(1月14日追記:共同通信の記事も引用した)
1.まず報道記事をいくつか。
(1) 時事通信(2008/01/11-21:37)
「光市母子殺害事件報道で調査委=BPO検証委
放送倫理・番組向上機構(BPO)放送倫理検証委員会(川端和治委員長)は11日、山口県光市の母子殺害事件の裁判報道で、一方的な弁護団批判や事実誤認、歪曲(わいきょく)があったと市民団体から指摘があった6放送局の18番組について、委員3人で組織する小委員会を設置し、調査に乗り出すことを決めた。
また、香川県坂出市で起きた殺人事件では情報番組での不適切なコメントや取材方法について視聴者から多数の抗議が寄せられており、5月をめどに犯罪や裁判の報道についてシンポジウムを開き、制作現場に注意喚起する方針を決めた。」
(2) 朝日新聞平成20年1月12日付朝刊33面
「山口母子殺害報道 放送倫理委で検証
NHKと民放でつくる第三者機関「放送倫理・番組向上機構」(BPO)の放送倫理検証委員会は11日、山口県光市の母子殺害事件の裁判をめぐるテレビ局の報道について、「刑事裁判の弁護人の役割に対する無理解や誤解、一方的な見解の表明が見られる」として、小委員会を作って意見をまとめることを決めた。委員長の川端和治弁護士が記者団に語った。」
(3) 【共同通信2008/01/13 20:10】・東京新聞平成20年1月14日付朝刊22面
「光事件裁判報道を調査 BPOの放送倫理検証委
NHKと民放でつくる放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会(川端和治委員長)は13日までに、死刑の是非が争われている山口県光市の母子殺害事件の裁判をめぐるテレビ報道について、小委員会を設けて調査することを決めた。
弁護士や大学教授らが昨年11月、民放6局のニュースやワイドショーなど計18番組について「弁護団を一方的に中傷する不公正な報道があった上、事実関係の間違いや歪曲、過剰な演出も多く、放送倫理に反する」として同検証委員会に審理を要請していた。
母子殺害事件の男性被告(26)=事件当時(18)=は1、2審で無期懲役とされたが、最高裁が2006年6月、死刑相当として2審判決を破棄し、広島高裁で昨年差し戻し審が続いた。
2008/01/13 20:10 【共同通信】」
(4) 光市事件を巡る裁判のテレビ報道が「放送倫理・番組向上機構(BPO)」の放送倫理検証委員会の調査対象になるのではないか、ということについては、すでに「橋下弁護士の懲戒請求扇動訴訟〜弁護士は誰のためにいるのか?」(2007/09/15(土) 22:42:16)や、「東京弁護士会、光市事件の弁護士懲戒せず〜正当な弁護活動であるがゆえ」(2007/11/30(金) 06:52:10)で触れていました。
もっとも、「東京弁護士会、光市事件の弁護士懲戒せず〜正当な弁護活動であるがゆえ」(2007/11/30(金) 06:52:10)で指摘したように、BPOは、放送倫理検証委員会の「議事概要:第6回 2007年10月12日」において、「◆事務局からの報告 <2>光市母子殺害弁護団に対する懲戒請求発言の放送について、公正・公平な検証を求めるとの要請。すでに、弁護士同士で係争中であり、委員会の審理要件に合致せずと判断。」としており、調査せずに無視する予定だったはずです。
ところが一転して、
というのですから、ちょっとした驚きでした。「「放送倫理・番組向上機構」(BPO)の放送倫理検証委員会は11日、山口県光市の母子殺害事件の裁判をめぐるテレビ局の報道について、「刑事裁判の弁護人の役割に対する無理解や誤解、一方的な見解の表明が見られる」として、小委員会を作って意見をまとめることを決めた。」(朝日新聞)
「山口県光市の母子殺害事件の裁判報道で、一方的な弁護団批判や事実誤認、歪曲(わいきょく)があったと市民団体から指摘があった6放送局の18番組について、委員3人で組織する小委員会を設置し、調査に乗り出すことを決めた。」(時事通信)
「放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会(川端和治委員長)は13日までに、死刑の是非が争われている山口県光市の母子殺害事件の裁判をめぐるテレビ報道について、小委員会を設けて調査することを決めた。」(共同通信)
では、なぜ突如として、方針転換を決めたのでしょうか?
今年も宜しくお願いします。
今年は、昨年よりも良き日々を過ごせますよう、
心から願っています。
1.東京新聞平成20年1月1日付朝刊1面「筆洗」
「あけまして、おめでとうございます。干支(えと)では子(ね)、ネズミの年の始まりである。古くは夜目が利くためか、「嫁が君」の異称で親しまれている。正月にちなみ、<嫁が君餅(もち)をぞけふは初かぶり>という句もある
▼十二支では一番小さな動物だが、繁殖力は旺盛だ。人間にとって身近な存在のため、ネズミの民話や寓話(ぐうわ)は数多い。一番古いのは、『古事記』に出てくる国造りの神を助ける話だという。今と違って、嫌われ者ではない(前尾繁三郎著『十二支攷(しこう)』)
▼広く知られている寓話に『鼠(ねずみ)の嫁入り』がある。ネズミ夫婦が娘のためにこの世で一番の婿を探そうと太陽、雲、風、壁を次々に訪ねる。だがみんな、自分はふさわしくないと譲る。最後になった壁から、風にはびくともしないが、かじられると穴があくと言われ、ようやくネズミと結婚させる話である
▼一般的には、高望みをせずに分相応にした方がいいとか、より好みをしても代わり映えしない例えとして使われている。心の持ちよう次第で、別の解釈もできるだろう
▼メーテルリンクの『青い鳥』ではないが、本当の幸せは遠い世界にあるのではなく、手の届くところにあるのだと、力説しているのかもしれない。小さな存在のように見えても、実は大きな力を秘めている。今はまだ気付いていないだけだと、励ましているようにも思う
▼ことしも予想できないことが、いろいろと待ち受けていよう。「一寸先は光」という言葉がある。何があっても、希望をもって歩んでいきたい。よろしくお付き合いください。」
2.
「ことしも予想できないことが、いろいろと待ち受けていよう。「一寸先は光」という言葉がある。何があっても、希望をもって歩んでいきたい。」
先の見えない世の中ですし、いつでも前に進むという気力・体力があるわけではないとは思います。それでも、踏み出してみなければ先にある「光」にたどり着くことはできません。「一寸先は光」だと思い、「何があっても、希望をもって歩んでいきたい」という姿勢。新年を迎えるに当たり、心掛けたいことだと思います。
このブログは主として法律論を説くことを主眼としています。このブログにより、多くの方が判例の考え方を知り、法的な考え方を知る切っ掛けとなることで、「光」の方向へ進む一助となることを願っています。
テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済
1.日経新聞平成19年12月28日付夕刊12面「クラスルーム」欄
「揺れる規範意識 先生も見て見ぬふり
修学旅行2日目の夕方、教育委員会から電話が入った。班別行動中の小学六年生の行動に対し、女性旅行者から苦情電話があったという。
「たまたま乗り合わせた観光地の電車内で小学生が暴れまわり、騒いでいた。傍若無人ぶりにあきれた。大学生らしき人が注意をしたが従わない。しかもそばにいた教員と思われる数人は、注意することもなく知らん顔。本当に腹が立った」。女性の苦情は、ざっとこんな内容だったという。
修学旅行に行く前には、「班別行動では、一般の旅行者の方々に迷惑をかけないように、最低限の公共のルール、マナーは守りなさい」と、何度も口を酸っぱくして指導してきた。
子供たちも分かってくれたと思っていたので、にわかには信じられず、「どうして本校の児童だとわかったのですか?」と聞き返した。近くにいた児童の荷物から市の名前がわかり、学校名の一字も特定できたので、教育委員会に電話をしてきたということらしい。
どうやら、本校の児童にほぼ間違いないようで、私は愕然(がくぜん)とした。残念で、涙が出そうになった。最高学年の六年生の修学旅行といえば、小学校教育の最終的な仕上げだ。今回の行動で、本校の教育すべてが否定されたような気がした。
すぐに、修学旅行を引率している校長に連絡を取り、事実を伝えると、やはり驚いた様子で、「何も報告は聞いていない」という。校長が帰校後に、詳しく調査することにして電話を切った。その日の夜、帰校した引率教員から情報を集め、次の登校日に六年生からも話を聞いた。情報を総合した結果、「問題の電車に本校の教員と児童が乗り合わせていたことは事実だが、騒いでいて注意されたのは他校の児童」とわかった。
引率教員に苦情を伝えると、「私たちも注意すればよかったのですが、他校の児童だったので二の足を踏んでいる間に時間が過ぎてしまいました」と肩を落とす。本校の児童ではなかったことに一安心したものの、釈然としない思いが残った。
子供の規範意識の低下が深刻だ。規範意識は学校だけでなく、家庭や地域が果たす役割が重要だといわれるが、教員でさえ、他校の児童の行儀の悪さに見て見ぬふりをしてしまうところに、問題の根深さがある。今回の“事件”を題材に、保護者会や地域の住民会議などで、しっかり議論したいと思った。 (学校研究会)」


