1.こうした民主党の新人議員すべてに対して、マスコミは「鳩山チルドレン」と呼ばずに「小沢チルドレン」と呼んでいます。例えば、毎日新聞の記事では次のように触れています。
(1) 毎日新聞 2009年8月31日 東京夕刊 2面
「選挙:衆院選 民主当選、半数が新人 再チャレンジ組35%
◇「小沢チルドレン」100人超す
今回の衆院選には民主党から164人の新人が立候補し、143人が当選した。同党が獲得した308議席のうち5割近くを新人議員が占める。05年選挙では83人の「小泉チルドレン」が誕生して話題を呼んだが、それを上回る勢力となる。
小選挙区での当選者は71人、比例代表の復活当選は36人で計107人。当選者のうち4人に3人は小選挙区でもまれた計算だ。選挙の「強さ」という面では小選挙区と比例代表の復活当選が合わせて83%を占めた小泉チルドレンに及ばない。比例単独組は36人当選。
平均年齢は45・7歳で、小泉チルドレンの44・8歳をやや上回った。女性は26人で全体の18%。こちらは小泉チルドレン(19%)とほぼ同じ水準だった。
過去に衆院選や参院選に立候補経験がある新人候補55人のうち、9割にあたる50人が今回初当選した。「再チャレンジ」組は全体の35%を占める。
地方自治体の首長や地方議員出身者は43人で全体の30%。これ以外に、元参院議員が4人、国会議員秘書経験者が12人。残る84人は政治経験がほとんどない人物とも言える。
父母や祖父母に国会議員経験者がいる世襲組は8人で、全体のわずか6%。高橋英行氏(比例四国ブロック)が3世、残りの7人は2世だ。官僚出身者は16人で全体の11%。小泉チルドレンの官僚率は12%で、ほぼ変わっていない。
民主党新人は、衆院選を仕切った小沢一郎代表代行との関係から「小沢チルドレン」と称される。毎日新聞の取材によると、小沢氏に近い新人・元職で構成する「一新会倶楽部」のメンバーだったり、小沢氏が選挙運動に積極的に関与した新人は少なくとも61人。選挙のアドバイスを受けたケースなどを含めると、「小沢チルドレン」は100人を超えるとみられる。【中田卓二】
毎日新聞 2009年8月31日 東京夕刊」
(2) 政治評論家やマスコミの中には、接戦になると予測していた方もいたようです。しかし、選挙制度として小選挙区制を採用している以上、「得票率の差以上に議席数に開きが出る」ことは、少しもおかしくありません。
イ:ですから、民主党への支持率が高い中で選挙が行われた以上、民主党側が308議席を獲得したとしても驚くに値しないのであって、新人議員が143人も当選したとしても、少しもおかしくないのです。
「◇得票5割、議席7割--小選挙区
衆院選で空前の308議席を獲得した民主党の得票数は小選挙区、比例代表ともこれまでの最多記録を塗り替えた。小選挙区では5割の得票率で7割の議席を獲得したことになり、得票率の差以上に議席数に開きが出る小選挙区制の特徴が顕著に表れた。
民主党は小選挙区で、現在の小選挙区比例代表並立制が導入された96年以降最多の221議席を獲得した。一方、自民党はこれまでで最少だった03年の168議席にも遠く及ばない64議席と惨敗した。
定数300に占める獲得議席数の割合(議席占有率)は民主党73・7%、自民党21・3%で、その差が3・5倍だったのに対し、得票率は民主党47・4%、自民党38・7%で差は1・2倍しかなかった。得票が1票でも多い候補が当選し、有効投票数の半分以上が「死に票」となることもある小選挙区制の特徴といえ、前回大勝した自民党の「勝利の構図」と全く同じ形になった。
衆院全体の議席数では、中曽根康弘首相(当時)が主導した86年衆院選(参院選との同日選)で自民党が獲得した300議席(当時は定数512)が長く最多記録だった。【横田愛】
◇比例でも最高2984万票
比例代表では民主党は2984万票(得票率42%)を獲得し、得票数・得票率とも96年に現行の小選挙区比例代表並立制が導入されてから最高を記録した。11ブロックすべてで同党の得票数は過去最高となり、前回(05年)衆院選の自民党の2589万票(同38%)をはるかにしのぐ圧勝。他党は前回より得票率を減らし、民主党の「独り勝ち」だった。
民主党は東北、北関東、南関東、北陸信越、東海の各ブロックで過去最高の議席数を獲得した。近畿ブロックでは小選挙区との重複候補者の落選が少なく、比例単独候補を合わせても候補者が2人不足し、自民、公明両党に議席を譲った。
自民党は1881万票で、得票率は27%と11ポイントも減少。前回、得票率4割を超えた北関東、南関東、東京の各ブロックで今回は25~26%と振るわず、議席数も東北、北関東、東海、四国の4ブロックで過去最低となった。
公明党は805万票(得票率11%)と前回より93万票の減。共産党は494万票(同7%)で2万票増やしたものの、投票率が上昇したため得票率は0・2ポイント下がった。社民党も300万票(同4%)で71万票減らした。新党大地は前回とほぼ同じ43万票を獲得して1議席を維持。国民新党は議席を失った。
みんなの党は、北関東、南関東、東京の各ブロックで6~8%の票を得てそれぞれ1議席を獲得。東海、近畿でも1議席に相当する票を得たが、比例名簿に登載された候補者が重複立候補した小選挙区での得票率が10%に満たず、公職選挙法規定により復活できなかった。【鈴木直】
毎日新聞 2009年8月31日 東京夕刊」(毎日新聞 2009年8月31日 東京夕刊 1・2面)
ロ:ところが、マスコミは驚きと揶揄を込めて、新人議員すべてに対して「小沢チルドレン」という名称を使っており、さらには、「小沢氏の肝いりで当選した議員は100人を超えるとみられ、巨大民主党の実態は『小沢王国』ともささやかれる」(「ドキュメント・政権交代:民主、高揚感/自民、荒涼感」(毎日新聞 2009年9月1日 東京朝刊))といったように、選挙直後の民主党内においても、すでに「小沢対反小沢」の対立が深刻化しているかのように煽り立てています。
では、いわゆる「小沢チルドレン」はどういう経歴をもっているのでしょうか? 言動が子供並みの者が目に付いた「小泉チルドレン」と、「小沢チルドレン」は同じなのでしょうか? 「小沢チルドレン」の実像について、東京新聞「こちら特報部」で触れていましたので、紹介したいと思います。
民主、自民両党は9月1日の国対委員長会談で、首相指名選挙を行う特別国会を9月16日召集、会期は19日までの4日間とすることで合意しました。16日に衆参両院で首相指名選挙が行われ、鳩山由紀夫代表が新首相に指名される運びとなっています(東京新聞2009年9月2日 朝刊)。
1.まず、なぜ、民主党が圧勝し、自民が歴史的な大敗を喫したのでしょうか? その点に触れた記事を幾つか紹介したいと思います。
(1) 朝日新聞平成21年9月2日付朝刊33面
「自民 崩れた足元 首相4人出した「王国」群馬
民主が圧勝した今回の総選挙。地方でも都市部でも「自民退潮」の流れがはっきりした。何が起きていたのか。「自民王国」群馬と首都圏で探った。
◆細る 地縁血縁頼み
「期待に応えられない、なんてことも瞬間的には考えました」。投票の1ヵ月前に立候補が決まった「落下傘候補」の民主新顔に、あと約1万2千票まで追い上げられた福田康夫前首相(73)。当選の後、脳裏をよぎった「落選の危機」を吐露した。
民主の候補が決まる前には「政権を取ろうっていうんだから、いい人を立てなきゃ」とまで言っていた前首相。その様変わりが「自民王国」の衰えを象徴していた。
福田赳夫、中曽根康弘、小渕恵三、福田康夫と4人の首相。その子どもが今も衆参両院に議席を持ち、小選挙区で自民以外の候補者が当選したのは1回、1議席のみだ。
ところが今回は、尾身幸次元財務相(76)、笹川尭党総務会長(73)、谷津義男元農水相(75)とベテラン議員が、いずれも30、40代の民主候補に敗北。勝ったのは前首相と、民主が候補を立てなかった小渕優子少子化担当相(35)だけ。
特に福田氏は地元に顔を見せなくても対立候補の倍の票を得る選挙が当たり前だった。それが一変。選挙終盤、福田氏は「変な風を吹かす、迷惑な輩(やから)」と珍しく語気を荒げ、妻貴代子さんは「見えない風。どうしたらいいか分からない」」と支援者に訴えた。
だが、支援者は「風」とは思っていなかった。1年前の「突然の政権投げだし」に怒り、「総理を自分から辞めておいて、まだやり残したことがあるなんて」という声がくすぶっていた。
長く続いた無風選挙は、後援会も衰えさせた。福田事務所を長く仕切ってきた松沢睦元県議(78)は「政治家も応援する人も世代交代の時期に入ってしまった」と嘆く。それでも地縁血縁に頼って電話をかけ、支援企業を回って「決起集会」――という選挙運動のほかに手法は見あたらない。
投票日前日の29日夕。1区で9選を目指していた尾身氏は選挙事務所で、200人近い後援会員一人ひとりから「確票獲得作戦」と書かれたピンクの紙を受け取っていた。1枚ごとに有権者20人の名前。23年前の2回目の選挙から続けてきた「縁故ローラー作戦」だ。苦戦が伝えられていた尾身氏は堅い握手を繰り返し、決起集会でも800人を前に涙を浮かべて「本当に危ない」と訴えた。
それでも負けた。地元の商工会長は、決起集会にその理由を見つけた。会場の後方から場違いな若者の嬌声(きょうせい)が響いていたのだ。「あれが今の自民党だよ」
選挙だけではなく、自民の後ろ盾となっていた「地盤の崩壊」を指摘する声もある。
「平成の大合併」で県内の市町村は70から36に半減。自民の運動の手足となってきた市町村議員は4割減り、前首相への支持が厚いはずの農業の担い手5万4千人の6割が60歳以上になっていた。 「農村も人間関係が薄くなったし、農協は金も票も出せない組織になった」と地元農協の組合長は言う。
高崎市では、養蚕の伝統をくむ繊維卸会社が安い輸入品に押されて次々に倒産。「一度変えた方がいい」。経営者がそろえば、話題は自然と政権交代になったという。そこに「子ども手当、農家の補償」と民主が訴え出した。「具体的な手当の話の影響は大きいよ」と福田支援の新井雅博県議(48)。
長く自民を支えながら、今回は民主に移った藤岡市議(56)は「補助金の受け皿になった団体の連中が、恩着せがましく『おれたちが先生に口をきいた』と威張る。もう利益誘導の時代じゃない」と言い切り、高崎駅前で民主候補への投票を呼びかけた学生ボランティアの市毛貴之さん(23)は「自民の政治家は見たこともなかった。後援会のような特別な人のためだけに特別な場所で話してきたのではないですか」と言った。
◆前回63→9 激減の首都圏 横綱気分に強い逆風
首都圏の東京、神奈川、埼玉、千葉の1都3県での自民の負け方はさらにひどかった。71ある小選挙区で勝ったのは9選挙区のみ。前回は63選挙区だったから、まるでオセロゲームだ。その理由を選挙の一線にいた地元の党幹部はどう考えているのか。
「安倍、福田、麻生と総裁が入れ替わり、失言や失態が相次いだのが大きいが、自民支持者が確実に減っているのも確か。支持してくれる団体の意見が党本部に届くような仕組みや議論も不十分だった」
こんな見方をしている神奈川県連の竹内英明幹事長に、東京都連の平沢勝栄総務会長の考えも近い。
「民主への『風』じゃない。自民のおごり、慢心。寝ていても応援してもらえるという横綱気分だ」。麻生総裁ら党幹部の責任追及となるとさらに語気が強まる。「居心地のいい会合ばかり行くから勘違いする。そんな所で反応はいいと言っても仕方ない」
一方、15の小選挙区で全敗した埼玉県連の滝瀬副次幹事長は「首相交代、後期高齢者医療制度への批判を聞いた」。さらに、メディアでも街頭でも連日「政権交代」のオンパレード。「政権交代を前提にこれまでの支持組織の中にも自民と民主両方に軸足を置くところが出てきた。流れは止めようもなかった」と振り返る。
最も厳しいのは、都議選で自民が敗北を喫していた石原慎太郎都知事だった。
「ある意味、自業自得。自業自得のゆえんは、何と言っても年金。何も片づいていないじゃないか。任期も終わっていない知事にちょっと人気が出ると、宮崎まで行って大恥をかく。総理を含めて党が軽蔑(けいべつ)されましたな」」
(2) 毎日新聞平成21年9月3日付東京夕刊2面
「早い話が:負けたわけ、負けるわけ=金子秀敏
衆院選投票日の朝刊の見出しは「きょう政権選択」(毎日)、「政権選択 きょう投票」(朝日)、「政権選択の日」(読売)だった。
同じ新聞に自民党の広告が掲載されている。「日本を壊すな」という大見出し。「偏った教育の日教組」「特定の労働組合の思想」「この国を守りぬく決意」などの文字が並んでいた。「政権選択」ではなく「体制選択」である。「日の丸か、赤旗か」という踏み絵である。このへんの勘違いが、自民党の敗因のひとつではないのか。
自民党は1955年11月に結成された。その9カ月前の総選挙で右派社会党と左派社会党が議席の3分の1を獲得して、合併した。当時の鳩山一郎首相(民主党)が目指す憲法改正、再軍備を阻止できる数である。政権をとるなら議席の2分の1を目標とするはずだが、社会党が目標としたのは3分の1という抵抗野党の座だった。
ところが、民主党の三木武吉は議席数ではなく得票率の変化に注目した。民主党と自由党に分かれた保守陣営全体の得票率が70%を割ったのである。帝国議会以来初めてだった(河上民雄「勝者と敗者の近現代史」かまくら春秋社)。革新陣営の社会党が三十数%。保守陣営の民主党、自由党も三十数%。ドングリのせいくらべの保革3極構造では、社会党が比較第1党になり革新政権ができる。東西冷戦が始まっていた。体制の危機だと直感した三木は「保守合同」を提唱し、民主党と自由党は合併した。
6割の票をとる保守党と3割の革新党が争う体制ができた。保守が常に勝つ。事実、これまで自民党は衆院で比較第1党の座を譲らなかった。
だが、保革2極構造のもとで行われる総選挙は、保守か革新かの「体制選択」選挙だった。「政権選択」の機能を果たしたのは、自民党総裁選だった。国民の手の届かない密室の談合で、派閥ボスが政権を決めた。
ところが前回と今回の総選挙では自民党と民主党の対決になった。民主党は自民党からの離党者が中心だから、保守2極構造だ。おまけに東西冷戦も終わっている。国民に「体制選択」を問うのは時代錯誤だ。
すでに前回の郵政選挙は、政策を問う政権選択選挙だった。だから鮮明な政策を掲げた自民党が圧勝したではないか。それなのに今回、自民党は保守合同時代の体制選択選挙に逆行した。負けるわけだ。(専門編集委員)
毎日新聞 2009年9月3日 東京夕刊」
(3) 東京新聞平成21年9月2日付朝刊15面「言いたい放談」
「日本は変わる――石井彰
「歴史が動いた。日本は変わる」。長崎2区当選の民主党・福田衣里子さんの喜びの声が、衆院選特番を見て心に残った。
有権者は自公政権にはっきりNOを突きつけ政権交代を選んだ。このことの意味を田原総一朗氏のように「民主党が勝ち過ぎたのは気持ち悪い」などと、トンチンカンな評価をしてはならない。田原氏だけでなく「郵政選挙から振り子が反対に触れただけ」などと、過小評価する人も多い。だが今回の結果にはとても大きな意味がある。
日本は有権者が意識して選んだ政権交代が長期間なかった。そのため「長い物に巻かれろ」「寄らば大樹の陰」と、大勢順応意識が根深く刻まれていた。それは変化を恐れ文句は言いつつも、決して大勢には逆らわない行動規範となる。この意識と行動が、多くの世襲候補を当選させる結果ともなってきた。
ある報道によれば、世襲候補133人中当選者は75人。世襲議員が議席に占める割合は15.6%(前回24.6%)と大幅に低下した。また女性議員が54人(前回43人)に増えたことも大きな意味がある。もちろん小泉進次郎氏などの世襲議員が当選したり、女性議員の数もまだまだ少ない。
でも確かに「歴史が動いた。日本は変わる」のだ。政権交代を選んだ日本人の心の変化を指摘する番組がなかったことが、残念でならない。 (放送作家)」
イ:福田康夫議員は、「変な風が吹いていただけ」と思っていたようですが、支持者や有権者とよく接している平沢勝栄議員などは、「民主への風」とは思っていなかったことがわかります。
福田康夫氏の「突然の政権投げだし」に対しては、支持者さえも肯定していないのです。「『総理を自分から辞めておいて、まだやり残したことがあるなんて』という声がくすぶっていた」わけですから。福田康夫氏は、何をしたいために国会議員でいるのでしょうか? まったく不可思議です。
自民党が壊滅的な敗北となった首都圏では、なるべくして敗北したことがよく分かります。<1>「政治家も応援する人も世代交代の時期に入ってしまった」のに、旧態のままで変われなかったこと、<2>「平成の大合併」で県内の市町村は70から36に半減した結果、「自民の運動の手足となってきた市町村議員は4割減り」、「農村も人間関係が薄くなったし、農協は金も票も出せない組織になった」結果、こうした
自民の後ろ盾となっていた「地盤」が「崩壊」してしまったこと、<3>減少した支持者のなか、「支持してくれる団体の意見が党本部に届くような仕組みや議論も不十分」になってしまったこと、が挙げられています。
このように、この4年間は、自民党の支持者を減らすような政策・仕組みを実施してきたのですから、自民党が歴史的な敗北するのも当たり前だったのです。
特に、自民党が解決を約束していたはずの年金問題も、まだ未解決のままです。ただ金を巻き上げられたままで、きちんと年金が払われない方が多数いるのですし、払われたとしても、将来得る金額も生活できないほどの僅少なのですから、国民の側からすれば、今の年金制度・運営は単なる「ぼったくり」です。石原慎太郎都知事が述べるように、自民党の壊滅的な敗北は、「ある意味、自業自得」だったのです。
ロ:自民党は、敗北するのも当たり前の政策・仕組みを実施してきて、いざ敗北が現実化しそうになると、焦って行動したことといえば、「痛々しい自民党の意見広告」でした。
「衆院選投票日の朝刊の見出しは「きょう政権選択」(毎日)、「政権選択 きょう投票」(朝日)、「政権選択の日」(読売)だった。
同じ新聞に自民党の広告が掲載されている。「日本を壊すな」という大見出し。「偏った教育の日教組」「特定の労働組合の思想」「この国を守りぬく決意」などの文字が並んでいた。「政権選択」ではなく「体制選択」である。「日の丸か、赤旗か」という踏み絵である。このへんの勘違いが、自民党の敗因のひとつではないのか。」(毎日新聞)
「日の丸か、赤旗か」という踏み絵は、時代錯誤すぎて実に痛々しい思いがします。「民主党は自民党からの離党者が中心だから、保守2極構造」ですし、「おまけに東西冷戦も終わっている」のですから、勘違いも甚だしいのです。こんな痛々しい自民党の意見広告について、一体誰がOKを出したのでしょうか?
こうした「痛々しい自民党の意見広告」は、各新聞社に日々掲載されていたのですから、相当の出費です。「こんな痛々しい意見広告しかできなくなったのか。それも多額の費用がかかるのに、(おそらく掲載を認めた)執行部が常軌を逸した行動をしても、歯止めをかける者もいなくなった」と、かえって多くの有権者はもちろん、健全な保守層までも自民党を見放すことを促進してしまったように思えます。
300小選挙区のうち、民主党は221選挙区で議席を獲得しています。自民党と対決した263選挙区は、民主党の213勝、自民党の46勝であり、岩手、福島、山梨、新潟、長野、愛知、滋賀、長崎の8県で民主党が小選挙区の議席を独占しています。一方、自民党は小選挙区で選挙前の226議席が64議席に激減してしまいました(2009/08/31 11:21 【共同通信】)。
野党第1党が選挙で過半数を取り政権を奪取するのは戦後初めてて、非自民政権は1994年に退陣した羽田内閣以来15年ぶりとなります。自民党は選挙前の300議席から119議席に落ち込む歴史的惨敗を喫しました。過去最低の223議席を大幅に下回り、1955年の結党以来初めて衆議院第1党の座から転落しました。
日本の政治史上、歴史的な日となりました。
1.報道記事を幾つか。
(1) 朝日新聞平成21年8月31日付朝刊1面(15版)
「民主308 政権交代 「鳩山首相」誕生へ
第45回総選挙は30日、投開票され、民主党が単独過半数(241議席)を大幅に上回る308議席を獲得し、政権交代を確実にした。自民党は公示前勢力の3分の1余に激減する歴史的な惨敗。55年の結党以来初めて第1党の座を失い、15年ぶりに野党に転落する。麻生首相は自民党総裁を辞任する意向を表明。民主党の鳩山代表は9月中旬にも召集される特別国会で第93代首相に選ばれる。政権交代可能な二大政党制を目指して衆院に小選挙区比例代表並立制が導入されてから15年。総選挙で野党が単独で過半数を得て政権が交代するのは戦後初めてだ。「政治主導」を掲げる民主党政権の誕生で、「政と官」の関係など日本の政策決定の仕組みが大きく変わる可能性がある。小選挙区の投票率は朝日新聞社の集計で69%程度で、前回を1.5ポイントほど上回った。」
(2) 東京新聞平成21年8月31日付朝刊1面
「民主308 政権交代
自民119 空前の大敗 鳩山首相誕生へ
2009年8月31日 朝刊
政権交代が実現する。民主党の鳩山由紀夫代表を首相とする新政権が誕生し、日本の政治を長期に担当してきた自民党は十六年ぶりに下野する。政権選択が問われた衆院選は有権者の一票一票の積み重ねによって、歴史的転換点をもたらした。第四十五回衆院選は三十日、投開票が行われ、民主党が大躍進し、地滑り的勝利を収めた。同党は単独過半数の二百四十一議席を大きく超え、三百八議席を獲得した。自民党は一九五五年の結党以来の大敗となり、海部俊樹元首相、笹川尭総務会長、中川昭一前財務相ら首相経験者やベテランの落選も続出。惨敗を受け、麻生太郎首相は自民党総裁を辞任する意向を表明した。公明党は太田昭宏代表、北側一雄幹事長が落選し、大打撃となった。太田氏の代表辞任は避けられない情勢だ。
各党の獲得議席は自民百十九、公明二十一、共産九、社民七、みんなの党五、国民新三など。民主党の三百八議席は一党の獲得議席としては戦後最多。
鳩山氏は三十一日未明の会見で「官僚主権の政治から、国民主導になるかが今後、問われる。利権にまみれた古い政治にさよならする」と勝利宣言した。
また、鳩山氏は社民、国民新両党と連立政権を組む意向をあらためて示し、三十一日から両党と具体的な協議を進める考えを示した。
鳩山氏は九月十三日の週に召集見通しの特別国会で第九十三代首相に指名される。閣僚人事について鳩山氏は「首相指名の後に一気に決めたい」と述べた。また、同党は円滑な政権移行に向けて、麻生政権側と協議したい考えだ。
民主党は政権交代を前面に出した選挙戦を展開。子ども手当の新設や税金の無駄遣い一掃を柱にしたマニフェストが浸透し、前回二〇〇五年の衆院選で惨敗した都市部や、自民党が本来強い地方でも支持を広げた。小沢一郎代表代行は「自公の国民生活を軽視した政治に対する批判は全国で強かった」と勝因を述べた。
自民党は政権担当能力と景気対策の継続を訴えたが、自民党支持層離れを止められず、結党以来初めて第一党の座から転落。過去最低だった九三年の二百二十三議席を大きく下回った。
麻生首相は三十日夜、自民党敗北について「自民党に対する不満をぬぐい去れなかった。景気対策が道半ばになり、断腸の思いだ。(敗北の)責任を負わなければならない」と述べた。
自民党は今後、後継総裁選びを本格化するが、党立て直しに向け地方の声も反映させたいとの立場から党総裁選は九月末にずれ込む見通しだ。
首相は細田博之幹事長らと首相公邸で会談。細田氏ら党執行部はそろって辞任する意向を首相に伝えた。
公明党は太田、北側両氏のほか、冬柴鉄三元国土交通相が落選するなど、小選挙区に出馬した八人が全員落選し、公示前三十一議席から大きく後退した。
小選挙区の平均投票率は推計69・29%。小選挙区比例代表並立制が導入された九六年以降、最高だった前回の67・51%を上回った。
民主党の鳩山由紀夫代表は三十一日未明の記者会見で、選挙結果について「政権交代を選んだ国民に感謝したい」と強調した。
今後の国会運営に関しては「数の横暴は、たとえ制度的に許されても考える気になれない。自公連立政権を反面教師として健全な政党政治を行いたい」と述べ、野党との協議を重視する考えを示した。
新政権の人事や社民、国民新両党との連立政権協議について「現在の党三役中心に行動していただこうと考えている」と述べ、岡田克也幹事長らを中心に進める考えを明らかにした。新内閣の重要閣僚としては、新設する国家戦略局の担当大臣と財務相を挙げた。
歴史的惨敗を喫した自民党に対しては「自民党には未曾有の経験かもしれないが、党が危機的になったとしても、それが大きな再生につながる。奮起を期待したい。そうしないと真の意味での二大政党政治が日本に定着しない」と述べた。」
「民主党・鳩山代表の記者会見<全文>(質疑を除く)
2009年8月31日2時27分
民主党の鳩山代表が31日未明に行った記者会見の全文は以下の通り。
●冒頭発言
ご案内の通り、今回、国民の皆さんが、日本の憲政史上初めての政権選択選挙というものをおこなって、勇気を持って、政権交代を選んでいただいた。そのことに、国民の皆さんに対して、民主党の代表として心から感謝を申し上げたいと思います。
すべてはこれからだと思っておりますし、単なる民主党の勝利だと思っておりません。やはり、国民の皆さんにとって、お暮らしが大変厳しくなっている。今の政治、何やっているんだとのお怒りが、民主党への期待感に結びついたということも間違いないことだと思っております。その意味では、謙虚に私どもとしては、いかにして国民の皆さんの方向を向いた政治というものを作り上げていくかということがすべてだと思います。
私はある意味で三つの交代ということを申し上げたいと思います。一つは言うまでもありません、政権の交代であります。長く続いた自民党の政権に対して、国民が新たな政権の選択をしたということであります。それは、とりもなおさずこれまでの野党というものが非力だったということが、むしろ自民党に対して反省を求めるよりも、野党が非力だったということが、国民の皆さんに不幸を招いた原因だと理解しております。それだけに、このような状況のなかで、政権交代をできたというのが大変大きな意味があると思います。
二つ目の交代は、これは古い政治から新しい政治への交代だということも言えると思います。いわゆる政官業の利権にまみれた政治というものにさよならして、新しい、市民が中心となる政治を作り出していこうということの表れたと思っています。民主党としては新人がたくさん登場するわけでありますが、同窓生というと語弊があるかも知れませんが、経験のあるもの、そして、新人がいかに協力して融和の中で新しい政治を興すかということが我々の大きな課題だとも思います。
三つ目の交代、これはいわゆる主権の交代でありまして、今日まで官僚任せ、いわゆる官僚主導、官僚主権の政治だと言われて参りました。それに対して「そうじゃないよ」と、国民が主役となる政治だと、国民主導の政治というものを作り上げていかなければならない。政治主導が必ずしも、国民の皆さんの主導になりきるかどうかということが逆に問われることだと思っておりまして、私どもとすれば、政治主導を国民主導の政治に変えていく、主権が明らかに国民の手に戻ったぞという国民主権の選択を国民の皆さんが自身の手でおこなっていただいたということであろうかと思います。
その意味で、三つの交代の意義というものをしっかりとつかみ取って、国民の皆様方の期待に応える政治というものを興していきたいと思っております。
前置きはこのぐらいにいたしたいと思いますが、いわゆる、新型のインフルエンザとか、台風が近づいておりますし、災害対策もおこなわなければならないと思っております。野党で現在はありますけれども、これから政権を担っていく政党として、自民党と民主党、これは大いに戦うべきところは戦いながら、継承したり、あるいは協力するべきところは、大いに協力してこれからおこなっていく必要があるかと思っておりますので、そのようなことも決して数におごることのない政治をおこなって参りたいと言うことを冒頭申し上げておきたいと思います。 」(asahi.com:2009年8月31日2時27分)
「最高裁9裁判官の国民審査=衆院選時「憲法の番人」をチェック
最高裁判所裁判官の国民審査の投票が衆院選と同じ8月30日に行われる。対象は15人の裁判官中、前回衆院選(2005年9月)後に任命された桜井龍子、竹内行夫、涌井紀夫、田原睦夫、金築誠志、那須弘平、竹崎博允、近藤崇晴、宮川光治の9氏(告示順)。竹崎氏は長官でもある。
審査で「憲法の番人」にふさわしいかをチェックする。ふさわしくないと思う場合は「×」をつけ、信任する場合は何も書かず、「○」や「△」などの記号を書くと無効になる。
「×」が有効投票の過半数に達すると罷免されるが、過去に罷免された例はない。(2009/08/18-17:15)」(時事通信:2009/08/18-17:15)
「過去に罷免された例はない」ことから分かるように、「×」印をつける有権者はほとんどいないのが現状です。なお、私自身は、近年はすべての最高裁裁判官に対して「×」印をつけています。国民のためになる良い判決はほとんど出ていないからです。
1.最高裁の裁判官は、その任命の後初めて行われる衆議院議員総選挙の際、国民の審査に付され、その後10年を経過するごとに同様の国民審査が繰り返されます(憲法79条2項)。
「憲法第79条
1 最高裁判所は、その長たる裁判官及び法律の定める員数のその他の裁判官でこれを構成し、その長たる裁判官以外の裁判官は、内閣でこれを任命する。
2 最高裁判所の裁判官の任命は、その任命後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際国民の審査に付し、その後10年を経過した後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際更に審査に付し、その後も同様とする。
3 前項の場合において、投票者の多数が裁判官の罷免を可とするときは、その裁判官は、罷免される。
4 審査に関する事項は、法律でこれを定める。」
1.新聞社のコラムを幾つか。
(1) 朝日新聞平成21年8月30日付「天声人語」
「独裁国家でもないのに、ほぼ一貫して一党が政権の座にある日本は特別だ。それでうまくいった面もあれば、行き詰まった点もある。一切合切に審判が下る。一票にかける8月の言葉から
▼7月の失業率は過去最悪に。さいたま市で職業訓練を受ける石川均さん(39)は今春、自動車業界で「派遣切り」に遭った。訓練が終わる年末の状況を案じつつ、期日前投票に期待を込めた。「停滞していた空気が動き出すかもしれない」
▼住民の過半が高齢者の都営団地に暮らす宮嵜(みやざき)安代さん(68)。「戦後ずっとたまってきた澱(おり)のようなものをなくしてみたい。ご破算で願いましては、もいいのかな」
▼今回から小選挙区にも広がった在外投票。8カ国の仲間と裁判で国を動かした在ロサンゼルスの高瀬隼彦さん(79)は「天下分け目の選挙に投票できる」。上海の能多まり子さん(55)は「政権交代がかかった選挙で期待がある。働きながら子育てできる社会に」と一票
▼「国民は真に何を望んでいるのか。それは、働く意思を持つ者と家族が一定の水準で平穏に暮らせることに他ならない」。奈良県五條市の主婦三木栄子さん(61)は声欄で訴えた。「大金は得られずとも仕事に誇りを持ち、やり抜くことで安定した生活が営める国であってほしい」
▼「最大の夏政(まつ)りで日本という神輿(みこし)を担ごう」。大阪の繁華街で若者に投票を呼びかけた関西学院大生の市橋拓さん(21)。「年金も介護も実はヤバいんじゃないか。僕らが選挙に行って責任を持とうと思った」
▼きょうを、顧みて誇れる日にしたい。」
(2) 東京新聞平成21年8月30日付「筆洗」
「少し前になるが、格差社会の現実を示す気になるニュースがあった。親の年収が子どもの学力を左右するという調査結果もその一つだ
▼文部科学省によると、小学六年の子どもを持つ親の年収が千二百万円以上の場合、国語、算数とも正答率が平均より8~10ポイント高く、二百万円未満は逆に10ポイント以上低かった
▼東京大学の最近の調査では、親の収入で大学進学率に大きな差があることが確認された。大学生の八割が日本を競争社会と感じながら「努力が報われる社会」と思っているのは半数に満たないとのベネッセコーポレーションの調査結果もあった
▼「この国には何でもある。…だが、希望だけがない」と作家の村上龍さんが『希望の国のエクソダス』で書いたのは約十年前だ。学生の多くが努力の意味を疑うような閉塞(へいそく)感はきょう投開票の衆院選にどう反映されるのだろうか
▼新聞各社の選挙情勢調査では民主党の圧倒的な優位は動かない。といっても、有権者が民主党の政策を積極的に支持しているのではなさそうだ。世襲政治家たちが首相の座をたらい回しにしたことへの異議申し立てなのか
▼「人は政治にかかわりを持たぬようにしても無駄である。政治の方からかかわってくる」(フランスの歴史家モンタランベール)。有権者一人一人が政権選択への意思を示す時だ。日本の将来を左右する長い一日が始まる。」
(3) 毎日新聞平成21年8月30日付東京朝刊「社説」
「きょう審判 未来を選択する1票に
いよいよ第45回衆院選の投票日がやってきた。夜には大勢が判明する。
解散日から40日間、憲法規定ギリギリいっぱいの実に長い選挙戦だった。初の本格的なマニフェスト選挙として、各党の政策についての比較検討は十分できただろうか。自民党が「責任力」を強調すれば、民主党が「政権交代」で応酬、少子高齢化対策、年金制度改革、農業政策、高速道路料金、雇用対策、日米関係などいくつかの重要政策で対立点が明確になった。公明、共産、社民、国民新党、みんなの党などからもそれぞれの公約が発表された。
後は、我々有権者が彼らの政策発信をどう受け止め、どう判断し、どういう1票を行使するかに移る。「イエス」も「ノー」もすべて我々次第である。より多くの民意の受け皿となった政党が政権を獲得し、マニフェストに沿って政策を実施することになる。
今日本が置かれた環境は、なかなか厳しいものがある。高度成長を誇ってきた経済は、新興国の台頭や地球環境問題で大きな壁にぶち当たっている。皆保険を誇ってきた医療・年金制度も少子高齢化の予想外の進展に持続可能性が問われている。年間3万人を超える自殺者、3人に1人が派遣労働者という雇用格差、シャッター街や限界集落に代表される地方の疲弊……。政治が解決すべき課題は枚挙にいとまがないほどだ。
選挙というのは、有権者が政治に力を与える場である。民意を吹き込まれた政治はそれだけでパワーアップし、長年解決できなかった困難な課題や利害調整の複雑な問題に堂々と取り組むことができる。その環境を自分たちが幸せになるために作り出そうではないか。
この1票の価値をどう見るか。試みに一つの計算をしてみる。あくまでも概算である。国の予算(一般会計)約80兆円を有権者約1億人で割った約80万円。有権者1人当たりの年間負担(=受益)額である。選管から送られてきた投票券の価格とは言えないか。80万円の未来を決めるチケットを使わないのはあまりにももったいない。
特に、若者に言いたい。前回2005年選挙の世代別投票率を見ると、20代が最も低く46・20%で、最も高い60代の83・08%と格段の差がついた。これでいいのだろうか。団塊の世代が自分たちを守るべく投票行為に熱心なのは当然として、雇用や将来不安を抱える若者こそ、自分たちの世代利益を代弁する政党や候補者をより多く国会に送り込む必要があるのではないか。
4年ぶりに訪れた未来を選択する大事業である。ぜひ参加して、悔いなき1票を投じてほしい。
毎日新聞 2009年8月30日 東京朝刊」
「独裁国家でもないのに、ほぼ一貫して一党が政権の座にある日本は特別」です。ところが、「新聞各社の選挙情勢調査では民主党の圧倒的な優位は動かない」ことからして、今回の衆議院選挙により、政権交代が生じることは確実です。やっと日本も、多くの国家と同様な民主主義国家となるわけです。ですから、日本の政治史上、歴史的な日となる投票日なのです。
私たち国民は、選挙を通じて自分たちの政治的意見を表明します。日本では、代議制、間接・代表民主制を基本として政治を行うことを定めています。つまり国民が政治家を通さないで、自分自身で政治的決定を下す直接民主制は例外とし、国会を場とした政治が中心です(憲法前文)。国会が国政の中心といっても、そこにいる政治家たちは私たちの中から選び、この選ぶことを選挙というのです。
このように選挙権は、民主主義の根幹となる憲法上の権利なのです。
「前回2005年選挙の世代別投票率を見ると、20代が最も低く46・20%で、最も高い60代の83・08%と格段の差がついた」ようです。今の日本の自民・公明連立政権のままでは、20代は将来、年金・雇用いずれも深刻な状況になることが予想されるのです。今まで投票していない人たち、特に、20代の人たちは、本当に投票しないままでいいのでしょうか。
「【投票の方法】
小選挙区選挙は、候補者の氏名を書いて投票してください。
比例代表選挙は、政党の名称を書いて投票してください。
最高裁判所裁判官国民審査は、やめさせた方がよいと思う裁判官については、氏名の上の欄に、×を書いて投票してください。やめさせなくてよいと思う裁判官については、なにも書かずに投票してください。」(選挙管理委員会による「投票所整理券」より引用)





