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主に社会問題について法律的に考えてみる。など。
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2009/10/06 [Tue] 23:59:22 » E d i t
八ッ場ダム建設中止問題については、地元住民は建設中止反対ばかりであるかのようなテレビ報道がよくなされています。そのようなテレビ報道や記事だけを報道する新聞(読売新聞、毎日新聞)を読んでいる読者は、案の定、次のような意見を投書しています。

「八ッ場ダムの問題で、前原国土交通相との話し合いに住民が応じなかったのは当然であろう。バッジを光らせ、マニフェストを錦の御旗に掲げ住民の前に現れたからである。政府には中止を白紙撤回してほしい。」(読売新聞平成21年9月29日付朝刊13面「投書欄」―神奈川県相模原市・50代)



「八ッ場ダム工事をめぐって地元が怒っている。前原誠司国土交通相が「八ッ場ダムは中止すると言うのを聞いていて、私は違和感を覚えた。「マニフェストに書いてある」という意味の言葉と、冷然とした物言いに、深刻な影響を受ける地元住民への温かな目配りを感じなかったからだ。
 はたしてその後、マニフェストを作るに際して民主党は地元民や関係自治体の声を誠実に聞くプロセスを経なかったという事実も知った。(中略)この問題に限らず、民主党は二言目には「政権公約を実行する」と言うが、そのことが必ずしも民意を尊重することにならないのは分かっているはずだ。
 地元住民は「建設中止を白紙に戻さなければ前原氏との意見交換会に出ない」と言っているが、同党のこれまでの姿勢を見れば、きわめて当たり前の主張だと思う。民主党政権はもっと謙虚になってもらいたい。」(毎日新聞平成21年10月3日付朝刊15面「みんなの広場」―埼玉県深谷市・60代)


しかし、本当に地元住民は建設中止反対ばかりなのでしょうか? 地元住民の気持ちを十分に報道しているのでしょうか? そこで、2つの記事を紹介したいと思います。


1.報道記事を幾つか。

(1) 朝日新聞平成21年10月3日付朝刊38面「八ッ場から ダムが止まるまち」

「政争の場。いい迷惑だ」  谷垣総裁視察 住民動員取りやめ

 「最初におわびを申し上げたい。八ッ場(やんば)ダム中止という心配をさせているのは、総選挙で私どもがふがいなく政権交代を許してしまったからだ」。八ッ場ダムの本体工事の入札手続きの中止が発表された2日。ダムの地元、群馬県長野原町を視察し、住民との意見交換会に臨んだ自民党の谷垣禎一総裁が、頭を下げた。

 地元側は大沢正明県知事や町長ら約30人が並び、自民に期待を託す姿勢を示した。

 会場入り口の窓の「建設中止撤回」を訴える張り紙が、9月に民主党の前原誠司国土交通相が来た時より増えていた。前日に張ったのは県の担当課職員だ。 「地元の意思を文面で示した」と説明した。

 だが、会場に住民代表以外の一般の住民はいなかった。

 地元では初め、住民を動員する動きがあった。 「自民党の総裁が来るんだから、人が少ないんじゃみっともない。自民県連からも、なるべく人を集めてくれと要請があった」と、水没関係5地区連合対策委員会の関係者は話す。

 だが、動員は直前に取りやめになった。ある地区のダム対策委員長は、前原氏の時と同じ扱いにしたと説明する。「自民党が来た時だけ参加すれば、県も町も住民も自民党についたと思われてしまう」

 河原湯地区に住む男性は「300議席以上ある民主党に、100程度の自民党が何ができるか。何もできないよ」と冷めた目を向けた。

   □□□

 長野原町は、中選挙区制のころ旧群馬3区だった。福田赳夫氏、中曽根康弘氏、小渕恵三氏、福田康夫氏の4人の首相を生んだ「自民王国」だ。

 だが自民党への地元住民の感情は、実は複雑だ。1952年に地元へダム計画が伝えられてから57年と計画が大幅に遅れたのは、自民の大物政治家が激しく競い、「上州戦争」と呼ばれた地であることと無縁ではないからだ。

 地元の温泉街とつながりの深かった福田赳夫氏は地域開発を掲げてダムに賛成したのに対し、反対派は中曽根氏を頼った。85年に地元がダム受け入れを表明した時の首相が当の中曽根氏だったことは、問題の複雑さを物語る。あげく、自民は下野した。

 水没予定地近くで農業を営む70代の男性は嘆いた。「ここは本当に政治の争いの場所になってしまった。地元にすればいい迷惑だよ。57年間、造る造らないでずっと戦争をしている気分だ」。温泉旅館を営む男性も怨み節を漏らした。「自民党がしっかりしていれば、今ごろはすでにダムができて、新しい人生がスタートしていた」

   □□□

 谷垣総裁は意見交換を終えた後、報道陣に対し、前原氏の建設中止表明を「マニフェストに書いてあるからとの理由だけで中止する、というのはなかなか通じないのではないか」と批判した。

 だが一方で、建設の是非については言葉を濁した。「治水・利水の必要性があるのか、きちっとデータを集めてきちっと議論していかなければならない」 (大井穣、木村浩之、菅野雄介)」

  
八ッ場ダム建設を巡って問題になるのは、57年経過しても完成していないままであることが根本原因であり、その最大の元凶は、「自民の大物政治家が激しく競い、『上州戦争』と呼ばれた地である」点、すなわち、八ッ場ダムの地元が自民党内の政争の場所になった点にあるのです。要するに、自民党こそが最も責任を負うべきであって、非難されるべきなのは自民党なのです。

ところが、谷垣総裁は、前原氏の建設中止表明を「マニフェストに書いてあるからとの理由だけで中止する、というのはなかなか通じないのではないか」と批判しています。しかし、自民党が政争の場として地元市民を苦しめてきたのですから、自民党こそが八ッ場ダム問題の最大の責任を負っているのです。民主党を中心とした政権への非難は、自らの責任を擦り付けるものであって、実に無責任な態度です。自民党の無責任な態度は、安倍氏、福田氏、麻生氏と続いていますが、谷垣氏もその「無責任」を受け継ぐつもりのようです。自民党は、本当に腐っています。

群馬県長野原町を視察した谷垣氏との意見交換会の際、その場に地元側は「大沢正明県知事や町長ら約30人」であって、「会場に住民代表以外の一般の住民はいなかった」のです。しかも、会場入り口の窓の「建設中止撤回」を訴える張り紙を張ったのは、「県の担当課職員」であって、地元の一般住民ではないのです。このように、地元行政のみが躍起になってダム建設反対の旗を振っているのです。

こうなると、本当に地元住民は建設中止反対ばかりなのか、非常に疑問になってきます。どちかかというと、八ッ場ダム建設中止に反対している人たちは、地元住民の利益のためというよりも、いわゆる(多数人が八ッ場ダム関係に天下りしている)ダム官僚の利益、地元行政・地元議会の利益、地元行政と癒着した業者の利益のために行動しているのではないか、と思われるのです。



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2009/10/03 [Sat] 23:59:20 » E d i t
自民党は平成21年9月28日午後の両院議員総会で、第24代総裁に谷垣禎一元財務相(64)を選出しました。国会議員票(199票)と党員投票による地方票(300票)で争われた選挙の結果、谷垣氏は6割に当たる計300票を獲得しています。河野太郎元法務副大臣(46)は144票で2位、西村康稔前外務政務官(46)は54票で3位であって、無効票は1票でした。

谷垣禎一総裁は9月29日午後、幹事長に大島理森元農相(63)、政調会長に石破茂前農相(52)、総務会長に田野瀬良太郎元財務副大臣(65)を起用する三役人事を決め、国対委員長には、川崎二郎元厚生労働相(61)が就任しました。


1.報道記事を幾つか。

(1) 朝日新聞平成21年9月29日付朝刊1面(14版)

自民総裁に谷垣氏  議員・地方票6割獲得2009年9月28日22時54分

 自民党は28日、両院議員総会を開き、谷垣禎一元財務相(64)を麻生太郎氏の後継総裁(第24代)に選出した。国会議員票(199票)と党員投票に基づく地方票(300票)のうち、谷垣氏が計300票を獲得した。森喜朗元首相ら重鎮を排除して党改革を進めるかが争点だったが、党内結束を優先し、緩やかな改革をめざすことになった。党員票の投票率は46.65%。今回と同様の方法で実施された06年の61.45%を大きく下回った。

 谷垣氏の任期は12年9月末まで。投票総数499票のうち有効投票総数は498票。谷垣氏は地方票180票、国会議員票120票で各6割を獲得し、圧勝した。河野太郎元法務副大臣(46)は地方票で2位につける計109票を集めたが、国会議員票が35票と苦戦。西村康稔前外務政務官(46)は国会議員票が43票で2位だったが、地方票は11票にとどまった。

 谷垣氏は29日に新執行部を発足させたい考えだ。党の浮沈をかけた来夏の参院選を指揮する幹事長人事が焦点になる。石破茂前農林水産相や園田博之政調会長代理、石原伸晃幹事長代理のほか、舛添要一前厚生労働相や林芳正前経済財政相ら参院議員の名前も挙がっている。

 谷垣氏は就任後の記者会見で「『みんなでやろうぜ』と結束して元気に進んでいくことが必要だ」と語り、挙党一致で党再建に臨む考えを強調。総裁選で争った河野氏と西村氏については「活躍の場を当然作っていくべきだ」と登用する考えを示した。

 さらに、政権奪回に向けて有識者らで作る「政権構想会議」の設置を表明。党の政務調査会と国会対策委員会を一体化して「シャドーキャビネット(影の内閣)」を設け、各委員会の中心メンバーと兼務させることで組織をスリム化する考えも明らかにした。

 総裁選の争点だった派閥については「まだ自民党は中選挙区時代の慣行から完全に脱していない」と述べ、派閥が担ってきた候補者発掘や新人教育の役割を党が担うべきだとの考えを示した。しかし、派閥解消の具体策については「本来の意義が薄まっていく」と語るにとどまった。

 民主党政権については「大きな政府を志向されれば、それに伴う負担がある」「これを続ければ財政破壊にもなりかねない」と批判し、対決姿勢を明らかにした。」



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2009/09/16 [Wed] 23:59:25 » E d i t
民主党の鳩山由紀夫代表(62)は平成21年9月16日午後、16日召集された第172特別国会(会期は19日までの4日間)で衆参両院本会議で首相指名投票を経て第93代、60人目(現憲法下で29人目)の首相に指名されました。同日夜に首相親任式(憲法6条1項)と閣僚認証式(憲法7条5号)が皇居で同日夜行われ、民主、社民、国民新3党の鳩山連立内閣が発足しました。

政権交代は非自民の細川連立政権が発足した1993年以来、16年ぶりで、衆議院選挙で野党第1党が単独過半数を制したことにより政権が代わるのは、戦後初めてとなります。


1.鳩山氏は内閣の顔触れを正式決定し、官房長官に起用された平野博文役員室長(60)が閣僚名簿を発表しています。

 「国家ビジョンと予算の骨格を策定する新設の「国家戦略局」担当相には菅直人代表代行(62)を充て、副総理兼務とした。年金制度の抜本改革に取り組む厚生労働相には長妻昭政調会長代理(49)、外相に岡田克也前幹事長(56)を起用した。

 税金の無駄遣い根絶のため新設する「行政刷新会議」担当相に仙谷由人元政調会長(63)、予算編成の実務を担う財務相に元蔵相の藤井裕久最高顧問(77)を登用。沖縄北方・防災担当相兼務の国土交通相に前原誠司副代表(47)、経済産業相に直嶋正行政調会長(63)を指名した。

 国民新党の亀井静香代表(72)は金融・郵政改革担当相に、社民党の福島瑞穂党首(53)は消費者行政・少子化・食品安全・男女共同参画担当相に充てた。

 総務相に原口一博氏(50)、農相に赤松広隆氏(61)、環境相に小沢鋭仁氏(55)、防衛相に北沢俊美氏(71)、文部科学相に川端達夫氏(64)、法相に千葉景子氏(61)、国家公安委員長・拉致問題担当相に中井洽氏(67)を決めた。」「第93代首相に鳩山氏 民社国連立内閣」(2009/09/16 21:41 【共同通信】)


このように、新内閣には菅直人副総理兼国家戦略担当相、仙谷由人行政刷新担当相、長妻昭厚生労働相など名の知れた“論客”をそろえた一方、中井洽国家公安委員長らベテランも処遇しバランスを取ったものになっています(2009/09/16 21:49 【共同通信】)。

首相は夜の初閣議で、予算編成の骨格を策定する国家戦略局の前身となる「国家戦略室」設置を指示しました。事務次官会議、事務次官会見の廃止と府省の方針や見解の公式発表は閣僚、副大臣、政務官による「政務三役」に限る原則も確認して「脱官僚」をアピールしています(2009/09/16 21:49 【共同通信】)。




2.新内閣発足の報道記事と鳩山首相の就任会見を紹介しておきます。

(1) asahi.com:2009年9月16日22時4分

首相「脱官僚依存」の決意強調 鳩山内閣が正式発足
2009年9月16日22時4分

 民主党の鳩山由紀夫代表が、16日召集された特別国会の首相指名選挙で第93代首相に選ばれ、同日夜、民主、社民、国民新の3党による鳩山連立内閣が正式に発足した。総選挙で野党が単独過半数を得て、政権交代が実現するのは戦後初めて。鳩山首相は就任会見で、新政権のキャッチフレーズとして「脱官僚依存」を掲げ、子ども手当の創設やガソリン税などの暫定税率の廃止など、総選挙のマニフェスト(政権公約)を実現する考えを強調した。

 鳩山首相は16日夕、首相官邸で記者会見し、「日本の歴史が変わるという身震いするような感激と、一方で大変重い責任を負った。この国を本当の意味での国民主権の世の中に変えていかなければならない」と政権交代の意義を強調。「脱官僚依存の政治を今こそ世の中に問うて、実践していく」と決意を語った。

 首相は優先政策として「子ども手当」(月額2万6千円。来年度は半額)の創設と暫定税率の廃止を挙げ、「国民の家計を刺激する政策を真っ先に行い、国民に『少しは懐具合が良くなりそうだ』と思ってもらえるようにしたい」と語った。

 09年度補正予算を徹底的に見直し、執行の一部停止を求める考えを明言する一方、「地域の活性化に役立つという判断なら、続けて執行していただきたい」と述べ、地方の実情に柔軟に対応する考えも示した。民主党の目玉政策の実現に必要な財源については、徹底した無駄遣いの見直しなどで「初年度分の7兆円余は十分めどが立つと確信している」と強調。シーリング(概算要求基準)は見直しつつ、来年度予算の年内編成をめざすとした。

 首相はまた、今月下旬の訪米時に予定されるオバマ大統領との会談に関連し、連立与党合意に盛り込まれた日米地位協定改定の「提起」を行うかどうかについては、「まずオバマ大統領と信頼関係を築くことが第一歩だ」と強調。「日米間の様々な懸案に関しては、包括的なレビューを少し時間をかけて行うことが重要。時間をかけた中で議論を進めることが大事だ」として、ただちには提起しない考えを示した。

 幹事長時代に西松建設の違法献金事件を「国策捜査だ」と批判したことについては「1度使った言葉だが、2度は使わなかった。ある種の反省の思いを含めて、この言葉を遠慮している」と発言を事実上撤回。自らの虚偽献金問題については「なかなか国民に理解いただいていないのは事実。もっと説明を尽くす努力をしたい」と語った。」


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2009/09/15 [Tue] 23:59:48 » E d i t
麻生内閣最後の定例閣議が平成21年9月15日午前、首相官邸で開かれました。民主党の鳩山由紀夫代表が特別国会で新首相に指名される前に、麻生内閣は9月16日午前に総辞職し、その後、麻生太郎首相が退陣の記者会見を行い、358日で幕を閉じることになります。


1.時事通信:2009/09/13-15:30

信頼損ね、自民政権に幕=短命358日−麻生首相

 麻生内閣は16日に総辞職する。麻生太郎首相の在任日数は358日。1年おきの首相退陣が3度も繰り返された末、自民党は1955年の保守合同からほぼ一貫して担ってきた政権の座を失う。衆院選後、首相は記者団の「ぶら下がり取材」を敬遠するなど、内向きの姿勢が目立つ。総裁選をめぐっても混迷が続き、党再生への道は険しい。
 「昨年秋に衆院選をしていたら、こんなに負けていなかった」。首相は9日に官邸を訪れた海洋政策研究財団の秋山昌廣会長に対し、こう吐露した。一方で「(昨秋解散していれば)経済対策はできなかった」とも語り、衆院解散を今年7月まで延ばした自らの判断は間違いではなかったとの認識も強調した。
 確かに、「政局より政策」として解散を先送りし、大規模な財政支出を伴う景気対策に取り組んだ結果、2009年4〜6月期の国内総生産(GDP)が5期ぶりに好転するなど、景気回復の兆しが出ていたことは事実だ。
 しかし、安倍晋三元首相、福田康夫前首相がそろって政権を投げ出し、自民党は統治能力が急激に低下していることを露呈。選挙を経ずになし崩しで「小泉構造改革路線」の棚上げという政策転換を行ったことも、有権者の不信感を買った。
 それに油を注いだのは、麻生首相自身の軽はずみな言動だ。「(医師には)社会的常識がかなり欠落している人が多い」「株屋は信用されていない」などと失言を連発し、漢字の誤読を繰り返して国民から愛想を尽かされた。内閣支持率は20%前後に低迷、最後まで上向くことはなかった。
 7月12日の東京都議選で自民党が大敗すると、首相交代を要求する声が一気に広がった。解散権行使にこだわる首相と、「麻生降ろし」に動く勢力との「コップの中の争い」は、国民の自民党離れを決定的にした。
 「野党になる決意をきちっとして、政権奪還を目指していく」。首相は8日の両院議員総会でこう訴えたが、衆目が一致する「ポスト麻生」は見当たらない。党の再建を担う多くの中堅・若手が落選し、自民党が被った打撃はあまりに大きかった。

◇短命政権在任日数

 1位 羽田孜     64日
 2位 石橋湛山    65日
 3位 宇野宗佑    69日
 4位 芦田均    220日
 5位 細川護煕   263日
 6位 片山哲    292日 
 7位 麻生太郎   358日 
 8位 福田康夫   365日 
 9位 安倍晋三   366日
10位 森喜朗    387日
※現行憲法下で比較。麻生太郎首相は16日に内閣総辞職した場合の日数
(2009/09/13-15:30)」


麻生政権において特筆すべきことは、麻生政権下において自民党が歴史的な敗北を喫し、「自民党が1955年の保守合同からほぼ一貫して担ってきた政権の座」を失った」ことです。なぜ、自民党が歴史的な敗北を喫したのかについて、時事通信の記事は、<1>「安倍晋三元首相、福田康夫前首相がそろって政権を投げ出し、自民党は統治能力が急激に低下していることを露呈」したこと、<2>選挙を経ずになし崩しで「小泉構造改革路線」の棚上げという政策転換を行ったことも、有権者の不信感を買ったこと、<3>それに油を注いだのは、麻生首相自身の軽はずみな言動であること、を挙げています。

確かに2代にわたる政権放り出し、麻生氏の度重なる失言(小泉内閣で総務相を務めながら、「私は郵政民営化に賛成じゃなかった」と国会で答弁、「(医師には)社会的常識がかなり欠落している人が多い」「たらたら飲んで食べて何もしない人の分の金(医療費)を何で私が払うんだ」など)も、自民党の歴史的敗北の一因であったのでしょう。

では、麻生氏の失言がなければ自民党は敗北しなかったのでしょうか? その点につき、朝日新聞は、朝日新聞9月11・15日付「自民再生 なぜ負けたか」という記事で分析していましたので、紹介したいと思います。



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2009/09/14 [Mon] 04:46:39 » E d i t
2001年に米ニューヨークの世界貿易センタービル(WTC)やワシントン郊外の国防総省などに乗っ取られた旅客機が突っ込み、約3千人が犠牲になった米中枢同時テロは2009年9月11日、発生から8年を迎えました。WTC跡地「グラウンド・ゼロ」近くの公園など全米各地で追悼集会が開かれ、遺族や関係者がらが犠牲者に祈りをささげました(2009/09/12 00:45 【共同通信】)。

9月11日午前、WTC跡地そばの公園では強い風雨の中、ビル2棟に旅客機がそれぞれ突っ込み、両ビルが崩壊した時間に合わせて計4回、黙とうがささげられ、遺族とボランティアがWTCでの犠牲者2752人の名前を朗読しています(2009/09/12 00:45 【共同通信】)。

アフガニスタン攻撃やイラク戦争に突き進み、強引な手法が強く批判されたブッシュ政権から、オバマ政権に代わって最初の「9・11」となりました。

「あの日の痛み 喪失感消えぬ」 オバマ大統領

 【ワシントン=伊藤宏】 オバマ米大統領は11日、国防総省での同時多発テロ追悼式典にミシェル夫人と出席し、「あの日の痛みと喪失感は消えることはない」と述べた。

 「我々はアルカイダと、その仲間の過激主義者たちの追撃を決してためらうことはない」とも強調した。」(朝日新聞平成21年9月12日付朝刊8面)


ユナイテッド航空93便が墜落したペンシルベニア州の記念公園で開かれた式典には、パウエル元国務長官らが出席しました(時事通信:2009/09/12-01:12)。



1.報道記事を幾つか。

(1) 東京新聞平成21年9月12日付朝刊7面

同時テロ8年 追悼 オバマ政権下 初の式典
2009年9月12日 朝刊

 【ニューヨーク=加藤美喜】ハイジャックされた旅客機四機がビルなどに突入し、約三千人が犠牲となった米中枢同時テロから十一日で丸八年を迎えた。超高層ビル二棟が崩壊したニューヨークの世界貿易センター(WTC)跡地では、隣接の公園でオバマ政権で初の追悼式典が営まれ、強い雨と風の中、日本人遺族ら参列者が静かに祈りをささげた。

 会場では、一機目の旅客機が北棟に突入した午前八時四十六分に最初の黙とう。今年読み上げられた犠牲者は、昨年から一人増えて二千七百五十二人に。ビルの倒壊時に粉じんを吸い込んだのが原因で、昨年亡くなった男性が新たに犠牲者として認定された。

 また、同じくテロの標的となったワシントン郊外の国防総省やペンシルベニア州シャンクスビルの墜落現場でも追悼式典が営まれ、国防総省ではオバマ大統領が追悼の演説を行った。」



(2) 毎日新聞平成21年9月12日付東京朝刊27面

米同時多発テロ:発生8年 雨の追悼式

 【ニューヨーク小倉孝保、ワシントン古本陽荘】米同時多発テロから8年になる11日午前(日本時間同日夜)、旅客機の激突で崩壊したニューヨーク・世界貿易センタービルの跡地(グラウンド・ゼロ)近くにあるズコッティ公園で犠牲者追悼式典が行われた。

 式典では、冷たい雨の中、遺族とボランティア活動家が、同現場での犠牲者2752人の名前を読み上げ、黙とうした。式典はかつてビル跡地内で行われてきたが、新しいビル建設工事が本格化したため07年から、すぐ近くの同公園に場所を移した。跡地内で犠牲者を悼みたいと希望した遺族に限り、一定時間、跡地内で献花が認められた。

 AP通信によると、今年の犠牲者リストには、ビル崩壊後の粉じんを吸って肺の病気で昨年死亡した男性1人が加えられ、犠牲者は2752人になった。

 一方、オバマ米大統領は11日、同時テロで乗っ取られた旅客機が突入した米国防総省の追悼式に出席、「このような蛮行を働いた者たちに対する決意を新たにしよう」と国民に呼びかけた。

毎日新聞 2009年9月12日 東京朝刊」



(3) 東京新聞平成21年9月12日付朝刊7面

復興の象徴 進まぬ再建 「愛国意識強すぎ」批判も

【ニューヨーク=加藤美喜】 「9・11」から8年がたったが、ニューヨークのWTC跡地「グラウンド・ゼロ」では再建が進まず、今もぽっかりと穴があいたような空間が広がる。政治的、商業的な思惑が絡んだ度重なる計画変更に加え、昨年秋には金融危機が直撃。計画の中心である超高層ビルの入居企業はほとんど決まっていない状態だ。

 再開発計画の中心となる超高層ビル「1WTC」。米独立年にちなんだ1776フィート(541メートル)の高さで、テロに屈しないとの思いを込め、ニューヨーク州元知事のパキタ氏が「フリーダムタワー」と名付けた。

 しかし、愛国的なイメージが強すぎるなどの批判が浮上。土地を所有する港湾局は今年3月、管理上便利だとの理由で、住所である「1WTC」を正式名称にすると発表した。

 1WTCは港湾局や開発業者、治安当局などの意向が複雑に加わって大幅に設計が変更され、現在、ビルの骨組みがようやく地上数階分に達した段階。港湾局は2013年の完成を目指すが、先月、地元紙が入手した内部文書によると、18年までずれ込む可能性が指摘されている。

 また、数年に及ぶ誘致努力にもかかわらず、大口のテナント契約は現在、中国企業一社のみ。6階分のフロアに「チャイナ・センター」という産業文化施設が入居する予定だ。

 跡地にはほかに3つのビルと、2つのメモリアルプールからなる追悼施設、記念博物館、芸術センター、鉄道駅などが入る計画だが、10年目の11年9月までに完成予定なのは追悼施設だけ。米キニピアック大の最近の世論調査では、ニューヨーク市民の6割が跡地再建はさらに遅れると感じており、港湾局の委託調査でも、すべてのテナントが埋まるには30年かかるとの予測が出ている。」



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