1.報道記事を幾つか。
(1) 読売新聞平成20年8月15日付夕刊20面
「代理出産無国籍児 日本入国を容認へ
日本人の男性の依頼でインド人女性が代理出産した女児が無国籍になっている問題で、保岡法相は、15日の閣議後会見で、女児側が現地の日本大使館に日本への入国に必要な査証(ビザ)の申請をした場合には、入国を認める方向で検討していることを明らかにした。
女児は先月25日、インドで生まれたが、出生証明書には母親名が記されておらず、インドの国籍やパスポートがとれない状況になっている。
無国籍の女児がインドを出国し、日本に入国するには、インド政府の渡航証明書に加え、日本の入国ビザが必要とされる。
(2008年8月15日 読売新聞)」
(2) 日経新聞平成20年8月15日付夕刊16面
「法相、ビザ認める方向 インドの代理出産児 「子どもの将来配慮」
インド人女性に代理出産を依頼した日本人夫婦が子供の誕生前に離婚し、生まれた女児の国籍などが不明なため出国できずにいる問題で、保岡興治法相は15日の閣議後の記者会見で、女児がインド旅券を獲得して日本のビザ(査証)を申請すれば「認める方向で対応したい」と述べた。
法相は「代理出産そのものがいいかどうかは、しかるべきところで検討されることだ」としたうえで、「子供の将来にきちっとした配慮をしていくという姿勢で法の在り方についてよく検討したい」と語った。」
(3) 保岡興治法相は、女児側が現地の日本大使館に日本への入国に必要な査証(ビザ)の申請をした場合には、査証(ビザ)を発行し、入国を認める方向で検討しているとのことです。
「無国籍の女児がインドを出国し、日本に入国するには、インド政府の渡航証明書に加え、日本の入国ビザが必要とされる。」(読売新聞)
イ:「渡航証明書」とは、旅券(パスポート)に代わる証明書のことで、無国籍者や未承認国(北朝鮮など)の人に、領事官などが出入国のために発給するものです。
保岡興治法相の発言からすれば、女児が無国籍であるために、インド政府発行の旅券がなくても、インド政府の渡航証明書さえあれば、査証(ビザ)を発行するのですから、女児の日本への入国の点は問題なくなりました。こうなると、インド政府が渡航証明書を発行すれば出国でき、日本への入国もできるようになるわけです。
ロ:日本の法務省としては、女児の保護を図るためにともかく査証(ビザ)を発行して日本への入国を認めようという意図だと推測できます。元々、女児自体には何ら問題はなく、女児に対して査証(ビザ)を発行しない理由もないわけですから。
また、法務省側とすれば、日本国籍の取得については、日本人男性医師が認知届をだすか、養子縁組の方法になるのか、色々な方法があるとは思いますが、それも日本に入国させてから決定すればよい、という意図であると思われます。
日本国籍取得の有無、親子関係や養育監護を行う者は誰かなど、これらは子供の将来に深く関わることです。ですから、法相は、こうした点について、「子供の将来にきちっとした配慮をしていくという姿勢」で対応していくと述べているのです。もちろん、国側が一方的に親子関係や養育監護者を決定できるわけではないので、日本人男性医師と協議していくことになるとは思います。
ハ:日本人父と外国人母から生まれた婚外子が出生後に認知しか受けていない場合にも、日本国籍の取得を認めたのが、最高裁平成20年6月4日大法廷判決です(「婚外子国籍確認訴訟(1):最高裁平成20年6月4日大法廷判決は、両親の結婚を国籍取得の要件とした国籍法3条1項を違憲と初判断」(2008/06/07 [Sat] 05:36:09))。ですから、日本人男性が認知届を出せば、本来、女児に日本国籍を認める対応も可能だとは思いますし、それが筋でしょう。
しかし、法務省側としては、代理出産という形態での親子関係は、日本では問題となった事例がほとんどないので、即断できないということで、保留のまま(=日本政府はパスポートを発行しない)で、事態の解決を行うつもりのようです。女児の入国が最優先なのであって、国籍は二の次であるのですから、こうした曖昧な対応であっても、ともかく事実上、女児の養育監護が可能になる以上、許容できるものだと考えます。
もちろん、インド政府が女児にインド国籍を付与することもあるでしょうが、そうであればインドと日本の二重国籍となる可能性が出てくるというだけのことです。
ニ:なお、国籍立法は、各国の主権に基づく国内的管轄事項です。ですので、各国は、国家形成の歴史的背景を中心としつつ、人口政策、移民政策、同化政策などの観点から、それぞれの国籍法を制定しており、ある者が特定国の国籍を有するか否かは、もっぱらそれによって判断されることになります。しかし国籍立法にあたって考慮されるべき理想として、幾つかの原則があり、その1つに「国籍唯一の原則」というものがあります。
「国籍唯一の原則
各国の国籍法の内容が不統一であると、二重国籍者や無国籍者が生じることになる。そしてこのような事態は望ましくないものと考えられてきた。そこで、すべての個人が必ず1個の国籍を有し、かつ2個以上の国籍を有しないことという原則、すなわち国籍唯一の原則が国籍立法の理想として主張されている。1930・54・61年の各種のハーグ条約はこれを目的とするものであるが、批准した国は少ない。日本は署名のみである。
無国籍の発生の防止については、世界人権宣言15条1項および市民的及び政治的権利に関する国際規約24条3項で、国籍を保有することが人権の一内容をなすものとして規定されている。他方、重国籍の発生の防止については、出生による国籍取得につき、両性平等原則により父母両系主義を採用した場合、困難な問題が生じることになる。」(澤木敬郎(さわき・たかお)『国際私法入門(第3版)』(有斐閣、1990年)78頁)
このように、世界人権宣言15条1項および市民的及び政治的権利に関する国際規約(国際人権B規約)24条3項からすれば、日本政府は、無国籍の発生を防止する義務があります。インドは国際人権B規約に加入しているので、同様だといえます。
ですから、「インド政府と日本政府はともに、女児への自国の国籍付与を拒絶する意図はなく、女児を無国籍のままにしておくという意図もない」という考えであることは、注意しておくべきです。
(8月15日付追記:日本への出国に向けた手続きは遅れそうだという記事を追記しました。)
1.報道記事を幾つか。
(1) 時事通信(2008/08/10-22:01)
「代理出産の女児、旅券取得に道=出生証明を発行-インド
【ニューデリー10日時事】インド人女性に代理出産を依頼した日本人夫婦が子供の誕生前に離婚し、生まれた女児の国籍や親子関係が不明なため出国できずにいる問題で、インド当局は10日までに、出生証明書を発行した。これにより女児がインドの旅券を取得し、日本のビザを得て出国できる可能性が出てきた。
女児が入院中の病院の医師によれば、証明書を発行したのはグジャラート州アナンドの地方自治体。女児の代理人が同自治体に提出していた出生届が受理され、9日に証明書が発行された。
ただ、証明書の母親欄が空白のため、インドの市民権を得て旅券を取得するのは通常では困難。女児の代理人は、旅券の特例的発行を求め、裁判所に訴えを起こすとみられている。(2008/08/10-22:01)」
(2) 東京新聞平成20年8月11日付朝刊22面
「赤ちゃん出国、多難な道のり インド代理出産
2008年8月10日 16時54分
【ニューデリー10日共同】インド人女性に代理出産を依頼した日本人夫婦が離婚したため、その後誕生した赤ちゃんがインドを出国できないでいる問題で、インド西部グジャラート州の地元自治体は9日、赤ちゃんの出生証明書を発行した。だが日本とインド両国の法律が障壁となり、赤ちゃんの出国実現には多くの困難が予想されている。
PTI通信によると、出生証明書の父親欄には赤ちゃんの父親である日本人の医師名が記されているが、母親欄は空白になっている。
現地日本大使館関係者によると、母親名がなければインド国籍は取得できない。また日本では、赤ちゃんは出産したインド人女性と母子関係があると見なされ、日本国籍を持つことはできない。
そのため出国を可能にするには、特例的にインド国籍を取得した上で、日本への査証(ビザ)を入手するのが最も現実的という。当事者が人道的配慮によるインド国籍の取得をインドの裁判所に要請し、日本大使館に日本査証の発行を求める可能性がある。」
次のような方法で、インドを出国し、日本に入国することになりそうです。
「インド当局は10日までに、出生証明書を発行した。これにより女児がインドの旅券を取得し、日本のビザを得て出国できる可能性が出てきた。
女児が入院中の病院の医師によれば、証明書を発行したのはグジャラート州アナンドの地方自治体。女児の代理人が同自治体に提出していた出生届が受理され、9日に証明書が発行された。
ただ、証明書の母親欄が空白のため、インドの市民権を得て旅券を取得するのは通常では困難。女児の代理人は、旅券の特例的発行を求め、裁判所に訴えを起こすとみられている。」(時事通信)
「現地日本大使館関係者によると、母親名がなければインド国籍は取得できない。また日本では、赤ちゃんは出産したインド人女性と母子関係があると見なされ、日本国籍を持つことはできない。
そのため出国を可能にするには、特例的にインド国籍を取得した上で、日本への査証(ビザ)を入手するのが最も現実的という。当事者が人道的配慮によるインド国籍の取得をインドの裁判所に要請し、日本大使館に日本査証の発行を求める可能性がある。」
外国人が日本に入国するためには、一般的には、「日本国査証(ビザ)」を入手する必要があります。もっとも、日本は米国など62ヶ国に関しては査証(ビザ)を免除していますが、インドについて査証を免除していないので、インド国籍者は査証(ビザ)が必要となるのです。
そこで、インドで生まれた子供が日本に入国する方法としては、<1>日本国籍者として、日本政府発行の旅券を取得する方法、<2>インド国籍者としてインド政府発行の旅券を取得し、「日本国査証(ビザ)」を入手する方法があることになるわけです。これらの報道からすると、どうやら<2>の方法をとって、日本に入国することを計画しているようです。
2.この事件は、「日本とインド両国の法律が障壁となり、赤ちゃんの出国実現には多くの困難」(共同通信)となっているのであって、すなわち、国籍(市民権)取得を巡るインド法と日本法の不備から生じた弊害に過ぎず、代理出産固有の問題ではありません。ところが、国籍法の専門家に尋ねたりしないせいか、間違った報道がなされ、間違った見解を吐露する専門家がいるのですから、実に困ったものだと思います。向井・高田夫婦の代理出産を巡る訴訟に関しても、国際民事訴訟法の問題であることが理解されず、間違った報道が続きました。
次に紹介する朝日新聞平成20年8月11日付朝刊1・2面は、全体とすれば良い内容ではありますが、専門家が間違った意見をコメントしているため、その間違いを指摘しておきたいと思います。
「代理出産、子の帰国どうなる
赤ちゃんが日本に帰国できなくなっているインドでの代理出産。日本は国外での実施も禁じているが、法制化進んでいない。インドの制度も未整備で、帰国の見通しは不透明だ。2面」(朝日新聞平成20年8月11日付朝刊1面「目次」欄)
(8月10日付追記:文章の不備を整え、インドが人的不統一法国である点を指摘しました。)
1.まず報道記事を幾つか。
(1) NHKニュース(8月7日 20時5分)
「代理出産 赤ちゃん出国できず
インド人の女性に代理出産を依頼した日本人の夫婦が、赤ちゃんの出生前に離婚したことから、生まれた女の子が親もとに引き取られることがないまま、インドから出国できない状態になっています。
複数の関係者によりますと、インド西部グジャラート州のアナンドで、先月25日、日本人の夫婦と代理出産の契約を結んだインド人の女性が女の子を産みました。代理出産を担当した医師によりますと、卵子は別の第三者から提供されたということです。
インドでは、代理出産の赤ちゃんについては、依頼をした夫婦が養子縁組をして引き取ることになっています。しかし、この日本人夫婦は女の子の出生前の6月に離婚し、男性が赤ちゃんを引き取ろうとしましたが、独身の男性が養子縁組をすることはインドの法律でできないことになっており、男性は赤ちゃんを引き取れないでいるということです。男性はいったん日本に戻り、男性の母親が代わりに現地で赤ちゃんの面倒を見ていますが、女の子は両親が確定せず、インドから出国できない状態になっています。この男性の母親はNHKの取材に対し、「一刻も早く赤ちゃんを引き取りたいが、パスポートを取得できず困っている」と話しています。インドでは、政府がこうした代理出産を認める指針を2005年に出し、ここ数年、欧米諸国からの依頼を中心に代理出産が多く行われているということです。
代理出産をめぐっては、ことし4月、日本学術会議の委員会が「法律を作り、原則として禁止すべきだ」という報告書をまとめています。委員長を務めた東京大学の鴨下重彦名誉教授は「今回は卵子が依頼した元妻のものではないことや、子どもが生まれる前に夫婦が離婚したという点で、委員会の議論では想定外だったケースだ。インドで代理出産のビジネスが広まっていることを考えても、同じようなケースが次々に起きる可能性もあり、学術会議が出した報告書を基に早急に法律を整備する必要がある」と話しています。」
(2) 東京新聞平成20年8月8日付朝刊28面
「代理出産児、出国できず インド 邦人夫婦、誕生前に離婚
2008年8月7日 18時57分
【ニューデリー=共同】日本人夫婦がインド人女性に代理出産を依頼して誕生した赤ちゃんが、誕生を前に夫婦が離婚したことが原因でインドを出国できないでいることが7日までに明らかになった。
インド紙タイムズ・オブ・インディアなどによると、日本人の男性医師(45)と妻だった女性(41)は昨年11月、インド人女性と代理出産の契約を締結。夫の精子とドナーから提供を受けた卵子を体外受精させ、受精卵をインド西部アーメダバードの病院でインド女性の子宮に移植、今年7月25日に女児が誕生した。
しかし、夫婦が離婚し、元妻は女児の引き取りを拒否。インド人女性も出産後、契約通り女児を病院に残し帰宅した。元夫の母親(70)が現在病院で女児に付き添っているという。
元夫は女児の引き取りを望んでいるというが、インドで生まれたためインド国籍を持つ女児を国外に連れ出すには、養子縁組に関する手続きを済ませ、女児がインドの旅券を取得する必要がある。しかし、インドの法律では結婚していない男性は養子縁組ができない。
このまま出国できなければ、女児はインド初の代理出産「孤児」になると同紙は指摘した。
インドはここ数年、外国人の依頼による代理出産が多く行われている。」
(3) 朝日新聞平成20年8月8日付朝刊34面
「インドで代理出産の赤ちゃん、夫婦離婚し帰国困難に
2008年8月7日23時37分
日本人夫婦が、代理出産が認められているインドで、契約を結んだインド人代理母から女の赤ちゃんを得たが、帰国が難しくなっていることが7日わかった。出産前に夫婦が離婚をしており、赤ちゃんがパスポートの取得ができずにいるためだ。このトラブルを現地や海外のメディアが報じている。
代理出産については、日本学術会議が、日本人夫婦による海外での代理出産には子どもの福祉からも、代理母の福祉からも問題があると指摘。今年4月に国内での実施も含め、代理出産の原則禁止をうたった報告書をまとめている。
現在、赤ちゃんがいる西部ジャイプールの病院などによると、愛媛県の40代の男性医師と妻はインド人女性と代理出産契約を結び、インドの不妊治療クリニックから第三者の卵子提供を受けて7月25日に女児が生まれた。夫婦は子どもが誕生する前の6月に離婚しており、元妻は女児の引き取りを拒否しているという。
男性医師は赤ちゃんを引き取る意向で、女児はインドのパスポートを取得する方向で検討を始めた。女児は、男性の母親が現地で世話をしているという。
男性医師によると、すでに代理母を母とする出生届をもらっている。日本大使館からインドでの養子縁組を求められたが、養子縁組を求める自分の名が出生届の父親欄にあるため、養子縁組は難しいと現地で言われたという。
さらに、養子縁組については、インドでは独身男性は女子を養子にむかえられないという。ただ、病院側は「生物学的な父親なので、本来は養子縁組をする必要はない。インドで生まれたので、市民権を得て、インドのパスポートを取れるはず」と話す。
インドでは04年に代理出産が認められ、海外からの依頼が急増していると言われる。代理母には多額の報酬が支払われる。経済的理由で貧しい女性が引き受ける場合が多いなどと問題視する声もある。
女児の場合、かりにインドの市民権、パスポートを得て出国できても、すぐに日本国籍が得られるわけではない。インド人の代理母を母とする出生届を日本で出すだけでなく、父親が認知のための裁判手続きもする必要があるとみられる。」
本来、日本学術会議が法務省及び厚生労働省から依頼された任務は、「代理懐胎が生殖補助医療として容認されるべきか否かなど、代理懐胎を中心に生殖補助医療をめぐる諸問題について、従来の議論を整理し、今後のあり方等について調査審議を行う。」はずでした。しかし、生殖補助医療をめぐる諸問題すべて検討すべきだったのに、代理出産のみに終始してしまい(子供の権利も不確定のままで、最も必要性に迫られていた卵子提供の是非さえも決定しなかった)、依頼された任務を怠ったのです。
「生殖補助医療の在り方検討委員会」の鴨下重彦委員長は、「国会で幅広い議論が展開され、必要な立法化に向けて準備が開始されることを心から念願する」とし、「放置は許されない」と法規制を強く迫っています。しかし、日本学術会議自体が依頼された任務を怠って不十分な提言しか提出できなかったのに、よくも「放置は許されない」などと法規制を迫ることができるものだと唖然とします。しかも、立法内容を殆ど空白のままで「生殖補助医療法(仮称)」という、すべてを網羅したような新たな立法を要求するのですから、ここまで日本学術会議が厚顔無恥だとは思いませんでした。
こんな厚顔無恥な提言で立法せよというのですから国会議員も呆れていると推測できますが、では、代理出産を含めた生殖補助医療に関する法制化の見込みはどうなっているのでしょうか? 「日本学術会議が報告書最終案(下)」では、この点について触れてみたいと思います。
1.まず、「Q&A」形式で分かりやすい記事を。
(1) 日経新聞平成20年2月25日付朝刊23面「Q&A」欄
「代理出産 法制化には時間 倫理観の問題 集約は難しく
不妊夫婦が妻以外の女性に子どもを産んでもらう代理出産の是非を議論してきた日本学術会議の検討委員会が19日、最終報告書案を提示した。今後焦点となる法制化はどうなるのか、見通しなどをまとめた。
Q どこが法制化を担当するのか。
A 政府は法案提出に後ろ向きだ。今回の報告書は、政府への答申というわけではなく拘束力がない。加えて「価値観にかかわる問題で、役所が主導することはなじまない」(厚労省)との理由から、国会が議員立法で法案提出すべきだとの考えだ。
Q 国会の状況は。
A 代理出産を議論する超党派の勉強会があるが、昨年6月以来、活動は休止状態。報告書を受けて3-4月から議論を再開する予定だ。法案の提出時期は未定としているが、時間がかかりそうだ。
Q なぜ時間がかかるのか。
A 全体からみれば熱心な議員は少なく、また代理出産のような倫理観にかかわる問題は意見がまとまりにくい。ただ、最高裁が昨年3月、法整備を求める判決を出している以上、法制化棚上げでは政治が無策との批判も浴びかねない。
法案の対象範囲をどこまで広げるかで状況は変わりそう。報告書案は代理出産に限らず生殖補助医療(不妊治療)全般の法律を作るべきだと提言。生命倫理政策を決める委員会の設置を求める声もある。国会がこうした抜本的な法整備に動くなら、さらに長期化する可能性がある。
Q 法案の内容は原則禁止という報告書案通りになるのか。
A 超党派の勉強会は条件付きで認める考えを持つ議員が多い。報告書を参考にはするが、必ずしもその通り法案を作るとは限らない構え。さらに国会での議論となると、また違う意見も出るとみられる。全面解禁という逆の結論に至る可能性は低いが、容認方向へ軌道修正される可能性は残る。」
(2) この記事から理解できる重要な点が2点あります。
イ:重要なポイントとして、「今回の報告書は、政府への答申というわけではなく拘束力がない」のであり、「価値観にかかわる問題で、役所が主導することはなじまない」ために、生殖補助医療の法律は、議員立法で制定するしかないということです。
そうなると、不妊治療・生殖補助医療に理解がある国会議員が主導して立法化することになりますが、そのような議員は少なく、意見集約は難しいのです。また、最も生殖補助医療に関する法案を作成する能力を有する「代理出産を議論する超党派の勉強会」は、「報告書を受けて3-4月から議論を再開する予定」なのですから、これでは早期の立法化のめどが立つわけがありません。
しかも、報告書案は、中身がほとんどないのに「代理出産に限らず生殖補助医療(不妊治療)全般の法律を作るべきだと提言」してしまったばかりか、「生命倫理政策を決める委員会の設置」まで望んだのです。ここまで大風呂敷を広げたら、抜本的な法整備が必要になり、「さらに長期化」します。
ですから、日本学術会議の意向とは異なり、代理出産を含めた生殖補助医療に関する法制化の見込みは当分なく、早期の立法化はあり得ないのです。
そうなると、報告書でも例外的にも代理出産を容認し、他の生殖補助医療につき何も決定せず、法制化されないことが前提となるため、生殖補助医療につき各医療機関を法的に制約するものはないことになります。そこで、各医療機関は、独自のガイドラインに基づいて生殖補助医療を実施していくことになるのです。
ロ:もう1つ重要なポイントは、最も生殖補助医療に関する法案を作成する能力を有する「代理出産を議論する超党派の勉強会」は、条件付きで認める考えを持つ議員が多く、生殖補助医療全般につき原則自由であるという主張であるということです。
ですから、代理出産原則禁止という日本学術会議の報告書とは相容れず、報告書には政府に対しても拘束力がないため、「代理出産を議論する超党派の勉強会」は、報告書を参考にはするとしても、報告書どおりの法案を作る可能性はほとんどないということです。
今やどの意識調査でも、過半数の人が代理出産を認めていますし、昨年3月に厚労省が実施した国民の意識調査では、代理出産を「社会的に認めてよい」とした人は54%、「認められない」は16%というほど大きな差異が生じているくらい、代理出産を認める意識は広がっているのです。しかも、04年4月~05年9月に、浜松医大医学部5年の男女174人を対象に調査した結果によると、代理出産については、70%もの学生が「社会的に賛成できる」と答えています(毎日新聞平成18年11月27日付夕刊2面)。
このように、一般人だけでなく、医者の卵さえも一致して代理出産を容認している以上、そのような世論を無視して代理出産を禁止するような議員立法は不可能です。報告書は全く無意味だったとはいえないまでも、無駄な作業だったといえるでしょう。
そうなると、どういう内容の議員立法になるかが気になります。
野田聖子衆議院議員によると、「生殖補助医療は原則自由、患者主体で行えるとする特例法」となり、母子関係については「生まれた子供は、法的に実子とできる」とし、「本人が納得して責任を取るなら、国はそれを止めません」という原則に基づいた立法になる予定とのことです(「野田聖子議員が語る「代理出産は認めるべき」~nikkeiBPnet(12月1日)より」(2006/12/23 [Sat] 23:14:44)参照)。
提言内容について検討する前に、ネットを見ていると勘違いしている方が多いので、代理出産を認めるか否かとはどういうことかを簡単に説明しておきます。
代理出産を認めた場合、代理母と代理出産依頼者夫婦すべての人の同意を必要とするのです。代理出産を認めたとしても、親族又は第三者の意思問わず、女性すべてを代理母として強制するものではありません(強要すれば、強要罪として処罰される)。代理出産を実施する場合、最低限1年半から2年ほどの期間かかり、しかも多数人が関与するのですから、長期間、強要し続けることはまず困難であり、代理母となるためには医学的な適格審査が必要であって誰でも代理母となるわけではないのです。
他方で、代理出産を禁止するということは、代理母と代理出産依頼者夫婦すべてが代理出産の実施に同意していても、そのすべての人の同意という自己決定権(憲法13条)を全面的に制約・禁止するということです。注意すべきことは、代理母の自己決定権も全面的に否定することになる点です。
代理出産を認めるか否かとは、代理母と代理出産依頼者夫婦すべての人の同意を尊重するのか、それともすべての人の同意を禁圧するのか、ということなのです。
1.まず、報告書案の提言の要旨と、批判書の一部を。
(1) 中国新聞3月7日21時14分更新
「代理出産に関する提言要旨 日本学術会議検討委員会
--------------------------------------------------------------------------------
日本学術会議検討委員会が7日まとめた、代理出産に関する提言の要旨は次の通り。
一、代理出産は法律で原則禁止とすべきだ。
一、営利目的の代理出産は、医師、あっせん者、依頼者を処罰する。
一、代理出産の危険性チェックなどのため、厳重な管理下での試行(臨床試験)は考えられる。
一、試行には、登録や追跡調査などに当たる公的運営機関が必要。
一、代理出産でも産んだ女性が母。
一、生まれた子と依頼者夫婦は、養子縁組で親子関係を確定する。
一、子が出自を知る権利は今後の検討課題。
一、議論が尽くされていない生殖医療の課題の検討が引き続き必要。
一、生命倫理を検討する公的研究機関と、内閣府への常設委員会設置が望ましい。
一、生殖医療の議論では子の福祉を最優先する。
(初版:3月7日21時14分)」
(2) 産経新聞平成20年3月8日付朝刊29面
「代理出産報告書案に盛り込まれた提言(要旨)2008.3.8 00:48
▽代理懐胎については、現状のまま放置することは許されず、規制が必要である。規制は法律によるべきであり、例えば、生殖補助医療規制法(仮称)のような新たな立法が必要と考えられ、それに基づいて当面代理懐胎は原則禁止とすることが望ましい。
▽営利目的で行われる代理懐胎には、処罰をもって臨む。処罰は、施行医、斡旋者、依頼者を対象にする。
▽代理懐胎の医学的問題、とくに出生後子の精神的発達などについて長期的観察の必要性と、倫理的、法的、社会的問題など起こり得る弊害の可能性に配慮するとともに、母体保護や生まれる子の権利や福祉を尊重する立場を重視し、厳重な管理の下に例外的に試行(臨床試験)を行う。
▽親子関係については、代理懐胎者を母とする。試行の場合も同じとする。外国に渡航して行われた場合についても、これに従う。
▽代理懐胎を依頼した夫婦と生まれた子については、養子または特別養子縁組によって親子関係を定立する。試行の場合も同じとする。外国に渡航して行われた場合もこれに従う。
▽新たに内閣府の下に常設の委員会を設置し、生命倫理に関する政策の立案なども含め、処理していくことが望ましい。」
(3) 学術会議報告書に対する批判書(平成20年2月15日)
「学術会議報告書に対する批判書
扶助生殖医療を推進する患者会「二輪草」
法学博士・桐蔭横浜大学法科大学院教授
世話人弁護士 遠 藤 直 哉
(協力:医師 大谷徹郎、医師 根津八紘)
第1 結論
1 患者不在の報告書である。患者(障害者、弱者)を抑圧し、社会の差別意識を助長するものである。
2 子の福祉を全く保護しないものである。
3 根津医師の代理出産の功績を否定し、会告の禁止では足りないとし、さらに法律で禁止し、患者の人権を侵害し、世論に背くもの。
4 特に、母親の代理出産を否定する理由には全く根拠がない。
5 日産婦会の会告による禁止の状態をやめ、法律で公認する役割を期待されていたが、全く果たしていない。
6 本報告書は、代理出産ではなく養子をすすめるが、本報告書で自白するとおり、「養子」では泣く泣く子を渡す母親及び兄弟から子を引離す点で、「代理出産」(子を渡す意思と義務が明白である類型)より弊害のあることが明らかとなった。」