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主に社会問題について法律的に考えてみる。など。
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2006/01/30 [Mon] 06:30:05 » E d i t
公園内の公衆便所の外壁にラッカースプレーでペンキを吹き付け「戦争反対」等と大書した行為について、刑法260条前段にいう建造物の「損壊」に当たるとして、建造物損壊罪を認めた最高裁平成18年1月17日決定がでました。この判例について検討してみたいと思います。

1.まずはこの判例の記事について引用してみます。

(1) 読売新聞(1月19日付)によると、

「建物への落書きは「建造物損壊」、最高裁初判断

 公園のトイレにペンキで『戦争反対』などと落書きしたとして、建造物損壊の罪に問われた東京都杉並区の書店員…に対し、最高裁第3小法廷(浜田邦夫裁判長)は、上告を棄却する決定をした。
 決定は17日付。懲役1年2月、執行猶予3年とした1、2審判決が確定する。建物への落書きに建造物損壊罪が成立するとした最高裁の初判断で、同小法廷は『建物の外観や美観を著しく汚損し、原状回復に困難を生じさせたのは、損壊に当たる』と述べた。
 壁を壊すなど建物の機能を損なった場合は明らかに同罪が成立するが、落書きについては明確な司法判断がなく、拘留(30日未満)と科料(1万円未満)の罰則しかない軽犯罪法違反を適用することが多かった。今後は、5年以下の懲役が科される同罪を適用しやすくなり、商店街のシャッターなどへの落書きが社会問題化する中で、抑止効果が期待できそうだ。
 1、2審判決によると、木下被告は2003年4月、杉並区の区立公園内にある公衆トイレの外壁に、赤や黒のスプレー式のペンキを使って、『戦争反対』『反戦』などと大きな文字で落書きした。
 弁護側は、『落書きがあったからトイレを使用できないと思う人はおらず、建物の機能を損なっていないから、建造物損壊罪は成立しない』と無罪を主張していた。」2006年 1月19日 (木) 03:02


としています。



(2) 朝日新聞(1月19日付)では、

「トイレの落書きは「建造物損壊」 最高裁

 公園の公衆便所の壁に『戦争反対』などとスプレーで落書きして建造物損壊罪に問われ、無罪を主張していた書店店員…に対し、最高裁第三小法廷(浜田邦夫裁判長)は上告を棄却する決定をした。『落書きは建物の外観、美観を著しく汚損し、効用を損なわせた』と述べ、同罪に当たるという初めての判断を示した。懲役1年2カ月執行猶予3年とした一、二審判決が確定する。決定は17日付。
 第三小法廷は『建物は不体裁かつ異様な外観となり、その利用についても抵抗感ないし不快感を与えかねない状態となった』と指摘。落書きはラッカーシンナーでも完全に消せず、壁の再塗装に約7万円がかかった事情も考え、『損壊』に当たると結論づけた。
 一、二審判決によると、男性は03年4月17日夜、東京都杉並区の区立公園で、便所の白い壁に赤と黒のスプレーで『反戦』『スペクタクル社会』などと書いた。」


としています。

読売新聞と朝日新聞を比較すると、「落書きについて…軽犯罪法違反を適用することが多かった…」の部分が、朝日新聞にはないことがわかります。この部分について、共同通信の記事と比較してみます。


(3) Niftyのニュースによると、

「 反戦落書きが建造物損壊(共同通信)
 
 最高裁第3小法廷は19日までに、東京都内の公園トイレにペンキで「反戦」などと落書きしたとして建造物損壊の罪に問われた東京都杉並区の男性被告(27)の上告を棄却する決定をした。懲役1年2月、執行猶予3年とした1、2審の有罪判決が確定する。落書きには軽犯罪法違反や自治体の条例が適用されるのが普通で、懲役5年以下を規定する建造物損壊罪の成立を認めた最高裁判断は初めて。
[共同通信社:2006年01月19日 19時05分]」


としています。共同通信の記事によると、落書きについては条例があることがわかります。



(4) このように、建物に対する「落書き」については、3つの刑罰規定の適用の有無が問題となってくるわけです。すなわち、

・刑法260条前段の「建造物損壊罪」……5年以下の懲役 *ただし、落書き対象が建物でない場合には器物損壊罪
・軽犯罪法1条33号前段の「工作物等汚わい罪」……拘留=1日以上30日未満の拘束、又は科料=1000円以上1万円未満の金銭支払い
・落書き条例における「落書き条項」(例えば、杉並区生活安全及び環境美化に関する条例、鎌倉市落書き防止条例、落書きのない美しい奈良をつくる条例など。)……5万円以下~10万円以下の罰金

*(建造物損壊及び同致死傷)
刑法260条 他人の建造物又は艦船を損壊した者は、5年以下の懲役に処する。よって、人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。


そうなると、建造物損壊罪の成否を検討する際には、軽犯罪法、落書き条例を意識する必要があるわけです。また、建造物損壊罪適用を肯定した場合には、建造物損壊罪と軽犯罪法等との区別をどうするのかの検討も必要になります。


また、読売新聞では、「落書きについては明確な司法判断がなく、拘留(30日未満)と科料(1万円未満)の罰則しかない軽犯罪法違反を適用することが多かった」としています。

しかし、

<器物損壊罪の成立肯定>
・札幌高裁昭和50年6月10日判決(歌碑にペンキで汚して読めなくした)
・福岡高裁昭和56年3月26日判決(塀一面にスプレー式ペンキで落書きした)
・和歌山地裁平成14年7月8日判決(列車のフロントガラス及び側面に塗料を吹き付けた)

<建造物損壊罪の成立肯定>
・大阪高裁昭和38年11月27日判決
・本事例の2審の東京高裁平成16年9月3日判決や1審の東京地裁平成16年2月12日

<建造物損壊罪の成立否定>
・広島高裁平成13年10月23日判決(倉庫の外壁にかすれがちな文字で、外壁を修復費は5万円かかるが、修繕すると落書き前より改善される)
・東京高裁昭和53年11月7日判決


このように、落書きと建造物損壊罪(器物損壊罪)の成否について、最高裁判決はありませんが、色々と司法判断があり蓄積があったのですから、「明確な司法判断がな」いとまでは言えないと思われます。
ただ、器物損壊罪や建造物損壊罪を認めた判例は、(他にもあるとは思いますが)探しても上に挙げたくらいでしたから、「軽犯罪法違反を適用することが多かった」の部分は妥当な記述だと思われます。




2.では、本題に入ります。建物に落書きした場合、建造物損壊罪の「損壊」にあたるのでしょうか?「損壊」の意義と関連して問題となります。


(1) 「損壊」の意義については、

物理的損壊説(曽根):財物を物理的に損壊することを要する。
効用侵害説(判例・通説):物理的損壊のみならず、財物の効用を害する一切の行為を含む。
(理由)物理的損壊に限定すると処罰範囲が狭すぎて不都合

に大別できます。

この「損壊」の意義については、争いがあるとしても、判例は一貫して効用侵害説ですから、今さら物理的損壊説に判例変更することは不可能ですし、裁判において物理的損壊説を主張することは非現実的です。また、刑法40章毀棄及び隠匿の罪に共通する解釈ですので、建造物損壊罪における「損壊」の意義だけ物理的損壊説によることも不合理です。そうすると、建造物損壊罪における「損壊」効用侵害説によって判断することになります。



(2) 最高裁平成18年1月17日決定について、引用しておきます。

「所論にかんがみ,建造物損壊罪の成否につき,職権で判断する。
 1 原判決の是認する第1審判決の認定によれば,本件の事実関係は以下のとおりである。
 (1) 本件建物は,区立公園内に設置された公衆便所であるが,公園の施設にふさわしいようにその外観,美観には相応の工夫が凝らされていた。被告人は,本件建物の白色外壁に,所携のラッカースプレー2本を用いて赤色及び黒色のペンキを吹き付け,その南東側及び北東側の白色外壁部分のうち,既に落書きがされていた一部の箇所を除いてほとんどを埋め尽くすような形で,『反戦』,『戦争反対』及び『スペクタクル社会』と大書した。
 (2) その大書された文字の大きさ,形状,色彩等に照らせば,本件建物は,従前と比べて不体裁かつ異様な外観となり,美観が著しく損なわれ,その利用についても抵抗感ないし不快感を与えかねない状態となり,管理者としても,そのままの状態で一般の利用に供し続けるのは困難と判断せざるを得なかった。ところが,本件落書きは,水道水や液性洗剤では消去することが不可能であり,ラッカーシンナーによっても完全に消去することはできず,壁面の再塗装により完全に消去するためには約7万円の費用を要するものであった。
 2 以上の事実関係の下では,本件落書き行為は,本件建物の外観ないし美観を著しく汚損し,原状回復に相当の困難を生じさせたものであって,その効用を減損させたものというべきであるから,刑法260条前段にいう『損壊』に当たると解するのが相当であり,これと同旨の原判断は正当である。」



この判示から、次のことを読み取ることができます。

イ:「その効用を減損させたもの」と判示しているので、建造物損壊罪の「損壊」について、効用侵害説を採用していること

ロ:落書きと建造物損壊罪の成否おける「効用侵害説の判断基準」については、「建物の外観・美観を著しく汚損すること」(美観侵害)と、「原状回復に相当の困難を生じさせたこと」(原状回復困難性)という2点を判断基準としていること

ハ:「本件建物は…外観,美観には相応の工夫が凝らされていた」と判示しているので、外観・美観の著し汚損という基準を使う前提として、ある程度の文化的・美術的価値がある外観である建物であること

ニ:『反戦』,『戦争反対』及び『スペクタクル社会』という意味内容から、すなわち政治的意図を考慮して「損壊」と認めたのではなく、「その大書された文字の大きさ,形状,色彩等」という客観的状態によって「損壊」の有無を判断したこと



本判決で注目する点は、判断基準です。本決定では、「建造物の美観侵害」と「原状回復の困難性」を基準として効用侵害があるとしていますので、その点について検討してみます。




3.まず、美観侵害についても「損壊」にあたるのでしょうか? 物理的損壊説では美観侵害は「損壊」にあたらず、軽犯罪法1条33号違反(落書き条例違反)が成立するだけです(刑法の争点208頁)。そこで、効用侵害説に立った場合に、美観侵害も効用侵害となるのかが問題となります。


この問題点について学説・下級審判例は、

本来的用法侵害説(山中):効用侵害は建物の果たすべき本来的機能の侵害に限る。
一般的効用侵害説(多数説・下級審判例の多数):効用侵害は物の美観を害する場合を含む。
*後者は、美観侵害が直ちに効用侵害とするのではなく、美観を重視したデザインか否か、文化的・美術的価値がある建物か否かにより、損壊と認めるに足る美観侵害かを判断する。


に分かれています。

一概に建物といっても、外観に美術的価値がある建物はもちろん、倉庫やトイレや交番であっても、地域の建物と統一性を図る等、外観のデザインに工夫を凝らすこともよくあることです。そうすると、そのデザインはもはや建物の価値の一部というべきですから、建物の効用に美観を含めてよいと考えます。
もちろん、まったく美観を重視していない建物であれば、美観侵害を考慮する前提を欠くので、美観侵害が損壊に当たることは殆どないことになります。

本決定は、従来の多数説・判例と同様に、一般的効用侵害説を採用したわけです。ただ、「建物の外観ないし美観を著しく汚損し」と判示しており、著しい美観侵害に限定しているといえるでしょう。
そして、「本件建物は,区立公園内に設置された公衆便所であるが,公園の施設にふさわしいようにその外観,美観には相応の工夫が凝らされていた」のですから、そのような建物について、美観侵害を考慮したわけです。




4.次に、原状回復の困難性ですが、原状回復の難易が「損壊」の有無に影響するのでしょうか?


効用侵害説に立つ学説は、一致して原状回復の困難性を考慮するとしています。原状回復が容易な場合にはもともと効用を侵害したとはいえないからです。

これに対して判例は分かれています。

<影響しないとする裁判例>
最高裁昭和25年4月21日判決は「原状回復の難易如何は本罪の成立に影響あるものではない」としている。

<影響するとする裁判例>
原状回復の困難性を効用侵害の一要素としている裁判例(ビラ張りの事案につき、最高裁昭和41年6月10日決定、大阪高裁昭和53年3月22日判決など)


影響を認めた昭和41年判決もあるわけですから、現在では、原状回復の困難性を考慮するのが判例といえるのでしょう。
本決定も、原状回復の困難性を考慮する立場を採用したわけです。ただ、「原状回復に相当の困難を生じさせた」と判示しており、原状回復の困難性についていくらか緩和しているといえるでしょう。




5.このように本決定の判断基準は妥当だと考えます。以上の検討からわかるように、本決定の判断基準は、従来からの建造物損壊における通説判例の判断基準を簡潔にまとめた形で採用したものですから、特に驚くようなものではありません。
では、本決定の事案について建造物損壊罪の「損壊」にあたるとした認定についても妥当でしょうか?

まず、 nikkeibp.jp「最高裁が落書きを建造物損壊と認定」という記事や支援者団体さんのサイトで、その落書きした公衆便所を写した写真をご覧下さい。実感できると思います。


単なる公衆便所とはいえ、工夫を凝らした建物ですし、白い外壁という他の色が目立ちやすい壁に、赤と黒という特に目に付きやすい色のペンキを拭きつけたのであり、その文字は壁一面に大書きしているのですから、「美観の著しい侵害」にあたるといえます。

また、ラッカースプレーで落書きしたため、その落書きは、水道水や液性洗剤といった簡単な手段では消すことができないのですし、壁面の再塗装により完全に消去するためには約7万円の費用といったかなりの費用を要するのです。そうすると、原状回復が著しく困難とまではいえないまでも、「原状回復に相当の困難」にあたるといえます。

このようなことから、本決定の事案について建造物損壊罪の「損壊」にあたるとした認定も妥当であると考えます。



本決定については、他に軽犯罪法との区別基準について検討しておく必要があります。これは、読売新聞の記事中の「今後は、5年以下の懲役が科される同罪を適用しやすくなり、商店街のシャッターなどへの落書きが社会問題化する中で、抑止効果が期待できそうだ」という点とかかわる問題です。
また、東京地裁平成16年2月12日判決を読んだり、支援者団体のサイトを拝見すると、「他人」の建造物ではないとか、パブリックフォーラム論により違法性阻却するとの主張もしています。
これらの点については、「落書きと建造物損壊罪の成否(下)」というエントリーで検討したいと思います。



最後に、よく拝見させて頂いている「Re:F's blogroom」さんで、この落書き事件がかなり話題になったことを知りましたので、大変感謝しています(TBさせて頂きました)。また、支援者団体さんのサイトも訴訟過程における資料を拝見できましたので、大変感謝しています。そちらもぜひご覧下さい。

テーマ:裁判 - ジャンル:政治・経済

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