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主に社会問題について法律的に考えてみる。など。
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2006/01/10 [Tue] 06:57:07 » E d i t
この問題は、「凍結保存していた内縁関係の男性の精子を使い、男性の死後に行われた体外受精で生まれた女児が、男性の子として(死後)認知するよう求めた」事件にかかわる問題です。他にも、近年、夫の死後、妻が冷凍保存されていた夫の精子を使って子を産み、その子が、亡き父に対する(死後)認知を請求した事件もありました。

これらの事案では、死後の人工生殖により出生した子からの死後認知の請求は認められるのか?が問題となりますので、この問題点について検討してみたいと思います。基本的には、後者の事案に関する下級審判決を中心に検討していくことにします。
(一度、「平成17年9月29日に出た裁判2つへの簡単なコメント」というエントリーで、簡単に論じたことがあります。)

なお、この表題は、本山敦・立命館大学助教授「家族法の歩き方 10」法学セミナー2006年1月号〔613号〕106頁~の論文中における表題を引用したものです。


1.まずは事案から。

 「A男は、B女との婚姻後、白血病の放射線照射治療を受けることになった。治療によって精子を作る能力が失われる恐れがあったため、精子を冷凍保存した。ABは病院に対して冷凍保存の『依頼書』を提出した。同依頼書には、Aが死んだら病院に連絡すること、また、Aの死によって精子が破棄されることなどが記載されていた。Aは、一時的に治癒したが、結局死亡した。Bは、Aの死を明らかにしないまま、病院から精子を受け取り、別の病院で自らの卵子とAの精子で体外受精を行い、Aの死から2年数ヵ月後にXを産んだ。Bは、AB夫婦の嫡出子とするXの出生届を提出しようとしたが、役所は受理しなかった(民法772条)。そこで、BはXの法定代理人として(民法787条本文)、死後認知訴訟を提起した。」(法学セミナー613号106頁)


*死後認知は、子が既に死亡した父の認知を求める訴訟です。死後認知訴訟の出訴期間は、父の死亡の日から3年です(民法787条但書)。




2.次に判旨です。この事案では、地裁と高裁判決が出ていて、現在上告中です。

(1) 松山地裁平成15年11月12日判決(判例タイムズ1144号133頁~)
 

「認知の前提となる『血縁上の父』は、純粋に生物学的ないし遺伝的見地から決定されるものではなく、社会通念に照らし、法律上の『父』とは何かということから判断される…。
 法律上の父子関係が認められるか否かは、子の福祉を確保し、親族・相続法秩序と調和を図る観点のみならず、用いられた生殖補助医療と自然的な生殖との類似性や、その生殖補助医療が社会一般に受容されているか否かなどを総合的に検討し、判断いくほかないのである。本件でも、このような見地から、事案に即して、検討していくことにする」と判示して、本件のような人工生殖の方法は、自然的な受精・懐胎という過程からの乖離が著しく、死後生殖が社会的に受容されていないことを理由に、また、生前のAが自らの死後に子の出生を望んでいたとの証拠はないと認定して、Xの死後認知請求を棄却した。Xは控訴した。



(2) 高松高裁平成16年7月16日判決(判例タイムズ1160号86頁~)

 「認知請求が認められるための要件は、自然懐胎による場合には、子と事実上の父との間に自然血縁的な親子関係が存することのみで足りると解される。
 しかしながら、人工受精の方法による懐胎の場合において,認知請求が認められるためには、認知を認めることを不相当とする特段の事情が存しない限り、子と事実上の父との間に自然血縁的な親子関係が存在することに加えて、事実上の父の当該懐胎についての同意が存することという要件を充足することが必要であり、かつ、それで十分であると解するのが相当である。」と判示して、AX間に自然血縁的な親子関係が存在すること、生前のAが自らの死後に子の出生を望んでいたことを認定して、Xの死後認知請求を認めた。

 高松高裁は、人工受精による懐胎の場合に父の同意を必要とする理由として、「男子の意思にかかわらず,当該精子を使用して懐胎し,出生した子全てが認知の対象となるとすると,当該精子を保存した男子としては,自分の意思が全く介在せずに,自己と法的親子関係の生じる可能性のある子が出生することを許容しなければならなくなる。」などを挙げている。



(3) 地裁と高裁で判断が異なった理由は、本山敦助教授(法学セミナー613号106頁)によると、
 

「地裁は死後生殖は民法の想定外なので、民法の制度である認知の問題として捉えられないというように解した。つまり、法の欠缺だと考えたのだ。他方、高裁は、死後生殖も死後認知の問題に過ぎないと解した。また、事実認定も両裁判所でかなり違う…」


ということです。

なお、地裁は、法的親子関係を社会通念に従って決定するという基準を明らかにしていますが、明確であるべき法的親子関係の判断基準としては、社会通念という抽象的概念は相応しくないと考えます(判例タイムズ1144号133頁参照)。




3.この問題に関する学説を紹介します。

 この問題は、夫の死後、冷凍保存された精子により人工授精により出生した子の法的地位(父子関係)として整理されています(村重慶一・平成16年度主要民事判例解説115頁)。

(1)不存在説(松川、人見、本山、水野、二宮):父子関係は存在しない。
  (理由)・民法の想定する「法的親子」の範疇を超えている
      ・法律関係を複雑にする
(2)存在説:父子関係の存在を認める。ただし、存在説には、血縁的親子関係さえあれば、無条件で認知請求を認める見解と、パートナーの生前の同意を要件とする見解がある。
   (理由)・血縁的親子関係がある以上、父親の子であると認められる
       ・生まれてきた「子の福祉」を尊重すべきである
 (イ)嫡出子説(野村、家永):民法787条の類推による認知の訴えにより人工授精が夫の精子により行われたことが証明されればその子は夫の嫡出子である。
 (ロ)非嫡出子説(石井、床谷、利谷、棚村、福武、光石):死後認知により夫の非嫡出子となる可能性がある。


学説としては、どちらかというと存在説の方が主張者が多いですが、不存在説と存在説が拮抗している状態と理解してよいでしょう。




4.では、民法上、どのように考えるべきでしょうか?


(1) 死後認知請求の条文である民法787条は、「父…の死亡の日から3年を経過」するまで請求ができるというだけで、とくに死後3年間につき制限はありません。これに対して、不存在説は、この条文に「懐胎時、事実上の父が生存していること」という限定を付加するわけですが、他方、存在説は、パートナーの同意を要件とする見解では、この条文に「パートナーの同意」という要件を付加するわけです。

このようにどちらも、死後3年以内であっても請求できない場合を認めるわけですが、では、どちらの説が妥当でしょうか?


(2) まずは、死後認知期間の理由から考えて見ます。

「死後認知において期間制限が置かれた理由は、認知の相手方が死亡して3年も経過すれば、もはや証拠も散逸して事実関係を確かめる術もないだろうと考えられたためである。加えて、すでに相手方が死亡しているのであれば、法的安定性を害してまで父子関係を今さら作る必要もないとの判断もあるだろう。しかし、証拠の保存は、以前より容易かつ確実になっていると思われるし、何より子の『出自を知る権利』が保証されるべきであるならば、3年の期間制限は短きに失するかもしれない。」(本山敦「嫡出推定・認知制度と子の保護」法律時報74巻9号43頁)


このように、現在では3年の期間制限さえ短いと考えるならば、なるべく3年の期間制限は制限すべきではありません。そうすると、死後認知を認めやすい存在説の方が合理的といえます。

また、死後認知を含め認知の訴えを認めたのは、婚外子の保護のためですから(二宮周平・家族法178頁)、いくらかでも子の利益に適うなら、認知を認める方が妥当です。そうすると、認知が認められると、子は、父の両親の相続について代襲相続権(ただし争いあり)が認められますし、扶養の権利義務・親族間の協力義務が生じます。また、民法711条による慰謝料請求権も認められることにもなります(高松高裁での控訴人の主張より)。このように、認知を認めることは子の利益に適うといえます。


(3) このように考えると、存在説(死後認知肯定)の方が民法787条の趣旨に適うものであって、妥当だと考えます。


(4) もっとも、民法が予期していない問題(法の欠缺)であることは確かですし、死後生殖については抵抗感をもつ人がかなりいる(社会的な意識)ことも確かです。そこで、死後生殖の場合にも死後認知を認めるとするなら、これらの点を克服する必要があります。

そうすると、民法の上位規範である憲法論としてはどうなのかを検討する必要が生じます。
「死後生殖と死後認知(下)」というエントリーでは、民法の議論から離れて、憲法論を中心として検討してみたいと見たいと思います。

テーマ:裁判 - ジャンル:政治・経済