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主に社会問題について法律的に考えてみる。など。
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2008/06/25 [Wed] 22:50:16 » E d i t
イージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事故で、第3管区海上保安本部(横浜)は6月24日、あたご側が動静監視を怠り、回避動作が遅れたのが原因で事故を招いたとして、業務上過失致死と業務上過失往来危険の容疑で、衝突時と衝突前の当直責任者だった3等海佐2人を書類送検しました。衝突時が前水雷長の長岩友久3佐(34)で、衝突前が前航海長の後潟桂太郎3佐(36)です。

海上保安大学校(広島県呉市)の鑑定で、あたごは、衝突直前に右転した清徳丸の左舷後方から40−50度の角度で、減速が間に合わずに衝突したことが判明し、そこで、3管本部は、回避が大幅に遅れたあたご側の過失が裏付けられたと認定しました(共同通信)。
6月27日追記:「あたご側、十数秒前に気づく」との毎日新聞の記事を引用しました。)



1.報道記事を幾つか。

(1) 東京新聞平成20年6月24日付夕刊1面【社会】

あたご2士官書類送検 イージス艦事故 『監視不徹底主因』
2008年6月24日 夕刊

 海上自衛隊のイージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事故で、第三管区海上保安本部(横浜)は二十四日、業務上過失致死と業務上過失往来危険の疑いで、衝突直前に当直士官を交代した前航海長の後潟(うしろがた)桂太郎三佐(36)と、衝突時の当直士官だった前水雷長の長岩友久三佐(34)を書類送検した。三管本部は、両者が見張りやレーダーの監視を徹底せず、回避が大幅に遅れたことが事故の主因として過失を認定。後潟三佐は引き継ぎも不適切だったとした。 

 調べでは、あたごは事故当日の二月十九日未明、千葉県・房総半島沖を約十ノット(時速約十八キロ)で北上。後潟三佐は同日午前三時四十分ごろ、右前方に清徳丸を含む漁船団を視認し、衝突の危険を予測できたにもかかわらず、継続的な監視を怠って航行を続け、長岩三佐に「衝突の危険はない」と不適切な引き継ぎを行った疑い。

 長岩三佐も、漫然と直進を続け、回避行動を取らずに、同四時六分に清徳丸と衝突し、船長の吉清(きちせい)治夫さん=当時(58)=と長男哲大(てつひろ)さん=同(23)=を死亡させた疑い。長岩三佐は衝突直前に後進命令を出したが、ほとんど減速しないまま衝突。清徳丸は衝突直前に右にかじを切っていたが、よけきれなかった。

 三管本部は、二士官の認否について「供述内容にかかわるので差し控える」として発表しなかった。

 船渡健前艦長(53)については、事故当時は仮眠中で直接操艦に携わっていなかったとして、送検を見送った。清徳丸側も業務上過失往来危険容疑での書類送検を検討したが、操船者が特定できず見送った。」



(2) 朝日新聞平成20年6月24日付夕刊15面(13版)

当直士官2人を書類送検 イージス艦衝突事故 判断ミス原因
2008年6月24日11時21分

 海上自衛隊のイージス艦「あたご」と漁船清徳丸が2月19日未明、千葉・房総半島沖で衝突した事故で、第3管区海上保安本部(横浜市)は24日、交代前後の当直士官の判断ミスが衝突の主因だったとして、衝突時に操艦責任を担う当直士官だった長岩友久・元水雷長(34)と、前の当直士官だった後瀉(うしろがた)桂太郎・元航海長(36)を、業務上過失致死と業務上過失往来危険の疑いで横浜地検に書類送検した。

 海自の最新鋭艦が漁船を巻き込んだ事故は当直仕官2人の刑事責任追及に発展した。

 3管の調べでは、あたごでは、事故当日の午前3時50分ごろから午前3時55分ごろまでの間に、前の当直と衝突時の当直が引継ぎをした。

 当直交代前、艦橋で見張りをしていた当直員は、清徳丸を含むと見られる漁船群の灯火を複数回、右前方に確認。情報を元航海長に報告した。元航海長も午前3時40分ごろ、灯火を確認していた。

 海上衝突予防法は、船が互いに針路を横切る関係にある場合、相手を右に見る側に回避義務があるとしている。しかし、後瀉元航海長はレーダーなどで漁船群の動きを継続的に確認せず、漁船群は停船した状態であり、あたごの針路を横切るなどの危険性はないと判断したとされる。

 引継ぎ時には、後瀉元航海長と長岩元水雷長はともに灯火を確認していたという。

 当直交代後も、あたごは自動操舵(そいだ)のまま航行を続けた。長岩元水雷長は、漁船群の動きを十分に確認せず、衝突直前になってから、全速で後進する回避動作をとったが、間に合わなかったとされる。

 清徳丸側については、乗っていた吉清治夫(きちせい・はるお)さん(当時58)と長男哲大(てつひろ)さん(同23)が死亡しているため、どちらが操船していたか特定できなかった。海保は、清徳丸側にも一定の過失があったとみているが、あたご側に一義的な回避義務があったとして父子の立件は見送った。

 事故後に解任された舩渡(ふなと)健前艦長(53)は、操艦の全責任を負う立場だったものの、事故当時は、仮眠中で艦橋におらず、直接の過失はなかったと判断した。

 海保とは別に、事後原因を調べている横浜地方海難審判理事所は、舩渡前艦長や、あたごの所属部隊だった旧第63護衛隊など海自関係者4人と1部隊を対象に、週内にも横浜地方海難審判庁に審判の開始を申し立てる。」




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2008/06/24 [Tue] 22:21:07 » E d i t
先日、「東京・秋葉原殺傷事件」の現場となった秋葉原に行ってきました。


二十代・アキバ献花台発:/上 孤独、焦り…思い重ね

 ◇事件起こすかどうか、一線どこに?
 ◇クビになるかも。怖い


 東京・アキバ(秋葉原)−−。大通りの交差点に献花台はある。

 花束、スナック菓子、アニメキャラクター……。下段にはペットボトルの白キャップが、ハチの巣のように並ぶ。

 今月8日、7人の命をトラックとナイフで不条理に奪い、加藤智大容疑者が逮捕された。25歳の男は、ネアカ、ネクラ、ロリコンなどの言葉が流行した1982(昭和57)年に生まれている。惨劇の犠牲者を悼む献花台には若者がひっきりなしに訪れ、その大半が男と同じ20代だ。(以下、省略)」(毎日新聞平成20年6月24日付東京朝刊13面


今でも献花台には、花束やペットボトルが数多く並んでいますし、献花台以外にも歩道の何ヶ所かに花束やペットボトルが供えられています。献花台の写真を撮る人もいますが、多くは手をあわせ拝んでおり、誰かがそこで拝んでいるという様子でした。

献花台は、シンプルなものであって追悼する旨の簡単な紙が貼っているくらいで、何か仏像が置かれているわけでありません。献花台に神様が宿っているとも思えません。では、献花台へ向けて手を合わせて拝んでいる人達は、何を想って拝んでいるでしょうか。拝む際にこの事件が起きた背景についても思い巡らしているのでしょうか……。



1.秋葉原殺傷事件については、何度もエントリーにしています(その中で「晴天とら日和」さんと言った秀逸なエントリーも紹介しています)が、再び触れてみたいと想います。

<1>「秋葉原通り魔事件:秋葉原で無差別に7人殺害、10人重軽傷〜犯罪が発生した背景をよく考える必要があるのではないか?」(2008/06/09 [Mon] 23:11:16)

<2>「派遣労働の世界とは? 35年目の「自動車絶望工場」〜秋葉原無差別殺傷事件・容疑者の勤務先ルポ “派遣契約をすべて解除!?”(東京新聞平成20年6月12日付「こちら特