果の平等』を意味せず、各人の具体的な差異や自由競争から生じた結果の不平等を放置するものであった。

 このような形式的平等観は、現実の社会の富の偏在、社会的・経済的弱者と弱者との分化など、事実上の不自由・不平等を前にして批判されざるをえない。そこで、社会的・経済的弱者により厚く保護を与え、それによって一般国民と同等の自由と生存を実質的に保障し、事実の世界での現実の平等を達成しようとする実質的平等の思想が唱えられる。それは、社会国家・福祉国家の理念や社会権の思想とも結びつき、現代における平等のあるべき指標となっている。

 また、平等の実現にとって重要なことは、平等の理念が確立したというだけでは不十分であり、現実の社会構造や国民意識の中にある差別が実際に除去されなければならないことである。現に、近代憲法の成立以降も、貴族制度や奴隷制度は直ちに廃止されなかったし、人種差別や女性差別などは現代でも根強く残っている。特殊日本的な部落差別や朝鮮・韓国人差別は現実に日本の社会の中で克服されずに存在する。平等の理念は、現実の不平等との不断の戦いによってこそ達成されるのである。」


要するに、近代革命を経て、平等が憲法原則として確立したが、それは「機会の平等」を保障する形式的平等観であり、現実の社会の富の偏在など事実上の不自由・不平等がある以上、現実の平等を達成しようという実質的平等観が、現代における平等のあるべき指標であるのです。そして、平等の理念だけでは意味がなく、現実の不平等を除去すべく努力が必要であると論じているのです。




3.格差をなくすこと。これは人々がずっと、挑戦してきた課題でした。


(1) 東京新聞(平成18年5月14日付)の社説によると、
http://www.tokyo-np.co.jp/00/sha/20060514/col_____sha_____001.shtml

「格差是正は、いまに始まった話ではありません。いわば近代国家が成立して以来の大テーマといってもいいほどです。たとえば約百六十年前、カール・マルクスの一連の著作に始まる共産主義もそうでした。

 すべての労働者が自分の能力に応じて働き、格差のない公平な社会をつくる。それが理想だったのですが、結果は旧ソ連にみられる通り、非効率な政府がいびつなほど巨大に増殖し、最後は原発事故も引き金になって崩壊してしまいました。

 共産主義を含めて、人々が政府に期待する役割の一つは、いまも昔も「公平で公正な社会」の実現です。最近、会った中堅の自民党衆院議員がつぶやいた一言が、問題の重さを如実に物語っています。

 「格差是正。これはわれわれの魂に触れる課題なんだ。自民党の存在意義にかかわるといってもいい」

 自民党が格差是正とは、いまや意外に聞こえるかもしれませんね。でも、農村の生活水準改善に最も熱心な政党が従来の自民党だったことを思い出せば、納得できるでしょう。格差是正は洋の東西を問わず、あらゆる政治勢力が取り組んできた課題なのです。」

としています。
要するに、格差是正は洋の東西を問わず、あらゆる政治勢力が取り組んできた課題であり、本来、自民党にとっては「格差是正。これはわれわれの魂に触れる課題」なのです。



(2) 実際問題としても、国民年金の未納者は四割に迫る勢いですし、そのうち払う金がなくて未納状態という場合が多いでしょうから、将来、生活保護を受ける者が激増するはずです。

さらには、給食費さえ払えない家庭が増加しているとのテレビ報道や(例えば、 「給食費扶助家庭が急増―タウンニュース」参照。もちろん、生活困窮のためでなく、支払能力があるのに意図的に給食費を支払わない家庭もあります。)、低所得ゆえに1校くらいしか受験できない子供が増加しているとのテレビ報道もありました。これでは、良い教育を受ける機会さえ、奪われているといえるかと思います。

このように、現実的にも将来は確実に、現在においても、格差社会の弊害が深刻化しつつあるといえると思います。



(3) このように、憲法論という理念としても、現実の政治問題としても、実質的平等の確保は、取り組むべき重要問題であるのです。それどころか、今の日本社会では「格差が固定し、教育や就業の機会が奪われてもなりません。『機会の平等』は何としても死守すべき」とまで言われてしまうほど、形式的平等さえ失いつつあるという、深刻な状況にあるといえるようです。

言い換えると、資本主義社会である以上、格差が生じることは必然であるとしても、貧困層がより貧困になり、しかも増大するような格差社会は、格差を固定化し、実質的平等はおろか、結果的に「機会の平等」さえ保障されなくなるのです。この点で憲法上、問題であるのです。

小泉首相が「格差が出るのは悪くない」と言って、格差社会の是正を怠り、現実の不平等を除去すべく努力しないことは、政治問題としてだけでなく、憲法上も問題があると考えます。

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2006/05/20 [Sat] 17:16:03 » E d i t
与党は当初、5月19日中に衆院法務委員会で強行採決に踏み切る予定でしたが、採決を来週後半以降に先送りし、共謀罪創設法案の今国会中での成立は困難になったとの報道がありました。この報道について触れてみたいと思います。


1.朝日新聞(平成18年5月20日付朝刊1面)によると、
http://www.asahi.com/politics/update/0520/001.html

共謀罪法案 成立は困難  議長仲裁 首相ひそかに指示

 自民、公明の与党は19日、「共謀罪」創設を含む組織的犯罪処罰法改正案の衆院法務委員会での採決を先送りした。国会が空転し、審議停滞を懸念する小泉首相の意向を受けた自民党側が河野洋平衆院議長と調整。議長の要請を受け入れる形をとったものだが、大幅な会期延長がない限り、同法案の今国会中の成立は困難な情勢となった。

 与党と民主党は再び修正協議に入る構えだが、共謀罪が適用される対象犯罪などで隔たりは大きく、政府・与党側では「もはや歩み寄る余地はない」という見方が大勢。首相は会期延長には依然、否定的だ。議長を巻き込んだ収拾策をとったことで与党は採決を強行しにくくなり、会期内成立の見通しは立たなくなった。

   ◇強行回避「鶴の一声」

 「国対委員長は現場から突き上げられて苦労している。励ましてほしい」。小泉首相は19日夕、首相官邸で自民党の武部勤幹事長にこう語りかけ、国会運営の指揮をとる細田博之国対委員長を思いやってみせた。

 だが、「共謀罪」を盛り込んだ法案を19日に採決するという細田氏の強い決意をその日の朝になって覆したのは、当の首相の「鶴の一声」(党幹部)だった。

 19日午前10時半。国会内で細田氏は、公明党の東順治国対委員長らと会っていた。「きょうの採決はしない」。関係者によると、細田氏はこう切り出した。採決に反対する民主党を相手にともに戦ってきた公明党には寝耳に水だった。

 細田氏はこの後、自民党の矢野哲朗参院国対委員長、青木幹雄参院議員会長と相次いで会い、この方針を説明。その際、河野洋平衆院議長に調整を委ねる考えを示した。

 細田氏と東氏はこの後、河野氏と会談し、民主党の渡部恒三国対委員長との仲裁を求めた。国会空転の際に議長が事態収拾に乗り出すことはしばしばある。だが、委員会の採決前の段階で議長が動くのは、極めて異例の事態だ。

 議長とすれば、仲裁を求められれば「話し合いを続けて」と言うしかない――。河野氏の周辺は「議長は乗り気ではなかった」と明かす。

 一方、午後1時開会の法務委員会では、こうした動きが十分に伝わらぬまま質疑が続けられていた。採決に移る気配がないので与党理事の一人は国対に電話をかけ、「どうなっちゃってるの?」。返事は「粛々と質疑して下さい」だった。

 午後3時過ぎ、そのまま委員会が終了すると、法案を提出した杉浦法相は「何が起こったのか分からない」と首をかしげた。

 自民党幹部の一人は、首相の意向と民主党の強硬姿勢に板挟みになった細田氏らについて「困り果てた揚げ句、議長にお願いしたということだ」と指摘し、「漂流国会だ」とつぶやいた。

   ◇「行革」「医療」を優先

 国会運営については「執行部に任せています」としてきた首相の「指令」は突然だった。だが、その意図ははっきりしている。

 「官邸が最重視するのは、行政改革推進法案と医療改革法案だ。共謀罪と、どちらを優先させるかということだ。議長を登場させたのは、現場を納得させるためだったのではないか」。複数の自民党国対関係者は、そんな見方で一致する。

 参院では22日に医療制度改革関連法案が審議入りし、26日には行政改革推進法案成立が見込まれる。ここで「共謀罪」法案を強行採決し、民主党に1週間も審議拒否されれば、こうした日程が流動化し、首相が否定している会期延長に追い込まれかねない――。首相側はこう懸念したようだ。

 一方、これで「共謀罪」法案の今国会成立は難しくなった。民主党の小沢代表は与党との対決姿勢を強めており、修正合意は困難と見られるからだ。与党内には「継続審議か、廃案か」との声が出始めている。

 思わぬ事態に、法務省幹部はこう漏らした。「テロに見舞われた気分だ」」

としています。



2.昨日(19日)段階では、asahi.com(2006年05月19日13時34分)によると、
http://www.asahi.com/politics/update/0519/004.html

与党、共謀罪法案の採決先送り 河野議長が要請

 河野洋平衆院議長は19日午後、自民党の細田博之、公明党の東順治の両国会対策委員長らと衆院議長室で会談し、与党が同日に予定していた「共謀罪」創設を盛り込んだ組織的犯罪処罰法改正案の採決を先送りするよう求めた。与党の採決方針に対し民主党が審議拒否を辞さない強い姿勢を示していることを受け、国会の混乱を懸念したためで、与党は議長の要請を受け入れる方針だ。

 河野議長は会談の冒頭、同法案について「国民の一大関心事になっている。私も事態を心配している」と語った。

 与党側は当初、同法案を修正した上で19日中に採決する方針だったが、修正協議を続けてきた民主党が同日午前の臨時役員会で与党の修正案は受け入れず、採決にも反対する方針を決めた。小沢代表は「与党案は極めて弊害が多い。強行採決を与党が図るなら、我々としては強い態度で臨むべきだ」と語った。

 こうした情勢を受け、与党側は善後策を協議。河野議長は自民党国対幹部に「国際条約に関係する法案を政争の具にするのはよくない」として、採決の見送りを求めたという。別の国対幹部は同日午後、国会内で「議長裁定が出る」と述べた。……」

ということでしたから、
強行採決を先送りした理由は、河野衆院議長からの円満な審議の要請と、強行採決の結果、民主党が全面的な審議拒否をすることによる、国会の混乱(他の重要法案への影響)の回避とされていました。

しかし、実は、河野衆院議長の仲裁も小泉首相の指示であり、法案採決回避は、もっぱら小泉首相の政治判断だったというわけです。



(1) 河野議長は、「国民の一大関心事になっている。私も事態を心配している」とか「国際条約に関係する法案を政争の具にするのはよくない」として、採決の見送りを求めたわけですが、これは実によくできた、十分に納得できる理由であったと思いました。

「国民の一大関心事」ということは、強行採決した場合、国民の反発を受け、この共謀罪法案に対する国民の理解が得られないおそれがあるからです。
また、共謀罪法案は、国際的な組織犯罪を防止するという国際条約の整備のための法案であって、各国との協力関係を円滑にするためのものなのですから、国内的利害対立が生じる性質の条約・法律ではないのです。ところが、審議が進まずに、国内的な「政治上の主義や主張についてのあらそい」の問題になる恐れが高くなっていて、「政争の具」となっているからです。

ただ、結局は、小泉首相の指示に基づくものであって、強行採決を止めるべく「現場を納得させるため」の言い訳に過ぎなかったというわけです。


いずれにしても、三権のうち、国会の長の一人である「衆院議長」が仲裁に入ったのですから、特に議院の一員である国会議員は、議長の仲裁を尊重することになります。そうなると、「議長を巻き込んだ収拾策をとったことで与党は採決を強行しにくくなり、会期内成立の見通しは立たなくなった」との判断に行き着くことになるわけです。



(2)朝日新聞(平成18年5月20日付)の記事によると、採決しないとの申し出は、「採決に反対する民主党を相手にともに戦ってきた公明党には寝耳に水だった」ようですから、公明党はまさに道化師ですね。

公明党は、支持宗教団体が治安維持法で被害を受けたにもかかわらず、治安維持法になりかねない共謀罪法案を成立させるため、積極的に公明党議員が質疑を行っていたのに、土壇場で、小泉首相の「鶴の一声」で採決しないとなったわけですから。

だからといって、土壇場で止めたからといって、強行採決という不自然な採決を求めるのもおかしな話です。ですから、おそらく、これからも、公明党、さらには支持宗教団体も道化師を演じ続けるのでしょう。傍目から見ると、哀れに感じますが、当人が道化師役を望むのであれば、何も言うことはありません



(3) 民主党の小沢代表は、こういう結果を予想していたかどうかは分かりませんが、駆け引きのうまさを感じます。前原代表やその執行部は、メール問題でさえ、処理に失敗したのですから、おそらく前原代表では、こういう駆け引きはできなかったのではないでしょうか。
駆け引きのうまさは、公明党という道化師を駆使しつつ、土壇場での強行採決回避という、小泉首相の政治判断にも当てはまりますが。

こういう政治的な駆け引きで、共謀罪法案の行方が翻弄されるのはどうかと思いますが、どういう経過であれ、 共謀罪法案は、実際に捜査を行う刑事さんが重大事件の捜査が手薄になるから反対し、警察のノルマ達成のため乱用の恐れがあるのですから、捜査機関にとっても、一般市民にとっても有害無益な法案です(「共謀罪創設の是非~「刑事が反対する理由」(東京新聞平成18年5月18日付)」参照)。ですから、採決されず、成立困難になること自体は妥当であると考えています。
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2006/05/18 [Thu] 23:32:51 » E d i t
共謀罪創設の是非については、東京新聞は連日報道している状態です。昨日(平成18年5月17日付)も「核心 乱用・拡大解釈 共謀罪尽きぬ懸念 『議論尽くした』と言うが…」という表題で報道していました。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/kakushin/20060517/mng_____kakushin000.shtml
ここでは、東京新聞・平成18年5月18日付朝刊より「こちら特報部」での「刑減免より犯罪組織が怖い  共謀罪 刑事が反対する理由」という表題の記事を引用して検討してみたいと思います。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20060518/mng_____tokuho__000.shtml


1.東京新聞(平成18年5月18日付朝刊24・25面)の「こちら特報部」によると、

刑減免より犯罪組織が怖い 共謀罪 刑事が反対する理由

 窃盗など619種類の罪に関し、実行しなくても話し合えば罪になる「共謀罪」の新設法案。政府・与党は「犯罪組織摘発に必要」と強調し、自民・公明両党の衆院法務委員会での採決強行が目前といわれる。しかし、この主張には、元刑事など警察関係者からも「今に条文の拡大解釈が進み、治安維持法の復活につながる」との声が上がる。題して「刑事(デカ)さんたちが反対する、これだけの理由」-。

 関東地方のある駅前。男は巨体を揺すり、通行人をびびらせるようなこわもてで待ち合わせ場所に現れた。エナメルの靴、金色のブレスレット。並んで歩くのは勘弁願いたいと思う服装も、昔と変わりない。

 「こちら特報部」が、この男に会おうと思ったのは「日本を荒らしまくる外国人をしょっぴくには、共謀罪は欠かせない法律さ。さて、共謀罪の運用実務だがな」-こんな立て板に水の講釈を聞きたかったからだ。殺人、誘拐、放火など凶悪犯罪捜査一筋の刑事人生。「日教組と共産党は大嫌い」と吐き捨て、在日外国人も出入りする飲食店内で、ことさら韓国・朝鮮人や中国、ロシア人の蔑称(べっしょう)を口にするこの男なら、捜査現場での共謀罪の展開方法を楽しげに語るに違いない。

 繁華街裏手の居酒屋。警察人事の話などで、ひとしきり盛り上がると、男はショートホープの燃えさしを灰皿にこすりつけて、「キャリアが考えそうな法律だわな」と唇をゆがめた。

 「いいか。暴力団やらテロ集団一味の中から、警察に密告するヤツが出てくると思うか。しっかりした犯罪組織ほど、それはあり得ないんじゃないのか」

■重大な事件の捜査が手薄に

 でも、共謀罪法案には自首の減免規定があるから密告者も出るのでは?

 「坊や、あいかわらず、おりこうさんだねえ」と冷笑して、男は続けた。「それが甘いって言うのよ。刑が減免されたところで、組織の回し者に殺されたら何になる? 警察が一生、守ってくれるわけでもないのに。ヤクザとテロリストはな、警察より組織が怖いのよ。坊やの意見は、おりこうさんのキャリア官僚と同じ机上の空論ってやつよ」

 だから、年がら年中、盗聴をやるってとこに行き着くんじゃないですか?

 「ふん。そこは分からんけどね」

 「共謀罪が始まったら、きっと重大事件の捜査に支障が出てくるね」。男は、政府の国会答弁と正反対のことを言い出した。

■すでに現場は負担過剰気味

 「組織の一員と名乗るヤツが密告してきたら、警察は一応、捜査しなきゃならなくなる。で、とどのつまり犯罪じゃありませんでした、と。こんなヤツが次々に出てきたら、どうなんの? 本当に大事な事件の方は人手不足になっちまう」

 警察の現場は今でも負担が過剰だという。「知ってるか? 同棲(どうせい)中に浮気した本人が元カレやら元カノから『ストーカーされてます』って警察に言ってくる。昔だったら民事ですよで終わったけど、市民相談とか言ってさ、今は山のように持ち込まれてる。調べると、ほとんどは本人が悪い。でも、市民相談受けたら、なんでもかんでも調べて、報告書、書かなきゃいかんってことになってんだよ、今は。そのうえ共謀罪? 人手不足もいいとこになるって。世間の風向きばかり見てる官僚には分からんだろうがね」

 「私は愛国心とかが好きだし、左翼なんかは好きじゃないんですけどね。でも、共謀罪は五年、十年かけて拡大解釈されていき、きっと治安維持法みたいになりますね。え、この電話ですか? 盗聴されてるかもしれませんけど、構いませんよ。間違ったこと言ってるわけじゃないから」。受話器から、いかにも公安警察OBらしい折り目正しい声が響いてきた。

 ある県警のノンキャリアとして公安捜査に従事してきた彼は「共謀罪が左翼、右翼やNGOを狙い撃ちした立法とは思わないが、将来的には、そういうツールになるでしょう」と言う。

 「例えば、外事警察の動きを見てください。破壊活動防止とか、本当の仕事に力を注ぐべきなのに、外国人のオーバーステイとか、簡単な事件ばかりやっているでしょ。警察はノルマ社会だから、事件数の統計を伸ばして予算を取りやすくしたいんです。犯罪組織が対象だという共謀罪だって、法施行から数年後、あれっと気づいた時には、犯罪組織よりも市民団体に矛先が向いているだろうことは想像に難くありません」

 「予算を削られたくないという役人根性も共謀罪が出てきた背景でしょうね。公安の中には、左翼取り締まり全盛時代に回帰したいと思う人々がいる。取り締まる事案がないなら、別の仕事をすればいいじゃないかって、普通は思いますよね。でも、彼らは違う。長年やってきたことの否定は、人格否定されるような気持ちになるんです」

■すでに公安は独自情報収集

 「それに公安は、対象の組織に潜り込んだり、人間関係をつくって情報収集する手法をやってますから、犯罪組織メンバーの密告を促すような共謀罪法案があらためて必要とは思えません」とも付け加えた。

■警察依存の末『国民も責任』

 「ただ、こういう法案を提出させてしまうのは国民の責任でもあると思う。警察の力で事件を未然に防いでほしいという、警察依存の気持ちが昔より強まり、マスコミも同調している。そこに、行け行けどんどん型のキャリア官僚の思惑が結びついた気がします」

 元読売新聞大阪本社の事件記者で、捜査機関の内情に詳しいジャーナリスト大谷昭宏氏は「捜査現場の声は当を得ている」としたうえで、こう語る。

 「検挙率80%を誇ったころの日本警察を優等生だとすれば、同20%台の今の警察は、できの悪い息子みたいなもの。暴力団対策法(暴対法)、通信傍受法、共謀罪という名の高価な学習机や電気スタンドを次々にねだる。親である国民は暴対法を買い与えたが、息子の成績は伸びず、暴対法施行ごろ五万数千人だった暴力団がそれほど減ってはいない。なのに息子は『僕のせいじゃない。共謀罪も買って』とせがんでいる。私には、そう見える。共謀罪ができても犯罪組織からのタレコミなどあるはずがなく、市民団体にスパイを潜り込ませてつぶすために使われるだけだろう」

 大谷氏は「法律の使われ方が変遷するのは間違いない。霞が関の官僚が机の上で考え出した“銃器対策”がいい例だ。全国の警察に銃器対策課をつくった結果、ノルマが生じ各地で(銃器発見)の“やらせ事件”が発生した」と指摘する。

 たしかに、警察が暴力団組員に、妻の釈放と引き換えに拳銃提供を要求した事件や、警察官が二百万円で拳銃四丁を購入する事件、拳銃発見の捏造(ねつぞう)事件などが相次いでいる。

 「警察は『あんなに苦労して法案を通したのに、全然、共謀罪の摘発件数が上がらないじゃないか』との非難を恐れて、数字を上げるのに必死になる。そのために、住民団体を犯罪者集団に仕立て上げていくだろう。刑事警察は、プライドにかけて共謀罪を使わないと思うが、公安は別件逮捕に使うだろう」

<デスクメモ> 「ハム(公安)は法律なら軽犯(罪法)から始まって何でも使うから、共謀罪は使い勝手のいい道具になるんじゃないの」。生活安全部畑が長かった元刑事の言だ。問題は道具の使い方だ。ビラ配りで逮捕、長期留置なんて乱暴な摘発も目立つが、“ノルマ”のために逮捕されたらたまらない。まさかねぇ…。 (透)」

としています。




2.この記事は、実際に共謀罪の捜査を行う刑事さんの発言を取り上げていることから、大変意義のあるものです。共謀罪が創設された場合の実際の運用が、確実性をもって予想できるわけですから。


(1) この記事では、共謀罪創設法案で規定している、自首の減免規定の効果について触れています。この自首減免規定は、事件を未然に防止するため、実行着手前に警察に届け出た(自首した)場合は、刑を減免するというものです。

記者の「共謀罪法案には自首の減免規定があるから密告者も出るのでは?」という問いかけに対して、
この刑事さんは、

「いいか。暴力団やらテロ集団一味の中から、警察に密告するヤツが出てくると思うか。しっかりした犯罪組織ほど、それはあり得ないんじゃないのか
「坊や、あいかわらず、おりこうさんだねえ」と冷笑して、男は続けた。「それが甘いって言うのよ。刑が減免されたところで、組織の回し者に殺されたら何になる? 警察が一生、守ってくれるわけでもないのに。ヤクザとテロリストはな、警察より組織が怖いのよ。坊やの意見は、おりこうさんのキャリア官僚と同じ机上の空論ってやつよ

と答えています。
要するに、元々、共謀罪適用の対象としているテロリスト集団の場合、自首して密告したら組織から殺害される可能性があるのだから、実際上、密告なんて到底あり得ず、自首減免規定はまったく無意味だというわけです。

自首減免規定は、一人で犯罪を行う場合や犯罪の実行に着手し犯罪発覚前の段階では、意味があるでしょう。
しかし、共謀段階において自首減免規定が実効性をもつためには、犯罪組織からの追求から自首した者を保護する措置が必要です。そのための措置としては、アメリカなど各国では「証人保護プログラム(Witness Security Program)」(証言者に対して新しい氏名・住所の付与や24時間体制の保護を行う)がありますが、日本ではそのような措置は存在しません。

おそらく条約で規定している自首減免規定を、そのまま国内法でも規定する意図なのでしょうが、「証人保護プログラム」のない日本では自首減免規定は無意味でしょう。この刑事さんが「机上の空論」と厳しく批判することはもっともなことだと思います。



(2) 最も注目すべき記事の部分は、共謀罪創設による捜査への影響です。

共謀罪が始まったら、きっと重大事件の捜査に支障が出てくるね」。男は、政府の国会答弁と正反対のことを言い出した。
「組織の一員と名乗るヤツが密告してきたら、警察は一応、捜査しなきゃならなくなる。で、とどのつまり犯罪じゃありませんでした、と。こんなヤツが次々に出てきたら、どうなんの? 本当に大事な事件の方は人手不足になっちまう
「…市民相談受けたら、なんでもかんでも調べて、報告書、書かなきゃいかんってことになってんだよ、今は。そのうえ共謀罪? 人手不足もいいとこになるって世間の風向きばかり見てる官僚には分からんだろうがね

のところです。


私は「組織的な犯罪に関する共謀罪の創設の是非(下)」というエントリーにおいて、
 

「犯罪の実行に着手する前の段階での検挙できるとしても、共謀事実自体についての立証を必要とするのですから、共謀段階で有罪にできるほどの証拠まで集める必要があります。そうなると、有罪とすることができず、無駄に終わる捜査が増加すると思われますし、他方で、もし共謀罪立証を重視するとなると、既遂に至った場合の捜査の方が疎かになる可能性も出てきます。…

 このように現在でさえ、検挙率が下がっているのです。共謀罪で検挙する場合が増えるとしても、一般市民にとって最も重視して欲しい、既遂に至った場合の検挙が減ってしまい、犯罪を繰り返す者を検挙できず、結局は一般市民の利益・社会公共の利益に繋がらないおそれさえあるのです。

 共謀罪規定を創設することで、抽象論や理念としては「その実行に着手する前の段階での検挙・処罰が可能となり,被害の発生を未然に防止できる」としても、実際上は、共謀罪規定を創設することで、かえって「被害の発生防止」につながらないおそれさえあるように思えるのです。」

と指摘していました。

共謀罪創設法案には、色々な法律上の問題点があり、一般市民の言動が不当に制約される危険性があることはもちろんですが、私がまず心配したことは、共謀罪摘発に比重がかかり、既遂に至った犯罪や犯罪を繰り返す者の捜査(及び重大事件の捜査)の方の捜査がおろそかになる点でした。
処罰規定を増やせば、特に619種類もの犯罪規定を増やすのですし、しかも、より立証が難しい共謀罪を、有罪にできるだけの捜査も行うことになるので、現場の刑事さんの負担は膨大となるからです。

やはり、刑事さんも、本当に大事な事件の方が人手不足になって、検挙できず、いつまでも野放しになってしまうことを危惧しているのです。刑事さんが「世間の風向きばかり見てる官僚には分からんだろうがね」と侮蔑するのも当然でしょう。



(3) また、生活安全部畑が長かった元刑事が「ハム(公安)は法律なら軽犯(罪法)から始まって何でも使うから、共謀罪は使い勝手のいい道具になるんじゃないの」と指摘するように、共謀罪規定を必要としていると予想される公安警察も、公安警察OBによると、
 

共謀罪は五年、十年かけて拡大解釈されていき、きっと治安維持法みたいになりますね。」
「犯罪組織が対象だという共謀罪だって、法施行から数年後、あれっと気づいた時には、犯罪組織よりも市民団体に矛先が向いているだろうことは想像に難くありません」
「それに公安は、対象の組織に潜り込んだり、人間関係をつくって情報収集する手法をやってますから、犯罪組織メンバーの密告を促すような共謀罪法案があらためて必要とは思えません

というのですから、犯罪組織摘発のためには、共謀罪規定を必要とする捜査機関は皆無のようです。むしろ、公安警察自体が、すでに治安維持法みたいになるとさえ言っているのですから、有害無益な法律案です。



(4) このように、共謀罪を必要とする捜査機関がなく、かえって重大事件の捜査に支障をきたすとして迷惑しているのです。最初から重大事件の捜査が手薄になることは、一般市民の生命・財産の保護に欠けることになって、一般市民に非常に不安を与えることにもなります。


実際に捜査を行う刑事さんが反対する共謀罪をあえて創設することは、捜査機関にとっても、一般市民にとっても有害無益なことです。共謀罪創設法案(特に政府・与党案)は不要というべきです。強行採決した場合、自民党と公明党は信用に値しない政党だと考えます

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2006/05/17 [Wed] 21:39:46 » E d i t
「共謀罪」創設法案について、東京新聞は積極的に報道しています。その東京新聞(2006年5月16日付朝刊)の「こちら特報部」から「続・共謀罪 政府答弁を検証」を引用したいと思います。


1.東京新聞(2006年5月16日付朝刊28面)の「こちら特報部」によると、

続・共謀罪 政府答弁を検証

 法律違反行為を相談し合うと摘発対象となる「共謀罪」創設法案。2日付「こちら特報部」が掲載したケーススタディーをめぐる参院決算委の審議のもようを昨日に続き、お伝えする。同法案は今週内にも衆院法務委で与党が採決を強行する可能性がある。

 参院決算委で高野博師委員(公明)が、特報面が取り上げた5つのケースのうち3つを「共謀罪に該当しないはず」と質問。法務省の大林宏刑事局長が同意した。

 特報面は「ケース3」として「脱税をもくろむ会社社長が顧問税理士に『経費水増しの帳簿操作をしたい』と持ちかけた。税理士は実行するつもりがなかったが『いいですよ』と言って、その場をやり過ごした」事例が「法人税法違反の共謀罪となる」との見方を紹介した。

 決算委で大林局長は「そういう話が冗談で出ることはあるが、具体的に、そういう合意がなされるのだろうか」と答弁、同罪は成立しないとの考えを示した。

 一方、日弁連の共謀罪問題担当をはじめとする複数の弁護士は「この答弁のキーワードは『冗談』と『合意』の2つ」とし、こう指摘する。「法務省は冗談が罪になるはずがないと強調したいのかもしれないが、捜査や裁判実務とかけ離れた答弁だ。現在でも取り調べや裁判の中で、容疑者や被告が『冗談で言っただけだ』と反論をすることが、度々ある。たとえ本人が冗談のつもりでも、捜査対象になるのが現実だ」

 また「法務省は『どの経費を水増しするか』など具体的な話し合いをしなければ『合意』とはみなさないと強調したいのかもしれないが、これも捜査現場で通用しない考え方だ。顧問税理士は普段から、この会社の帳簿を見ており、経理状況を把握しているから『水増ししたい』という言葉だけで具体的に何を求められているかピンときたに違いない――共謀罪の捜査が始まれば、捜査現場は、こう考え、裁判官も同じ考えに立つはずだ」と指摘する。

 ケース3をめぐり、大林局長は「社員の継続的な結合関係の基礎が重大な犯罪等を実行するというふうに認められるのか。犯罪行為を実行する目的が構成員の結合関係の根拠になっている組織なのだろうか。こういう点を考えると、共謀罪の成立要件に欠ける」とも答弁した。

 この点に、弁護士側は反論する。「会社と顧問税理士や、会社と監査法人は会計処理について一体化した存在であり、継続的な関係にあると考えるのが常識だ」「脱税しようとしたのは、この時が初めてだったとしても、それ以前に、脱税と紙一重の節税対策を取っていたということで、捜査機関が継続的な関係とみなし、共謀罪の捜査対象にすることは十分あり得る」

 あるベテラン弁護士は「答弁中の継続的という言葉が、初回なら罰せされないという誤解を招く危険がある」と指摘し、こう話す。「業務上過失傷害などの『業務上』とは、反復・継続して行う行為を指すといわれているが、法律実務上は初回でも反復・継続とみなされている。例えば、免許取りたての人がはじめてマイカーで出かけた日に、歩行者をひいてしまったとする。初めてだから反復・継続にあたらず、業務上過失傷害罪は成立しない――というのは学生の理論だ。実際の捜査では業務上過失傷害罪が適用されているし、裁判も、同罪が成立する判例ができあがっている。」

 しかし、法務省が罪にならないと国会で明言したものを裁判官が有罪にするのか。これについて弁護士らは、こう口をそろえる。「裁判官は行政から独立しており、法律の条文にのっとって有罪、無罪を判断する。国会で、いくら答弁や付帯決議を引き出しても、条文に明記されない限り、裁判では考慮されない。議員は、それらをきちんと理解し審議してもらいたい」」





2.この東京新聞が引用した政府答弁は、「参議院インターネット審議中継」(2006年5月10日・決算委員会)での公明党・高野議員の質疑と政府答弁です。


(1) 東京新聞で取り上げたのは、ケース3の事例について、共謀罪の成立要件のうち、2つの要件が欠けているとの政府答弁を記事にしたものです。

2つの要件とは、

・「共謀」性の要件、すなわち特定の犯罪が実行される危険性のある合意が成立すること、
・「団体」性の要件、「団体」とは、共同の目的を有する多数人の継続的結合体であって、その目的又は意思を実現する行為の全部又は一部が組織(指揮命令に基づき、あらかじめ定められた任務の分担に従って構成員が一体として行動する人の結合体をいう。以下同じ。)により反復して行われるもの(組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律2条)

であり、前半の記事が「共謀」性、後半の記事が「団体」性についてのものです。



(2) 「組織的な犯罪に関する共謀罪の創設の是非(下)」でも触れましたが、理論的には「冗談であれば故意(刑法38条1項)がなく、犯罪は成立しません」し、政府委員が述べているように冗談であれば「共謀」自体がなかったとも評価できると思います。

しかし、東京新聞での記事で触れているように、「たとえ本人が冗談のつもりでも、捜査対象になるのが現実」ですから、捜査対象になっただけで著しい不利益を受ける一般市民にとって、大変な萎縮効果をもたらすことになります。

また、政府案の共謀罪では「予備行為」といった犯罪性のある行為なしに、「共謀」性の要件を満たすのですから、今までより一層、冗談であって故意や共謀がないという反論が通らず、処罰される可能性が高いといえると思います。



(3) 「参議院インターネット審議中継」(2006年5月10日・決算委員会)での公明党・高野議員の質疑での大林局長の答弁では、「共謀」段階で摘発することは困難であって、犯罪を実行した後に犯人を逮捕した後に、余罪として共謀罪を追求することになると述べています。


しかし、そうなると、犯罪防止のために共謀罪を創設するといった、政府の説明は理由がないことになります。逮捕後、刑務所に入れば、しばらく犯罪行為を実行できないのですから、共謀罪規定自体は犯罪防止に寄与しないといえ、共謀罪を創設しても無意味なのですから。

やはり、わざわざ共謀罪を創設する意図は、捜査機関が予め目をつけていた複数人(団体)を狙い撃ちするとか、悪意をもった一部の市民や業者の通報により、捜査機関が逮捕・捜索差押えを行うことのように思えます。そうなると、「相互監視社会・警察国家になる可能性がある」「共謀罪―5つの質問―  2003年12月 自由法曹団」)という疑念は晴れないのです。


 いくら政府や与党が、一般市民には不利益は及ばないと宣伝しても、共謀罪創設法案の条文を素直に解釈し、それを実際の実務に照らし合わせると、東京新聞の記事に出ていた弁護士側の考えの方が妥当と考えます。多くの市民や団体が共謀罪創設によって、不当に行動を制約されると不安視することは、当然なのではないでしょうか。




4.私は共謀罪を創設すること自体、疑問視していますが、少なくとも、不安を払拭するほどの規定(要件全ての厳格な定義規定の設置や対象犯罪をごく僅かにする・予備行為の要件化など)が必要だと考えます。国会で政府・与党がいくら「大丈夫」と言っても、捜査や裁判では何らの保証にならないのです。


もう一度、「第164回国会 法務委員会第22号(平成18年5月9日)」での桜井よしこさんの発言を引用しておきます。

「今回の法案を見ますと、これが国連の条約に合わせて国内法として整備するという側面は十分に理解できるのでありますけれども、もしかして、この国連条約の域を超えている部分があるのではないか、日本の法体系になじまない面があるのではないか、もしくは、組織犯罪集団というけれども、本当にそれが組織犯罪集団にだけきちんと限られているのか、もしくは、これは拡大解釈されて、共謀しましたね、あなた、うなずきましたねというふうな、一種の心の問題にまで、内面の問題にまで踏み込んでいく危険性はないのか、こうしたことを慎重に考えなければならないだろうと思います。

 なぜこのようなことを申し上げるかといいますと、例えば、私たちは個人情報保護法案というものを体験しております。これは一年前に導入されました。そして、今や、これがどのような使われ方をしているかというのは、多分議員の皆さん方も、これは幾ら何でも行き過ぎじゃないのという事例が全国津々浦々、少なくないわけですね。だれも、法律をつくるとき、このような事態が出現するとは恐らく考えなかったであろうというふうに思います。……

 例えば、自民党も共謀罪に関しては、共謀罪に資する行為というふうな歯どめをおかけになりました。これは私は評価したいと思いますし、民主党の方は、予備行為、準備行為ということを言いました。これも私は評価をしているわけです。私は、この二つの案の細かい相違ということを、重箱の隅を針でつつくような議論は実はしたくないのでありまして、私の心の中で考えていることは、もしここで、歯どめをかけましたよ、規定しましたよということでみんなが納得してこの法律をつくったと仮定いたします。その後一体どうなっていくか、これは住基ネットで非常にはっきり出ているわけですね。

 住基ネット、私は、全国でいろいろなところを駆けめぐって、あの住基ネットシステムに反対をした本人でございます。そのとき、総務省とさまざまなやりとりをいたしまして、総務省は、いえ、この住基ネットはごく限られた政府の事務に使うんですということから始まりました。それで、導入されて五年目になろうとしているわけですが、今、すべての政府事務にこの住基ネットが使用されているわけですね。範囲が飛躍的に拡大されました。途中で変えられていくことについては、議員の皆さん方もほとんど留意なさらない。メディアもほとんどこれを報ずることがない。知らないうちにわっと広がっていっているわけですね。

 ですから、私は、日本国民を守るという意味での、共謀罪という法律の名前そのものがかなりおどろおどろしいわけではありますけれども、この趣旨は大事なものだとは思うんですけれども、しかし、それを安易に導入してしまった後でどこまで拡大するのかということについて、過去の事例を見れば、少なくとも、この会場にいるだれも責任を持つことはできないだろうということが予想されます。」

この発言を強調すると、「経験上、拡大することが予想されるのに、その結果に対して議員は責任を負わないではないか? 結局、不利益を受けるのは、この会場にいない一般市民だけ。」との問い掛けを議員に行っているといえます。この問い掛けに対して、政府与党側、政府与党案賛成者はどう答えるのでしょうか?


asahi.com(2006年05月17日15時35分)によると、

「自民、公明両党は17日の衆院厚生労働委員会で、野党の反対を押して医療制度改革関連法案を強行採決し、両党による賛成多数で可決した。衆院の議席の3分の2を占める巨大与党が、重要法案が目白押しのなかで強気に出始め、「共謀罪」創設法案も今後、強行採決を辞さない構えだ。……」

としています。
この強行採決はもちろん、もし共謀罪創設法案について強行採決をした場合、国民の不安を省みない政党であることを覚えておき、それを念頭において選挙において投票すべきだと思います。

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2006/05/12 [Fri] 04:10:19 » E d i t
平成18年5月9日衆院法務委員会での藤本哲也・中大教授の発言について、共謀罪創設案に関して積極的に発言をなさっている海渡雄一弁護士がコメントを公表していましたので、一部引用したいと思います。


「共謀罪の行方に関心を寄せるすべての方へ

1 今日の参考人質疑について

今日の参考人質疑を傍聴しました。
参考人の意見では、与党修正案の問題点がかなり明らかになりました。たくさんの新聞が報道してくれています。
一例として東京新聞の記事を引用しておきます。

http://www.tokyo-np.co.jp/00/sya/20060509/eve_____sya_____005.shtml

 それにしても、ひどかったのは中央大学の藤本哲也氏の公述です。
「法の規定に多少のあいまいさが残っても仕方がない、取締機関の運用の善意に委ねるしかない。」というのは、刑法の罪刑法定主義とか、構成要件の保障機能といった、刑事法の基本概念すら否定する俗論で、あきれるばかりでした。
また、同氏は民主党の主張するような条約の留保はできないと繰り返し述べました。

 しかし、ウィーン条約法条約によれば、条約の趣旨目的に反しない限り、条約の留保は可能です。
この条約の趣旨と目的は「国境を超える組織犯罪集団による重大犯罪の防止」にあります。条約の適用範囲を定める条約3条には条約は越境性のある犯罪を適用対象とすることが明記されているのです。条約の34条1項にはこの条約は各国が国内法の原則にしたがって実施すればよいことを明言しています。したがって、越境性を要件とすることは条約の趣旨にも目的にも反しません。条約の34条2項を留保すれば疑いの余地なく可能です。

 また、対象犯罪についても、刑期だけで重大犯罪を規定することには、多くの国々から反対があり、日本政府も日本の刑法は法定刑の範囲が広いので、条約審議の場で組織的な犯罪集団に関連した犯罪をリスト化することを求めていたのです。ですから、長期5年を超える越境犯罪に限定する民主党案は、条約の重大な犯罪の定義部分に留保ないし解釈宣言(ウクライナ政府は5年をメルクマールとする解釈宣言を行っている)すれば、認められることは明らかなのです。」




「共謀罪、不安払えるか~朝日新聞(平成18年5月9日付朝刊)と5月9日法務委員会参考人質疑より」というエントリーでは、藤本教授の一部の発言のみに言及しましたが、海渡弁護士は、もっと広範囲にわたって批判を行っています。

条約の留保の点も、藤本教授のような見解があるとしても、あくまで国内法制定の問題ですし、日本の刑罰法規の実態にそった法律にする方が、国民の法意識と乖離せず、法を運用する捜査機関や、法を解釈適用する裁判所としても安定して行えると思います。現実に「ウクライナ政府は5年をメルクマールとする解釈宣言を行っている」そうですから、藤本教授のように「民主党案のような留保はできない」と主張することは無理があります。

このように、「刑事法の基本概念すら否定する俗論」の部分も含めて、海渡弁護士の批判の方が妥当であると考えます。




引用以外の部分については、引用先の「うるとび日記」さんの「共謀罪関連情報です(今日の情報-1)」というエントリーや、「ヘリオトロープの小部屋~手作り・ナチュラル」さんの「今日も共謀罪の法務委員会がありました」というエントリーをご覧下さい。

海渡弁護士のコメントは転送・転載歓迎ということでしたので、転載させて頂きました。「うるとび日記」さんと「ヘリオトロープの小部屋~手作り・ナチュラル」さんには感謝しています。<追記:お二人のブログにTBしましたが、うまくいかないようです)。




<追記>

引用元は、「独立系メディア「今日のコラム」」さんの「<共謀罪>参考人質疑と金曜日の院内集会の告知 弁護士 海渡 雄一」のようです。

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2006/05/09 [Tue] 20:23:56 » E d i t
朝日新聞(平成18年5月9日付朝刊)「共謀罪、不安払えるか 乱用は?思想処罰は? 衆院審議、今週ヤマ場」という表題で、政府・与野党修正案を比較した記事が出ていました。また、同じ5月9日には法務委員会で共謀罪創設案について参考人質疑が行われました。この記事と参考人質疑について触れてみたいと思います。


1.朝日新聞(平成18年5月9日付朝刊29面)によると、

共謀罪、不安払えるか 乱用は?思想処罰は? 衆院審議、今週ヤマ場

 共謀罪創設に向けた衆院審議は、今週が大きな山場だ。野党の反発で『4月末の採決』を見送った与党だが、9日に参考人質疑をし、今週中にも採決する構えを見せている。

 共謀罪をめぐっては、最初に示された政府案に対し、『市民活動や会社などに乱用される』『思想が処罰される』などと指摘が相次いだ。その不安は、与野党がそれぞれに出した修正案……で十分に解消されたのだろうか。2つの具体的なケースに即して政府案、与党案、野党案を比較してみた。

 ●ケース1
 暴力団の組員3人が、最近つけあがっている別の組員を監禁する相談をした。3人のうち1人がその後、相手を呼び出す場所として、ホテルを電話予約。残る2人はそのことを知らなかった。

 ●ケース2
 ある建設会社の決算期が近づいた。『利益を隠すために、経費を水増しする』。取締役会での社長の一言に、幹部らはうなずき、『がんばりましょう』と拍手した。

 政府案では、いずれも共謀罪にあたる可能性がある。与党案では、ケース1が共謀罪にあたり、ケース2はならない。野党案では、2例とも共謀罪は成立しない。

 この違いは、『だれが』『何をすると』共謀罪になるのかという線引きで3案が大きく異なることによる。国会審議も長く、この線引きが焦点だった。

 ◆『誰が……』
 政府案は『団体』の活動として共謀した者を罰するとしている。『このままでも普通の市民団体や会社では共謀罪は成立しない』というのが法務省の公式説明だ。しかし、同省刑事局の検事らが書いた解説書には『会社も『団体』にあたりうる』と、食い違う解釈も書かれている。

 与党案は、こうした政府案のあいまいさを踏まえ、『共同の目的が罪を実行することにある団体』と適用対象を狭め、犯罪組織にしか適用できなくしたという。これで、ケース2の例のように会社の取締役会が合意した場合でも、罪に問われないことがはっきりしたとしている。

 民主党案はさらに一歩踏み込んだ。共謀罪の対象となる罪を『懲役・禁固5年以上』に引き上げ、こうした犯罪を実行することを主たる目的・活動とする『組織的犯罪集団』を適用対象とした。

 ◆『何をすると……』
 政府案では『共謀』さえすれば罪に問われる。法務省は『具体的・現実的合意が必要だ』とし、いわゆる『居酒屋談義』では共謀罪は成立しないと説明する。ただ法文上、こうした限定は明記されていない。

 このため与党案は『犯罪の実行に資する行為』がなければ処罰できないとした。ケース1では『ホテルの予約』がこれにあたる。

 これに対し、民主党は『ホテルの予約は、単に話し合うためだったかもしれず、『資する行為』という概念は、広すぎる』と批判し、処罰条件を『犯罪の予備行為』とした。ホテル予約は該当しない。該当するのは、たとえば監禁のためのロープなどを買いそろえたりすることだとという。

 自民党は8日、法案の配慮規定に『憲法の保障する国民の自由と権利を不当に制限することがあってはならない』との文言を加えるなどの再修正案を民主側に示したが、民主側は『もっと抜本的な修正が必要だ』と述べ、協議はまとまらなかった。

 では、こうした与野党の修正努力で法案の問題点が解消されたのだろうか。各地の弁護士や刑法学者には、なお不安視する声が強い。

 与党案の『資する行為』も民主案の『予備行為』も共謀罪を犯した人に対する『処罰条件』に過ぎず、共謀の疑いさえあれば逮捕ができるからだ。あくまで合意だけで共謀罪は成立し、『資する行為』や『予備行為』は、起訴できるかどうかの判断材料になる。

 『ということは……』。法律家でもある自民党議員は4月25日の衆院法務委で、こんな将来を描いた。『容疑のみで逮捕して、(捜査機関が)その後の調べで実行に資する行為があったかどうかを判定することはあり得る』」

としています。


2.朝日新聞の記事では図表もありますが、引用した記事だけでも、政府・与野党案の違いがよく分かると思います。


(1) 大まかに言えば、政府案は、殆ど無制限な形で共謀罪の創設を認め、与党案はごくわずかだけ制限する形で共謀罪の創設を認め、野党案はもっと踏み込んで制限するような形にして共謀罪の創設を認めるものです。

ただし、いずれの法律案も、「資する行為」「予備行為」は、自由や財産権を著しく制約する強制捜査を制約することにはならないのですから、共謀の疑いさえあれば逮捕はもちろん、捜索差押えをすることも可能となるのです。



(2) このように、なぜ政府・与党は基本的に制限しない共謀罪創設案を主張するのでしょうか? 政府与党はどのような考えを基にしているのでしょうか? 


共謀罪創設に関して、平成18年5月9日に衆院法務委員会で参考人質疑が行われ、これを聞いて分かった気がしました。

衆議院TVライブラリ
http://www.shugiintv.go.jp/jp/video_lib3.cfm?deli_id=30471&media_type=wb
このビデオライブラリは、国会審議テレビ中継で収録した音声と映像をそのまま提供しています。
(平成16年12月 4日以降のものを提供)

案件・発言者情報

開会日 : 平成18年5月9日 (火)
会議名 : 法務委員会
収録時間 : 2時間 02分

案件(議題順):
犯罪国際化及び組織化並びに情報処理高度化に対処するための刑法等改正法案(163国会閣22)

発言者一覧

説明・質疑者等(発言順): 開始時間 所要時間
 石原伸晃(法務委員長)  9時 32分  01分
 藤本哲也(参考人 中央大学法学部教授)  9時 33分  11分
 高橋均(参考人 日本労働組合総連合会副事務局長)  9時 44分  09分
 櫻井よしこ(参考人 ジャーナリスト)  9時 53分  07分
 早川忠孝(自由民主党)  10時 00分  23分
 津村啓介(民主党・無所属クラブ)  10時 23分  22分
 伊藤渉(公明党)  10時 45分  23分
 保坂展人(社会民主党・市民連合)  11時 08分  21分


この参考人質疑において、藤本哲也・中央大学法学部教授(刑事政策)は、

「絞り込みすぎてしまって、肝心なものが抜けるよりも、ある程度余裕ないし幅を持たせて作っておいて、さまざまな刑については運用面で適切に対応すればよい。共謀罪を創設するのが世界的な標準であって、創設しないと国際的威信を損なう。だから政府案・与党案に賛成する」

という趣旨のことを述べています。
ここに政府案・与党案の基本的な考え方が現れているのではないかと思うのです。要するに、本来処罰の必要がない場合であっても、犯罪共謀ありと疑われるものはすべて処罰の対象とし、今よりもずっと幅広く逮捕・捜索できるようにしたい、という考えに基づいていると考えられます。


「組織的な犯罪に関する共謀罪の創設の是非(上)」というエントリーで述べたことですが、

「刑罰という制裁は強力で、劇薬のような副作用(資格制限や犯罪者としての烙印)を伴うのですから、本当に刑罰をもって抑止する必要の行為のみを刑罰の対象としなければなりません。刑罰というのは、人間の規範違反的行為をコントロールするための「最後の手段」なのです(西田典之「刑法総論」(平成18年)31頁)。」


藤本教授のご見解やそれが基礎にあると思われる政府案・与党案は、処罰の必要がない場合も処罰の対象とするのですから、この刑罰の基本的・基礎的な役割に反する考えであるといわざるを得ません。

藤本教授は、刑法学の基本的な役割さえ忘れてしまったようですが、刑事政策だけの学者ですから、刑事政策的にはいいのかも知れません。(なお、「衆議院TVライブラリ」を聞くと、藤本教授は、共謀罪創設案の「共謀」と「共謀共同正犯」の「共謀」が同じ意味であることさえ知らないことが分かります(保坂展人議員の質疑をお聞き下さい)。共謀罪創設案についてよく知らずに質疑に望んだようです。これでは藤本教授の発言の信用性が殆どないと思います。)

しかし、こと国内法として制定する以上、刑罰の基本的・基礎的な役割に反することまで肯定してしまうことは、とても認めることができないと思うのです。




3.平成18年5月9日の法務委員会でジャーナリストの桜井よしこさんが、

「法律ができたからといって、実際上、どれだけ犯罪を防ぐことができるのだろうか? 北朝鮮による拉致事件(早い時期に逮捕者がいて北朝鮮の関与を認めたのにその後も拉致が続いた)やオウム真理教による松本サリン事件・地下鉄サリン事件だって防ぐことができなかったのに」

というような趣旨のことを述べています。
要するに、現行法で犯罪発生を防ぐことができた場合であっても、できていないのです。政府案・与野党案を問わず共謀罪を創設しても、実際上は、犯罪防止の効果がないのではないでしょうか?

他方で、共謀罪が創設されると、上で触れたように処罰の必要がないような場合であっても、逮捕・捜索・起訴される可能性さえでてきます。

犯罪防止の効果がなく、他方で、処罰の必要がない者に対して逮捕・捜索・起訴される……いったい何をしたいための共謀罪創設案なのでしょうか。政府案・与野党案を問わず疑問視せざるを得ないと考えています。 
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2006/05/06 [Sat] 01:16:28 » E d i t
組織犯罪処罰法改正案において「共謀罪」を創設することの是非について、議論を続けます。共謀罪創設の必要性・合理性について検討します。「組織的な犯罪に関する共謀罪の創設の是非(上)」の続きです。


1.共謀罪創設の必要性はあるでしょうか?


この改正案は、国際組織犯罪防止条約を批准するために国内法を整備することにあり、共謀罪を創設するのは、国際的な組織犯罪を防ぐには、計画や準備段階での共謀を処罰の対象にすることが効果的なので、この条約は、締約国に対し、重大な犯罪の共謀等を犯罪とすることを義務付けているから、と説明されています。

国際的な組織犯罪を防ぐということ自体は妥当な目的ですし、各国の協力が必要なことです。各国のみならず日本における国民の生命・財産を守るという観点からも、条約に基づく各国の協力により、国民の生命・財産を守ることに繋がります


そうすると、条約を批准することは妥当であり、そのために共謀罪のような規定を創設する必要があるともいえるでしょう。もっとも、国内法の原則との矛盾対立を考慮する必要がありますから、条約加入の際には「留保」を付けることがありうることは、もちろんです。




2.では、共謀罪規定(政府案・与党案)は合理性があるでしょうか?


(1) この共謀罪規定では「対象になる犯罪が、日本では600を超える」のですが(刑法典だけでも130ほど)、これは妥当でしょうか? もっと限定できないのでしょうか?


 イ:この点、法務省のHPでは、

Q4  共謀罪は,たくさんの罪を対象としていますが,もっと限定できないのですか。

 A  「組織的な犯罪の共謀罪」は,組織的に行われる「死刑又は無期若しくは長期4年以上の懲役若しくは禁錮の刑が定められている罪」の共謀を処罰の対象としています。
 これは,国際組織犯罪防止条約が,重大な犯罪,すなわち,「長期4年以上の自由を剥奪する刑又はこれより重い刑を科することができる犯罪」を共謀罪の対象犯罪とすることを義務付けているからです。
 したがって,共謀罪の対象犯罪を更に限定することは,条約上できません。
 もっとも,「組織的な犯罪の共謀罪」は,組織性の要件を満たす重大な犯罪に限り,共謀罪の対象とすることとしていますので,…「団体の活動として,犯罪行為を実行するための組織により行われる」等の厳格な組織性の要件を満たす……共謀に限って,共謀罪が成立するのです。

と、説明しています。

しかし、

「犯罪の実現は、犯罪の決意・計画(陰謀)→犯罪の準備(予備)→犯罪の実行への着手→既遂という過程をたどるのが、刑法は、犯罪の重大性に応じて時間的に処罰範囲を拡張しているのである。
 まず、犯罪の単なる決意や計画(陰謀)だけでは処罰しないのが刑法の原則である。ただし、例外として、内乱の陰謀(78条)、外患陰謀(88条)、私戦陰謀(93条)がある(特別法は除く。以下同じ)。さらに、犯罪の準備行為(予備)は、放火予備(113条)、殺人予備(201条)、身の代金目的拐取予備(228条の3)、強盗予備(237条)などの重大な犯罪に限って処罰されている(このほか、153条)。」(西田典之「刑法総論」275頁)

*陰謀とは、2人以上の者が特定の犯罪を実行することについて、実行前に通謀することをいう(植松正=日高義博・補訂「新刑法教室1」176頁)
*共謀罪にいう「共謀」は予備・陰謀罪の陰謀と同じような意味である(法制審議会刑事法(国連国際組織犯罪条約関係)部会 第2回会議 議事録より)


言い換えると、刑法の原則上、犯罪は原則として既遂の形で規定し、そのうち重要な犯罪について未遂を罰して、重要な犯罪のうちでも、特にまた重要なものについては予備を罰し、さらにもっと重要なものについては、予備ばかりだけでなく、陰謀を罰すると定めているのです。

このように非常に重要な犯罪についてのみ陰謀を処罰しているのに、600(刑法では130ほど)を超える犯罪について陰謀と同じである共謀罪を創設するとなると、実質的には共謀罪処罰を原則とするのと同じです。

これでは、現行刑法の法体系と合致しないといえます。そうなると、国際組織犯罪防止条約における共謀罪規定は、国内法の原則と矛盾対立するのですから、本来的には「留保」すべき(=共謀罪規定は効力を否定)だと考えます。



 ロ:川端博・明治大学法科大学院法学部教授は、「600種類にもわたる犯罪が共謀罪の対象犯罪としてよいのか?」という質問に対して

「第一の要請として国際条約上の要請があるという点と、それから第二には、国内法上の立法事実もございますので、その限度で私は国内法上もこれを立法化しても差し支えないであろうと考えているという趣旨でございます。」(第163回国会 法務委員会第8号(平成17年10月26日))

と答えています。


しかし、足立昌勝・関東学院大学法学部教授は、

「特に日本の刑法は、構成要件を柔軟に定め、法定刑の幅を広げています。その結果、長期四年以上の懲役または禁錮の刑を定める犯罪がふえてしまうのです。構成要件を細分化していれば、長期四年以上の懲役または禁錮に該当する犯罪は、それなりの重さを持つものに限定されているはずです。」(第163回国会 法務委員会第8号(平成17年10月26日))

と批判されています。
要するに、諸外国の刑法では細分化して規定されているから、4年以上の懲役の犯罪も限定されているのに対して、日本の刑法は抽象的に規定しているため、広範囲になってしまうのです。そうすると、「条約の要請がある」として共謀罪を肯定した、川端教授の説明は、諸外国の刑法を前提とした条約であることを明らかに失念した考えであって、妥当ではないのです。



 ハ:川端博・明治大学法科大学院法学部教授

「特別刑法においては、共謀罪を処罰する規定は決して少なくはないのです。例えば、国家公務員法百十条一項十七号、地方公務員法六十一条四項、軽犯罪法一条二十九号、競馬法三十二条の六、自転車競技法二十八条、モーターボート競走法三十九条等があります。その詳細は、衆議院調査局法務調査室作成の法務参考資料三号二百二十五ページ以下に記載されているとおりでございます。」(第163回国会 法務委員会第8号(平成17年10月26日))

として、多数の共謀罪規定を創設することは不当ではないと説明しています。

ここで説明している規定は、国家公務員法110条1項17号(何人たるを問わず第98条第2項前段に規定する違法な行為の遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおり、又はこれらの行為を企てた者)は3年以下の懲役又は10万円以下の罰金、競馬法32条の6(競馬においてその公正を害すべき方法による競走を共謀した者)は2年以下の懲役又は百万円以下の罰金)、軽犯罪法1条29号(他人の身体に対して害を加えることを共謀した者の誰かがその共謀に係る行為の予備行為をした場合における共謀者)は拘留または科料、自転車競技法28条(競輪においてその公正を害すべき方法による競走を共謀した者は、2年以下の懲役又は百万円以下の罰金)となっています。
刑法の原則と異なり、軽犯罪法のように非常に重要な犯罪でなくても共謀罪を処罰していますし、刑罰の重さが様々です。


しかし、公務だけを対象としたり、競馬や競輪にかかわる者だけを対象としていて限定していて、本来的に限定して処罰しているのですから、この規定があるからといって、共謀罪規定を創設していいとはいえないと考えます。

さらに、軽犯罪法1条29号は「刑法典では扱わなかった犯罪類型について、それが共謀による場合を特に危険の大きいものとしてとらえ、しかし、単に共謀の段階で犯罪とすることには不都合があるので、少なくとも予備の段階に至ることを要件にした」のです(軽犯罪法の解説(一橋出版)78頁)。そうすると、共謀の危険性はどの犯罪でも同じですし、まして軽微な犯罪でさえ、予備行為を必要とするのですから、共謀罪を創設する場合には、予備行為を要件とする方が妥当といえると思います。予備行為を必要としない共謀罪規定(政府案や与党案)は妥当でないといえるのではないでしょうか。


そうなると、現行刑法を基準とすれば、政府案・与党案は合理性がないと考えます。



(2) 次に、共謀罪規定はどのような者が対象になるのでしょうか? 労働組合や民間団体には共謀罪は成立しないのでしょうか?

 イ:法務省のHPは、

Q3 どのような行為が,組織的な犯罪の共謀罪に当たるのですか。一般国民にとって危険なものではないですか。

A 「組織的な犯罪の共謀罪」には,以下のような厳格な要件が付され,例えば,暴力団による組織的な殺傷事犯,悪徳商法のような組織的詐欺事犯,暴力団の縄張り獲得のための暴力事犯の共謀等,組織的な犯罪集団が関与する重大な犯罪の共謀行為に限り処罰することとされていますので,国民の一般的な社会生活上の行為が本罪に当たることはあり得ません。
すなわち,新設する「組織的な犯罪の共謀罪」では,……第二に,①団体の活動として犯罪実行のための組織により行うことを共謀した場合,又は②団体の不正権益の獲得・維持・拡大の目的で行うことを共謀した場合に限り処罰するという厳格な組織犯罪の要件(注)が課されています(したがって,例えば,団体の活動や縄張りとは無関係に,個人的に同僚や友人と犯罪実行を合意しても,本罪は成立しません)。
第三に,処罰される「共謀」は,特定の犯罪が実行される危険性のある合意が成立した場合を意味しています(したがって,単に漠然とした相談や居酒屋で意気投合した程度では,本罪は成立しません)。

と、説明しています。

しかし、足立昌勝・関東学院大学法学部教授は、

「組織的犯罪処罰法は、組織として犯罪を行う団体を処罰するものではありません。対象となる犯罪を行うことができる団体であれば、どのような団体でも適用されます。
 この組織的犯罪処罰法の中に共謀罪を位置づけることは、共謀罪が組織的犯罪対策の一環として行われ、それに限定しているかのような外皮をまとわせることを目指しています。しかし、法案では、組織の持つ犯罪性は要求されていないので、どのような団体であれ、その団体の性質を問わず、法案に該当する犯罪の共謀を行えば、それは処罰対象とされてしまいます。
 これでは、すべての組織が対象となるでしょう。政党、会社、団体、市民運動など、すべての団体や組織が対象となるのです。しかし、この共謀罪の独立処罰を組織的犯罪処罰法に規定することにより、このようなすべての団体が適用対象となるという一般化の外皮を社会に隠し通すことができるのではないでしょうか。」(第163回国会 法務委員会第8号(平成17年10月26日))

と批判されています。
要するに、対象となる団体を限定しているようにみえて、結局は限定されていないのです。共謀の段階ではいかなる犯罪に発展するかは具体的には判然としないのですから、対象となる団体ももっと厳格に限定しておくべきだと考えます。



 ロ:与党案はどうでしょうか?

団体を「その共同の目的がこれらの罪又は別表第一に掲げる罪を実行することにある団体に係るものに限る。」として限定しようとする点は評価したいと思います。

しかし、

「与党は「一定の犯罪を行うことを共同の目的とする団体によるものに限定する」という条文により、適用対象を狭めたとする。しかし、日弁連や野党は「これでは、過去に犯罪を遂行した団体とは限らず、NGOなどにも適用可能」と批判」(東京新聞平成18年5月2日付「『共謀罪』 与党修正案を検証する」より)

されています。
結局は、限定されているとはいえないようです。


このようなことから、共謀罪規定(政府案・与党案)は妥当でないと考えます。




3.共謀罪規定を創設することで、「その実行に着手する前の段階での検挙・処罰が可能となり,被害の発生を未然に防止できる」(法務省のHP)のですから、国民の生命・身体・財産を保護することになり、これ自体は妥当といえることは確かです。


(1) しかし、「共謀というのは一つの機会に多数の犯行を同時に並行的に共謀することも,容易にできる」(法制審議会刑事法(国連国際組織犯罪条約関係)部会 第2回会議 議事録より)のですから、およそ実行できないような犯罪も含まれる可能性があります。およそ実行できないような犯罪の共謀は、冗談に近いといえます。

また、「特定の犯罪を実行しようという具体的・現実的な合意」があるとしても、冗談であれば故意(刑法38条1項)がなく、犯罪は成立しません。そうなると、法廷において「冗談だ、いや冗談でない」といった冗談論争が繰り広げられる可能性があります。
犯罪の実行に着手したとか、少なくとも外部的に現れた「予備行為」があれば、冗談であるとの言い訳は難しいですから、「冗談論争」はなくなるでしょう。しかし、政府案では「予備行為」がないのですから、毎回「冗談論争」が繰り広げられる可能性があります。このような「冗談論争」は、訴訟経済に反するばかりか、それ以前にあまりにも馬鹿馬鹿しいのではないでしょうか。



(2) 犯罪の実行に着手する前の段階での検挙できるとしても、共謀事実自体についての立証を必要とするのですから、共謀段階で有罪にできるほどの証拠まで集める必要があります。そうなると、有罪とすることができず、無駄に終わる捜査が増加すると思われますし、他方で、もし共謀罪立証を重視するとなると、既遂に至った場合の捜査の方が疎かになる可能性も出てきます。

全刑法犯の「検挙率は、平成7年以降低下傾向にあったが、平成14年以降上昇に転じ、平成17年は28.6%で、前年に比べ2.5ポイント上昇している…。検挙件数が減少する中、検挙率が上昇したのは、認知件数の大幅な減少による」(警察庁「平成17年の犯罪情勢」(平成18年4月24日掲載)より)


このように現在でさえ、検挙率が下がっているのです。共謀罪で検挙する場合が増えるとしても、一般市民にとって最も重視して欲しい、既遂に至った場合の検挙が減ってしまい、犯罪を繰り返す者を検挙できず、結局は一般市民の利益・社会公共の利益に繋がらないおそれさえあるのです。


共謀罪規定を創設することで、抽象論や理念としては「その実行に着手する前の段階での検挙・処罰が可能となり,被害の発生を未然に防止できる」としても、実際上は、共謀罪規定を創設することで、かえって「被害の発生防止」につながらないおそれさえあるように思えるのです。
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2006/05/05 [Fri] 00:21:53 » E d i t
組織的に犯罪を謀議すると、実際に犯行に着手していなくても罪に問える「共謀罪」を創設する組織犯罪処罰法改正案について、連休明けから衆院法務委員会での修正協議が本格化し、与党は早期採決を目指していると、報道されています(日経新聞のHP・平成18年5月1日付)。
この「共謀罪」創設の是非について、朝日新聞(平成18年4月27日付)における「私の視点」松宮孝明・立命館大法科大学院教授(刑事法)の論説がありましたので、引用して検討してみたいと思います。


1.朝日新聞(平成18年4月27日付14面)によると、

私の視点 ◆『共謀罪』創設案 現行法で十分、再考を

 『共謀罪』の創設を持ち込んだ組織的犯罪処罰法などの改正案の審議が、衆院法務委員会で始まった。与党側は修正案を提出し、週内の採決を目指しているが、再考すべきだ。日本の法体系に、矛盾と混乱をもたらすだけで、改正しなくても、現行法で十分に対応できるからである。

 改正案の提出には、00年に国連総会で採択された国際組織犯罪防止条約を批准するため、国内法を整備するという狙いがある。政府の説明は、国際的な組織犯罪を防ぐには、計画や準備段階での共謀を処罰の対象にすることが効果的で、犯罪者が日本に逃亡しても引き渡せる、というものだ。
  ◆   ◆
 共謀罪は懲役か禁固4年以上科すことができる犯罪を、3人以上の組織や団体の構成員の2人以上が共謀すれば対象になる。実行しなくても処罰されるのだ。

 条約で『4年以上』とされたのは、マフィアの麻薬取引など国境を超えた犯罪組織の資金源を断つため、広く網を打ったからだ。

 だが、副作用は甚大だ。対象になる犯罪が、日本では600を超える。ひったくりを目的とする仲良し3人組が犯行計画を相談したり、『カギのかかっていない自転車を盗もう』と話したりしても、該当する。

 公務員の裏金作りは業務上横領なので、打ち合わせだけでもダメだ。国会議員の秘書給与の流用も詐欺なので、相談は御法度だ。

 犯罪を通報した場合、刑を免れるという規定は、『密告の勧め』である。人を陥れることを奨励するようなものだ。共謀の真偽は、どちらの話がより信用できるかということになる。派閥の1人を寝返らせれば、政党の派閥抗争にも使える。

 こうした批判を考慮し、与党側が修正案を出した。<1>犯罪組織と言えるような団体に限り、労働組合や民間団体には共謀罪は成立しない<2>実行に向けて『資する行為』があった場合――に限定すると説明しているが、実質は変わらない。

 特定の団体が対象になるかどうかや『資する行為』の判断は法解釈に委ねられる。裏金作りを恒常化している部局は犯罪組織に当たり、記録する出納帳の購入は『資する行為』だろう。
  ◆   ◆
 本気で限定するなら、実行を待てばいい。現行法で対応でき法改正も不要だ。

 2年以下の懲役になる殺人予備罪の共同正犯も限定的にしか適用されないが、共謀罪が適用されると5年以下。団体の場合、殺人予備罪の意味はなくなる。

 日本では共謀共同正犯の判例が重なり、判例理論として確立している。共謀罪より刑も重い。共謀罪の導入は日本の法体系を崩す。

 政府は外国に『法改正しなくても、日本は対応できる』と主張すればよかった。ただ、過去2回廃棄になり、昨秋の特別国会でも継続審議になったので、対外的な発言力の低下を懸念したのかもしれない。

 成立すれば『現代版治安維持法』だ。政治が問題点を認識しながら、法改正を強行するのなら、それは責任ある態度とは言えない。」




2.まず、問題となっている共謀罪(政府案と与党案)の部分を引用します(共謀罪―Wikipediaより)。


(1) 犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案【政府案】
(組織的な犯罪の共謀)
第六条の二 次の各号に掲げる罪に当たる行為で、団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を共謀した者は、当該各号に定める刑に処する。ただし、実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除する。
一 死刑又は無期若しくは長期十年を超える懲役若しくは禁錮の刑が定められている罪 五年以下の懲役又は禁錮
二 長期四年以上十年以下の懲役又は禁錮の刑が定められている罪 二年以下の懲役又は禁錮
2 前項各号に掲げる罪に当たる行為で、第三条第二項に規定する目的で行われるものの遂行を共謀した者も、前項と同様とする。



(2) 修正案【与党案】太字は政府案からの修正点)
(組織的な犯罪の共謀)
第六条の二 次の各号に掲げる罪に当たる行為で、団体の活動(その共同の目的がこれらの罪又は別表第一に掲げる罪を実行することにある団体に係るものに限る。)として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を共謀した者は、その共謀をした者のいずれかによりその共謀に係る犯罪の実行に資する行為が行われた場合において、当該各号に定める刑に処する。ただし、実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除する。
一 死刑又は無期若しくは長期十年を超える懲役若しくは禁錮の刑が定められている罪 五年以下の懲役又は禁錮
二 長期四年以上十年以下の懲役又は禁錮の刑が定められている罪 二年以下の懲役又は禁錮
2 前項各号に掲げる罪に当たる行為で、第三条第二項に規定する目的で行われるものの遂行を共謀した者も 、前項と同様とする。
3 前二項の規定の適用に当たっては、思想及び良心の自由を侵すようなことがあってはならず、かつ、団体の正当な活動を制限するようなことがあってはならない。




3.この共謀罪創設の是非を検討する前提として、次の点に注意しておく必要があります。


(1)まず、この国際組織防止条約は、国際的な組織犯罪を防止することを目的とするのですから、この目的に沿った国内法規定である必要があります。



(2) また、一般論としても法律を制定する場合、法律は一般市民の権利義務にかかわるなど、社会的に影響を与えるのですから、法律を制定・改正する場合には、その制定・改正条項には必要性・合理性が要求されます。

そして、刑罰という制裁は強力で、劇薬のような副作用(資格制限や犯罪者としての烙印)を伴うのですから、本当に刑罰をもって抑止する必要の行為のみを刑罰の対象としなければなりません。刑罰というのは、人間の規範違反的行為をコントロールするための「最後の手段」なのです(西田典之「刑法総論」(平成18年)31頁)。

そうすると、刑罰規定を創設する場合には、他の法律よりも必要性・合理性は厳格に判断しなければならないことになります。



(3)さらに、このような多国間条約に加入する場合、条約と国内法との矛盾対立が条約の一部の条項にあって、日本が国内法の原則を変更したくないと考える場合には、問題となる条項について「留保」または「解釈宣言」を付した上で条約に加入することになります。
「留保」とは、多国間条約に加入するにあたって、国が一部の特定の条項の自国への適用に関してその法的効力を否定し、または変更するために国が単独で行う意思表示をいい(条約に関するウィーン条約2条1(d)参照)、「解釈宣言」とは、加入国が条約の規定の解釈を確認するためにする宣言をいいます(戸波「憲法」513頁~参照)。このような「留保」や「解釈宣言」は実際上、かなり行われているとされています。



具体的な検討は、「組織的な犯罪に関する共謀罪の創設の是非(下)」で行いたいと思います。

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2006/05/04 [Thu] 07:13:47 » E d i t
女性天皇の是非とフェミニズムの関係について、また触れてみたいと思います。「女性天皇の是非とフェミニズム(1)」というエントリーでは、憲法学者である奥平教授から見た、「女性天皇の是非とフェミニズムの関係」について、コメントしてみました。
今回のエントリーでは、フェミニストの方達の対談本を引用して、もう少し議論を深めてみたいと思います。


1.上野千鶴子=小倉千加子「ザ・フェミニズム」(2002年、筑摩書房)207頁~から少し引用してみます。

上野―さっき少し出たリベラリズムとフェミニズムは相容れないというあたりをもう少し話しましょうか。お互い、まったく違う理由でそう言っているかもしれないし。

小倉―いっしょですよ。

上野―説明をして下さい。

小倉―歴史がすべてを証明しているじゃないですか。18世紀のヨーロッパのリベラル・フェミニストたちの無残なる敗北。リベラリズムというのは、穏健な女性としての居場所を居づらいものにしたくない、というのが大前提なんですよ。だけどラディカル・フェミニズムには、そういう限界はない。

上野―必ずしもそうとは言えませんけれど、『リベラリズムは改良主義だ』と小倉さんがずばり言ったのは、その通りです。改良主義というのは何かと言うと、世の中の枠組みを壊さないということ。いちばんわかりやすいリベラル・フェミニストの目標は、過少代表性を改善しようということです。つまり、世の中のありとあらゆる分野で女性の数が人口比よりもはるかに少ないから、女の人口比に見合った代表数を持とう、ということなんです。だから国会議員の半数を女性に。これがいちばんわかりやすい、単純な人々に受け入れやすいタイプのリベラル・フェミニズムです。目標が非常にはっきりしてるし、わかりやすいし、数値目標が出る。今、日本の国策フェミニズムがリベラル・フェミニズムですね。

小倉―夫婦別姓もリベラリズムです。女帝もそうです。

上野―全部そうです。リベラル・フェミニズムの基盤にあるのは何かと言うと、代表数の増加を要求するが、世の中の枠組みそのものは問わない。だから軍隊にも半分行きましょう、となる。

小倉―天皇制も半分担いましょう。戸籍制度もそのままに、姓を半分半分名のりましょう。

上野―それがリベラル・フェミニズムです。そのリベラル・フェミニズムが、税制・年金制度の世帯単位から個人単位化を主張し、さらに個人主義が徹底していけば、自己決定・自己責任となる。小泉改革の先にあるのはそれですよ。
 官制フェミニズムというか国策フェミニズムがリベラル・フェミニズムの路線を歩むのはやむをえないことで、あんのじょう、その方向に流れてきて、男女共同参画社会基本法という法律までできてしまった。メインストリームになってしまったんですね。

小倉―残念なことにね。

上野―諸手を挙げて支持はしませんが、ないほうがましか、というより、ないよりましということですね。

小倉―私はないほうがましと思っているんです。夫婦別姓になったらとんでもないと思っています。

上野―夫婦別姓に関してはそうだと思います。

小倉―夫婦別姓になったら、まるで夫婦別姓をしている人の方が進んでいて、夫婦同姓の人の方が遅れているみたいになりかねない。そこでまた1つの差別化が行われるじゃないですか。今はまだ1つで、いっしょだからいいですけど。

上野―もしかしたら、今度は別の基準が生まれてくるかもしれませんよ。夫婦同姓の人たちの方がより愛しあっていて、夫婦別姓の人たちのほうが愛の量が足りないという序列化が起きるかもしれない。

小倉―お互いにそうやって拮抗してたらいいんです(笑)。若い子はこのごろ、同姓になりたがってます。私はそっちを応援しますね。『好きやったら、苗字も捨てる!』、そこまで行けよ! と。

上野―男も自分の姓を捨てたらいいじゃないですか。両方で新しい姓にしたらいい。

小倉―彼の苗字になりたいというナイーブさを、あえてここで支持するのであって、別姓にしてまで、なんで婚姻届を出すんでしょうか。

上野―だから、フランスのパクス法も批判する。それだったら意見は一致します。しかし私は、小倉さんの言うようにリベラル・フェミニズムが敗北して、ラディカル・フェミニズムが勝ったとは思いません。

小倉―勝ち残り組やないですか?

上野―どこに勝ち残ってますか?

小倉―フェミニズム理論の中に。マルクス主義フェミニズムとラディカル・フェミニズムとが勝ち残り組で、あとは先頭軍から脱落しています。

上野―ラディカル・フェミニズムって、具体的に担い手は誰ですか? 担い手のいない思想はないですからね。

小倉―『ジェンダー・トラブル』(青土社、1999年)を書いて、事実上ジェンダーを再定義したジュディス・バトラーなんかはそうでしょう。同じラディカル・フェミニズムでも負け組としてドウォーキンとか。

上野―ラディカル・フェミニズムは勝ち残った、と言いませんでした?

小倉―ラディカル・フェミニズムの中でさらに勝ち負けが出てきたんよ。

上野―リベラル・フェミニズムが負けたと言うのも、よくわからない。リベラル・フェミニズムはみごとに主流化を果たしたじゃないですか。

小倉―体制のね。あれが勝ってしまって、今、困っているわけじゃないですか。つまり体制と結婚したことによって、フェミニズムは困っている。もともとリベラル・フェミニズムの本質はそういうものだから、ちゃんと体制を補完する形でいっているんだから、そうなるのは当然の結果なんですよ。でも、フェミニズム理論としては、私は与(くみ)することはできない。

上野―歴史的にみた場合、『フェミニズムとはリベラリズムの女性版のことであり、リベラル・フェミニズムとは近代の産物であり、近代と命運を共にし、近代の完成と共に完成し、近代の終わりと共に終わる』という考え方があります。要するに『用済みになった』という考え方もあるんですが、私はその考え方に与しない。なぜかというと、私の理解するかぎりのフェミニズムは、リベラル・フェミニズムではなかったからです。だから私は、フェミニズムはリベラリズムの女性版だというふうには理解していない。しかし、先ほど説明したように、フェミニズムの主流化とともに使命は終えたという解釈も成り立ちます。だとしたらその次のステップに、あなたはいったい何をしたいのか、ということなんです。

小倉―大それた希望も野心もありませんけれど、1つにはとにかく、自分が嫌いな物は嫌いと言い続けるしかありません。体制と一体化し、主流となったリベラル・フェミニズムを批判し続けること。大衆は使命を終えたものにでもついていくから。
 地方の自治体の女性大学の受講生の論文集なんかを読んでいると、こんな講習会は止めてと言いたくなる。フェミニズムを勉強するのはもう止めて、と。みんな間違ってるやん。私に言わせれば、リベラル・フェミニズムとは革新の皮をかぶった保守派、です。したがって、リベラル・フェミニズムとラディカル・フェミニズムの違いは、保守か破壊か、となる。

上野―あなたの説明はわかりやすくていい(笑)。私もその意見とほとんど考えは変わりませんが、少し言い方を替えましょう。
 保守が悪くて、破壊が正しいということよりも、近代の枠組みを与件として認めるか、認めないかという違いです。リベラル・フェミニズムはそれを認めた上で、その中に女も参加をしようという主張ですから、めざすものが違う。ラディカル・フェミニズムは、後になってフタを開けてみると、こんなにも違う人たちが呉越同舟していたのかということになると思うくらいゴチャゴチャで、一言でラディカル・フェミニズムとまとめていいかどうかはわからないけれども、ラディカル・フェミズムの中にはハッキリとした近代批判がありました。近代批判というのはリベラル・フェミニズム批判なんですよ。ラディカル・フェミニズムは、リベラル・フェミニズムが少しも女の状況を改善してくれなかった、少しも私を救ってくれなかったということから始まってくるんです。つまり、私が女であるがゆえに抱えている問題に対して、リベラル・フェミニズムは答を出してくれなかったんです。法的経済的地位が男女平等になったからといって、『私』の問題についてそれが少しも解決になってはいない。その認識から生まれた思想をたまたま、ラディカル・フェミニズムと、他に呼びようがないから呼んだだけです。」




要するに、フェミニズムの考え方には、リベラル・フェミニズムとラディカル・フェミニズムがあり、日本ではその2つが大きく対立している状況にあって、そのどちらの考え方を採用するかで、女性天皇の是非について判断が分かれるというわけです。

リベラル・フェミニズムは、世の中の枠組みを維持させつつ、というよりも、女性も世の中の枠組みに取り込んで補完をさせようというものであって、国策フェミニズムと揶揄されているわけです。だからこそ、天皇制維持について危機にある状況においては、女性天皇を認めて、天皇制を担わせ、天皇制を補完させようとするわけです。

これに対して、ラディカル・フェミニズムは、世の中の枠組みを維持している状況では女性に不利な現状が改善されないから、むしろ世の中の枠組みを壊すことを考えるべきだというわけです。だからこそ、女性天皇を認めると、維持させる必要がない天皇制の延命に手を貸すことになるから、女性に不利益な現状の改善にならない、女性天皇は認めないというわけです。




2.このブログでは何度も触れていますが、女性天皇を認めることは、皇族にとどまることを意味するのですから、天皇・皇族の著しく広範囲な人権制約を受け続けることを意味し、その女性皇族に対して著しく不利益を受けることを強制することになります。そうすると、女性天皇を認めることは、フェミニズムの定義の中に含まれる「女性の不利益をもたらす差別の撤廃」と矛盾することになります。



ただ、女性皇族に不利益や犠牲を課すとしても、男女平等に繋がり、一般市民である女性の利益になるからいいのではないか? 平等にするための突破口になるからいいのではないか? とも考えられます。リベラル・フェミニズムからすればそう考えるのでしょう。


しかし、

「『男女平等』の観点から『女性天皇』を考えた時も、複雑な思いになる。たとえば、『愛子天皇』は、男女平等に貢献するような存在になり得るんだろうか。『女は天皇になれない』というメッセージがこの世から消えることによって、女の自尊心は少しでもあがるんだろうか? それよりも『愛子天皇だって頑張っている。天皇だって子どもを産んでいる。仕事しながら家事もやっているらしいよ』と、『女性天皇ならでは』の物語に、女はまた拘束されていくだけではないだろうか。」(北原みのり「女性を不幸にする皇室というシステム」週刊金曜日600号(2006年3月31日)16頁。なお北原さんは結論保留。)

ともいえるのです。
要するに、女性天皇を認めることで、一般市民である女性に対して、今よりも不利益をもたらすおそれさえあるのです。そうなると、女性天皇を認めて形式的には男女平等といえても、「女性皇族に不利益や犠牲を課す」だけでなく、一般市民である女性も今よりも不利益となって、女性みんなが不幸になる、という皮肉な状況さえありうるのです。(もちろん、裕福な女性にとっては、不利な状況も金銭でかなりの程度を補完できるから、天皇制がどうなろうと不利益にならないでしょうけけど。)

有識者会議の報告書にも出ているように、女性天皇を認める主たる理由は、安定的な天皇制の維持に適うからであって、男女平等ではありません。政府は、有識者会議の報告書の結論を維持させようとしていたわけですが、政府としては「女性みんなが不幸になる」(裕福でない女性がより不幸になる)結果も予測済みというべきでしょう。


また、

「『男女平等が時代の流れだ』ともいわれています。本当に時代の流れの本質が男女平等なら、平等に扱って欲しい女性はほかに山ほどいます。まずそっちを時代の流れに合わせてください。私はそのためにいろいろな努力をしていますが、なかなか平等にはなりませんね。平等にするための突破口にするんだなんていうことは、いってみれば政治的利用であり、政治的利用はしてはいけないことになっています。」(蓮舫・参議院議員「女性のための皇室お世継ぎ問題」論座(2006年4月号37頁。なお、蓮舫議員は「皇室典範は今のままでいい」としています。)


要するに、女性天皇を認めることで、一般人である女性の地位向上につなげるという迂遠な方法をとるよりも、直接、一般人である女性の地位向上を行うべきだというわけです。女性天皇を女性の地位向上に利用することは、一種の天皇の政治利用であり、天皇の政治利用を禁止した現行憲法(7条参照)からして妥当でないというわけです。


このようなことから、「女性皇族に不利益や犠牲を課すとしても、男女平等に繋がり、一般市民である女性の利益になるからいいのではないか? 平等にするための突破口になるからいいのではないか? という考え方」は妥当でないと考えます。




3.ここでは、リベラル・フェミニズムとラディカル・フェミニズムのみを取り上げて論じてみましたが、フェミニズムの考え方は、もっと多岐に分かれていますし、みんなバラバラ、一人一派という状況です。
ですから、フェミニズムだからといって、論理はもちろん、結論も一致しないのであって、少なくとも「フェミニズム=女性天皇肯定」ではないのです。

ですが、こと女性天皇の是非については、ここで論じてきたように、ラディカル・フェミニズム、上野=小倉流のラディカル・フェミニズムの考え方の方が、より憲法適合的であって妥当であると考えます。
もし、女性天皇を認めるべきと考えている方は、その考え方はリベラル・フェミニズムの考えと一致するものであり、「女性みんなが不幸になる」結果をもたらすおそれがあることを、覚悟しておくべきだと思います。もちろん、「私は裕福だから不幸にならない、他の人は関係ない、女性天皇を認めよう」という考えもありうるのでしょうけど、ね……。



女性天皇・女系天皇の是非については、「女性天皇・女系天皇に関する法律問題(上)」「女性天皇・女系天皇に関する法律問題(下)」「「皇室の未来 議論尽くせ」~朝日新聞の記事と皇太子殿下の記者会見」「女性天皇の是非と天皇・皇族の人権制約」「「女性天皇の是非と天皇・皇族の人権制約」の追記~横田説の検討を中心として」「女性天皇の是非とフェミニズム(1)」「女性天皇の是非~哀しき天皇制(AERA・06年3月27日号より)」というエントリーでも触れています。こちらの方もぜひご参照ください。
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