2.自ら招いた正当防衛状況(自招防衛)と正当防衛(刑法36条1項)の成否については、まず、その学説と裁判例について説明しておくことにします。何の刑法理論上の知識もなしに最高裁決定を読んでも正しく理解できないからです。
なお、「喧嘩と正当防衛」という問題であるという理解もあるようですが、議論が違いますし、最高裁の判決文をみれば明白に「自招防衛」の問題として扱っています。「自招防衛」と「喧嘩と正当防衛」は別個の問題であることを理解しておくべきです。(6月5日追記:ネットを見ると、「本件は、正当防衛の成立に関し、いわゆる『自招危難』の場合に正当防衛を否定した事例」だとする弁護士もいます。しかし、自招危難とは、自ら招いた「緊急避難」(刑法37条1項)のことを言うのですから、明らかに間違いです。こうしたごく基本的な法律用語くらいは理解すべきです。)
(1) まずは、
どういう問題なのかと、その学説状況について。
「4 自ら招いた正当防衛状況
(1) 問題点 自ら正当防衛状況を招致し、その状況下において、自己または他人の法益を防衛するために必要な行為を行った場合に、正当防衛の成立があるといえるかどうかについて、戦後の西ドイツにおいても議論されている大きな問題の1つである。
この点について、西ドイツでは、主として2つの見解が対立している。1つは、「権利の濫用」の理論であり、他は、「原因において違法な行為」の理論である。「権利の濫用」の理論は、正当防衛状況を有責に招致した場合には、形式的には正当防衛の要件が存在するかのようにみえるが、実質的には、違法性阻却根拠が欠けるため正当防衛は成立しないとする立場であり、多数説がとり、かつ判例の採用するところでもある。他方、「原因において違法な行為」の理論は、挑発行為と相手方の法益侵害との間に因果連関、責任連関を認めうる限り、挑発行為者について法益侵害の刑事責任を問いうるとする立場である。すなわち、たとえ自らの行為によって有責に招致されたとはいえ、正当防衛状況の下で行った防衛行為の違法性は阻却されるが、自らの行為によってそのような正当防衛状況を招致し、その下で法益侵害を発生させたことについて責任は問うことができるとする(以上は、山口厚「自ら招いた正当防衛状況」法学協会百周年記念論文集2巻721頁、斉藤誠二「正当防衛の根拠と限界をめぐって」団藤古稀1巻317頁以下、林幹人「正当防衛」町野朔ら編・考える刑法108頁以下による。なお、大嶋一泰「挑発行為と正当防衛(一)福法17巻4号537頁、吉田宣之「挑発防衛についてに一試論」新報86巻10・11・12号27頁、津田重憲「自招侵害に対する正当防衛」経済と法10号1頁、原田保「自招侵害に対する正当防衛」判タ383号34頁、山本輝之「有責招致の正当防衛状況」警研53巻3号88頁参照)。
旧刑法314条但書は、「但不正ノ所為ニ因リ自ラ暴行ヲ招キタル者ハ此限ニ在ラズ」とし、不論罪とならない旨規定していたが、現行法についても、わが国における学説は、自ら招いた正当防衛状況の下における正当防衛の成立を否定するのが一般である。もっとも、その理由は区々に分かれており、古くは、牧野博士が、権利の濫用として正当防衛を否定し(牧野・刑法上354頁)、宮本博士は、誘発の事実があるときは防衛の結果について全体として故意または過失があるとしていた(宮本・大綱97頁)が、近時は、権利の濫用とする見解(内藤・総論中336頁、曽根・総論106頁)、侵害の急迫性を欠くとする見解(団藤・注釈(2)の1〔藤木〕228頁、団藤・総論218頁。なお、防衛の意思不要説に立ち、「防衛するための行為」とはいえないとする前田・総論229頁は、「挑発時に全体としての攻撃が開始されたと評価しうるか否か」が分岐点であるとする)、「原因において違法な理論」による見解(前掲山口厚「自ら招いた正当防衛状況」751頁、山中敬一「正当防衛の限界」140頁)、防衛行為の社会的相当性がないとする見解(大谷・総論234頁)がある。
もっとも、自招侵害といっても、その先行行為(招致行為)の態様は、先行行為者の主観によって、<1>意図的な挑発(正当防衛の名の下に相手方の法益を侵害する機会を掴むため、ことさらに挑発してその反撃行為を招く場合)、<2>故意的な挑発(自己の先行行為に対して相手方が反撃行為をしてくるかもしれないことを予見している場合)、<3>過失的な挑発(自己の行為に対して相手方が反撃行為をしてくるかもしれないことを予見できたのに予見しなかった場合)があると言われるが、前記学説は専ら<1>の類型を前提とした議論であるように思われる。
もっとも、挑発行為自体が「急迫不正の侵害」に当たる場合には、その挑発行為に対する反撃行為は正当防衛になりうるから、その場合には、挑発者の側で正当防衛をなしえないことはもちろんである。」(大コンメンタール刑法(第2版)第2巻〔第35条〜第37条〕(青林書院、1999年)359頁−361頁)
ポイントは、2点あります。
イ:まず、
「自ら招いた正当防衛状況の下における正当防衛の成立を否定するのが一般」ということです。ですから、自ら招いた正当防衛状況(自招防衛)については、正当防衛は成立しない(=違法性阻却をせず、犯罪が成立する)ということで、
どの学説も結論は一致しているのです。となれば、学説の違いは理論構成が異なるというだけで、あまり意味がないということです。
ロ:もう1点は――これが最も肝心なのですが――、
具体的にどういう場合に「自ら招いた正当防衛状況(自招防衛)」となるのか、すなわち正当防衛が成立しないのはどのような範囲のものに限られるのか(自招防衛の要件・自招防衛の限界)ということです。
この点は、先行行為者の主観によって、<1>意図的な挑発、<2>故意的な挑発、<3>過失的な挑発の3つの類型があるのですが、そのうち、<1>の類型である「意図的な挑発」の場合のみを「自ら招いた正当防衛状況(自招防衛)」としているのです。言い換えれば、
<1>意図的な挑発の場合のみが正当防衛が成立しないとなるのであって、<2><3>の類型では正当防衛を認めているということです。
(2)
従来の裁判例についても紹介しておきます。
「(2) 判例の立場 大審院は、傍論であるが、「不正ノ行為ニ因リ自ラ侵害ヲ受クルニ至リタル場合ニ於テモ仍ホ正当防衛ヲ講師スルコトヲ妨ケサル」(大判大3・9・25録20輯1648頁)と判示し、一般論として自ら招いた侵害に対しても正当防衛が可能であることを明らかに示していたが、戦前においても、相手の攻撃を誘致した場合には正当防衛は成立しないとされた事例があり(大阪控判大14・10・22新聞2479号14頁)、判例の傾向は、正当防衛の成立を認めることには消極的である。
まず、喧嘩闘争を誘発した場合には、誘発者の反撃行為は、正当防衛とはいえないとしている(名古屋高判昭25・3・9特報6号117頁、東京高判昭29・5・26東時12巻8号156頁)。次に、債権者の支払い催促に対し債務者が嘲笑的態度に出て債権者が憤激し悪口したのを機として暴行を加えるのは、防衛行為とはいえないとしたもの(仙台高判昭27・3・15特報22号111頁)、相手方を罵倒しその憤激を買い殴られるや積極的に攻撃を加えることは、防衛するための行為とはいえないとしたもの(仙台高秋田支判昭30・2・22高検速報〔昭30〕25号)、組合に対する攻撃的意図の下に組合側の侵害を誘発して暴行を加えるのは防衛行為とはいえないとしたもの(大阪地判昭33・11・20判時169号32頁)、挑発した相手から数回殴打されたので肉切包丁で傷害を与えた行為について過剰防衛の成立も否定したもの(前橋地判昭34・9・30下集1巻9号2077頁)、三池争議にからむ乱闘につき、乱闘を誘発しまたは自ら争闘の渦中にその身をおいたとして正当防衛を否定したもの(熊本地判昭35・7・27判時236号6頁)、被告人が深夜鋏をもって押しかけ窓硝子を叩きわる等したため、これに憤慨した相手がバールを携えて出てきて振り上げたので、鋏で刺した行為は正当防衛とはいえないとしたもの(福岡高判昭37・4・11高検速報869号)がある。
このように、裁判例の傾向は、自ら招いた侵害に対する正当防衛の成立には消極的態度をとっているが、正当防衛が成立しないのはどのような範囲のものに限られるのか、また、正当防衛が成立しないのはどの要件が欠けているのか、必ずしも明らかではなかった。」(大コンメンタール刑法(第2版)第2巻〔第35条〜第37条〕(青林書院、1999年)361頁−362頁)
近時の裁判例としては、<a>東京地判平8・3・12判時1599号149頁(相手が包丁で攻撃してくるであろうことを予測して、相手を挑発するために喧嘩をしたものでもないことは明らかであるから、自ら招いた危害とまではいえず、急迫性に欠けるとはいえないとして、正当防衛を肯定した)、<b>広島高判平15・12・22LEX/DB(被害者からの侵害を予期されていながら、被告人のほうから挑発的な言動を行い、被害者が攻撃を開始するや、直ちに積極的な加害意思をもって反撃しているので、被害者の傘による殴打行為は、被告人がこれを予期しつつ自ら招いたものであって、急迫性の要件を欠くとして、過剰防衛をも否定した)、<c>大阪高判平12・6・22判タ1067号276頁(被告人を殴打しようとしたAの行為が、これより先に被告人がAに向けて椅子を蹴り付けた行為により誘発されたものであるから、防衛行為としての相当性の判断は限定されるというべきであり、過剰防衛であるとした)があります(山中敬一「刑法総論〔第2版〕」(成文堂、2008年)484頁)。
なお、改装前の秋葉原駅早朝においてぶつかり合った者同士がもめた事案(東京高判平8・2・7判時1508号145頁)は、防衛のためにやむをえない行為ではなく、自ら違法に招いたもので急迫性にも欠けるとしています。これも自招防衛の事案とする理解もあるようですが(前田・総論〔第2版〕333頁、前田・最新重要判例250〔第3版〕34頁)、自招防衛として正当防衛が否定される事案ではないと批判されています(吉田宣之・判例評論463号(判例時報1606号)231頁-238頁)。
これらをまとめてみると、<1>
裁判例の傾向は、自ら招いた侵害に対する正当防衛の成立は否定的という結論では一致しているといえます。
また、<2>
正当防衛が成立しないのはどのような範囲のものに限られるのかについては、昭和30年代の裁判例でははっきりしないのですが、
近時の裁判例では、学説と同様に「意図的な挑発」の場合のみに限定していますです。例えば、東京地判平8・3・12(判時1599号149頁)は、「Aを挑発するためにけんかをしたものでないことも明らかであるから、Aの侵害行為が被告人にとって自ら招いた危害であるとまではいえ」ないとして、挑発の意図がない場合には、自招防衛とはいえないと明示しています。
ただし、
正当防衛を否定する場合の理論構成(理由・自招防衛の制限根拠)については、昭和30年代の裁判例でははっきりしないのですが、
近時の裁判例では、急迫性に欠けるというものが比較的多いという状況といえます。
このようなことから、
最高裁で判断を行う場合には、
「自ら招いた侵害に対する正当防衛の成立は否定」する結論を採用することは当然として、
<1>正当防衛が成立しないのはどのような範囲のものに限られるのか、学説のように意図的な挑発の場合のみに限るのか、また、<2>正当防衛を否定する場合の理論構成(理由)について示すことが求められていたのです。
3.では、
最高裁平成20年05月20日決定全文を紹介します。
「事件番号:平成18(あ)2618
事件名:傷害被告事件
裁判年月日:平成20年05月20日
法廷名:最高裁判所第二小法廷
裁判種別:決定
結果:棄却
判例集巻・号・頁
原審裁判所名:東京高等裁判所
原審事件番号:平成18(う)2017
原審裁判年月日:平成18年11月29日
裁判要旨 相手方から攻撃された被告人がその反撃としてした傷害行為について,相手方の攻撃に先立ち被告人が相手方に対して暴行を加えていたことなどから,被告人は不正の行為により自ら侵害を招いたものであり,被告人において何らかの反撃行為に出ることが正当とされる状況における行為とはいえないとして正当防衛が否定された事例」
「 主 文
本件上告を棄却する。
理 由
弁護人酒井清夫の上告趣意は,判例違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認,量刑不当の主張であり,被告人本人の上告趣意は,単なる法令違反,事実誤認,量刑不当の主張であって,いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。
所論にかんがみ,本件における正当防衛の成否について,職権で判断する。
1 原判決及びその是認する第1審判決の認定によれば,本件の事実関係は,次のとおりである。
(1) 本件の被害者であるA(当時51歳)は,本件当日午後7時30分ころ,自転車にまたがったまま,歩道上に設置されたごみ集積所にごみを捨てていたところ,帰宅途中に徒歩で通り掛かった被告人(当時41歳)が,その姿を不審と感じて声を掛けるなどしたことから,両名は言い争いとなった。
(2) 被告人は,いきなりAの左ほおを手けんで1回殴打し,直後に走って立ち去った。
(3) Aは,「待て。」などと言いながら,自転車で被告人を追い掛け,上記殴打現場から約26.5m先を左折して約60m進んだ歩道上で被告人に追い付き,自転車に乗ったまま,水平に伸ばした右腕で,後方から被告人の背中の上部又は首付近を強く殴打した。
(4) 被告人は,上記Aの攻撃によって前方に倒れたが,起き上がり,護身用に携帯していた特殊警棒を衣服から取り出し,Aに対し,その顔面や防御しようとした左手を数回殴打する暴行を加え,よって,同人に加療約3週間を要する顔面挫創,左手小指中節骨骨折の傷害を負わせた。
2 本件の公訴事実は,被告人の前記1(4)の行為を傷害罪に問うものであるが,所論は,Aの前記1(3)の攻撃に侵害の急迫性がないとした原判断は誤りであり,被告人の本件傷害行為については正当防衛が成立する旨主張する。しかしながら,前記の事実関係によれば,被告人は,Aから攻撃されるに先立ち,Aに対して暴行を加えているのであって,Aの攻撃は,被告人の暴行に触発された,その直後における近接した場所での一連,一体の事態ということができ,被告人は不正の行為により自ら侵害を招いたものといえるから,Aの攻撃が被告人の前記暴行の程度を大きく超えるものでないなどの本件の事実関係の下においては,被告人の本件傷害行為は,被告人において何らかの反撃行為に出ることが正当とされる状況における行為とはいえないというべきである。そうすると,正当防衛の成立を否定した原判断は,結論において正当である。
よって,刑訴法414条,386条1項3号,181条1項ただし書により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 古田佑紀 裁判官 津野修 裁判官 今井功 裁判官 中川了滋)」
(1) まずは事案を検討してみます。
「(1) 本件の被害者であるA(当時51歳)は,本件当日午後7時30分ころ,自転車にまたがったまま,歩道上に設置されたごみ集積所にごみを捨てていたところ,帰宅途中に徒歩で通り掛かった被告人(当時41歳)が,その姿を不審と感じて声を掛けるなどしたことから,両名は言い争いとなった。
(2) 被告人は,いきなりAの左ほおを手けんで1回殴打し,直後に走って立ち去った。
(3) Aは,「待て。」などと言いながら,自転車で被告人を追い掛け,上記殴打現場から約26.5m先を左折して約60m進んだ歩道上で被告人に追い付き,自転車に乗ったまま,水平に伸ばした右腕で,後方から被告人の背中の上部又は首付近を強く殴打した。
(4) 被告人は,上記Aの攻撃によって前方に倒れたが,起き上がり,護身用に携帯していた特殊警棒を衣服から取り出し,Aに対し,その顔面や防御しようとした左手を数回殴打する暴行を加え,よって,同人に加療約3週間を要する顔面挫創,左手小指中節骨骨折の傷害を負わせた。」
イ:「被害者であるA(当時51歳)は,本件当日午後7時30分ころ,自転車にまたがったまま,歩道上に設置されたごみ集積所にごみを捨てていた」ということですから、引っ掛かりを感じる行動です。
ごみを持ったまま自転車に乗り、ごみを捨てる――。これは、自分が住んでいる地区でごみを出すと厳しく注意されるため、夜、誰にも見られないように自転車でかなり離れた異なる地区からやってきて、ごみを捨てるという、ごくごく典型的な行動です。夜中にごみを捨てるとカラスなどに荒らされるため、認めていない地区が多いことから、この事案でもおそらくは同様であり、被害者であるA(当時51歳)は、通常、注意を受ける問題のある行動だったと強く推認できます。
ロ:そうなると、「帰宅途中に徒歩で通り掛かった被告人(当時41歳)が,その姿を不審と感じて声を掛けるなどした」としたこともあり得る行動です。もっとも、普通は、何かされるのを恐れて注意しない方も多いでしょうが、この被告人は正義感のある人、悪いことは悪いとはっきりいう方だったためか、注意をしたわけです。ところが、問題のある行動を見咎められた被害者であるAは、逆ギレして開き直ったため、「両名は言い争いとなった」わけです。
ここまでは、被害者であるAの行動の方こそ問題だったといえそうです。
ハ:開き直った被害者Aに苛立ったと思われる「被告人は,いきなりAの左ほおを手けんで1回殴打し,直後に走って立ち去った」のです。(たまにいる)殴り逃げですが、殴るといった暴行は妥当ではないとはいえ、被告人による殴り逃げは卑怯な感じはありますが、元々、被害者Aに問題があったので、なんともいえない感じがします。
元々、逆ギレしていたAは、案の定「『待て。』などと言いながら,自転車で被告人を追い掛け」ました。被告人はすぐに逃げたようですが、被害者Aは自転車であるため「上記殴打現場から約26.5m先を左折して約60m進んだ歩道上で被告人に追い付」いてしまいました。距離として90mほども逃げたのですから、被告人は相当、必死で逃げたようです。
こうした(殴り逃げ、必死で逃げている)経緯からすると、被告人は、正当防衛に名を借りて攻撃者を侵害する意図がある場合である「意図的な挑発」の事案とはいえません。「故意的な挑発」なのか、「過失的な挑発」のどちらかについては、被害者Aは、問題のある行動を注意されて逆ギレするタイプですから、「故意的な挑発」ともいえますし、被告人は必死で逃げているので、相手から攻撃を受けないようにしてるのですから、「過失的な挑発」ともいえます。認定は微妙なところです。
被告人は「反撃は危険な不意打ち。正当防衛で無罪」と訴えましたが、1、2審はいずれも退けた(2008年5月22日12時22分 スポーツ報知)ようです。どうやら、被告人の意図としては、「過失的な挑発」であると訴えていたようです。元々は、被害者Aが行った勝手なごみ捨てこそが悪いのであり、その行為にも「自招性」が認められるのではないでしょうか。被告人の言い分のような理解も十分に可能であるように思います。
ニ:被告人に追いついた被害者Aは、「自転車に乗ったまま,水平に伸ばした右腕で,後方から被告人の背中の上部又は首付近を強く殴打した」のです。勝手にごみ捨てをしたAこそが問題だったのに、執拗に追いかけて首付近といった人体の最も弱い部分を強打したのですから、逆ギレもここまでくる呆れます。
ホ:「Aの攻撃によって前方に倒れた」被告人は、「起き上がり,護身用に携帯していた特殊警棒を衣服から取り出し,Aに対し,その顔面や防御しようとした左手を数回殴打する暴行を加え,よって,同人に加療約3週間を要する顔面挫創,左手小指中節骨骨折の傷害を負わせ」ました。
ただ、護身用に特殊警棒を携帯していたとはいえ、それほどまでに特殊警棒を所持していないと困るほど注意をする人なのか、その地区では危険が多いため普通に持っていてもおかしくないのかなど不明なところはあります。このように疑問はありますが、素手に対して武器で対抗したのですから、「武器対等の原則」に反しており、やり過ぎの結果を生じています。
かりに最高裁と異なり、自招防衛でなく正当防衛が成立するとしても、過剰防衛(刑法36条2項)になる事案といえそうです。なお、もし相当な範囲で反撃しても、最高裁は「自招防衛は正当防衛は成立しない」という結論であるため、正当防衛となりません。
(2)
最高裁の結論の部分を検討してみます。
「2 本件の公訴事実は,被告人の前記1(4)の行為を傷害罪に問うものであるが,所論は,Aの前記1(3)の攻撃に侵害の急迫性がないとした原判断は誤りであり,被告人の本件傷害行為については正当防衛が成立する旨主張する。
しかしながら,前記の事実関係によれば,被告人は,Aから攻撃されるに先立ち,Aに対して暴行を加えているのであって,Aの攻撃は,被告人の暴行に触発された,その直後における近接した場所での一連,一体の事態ということができ,被告人は不正の行為により自ら侵害を招いたものといえるから,Aの攻撃が被告人の前記暴行の程度を大きく超えるものでないなどの本件の事実関係の下においては,被告人の本件傷害行為は,被告人において何らかの反撃行為に出ることが正当とされる状況における行為とはいえないというべきである。
そうすると,正当防衛の成立を否定した原判断は,結論において正当である。」
イ:最高裁は、「被告人は不正の行為により自ら侵害を招いたものといえるから」,「被告人の本件傷害行為は,被告人において何らかの反撃行為に出ることが正当とされる状況における行為とはいえない」として、正当防衛を否定しています。ですから
、「自ら招いた侵害に対する正当防衛の成立は否定」する結論を採用したわけです。
裁判例の傾向は、自ら招いた侵害に対する正当防衛の成立は否定的という結論では一致していたのですから、この最高裁の結論は妥当といえます。前述のように、大審院は、傍論でありますが、一般論として自ら招いた侵害に対しても正当防衛が可能であることを明らかにしていたのですから、その判断を変更し、自招防衛につき初判断を示したといえるわけです。
ロ:
正当防衛が成立しないのはどのような範囲のものに限られるのか、学説のように意図的な挑発の場合のみに限るのかについては、すでに検討したように「意図的な挑発」の事案でなく、「故意的な挑発」なのか、「過失的な挑発」のどちらか微妙な事案についてまで、「自招防衛」として扱いました。近時の裁判例では、学説と同様に「意図的な挑発」の場合のみに限定していたのですから(東京地判平8・3・12)、
正当防衛の成立範囲を不当に狭めていることになります。
正当防衛が正当化(違法性阻却)されるのは、「正当防衛は歴史を持たない」(自然法的に認められる)とされ、個人の権利として自己を守る利益があることと、不法な侵害に対して正しい法秩序の維持を示すためであるとされています。ですから、正当防衛の成立範囲を不当に狭めることは妥当ではないのです。
元々は、被害者Aが行った勝手なごみ捨てこそが悪いのであり、その行為にも「自招性」が認められるのではないでしょうか。最高裁はその点を見逃している点で問題を孕んでいます。ですから、この事案については、「自招性」が認められるか疑問があり、「自ら招いた侵害に対する正当防衛の成立は否定」する結論を採用したことは妥当でなく、過剰防衛(刑法36条2項)と判断すべきだったと考えます。
事案からすると、「意図的な挑発」の場合のみに限定しないことは示しているとはいえますが、「被告人は,Aから攻撃されるに先立ち,Aに対して暴行を加えているのであって」というだけの判示では、
「故意的な挑発」なのか、「過失的な挑発」のどちらか微妙な事案でも正当防衛を否定するのかどうか全く不明確です。単に事例判断にすぎず、何ら基準を